一度しかない人生、あなたならどういう人生を歩みたいですか。
・人から好かれる人生
・人から嫌われる人生
人から好かれると聞くと「自分が好かれればそれでいい」という自分中心の考え方のように聞こえます。
若いころは、自我が強いですから、つい自分中心で行動してしまいます。
自分中心に行動した経験があればすぐ理解できますが、自分中心に行動していても、人から好かれません。
美しく生きている人は、奪うことを自分の楽しみとはしません。
奪うことに楽しみを感じている人は、人から嫌われます。
相手から、時間を奪い、物を奪い、恋人を奪い、愛を奪う人を、誰が好きになるでしょうか。
「人から好かれたい。どうすればいい。すごい人になれば、人から好かれるはずだ!」
私たちは、この一言のために、たくさんの過ちを繰り返します。
お金持ち、高い地位、素晴らしい名誉、広い土地。
「すごい人にならなければいけない!」
そんな夢を追いかけて、生きていませんか。
すごい人になるために、友人、仕事、お金を追いかけていませんか。
私が以前に、サンフランシスコへ旅行をしたときのことです。
ある広場に観光に行ったとき、ちょうどダンスの発表会のようなイベントがありました。
歩き疲れていた私は、椅子に座って、昼食を取りながら、そのダンスの発表会を見学していました。
人から好かれる人になるためには「与える人になること」がポイントです。
今の自分が与えられることを考えてみましょう。
こういうことを言うと、すぐ「お金」「プレゼント」という物質ばかりを考える人がいますが、そうではありません。
「ありがとう」という言葉は、お世話になったとき、相手に述べる感謝の言葉です。
相手への言葉ではありますが、実は自分に対しても、話しかける言葉でもあります。
「気にかけてもらえたよ。良かったね」
現実の世界では、顔の汚れは鏡を見ればすぐわかります。
「おや。こんなところにごみがついている。汚れている」
わかれば、すぐ対処できますね。
人間関係を良くするために、誕生日を上手に活用しましょう。
記念日は人間関係を良くするためにあります。
誕生日をほったらかしにすることは、せっかく友人と仲良くなるチャンスを捨てているようなものです。
人間関係を良くするためには、会話は大切なポイントです。
友人と楽しい会話をしようというのは、言うまでもありませんね。
しかし、毎日、友人と話していると、だんだんネタが尽きてくるということはありませんか。
「いつか、しなければならない」
「いつか、お礼を言わないと」
「いつか、トライできればいいな」
私は昔から、レストランで間違えたメニューが出てきても、いらいらすることがありません。
「まあいいや」と考える癖があるからです。
レストランでホットケーキを頼んだのに、店員の人が注文を聞き間違えて、まったく異なる料理を出してくることがあります。
人から好かれる人になるためには、感謝をする人になることです。
感謝をすれば、人相が良くなり、性格が穏やかになり、人との対立がなくなります。
しかし、誤解してほしくないのは、感謝を大げさに考えないでほしいということです。
苦しいこと、悔しいことを考えていると、眉間にしわが寄ります。
眉間にしわが寄ると、表情が硬くなり、怖い顔になります。
いわゆる「人相が悪くなる」という状態です。
「生まれつき怖い顔をしているため損をしています。どうすればいいですか」
以前、こんな悩みを受けたことがあります。
人の顔はそれぞれですが、生まれつき怖い顔をしている人も少なくありません。
キレる人が人から避けられるのは、言うまでもないことです。
キレる人が嫌われるのは、怖いからだけではありません。
自分で自分の感情をコントロールできない人に見えてしまうから、怖くて近寄れないのです。
いらいらする人には、共通点があります。
視野が狭いのです。
「今しか見ていない」ということです。
瞑想と聞いて、どのような印象を持ちますか。
暗い、陰気、危ない、寂しい。
私も昔は、瞑想とは仏道の人だけが行うものだと思っていました。
私たちは、すべてが1つです。
日本とアメリカは別々の国に見えますが、海の下では、しっかりつながっています。
森にはたくさんの木がありますが、根っこでは、土を通してすべてつながっています。
身なりとはいえ、実にさまざまです。
しかし、すべての人に共通する、好かれる身なりというのがあります。
「清潔感のある身なり」です。
嘘には、波及効果があります。
1つでも嘘をついていることがわかると「ほかにも嘘をついていることがあるのでは?」と不安になります。
嘘をついてしまうと、その人の言葉一つひとつが軽くなり、話を真剣に聞いてもらえなくなります。
私は執筆をするようになってから、失敗をすると無性に嬉しくなってしまうようになりました。
書くネタができるからです。
「やった!」と喜んでしまい、にやにやしてしまいます。
人から好かれたければ、まず自分から相手を好きになることです。
人に好かれたいと願いながら、自分は相手のことを嫌いである矛盾した状態があります。
好かれたければ、当然ながら、まず自分から相手のことを好きになることです。
あなたが友人に「すごい、素晴らしい」と褒めれば、その友人から好かれるようになります。
あなたが褒められると嬉しいように、相手も褒められると嬉しくなるからです。
「褒める」ということは、言い換えれば「相手を認める」と言うことです。
