神様はすべての人間に対して、平等に与えてくれているものがあります。
時間です。
時間だけは、人間の生まれも育ちもまったく関係なく平等に1日24時間として与えられています。
時間を増やすためには、知恵が必要です。
知恵はどうすれば身につけることができるのでしょうか。
それは、効率の悪いことを経験することから始まります。
発明王エジソンの有名な言葉に「実験の結果が成功のときだけでなく、失敗のときも自分には大きな収穫だ」という言葉があります。
成功だけでなく、失敗までも自分には大きなプラスだと言っているのです。
成功できれば理想ですが、それがすべてではありません。
「だらだらした1時間」と「集中した1時間」。
どちらも同じ1時間に変わりありません。
1秒が3600回繰り返されただけのこと。
世の中で幸せになれる人は、お金持ちの人ではありません。
時間持ちの人です。
自分の時間を持つ人は、心にゆとりができ、自分のための人生を歩むことができるようになります。
1日をフルに有効活用したいとき、1日中忙しいことが効率の良い方法だと思われがちです。
しかし、実際は1日中忙しくしていると、やがて疲れから減速します。
体力に自信のある人でも、1日中全力のスピードで駆け抜けていると、途中から苦しくなって息切れを起こします。
時間は、厳しく叱ってくれる存在です。
大声で怒鳴る存在ではありません。
自分のやりたいことを、無言で没収する存在です。
時間を有効に使うためには、まず結論から始める方法に変えることです。
いちばん大切な結論を後回しにしてしまうと、本当にあとからできるかどうかという保障がなくなります。
たとえば、話をするときも、結論を最後ではなく最初に話したほうが、時間を有効に使えます。
「ちょっと待ってください」
こんな言葉を言われたことはありませんか。
ほんの少しだけ待ってほしいときによく使う、便利な言葉です。
忙しくしている姿と充実している姿は、見た目はとてもそっくりです。
どちらのタイプとも慌ただしく動き、少ない時間を有効に活用していることがわかります。
しかし、よく見てみると、見た目は同じようでも、表情が違っていることがわかります。
確かめる時間は、思ったより重要です。
確かめるというのは、確実にできているかどうかを見るということです。
ときどき確かめる時間がもったいないと言っている人がいますが、時間を有効に使っているようで実はとても危険な使い方なのです。
紙に書いてある文字を素早く転写ができる、コピー機というものがあります。
そんなコピー機は、人間とそっくりな一面を持っています。
コピーを取りたいと思うときに、まずスイッチを入れます。
たいてい返事は、早い返事と遅い返事の2種類があります。
「はーい」という遅い返事と「はい」という早い返事です。
時間を無駄なく使い、スピードのある仕事ができる人は必ず返事も早くなっています。
私はときどきこういうことを言われます。
「貴博君の書いていることは、子どものころに教えられていたことを言ってるね」
たしかにそのとおりです。
感謝をするのが面倒と言っている人がいます。
「時間がない」
「手紙を書く時間がない」
時間を大切に使うために、次のことを心がけましょう。
適齢期より「今やりたい」という気持ちを大切にする。
これが時間を大切に使うための基本です。
自分のためにも相手のためにもなるちょっとした気遣いがあります。
一つひとつの気遣いはそれほど大きなことではありません。
しかし、そんな小さなところまでケアをしてくれるところに相手の優しさや気配りのよさが感じられます。
時間は、そのときの心の状態に応じて、長くもなったり、短くもなったりします。
嫌だなと感じているときは時間が遅く感じられ、楽しいなと感じるときは時間がたつのが早く感じられます。
同じ1時間を過ごすなら、だらだら1時間過ごすのではなく、楽しく1時間を過ごすほうが上手な時間の使い方と言えます。
集中力は、出そうと思っても、なかなか出るものではありません。
集中力を出すことに気が向いてしまえば、逆に集中できなくなります。
集中力というのは「気づけば集中していた」「いつの間にか集中していた」といった感じです。
人には、それぞれのテンポがあります。
みんなが同じテンポではありません。
人それぞれに、自分の性格ともいえるテンポがあります。
何かを成し遂げたいと思うとき、やってみてどうなるのかは、やってみないとわかりません。
行動して初めて、その実態が明らかになります。
成功を収めている企業には、ある共通点があります。
ジェットコースターでは、山になっている部分と谷になっている部分があります。
レールが谷に向かって落ちているときは、勢いがあってスリルがあります。
だからとはいえ、急降下の前の山をゆっくり登る時間も、高揚感を味わう大切な時間です。
友人や家族から手紙がきたら、まず返事をするために新しいはがきに宛先を書くようにしましょう。
手紙の中身はすぐ書かなくてもかまいませんから、相手先の宛先だけはすぐ書くようにします。
すると不思議なことに、手紙の中身までも格段に書き始めやすくなります。
あなたは今、何歳ですか。
では、80から年齢を引いてみましょう。
それが、あなたの残りの人生です。
新しいことを始めるときに、何を基準に判断していますか。
お金が稼げそうだとか、利益があるからとかを基準にしていれば、要注意です。
自分にとってプラスになることを考えるなら、利益があるかどうかより、楽しめるかどうかを基準に考えることが大切です。
協力をすれば、時間をいとも簡単に手に入れられるようになります。
協力をすることは、誰かに手伝ってもらうことです。
誰かに手伝ってもらうことは、自分のプライドや見栄が許さないと思っている人は時間を有効に活用できない人です。
会社の上司には、肩書がついています。
「社長」「部長」「課長」などの肩書です。
学校でいえば「委員長」という肩書もあります。
見せる努力をしている人がいます。
友人の前、上司の前、好きな人の前。
人目があれば「評価されるチャンスだ!」「印象アップのチャンスだ!」と言わんばかりに張り切って取り組みます。
時間を大切にするとは、今を一生懸命に生きることです。
私たちは、常に一瞬一瞬の時間の中で生きています。
今とは、一瞬の連続です。
「時間がないです」
「時間がありません」
「毎日やることが多くていっぱいいっぱいです」
神様はすべての人間に対して、平等に与えてくれているものがあります。
時間です。
時間だけは、人間の生まれも育ちもまったく関係なく平等に1日24時間として与えられています。
これだけは人の力で変えることも曲げることのできない絶対的なことです。
にもかかわらず、そんな平等に与えられているはずの時間を上手に使っている人がいます。
1日30時間も40時間もあるのではないのかと思うほど、多くを成し遂げる人です。
時間を上手に使えている人は、1日の重みが大きいため、大人になるほど成長に差が開いていきます。
別の次元で生きているのではないかと、思うほどです。
人より早く進歩できる人は、ほかの人と比べて何が違うのでしょうか。
それは、時間を上手に使うための「知恵」です。
絶対的に変えられない1日24時間を「知恵」を使って、上手に時間を節約し、上手に時間を増やします。
そばで見ていると、魔法を使っているようです。
時間を上手に使えるということは、それだけ人生を豊かにするということです。
時間を上手に使えるようになると、どんどん時間が増えます。
1日は24時間しかありませんが、この24時間は使い方しだいで2倍にも3倍にも増やしていくことができるのです。
時間を増やすためには、知恵が必要です。
