おそらく今、これを読んでいる人は「失恋」を経験中の人ではないでしょうか。
あるいは、失恋に恐れを抱いている人や、関心を持っている人ではないでしょうか。
人との関係は、出会いから始まり、別れによって関係が切れます。
そもそも「お付き合い」とは、どのような状態のことを指すのでしょうか。
何を持ってして、お付き合いができている状態だと断言できるのでしょうか。
皆さんは、こうした疑問を持ったことがありませんか。
お付き合いには、以下の2種類があります。
(1)心まで結びついてのお付き合い
(2)見かけ上だけのお付き合い
失恋をしたときには、まず何を真っ先にすればいいのでしょうか。
とにかく泣くことです。
涙を流して、泣くだけ泣ききってしまうことです。
相手に振られて失恋をしてしまえば、無意識のうちに過去の楽しかった日々を思い出してしまうようになります。
大切なものは、失ってからその価値に気づきます。
大切な人も、いなくなってから、その存在価値にようやく気づくのです。
過去を懐かしみたい気持ちもわかります。
もう一度同じ日々が戻って来てほしいと願う思いもあることでしょう。
しかし、それは残念ながら、二度と戻ってきません。
失恋をしている人の中には、たまにこういうことを言う人がいます。
「その人以上の人は考えられない!」
失った人への執着が強く、ほかの人へ目を向けようとしない人です。
失恋をしたときには、どうすればその苦しみを癒やすことができるのでしょうか。
お金もかからず、努力も必要ない最も簡単な方法は、ただ時が過ぎることを待つのみです。
人間には、肉体的な自然治癒力だけでなく、精神的な自然治癒力も備わっています。
時間が過ぎ、またいつもの自分を取り戻してくれば、そのときからほかの人に目を向けてみましょう。
失恋中は、とにかく視野が狭くなりほかのことも考えられず、手が付けられない状態です。
唯一、時間という万能薬により、ゆっくりですが、あなたを精神的に癒やしてくれます。
失恋は、その名のとおり「恋を失う」と書きます。
何らかの理由により振られてしまい、恋人を失ってしまうことです。
失うことで、自分が弱くなり、もろくなり、力が抜けてしまうように思えますが、実は逆です。
私が失恋したときのことです。
涙がぼろぼろこぼれ、じっとしていられず、とりあえず誰かに話を聞いてもらいたくなりました。
悲しい気持ちだけでなく、不満や後悔がたくさんあり、誰かに打ち明けたくてたまらなかったのです。
考え方によっては、失恋は大きなチャンスとなります。
何のチャンスになるかというと、束縛から解放され、自由になれるチャンスということです。
束縛から解放されれば、1人になることができ、そうした時間は自分磨きのための絶好のチャンスとなります。
「本気で失恋から立ち直りたいが、どうすればいいのか」
本気で失恋から立ち直りたいと願っていれば、一緒に撮った思い出の写真をすべて捨ててしまうことをおすすめします。
一緒に撮ったビデオやプリクラも、記念にもらったプレゼントまでもです。
失恋をすれば、失恋について猛烈に勉強がしたくなります。
それまでは考えもしなかったことですが、いざ自分が経験をしてみると、突然として勉強欲が湧いてきます。
「なぜ?」
失恋をすると、過去を振り返りたくなります。
失恋がきっかけになり、今まで気づかなかった大切なことに、失恋後に気づくようになります。
今まで当たり前だった、好きな人との日々が突然輝かしく思え、過去ばかりを振り返りたくなります。
私が10代のころ、失恋したある日の話です。
失恋をした直後の私は、自分の気持ちを抑えられず、目の前にあったノートに気持ちを書きつづったことがあります。
新品の買ったばかりのノートであり、たしか勉強のために買ったつもりでしたが、もうどうでもよくなっていました。
浮気とは何でしょうか。
浮気とは、すでに付き合っている人がいるにもかかわらず、ほかの異性に心を移し、付き合ってしまうことです。
「今の恋人には飽きて、もっと好きな人を見つけたから、隠れて付き合う」ということです。
私が失恋でめそめそしていたときは、部屋の中にこもり、じっとしていました。
まさに、引きこもりです。
外へ出るわけでもなく、何かするわけでもなく、部屋の中でこもっていました。
つらく苦い失恋も、受け止め方によっては、失うことより得られることのほうが多い、大変貴重な経験になります。
失恋によって失うことは何でしょうか。
好きな人、1人だけです。
失恋と聞けば、悪い印象ばかりが目立ちますが、本当にそうでしょうか。
私は失恋を経験した後、自分が今までどれほど束縛されていたのかを知り、驚いたことがあります。
失恋とは、それまでの束縛から解き放たれる「解放宣言」です。
気分が落ち込んだときには、音楽という心強い味方がいます。
音楽によって得られる効果は絶大です。
元気を与え、癒やしを与え、楽しさを与え、安らぎを与えます。
失恋したときに立ち直るためには、思いきって大声を出して泣くことも欠かせない方法の1つです。
我慢をする必要はありません。
泣くことを我慢してしまうと、自分に対して嘘をついているということです。
失恋を経験することで何が良くなるのかといえば、失恋に悲しむ人の気持ちが理解できるようになるということです。
自分が実際に失恋を一度でも経験すると、友人が失恋によって涙を流しているときの心情を理解できるようになります。
あなたは傷がつけば、それだけ自分が弱くなると思っているのではないでしょうか。
失恋によって心の支えを失ったときには、気持ちが不安定です。
自分だけが世界の中にぽつんといるような孤独感を抱くようになります。
実際はそうではなくても、恋人という大きな心の支えを失った後は、気持ちがか弱くなっているのです。
学校のテストの悪い点には、必ずわけがあります。
「遊んでばかりで勉強ができなかったから」
「ゲームばかりしていたから」
花には、一定の周期があります。
芽を出し、茎を伸ばし、枝が生え、最後には満開の花を咲かせます。
花が咲いているときが最も華やかな時期であり、その後は花びらが散り、枯れていく一方です。
悲しい別れを表現した映画は、普段はなかなか心が痛くて見られません。
しかし、失恋をしたときには、自分への慰めとして見ることはとても効果的です。
