恋をしたことのある人なら、一度は恋に悩んだことがあるはずです。
相手が好きなのに、うまく心が通い合わなかったり、すれ違ったりする悩みです。
どうすればもっと相手とうまく関係を築くことができるのか。
まず、肝心なことは「恋は、あなたを成長させる」ということです。
恋をしていると、幸せな気分になったり、けんかがあったり、つらい思い出ができてしまったりします。
しかし、基本的に、恋はどれも自分を成長させる良い経験になります。
欧米のことわざに「恋は、トランスフォーメーション(変容)」という言葉があります。
これは、恋をする前とした後では、人間的に成長して、別人になっているということです。
幼虫がさなぎとなり、さなぎがやがて美しいチョウになるのと同じです。
恋の始まりは、一般的には「顔」から入っていきます。
「見かけ・ルックス・外見」ということです。
たしかに大切な部分です。
本当の好きには、理由がありません。
なぜこんなに好きなのか、口では説明できないのです。
「優しいから」とか「かっこいいから」という、好きになる理由をよく耳にします。
恋をしているあなたに、大切なメッセージがあります。
もし、あなたが「恋を愛に変えたい」というなら、次のことを実践すればうまくいきます。
「恋を愛に育てたければ、相手に何をしてあげられるかを考え、実行してください」
好きな人に一生懸命に尽くす人は、理想的な感じがしますが、これほど危険なことはありません。
恋愛では、尽くせば尽くすほど、相手に利用されます。
健全な恋愛をしたければ、相手に尽くすことを今からやめましょう。
さあ、この辺りで気づきましたか。
実は私は、6番と7番とで、矛盾した正反対のことを言っています。
6番目のコツ「恋を愛に育てたければ、相手に何をしてあげられるか考える」。
恋をしているからとはいえ、いつも相手のことばかりを考えなければならないわけではありません。
たしかに相手のことを考えて行動することも大切です。
しかし、そればかりになってしまうと、ただの奴隷になります。
恋愛の最中に、ほかの人に心が揺らいでしまうことがあります。
好きな人はきちんといるのに、ついほかにも気になる人がいる場合です。
こんなときに、よくけんかを起こしてしまいがちです。
恋愛の仲を壊したくないと思うなら、今から「どうせ」と「やっぱり」という口癖をやめましょう。
ときどきこの言葉をむやみに使っている人がいて、残念に思うことがあります。
「どうせこの恋もうまくいかない。やっぱりダメなんじゃない」
人間、強くなるために、恋愛で3回は振られてみることが必要です。
1回や2回では、まだ慣れていないので落ち込んでしまいますが、3回を超えたくらいから、やけに落ち着いてきます。
つまり免疫がついてきたということです。
「騙された」という言葉は、恋愛中には使わないようにしましょう。
「騙された」という言葉は、せいぜい結婚詐欺にあったときに使うくらいです。
恋愛中では「騙された」という一言で、自分を簡単に被害者として装えます。
人間には手に入らないと欲しくなり、手に入るといらなくなる性質があります。
人間心理です。
手に入らないときには、輝かしく感じ、手に入らないからこそ、価値のあるものなんだと思うようになります。
モテるのが良いことで、モテないのが悪いことだと思っている人がいます。
たしかにモテるほうが人気があるということです。
しかし、だからとはいえ人間の良い悪いが、必ずしもモテるモテないに比例するとは限りません。
相手を試すようなことで、自分がどれくらい愛されているのかを確かめるのはやめましょう。
特にこれは男性に限らず、女性にも言えることです。
愛されているかを確かめるために、わざと機嫌の悪いふりをしてみたり、芝居を演じて相手の出方を見ようとしたりする人がいます。
恋は、いつの間にか始まっています。
恋は目に見えるものではなく、心で感じることですから、気づけば恋をしている自分がいます。
しかし、時には好きになってはいけない人を好きになってしまうことがあります。
恋愛中は、大好きでたまらなくて「この人がいないと生きていけない!」と思い込んでいることが、あります。
しかし、一度別れてしまうと、平常心を取り戻します。
「なぜあんな人を好きになってしまったんだろう」ということです。
恋愛心理学では「ロミオとジュリエット効果」というのがあります。
親や友人などに、反対されればされるほど、相手のことを好きになってしまうことです。
シェークスピアの名作「ロミオとジュリエット」の関係に類似していることから、この名前がつきました。
恋愛を長続きさせたければ、余計な詮索をしないことです。
「余計な詮索」という行為は、相手に対して何らかの疑いを持っていることが丸見えです。
詮索をされる相手は「自分のことは信用されていないんだ」と傷ついてしまいます。
「子は親に似る」と言います。
私もたくさんの友人と、その親を見てきましたが、本当にこれはよく当てはまります。
顔形だけではなく、人格までそっくりなのです。
人間、頼りになるかならないかを簡単に知るための1つの基準があります。
一人暮らしです。
一人暮らしをしている人は、男性でも女性でも、頼りがいのあるしっかり者です。
男性と女性とでは、恋愛観に少しずれがあることを知っておきましょう。
女性は、寝たときから本当の恋愛が始まりますが、男性は寝たときに恋愛が終わってしまいます。
女性は寝たときに男性のことを本当に好きになり、そこからさらに深い関係にしようと意気込みます。
デートをする際には、前もって準備しておくことが必要です。