知恵はどうすれば身につけることができるのでしょうか。
それは、効率の悪いことを経験することから始まります。
効率の悪い経験をすると、必ず悔やむ気持ちが湧き起こります。
「悔しい」「情けない」「もったいない」といったネガティブな感情が吹き上げてくるでしょう。
誰でも苦しい経験は避けたいと思うため「なんとかしたい」と考えるようになります。
苦しい経験によるダメージが大きくなるにつれて、なんとかしたい気持ちも大きくなります。
その分、頭を働かせることができ「知恵」が出来上がっていくのです。
過去に出来上がってきた知恵たちは、すべて過去の人が体験した効率の悪いこと(痛い経験)から始まっています。
今はライターさえあれば簡単に火をおこせますが、昔の人は、長い時間をかけて火をおこしていました。
燃えやすいものをかき集め、両手で木の棒をぐるぐる回して、木と木をこすり合わせる摩擦熱で火をおこしていました。
時間もかかり、体力も必要です。
火をおこすためだけに、昔の人は効率の悪い作業をしていました。
だからこそ「もっと効率の良い方法はないのだろうか」と人は考え、マッチやオイル式のランプなどが生み出されてきました。
今では小さなライターだけで、火をおこせるようになりました。
私たち人類は知恵を振り絞り、簡単に火をおこせるようになったために時間と体力を消費せずにすんでいます。
いわゆる以前より「上手で賢い方法」で火をつけることができているのです。
昔の人たちから見ると、うらやましい光景でしょう。
しかし、そんな効率よく火をおこすための原動力は、昔の人たちが体験した「効率の悪いこと」です。
効率の悪いことをして、大変でつらく悔しく情けない気持ちをバネにして「効率の良い方法」を生み出しました。
おかげで今、私たちは火をおこす時間を節約できています。
火をつけるという行為だけでも、どのような方法でやるのかを考えると、時間的にも体力的にも、天と地の差が出てくるのです。
今ある状況の中で時間がもっとほしければ、まず自分が今やっている作業の中で、効率の悪い失敗を経験することです。
歯がゆい失敗を経験し、同じことを繰り返さないために頭を使います。
そこであなたが編み出した方法こそ、知恵です。
時間をつくり出すための強力な武器になります。
発明王エジソンの有名な言葉に「実験の結果が成功のときだけでなく、失敗のときも自分には大きな収穫だ」という言葉があります。
成功だけでなく、失敗までも自分には大きなプラスだと言っているのです。
成功できれば理想ですが、それがすべてではありません。
失敗したときには、できなかったことがわかります。
失敗したことで、なぜ失敗したのかを考える機会を得ることができ、次へのステップアップにつなげることができるからです。
どんなにささいなことでも、知恵の得られない失敗はありません。
失敗には、成功につなげるための知恵が隠されています。
隠されていることは、もちろん自分で探し出さなければなりません。
時には奥深くに隠れていることもあり、なかなか見つけられないときもあることでしょう。
それでも見つけられなければ、次も同じ失敗を犯してしまいます。
同じ失敗を繰り返したくなければ、日が暮れても、とことん考え、知恵を考え出しましょう。
次からどうすればいいのかを頭の中で考えるだけでなく、忘れないように紙にもしっかり書きとめるようにしましょう。
これが成長するということです。
何か効率の悪いことをして自分が苦しむ経験をしたとき「なんとかしなければ」という気持ちになります。
その経験が痛ければ痛いほど「二度と同じ経験をしたくない」と思い、必死になってどうすればいいのかを考えることができます。
この経験を積み重ねていくことで、人は知恵を身につけ、生活が向上していくのです。
時間を大切にするとは、同じ失敗を二度と繰り返さないということなのです。
「だらだらした1時間」と「集中した1時間」。
どちらも同じ1時間に変わりありません。
1秒が3600回繰り返されただけのこと。
人によって時間の長さが変わることもありません。
時間は、すべての人に平等です。
しかし、時間の長さは同じでも、価値が違います。
だらだらした1時間と集中した1時間は、まったく違うことに気づいてください。
それぞれ別物と言っても過言ではありません。
だらだらした1時間は「価値の低い1時間」です。
やる気も元気もなく、生産性もありません。
緊張感もスピード感もなく、ただ惰性の時間が流れています。
できることといえば、休んだりリラックスしたりするくらいのこと。
だらだらしていては、いい仕事ができません。
だらだらした時間から、素晴らしい仕事も生まれません。
後になって「だらしない過ごし方をしてしまった」と悔やむことになるでしょう。
集中した1時間とは何か。
集中した1時間は「価値の高い1時間」です。
緊張感とスピード感が出て、生き生きした時間が流れます。
全神経を研ぎ澄ませ、目の前の仕事に集中すると、生産性が高まります。
記憶力が向上して、仕事がスムーズにはかどります。
集中するから、いい仕事ができます。
集中した時間から、素晴らしい仕事が生まれるのです。
時間があるかないかではありません。
集中しているかどうかです。
同じ1時間でも、集中しているかどうかで、意味も価値も変わります。
同じ1時間でも、だらだら過ごすのか、集中して過ごすのかで、価値がまったく変わります。
いま一度「集中力」を大切にしてください。
常に集中する必要はありませんが、重要なときには集中すべきです。
集中すると、エネルギーの消費が激しくなりますが、それだけの価値はあります。
今まで集中力を軽視していたなら、これからは集中力を重視しましょう。
せめて1日1回くらいは、集中した時間をつくりたい。
自らゴールデンタイムをつくることです。
集中力は、時間の価値を高める源泉です。
集中すれば、時間の長さは同じでも、時間を増やしたのと同じことになるのです。
世の中で幸せになれる人は、お金持ちの人ではありません。
時間持ちの人です。
自分の時間を持つ人は、心にゆとりができ、自分のための人生を歩むことができるようになります。
時間があるというそれだけで、行動する時間があり、また大きな可能性を秘めているということでもあります。
お金はなくても、時間があればなんとかなります。
だからとはいえ私は決してお金を否定しているわけではありません。
たしかにお金があれば衣食住が充実し、お金も同じく自分の心の余裕につなげることができます。
お金も時間もどちらも大切です。
しかし、大切なことは「貴重」という意味で考えると圧倒的に時間のほうに価値があるということなのです。
お金はなくなってしまえばまた稼げます。
しかし、時間だけは失ってしまったらそれが最後なのです。
同じ瞬間は、もう二度と戻ってくることはありません。
時間を節約できることはあっても、時間そのものを「取り戻す」ということは不可能なのです。
一瞬一瞬は、すべて、最初で最後。
時間を貴重に使いましょう。
今を一生懸命に生きることです。
もしあなたが将来、時間とお金のどちらかで迷ったときには、時間を選択するほうが賢い選択になるのです。
1日をフルに有効活用したいとき、1日中忙しいことが効率の良い方法だと思われがちです。
しかし、実際は1日中忙しくしていると、やがて疲れから減速します。
体力に自信のある人でも、1日中全力のスピードで駆け抜けていると、途中から苦しくなって息切れを起こします。
倒れてからでは遅いのです。
倒れる前に休息する必要があります。
そもそもなぜ人間は寝るのか。
それは疲れを取るためです。
間違って疲れを取らずに起き続けていると、人間はやがて死んでしまいます。