いつもならわからないような登場人物の心情や行動が、理解できたり納得したりできるようになります。
私が今まで失恋をしたどの経験も、壊れた恋の直後は、やはり気持ちが落ち込みました。
特に振られたときの気持ちの落ち込みは、言葉を使って表現しきれないほどの複雑な感情が、同時に入り乱れます。
中学生だった14歳の私は、初めて失恋なるものを経験します。
大切なことは、失ったときに気づけます。
手に入れている瞬間は、そのありがたみや価値がわかりません。
しかし、失ってしまえば、その瞬間に努力も時間も必要なく、誰でも大切さを理解できるようになります。
私は、失恋をすることで、自分の経験を通した失恋話ができるようになりました。
失恋を経験したことがなかったころは、経験がないだけに、聞く側ばかりでした。
話したい気持ちはやまやまでしたが、何しろ失恋を一度も経験したことがないときは、話もできなかったのです。
おそらく今、これを読んでいる人は「失恋」を経験中の人ではないでしょうか。
あるいは、失恋に恐れを抱いている人や、関心を持っている人ではないでしょうか。
人との関係は、出会いから始まり、別れによって関係が切れます。
恋愛でも同じように、出会いがあれば、最後には必ず別れという終着駅があります。
私が生まれて初めて経験した失恋は、14歳のときでした。
当時は恋愛そのものが初めてだったため、まったくわからない状態でした。
付き合うことは、一緒にいることなのか、相思相愛の状態なのか、キスをする関係なのか、肉体関係を持っている状態なのか。
初めて恋愛をする私は、すべてが初体験だっただけに、簡単なことすらわかっていない状態でした。
中学2年のころ、初めて告白した人と付き合うことになり、初のお付き合いを経験することになります。
念願の相思相愛というわけです。
初めての片思いが両思いへとつながった、数少ない成功でした。
ですが、ここからがまた苦悩の始まりでもありました。
付き合っているからにはなんとかして相手を楽しませたいと自分なりに考えます。
たわいない話をしてみたり、本やCDを貸してあげたり、一緒に帰ろうと誘ったりなどしていました。
振り返ってみると、私なりにいろいろなことにトライしていました。
ですが、付き合い始めて3カ月もしたころ、私がほかの女の子に興味を持ち始めてしまいました。
同時に、付き合っている人への配慮が小さくなり始めました。
私の気持ちが小さくなったことが、相手にも伝わったのでしょう。
だんだん会話もなくなり、会うことも少なくなりました。
私の初めての失恋は「自然消滅」という形によって、いつの間にか終わってしまいました。
後になり、失恋という痛みを少しずつ感じます。
失った直後は、痛みがわかりませんでしたが、後になってから痛みが出てくる感じです。
健康や友人、家族でもそうですが、往々にして失ってからその大切さに気づくのです。
悔しさ、妬み、つらさ、恥ずかしさ、後悔などといった失恋独特の精神的な苦痛も、そのときに初めて味わうことになったのです。
自分がいけないということはわかっていましたが、その気持ちの整理にも時間がかかったことを覚えています。
自分の行動を振り返り、どこが悪かったのかといろいろ考えてみましたが、あるときふと「当たり前の事実」に気づくのです。
「失恋は来ないわけではなかった。初めから、いつかは来る予定だった」。
付き合ってはいましたが、結婚は考えていませんでした。
好きという気持ちのままに、右も左もわからずに付き合っていました。
いずれにせよ結婚までは考えていませんでしたし、そこまでいくつもりもありませんでした。
とすれば、当然のことですが結婚をしないかぎり、お付き合いには必ず「別れ」という終わりがあるのです。
恋は盲目といいますが、当たり前の事実に気づくきっかけになりました。
当時の私を振り返り、いろいろとうまくいったであろうシチュエーションを思い浮かべます。
ですがどんな形であろうと、いずれにせよ当時の恋は必ず終わりを迎えることになったことでしょう。
付き合いの期間に、長短の差はあれ、やはり最後は「別れ」が待ち受けているのです。
恋の終わりには、以下のようなさまざまな理由があります。
いずれの理由にしろ、やはり最後は別れという終わりがあるのです。
自分を振り返って「同じ失敗を繰り返さない方法」をいろいろ考えてみました。
結婚でもしないかぎり、最後は「別れ」という現実に行き着くという当たり前の事実に気づくのでした。
今、あなたが直面している失恋にも当てはめてみましょう。
原因がきっとありますよね。
では、その原因を直せば、もう少し長続きをしたことでしょう。
しかし、そうすれば、また別の原因により別れの危機を迎えることでしょう。
どうしてもうまくいかせたければ結婚に踏み切ることです。
結婚をしないかぎり、必ずお付き合いには別れという現実が、いつかは必ずやってくるのです。
人間は生きている間、自分の人生は永遠に続くという錯覚を持ちますが、必ず最後は死という終わりがきます。
これは曲げようのない絶対的な事実ですが、ほとんどの人が受け入れたくないがために、目を背けます。
同じく恋愛も始まりがあれば、当然終わりもあるものなのです。
恋愛中は幸せの真っ最中ですから、別れがいつか来ることなど考えたこともなければ考えたくもないものです。
考えたくなかったから、今まで考えなかっただけであって、現実として必ずやってくるものです。
相手のことが好きという気持ちにばかり気持ちが向いていますが、どういう形であろうと、いずれにせよ終わりが来るものです。
あなたは失恋をした今、その当たり前の現実にようやく気づき、ちょっと驚いているだけです。
あなたに限らず、みな経験していることです。
来ないわけではなかったのです。
初めから、いつかは来る予定だったのです。
そもそも「お付き合い」とは、どのような状態のことを指すのでしょうか。
何を持ってして、お付き合いができている状態だと断言できるのでしょうか。
皆さんは、こうした疑問を持ったことがありませんか。
私も初めてのお付き合いのときにはこのことがわからず、恥ずかしながら、当てずっぽうに接していたものです。
今だからこそわかりますが、付き合っている状態とは以下のときのことを指していいます。
「相思相愛」のとき。
つまり「お互いに好きという気持ちを確認できている状態のとき」です。