しかし、あまりに気合を入れすぎる必要はありません。
デートはもっと気楽に行うことです。
好きになっちゃいけないと思った瞬間から、もう恋は始まっています。
人間の好きという感情はとても正直ですから、こればかりは本人の意志とは関係なく、ふわりと出てきます。
にもかかわらず「好きになっちゃいけない」という感じで、好きな人であるほど、否定的な態度になってしまうときがあります。
日常会話では、ときどきいやらしい話が登場します。
もちろんいやらしい話ばかりするのは良くありません。
話す本人の品位を下げてしまい、軽い人だと思われます。
ドラマの中では、情熱的な恋愛を描いています。
ドラマでなくても、恋愛をしている友人の話を聞いていると、自分よりずっと幸せであるような気がしてきます。
しかし、どんなに幸せそうなカップルでも、自分の場合とは比べないことです。
恋はいろいろあっても、違う人と付き合うたびに「新しい恋の形」を受け入れることになります。
前回で学んだ恋の経験はたしかに役立ちますが、相手が変われば、こちらの対応も大いに変わってきます。
恋するたびに若葉マークなのです。
恋の終わりは、失う人は1人ですが、得るものは数多くあることに気づきましょう。
大好きな人を失って、もう生きる気力がないときがあります。
しかし、あらためて考えると、失っているだけではありません。
恋愛には、人の数だけ形があるように、恋のうんちくも人それぞれです。
どれが正しいということはなく、経験を通して身につけた知恵は、強い説得力があります。
私も今でこそようやく恋愛の熱が治まってきましたが、中学生や高校生の盛りのころは、恋愛の知恵を学んだものです。
恋をしたことのある人なら、一度は恋に悩んだことがあるはずです。
相手が好きなのに、うまく心が通い合わなかったり、すれ違ったりする悩みです。
どうすればもっと相手とうまく関係を築くことができるのか。
私も恋の悩みを何度も経験したことがありますから、痛いほどわかります。
私が初めて女の子と付き合い始めたのは、中学2年生のときでした。
たまたま、同じクラスの女の子が、ある夏の日の放課後、突然私のところにやってきました。
もっと正確に言うと、その子の友人が、まずやってきました。
どうやら、彼女本人から口に出して言うのがあまりに恥ずかしいらしく、彼女の友人を通して、気持ちを伝えようという作戦でした。
彼女は、かなりどきどきしていたでしょう。
しかし、本当にいちばんどきどきしていたのは、私のほうでした。
初めての告白に、どうすればいいのかわからず、あたふたしたのを覚えています。
かなり男らしからぬ態度に、今思い出しても本当に恥ずかしいです。
「付き合ってほしい」と初めての「告白」に、私は「イエス」とも「ノー」とも答えられず、曖昧に終わってしまいました。
私は、返事すらできなかった最低の男でした。
そこから、私の恋の悩みが始まります。
一度告白されると、今まで気に留めていなかったその子のことが、妙に気になり始めました。
告白という形で自分に気持ちがあることを知った私は、彼女に注目せずにはいられませんでした。
授業中、休み時間、放課後など、今まではその子の存在すら気にもしなかったのが一転して、その子のことばかり気になりました。
好きになったのは相手からでしたが、のちのち、私の気持ちのほうが、大きくなってしまっていました。
それで5カ月後のクリスマス前に、今度は私から告白して「OK」という返事をもらったのです。
ただ付き合い始めるまでに、なんとまあ時間のかかったことでしょう。
ようやく付き合い始めたのもつかの間、次の恋の悩みが始まりました。
付き合うことを始めて経験する私は「付き合うとは、どういうものだろうか。どうすればいいのかな」と、悩んでいました。
今考えると、あまりに子どもっぽい恋の悩みです。
今、書いていても恥ずかしくて、指を動かすのが大変です。
しかし、当時は、真剣に悩んでいました。
誰でも「初めて経験すること」には、あたふたしてしまうものです。
デートの仕方もわからず、付き合い方もわからず、ただ一緒にお話をするというかわいらしいお付き合いだけでした。
噂はすぐクラス中に広まります。
それを気にしていたのもあって、余計に行動が鈍ってしまっていました。
曖昧な私の行動や態度やらで、そのお付き合いの最後は「自然消滅」という形で終わってしまいました。
まず、肝心なことは「恋は、あなたを成長させる」ということです。
恋をしていると、幸せな気分になったり、けんかがあったり、つらい思い出ができてしまったりします。
しかし、基本的に、恋はどれも自分を成長させる良い経験になります。
人生において、恋ほど人生を学ぶ良い機会はありません。
好きな人と付き合っていくうちに、新しい価値観に触れることができます。
付き合っていると、相手に喜んでもらえるためにはどうすればいいのか考えます。
恋をすることで、今まで見ることのなかった、もう1人の自分を見ることもできます。
恋をしていると「この人と結婚したらどうなるのかな」という思いきったことも、つい考えるようになります。
どれもこれも、人生を歩んでいくうえで、大切なことばかりです。
好きな人とのお付き合いだからこそ、一つひとつを痛切に感じることができます。
私も恋をしていて気づいたことですが、好きな人を目の前にすると、どきどきしてしまう自分がいます。
これは、かっこつける問題ではなく、1人の人間としての生理的な現象です。
きゅっと胸が締め付けられる現象です。
恋で胸が締め付けられる現象は、恋をしてみないとわからない「独特な痛み」です。
恋をしているからこそ起こる、生理的な現象です。
