私たちは、将来実現させたい理想のことを、こう表現をします。
「夢を見る」と。
想像するだけなら自由。
他人を信じることは大切です。
人を疑ってばかりでは疲れてしまいます。
すべては信用・信頼の上に成り立っています。
自分のノートにこっそり書いている「夢の予定表」を見てみましょう。
時期、時間、お金、資格など、夢の実現に必要なことが細かく書き記されています。
しかし、見てほしいのは、そうした夢の内容ではありません。
食事とは何でしょうか。
「空腹感を満たす食物」と考える人もいるでしょう。
「朝昼晩に食べるもの」と考える人もいるでしょう。
想像してみましょう。
自分が神様になったとします。
人間たちの夢の手助けをしてあげようと思い、ある2人の人間の前に立って、こう言います。
好きなことをやって、食べていければ、最高の人生です。
自分が、楽しめます。
自分の仕事によって、周りの人にも幸せになってもらえます。
人生とは、戦いの連続です。
「頑張っている」とは「戦っている」とも言い換えられます。
良い成績を残すため、部活動に汗を流す。
夢に向かっていると「問題のある人」と言われるようになります。
性格や行動が、ほかの人と異なる点が多いため、周囲から変わった目で見られます。
周囲の人と溶け込もうとする社会性が乏しいため「社会性がないね。問題があるね」と非難されます。
問題に直面した。
できるかぎりの手段を尽くした。
どれもうまくいかなかった。
星が明るいところで輝くのは無理があります。
周りが明るいと、輝きが半減したり、見えなかったりします。
夜空に浮かぶ星は、なぜ美しいのでしょうか。
自分の好きなことをやって食べていける生活は、普通、うらやましがられるものです。
多くの人から「いいなあ。うらやましいな」と、評価されたりたたえられたりします。
その対照的は、恥です。
一般的に恥をかくと、かっこ悪いものです。
人から笑われたり見下されたりする姿は、滑稽です。
たしかに恥が多い人生を喜ぶ人は、少ないでしょう。
人生は、車と同じです。
アクセルは思いきり踏んでいるのに、車がまったく前に進んでくれません。
エンジンはかかっていますし、車の異常はありません。
人間には、素晴らしい能力が備わっています。
思ったことを実現させてしまう能力です。
どんな思いであろうと、本当に心から強く思うことができれば、必ず実現します。
「なんて高額な商品なのだろう。貧乏人にとっては夢の買い物」
「このサービスは値段が高すぎる。利用したいけど手が出ない」
高額の費用がかかることを嘆く人がいます。
感動を味わうためには、2面性が必要です。
片方だけではなく、両方を知ることで、初めてバランスが取れます。
明るいからこそ、闇の恐ろしさを知ることができます。
スランプになったら喜んでください。
スランプになるのは名誉なことです。
立派なことであり、幸せなことです。
世の中には、部屋に引きこもることに対して、よくない印象があります。
現実の人間関係から距離を置き、自宅や自室に長期間引きこもってばかりの人です。
たしかにいつまでも親の援助に頼ってばかりは良くありません。
自分の信じる道を歩んでいると、ある日、壁にぶつかります。
壁は壁です。
どうやら、これ以上先には進めないようです。
夢に向かう道は、必ずしも明るく照らされているとは限りません。
薄暗い道もあるでしょう。
中には、真っ暗な道も存在します。
短距離走で最も注目が集まるのは、やはりいちばんでゴールした人です。
最も足が速い選手が、最も目立ちます。
最も注目が集まります。
野球の中継を見ていると、三振でアウトになるケースがあります。
三振で悔しがる様子を見ていると、あるパターンに気づきます。
選手がくよくよ悔しがるのは、空振り三振のときではありません。
起き上がりこぼしを、知っていますか。
傾けたり倒れたりしても、すぐ起き上がるようにした、だるまなどの形をした日本のおもちゃです。
すぐ起き上がる秘密は、重りです。
自分の夢に向かっていると、周りの人から、ある言葉をかけられるようになります。
「変な人」です。
自分が仲間外れにされているようです。
夢に向かって全力で突き進んでいると、周りの人から、意外な批判をされることがあります。
「何もしていないね」です。
心外な言葉です。
夢に向かって頑張っていると「ある不快な一言」を言われることがあります。
「うさんくさい」です。
うさんくさいとは「どことなく怪しくて疑わしい印象がある」という意味です。
夢の実現には、1人になる時間が必要です。
1人で考えたり行動したりするからこそ、得られる学びや成長が独り占めできます。
成長が促されます。
雨の日に飛行機に乗ると、いつも驚かされることがあります。
雨の日は、分厚くて黒い雲が、空に浮かんでいます。
飛行機が離陸して雲に近づくにつれて、雨や風も強くなり、飛行機がよく揺れるようになります。
夢に向かって、努力する日々を繰り返します。