たとえ手をつないだことがなくても、お互いに好きだという気持ちが伝わっていれば、すでに付き合っている状態です。
キスをしたことがなくても、肉体関係がなくても、いつも一緒にいる同居をしている関係でなくてもかまいません。
お互いに愛し合っていることを確認できてさえいれば「お付き合い」という関係は成立しているのです。
「お付き合い」という言葉は、その言葉のとおり「一緒にいる」ということをいいます。
しかし、実際に一緒にいるという付き合う状態以前に、お互いの気持ちが結びついていないといけません。
「お付き合い」という言葉は、肉体的に接していることを意味しているわけではなく、精神的な心のつながりを指しているのです。
心の結びつきのことを「お付き合い」といいます。
体のお付き合いではなく、心のお付き合いが「付き合っている」という状態をいうのです。
気持ちが結びついてこそ、手をつないだり、デートしたり、抱き合ったり、キスをしたりできるわけなのです。
お付き合いには、以下の2種類があります。
お互いが思い合っている「相思相愛」の状態が、お付き合いしている状態です。
まさに(1)の「心まで結びついている状態」なら、お付き合いができているといっていいのです。
逆をいえば、どちらか一方の気持ちが冷めてしまえば、その時点からお付き合いは終わっていると言えます。
見かけ上、お付き合いという形式が続いていても、心の結びつきなくしては、お付き合いはもう終わっているのです。
続く(2)見かけ上のお付き合いとは、お付き合いという形式は残っているか、気持ちの面ではすでに冷めている状態のことです。
けんかや浮気などのトラブルにより相手に信用が持てなくなると、好きという気持ちが薄くなり、ついには消えてしまうことです。
相手に冷めてしまうスピードが速かったため、お付き合い状態はまだ残ったままであり、気持ちの薄いデートになります。
失恋も(2)の状態であると言えます。
あなたが相手のことをまだ好きでも、相手があなたのことをもう好きでなくなってしまえば、失恋へとつながります。
たとえ片方が思っても、お互いが心まで結び合っていないからです。
本当のお付き合いとは、お互いがお互いを思い合っている状態のことをいうのです。
失恋をしたときには、まず何を真っ先にすればいいのでしょうか。
とにかく泣くことです。
涙を流して、泣くだけ泣ききってしまうことです。
体の中の水分を出し切ってしまうのではないかと思うほど、悲しみと涙に明け暮れてしまいましょう。
「恋が終わったんだ」
「恋に破れたんだ」
「嫌われたんだよ」
「私は、あまりにかわいそう」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ」
思いきって声を出し、出るだけの涙をすべて流しきってしまうほど泣いてしまうことが、最初にしておかなければならないことです。
悲しみをこらえていると、逆に精神的に余計なストレスとなります。
内側にため込むことではなく、吐き出す形によって、苦しみ、悲しみ、後悔、悔しさを体外へ発散させるのです。
ありのままの悲しみを受け止めることで、痛みを味わいます。
失恋の味を知ることで、次への恋への免疫力ができるわけです。
現実の目の前にある失恋から目を背けていると、せっかくあなたが味わうべきつらさを味わうことができません。
失恋になった理由や原因、きっかけなどいろいろ考えたいことはあるでしょうが、まずは泣いてすっきりした後に考えることです。
涙を流さないと、いつもは考えられることも考えられなくなってしまうのです。
相手に振られて失恋をしてしまえば、無意識のうちに過去の楽しかった日々を思い出してしまうようになります。
大切なものは、失ってからその価値に気づきます。
大切な人も、いなくなってから、その存在価値にようやく気づくのです。
一緒にデートした数々の思い出や、一緒に過ごした甘い過去の記憶がよみがえります。
しかし、いくら過去を懐かしんだところで、戻ってくるわけではありません。
同じ瞬間は、二度とやってきません。
「そんなこと、言わないで!」
そう思うかもしれませんが、事実として、同じ時間は今この瞬間が、最初であり最後なのです。
大切な人との別れによって、同じ時間は二度と戻ってこないことに気づきます。
すると、時間への意識も変わってきませんか。
二度と同じような時間は戻ってこないからです。
私は付き合っている人と別れるたびに、時間の貴重さを痛切に感じました。
別れるたびに過去を懐かしんでしまい、でも同じ時間は二度と戻ってこないということに気づきます。
そして、これからの時間の使い方がうまくなっていくということを繰り返しています。
時間に感謝するようになったのです。
「あのときにもっと楽しんでおくんだったな」という後悔は、後になればいつでもできます。
しかし、楽しむための時間は、そのときしか味わえない瞬間です。
つらい経験は、あなたに大切なことを教えてくれる先生です。
大切な人を失い、今はつらい時期でも、そこから学びを得てください。
同じことを二度と繰り返さないために、過去を振り返り、心に留めておきましょう。
過去を懐かしみたい気持ちもわかります。
もう一度同じ日々が戻って来てほしいと願う思いもあることでしょう。
しかし、それは残念ながら、二度と戻ってきません。
100回願っても、1,000回願っても変わりません。
かなわないことにエネルギーをつぎ込むことになり、あなたが余計につらくなるだけです。
では、こんなときどうすればいいのでしょうか。
これからもっとすてきな人生にするためにエネルギーを注げばいいのです。
失恋に苦しんでいるあなたは、大切な人を失ったショックを感じているはずです。
もう一度同じ日々が戻ってきてほしいと思う。
では、これからもっとすてきな人と出会い、もっとすてきな人生を歩むという話ならどうでしょうか。
今抱いている過去の思い出より、もっとすてきな思い出をつくることができれば、過去への執着を手放すことができるはずです。
人は、今までにない素晴らしいものを見つけたとき、今手にしていることを手放すことができるのです。
今、執着している過去の恋人や甘い思い出など、今のあなたにはいちばん大切なことであり、最も価値があると感じていることでしょう。