仲のいい友人に相談したら「それは相手のことを好きな証拠だね。よくあることだよ」と、笑われてしまいました。
こんな経験も、恋をしているからこそ、できることです。
恋の病でも、失恋でも、とにかく経験するからこそ、わかることなのです。
恋が、あなたを成長させるのです。
欧米のことわざに「恋は、トランスフォーメーション(変容)」という言葉があります。
これは、恋をする前とした後では、人間的に成長して、別人になっているということです。
幼虫がさなぎとなり、さなぎがやがて美しいチョウになるのと同じです。
恋によって、心が変容するのです。
「愛し合うだけ愛し合った後、その先に見えるものは何なのか?」
つらい経験を乗り越えて、初めて見えてくることもあるでしょう。
恋があなたを、なるべきあなたへと成長させるのです。
私が中学生のときに、仲の良かった2つ年上の先輩が、同じ学校の女の子と付き合っていました。
学校の帰り道を一緒に歩く姿を見て、大人っぽさを感じました。
中学生なのに、大人に見えました。
恋をしている人は、ほかの人から見れば、ワンランク上の人であるかのように感じます。
普段、自分たちがなかなか手に入れられないことを手にしている分、かっこよく感じられます。
そのかっこよさをうらやましく思います。
たとえ、結果として最後が別れるという形になったとしても、大人になるための橋を渡った人は、別人であるかのように見えます。
恋をすることで、人間的な成長を促し、いい意味で別人に生まれ変わることができるのです。
恋の始まりは、一般的には「顔」から入っていきます。
「見かけ・ルックス・外見」ということです。
たしかに大切な部分です。
まだ話したこともなく、どういう性格なのかわからないときは、まず外見から人を判断してしまいます。
「一目惚れ」という言葉があるくらい、外見の魅力は引き付ける力があります。
しかし、それは、最初のうちだけです。
知り合って、どんどん深い仲になっていくほど、顔は気にならなくなります。
相手と深い仲になるにつれて、心や性格を知るようになり、一緒に過ごした思い出のほうが強くなるからです。
心の宝物がたくさんできるほど、相手と仲良くなっている証拠です。
恋の始まりは「顔」からでも、最終的には「心」になるのです。
本当の好きには、理由がありません。
なぜこんなに好きなのか、口では説明できないのです。
「優しいから」とか「かっこいいから」という、好きになる理由をよく耳にします。
しかし、それでも本当に好きになってしまったら、かっこいいとか優しいとかは、関係なくなります。
ただその存在だけで、どきどきしてしまうはずです。
計算で出てくる感情ではなく、人間だからこそ湧き出てくるどきどきは言葉では説明できません。
「とにかく好きは好き」といった感じです。
好きという一言は出ても、それから理由を聞かれても、なかなかぴったりくる言葉が見つからないのです。
人間だからこそ、持ちうる「好き」という感情は、そう簡単に言葉で説明はできません。
何しろ頭の良いロボットでさえ、全然真似ができないくらい複雑で繊細な「感情」だからです。
「理由を説明できない好き」が「本当の好き」です。
恋をしているあなたに、大切なメッセージがあります。
もし、あなたが「恋を愛に変えたい」というなら、次のことを実践すればうまくいきます。
「恋を愛に育てたければ、相手に何をしてあげられるかを考え、実行してください」
恋をしていると「相手は私に何をしてくれるのかな?」と言って、自分がなぜほしいのか、ずっと考えてしまいがちです。
そのうち「本当に私のこと、好きなの?」という発言も出てきそうですね。
しかし、恋を愛に変えたければ、自分のことばかり考えるのはやめましょう。
自分のことばかり考えるのを卒業し、相手のことを考えるようにすればいいのです。
自己中心的になるのではなく、相手のことを考え、行動するのです。
相手にどうすれば喜んでもらえるか、楽しんでくれるか、嬉しくなってくれるかを、真剣に考えてみましょう。
しっかり実行しましょう。
相手の気持ちになって行動していけば、自然と相手はあなたのことを今まで以上に気に入ってくれます。
見返りを求める「ギブ&テイク」ではなく、見返りを求めない「ギブ&ギブ」です。
見返りを求めると、けんかの原因になります。
犬に餌をあげるときに、私たちは見返りを求めません。
ただ犬が大好きだから、餌をあげます。
犬は喜んで、餌を食べますが、そのときあなたは何の見返りも求めていないはずです。
ただ、その犬の存在だけで、幸せになっているはずです。
その気持ちを大切にしましょう。
恋愛も見返りを求めるのではなく、相手がどうすれば喜んでくれるのかを考えましょう。
大切なことを与えてくれる人を、相手は手放したりしません。
むしろ、より愛するようになります。
これが「恋を愛に変える方法」です。
好きな人に一生懸命に尽くす人は、理想的な感じがしますが、これほど危険なことはありません。
恋愛では、尽くせば尽くすほど、相手に利用されます。
健全な恋愛をしたければ、相手に尽くすことを今からやめましょう。
尽くすことで、相手の気分を害してしまうことはないのですが、相手の期待を買ってしまうのです。
「言うこと聞くじゃないか。俺のことが好きだからな。じゃあ、もっと言うこと聞けよ」
最初から尽くすと、相手はもっと期待してしまいます。
相手はどんどん偉そうになります。
恋愛では「好きになってしまったほうが、立場が弱い」という法則があります。
恋をしている人は盲目になり、相手のことしか見えなくなります。
それで、相手のために一生懸命尽くしてあげます。