数学の授業のときに「この問題、わかる人?」と先生が問いかけたときに「はい!」と手を挙げる人はかっこよく映ります。
みんなの見つめる黒板に立ち、チョークで書いて発表することは、勇気が必要です。
結果として、問題を間違え、みんなに笑われ、恥をかいてしまうかもしれません。
元気があるときには上を向き、ないときには下を向いてしまいます。
人間の心理状態が現れた、当たり前の行動です。
しかし、気持ちに流されたままの態度では、周りの人へも伝わっていき、話しかけにくい雰囲気となります。
「うん」
「それでそれで!」
「なるほど、そうだね」
人から好かれようとして、八方美人になる人がいます。
一見すると、八方に笑顔を振りまき、みんなから愛されているように思えます。
しかし、実は、嫌われたくないから他人の意見に合わせているだけです。
人を好きになるには、受けた恩を思い出して感謝していくことです。
自分が1人で生きているのではなく、支えられて生きている現実に気づいたり思い出したりして、感謝していきます。
人から好かれる人になるコツは、まず自分から人を好きになることが大切です。
一度しかない人生、あなたならどういう人生を歩みたいですか。
どちらがいいかと聞けば、みんな「人から好かれる人生」と答えます。
100人いれば、100人とも、必ず同じ答えを選びます。
間違う人はいません。
この選択だけは、どんな残酷な悪人でも間違えません。
誰もが心の中では、人から好かれる人生を歩みたいと思っています。
しかし、頭ではわかっているものの、なかなかそうできていないのではないでしょうか。
人から好かれる人生を歩むには、具体的にどうすればいいのかわからないからです。
生活において、どう表現すればいいのかわからないから、実現も難しくなっています。
私たちは、知識ばかりの勉強に偏りすぎています。
学校の勉強に一生懸命になりすぎて、人の勉強はとてもおろそかになっています。
本当に必要なことは「学力」より「人間力」です。
人との関係は、生まれてから死ぬまで一生付き合い続けるテーマですから、なによりこの勉強を先にしておかないといけません。
人の勉強は、学校の勉強より、大切なのです。
人から好かれると聞くと「自分が好かれればそれでいい」という自分中心の考え方のように聞こえます。
若いころは、自我が強いですから、つい自分中心で行動してしまいます。
自分中心に行動した経験があればすぐ理解できますが、自分中心に行動していても、人から好かれません。
もっと愛される自分になりたいと、注意は自分にばかり向いていきます。
だから余計に好かれなくなります。
どうすれば、人から好かれるような自分になれるのでしょうか。
「どれだけ人に愛を与えられる人間になれるか」ということです。
人から好かれる方法とは、言い換えれば「どうすれば愛を伝えることができるか」ということです。
人から好かれるためには、まずどうすれば相手に愛を伝えることができるかということです。
このポイントをまず押さえておきましょう。
最初を間違うと、ボタンの掛け違いのように、後のすべても間違えます。
日常生活における実践ポイントも、すべて言い換えれば、人に愛を与えられるようなことを実践するということです。
美しく生きている人は、奪うことを自分の楽しみとはしません。
奪うことに楽しみを感じている人は、人から嫌われます。
相手から、時間を奪い、物を奪い、恋人を奪い、愛を奪う人を、誰が好きになるでしょうか。
人にはみな「愛されたい」という欲求があります。
愛されたいから、愛を感じるような出来事を欲しています。
人から好かれる人になるためには「愛を与えること」が上手になることがポイントです。
愛とはいえ、恋愛や結婚という大げさな話ではありません。
小さな愛をこつこつ与えていくのが上手なのです。
小さな愛を与えることに、自分が楽しみを感じればいいのです。
相手を喜ばせて笑顔にさせ「喜んでくれて良かった」と一緒になって喜べばいい。
どれも、小さくてささいなことです。
しかし、そうしてもらえれば「自分は愛されているな」と感じることができます。
嬉しくなります。
相手に小さな愛を与えて「愛されている」と感じてもらうことが、人から好かれるためのポイントなのです。
「人から好かれたい。どうすればいい。すごい人になれば、人から好かれるはずだ!」
私たちは、この一言のために、たくさんの過ちを繰り返します。
お金持ち、高い地位、素晴らしい名誉、広い土地。
それらを、私たちは「すごい!」と絶賛します。
すごいといわれれば、自分が世間から認められているような気がして、存在意義を感じるからです。
ゆえに、人から好かれるためにすごくなろうとして、たくさんのことを手に入れようとします。
男性は、見栄、肩書、地位、プライドを。
女性は、美しさ、かわいらしさ、ブランドを。
注目を集めるために、一生懸命になります。
しかし、同時に、比較、対立、競争、奪い合いが必要です。
「すごい人になれば、人から好かれる」という勘違いから、多くの比較、対立、競争、奪い合いを繰り返します。
すると……、どうなると思いますか。
人から好かれるどころか、人から嫌われることになってしまうのです。
好かれるためにしたことが、嫌われてしまう結果となる、この矛盾。
私たちは、みんな、同じような失敗を繰り返しています。
あなたも同じようなことにはなっていませんか。
いま一度、この悪い流れを断ち切らなければなりません。
「すごい人にならなければいけない!」