神様は人間をつくるときに、このように考えました。
「人間は愚かなのでほうっておけばきっと休むことを怠るであろう。それならば本能に休むことをインプットしておこう」
神様は忙しすぎて休むことを怠らないよう、人間の本能に「睡眠」を加えてくれたのです。
人間の3大欲の1つには「睡眠欲」があります。
神様が、生きるうえで大切な要素だと捉えているのです。
きっとあなたも経験したことがあるのではないでしょうか。
徹夜で過ごした翌日の朝は、ふらふらするくらいに疲れがたまっています。
夜に寝なかったせいで頭の中がすっきりせず、思考回路も停止寸前の状態です。
こんな状態では、日常生活に支障が出てしまいます。
3日も4日も起き続けていた日には、生きた死人になっているところです。
寝ることは、生きるために欠かすことのできない大切なことなのです。
私たちは、夜は本能的に寝ることをインプットされているおかげで、元気で健康にいられるわけです。
夜にしっかり寝て疲れを取るということは、大切なことなのです。
ですがここ最近は、夜の睡眠をおろそかにしている人たちを大変多く見かけます。
24時間営業のコンビニが町の至る所に存在し、夜でも昼間のような明るさです。
会社での残業も増えることはあっても減ることはなかなかありません。
神様がインプットした睡眠欲を、人間たちが阻害しようとしているのです。
先ほども言いましたが、疲れを取らずに、健全な日常生活を望むことはできません。
夜寝ることをやめてしまうことは、神様に逆らうことになるのです。
神の領域を人が荒らしてしまうと、人体に大きな異変が起こってきます。
やる気や元気、笑顔や活力など、人間の精神的豊かさを容赦なく奪っていってしまうのです。
睡眠を取ることをおろそかにしている人は、決まって気力が欠けてしまっているのです。
寝る時間は節約したくても、節約しないようにしましょう。
寝る時間を削ってしまえば、やる気や元気まで削ってしまうことになるのです。
時間は、厳しく叱ってくれる存在です。
大声で怒鳴る存在ではありません。
自分のやりたいことを、無言で没収する存在です。
やりたいことをやるときに、まず必要なことは、お金と思われがちです。
たしかにお金も必要ですが、さらに大切なことがあります。
時間なのです。
時間は、お金より大切です。
時間がなければ、どんなにお金があっても、何もできません。
しかし、時間さえあれば、お金がなくても、実現できる可能性はあります。
すべての人に、1日は24時間です。
すべての人に平等な時間ですが、使える人と使えない人がいます。
なぜ、差が生まれるのでしょうか。
自己管理能力があるかどうかなのです。
やりたいことができない状況なら、いま一度、自分の1日を振り返ってみましょう。
時間という先生は、あなたの1日の計画を厳しく見張っています。
計画が間違っていれば、時間を没収され、余裕がなくなります。
どんどん時間がなくなり、やりたいことをやらせてもらえなくなります。
その反面、計画が正しければ、時間を与えられ、余裕が生まれます。
のんびりする時間や趣味を楽しむ時間も生まれるでしょう。
お金の問題ではありません。
どれだけ自己管理能力があり、計画を立てられるかです。
時間という存在が、厳しくチェックしてくれます。
1日中そばにいてくれる、最高の家庭教師です。
時間を有効に使うためには、まず結論から始める方法に変えることです。
いちばん大切な結論を後回しにしてしまうと、本当にあとからできるかどうかという保障がなくなります。
たとえば、話をするときも、結論を最後ではなく最初に話したほうが、時間を有効に使えます。
結論を最後に話そうとすると、途中で誰かが割り込み、話を邪魔されるかもしれません。
むしろ話を折られないことのほうが珍しいくらいです。
人は話を聞いていて面白いと思えば思うほど、自分もうずうずして途中から割り込みたくなります。
私は面白い話をするとき、以前は結論を最後に話すタイプでした。
面白いことを最初に言うともったいなく感じてしまい、最後のほうが盛り上げられると思っていました。
しかし、実際に話をしていると、なかなか思うようにいきません。
私が話している最中に、たいてい誰かが割り込んでくるのです。
言いたかった結論を言えずに、いつの間にか私の話が、割り込んできた人の話にすり替わっています。
結論を言えないまま話を終えるのは、ストレスがたまります。
不完全燃焼です。
これではストレスを発散するどころか、余計にストレスがたまります。
こういう経験を何度も重ねていくうちに学びました。
「いちばん大切なことは、最初に言っておこう。最後に言おうとすると、もうチャンスがないかもしれない」
「あとから」というのは、それだけで保障がありません。
あとからというのはとても不安定で、本当にその「あとから」があるかどうかというのは誰も保障してくれません。
誰かが割り込んできたり、突然の電話が鳴ったりと、途中で何かと邪魔が入るのです。
初めにやってしまいましょう。
結論は、最初に話すほうが確実です。
途中で邪魔が入っても、せっかくの努力と時間を水の泡にしなくても済みます。
「いちばんはじめに」というのは、時間と努力を有効に使うための知恵です。
いちばん大切なことこそ最初にもってくるほうが、時間を有効に使えるコツなのです。
私はそれからというもの、いちばん大切なことは最初にもってくるようになりました。
たとえば今あなたが読んでいる文章にも、その影響が表れています。
タイトルが、すでに結論になっていることにお気づきですか。
私の文章は、内容は読まなくても、タイトルだけをぱっと見ただけで、何が書かれているのかがわかるようにしています。
タイトルが、すでに結論になっているからです。
タイトルに結論を持ってきたほうが、読者にとってこれからどんな話が始まるのかという不安を感じることもなくなります。
あらかじめ始めに結論を持ってくることで、読者の理解も促進させる作用があるのです。
大切なことほど、最初にもってくるというのは、文章だけに限りません。
人とのコミュニケーションや仕事や恋愛、友人との付き合いなど、生活の中のさまざまなシーンで役立つ大切な知恵なのです。
「ちょっと待ってください」
こんな言葉を言われたことはありませんか。
ほんの少しだけ待ってほしいときによく使う、便利な言葉です。
しかし、便利であるゆえに、何でも「ちょっと」という言葉でごまかしがちになっています。
「ちょっと」は便利ではありますが、具体性がありません。
「ちょっと待って」というのは、人によって1分のことかもしれませんし、5分のことかもしれません。
もしかしたら30分や1時間と思っている人もいることでしょう。
人によって「ちょっと」という言葉の度合いは、もはや「ちょっと」ではないのです。
私が理髪店で髪を切ってもらっているときのことです。
「こんにちは」と言って、1人のお客さんがやってきました。
たまたまそのときは店内にお客さんが大勢待っていて、すぐ髪を切ってもらえる状態ではありませんでした。
そのときに、お客さんが言いました。
お客さん「あとどのくらいで切ってもらえる?」。
理容師「あとちょっとだけ待ってもらえれば……」。
お客さん「あとちょっとって、どのくらい?」。
理容師「そうだなあ、30分くらいかな」。
お客さん「じゃあ、30分後くらいにまた来ますね」。
そう言ってお客さんは一度理髪店を出ていき、また30分後にやってきました。
こうすることで、理容師もお客さんに必要以上に迷惑をかけることもなく、お客さんも自分の時間を有効に使うことができました。