その振り返るエネルギーがあれば、これからはもっと素晴らしい日々をつくろうとする努力に転化させてほしいのです。
恋人への思いや、過去への執着を手放せます。
どんなに過去を悔やんでも二度と戻りませんが、その代わり、これから今まで以上に楽しい日々をつくり出すことはできます。
過去を懐かしむエネルギーがあれば、もっとすてきな人を見つけ、もっと楽しい思い出をつくることに方向転換しましょう。
失恋をしている人の中には、たまにこういうことを言う人がいます。
「その人以上の人は考えられない!」
失った人への執着が強く、ほかの人へ目を向けようとしない人です。
振られたらほかの人を探せばいいじゃないかとアドバイスをしても、かたくなに拒みます。
「この人でなければダメ。この人以上の人は考えられない」
このように、聞く耳を一切もたないのです。
しかし、実際は、考えようとしないだけの話です。
地球には何十億もの人がいます。
そのほんのごく一部の人としか出会っておらず、見ていません。
にもかかわらず「これ以上の人はいない」という発言はおかしいのです。
ほかの人を探せばいいじゃないかと、私も失恋を経験するまでは、のんきに考えていました。
しかし、自分が失恋を経験することになり「それ以上の人は考えられない」という発言の心理が見えてくるようになります。
失恋をすると、視野が狭くなるのです。
恋は盲目と言いますが、失恋直後はさらに盲目になります。
ひどく落ち込み、周りが見えなくなるくらい、視野が狭くなってしまうのです。
私は自分が失恋を経験して、初めてこの体験をしたのです。
私も失恋をしたときは、胸いっぱいにこみ上げる思いがあり、ほかのことを考える余裕がありませんでした。
失恋中の友人がぼうっとしている姿を見たことがありませんか。
視野が狭くなり、ほかのことを考える余裕がなくなっているのです。
本人はそうしたくてしているわけではありません。
そうせざるを得ないくらいに視野が狭くなり、そのためにいつの間にかぼうっとしてしまいます。
「これ以上の人はいない」と決め付けてしまうことは、それほどまでに視野が狭くなっているということなのです。
この気持ちをわかってあげましょう。
「失恋中にほかの人を見なさい」とアドバイスをしても、視野が狭くなっているため、見えることも見えなくなっているのです。
こういうときは、落ち着く時間を与えることです。
気持ちがいっぱいのときは、ほかのことを考える余裕すらありませんから、当然ですが、あなたの言葉も素通りしてしまいます。
時間を置いて、落ち着くまで少し待つことが、いちばんの失恋万能薬になるのです。
失恋をしたときには、どうすればその苦しみを癒やすことができるのでしょうか。
お金もかからず、努力も必要ない最も簡単な方法は、ただ時が過ぎることを待つのみです。
人間には、肉体的な自然治癒力だけでなく、精神的な自然治癒力も備わっています。
精神的な治癒力の1つは「忘れる」ということです。
時間がたつにつれて、過去の記憶は色あせて、心の奥に落ち着きます。
完全に忘れてしまうという意味では決してなく、思い出しづらくなってしまうことです。
不便な能力かと思うかもしれませんが、忘れる能力が備わっているからこそ、人間は落ち込んでも、立ち直ることができるのです。
忘れることは、あなたが元気を取り戻すための大切な欠かせない治癒力だったのです。
失恋も同じくして、時間が過ぎ、心の奥に落ち着くまで待ちましょう。
忘れるという精神的な自然治癒の力によって、いつものあなたに戻してくれるはずです。
時間が過ぎ、またいつもの自分を取り戻してくれば、そのときからほかの人に目を向けてみましょう。
失恋中は、とにかく視野が狭くなりほかのことも考えられず、手が付けられない状態です。
唯一、時間という万能薬により、ゆっくりですが、あなたを精神的に癒やしてくれます。
気持ちが落ち着けば、ほかの人に目を向けてみるのです。
世界にはたくさんの人たちがいます。
あなたにとって出会いが少ない、異性が少なければ「行動が少ない」という理由に尽きます。
行動をして出会いの幅を広げてみれば、驚くほどたくさんの人たちと出会うことになるでしょう。
過去を懐かしむ努力はやめて、これからの行動に対してエネルギーを注ぎましょう。
新しい習い事を始めれば、新しい人と出会えます。
英会話を習いにいけば、同じ志を持った人たちと出会えます。
ダンスを習いにいけば、ダンスに興味を持っている自分と同じ人たちに出会えます。
フィットネスへ通ってみたり、引っ越しをしてみたり、旅行をしてみたり、行動はいくつでもあげられます。
ささいな行動が、あなたに新しい出会いをもたらしてくれます。
そうした出会いを通して、また運命的な人を探し出していきましょう。
世界には、あなたの想像を絶する多くの人たちが存在しているのです。
失恋は、その名のとおり「恋を失う」と書きます。
何らかの理由により振られてしまい、恋人を失ってしまうことです。
失うことで、自分が弱くなり、もろくなり、力が抜けてしまうように思えますが、実は逆です。
失うことで、あなたはもっと強くなり、強固になり、力をつけていくことができるのです。
失うことで「気づくことができる」からです。
いえ、むしろ失わないかぎり気づけなかったことかもしれません。
涙の数だけ、今まで気に留めなかったようなことに気を留めるようになります。
今までは理解できなかったことを理解できるようになり、人に対して優しく接することができるようになります。
私は今まで数多くの人と出会ってきましたが、優しい人にはみな過去につらい経験を持ち合わせているという共通点がありました。
つらい過去により、人の気持ちがわかるようになり、話を聞くときや接するときに相手の気持ちを理解できるのです。
相手の気持ちが理解できるようになれば、もちろん人付き合いがうまくいきます。
自分の気持ちだけでなく、相手の気持ちまで理解できるようになるからです。
相手の気持ちも同時に考えながら接していくことができるようになれば、人間関係のもつれはそれだけ少なくなります。
あなたが今回感じている「喪失感」「虚脱感」「無力感」は決して無駄な経験ではありません。
あなたが体験できたのですから、これからはほかの人の気持ちが理解できるようになったということです。
まさに成長ではないですか!