そんな夢を追いかけて、生きていませんか。
すごい人になるために、友人、仕事、お金を追いかけていませんか。
たしかに私たちはすごい人を見て、驚き、感動します。
お金持ち、大地主、有名タレント、美人を見て、私たちは「すごい!」と感動します。
しかし、いつの間にか、相手と自分とを比べてしまい、対象が「上」であるほど、自分が「下」に見えます。
私たちはすごい人を見て、感動しますが、一方でちょっと落ち込んでしまうのです。
では、すごくない人はどうでしょうか。
すごくない人を見て、私たちは、不思議と悪い気はしません。
恥を捨てている人は、一見するとかっこ悪い姿ですが、人から愛されます。
見栄やプライドを捨てている人は、弱そうに見えますが、見ていて穏やかな気持ちになります。
相手と自分とを比べたとき、自分のほうが「上」として見えてしまうからです。
「自分のほうが上だ」と心の中ではほっとしてしまうのです。
誰もが「恥をかきたくない」と執着しているだけに、恥を捨てている人を心のどこかで求めています。
すごくないからダメというわけではないのです。
すごくなろうと一生懸命に走っているその足を止めて、本当にその道でいいのかと考えてみましょう。
むしろすごい人になろうとする人より、よりスムーズな人生を送ることになるでしょう。
すごい人になろうとする人は、常に比較、対立、競争、奪い合いが必要なため問題が絶えませんが、すごくない人は何もいりません。
けんかが一切なくなります。
何も必要とはしませんが、愛を与えようとする人を、好きになります。
私が以前に、サンフランシスコへ旅行をしたときのことです。
ある広場に観光に行ったとき、ちょうどダンスの発表会のようなイベントがありました。
歩き疲れていた私は、椅子に座って、昼食を取りながら、そのダンスの発表会を見学していました。
見学していると、ダンスに慣れた人たちが参加していることに気づきました。
初めは初心者向けかと思っていると、ダンスに慣れているプロのような団体だということが、素人の私でもわかりました。
ルンバやチャチャチャに合わせて踊っている人を見ている人は、私だけではなく、ほかにも大勢いました。
踊る気持ちを抑えきれなくなったのか、あるご夫妻が、一緒に踊り始めました。
初めは「恥ずかしくないのかな、あまり踊りがうまくないな」と思っていました。
しかし、ずっと眺めているうちに、感じ方が変わってきました。
とぼとぼご夫妻が踊っている姿を見て、私は単純に「楽しそうだな。幸せそうだな」と、うらやましく思いました。
白髪の、年齢は70歳近くになるでしょうか。
わかるのは「年配のご夫妻」であることと「とにかく踊りを楽しんでいる」ということだけです。
嬉しそうに踊っているご夫妻は、ダンスが上手とはいえませんでしたが、会場の中でいちばん踊りを楽しんでいるように見えました。
楽しそうに踊っている姿があれば「それでいい」と思いました。
そこで完結しているのです。
成長や向上を求めるのでもなく、ご夫妻が音楽に合わせて楽しんでいる姿が「素晴らしい幸せではないか」と感じてしまうのです。
私たちは、幸せと言えば「お金」「地位」「肩書」などを連想してしまいます。
しかし、本当の幸せは、そうしたことは一切必要ないことに気づきます。
白髪のご夫妻がとぼとぼ踊るダンスを楽しんでいたように、それだけでいいじゃないかと思うのです。
楽しんでいる姿、喜んでいる姿そのものが、すでに幸せの時間なのです。
人から好かれる人になるためには「与える人になること」がポイントです。
今の自分が与えられることを考えてみましょう。
こういうことを言うと、すぐ「お金」「プレゼント」という物質ばかりを考える人がいますが、そうではありません。
与えても与えてもなくならないものを、与えればいいのです。
与えたら、なくなるものをあげようとすると、あげにくくなります。
自分の分が減り、損得勘定で考えてしまうからです。
しかし「ありがとう」というお礼はどうでしょうか。
お金も時間も不要です。
それでいて、いくら言ってもなくなることはありません。
もし、返事が返ってこなくても、何かが失われるわけではありませんから、安心です。
することは、ただひたすら与えることのみに専念していればいいのです。
私たちは、すでに素晴らしい愛の表現を持っているにもかかわらず、十分に活用しきっていません。
与えてもなくならないものを中心に「与え上手」になればいいだけです。
「ありがとう」という言葉は、お世話になったとき、相手に述べる感謝の言葉です。
相手への言葉ではありますが、実は自分に対しても、話しかける言葉でもあります。
「気にかけてもらえたよ。良かったね」
「愛されている証拠だよ」
「自分はどんどんよくなっているよ」
「何てありがたいことなんだ」
「たくさんの人に支えられているよ」
相手に「ありがとうございます」と言うと、自分が元気になります。
相手が喜ぶだけでなく、自分も喜ぶのです。
感謝をたくさんする人は、不思議と体調が良くなります。
嬉しい、楽しい、感謝、感動は、人の体に「良い気」を巡らせて、体調を整える効果があるからです。
昔から「病は気から」といいますが、感謝をする習慣を持っている人からは、病気が逃げていくのです。
現実の世界では、顔の汚れは鏡を見ればすぐわかります。
「おや。こんなところにごみがついている。汚れている」
わかれば、すぐ対処できますね。
顔が汚れていないか、ごみがついていないかを知るためには、鏡はなくてはなりません。