しかし、熱くなっているのは自分だけ(好きになっている側)であり、相手(愛されている側)は、冷静になって見ています。
一言で言うと「恋愛の上下関係」です。
恋愛では、お互いが思い合ってこそ平等な関係でいられます。
しかし、そこに上下関係が加わってくると、偏りが出てくるのです。
その偏りが「尽くす」から、引き起こされます。
「尽くせば尽くすほど、相手はもっと私のことを好きになってくれるに違いない」というのは、とんだ間違いなのです。
正しくは「尽くせば尽くすほど、私のことを利用するに違いない」となります。
さあ、この辺りで気づきましたか。
実は私は、6番と7番とで、矛盾した正反対のことを言っています。
6番目のコツ「恋を愛に育てたければ、相手に何をしてあげられるか考える」。
7番目のコツ「尽くせば尽くすほど、相手に利用される」。
この2つは、まったく反対のことです。
「これでは、どちらが本当なのかわからない」という声が飛んできそうですね。
ここが、あなたが最も学ぶべき点であり、大切なところです。
どちらが大切なのではありません。
どちらも、大切なのです。
好きな人のために何をしてあげるのか考えつつも、すべてを尽くすのは避ける。
この2つの「バランス」が、恋愛のいちばん難しいところです。
この力加減を「臨機応変」といいます。
「どちらが大切?」と決め付けるのではなく「どちらも大切」です。
この2つのバランスをうまくとりながら、恋愛をうまく進めていけばいいのです。
大切なことは「臨機応変」です。
恋をしているからとはいえ、いつも相手のことばかりを考えなければならないわけではありません。
たしかに相手のことを考えて行動することも大切です。
しかし、そればかりになってしまうと、ただの奴隷になります。
相手とは適度な距離を置き、自分のすべてを持って尽くすのではありません。
自分の時間が欲しいときは、どんどん積極的に自分の時間を持ってもいいのです。
たとえ恋をしていても、主人公は自分です。
相手のことばかりを考えるのではなく、自分の時間を持っても大いにいいのです。
自分の時間を持っていないと、自分が自分でなくなります。
自分のことを考える時間がないと、冷静になってお付き合いすることすら、難しいのです。
まず、主人公はあなたです。
「自分のことを考える時間を持ち、相手のことを考える時間も持つ」というのが、理想的な関係です。
「恋は盲目」といい、つい熱をあげすぎて、周りが見えなくなってしまいがちです。
しかし、自分のことを考える時間を持つことができれば、問題は改善されるのです。
恋愛の最中に、ほかの人に心が揺らいでしまうことがあります。
好きな人はきちんといるのに、ついほかにも気になる人がいる場合です。
こんなときに、よくけんかを起こしてしまいがちです。
「あの人のほうがいいの? 私とは遊びで付き合ってたの? ほかの人を見る暇があるなら、私を見てよ」という感じです。
そういえば、私も言われたことが何度かあります。
付き合っているとき、相手のことが十分に好きであるにもかかわらず、ほかの人にも心が揺れてしまうことがあります。
たしかにほかに目移りをした私も良くありません。
しかし、恋が偽物だったわけではないのです。
好きになる対象は、1つだけとは限りません。
「好きな果物は何ですか」と聞かれて「ミカンもリンゴも好き」という人は、たくさんいます。
「ミカンとリンゴの両方が好きだなんて浮気でしょ」と言われても、本当にミカンもリンゴも好きなら、仕方ないことです。
たまたま目の前にミカンがあればミカンを食べますし、ミカンを食べている最中にリンゴが出てくれば、リンゴも気になります。
人間の生理的な欲求である「好き」があるからです。
時にはほかの人に心が揺らいでしまうことはあります。
しかし、恋が偽物だったわけではないということです。
ほかの人に心が揺らいで、実際に浮気に走るかどうかは、また別問題です。
浮気はいけないことです。
浮気はやってはいけないことです。
しかし、好きな人が複数できるのは、人間として人間らしいことなのです。
恋愛の仲を壊したくないと思うなら、今から「どうせ」と「やっぱり」という口癖をやめましょう。
ときどきこの言葉をむやみに使っている人がいて、残念に思うことがあります。
「どうせこの恋もうまくいかない。やっぱりダメなんじゃない」
「どうせ」「やっぱり」と言われると「期待されていない」「侮辱されている」という気持ちになり、元気がなくなります。
恋愛だけではありません。
すべての人間関係において「どうせ」と「やっぱり」は使わないようにしましょう。
「どうせ」と「やっぱり」を使わなくても、十分にコミュニケーションを取れます。
「どうせ」「やっぱり」を言ってしまうと、相手の元気をなくしてしまうだけでなく、自分も嫌われます。
「どうせ」「やっぱり」が口癖になっている人の共通点は、友人が少ないということです。
それもそうです。
そんな嫌な気持ちにさせるような言葉を使う人は、人が避けてしまうのも当然です。
自分の言葉遣いを見直してみましょう。
もし「どうせ」や「やっぱり」という口癖を使っているなら、今すぐやめることです。
人間、強くなるために、恋愛で3回は振られてみることが必要です。
1回や2回では、まだ慣れていないので落ち込んでしまいますが、3回を超えたくらいから、やけに落ち着いてきます。
つまり免疫がついてきたということです。
免疫ができていない人間にとって、初めての経験は、過剰反応を起こしてしまうものです。
あとから考えるとささいなことなのに、その失恋中は「人生が終わった」と思い込んでしまいます。