失うことは、強くなるということだったのです。
私が失恋したときのことです。
涙がぼろぼろこぼれ、じっとしていられず、とりあえず誰かに話を聞いてもらいたくなりました。
悲しい気持ちだけでなく、不満や後悔がたくさんあり、誰かに打ち明けたくてたまらなかったのです。
そこで思いきって友人に電話をして、気持ちを聞いてもらいました。
私はアメリカに留学中でしたが、わざわざ国際電話をして、失恋の一部始終を友人に聞いてもらいました。
かなり長話になったことを覚えています。
時差もあったので、友人には迷惑になったのではないかと思います。
もちろん電話だけでなく、メールでも報告しました。
普通に考えれば、愚痴を聞いてもらうのですから、友人との仲が悪くなりそうです。
しかし、結果から言えば、むしろ友人との仲が良くなってしまいました。
失恋をして気持ちに余裕がないため、私は自分のすべてをさらけ出して、友人に話を聞いてもらいました。
その状態が良かったようです。
すると友人から「実は自分も昔、失恋したことがあってね」という話を打ち明けてくれ、お互いの心の距離が縮まったのです。
友人も過去に大きな失恋をしたことがあって、その話を聞かせてくれました。
お互いに失恋経験者ということで、話をしても気持ちをわかってもらえるだろうと思ったのでしょう。
心の距離は、どちらかが心を開いたときにできるものです。
失恋をして視野が狭くなり、心の余裕がなくなった状態が、逆に心を開くいいきっかけになったのです。
失恋をしたら、ありのままの悲しい気持ちを友人に聞いてもらいましょう。
失恋は悲しいことばかりではありません。
意外なことに、友人との仲を深めるきっかけになるのです。
考え方によっては、失恋は大きなチャンスとなります。
何のチャンスになるかというと、束縛から解放され、自由になれるチャンスということです。
束縛から解放されれば、1人になることができ、そうした時間は自分磨きのための絶好のチャンスとなります。
付き合っているときにはいつも連絡し合ったり、一緒にいたりしなければなりませんでした。
しかし、別れてしまえばそうした束縛から解放され、1人になって自由に行動できるようになります。
これほど自分らしく生きられるチャンスはありません。
付き合っているときに異性と出歩けば、浮気と勘違いされていましたが、もうそうした悩みを抱える必要はありません。
1人で食事にいけば「なぜ誘ってくれなかったの!」と言われていたやっかみも、もう言われることはありません。
いくら異性の友人をつくっても、コンパに参加をしても、完全なる自由なのです。
失恋は、大いなる束縛の解放宣言になります。
アメリカはリンカーンが奴隷解放宣言をしたのち、黒人が大いなるパワーを発揮するようになりました。
あなたも解放されることで今までため込んでいた未知なるパワーを発揮するチャンスとなるのです。
失恋をしてがっかり落ち込むどころではありません。
1人になれるチャンスとプラスに考え、成長できる機会に変えてしまうのです。
「本気で失恋から立ち直りたいが、どうすればいいのか」
本気で失恋から立ち直りたいと願っていれば、一緒に撮った思い出の写真をすべて捨ててしまうことをおすすめします。
一緒に撮ったビデオやプリクラも、記念にもらったプレゼントまでもです。
こういうことをいえば、必ずといっていいほど「そんなことできない!」という人が出てきます。
本気で失恋から立ち直りたいと思っているのですよね。
克服したい、乗り切りたいと思っているのですよね。
では、もう過去の人との写真も、不要ではありませんか。
忘れたい思いが強くあるなら、捨てることが大切なことだということは容易に理解できるはずです。
昔を懐かしんだり、あるいは思い出させたりする物があれば、それこそあなたにとって失恋から立ち直るための障害になります。
失恋から立ち直ることを邪魔しているのは「過去の記憶」です。
その過去の記憶を忘れないように邪魔をしている物こそ、写真なのです。
もう付き合ってもいないのですから、早くその執着から解き放たれることが必要です。
そのために、まずは写真を思いきって捨ててしまうのです。
すると、もう見たくても、見ることができなくなり、思い出そうとしても、なかなか思い出せなくなります。
人間には忘れる能力があり、あなたを助ける強力な救世主になってくれるでしょう。
過去の記憶は、時間がたてば、色あせていきます。
同時にまた落ち込みが軽くなり、ゆっくりだんだんですが、立ち直っていくことができるようになるのです。
私は過去に付き合ってきた女性の写真は、別れたら捨ててしまうようにしています。
冷たいと思うかもしれませんが、付き合っていない人と親しく肩を寄せ合う写真をいつまでも持っていても仕方ない。
むしろ次、付き合う人に見つかってしまえば「だれ、この人?」と話がややこしくなります。
私の場合、もう終わったことは、終わったことにしておきたい。
過去を振り返っても絶対に戻ってこないからです。
終わった恋を、次の恋の障害にしてしまってはいけません。
乗り越えて生かす形にするためにも、思いきって捨ててしまい、心と体を軽くしておく必要があるのです。
私が失恋をしてもこのように立ち直ることができているポイントの1つは、写真を捨てているからです。
失恋をすれば、失恋について猛烈に勉強がしたくなります。
それまでは考えもしなかったことですが、いざ自分が経験をしてみると、突然として勉強欲が湧いてきます。
「なぜ?」
「なぜ?」
恋に対する疑問が浮かび、解決したくてたまらなくなるのです。
私が失恋をしたときも、失恋のことばかりを考えていました。
「どうすれば立ち直れるのか」
「どうすれば今回のような事態を避けることができたのか」
「なぜこうなってしまったのか」
普段は考えもしないことが、こんなときに限って気になって仕方なくなるのです。
自分を責めたり、自問自答したり、時には友人に相談をしてみたりしたものです。
また自分の気持ちをノートに書き出してみたりすることで、客観的に精神状態を眺めていました。
失恋の映画を見たり、失恋の体験談をネットで見つけて読みあさったり、失恋の本を読んでみたりすることも良いでしょう。
友人に話して、励ましてもらうことも1つの手です。
せっかくの勉強意欲が湧き出ているのですから、そのときのモチベーションをバネにして成長に変えることです。
同じ失敗をこれから繰り返さないためにも、ここでのモチベーションはしっかり有効利用しておくことが大切なのです。
失恋をすると、過去を振り返りたくなります。
失恋がきっかけになり、今まで気づかなかった大切なことに、失恋後に気づくようになります。
今まで当たり前だった、好きな人との日々が突然輝かしく思え、過去ばかりを振り返りたくなります。
たしかに振り返ることも大切です。
当然のようにあった好きな人との日々や手をつないでいた感触が、二度と味わえなくなるのかと思うと、急に恋しくなるものです。
世の中には不思議な現象があり、失うことで、得られることがあります。
失恋も、その1つです。