このやりとりを聞いて「『ちょっと』という言い方はやめよう。具体的な時間を言ったほうがお互いのためになる」と痛感しました。
私も今まで「ちょっと」という適当な答えでごまかし、相手に迷惑をかけていたなと反省してしまいました。
時間を大切にしている人は「ちょっと」という言い方はしません。
必ず、具体的に「~分」と言います。
言葉の一言に対しても、その人が時間を大切にしているかどうかがわかるのです。
忙しくしている姿と充実している姿は、見た目はとてもそっくりです。
どちらのタイプとも慌ただしく動き、少ない時間を有効に活用していることがわかります。
しかし、よく見てみると、見た目は同じようでも、表情が違っていることがわかります。
忙しくしている人はこわばった表情をしていることに対して、充実している人の顔はとても楽しんでいる表情になっています。
見た目は慌ただしく動いているのに、なぜ表情にこれほど違いが出てくるのでしょうか。
それは「余裕」が大きく関係しています。
充実している人は余裕を持って行うことができていますから、楽しみを味わえます。
しかし、いくら楽しいことだからとはいえ、余裕がなければ楽しさを感じる時間もありません。
忙しいという字は「心」を「亡くす」と書きます。
忙しいという字の左側は「立心偏」と言って、人の心を表現する漢字です。
まさに余裕がなく心を亡くしている状態が「忙しい」という状態なのです。
たまに「忙しい忙しい」と言っている人を見かけます。
自分の忙しさを遠回しに自慢し、自分がどれだけ価値のある人間であるのかを言っている人です。
忙しいという言葉だけならまだしも、忙しいといいながら顔は「へへ」と笑っているところが、これまた怖い。
自分が心を亡くしてしまうほど忙しいことに、自分で酔っているのです。
時間を有効に活用できている人は、心を亡くしていません。
心に「余裕」を持った状態で楽しんでいる人が、充実した時間を過ごすことができているのです。
確かめる時間は、思ったより重要です。
確かめるというのは、確実にできているかどうかを見るということです。
ときどき確かめる時間がもったいないと言っている人がいますが、時間を有効に使っているようで実はとても危険な使い方なのです。
確かめるとは、ちょうど足元を固めて、階段を上がっていく状態に例えることができます。
階段を1段1段しっかり上がっていくためには、まず足元にある階段がしっかりしていなければなりません。
古くて今にも崩れ落ちてしまいそうな階段だと、上がることもできません。
もしかしたら階段が崩れて、また1からのやり直しになってしまうかもしれません。
そうならないためにも、今、目の前にあることに全力を尽くし、しっかりできているかどうかを確かめる。
確認ができて初めて次のステップへと進んでいくことが、いちばん確実でありいちばん上手な時間の使い方です。
確認のために時間はかかります。
時によっては、つくっている時間よりさらに時間がかかってしまう場合もあります。
それでも確認だけはしておきましょう。
振り出しに戻ってしまうなら、時間はかかっても、確実に前に進んでいくほうが遠回りに見えて、いちばんの近道になるのです。
紙に書いてある文字を素早く転写ができる、コピー機というものがあります。
そんなコピー機は、人間とそっくりな一面を持っています。
コピーを取りたいと思うときに、まずスイッチを入れます。
しかし、スイッチを入れたからとはいえすぐコピーが取れるわけではありません。
コピー機には「コピー準備中」という最初の時間があります。
車のエンジンでいうと、最初の加熱をしている時間にあたります。
これが長いのです。
コピーを取る人は、何も100枚のコピーを取りたいわけではありません。
たった1枚のコピーを取りたいだけです。
しかし、スイッチを入れたばかりのコピー機は最初に動き出すまでにかなりの時間がかかります。
5分ほどたって、ようやく動き始めます。
いったん動き始めると、コピーは何枚でもすいすいできます。
はじめの1枚までは時間がかかったのに、いったんコピー機が動き始めるとコピー100枚200枚もすいすいできてしまいます。
コピー機は動き始めたら早いのですが、動き出すまでの時間がかかってしまうのです。
これは、人間にそっくりだとは思いませんか。
人間は、動き出すまでに時間がかかります。
一度動き始めたら次々とやれるのですが、最初の重い腰を上げるまでに、相当な時間がかかってしまうのです。
時間を思ったより使っているのは、この重い腰を上げるまでの時間です。
やると決めたことは、どれだけ重い腰をさっと動かせるかです。
どれだけさっと重い腰を上げられるかで、どれだけ時間を大切にできるかが決まります。
実際に動いている時間はあまり差がありません。
差がついているのは、最初に動き始めるまでの腰を上げる時間なのです。
「スピード」ばかりに気を向けてしまいがちですが、本当は「時期を早めること」のほうがさらに大切なのです。
時間を節約するのは、重い腰をさっと上げられることなのです。
たいてい返事は、早い返事と遅い返事の2種類があります。
「はーい」という遅い返事と「はい」という早い返事です。
時間を無駄なく使い、スピードのある仕事ができる人は必ず返事も早くなっています。
「はい」と、素早く返事をします。
素早い返事ができるというのは、それだけテンポが速いということです。
その人のテンポが速いですから、返事も「はい」と、素早いのです。
それに対して「はーい」「ちょっと考えます」「相談してから決めます」というような遅い返事は、やる気のなさが感じられます。
実際にそのとおりです。
返事1つで、本人にやる気があるかが、簡単にわかります。
早い返事ができる人は、それだけ時間を大切にしているということです。
返事を元気に勢いよくすることは、子どもが得意です。
子どもは好奇心が旺盛で、何でもやりたがります。
返事も「はい」と元気よく、勢いがあります。
子どもは大人を見習いますが、大人のほうこそ、子どもを見習う必要があります。
基本的で大切なことというのは、案外子どものほうがよくわかっています。
「はい」と元気に勢いよく返事をすることも、子どもじみたことと思うかもしれませんが、大切なことを意味しているのです。
私はときどきこういうことを言われます。
「貴博君の書いていることは、子どものころに教えられていたことを言ってるね」
たしかにそのとおりです。
書いている私本人も、子どものころに教えられたことを繰り返しているなと思います。
斬新で目新しいことを書いているより、あまりに当たり前でありふれたことを書いています。
しかし、私は子どものころに教えられたことほど大切なことだと思っています。
あえて基本的なことを繰り返し強調をしています。
たとえば「お礼はできるだけ早くする」ということは、子どものころから何度となく親や先生たちに言われてきたことです。
たしかにお礼はできるだけ早くすることを今さら言われても、当たり前のことすぎて、ぴんとこないでしょう。
しかし、子どものころから言われているくらい、それだけ大切なことだということなのです。
私たちが子どものころに言われていたことは、子どもじみた考えを言われていたのではありません。
子どものころから教える必要があるほど大切なことだから、子どものころに言われていたのです。
しかし、子どものころから耳にタコができるほど言われていることだというのに、できていない人がなんと多いことか。
私はそんな当たり前のことほど、大切なことだと思っています。
本当に大切なことは、複雑で難しいところにあるのではありません。
子どものころに学んだあまりに簡単で基本的なところに、本当に大切なことがあるのです。