では、心の状態を確かめるために「心の鏡」はないのでしょうか。
実はあるのです。
心の鏡とは、今まさにあなたが見ている現実そのものです。
鏡を見れば、自分の顔が見えるように、現実を見れば、その人の心が見えます。
現実は、まさに心が映し出された映像です。
映画館に例えると、わかりやすい話になります。
映画を鑑賞していると、突然、映像が乱れ始めた。
問題はどこにあると思いますか。
問題は、スクリーン幕ではなく、フィルムにありますね。
フィルムが汚れていると、そこから映し出される映像もすべて乱れます。
同じように、あなたの心が汚れていると、そこから映し出される映像もすべて乱れてしまうのです。
「現実は、心が映し出された結果」です。
現実を見れば、その人の心が見えてきます。
現実をどう感じているかを見れば、本当の自分の心が見えてきます。
人間関係というのは、すべて「自分の心が映し出された結果」だと思ってください。
人間関係だけではなく、あらゆる現実です。
私は今、現実という鏡を利用して、自分の心の状態をしばしば確認しています。
現実において、悩みがたくさんあるときには、現実そのものに問題があるのではなく、自分の心に問題があるからです。
親との関係、友人関係、仕事の行き詰まり、勉強など、すべて心の状態が反映された「結果」です。
心の問題が解決されれば、現実面も必ず変わります。
人間関係を良くするために、誕生日を上手に活用しましょう。
記念日は人間関係を良くするためにあります。
誕生日をほったらかしにすることは、せっかく友人と仲良くなるチャンスを捨てているようなものです。
友人の誕生日に「おめでとう」という言葉を伝えると、喜んでくれますね。
とはいえ、誕生日といえば「何かプレゼントをあげないといけない」と意気込んでしまう自分もいます。
しかし、余裕がないときには、無理をする必要はありません。
「誕生日の日には、プレゼントをあげないといけない」という意識が強いのですが、余裕がないときに無理をしても自分が大変です。
しかし、せめて「お誕生日おめでとう」という言葉だけでも贈るようにしましょう。
直接言ってもかまいませんし、遠くにいる人なら、電話を使って伝える方法もあります。
大きなプレゼントを用意する必要はありません。
「おめでとう」という祝福を伝えるだけでいいのです。
人間関係を良くするためには、会話は大切なポイントです。
友人と楽しい会話をしようというのは、言うまでもありませんね。
しかし、毎日、友人と話していると、だんだんネタが尽きてくるということはありませんか。
「あの話もした、この話もした、次は何を話そうか……」
たくさん話せば話すほど、ネタも尽きてしまいます。
では、新しい会話のネタは、どこから探していけばいいのでしょうか。
最も良い探し場所は「今日の出来事」からです。
実際に今日あった出来事から考えて、ネタを探していけば、必ず話が見つかります。
毎日新しい1日があるのですから、出来事が何もないわけはありません。
「今日も電車の中が込んでいたね」
「朝、眠くて起きるのが大変だったよ」
「今日は、天気がいいね」
「最近は、テレビで○○のニュースで盛り上がっているね」
実際に今日あった出来事を話すなら、毎日できるネタですから尽きることはありません。
会話の中で今日の出来事を話す人は、話し上手な人なのです。
「いつか、しなければならない」
「いつか、お礼を言わないと」
「いつか、トライできればいいな」
あなたは今「いつか」と思っていることが、どのくらいありますか。
「いつか」と思い始め、もうどのくらい経ちますか。
すでに長い時間が過ぎているのではないでしょうか。
実は「いつか」と考えていることは、いつまでも実現されないという法則があります。
いつかと思っているくらいですから、近々実現されそうな気がしますが、実際のところ、なかなか実現されないのです。
「いつか」というのは、あまりに抽象的です。
1日後なのか、7日後なのか、1カ月後、1年後なのか、はっきりしていません。
もやもやした状態のため、いつまで経っても行動が実現されないのです。
あなたが「いつか」と思っていることを「今日」と置き換えてみませんか。
「今日、しよう」
「今日、お礼を言おう」
「今日、トライしよう」
「いつか」から「今日」へと言葉を置き換えると、具体的な言葉に変わりますね。
もやもやした計画から、具体的な計画へと変わります。
ゆえに、行動力も出てきます。
いつかと思っていると「まあいいか」とのんびり考えてしまいますが「今日」と考えると、焦る気持ちが出てきます。
焦る気持ちと、熱くなった心で、行動すればいいのです。
心の緊張感は、必要です。
行動には、パワーが必要です。
「いつか」という言葉には、パワーがありません。
「今日」という言葉に、パワーがあります。
あなたが考えている「いつか」を「今日」という言葉に置き換えると、パワーが出てきて、行動力も出てくるのです。
私は昔から、レストランで間違えたメニューが出てきても、いらいらすることがありません。
「まあいいや」と考える癖があるからです。
レストランでホットケーキを頼んだのに、店員の人が注文を聞き間違えて、まったく異なる料理を出してくることがあります。
本来なら「頼んだ注文と違いますよ」と言えばいいのですが、私は「まあ、いいか」と考えてしまうのです。
普段はなかなか頼まないメニューが運ばれてきたのだから、新しい味を知るチャンスだと思ってしまうのです。