振られるくらいで、人生は終わりません。
もし、振られるくらいで人生が終わっていたら、地球の人口半分以上は、もう人生が終わっている人ばかりになります。
しかし、周りのみんなは、しっかり元気に生きています。
当然、振られた経験もあるはずなのに、それでも元気でいられるのは、一度つらいことを経験したおかげで免疫がついたからです。
免疫がついたおかげで、以前より強い自分になることができ、むしろ振られた後のほうが生き生きしているくらいなのです。
つらい経験は、言い換えれば、強くなれる経験です。
恋愛で3回は振られれば、あなたはかなりの精神的免疫を持ち、以前より元気に強くなれるのです。
「騙された」という言葉は、恋愛中には使わないようにしましょう。
「騙された」という言葉は、せいぜい結婚詐欺にあったときに使うくらいです。
恋愛中では「騙された」という一言で、自分を簡単に被害者として装えます。
被害者になることで、ほんの少しの間は痛みから逃げることができるかもしれません。
しかし、そんな恋愛はお互いにとって疲れるだけです。
被害者として演じることでしか、相手の愛を確かめられないでいるのは、悲しいことなのです。
人間には手に入らないと欲しくなり、手に入るといらなくなる性質があります。
人間心理です。
手に入らないときには、輝かしく感じ、手に入らないからこそ、価値のあるものなんだと思うようになります。
なかなか手に入らないからには、価値があるのだと感じてしまうのです。
しかし、手に入ってしまえば、冷めてしまいます。
自分のものになった瞬間から、価値が薄らいでしまいます。
これは別にあなたが悪いというのではなく、人間なら誰しも起こる当たり前の現象なのです。
これを意識して行動すれば、悩みの重さも少しは軽くなります。
モテるのが良いことで、モテないのが悪いことだと思っている人がいます。
たしかにモテるほうが人気があるということです。
しかし、だからとはいえ人間の良い悪いが、必ずしもモテるモテないに比例するとは限りません。
ときどきどれくらいモテるかで、自分の価値を計ろうとする人がいます。
どれくらいモテるかで、自分の価値を計ることはできません。
たとえば、若い女性がみだらに肌を見せた服を着て、街を歩けば、男たちにモテることができます。
しかし、体が欲しくて近寄ってきているだけで、彼女の魅力に引かれてきた人ではないのです。
それを、モテるなどと勘違いしてはいけません。
優しい男性は一般的にモテます。
しかし、単に「優しいから何でも言うことを聞いてくれる」と思って近づいてきている人も、中にはいることに気づきましょう。
ただ、優しいことを逆手にとって利用しようとする人です。
人気があり、モテるからとはいえ、必ずしもあなたに価値があるわけではないのです。
踏み台にされているだけかもしれません。
だからこそ、どのくらいモテるかで、自分の価値を計るのはやめましょう。
自分がどれくらいモテるかで、自分の価値を計っていたら、人生に疲れます。
みんなにいい顔をしないといけなくなるため、たくさんの人に合わせないといけなくなります。
「八方美人」という言葉があります。
みんなに良い顔をして、みんなに好かれている人のことです。
響きこそ良いですが、実際の八方美人はみんなに合わせることで頭がいっぱいで、結構お疲れモードなのです。
自分がモテることで満足していたら、八方美人のように、ただ「みんなに合わせるだけの人生」になってしまうのです。
相手を試すようなことで、自分がどれくらい愛されているのかを確かめるのはやめましょう。
特にこれは男性に限らず、女性にも言えることです。
愛されているかを確かめるために、わざと機嫌の悪いふりをしてみたり、芝居を演じて相手の出方を見ようとしたりする人がいます。
これは、相手に大変失礼なことです。
試している時点で、相手をすでに信用していないということです。
これは、相手に対して不信感を持つだけでなく、自分が相手に不信感をもたれてしまうことになるのです。
お互いが不信感を持っていては、本当に信じられる関係は築きあげられません。
芝居やふりを見せることでしか、相手の愛を確認できなければ、これはもう嘘の関係になります。
いま、このように冷静になって考えると、あまりに当たり前のことです。
しかし、これがほとんどの人ができていない。
できないでいる。
「相手のことが信じられません」という人に限って、相手を試すような芝居やふりを演じています。
自分が相手を信じていないのに、相手もあなたのことを信用できるわけがありません。
原因は、相手にあるのではなく、自分にあると考えることです。
相手を試すようなことは、やめましょう。
それだけで嘘のない正直なお付き合いができるようになります。
恋は、いつの間にか始まっています。
恋は目に見えるものではなく、心で感じることですから、気づけば恋をしている自分がいます。
しかし、時には好きになってはいけない人を好きになってしまうことがあります。
仕事の部下であったり、友人の彼氏彼女であったり、すでに結婚している人であったりします。
こんなときには、例外ですが、自分の心に正直に行動はしないほうがいいです。
人間には、やって良いことと悪いことがあります。
自分の行動で、誰かの幸せを奪うようなことはしてはいけません。
奪われた幸せは、必ず奪い返されます。
友人の彼氏や彼女を奪って、自分と付き合い始めたところで、今度は友人を失ってしまうだけです。
もうすでに結婚しているのに、浮気をしてしまっては、相手の奥さんや旦那さんがかわいそうです。
子どもがいるなら、なおさらです。