感謝をするのが面倒と言っている人がいます。
「時間がない」
「手紙を書く時間がない」
「電話をする時間がない」
「言うほどのことでもない」
こうした返事が返ってきそうですね。
こんな言い訳にだけは、頭の回転が何倍も速くなる人がいます。
たしかに感謝は時間がかかり、手間暇がかかります。
しかし、それでも感謝はすることです。
感謝することは時間を無駄にしているように感じられるかもしれませんが、実際には何倍にも濃いものにできています。
なにより、相手との関係を何倍もの速さで深めていくことができるようになります。
普段どおりのお付き合いではなく、普通の人よりちょっと目立ってみるのです。
それが感謝です。
ほかの人が感謝をしないところで、わざわざ手紙で感謝すると、必ず印象に残ります。
ほかの人より感謝をしてくれることで、存在感が目立ち、大切にされて、仲良くなることができるのです。
そのうえ、信頼関係まで結べるのです。
感謝を削ってはいけません。
感謝をすることは、人との関係を促進させる効果があるのです。
時間を大切に使うために、次のことを心がけましょう。
適齢期より「今やりたい」という気持ちを大切にする。
これが時間を大切に使うための基本です。
今生きている人生はあなたの人生以外誰のものでもありません。
あなたの人生は、あなただけのものです。
にもかかわらず「適齢期」という言葉に振り回されている人がなんと多いことでしょうか。
やはり人ですから、他人の目や評価が気になってしまうのは仕方ありません。
人との関係を避けては通れない世の中では、他人の目や評価が気になることもたしかにあります。
しかし、それらに縛られる必要はありません。
あなたの人生はあなただけのものなのです。
一度しかない人生を他人の目や評価を気にして生きることは、あなたの人生ではなく、他人に振り回されている人生になります。
自分の人生を楽しむために「適齢期」という言葉は忘れてしまいましょう。
適齢期を忘れて、代わりに「今やりたい」という気持ちを第一に行動していきましょう。
人生において適齢期はあってないようなものです。
適齢期は他人が決めた適切な時期というだけで、本当にすべての人に通用する話かというと、そうではないのです。
あなたがいちばん優先するべきことは、あなたの気持ちです。
それこそ「今やりたい」という気持ちです。
その気持ちがたとえどんな形であろうと、自分が感じている気持ちほど正直な気持ちはないのです。
私が初めて本を書き始めたのは、23歳のころでした。
当時、社会にまだ出ていない私は、周りの人たちにかなり反対されました。
「書くにはまだ若すぎる」
「社会に出て一人前になってからにしなさい」
「子どもが偉そうなことを書くな」
そんなことを親や友人などにさんざん言われていました。
それでも私はどうしても「今、書きたい」という気持ちがあり、反対を押し切って書き始めました。
「書くための適齢期は自分で決める。今、書きたい気持ちを大切にしよう。やりたいときに、やるのがいちばんいい」
そんなことを自分に言い聞かせて、書き始めました。
今はすでに140冊を超え、早く行動したおかげで早く数をこなすこともできました。
今考えても、後悔はしていません。
人間は、行動したときには後悔はしません。
やらなかったことに対して、後悔を抱きます。
「適齢期」という言葉にためらっていたり迷っていたりしたら、自分の気持ちに正直になりましょう。
「今やりたい」という気持ちで行動することが、自分にとっていちばんの方位磁石となるのです。
自分のためにも相手のためにもなるちょっとした気遣いがあります。
一つひとつの気遣いはそれほど大きなことではありません。
しかし、そんな小さなところまでケアをしてくれるところに相手の優しさや気配りのよさが感じられます。
先日、私のところに1本の電話がかかってきました。
ですがあいにく、私はちょうどそのとき外出中で電話に出られませんでした。
私が家に戻ると留守電が残っていました。
「こんにちは。~です」
というお決まりの言葉から始まり、折り返し連絡が欲しいとのことでした。
私が気遣いを感じたのは、その留守電の最後の部分です。
「折り返し、お電話をお待ちしております。私の電話番号は○○です」
連絡先の電話番号を、わざわざ残してくれていました。
留守番電話に電話番号まで入っていると、助かります。
わざわざ電話帳を出し、電話番号を調べる手間を省けるので時間を短縮させることができます。
電話番号が入っていることで「早く電話をかけなくちゃ」という行動促進効果まであります。
留守電を入れる人は、わざわざ自分の電話番号を言うのは面倒なことだと思います。
私が先方の電話番号を知っているのをわかっていますから「折り返しお電話ください」で済ませてしまおうと思えば、できます。
しかし、人間の優しさや気配りのよさは、本当に小さくてささいなところで垣間見えます。
その丁寧な留守電のおかげで、私も相手も連絡をスムーズに済ませることができました。
小さなことほど、気遣いが必要です。
時間は、そのときの心の状態に応じて、長くもなったり、短くもなったりします。
嫌だなと感じているときは時間が遅く感じられ、楽しいなと感じるときは時間がたつのが早く感じられます。
同じ1時間を過ごすなら、だらだら1時間過ごすのではなく、楽しく1時間を過ごすほうが上手な時間の使い方と言えます。
時間が短く感じられるというのは「集中」できているということです。
「熱中」しているために時間を忘れ「夢中」になるほど楽しんでいるのです。
上手な時間の使い方というのは、つまらない時間を過ごすことではなく、楽しい時間を過ごすということです。
楽しく時間を過ごせるというのは、それだけ充実していることを意味します。
私がいつも本を書くのは、もっぱらコーヒーショップです。
1キロもしない軽さの、B5サイズのコンパクトなノートパソコンですから、持ち運びにとても便利です。
もともと私はコーヒーが大好きですから、おいしいコーヒーを飲みながら自分の好きなこと(文章を書くこと)をしています。
そうすると、最高に楽しく充実した時間を過ごせます。
本当に時間を忘れてしまうほどで、毎日その時間が楽しみで仕方ないくらいです。
コーヒーや文章を書くといった、楽しく感じることを2重にも3重にも重ねていますから、いつも以上に楽しく感じてしまうのです。
充実した時間は、自分の好きなことや楽しいところにあります。
毎日がつまらないと愚痴っている人も、1日の中で1つくらいは楽しいと感じることを入れることで、生活に活気が出てくるのです。
集中力は、出そうと思っても、なかなか出るものではありません。
集中力を出すことに気が向いてしまえば、逆に集中できなくなります。
集中力というのは「気づけば集中していた」「いつの間にか集中していた」といった感じです。
いつどこで出るのか不安定とも思える集中力ですが、集中できる瞬間にはある共通点があります。
好きなことをしているときです。
特に好きなことで忙しくなっているときほど、集中できています。
忙しいのは「心」を「亡くす」と書きます。
もちろん過剰な忙しさは体に毒ですが、好きなことへの忙しさは逆に心身ともに健全な状態にしてくれます。
好きなことをして自分が楽しむことができる。
好きなことをしているから、集中もできる。
そのうえ、適度な忙しさのおかげで時間を有意義に使うことができる。
これが上手な時間の使い方です。
好きなことをしていると、自然と時間を有意義にさせることができます。
どうせ忙しくなるなら、自分の好きなことをして忙しくなりましょう。
好きなことで忙しくなっているときに限っては、夢中になることができ、良い意味で「心」を「亡くす」ことができるのです。