単純に怒ったり、いらいらしたりすると自分が苦しんでしまうため、良い方向へ考えようという手段でもあります。
「偶然」や「たまたま」は、チャンスに変えることができます。
怒ったりいらいらしたりすることも減ってしまいます。
「自分の注文の仕方が悪かったのかな」と、自己改善のチャンスにさえ変えることも可能です。
考え方しだいであり、受け止め方しだいなのです。
「これは違う、あれも違う」と自我を突き通そうとすると、疲れます。
しかし、起こった偶然をありのまま受け止めれば、チャンスに変えることができるのです。
人から好かれる人になるためには、感謝をする人になることです。
感謝をすれば、人相が良くなり、性格が穏やかになり、人との対立がなくなります。
しかし、誤解してほしくないのは、感謝を大げさに考えないでほしいということです。
すでにある、当たり前の出来事に感謝をすることから始めることです。
「今、自分が、ここにいる」という奇跡に、感謝するのです。
たとえば、自分が今ここにいるのはなぜでしょうか。
親がいるからですね。
生きているのはなぜでしょうか。
心臓が動いているからです。
そんな心臓は、自分の意志で動かしているわけではありません。
自然に勝手に動いているというこの奇跡に、まず感動してみませんか。
胸に手を当てて、鼓動している心臓を体で感じてみましょう。
「トクトク」と脈打っている心臓は、一生懸命にあなたを応援している声に聞こえてきませんか。
私は今26歳ですが、生まれてからの26年間、止まることなく動き続けているわけです。
雨の日も風の日も、起きている間だけでなく、寝ているときも、とにかく24時間365日です。
その間、1分たりとも休んでいないのです。
そう思えば、すごいと思いませんか。
「なぜこんなに私を生かそうと一生懸命になってくれているのだろう。疲れたら休めばいいのに」
そう思いはするものの、止まってしまえば私が死んでしまいますから、動いてくれている心臓に感謝しないといけません。
私を応援してくれている声にしか聞こえなくなるのです。
今まで止まらず動き続けている心臓のおかげで今の私が生きているのですから、私ができることはその心臓の努力に報いることです。
一生懸命に私も生きることで、心臓の努力に報いようと思います。
苦しいこと、悔しいことを考えていると、眉間にしわが寄ります。
眉間にしわが寄ると、表情が硬くなり、怖い顔になります。
いわゆる「人相が悪くなる」という状態です。
人相が悪くなると、人から遠ざけられます。
もちろん人間関係にも影響します。
人相は、心の状態が現れています。
嬉しいときには笑いますし、悲しいときには涙を流します。
当然、人を憎んでいるときには、険しい表情になります。
どんなにつらい出来事があっても、前向きに考える工夫、考え方、受け止め方をしましょう。
自分のためです。
前向きに考えることで、自分の成長になります。
表情が柔らかくなり、笑顔になれ、人相が良くなります。
人相が良くなると、人から話しかけられやすくなり、友人も増えます。
つらいことを「つらい」と思うのは、簡単です。
しかし、つらいことを前向きに「成長への階段だ」と思うことで、自分の糧に変えてしまうのです。
「生まれつき怖い顔をしているため損をしています。どうすればいいですか」
以前、こんな悩みを受けたことがあります。
人の顔はそれぞれですが、生まれつき怖い顔をしている人も少なくありません。
私はそのとき「笑顔になればいいですよ」とアドバイスしました。
その人が損をしているのは、怖い顔をしているからではありません。
笑顔がないことが、本当の問題でした。
笑顔がないため、もともとの怖い顔が余計に怖い顔になり、人から避けられていた状態です。
もともとの怖い顔がどんなに怖くても、笑っているといい人に見えます。
鬼が怖いのは、笑っていないから怖いのです。
笑っている鬼は、不思議と、優しい鬼に見えます。
怖い顔そのものが問題ではありません。
笑顔のない表情に問題があるのです。
笑顔になって笑っていれば、もともとの顔がどんなに怖くても問題ありません。
笑っている鬼がいい鬼に見えてしまうように、怖い顔の人もいい人に見えてきます。
しかし、またこれは生まれつき顔形が整っている人にも当てはまる問題です。
顔形が美しくても、人間関係に悩んでいる人がいますが、たいてい笑顔が少ないからです。
私は、それを「能面」と呼んでいます。
能面は傷1つない大変整った美しい顔をしていますが、無表情であるため、怖い顔に見えます。
何を考えているのかわからないから、近づきにくい雰囲気が出ています。
顔が問題ではありません。
笑顔になっているかどうかが、いちばんの問題なのです。
この世に、笑顔ほど美しい表情はありません。
怖い顔だから損をして、美しい顔だから得をするわけではありません。
無表情だから損をする、笑顔だから得をするのです。
笑顔になれば、もともとの顔は関係ないのです。
キレる人が人から避けられるのは、言うまでもないことです。
キレる人が嫌われるのは、怖いからだけではありません。
自分で自分の感情をコントロールできない人に見えてしまうから、怖くて近寄れないのです。
「何か気に入らないことがあれば、こちらに暴力が向けられるのでは?」と不安になります。
自分の気持ちを抑えることができないくらいですから、いつも顔色をうかがわなくてはならなくなり、一緒にいてとても疲れます。