失恋は受け止め方によっては、失うことより得られることのほうが多くなります。
私が失恋したときは「ここで味わえる苦しみは味わいきっておこう」と思いました。
自分が悪くてこうなってしまったということなら、思いきって苦しんだり悲しんだりするほうが、気持ちいいのです。
大切なことを気づくための良い機会と考えましょう。
あなたが失恋をどう受け止めるかが重要です。
つらいばかりの現実になってしまうか、大人になるきっかけにできるか、現実も受け止め方しだいによって大きく変わります。
失ったことばかりに目を向けるのではなく、失ったことで得られたことに目を向けることが大切です。
悲観的になるより、失ったことで得られたことがあったと感謝を見つけるのです。
成長を促進させる機会にできる人が、次の恋愛に強くなれるのです。
私が10代のころ、失恋したある日の話です。
失恋をした直後の私は、自分の気持ちを抑えられず、目の前にあったノートに気持ちを書きつづったことがあります。
新品の買ったばかりのノートであり、たしか勉強のために買ったつもりでしたが、もうどうでもよくなっていました。
何を書いたかというと、とにかく思いついた順番から、思っていることや感じていることをすべて書いて吐き出していました。
誰かに見せるために書いていたわけではなく、自分のために書いていました。
誰も見ることはないものと思い、見せられないような思いを、数ページにわたって容赦なく一気に書いたことがあります。
とにかく思いついたことを、すべて書くことで吐き出していました。
冷静になったときには、読み返せる内容ではありませんでしたが、数々の文章は、私の気持ちを正直に書きつづったものでした。
そうすると不思議なことに、気分が落ち着くのです。
今までため込んでいた気持ちを自分の好きなように書きつづることができ、言い返されることも、叱られることもありません。
ありのままの気持ちを、好きなだけ書いて吐き出してしまうことで、私は精神的な安定を少し取り戻したのでした。
浮気とは何でしょうか。
浮気とは、すでに付き合っている人がいるにもかかわらず、ほかの異性に心を移し、付き合ってしまうことです。
「今の恋人には飽きて、もっと好きな人を見つけたから、隠れて付き合う」ということです。
同時に2人の異性と、関わりを持つことになります。
浮気をする人は「もっと幸せになれる」と思い、こっそりほかの異性と付き合いますが、実際うまくはいきません。
最初はうまくいっても、長期で見ると、必ず破綻します。
浮気相手と付き合ってしばらくすれば、浮気相手より、もっといい人が現れます。
すると、また浮気をしてしまうのです。
浮気をする人は、何度でも浮気をします。
癖のようなものです。
自分で欲望をコントロールできなければ、人生はうまくいきません。
だから、一生幸せになれないのです。
もし、浮気をされることがあっても、相手を恨むのではありません。
「浮気するような人だったのか。別れて正解だった」と思うくらいがいいでしょう。
浮気をされて振られても、こちらから振ってやりましょう。
浮気相手の行く末は、明るいようで、暗い未来が待っています。
しばらくすれば、浮気相手ともこじれるはずです。
私が失恋でめそめそしていたときは、部屋の中にこもり、じっとしていました。
まさに、引きこもりです。
外へ出るわけでもなく、何かするわけでもなく、部屋の中でこもっていました。
学校へも行く気力がなく、勉強にもまったく集中できません。
失恋をすると心の中が空っぽになり、行動する気力が出てきません。
何かしなくちゃとは思うものの、頭の中だけの話になり、実際の行動までの元気が出てきません。
文章をいくら書きつらねても、そのときの気持ちは表現できるものではありません。
あのときほど、心の空っぽを経験したことはそれまでになかっただけに、落ち込みも最高潮だったのです。
時は経ち、時間が少しずつ私を癒やしてくれ、だんだん立ち直っていきました。
時間こそはかかったものの、ゆっくり元の自分に戻っていきました。
そうした経験をあとから振り返ると、経験しないより、経験できて良かったなと不思議と感じるようになりました。
どん底を一度経験すると、今まで普通に感じていた日常が、これまでと変わって見えるようになります。
友人、家族、人生、愛についてなど、今までとは違った視点から見ることができ、感謝が湧き出てくるようになります。
けがをするからこそ、健康のありがたみがわかるようになることと同じです。
心の空っぽを経験するからこそ、変わらずそばにいてくれる家族や友人の存在の貴さが感じられるようになります。
悲しむだけでは実りがありません。
大切なことは、つらい経験によって気づけたことに感謝をすることです。
つらく苦い失恋も、受け止め方によっては、失うことより得られることのほうが多い、大変貴重な経験になります。
失恋によって失うことは何でしょうか。
好きな人、1人だけです。
あらためて考えてみると、それだけです。
たしかに好きな人1人を失うといっても大きな痛みが伴うことではありますが、こうした意味を踏まえて前向きに考えましょう。
考える余裕すらないかもしれませんが、現実として失う人は、1人だけです。
得られた思い出や経験までが消えるわけではありません。
あなたの中にきちんと蓄積され、今後に生かされる日を待ち望んでいます。
私が今このように失恋について、話ができている理由はなぜでしょうか。
私も過去の失恋によって傷を負った経験があるからです。
失恋によって泣いたり、悔やんだり、後悔した経験があるからです。
だからこそ、失恋した人の気持ちが理解できるようになったり、失恋についての話を書くこともできたりしているわけです。
当時の私は「もうこんな経験なんて二度とするものか!」と思いました。
では、そんな経験をしなかったほうが良かったかというと、これもおかしな話ですが「経験して良かった」と思うのです。
同じ経験をしたくはありません。
しかし、経験できて良かったなとは思うのです。
失恋によって、得られたことがたくさんあったからです。
おかしな話ですが、失恋をしなければ、今の私は存在していません。
つらい経験は、そのときの一時的な出来事であって、今になって振り返ると感謝さえ感じてしまうのです。
失恋と聞けば、悪い印象ばかりが目立ちますが、本当にそうでしょうか。
私は失恋を経験した後、自分が今までどれほど束縛されていたのかを知り、驚いたことがあります。
失恋とは、それまでの束縛から解き放たれる「解放宣言」です。
付き合っているときには、当然のようにいつも好きな人と一緒にいます。
電話もかかってくるといえば彼女からであり、かけるとしても彼女だけの状態でした。
そのほかの人との電話は、彼女とのけんかの元になり、できるかぎり控えていました。
いつの間にか、私は束縛された状態になっていたのです。
恋は盲目とよく言いますが、本当に見えなくなり、わからなくなるものです。
私は恋愛中に友人との交流が極端に減ってしまい、勉強への集中力も失っていました。