人には、それぞれのテンポがあります。
みんなが同じテンポではありません。
人それぞれに、自分の性格ともいえるテンポがあります。
頭や体の動作が遅いのは、人格を否定しているわけではなく、単にテンポが遅いだけです。
もともと備わっている性格です。
練習や気合で、すぐ変えられるものではありません。
その速さが、その人なのです。
私にも私のテンポがあります。
私は大ざっぱな性格のため、テンポは比較的速く、大胆に作業を進めていきます。
少々の間違いは気にせずに、ひたすら前に進んでいくタイプです。
もちろん仕事をしていると、自分とテンポが違う人と一緒に仕事をしなければならないときがあります。
以前は、遅い行動にいらいらしたこともありました。
最近では「これがその人のテンポなんだ」と思うようになりました。
自分に置き換えて考えてみると、理解しやすくなります。
私のテンポは自分でさえ、簡単に変えられるものではありません。
大ざっぱな私が「正確で間違いのない作業をやれ」と言われても、難しいでしょう。
同じように、テンポが遅い相手にも「大ざっぱになってテンポを速くしてほしい」と言っても、難しいはずです。
性格は、なかなか変えられません。
優秀なリーダーは、個人が持っている個性や資質を、いち早く見抜きます。
もともとある性格を変えさせる指導ではなく、むしろ個性や性格をさらに生かす仕事を任せます。
これが、適材適所です。
その人の個性に合った仕事を任せることで、個性はさらに伸びることでしょう。
結果として、全体の流れがスムーズになり、時間も効率よくなります。
何かを成し遂げたいと思うとき、やってみてどうなるのかは、やってみないとわかりません。
行動して初めて、その実態が明らかになります。
成功を収めている企業には、ある共通点があります。
それは「行動が早い」ということです。
始めるのも、やめるのも早く、変更するのも早いのです。
どうなるのか、やってみないとわかりません。
とにかく、やってみることから始めます。
ダメだったら、やめればいい。
改善をして直ることなら、素早く改善する。
これが成功するためのポイントです。
あらゆることは、行動にはかないません。
人生という限られた時間内で自分の希望を叶えていくためには、頭でうなっていたところでいつまで経っても現実にはなりません。
「効率を考えてから」と言って、なかなか行動せずに足踏みばかりしている人がいます。
その考えている時間のほうがもったいない。
考える時間があるなら、まず行動です。
考えるのは、行動しながら考えればいいのです。
まず、やってみましょう。
できればそれでよし。
ダメだったら、やめればいい。
変更や修正でうまくいくなら、そうすればいい。
時間を有効に使いたいときほど、行動に出ることが正解なのです。
ジェットコースターでは、山になっている部分と谷になっている部分があります。
レールが谷に向かって落ちているときは、勢いがあってスリルがあります。
だからとはいえ、急降下の前の山をゆっくり登る時間も、高揚感を味わう大切な時間です。
ジェットコースターには、ゆっくりした「緩」の部分と速くなっている「急」の部分の2つがあります。
実はこの「緩」と「急」は別々のことではありません。
2つで1つのセットになっています。
「緩」がなければ「急」にすることはできませんし「急」になるから「緩」もあるということです。
この波を皆さんもよくご存じのとおり「リズム」といいます。
このリズムが大切だとよく耳にします。
ジェットコースターの例のように「急」をつけるには「緩」が必要であり「緩」があるのは「急」のおかげということなのです。
日常の生活に当てはめてみるとわかりやすいのではないでしょうか。
朝に起きて昼間に一生懸命仕事や勉強に集中できるのは、夜に睡眠という「緩」の時間があるからです。
夜にぐっすりよく眠れるのは、それだけ昼間に一生懸命に精を出したという「急」の時間があるからです。
「緩」と「急」は何もジェットコースターに限ったことではなく、日常にもある話なのです。
この緩急のリズムを大切にしましょう。
ときどき徹夜で勉強をしている人がいます。
深夜の3時や4時まで勉強をして、次の日の朝にまた学校という人です。
勉強は、している時間が長ければそれでいいというのではなく、短い時間に集中して行うことが基本です。
にもかかわらず、寝る時間にも勉強をしている人は、決まって学校では昼間にぼうっとしています。
緩急のリズムを無視しているからです。
リズムを無視した勉強は、逆効果です。
一度リズムを壊してしまうとよくわかりますが、面白いくらいすべてがうまくいかなくなります。
私は中学2年のころに夜遅くまで起きていた経験があります。
夜遅くだと静かで勉強にも集中できるような気がするのです。
しかし、やはり実際は、昼間は睡眠不足のせいで頭がぼうっとし、勉強にも気合が入りません。
ぼうっとしているため表情が薄く、暗いオーラが出てしまい、友人との付き合いにも影響します。
先生にも叱られ、やる気も元気も出ません。
そのうえ、肌はかさかさになり健康上にも影響が出てきました。
まさにリズムが壊れた状態です。
一度リズムが壊れると、将棋倒しのように次から次へとすべてがおかしくなります。
私「これは大変だ」と思うほどの状態になり、生活のリズムを元へと戻すことにしました。
とはいえ、当たり前のことを当たり前にするだけのことです。
夜はしっかり寝て、昼間は学業に精を出すだけです。
それからというもの、昼間は頭がしっかり回るようになり、表情も出てくるようになりました。
夜にしっかり睡眠を取っているおかげで、もちろん肌の荒れもだいぶ改善され健康に戻りました。
当たり前のことを当たり前にするというリズムを大切にするだけで、日常生活がスムーズに回るようになりました。
時間を大切にするためには、リズムを大切にすることです。
時間を大切にすることとリズムを大切にすることは、別々のことのように思われますが、実はこの2つは同じことを意味します。
リズムという波を大切にするから、時間に無駄がなくなるのです。
リズムを大切にするとは、時間を大切にするということなのです。
友人や家族から手紙がきたら、まず返事をするために新しいはがきに宛先を書くようにしましょう。
手紙の中身はすぐ書かなくてもかまいませんから、相手先の宛先だけはすぐ書くようにします。
すると不思議なことに、手紙の中身までも格段に書き始めやすくなります。
手紙の返事を書くときにいちばん大変なのが、最初の1歩です。
一度書き始めたらすらすら書けます。
人間は基本的に怠け者です。
そのため、最初の1歩がなかなか踏み出せません。
重い1歩と感じてしまいます。
中身は、感謝の気持ちの言葉を考えなければならず、頭を使いますが、宛先を書くだけなら簡単です。
相手から送られてきた手紙に書かれている住所を、そのまま書き写すだけですから、考える必要はありません。
最初の1歩を簡単に踏み出せる方法です。
手紙を書くときは、先に宛先から書くようにしましょう。
宛先さえ書けば、後は中身を書くだけですから、取り組みやすくなります。
何事も、最初の1歩が大切です。
手紙の返事は、頭を使わない宛先から書き始めることは、最初の1歩を軽くさせる効果があるのです。
あなたは今、何歳ですか。
では、80から年齢を引いてみましょう。
それが、あなたの残りの人生です。
たとえば、私なら現在24歳です。
80-24=56となります。
つまり、私はあと56年しか生きられません。
現在の医療の進歩から、日本人の平均寿命は80歳前後とされています。