人間社会には、やっていいことと悪いことがあることをしっかり肝に銘じておきましょう。
生理学的に、男性はたくさんの精子をばらまきたがり、女性は優良な精子を選ぼうとするDNAが人間に組み込まれています。
浮気をしたりしてしまうのは、生理学的に正直な行動ではありますが、それでもしてはいけません。
あなたは野生の動物ではなく、人間です。
ただ欲望に振り回されて生きている動物になりたくなければ、自分の欲望や理性をしっかりコントロールすることです。
それが人間です。
理性もコントロールできないのは、まだまだ自分をコントロールできない未熟者です。
我慢するところで、しっかり我慢できるからこそ人間になれるのです。
「好き」という感情にはしっかり従いながらも、守るべき一線はきちんと守ることができる人間になることです。
恋愛中は、大好きでたまらなくて「この人がいないと生きていけない!」と思い込んでいることが、あります。
しかし、一度別れてしまうと、平常心を取り戻します。
「なぜあんな人を好きになってしまったんだろう」ということです。
付き合っている最中は、相手のことしか眼中になかったのに、一度別れてみると、ただの人であったことに気づきます。
こういう現象はよくあることですから、あまり深く考えすぎなくても大丈夫です。
あなたが冷たい人間でそう感じているわけではなく、ただ人間は恋をしている最中は、盲目になっているものなのです。
恋愛心理学では「ロミオとジュリエット効果」というのがあります。
親や友人などに、反対されればされるほど、相手のことを好きになってしまうことです。
シェークスピアの名作「ロミオとジュリエット」の関係に類似していることから、この名前がつきました。
学校で禁じられた遊びのように、禁じられているからこそ、やってみたい気持ちが高ぶってきます。
親や友人に反対されればされるほど、逆に相手に対して「触れてはいけないものに触れている」という価値が生まれます。
そのために、反対されるほど相手への価値が、大きくなるのです。
こういうカップルは一度親を振り切って結婚したりすると、案外普通の暮らしが待っていることにがっかりしてしまうものです。
手に入れるものを手に入れたら、一気に気持ちが冷めてしまうものです。
これは、14番目のコツ「手に入らないと、欲しくなる。手に入ると、いらなくなる」と同じです。
自分の気持ちは、案外周りの影響を大きく受けるものです。
自分だけの意見では自信がないため、周りの人がどう評価しているかによって、価値を確認しようとするのです。
人間の心理ですから、克服するのは難しいかもしれませんが、できるだけ自分の気持ちに正直になりましょう。
周りに流されて気持ちを合わせるのではなく、自分の気持ちに合わせて行動するのです。
恋愛を長続きさせたければ、余計な詮索をしないことです。
「余計な詮索」という行為は、相手に対して何らかの疑いを持っていることが丸見えです。
詮索をされる相手は「自分のことは信用されていないんだ」と傷ついてしまいます。
詮索するほうも「何か隠し事でもあるんじゃないの?」と余計に相手を疑ってしまいます。
詮索をし始めると、後はドミノ倒しのように、だんだん恋愛がうまくいかなくなります。
ただ「信用されていない」という不信感があるだけで、人間の行動はおかしくなってしまうのです。
信じられない相手とは付き合わないことです。
自分も相手のことをあまり詮索しないことです。
詮索せずには、いられないような人とは付き合わないことです。
相手には相手の人生があることを尊重して、口うるさい人になるのはやめましょう。
「子は親に似る」と言います。
私もたくさんの友人と、その親を見てきましたが、本当にこれはよく当てはまります。
顔形だけではなく、人格までそっくりなのです。
意識、行動、しぐさ、話し方、口癖などです。
医者の子どもは、医者になる傾向があります。
政治家の息子も、政治家になってしまうこともよくあることです。
生まれてからずっと親の姿を見てきているため、潜在的に意識や行動もそっくりになってしまったのです。
あなたの好きな人の親を見てみましょう。
それが、好きな人の将来の姿です。
もちろん完全に同じになるわけではありませんが、おおむねそっくりになるはずです。
優しいお父さんなら、優しい彼氏になるでしょう。
料理上手な母親なら、料理上手な彼女になるでしょう。
人間は、いちばん身近にいる人を手本にして、そっくりになります。
親こそ、子が最も影響を受ける人なのです。
人間、頼りになるかならないかを簡単に知るための1つの基準があります。
一人暮らしです。
一人暮らしをしている人は、男性でも女性でも、頼りがいのあるしっかり者です。
しっかり者でなければ、一人暮らしはできないからです。
一人暮らしは、すべて自分でやらなければいけません。
食事、洗濯、買い物、お金の収支や使い方、貯金など、何から何までです。
たった1人で身の回りのすべてを処理するのは、大変です。
完全でなくてもいいですから、それらをすべて自分一人でできている人は、管理能力がある人です。
だからこそ、実家住まいより、一人暮らしの人のほうが、頼りになります。
いざというときに違います。
いざというときにどれだけ頼りになるのかは、日頃から自分の力でどれだけ生活できているかによります。
日頃から、自分の力でどれだけ生活しているかが垣間見える瞬間です。
もし、好きな人が一人暮らしをしているなら、しっかり者です。
きっとその人は、あなたにとって頼りになるパートナーとなります。
男性と女性とでは、恋愛観に少しずれがあることを知っておきましょう。