ますます近寄りがたくなり、人から避けられます。
自分で自分の感情をコントロールできる大人になりましょう。
大人は子どもとは違い、気に入らないことがあっても、自分の気持ちを抑えることができます。
「うっかり失礼なことをしても、きっと怒らないだろう」
そう思い、近寄りやすくなるのです。
モテる男性は「優しい男性」がいつもトップにきていますが、言い換えれば「怒らない男性」です。
「怒らない男性」とは、言い換えれば「自分の感情をコントロールできる男性」ということです。
女性が優しい男性を求めているのは、つまり感情をコントロールできる、怒らない男性ということです。
自分の感情をコントロールできるから、大人らしく感じてしまい、近寄りやすくなるのです。
いらいらする人には、共通点があります。
視野が狭いのです。
「今しか見ていない」ということです。
今だけという狭い範囲しか見ていないから、つらいことがあったとき、大変そうに見えます。
もう人生の終わりだと、思います。
視野が狭く、世間知らずの状態です。
しかし、未来から今を見てみましょう。
どんな未来かというと、最高の人生を歩んでいる未来の自分から今を見るのです。
最高の人生、素晴らしい成長を遂げている自分を想像して、未来から今を見れば、自然と穏やかな気持ちになれます。
過去はすべて感謝であることに気づくからです。
今が大変な時期でも、未来から見れば、感じ方は変わります。
今が大変なほど、嬉しくなります。
「今がどん底だというのは夢だった。どん底だからこそ、実は最高に成長できている」ということに気づくのです。
瞑想と聞いて、どのような印象を持ちますか。
暗い、陰気、危ない、寂しい。
私も昔は、瞑想とは仏道の人だけが行うものだと思っていました。
しかし、勉強や仕事、人間関係に疲れた私は、いつの間にか瞑想が習慣になっていました。
自分が瞑想をするようになって「これはすべての人に必要なことだ」と確信しています。
瞑想とは「本当の自分を取り戻す時間」だからです。
本当の自分を取り戻さなければ、本当の自分らしい人生を歩むことができなくなります。
日々の雑踏の中では、しばしば本来の自分を見失うことがあります。
テレビ、新聞、勉強、仕事、恋愛、人間関係。
たくさんの情報や出来事が目の前を通りすぎると、自制心を失いやすくなります。
これは特殊なことではなく、たくさんの情報あふれる現代では、すべての人が気づかないうちにそうなっています。
瞑想とは「自分を取り戻す時間」ということです。
決して暗く、寂しいわけではなく、すべての人に必要なことです。
しかし、疲れたときには自然と目を閉じてため息をつきますよね。
それがすでに瞑想なのです。
疲れたときに目を閉じてため息をつけば、ふと自分を取り戻すことができますね。
その一瞬の休憩時間があるかないかで、勉強や仕事の生活の質は大きく変わります。
疲れたときには、一休みする時間を必要とするように、忙しい毎日の中では自分を取り戻す瞑想の時間もすべての人に必要です。
乱れた心を、瞑想によって、元どおりにしてほしいということです。
私はいつも仕事が終わって家に帰ると、アロマセラピーで芳香浴をしながら、自分を振り返っています。
お気に入りの精油は、ラベンダーやローマン・カモミール、スイートマジョラム、クラリセージなど、鎮静効果のある精油です。
癒やし効果が高くて、1日の最後を締めくくるのに最適です。
私たちは、すべてが1つです。
日本とアメリカは別々の国に見えますが、海の下では、しっかりつながっています。
森にはたくさんの木がありますが、根っこでは、土を通してすべてつながっています。
人間も別々の固体に見えますが、地球という根っこでつながっています。
世界には100以上の国がありますが、宇宙から見れば、地球という1つです。
国というレベルだけでなく、個人一人ひとりにも言えることです。
すべての人は、ばらばらに見えますが、実は1つなのです。
地球がなくなれば、すべての人も生きていけなくなります。
日本、アメリカ、中国、韓国だけでなく、さまざまな植物、生物は地球という「根っこ」でつながっています。
その証拠に、地球がなくなれば、私たちすべてに影響します。
地球上の万物は、根っこではしっかりつながっているのです。
あなたが人を助けることは、人が助かり、同時に自分も助かります。
すべては、そもそも1つだからです。
つながっているからです。
自分も他人も、名前がついているから、別々のように思えますが、実は1つです。
あなたが人を助けると、元気になったその人は、また別の人に元気を与えます。
また元気になった別の人が、さらに次の人へ元気を与え、回り巡って自分のところへ返ってくるのです。
人、動物、植物、環境はすべてが影響を与え合い、その根っこでは地球という土でつながっているのです。
温暖化を防止することは、地球が助かり、植物、生物、人類が助かります。
温暖化は、地球に関わる問題であり、根っこの問題だからです。
土がなくなれば、木は生きていけないように、地球がなくなれば、そのうえで暮らすあらゆる万物も消滅します。
当然、人間も生きていけません。
私たちは、名前がついているため別々の存在であるように思えます。
「ツバメ」「ヒマワリ」「人間」「空」「火」「犬」「メダカ」
どれも別々に思えますね。
では、地球がなくなれば、これらはどうなると思いますか。
すべて、なくなります。
別々に見えても、実は地球という根っこですべてがつながっているからです。