実際は人それぞれですが、80歳を平均としましょう。
そうすると、80歳から自分の年齢を引くと、あと自分が何年生きられるか、おおよその見当をつけることができます。
自分があと何年生きられるかなんて、日頃考えることはなかなかありません。
しかし、人間は必ず最後は死ぬようにできています。
私たちは生きている間、自分が死ぬことについて深く考える機会はほとんどありません。
特に若い人であるほど、健康がすでに手に入っています。
自分が死ぬことは頭ではわかっていても、人ごとのように思えて、実感が湧かないものです。
しかし、必ず死ぬことだけは間違いありません。
人類史上、いまだかつて死ななかった人は、1人として存在しません。
この世に生まれてきた人は、必ず最後は死ぬことになっています。
「80-(自分の年齢)= 残りの人生」で自分の生きられる年数を逆算してみると、数字で残りの人生がはじき出されます。
これを見ると、あっと驚きます。
今何歳かと考えることはあっても、あと何年生きられるかは、ほとんど考えたことがないのではないでしょうか。
しかし、残りの人生を視野に入れて生活すると、おのずから「生き方」が変わります。
「将来をどう生きるか」と考えるより「あと残りの人生で何ができるか? 何がしたいのか?」と考えるほうが、より具体的です。
「残り~年の人生」と考えることができるようになると、人生に対して真剣にならなければいけなくなります。
死について考えることは、消極的で後ろ向きな考え方と思っているのではないですか。
とんでもないことです。
死について考えることは、前向きでありプラス思考の1つなのです。
実際に必ず起こる現実を前向きに受け止めることができているということだからです。
死について考えたことはなくても、健康について考えたことはあるのではないでしょうか。
健康を考えることも、死を考えることの1つです。
健康食品や健康グッズが売れているのは、みんな、死にたくないということです。
できるだけ長生きがしたいのです。
健康について考えるということは、死を前向きに考えるということなのです。
さあ、あなたはあと残り何年の人生ですか。
今、何歳であるかは関係ありません。
最後には、人間は死ぬのですから。
「残りの人生で何がしたいのか。何をするために生まれてきたのか。この世に対して何ができるのか」を真剣に考えてみましょう。
そう考えれば、生き方が変わってきます。
以前より、今この瞬間を大切にできるようになります。
生活のすべてにおいて、一生懸命になれます。
死ぬことまで、前向きに受け止めることができるようになったという、証拠なのです。
新しいことを始めるときに、何を基準に判断していますか。
お金が稼げそうだとか、利益があるからとかを基準にしていれば、要注意です。
自分にとってプラスになることを考えるなら、利益があるかどうかより、楽しめるかどうかを基準に考えることが大切です。
楽しそうだなと感じることなら、長期で見て、自分のためになります。
どのくらいお金が稼げるかという利益損得を基準にしてしまうと、お金に振り回される生き方になります。
つまり、自分の人生が、お金によってコントロールされてしまうことです。
生きているのは、自分です。
生きている自分がどれだけ楽しめるかということに価値を置いていないと、人生が楽しめなくなります。
楽しんでいけるということは長続きするということです。
楽しいからこそ自然と一生懸命になります。
一生懸命になるほど、もっと楽しくなります。
楽しいがゆえに身についたことは、自分のためだけでなく、将来は人のためにも役立つようになります。
自分が楽しいと思うことを10年も続けていれば、単なる子どもの遊びでも「プロ」と呼ばれるほど上達してしまうのです。
自分の楽しいことで奥行きを深めることができ、その趣味を通じて友人の輪も広がります。
たとえば、私は本を読むことが大好きです。
本を読むことは、本当に楽しくて仕方ありません。
私は小さいころから活字に慣れ親しんできました。
もちろん自分が楽しいなと感じることですから、いまだに続いている「習慣」です。
楽しいことも何年も続けていると、子どもの遊びでも、それなりの力をつけることができてしまいます。
楽しいことを「もっともっと」と突き詰めていくことは、もっと楽しむということであり、さらに実力をつけるということです。
私はたくさん本を読みすぎたせいで、最近は本を書くようになりました。
というより、本が書けるようになりました。
それくらい知識や知恵が頭に入り、ちょうどコップの水があふれてしまった状態です。
初めは単なる遊び感覚で行っていることでも、ずっと続いていると、コップの水があふれるようになります。
コップの水があふれるようになったら、そのあふれた水を今度は周りの人に分けてあげましょう。
それが人のために役立てるということです。
社会に役立てるということです。
私は自分が読書をしてコップからあふれ出た知識や知恵を、今では周りの人に分け与えるようになりました。
十分と言えるほど満たされてあふれてしまい、仕方ないのです。
本を読んで吸収するより、頭に入った知識や知恵を吐き出すほうが、もっと楽しめることに気づきました。
自分が楽しいと思うことをとことん突き詰めていきましょう。
そのときに、自分がどのくらいお金を稼げるのかは考えてはいけません。
どのくらい稼げるかと考えるのではなく、どのくらい自分が楽しめそうかを基準に考えるのです。
これが、人生を明るく楽しく生きるコツなのです。
協力をすれば、時間をいとも簡単に手に入れられるようになります。
協力をすることは、誰かに手伝ってもらうことです。
誰かに手伝ってもらうことは、自分のプライドや見栄が許さないと思っている人は時間を有効に活用できない人です。
実際に手伝ってもらうと、大きなことも成し遂げることができるようになります。
日常生活の中では、自分の力ではどうにもならないことがあります。
むしろできないことのほうが多いです。
完璧な人間はいないため、能力にも限りがあります。
そういうときは、単純にできる人にやってもらえばいいことなのです。
自分一人の力ですべてを解決させようと思うのではなく、できる人に手伝ってもらえばいいことなのです。
時間を短縮して有効活用するということは、自分の力ですべて成し遂げるということではありません。
できないことはきっぱり見切りをつけ、他人に委ねるという形を取ることなのです。
大きな会社ほど、たくさんの企業と提携しています。
それは、力があるから大きな会社になったのではありません。
たくさんの企業と提携し、できないことはやってもらうという協力体制を取っているから大きくなれたのです。
大きくなるためには、大きな実力をつけるのではありません。
たくさんの人と協力をしていくことで、大きくしていくように心がけるのです。
会社の上司には、肩書がついています。
「社長」「部長」「課長」などの肩書です。
学校でいえば「委員長」という肩書もあります。
肩書で話しかけることは、間違っていませんが、相手との上下関係を意識した呼び方になります。
相手と自分の間に壁ができてしまい、心を開きにくくしてしまうのです。
私は高校1年生のとき、学級委員長をやっていました。
クラスのみんなから「委員長」と呼ばれるのはいいのですが、堅苦しい響きに困っていました。
しかし、ほかのクラスの人は私が学級委員長であることを知らないため、普通に「貴博君」と読んでくれます。
名前で呼ばれると、ほっとします。
「委員長」という肩書に話しかけているのではなく「水口貴博」という個人に話しかけてもらっている意識が持てるからです。