女性は、寝たときから本当の恋愛が始まりますが、男性は寝たときに恋愛が終わってしまいます。
女性は寝たときに男性のことを本当に好きになり、そこからさらに深い関係にしようと意気込みます。
しかし、男性は寝たときに、女性を自分の物にできたと勘違いし、そこから突然恋愛に力を抜いていきます。
自分の物にできたと思っているため、もう必要以上に優しくすることはないと思っているのです。
これが、男性と女性のすれ違いの始まりです。
このすれ違いを解消するためには、まず女性側が間違っても簡単に体を許してしまわないことです。
うっかりでも体を許してしまうと、男性はお付き合いに対して猛烈にだらだらし始めていきます。
簡単に体を許してしまう女性という印象が強くなり「軽い女性」だと思われ、本当に軽いお付き合いへと変わるのです。
恋愛は、初めが特に肝心です。
体の結びつきを優先させる暇があるなら、心の結びつきをまず考えることです。
いちばん大切なことは、体の結びつきではなく、心の結びつきです。
これが、上手な恋愛の進め方です。
簡単に体を許してしまうような女性になるのはやめましょう。
体を簡単に許してしまうと、恋愛の進み方もおかしくなります。
体の関係は、深い関係になり、初めて行うことなのです。
デートをする際には、前もって準備しておくことが必要です。
しかし、あまりに気合を入れすぎる必要はありません。
デートはもっと気楽に行うことです。
あまり気合を入れすぎると、デート本番のときにおかしな自分になります。
もっと自然に、ありのままの自分でデートに臨むためには、デート直前ぎりぎりまで仕事をしていたほうがうまくいきます。
学生なら、宿題であったり、読書であったりします。
デートの当日、早朝から準備に準備を重ねすぎていると、それだけで疲れてしまうからです。
デートの時間になったときには、もう精神的にへとへとになっています。
私も昔はデートに気合を入れるタイプでした。
前日にデートのコースを考え、それに合わせてバスの時間を考えたり、食事するレストランを予約したりしていました。
それだけしたかいもあって、デートは計画どおりうまくいきました。
しかし、デートが終わった後、疲れた自分がいることに気づきました。
計画どおりに予定を進めることばかり気にしていて、デートそのものを楽しむ余裕がなかったのです。
たしかに計画を立てることでうまくデートを進めることができて、彼女も満足そうでしたが、私は正直満足していませんでした。
「もっとそのときそのときの気分に合わせて行動するんだったな。計画を立てすぎるのも考えものだな」と思いました。
デートの計画やレストランの予約までしなくても、一緒に街を歩いていると、おいしそうなレストランがたくさん見つかります。
「あのレストラン、おしゃれだね。ちょっと入ってみようか」という流れとなり、十分にデートは楽しめます。
この気軽さが、デートでは必要です。
人間ですから、自分も相手もデートの最中は、だんだんおなかがすいてきます。
そんな自然の現象に任せて、レストランを適当に探して、食事をするほうがお互いに気を使わなくて済む分、楽です。
大切な日(誕生日、記念日、お祝い)などは、しっかりレストランを予約したり、デートの計画を立てたりすることは必要です。
しかし、普段のデートから、がちがちに計画を立てられては、デートに臨機応変がなくなってしまうのです。
デートは、自然に楽しむものです。
そのためにも、あまりに以前から計画しなくてもいいのです。
デートは、そのときそのときの気分に合わせて進めていくほうが、計画するよりうまくいくのです。
好きになっちゃいけないと思った瞬間から、もう恋は始まっています。
人間の好きという感情はとても正直ですから、こればかりは本人の意志とは関係なく、ふわりと出てきます。
にもかかわらず「好きになっちゃいけない」という感じで、好きな人であるほど、否定的な態度になってしまうときがあります。
小学生のころ、好きな女の子ほど、からかっていたものです。
自分に振り向いてほしいから、からかうことで、注意を集めようとしていたのです。
好きな人の前だから、嫌いな人のような態度に出ることがあります。
そうしたとき、心の中で「好きになっちゃいけない」という叫びが聞こえてきます。
しかし、そんな心の声が聞こえてくる時点で、その人のことが好きである証拠です。
好きになっちゃいけないと思った時点で、すでにその人が好きなのです。
できるだけ自分の気持ちに正直になることです。
日本人は、できるだけ自分の感情を抑えることが美徳という文化があるため、なかなか自分の感情を素直に出さない民族です。
無表情、無感情を装うことが良いことだと勘違いしています。
恋愛でもなかなかうまくいかないのです。
日本人ほど、恋愛に控えめになっている民族も世界では珍しいです。
アメリカでは、好きな人以前に、家族に対して抱きしめたり、キスをしたりする習慣があります。
どれも気持ちを体で示す表現方法です。
文化の違いとはいえ、自分の気持ちを出さなければ、いつまで経っても相手もその気持ちすら、気づいてくれません。
自分の気持ちには、正直に生きていくことが必要なのです。
日常会話では、ときどきいやらしい話が登場します。
もちろんいやらしい話ばかりするのは良くありません。
話す本人の品位を下げてしまい、軽い人だと思われます。
しかし、女性でも男性でも、いやらしい話ができるほうが、明らかに会話の幅も広がります。
交友関係も広がります。
適度ないやらしい話は、嫌われるどころか、好かれることにつながります。