別固体でも、1つなのです。
この事実をしっかり感じることです。
万物は、関係があり、影響を与え合い、すべては1つなのです。
身なりとはいえ、実にさまざまです。
しかし、すべての人に共通する、好かれる身なりというのがあります。
「清潔感のある身なり」です。
美しくなくても、かわいくなくても、かっこよくなくてもかまいません。
質素でも、清潔感のある身なりが、人から好かれる格好です。
誰しも汚れた服を着た人を見ると「うわっ、汚い」と思い、つい後ずさりしてしまいますね。
洗濯をしないまま何日も同じ服を着ていると、汗のにおいが強くなります。
笑った歯が、黄ばんでいると、見ているこちらは興ざめしてしまいます。
いくら髪型がかっこよくても、肩にふけが落ちていてはモテなくなります。
そういう人からは、どんどん人が離れます。
いわば「人のドーナツ化現象」です。
ドーナツ化現象は、都心部だけではなく、人にもある現象です。
特に不衛生な人はドーナツ化現象が起きやすく、人が離れていきます。
本人は「自分の性格が悪いせいだろうか」と悩みますが、本当の理由は清潔感がないからです。
嘘には、波及効果があります。
1つでも嘘をついていることがわかると「ほかにも嘘をついていることがあるのでは?」と不安になります。
嘘をついてしまうと、その人の言葉一つひとつが軽くなり、話を真剣に聞いてもらえなくなります。
1つの嘘とはいえ、その悪影響は計り知れません。
その人全体の信用が落ちてしまうことになります。
私がHAPPY LIFESTYLEの中で1つでも嘘をついてしまうと「ほかの文章にも嘘があるのでは?」と思われます。
1000ある文章で、1つでも嘘の文章があるだけで、ほかの999の文章が影響を受けてしまうのです。
1つの嘘が、波紋を広げて、ほかの文章、私やHAPPY LIFESTYLE全体にまで影響します。
嘘はつかないほうがいいことを痛感します。
「嘘も方便」といいますが、よほどの特殊な場合を除いて、嘘はつかないほうがいいのです。
人から好かれるためと思ってついた嘘は、信用を失い、好かれるどころか嫌われます。
近道どころか、遠回りになります。
本当の近道とは「正直」のことを言うのです。
私は執筆をするようになってから、失敗をすると無性に嬉しくなってしまうようになりました。
書くネタができるからです。
「やった!」と喜んでしまい、にやにやしてしまいます。
面白いネタであるほど、読者は懸命に読んでくれますが、とりわけ失敗してしまうような体験は、良い話のネタになります。
むしろ、自分から失敗しに行こうとしているくらいです。
失敗をすれば、話のネタができ、成長にもなり、一石二鳥になります。
金銭トラブルや人間関係など、取り返しのつかない失敗はいけませんが、自分だけ迷惑を被るならしたほうがいいのです。
話のネタになると思えば、あらゆる失敗や困難がネタになります。
私はサイトを運営している側でよくわかるのですが、失恋した文章は不思議と人気があります。
「人の不幸は蜜の味」といいます。
たしかに不幸話は面白くてためになります。
面白いだけでなく「自分もこのようにならないように気をつけよう」と思い、参考にするからです。
いわば、HAPPY LIFESTYLEのネタは、私の失敗談で成り立っているといっても過言ではありません。
失敗談のほうが面白いし、書いている私もストレスを吐き出せてすっきりします。
私も読者にとってもプラスになることが、失敗談なのです。
人から好かれたければ、まず自分から相手を好きになることです。
人に好かれたいと願いながら、自分は相手のことを嫌いである矛盾した状態があります。
好かれたければ、当然ながら、まず自分から相手のことを好きになることです。
自分が他人を好きになり、人から好かれるような人間になれます。
「好きだ、好きだ」という人を好きになります。
まず、自分にできることは、自分からどんどん周りの人を好きになっていくことです。
それは、他人がコントロールすることではなく、自分しだいでできることです。
自分から積極的に人を好きになっていくことが、どんどん好かれる人になるコツです。
あなたが友人に「すごい、素晴らしい」と褒めれば、その友人から好かれるようになります。
あなたが褒められると嬉しいように、相手も褒められると嬉しくなるからです。
「褒める」ということは、言い換えれば「相手を認める」と言うことです。
「すごい、素晴らしい」と褒めることは、つまり相手を認めているということです。
自分を認めてくれている人には、こちらも自然と好意を持ってしまいます。
すべての人には「愛を欲する欲求」があります。
この欲求をくすぐる言葉が、褒め言葉であり、認めるという行為です。
人から好かれるためには、褒める人になりましょう。
どんどん褒めて、たくさんの人を認めていくことです。
「あなたのここが、素晴らしい」
「あなたの長所を見つけた」
「あなたがいてくれないと困る」
人を褒めれば褒めるほど、相手はあなたのことを好きになっていくことでしょう。
褒め言葉は、相手だけがいい気持ちになると思われがちですが、実は自分のためにもなっている言葉なのです。
その人との人間関係が向上して、自分に跳ね返ってくる言葉なのです。
数学の授業のときに「この問題、わかる人?」と先生が問いかけたときに「はい!」と手を挙げる人はかっこよく映ります。
みんなの見つめる黒板に立ち、チョークで書いて発表することは、勇気が必要です。