名前で呼んでもらっているだけあって、こちらも心を開きやすく、仲良くなりやすくなります。
仲良くなるなら、できるだけ早く仲良くなるのがいちばんです。
少しでも早く仲良くなれば、さらに深い信頼関係を結んでいけます。
肩書で呼ぶことがいけないわけではありませんが、積極的に仲良くなりたいときには、名前で呼ぶほうが親近感が湧きます。
仲良くなるためには、個人として付き合う意識を持つことが大切なのです。
見せる努力をしている人がいます。
友人の前、上司の前、好きな人の前。
人目があれば「評価されるチャンスだ!」「印象アップのチャンスだ!」と言わんばかりに張り切って取り組みます。
「私の努力を見てほしい」と言わんばかりにアピールしながら頑張ります。
よくある光景ですが要注意です。
それは、努力とは言いません。
褒められるためにやっているだけです。
評価されるためにやっているだけです。
「こんなに頑張っています」というアピールです。
人目に触れる努力は、努力とは言いません。
偽りの努力です。
結局のところ、見返りがあるから頑張っているだけです。
真面目に見えますが、真面目なふりをしているだけです。
残念ですが、見せる努力はなかなか実を結びません。
人目があるときは真面目に一生懸命取り組みますが、人目がなくなるとぱたっとやめます。
怠け心が出てきて、サボり始めます。
褒められることも評価されることもなければ、頑張っても意味がないと考えているからです。
真面目にするときもあればサボるときもあり、取り組み方が不安定になります。
モチベーションを外部に頼っている時点で諦めるのは時間の問題です。
人目がないと頑張れないようでは長期的な努力ができず、大きな成果を達成できません。
人目の有無で努力の有無が決まります。
見せる努力をしているなら、それは偽りの努力であることに気づかなければいけません。
では、本当の努力とは何か。
本当の努力は、見えないところでこつこつ取り組んでいることです。
努力は本来、見えないところでするものです。
陰でこそこそするものです。
見えないため、褒められることも評価されることもありません。
褒められることや評価されることがなくても頑張れるのは、本物の気持ちがある証拠です。
本物の熱意がある証拠です。
そこには嘘偽りのない正直な姿があります。
人目がないと、ひたすら自分との戦いになります。
そういうことが、本当の努力です。
努力をするなら、できるだけ見えないところでしてください。
陰でこそこそするのがいいのです。
孤独な作業になりますが、そういう姿勢を基本とすることです。
本当の努力であればあるほど、孤独の作業になります。
こそこそするのは地味で暗く思えるかもしれませんが誤解です。
かっこ悪いどころか、むしろかっこいいことです。
「陰でこそこそしている」とネガティブに考えるのではなく「陰でこつこつ取り組んでいる」とポジティブに考えてください。
人から見られないと努力しても意味がないと思いますが、きちんと結果を出せばいいことです。
あるとき、ふと誰かに見られることがあるでしょう。
何かの拍子でうっかり誰かに見られることがあります。
「えっ、こんなに頑張っていたのだね!」と驚かれるのがかっこいいのです。
学生時代を思い出してください。
学校で成績のいい人に限って、いつ勉強しているのかわかりません。
いつも遊んでいて、表向きは普通に振る舞っています。
もともと頭がいいのかと思いますが違います。
そういう人は、見えないところで勉強しているだけです。
見えないところで頑張れる人は、夢を叶えることができます。
見られないと努力できない人は人目がないと頑張れませんが、見えないところで努力する人は人目に関係なく頑張れます。
努力が安定して長続きします。
人目のありなしに関わらず、努力が継続できるため、いつか大きなことを成し遂げられます。
努力は、見えないところでするものです。
勉強も仕事もスポーツも、大きな成果を上げたいなら見えない努力をしましょう。
周りに気づかれたらラッキーと思うくらいでちょうどいい。
見えない努力がたくさんあればあるほど、夢を叶えていけます。
時間を大切にするとは、今を一生懸命に生きることです。
私たちは、常に一瞬一瞬の時間の中で生きています。
今とは、一瞬の連続です。
そんな今という一瞬を一生懸命にならないと、人生を一生懸命に生きたことにはなりません。
にもかかわらず、やるべきことややりたいことを後回しにしている人がなんと多いことでしょう。
「また今度にします」
「あとからやります」
「次の機会があれば……」
そう言っている人は、今の貴重さをわかっていない人です。
やるべきことを後回しにしても、あとからやることに変わりはありません。
後回しにすればするほど「やらなくちゃ、やらなくちゃ」という精神的ストレスが大きくなります。
お金を借りたとき、返す期日を越えれば利息がついて、どんどん金額が膨らみます。
それとまた同じように、やるべきことも後回しにすれば「やらなくちゃ」という精神的ストレス(利息)が大きくなるのです。
お金は早く返せば返すほど信用できる人だと思われます。
同じように、やるべきことを後回しにせずにすぐやる人は、きちんと行動する人だと、信用されるようになります。
今できることなら、どんどんできることを詰め込んで一生懸命に生きていきましょう。
今を一生懸命に生きることは、人生を一生懸命に生きることになるのです。
「時間がないです」
「時間がありません」
「毎日やることが多くていっぱいいっぱいです」
時間がなくて嘆いている人がいます。
じっくり話を聞いてみると、意外と時間はあるのです。
毎日残業というわけではありません。
仕事量が特別多いわけでもなく、ちょっとだけ多いという程度です。
休日出勤があるわけでもなく、きちんと週休があります。
結局のところ、時間がないのではありません。
時間の使い方が下手なだけです。
椅子から転げ落ちそうになりますが、意外と少なくないのです。
だらだら仕事をしていたり効率の悪い働き方をしていたりです。
時間の使い方が下手な人に共通する口癖が「忙しい」です。
忙しいという一言が、時間の使い方を工夫しない言い訳になっています。
そのことに自分に気づいていません。
「忙しい」「時間がない」とぶつぶつ文句を言うことも時間の浪費につながっています。
忙しいことが自分の価値の証しと思っているので、改善に取り組もうとしません。
「時間がない」という口癖の人は、時間がないのではなく、たいてい時間の使い方が下手なだけです。
どれだけ忙しくても、時間の使い方を工夫すれば、必ず時間ができます。
世界一忙しいと言われる大統領でさえ、ゴルフをする時間があるのですから、私たちにできないはずがありません。
時間がないことを嘆くのではなく、時間の使い方を向上させましょう。
たとえば、頭を使う仕事は午前にして、あまり頭を使わない仕事は午後に回します。
午前は集中しやすい時間帯ですから、効率の良い仕事ができるでしょう。
メールのチェックは、頻繁に行うのではなく、午前午後の1日2回というルールにします。
頻度を下げることで、時間の節約ができるようになります。
ばらばらに仕事をするのではなく、同じ種類の仕事をまとめます。
頭の切り替えが減る分だけ効率の良い仕事ができます。
旅行に行くなら、金曜の夜に出発すれば、うまく時間を捻出できるでしょう。
通勤通学の時間は、ぼうっと過ごすのではなく、本を読んだりオーディオブックを聞いたりします。
時間はないのではなく、単に時間の使い方が下手であることに気づくことです。
時間が限られているなら、時間密度を上げる工夫しましょう。
時間の使い方がうまくなれば、やりたいことができるようになります。