いやらしい話をすることは、自分のプライベートを話してしまうことです。
恥ずかしいことではありますが、プライベートなことを話してくれる人に、相手は心を開いていきます。
経験のない人やいやらしい話題が苦手な人は、会話に入っていくのが難しいかもしれません。
そういうときは、せめて笑ってごまかしてしまうだけでもいいのです。
無表情では雰囲気が悪くなります。
場の盛り上がりが一気に冷めてしまいます。
いやらしい話は、笑い飛ばしてしまえばいいのです。
モテる人は、無表情の人ではなく、笑っている人です。
ドラマの中では、情熱的な恋愛を描いています。
ドラマでなくても、恋愛をしている友人の話を聞いていると、自分よりずっと幸せであるような気がしてきます。
しかし、どんなに幸せそうなカップルでも、自分の場合とは比べないことです。
環境も違えば出会いも違い、趣味も違えば、生活スタイルだって違います。
そんな違うところだらけだというのに、一緒に比べることは、無理があります。
「自分は自分」と考えることです。
たとえ、自分のカップルがおかしくても、恋愛が成立していれば形になります。
変わったカップルが出場するテレビ番組で『新婚さんいらっしゃい!』という番組があります。
どういうわけか番組上、変わった新婚さんしかでてきません。
視聴率を取るために、できるだけ変わったカップルのほうが面白いという製作者の考えがあるからです。
私は「新婚さんいらっしゃい!」が大好きです。
出演するカップルは、予想外の出会いであったり、変わった生活をしたりします。
しかし、それでも1つのカップルが成立していることに、いつも感心して見ています。
よくよく考えると、人と人が出会い、関係を持ち、結婚するまでに至るということは、すごいことです。
出てくる新婚さんを見るたびに「いろいろ乗り越えてきたんだな」と感心してしまいます。
誰かの恋愛と比べるのではなく、自分たちは「それはそれなんだ」と思うことが大切です。
他人のカップルと比べることでしか、自分たちの幸せ状態を確認できないのは情けないです。
本当に世の中、いろいろな人がいます。
いろいろな人がいる分、いろいろなカップルが存在することも、受け入れましょう。
恋はいろいろあっても、違う人と付き合うたびに「新しい恋の形」を受け入れることになります。
前回で学んだ恋の経験はたしかに役立ちますが、相手が変われば、こちらの対応も大いに変わってきます。
恋するたびに若葉マークなのです。
恋をするたびに、初めて経験する恋であるかのように、どきどきしてしまいます。
自動車の運転でも、乗り始めは初心者である若葉マークをつけて道路を走ります。
だんだん運転することに慣れてしまいますが、今まで知らないような道を走るときは、また初めて運転したころの緊張が戻ります。
どこに何の標識があったり、どんな道が続いていたりするのか、初めて経験する道は緊張してしまいます。
慣れない道はいつも新鮮なのです。
恋も回数を経験し、基本的な部分は同じであろうと、違う人と付き合うことになると、やはり新鮮な気持ちになります。
新しい人と付き合うときは、いつも心に若葉マークがついているのです。
恋の終わりは、失う人は1人ですが、得るものは数多くあることに気づきましょう。
大好きな人を失って、もう生きる気力がないときがあります。
しかし、あらためて考えると、失っているだけではありません。
失ったことより、たくさんのことを得ていることに気づけば、恋の終わりも前向きに考えることができます。
恋には終わりがつきものです。
結婚しなければ、普通は恋に終わりがあります。
1人を失ってしまうことは、たしかにつらいことではあります。
しかし、そのおかげでたくさんのことを学べれば、また次からはもっと良い恋を実現させることができます。
しっかり得ることを得たら、次の恋ではレベルアップしているのです。
恋愛には、人の数だけ形があるように、恋のうんちくも人それぞれです。
どれが正しいということはなく、経験を通して身につけた知恵は、強い説得力があります。
私も今でこそようやく恋愛の熱が治まってきましたが、中学生や高校生の盛りのころは、恋愛の知恵を学んだものです。
それでたくさんの人の話を聞いたり、経験をしてきたりして、最近になってようやく1つの答えに行き着きました。
「恋愛を実らせることができるのは、自分のことより、相手のことを考えて行動できる人」です。
この一言から、すべての恋愛を進めていけば、必ずうまくいきます。
ときどき「恋愛のテクニック」「男性の扱い方・女性の扱い方」といったたぐいの本を目にします。
たしかに人間関係において、うまくやっていく方法ではあります。
しかし、それは、相手のためを思っての行動ではなく、自分のことしか考えていない行動ばかりなのです。
自分だけたくさんのことを考えて、相手から愛や金銭を絞り取れる取る自己中心的な考え方では、本当の恋愛はできません。
うまくいきそうでも、でもやはり最後にはどこかでつまずきます。
当然の話です。
誠実でない人の恋愛は「嘘の恋愛」でしかないからです。
相手に正直になり、自分の心に正直になり、ようやく本当の気持ちをわかち合えることができるのです。
考えれば当然のことですが、ほとんどの人ができないでいることが、また悲しくなります。
妙なテクニックは、使わないことです。
テクニックは、近道なようで、いちばん遠回りで危険な方法です。
恋愛は、気持ちをこつこつ伝えていく人が、最後に実らせることができます。
自分のことより相手のことを考えて行動する人が、本当に恋愛上手な人です。
本当の愛は、与えられるものではなく、与えるものなのです。