結果として、問題を間違え、みんなに笑われ、恥をかいてしまうかもしれません。
しかし「度胸があるな、勇気があるな」という印象だけは、みな共通して持つようになります。
問題に間違えてかっこ悪いけれど、人としてはかっこよくなるという話です。
人気者は、その代表例です。
恥ずかしいことを自分から行い笑われますが、人気が出て頼りにされるのは「度胸がある、勇気がある」と印象が強いからです。
かっこいいことばかりしようとすると、行動範囲が狭くなります。
世間体、体裁を考えてばかりでは、新しい挑戦がしにくくなるものです。
しかし、間違えてもいい、かっこ悪くてもいいと思えば、行動範囲は広くなります。
かっこ悪いときもあるでしょうが、人としてはかっこよくなっているのです。
元気があるときには上を向き、ないときには下を向いてしまいます。
人間の心理状態が現れた、当たり前の行動です。
しかし、気持ちに流されたままの態度では、周りの人へも伝わっていき、話しかけにくい雰囲気となります。
元気のない気持ちを表現していると、暗い雰囲気が漂います。
元気のない人には、周りの人も話しかけにくくなります。
そうなると、さらにコミュニケーション不足のため、元気がなくなる悪循環です。
どこかで、この悪循環を断ち切らなければなりません。
気持ちがふさいでいても、せめて顔だけは上向きであることです。
元気がなくても、顔を上げることくらいはできるはずです。
初めは、気持ちがなくてもかまいません。
まず態度から上向きにして、あとから気持ちも上向きにしていけばいいのです。
元気な姿を見せていると、周りの人からも話しかけやすくなり、人とのコミュニケーションを通して、元気を取り戻していくのです。
気持ちが出てから行動しようと思うから、いつまでも悪循環から抜け出せなくなります。
気持ちはなくてもかまいませんから、まず行動をして、あとから気持ちを変えるのです。
「うん」
「それでそれで!」
「なるほど、そうだね」
話を一生懸命に聞いてくれる人には、不思議と好感を持ってしまいます。
相槌を打ちながら話を聞いてもらえると、もっと話をしたくなり、さらに心を開きたくなります。
心を開き始めると、親密な関係になるのは時間の問題です。
しかし、まずはともあれ聞き上手にならないと、相手のことを知ることができませんし、相手も心の開きようがないのです。
聞き上手になることは、人から好かれるための大切なポイントです。
相槌を打てば打つほど「うん」とうなずいているだけに、人間関係の運(うん)もよくなります。
相槌を打っている姿が、相手には嬉しく、話を聞いてくれる人を好きになってしまうのです。
人から好かれるといえば、面白い話や楽しい話をして、相手を笑わせることばかりに気を使っていたのではないでしょうか。
たしかにお笑い芸人のように話で花を咲かせることも芸ですが、なかなか素人には難しいことですね。
言葉の使い方、話のセンスが必要であり、誰でも簡単にできるわけではありません。
しかし、聞くことなら、誰でも入りやすいことでしょう。
本来、聞き上手になるほうが、はるかに人から好かれるのです。
話す人は「自分! 自分!」とアピールしていますが、聞く人は相手を吸収する側ですから、成長も早く好感ももたれやすいのです。
人から好かれようとして、八方美人になる人がいます。
一見すると、八方に笑顔を振りまき、みんなから愛されているように思えます。
しかし、実は、嫌われたくないから他人の意見に合わせているだけです。
八方ばかりをきょろきょろ見ていますから、自分を見ている暇がありません。
周りに8人の友人がいて、それぞれの意見が異なるため、8とおりの意見となります。
八方美人は、みんなに嫌われたくないから「そうだね」と8回繰り返します。
みんなにいい顔をして、顔はいつも笑顔ですが、どこか嘘くさい表情です。
こういう八方美人に限って「ところであなたの意見は?」と聞かれたときに、言葉に詰まるのです。
みんなの顔色をうかがいすぎて、自分の意見を持っていないからです。
八方美人になってしまうと、本当の自分を見失ってしまいます。
みんなに好かれようと、八方美人になろうとしますが、それでは自分を犠牲にするだけです。
他人の意見を取り入れながら、自分の意見を持つことが、いちばんなのです。
人を好きになるには、受けた恩を思い出して感謝していくことです。
自分が1人で生きているのではなく、支えられて生きている現実に気づいたり思い出したりして、感謝していきます。
人から好かれる人になるコツは、まず自分から人を好きになることが大切です。
自分から人を好きになるために、今まで受けた恩を思い出していきます。
たくさん思い出せば、それだけ人に優しくなれます。
しかし、ちょっと待ってください。
思い出しただけではまだ不十分。
思っているだけでは、現実に何も変化が現れないからです。
現実の変化は、あなたが行動をしたとき、表れます。
本当の恩返しとは、何らかの形で具体的な行動を伴うことです。
積極的に行動に出していきましょう。
「感謝しています」と思うだけなら、誰でもできます。
言葉だけで「私は愛と感謝の気持ちを持っています」というだけなら、たやすいこと。
そういう人はたくさんいます。
しかし、いくら頭で思っても、現実で行動を起こさなければ無意味です。
行動をして、結果が返ってくる。
「頭で思う恩返し」ではなく「行動で表現する恩返し」をすることで、結果が返ってきます。