一点に集中すればするほど、ほかが見えなくなるのです。
あなたが失恋中なら、軽いフットワークを手に入れたということです。
もう付き合っていた人のことは気にせず、異性とどれだけ遊んでもかまいません。
友人と飲みに行こうが、どれだけ合コンを楽しもうが自由なのです。
いつもかかってくる電話はもうありませんし、かける必要もありません。
巨額な電話代も節約できます。
まさに自由なのです。
これほど軽いフットワークはありません。
失恋によって、軽いフットワークを手に入れられるのです。
気分が落ち込んだときには、音楽という心強い味方がいます。
音楽によって得られる効果は絶大です。
元気を与え、癒やしを与え、楽しさを与え、安らぎを与えます。
目には見えませんが、たかが音楽とはいえ、時には友人からの励まし以上に元気づけてくれる味方となります。
私は気分が落ち込んだときには、いつも音楽を聴くようにしています。
もちろん元気がないときだけでなく、普段から元気でいられるように毎日音楽からパワーをもらっています。
叱られて気分が落ち込んだときや失恋をして途方に暮れているときには、音楽を聴いて気分を静めるといいでしょう。
心理学的には、悲しいときには悲しい曲を聴くほうが、気分を落ち着かせる効果が高いといわれています。
とりわけ失恋といった気分が落ち込んでいる場合は、その自分の感情に同調できる音楽のほうが、気分の鎮静効果は高いのです。
悲しく落ち込んでいるときには、そんな自分の心情を表現したような悲しい曲を聴いて、同調したほうが落ち着きます。
私は悲しいときにはよく静かなクラシックを聴いています。
特に、バッハの『G線上のアリア』がいちばんのお気に入りです。
静かなメロディーは、今の自分の心境を反映しているかのようであり、聴きながら不思議と落ち着いてきます。
失恋したときに立ち直るためには、思いきって大声を出して泣くことも欠かせない方法の1つです。
我慢をする必要はありません。
泣くことを我慢してしまうと、自分に対して嘘をついているということです。
我慢によるストレスの抑え込みでは何の解決にもなりませんし、ストレスの行き場がありません。
負担になっているストレスは、泣くことで吐き出せます。
涙が流れ、こぼれ落ちることは、内側にあるストレスが目に見える形になって吐き出されているといっても過言ではありません。
涙は、ストレスの結晶です。
特に女性は、泣いてストレスを発散させることが上手です。
ワンワンと泣いている人を見て「泣き虫」と侮辱する人がいますが、そういう人に限ってストレスをため込んでいるものです。
泣くことでストレスを発散させることができず、いつも眉間にしわが寄り、暗い顔をしているのです。
泣いた後の女性の顔は、必ず以前より元気を取り戻しています。
ワンワンと泣いても、ストレスを吐き出しているため、気持ちが楽になっているのです。
男性はこうした、泣き上手な女性を見習う必要があります。
私も以前は、泣くことを我慢するタイプでした。
しかし、泣いた後は、不思議と明るい笑顔を取り戻していく光景を目の当たりにして「泣くことの大切さ」に気づいたのです。
涙を流すことは、ストレスを発散させているということです。
元気のある状態に戻ろうと、人間にもともと備わっている自然治癒力の1つなのです。
失恋を経験することで何が良くなるのかといえば、失恋に悲しむ人の気持ちが理解できるようになるということです。
自分が実際に失恋を一度でも経験すると、友人が失恋によって涙を流しているときの心情を理解できるようになります。
あなたは傷がつけば、それだけ自分が弱くなると思っているのではないでしょうか。
いいえ、実際は逆なのです。
傷ついた分だけ、強くなれます。
あなたが失恋によって傷つくことで、他人の心も理解できる優しさを得られることができ、人間関係の向上へとつながります。
傷ついた分だけ、人は優しくなれるのです。
私がまだ失恋したことがなかったころ、恋に破れて泣いている人の気持ちは、理解しているつもりになっていました。
泣いているわけは、単純に悲しいだけなのだと、浅はかな考えを持っていました。
しかし、自分が失恋を経験することで、失恋したときの言葉に表現できないほどの感情を知ることになります。
失恋によって湧き出る、悔しさ、悲しさ、情けなさ、惨めさ、落ち込みや絶望を知ります。
自分が経験することで、初めて人の気持ちが理解できるようになるのです。
失恋によって心の支えを失ったときには、気持ちが不安定です。
自分だけが世界の中にぽつんといるような孤独感を抱くようになります。
実際はそうではなくても、恋人という大きな心の支えを失った後は、気持ちがか弱くなっているのです。
そういうときには、早く次の恋人を見つけることです。
心の支えを失って不安になっていれば、早く次の心の支えを見つけて安定することです。
もちろん誰でもいいわけではなく、あなたのことをきちんと愛してくれる人を見つけましょう。
手当たりしだいに、異性に走ってしまうと、軽く見られますし、また失恋へとつながってしまいます。
慎重になりながらも、早くすてきな異性を見つけることで、いくぶん失恋の苦しみからは脱出できます。
失恋したときから、次の恋への出発です。
気持ちの安定のために、次の恋人探しを始めましょう。
学校のテストの悪い点には、必ずわけがあります。
「遊んでばかりで勉強ができなかったから」
「ゲームばかりしていたから」
「当日、睡眠不足のため集中ができなかったから」
理由にはそれぞれ考えられますが、悪い点を取ったからには何か「原因」が必ずあります。
失恋は、苦しい現実ではありますが、少し落ち着けば、なぜそうなったのかという原因をしっかり考えることです。
逃げないでしっかり振り返って考えることが大切です。
原因もなく、突然失恋ということはあり得ません。
失恋という結果があるからには、必ず何かの原因があるはずなのです。
私が失恋をしたときも同じように原因を考えました。
頭の中で考えるだけでなく、思いつくままに原因をノートに書き出します。
過去のいろいろなシチュエーションを振り返り、同じことが二度と起こらないように対策を考えたりします。
失敗によって初めて悪いところがわかります。
失恋の機会を、今後の成功につなげることが大切なのです。
花には、一定の周期があります。
芽を出し、茎を伸ばし、枝が生え、最後には満開の花を咲かせます。
花が咲いているときが最も華やかな時期であり、その後は花びらが散り、枯れていく一方です。
枯れない花はありません。
花は枯れることでタネをまき、次の新しい芽のために、自分の役割を終えることになります。
人にとっての恋愛も、花と同じようなことです。
恋に溺れて幸せの真っ最中であるときは、まさに花を満開に咲かせている瞬間です。
学生時代の恋愛は、結婚といった大げさなところまで行きませんから、ほとんどの場合は「別れ」が終着駅となります。
花が散ることは、失恋することと同じです。
花が散った後、次の新しい芽のためにタネをまくように、失恋を経験することで初めて次の恋への道が切り開かれます。
花が枯れることは、次の花への出発であるように、失恋することも次の恋への出発となるのです。
私は以前失恋を経験したとき「これで新しい出会いが切り開かれる」と前向きになりました。
別れたことによるマイナスより、別れたからこそ得られるプラスを考えるようにしました。
終わったことを引きずっていても、仕方ありません。
今の不幸を、むしろ実は幸せなことなのだと、前向きに捉えるくらいでいいのです。
悲しい別れを表現した映画は、普段はなかなか心が痛くて見られません。
しかし、失恋をしたときには、自分への慰めとして見ることはとても効果的です。
いつもならわからないような登場人物の心情や行動が、理解できたり納得したりできるようになります。
韓国映画『シュリ』は、好きな人と別れるだけでなく、殺してしまわなければならない悲しい映画です。
初めて見たときには、滝のように涙を流したことを覚えています。
好きな人と別れるだけならまだしも、殺さなければならないのです。
好きな人を殺さなければならないとはどういうでしょうか。
主人公の男性は警察の仕事をしていますが、探し当てた犯人が、実は自分の彼女だったのです。
私は当時、失恋を経験中だっただけに、映画を見ながら「自分だったらどうするだろう」と主人公に当てはめながら見ていました。
「自分なら、こんな発言をするだろうな」「もし自分だったら……」と思いながら見ると、より映画が奥深く感じられます。
普段は考えもしないようなことを考えたり、理解できなかった登場人物の心情が理解できるようになったりします。
またそれだけでなく、泣くことも重要です。
失恋のときは悲しい映画で思いきり泣くのも、いいストレス発散になります。
悲しいときには、悲しい映画を見るほうが、自分の心と同調して落ち着きを得られるという心理結果があります。
明るいときに暗い映画を見ても、ギャップを感じてストレスになります。
一方、悲しいときに無理やりテンションを上げようと明るい映画を見ても、ギャップが感じられ、ストレスとなります。
悲しいときにこそ、悲しい映画を見て、ワンワン泣いて涙を流すのです。
そのほうが、そのときの心理状態と一致していますから、心を落ち着かせる効果があるのです。
私が今まで失恋をしたどの経験も、壊れた恋の直後は、やはり気持ちが落ち込みました。
特に振られたときの気持ちの落ち込みは、言葉を使って表現しきれないほどの複雑な感情が、同時に入り乱れます。
中学生だった14歳の私は、初めて失恋なるものを経験します。
いえ、体感すると言ったほうがいいかもしれません。
好きな人から振られると、頭の中がいろいろな感情によってぐちゃぐちゃになり、自制心を失います。
しかも、肌が荒れたり、鳥肌が立ったりと、変な症状が出たものです。
勉強への意欲はなくなり「なぜ?」と念仏のように何度も繰り返し自分に問いかけていました。
このときに私を救ってくれた存在は「時間」でした。
時間があったからこそ、頭の中を整理する余裕ができ、気持ちを整えるゆとりを与えてくれます。
時間の存在があるからこそ恋愛だけでなく、失恋も立ち直る道のりを手に入れられます。
あらためて考えてみると、時間は、すべての人が持っている差別のない存在です。
時間を与えられていない人など、この世には1人も存在しません。
老若男女、貧富の差も関係ありません。
赤ちゃんも1日は24時間。
大金持ちの大社長も、1日は24時間。
アメリカ大統領も、1日24時間であることには変わりはないのです。
時間こそ、すべての人に共通する守護神ではないですか!
昼も夜も、どんなにつらい時期でも、見放すことなくいつもそばにいて見守ってくれるこれほど心強い守護神はいないのです。
振り返れば、失恋だけでなく、叱られて落ち込んだときや、いらいらしたときなど、数々の困難を時間によって救われてきました。
時間があるからこそ明日を迎えることができ、明日になればまた新しい一歩を踏み出す元気と余裕を手に入れられます。
時間があるゆえにです。
絶望感に浸っているときほど友人からの励ましも素通りであり、行動に対する意欲も何もありません。
しかし、不思議なことに、時間がたてば、ゆっくりではありますが、回復していくのです。
「明日は明日の風が吹く」という言葉のとおり、日を追うごとにゆっくり立ち直っていく自分に出会えるのです。
大切なことは、失ったときに気づけます。
手に入れている瞬間は、そのありがたみや価値がわかりません。
しかし、失ってしまえば、その瞬間に努力も時間も必要なく、誰でも大切さを理解できるようになります。
自分の体験を通して、その大切さを肌身に刻んでいくのです。
もし、あなたが失恋によって大切な人を失ってしまったなら、終わったことは仕方ありません。
そのときにだけ感じられる大切さや貴さは、そのときにこそ思う存分味わって、大切なことに気づきましょう。
人の存在というありがたさ、当たり前という幸せ、心の支えが存在しているという幸せ。
今しか味わえないわけではありませんが、今味わえることは今味わっておいたほうがいいのです。
何度でも味わえるということではなく、いつでも味わえるということでもないからです。
失恋の苦しみはそのときに存分に味わい、そのときに初めて気づく大切なことも、同時に学びとっておくことが大切です。
失恋の苦しみは、何度も味わいたくはありません。
だからこそ、今味わえるだけ味わって、大切なことに気づく必要があるのです。
私は、失恋をすることで、自分の経験を通した失恋話ができるようになりました。
失恋を経験したことがなかったころは、経験がないだけに、聞く側ばかりでした。
話したい気持ちはやまやまでしたが、何しろ失恋を一度も経験したことがないときは、話もできなかったのです。
まさに、聞く一方です。
しかし、一度でも失恋を経験できたおかげで、今このように、私はあなたに失恋話をお伝えできています。
失った恋ですから、後腐れはありません。
どんなに苦い話でも、時が経てば、色あせてしまい、受け止めることができるようになります。
きっぱり気持ちを切り捨ててしまえば、今は過去の話として、話ができるようになるのです。
忘れられない時期もありました。
「これ以上の人はいない」と思った時期もありました。
しかし、全世界の人々をすべて見てもいない私が、これ以上の人はいないと判断するのはおかしな話です。
視野が狭くなっている証拠です。
花が咲けば、いつかは散ってしまうように、恋愛も始まりがあれば、いつかは終わりが来るものなのです。
「始まり」と「終わり」は、1つのセットです。
この周期を繰り返すことで、どんどん成長していけるということなのです。
恋愛が終わり、涙を流したい気持ちもあることでしょう。
どんなにつらい失恋も、いずれ落ち着きを取り戻す日が、必ずやってきます。
落ち着いてきたら、さっそくその失敗を踏み台にして、さらなる恋愛へと踏み出しましょう。
終わったことをいつまでも引きずってしまうより、むしろ話のネタができたと前向きに捉えるくらいで、ちょうどいいのです。