スタートし始めた瞬間は、大勢の人がいて、競争も激しい状態です。
同じ夢に向かう人が多く、競争も対立も、ひしめき合います。
あるところに、金塊を掘り当てる夢を持つ人がいました。
事前に慎重な調査をして、金塊のある場所を突き止めました。
その場所を、毎日かかさず、一生懸命に穴を掘りました。
私たちは、将来実現させたい理想のことを、こう表現をします。
「夢を見る」と。
想像するだけなら自由。
「こうなってほしい」という理想を思い描けば、わくわくできます。
しかし、夢を見ているだけでは単なる空想です。
気持ちを明るくさせたり、心を落ち着かせたりくらいはできるでしょうが、それ以上の進展がありません。
夢は、何のためにあるのか。
夢は見るためにあるのではありません。
叶えるためにあるのです。
夢には、人生を華やかにさせる力があります。
実現させたい理想があるから生きる気力が湧き、新しいことに挑戦する勇気が出て、人生を生き生きさせます。
あなたは「夢を叶える」という素晴らしい人生の目的があります。
せっかく夢があるのですから、ぜひ行動に移し、実現させましょう。
受け身ではなく、積極的な姿勢が大切です。
必要な知識を得るために、勉強しましょう。
よく体を動かし、汗をかきましょう。
1人の力が難しければ、人と協力しましょう。
失敗を避けるのではなく、経験しに行く姿勢が大切です。
夢を見る時間を行動する時間に充てれば、実現するスピードが速くなります。
明日行動するより、今日から行動したほうが、実現が1日分早くなります。
他人を信じることは大切です。
人を疑ってばかりでは疲れてしまいます。
すべては信用・信頼の上に成り立っています。
信用や信頼は、人間関係では不可欠な要素。
相手を信じることができるから、大事な話や約束ができ、良好な人間関係を構築できます。
しかし、他人を信じるのも大切ですが、もっと大切なことがあります。
他人を信じる前に、まず自分を信じましょう。
自分を信じていない状態で他人を信じるのは、単なる「依存」です。
目隠しをされたまま、他人に手を引かれて歩いているようなもの。
自分の状態が正しく判断できません。
他人に騙されていても気づけません。
他人にすがるだけでは、自分の生き方が不安定になります。
まず自分を信じましょう。
自分を信じることが最優先。
自分が「やろう」と決めたことは、きちんとやり遂げます。
自分が選んだことは、あとからぶつぶつ不平を言わないようにします。
間違ってもいいので、自分のことは自分で決め、自分で責任を取るようにします。
どれだけ自分を信じているかです。
自分の目で見て、自分の頭で考え、自分で決めるようにします。
それが自分を信じるということです。
どんなことがあっても、自分で自分を裏切ることだけは避けましょう。
自分を信じたうえで他人を信じます。
自分を信じているから、他人を信じたときに、良好な人間関係が築けるのです。
自分のノートにこっそり書いている「夢の予定表」を見てみましょう。
時期、時間、お金、資格など、夢の実現に必要なことが細かく書き記されています。
しかし、見てほしいのは、そうした夢の内容ではありません。
夢の予定表のタイトルです。
「私の夢」や「私の予定」というタイトルになっていませんか。
「夢」や「予定」という言い方は、どことなく、曖昧です。
もちろん「叶えたい」という気持ちはあるのでしょうが、弱気です。
「夢だから、夢のままで終わらせてもいいよね」「予定だから、うまくいかなくてもいいよね」という逃げ腰が感じられます。
逃げ腰の言い方をしていると、夢のままで終わらせやすくなります。
もっと具体的になる、別の言葉に書き換えましょう。
「私の進路」と書き換えるのです。
言い切ってしまいます。
現実味を帯びた印象に、変わりましたね。
夢を夢のままで終わらせないためにも、きちんとした言い方が大切です。
あくまで進路にしてしまうのです。
進路として考えると「その方向に向かって当然」「努力して当たり前」という気持ちが湧き出てきます。
夢に向かう力とやる気が、出てくるのです。
食事とは何でしょうか。
「空腹感を満たす食物」と考える人もいるでしょう。
「朝昼晩に食べるもの」と考える人もいるでしょう。
「食事とは毎日の習慣」として考える人が多いようです。
しかし、単なる習慣と思うと、意識も希薄になります。
習慣になるほど、考えなくなります。
食事へのありがたみも、感じられにくくなります。
食事は、単なる毎日の習慣と思うのではありません。
毎日食べる食事は、ガソリンだと考えるのです。
食事をするごとに「ガソリンを入れている」という意識を持つことが大切です。
車は、ガソリンをしっかり入れるからこそ、長距離を走れるようになります。
現実でも、しっかり食事をするからこそ、長時間働けるようになります。
車は、品質のいいガソリンを入れると、馬力が出やすくなります。
現実でも、品質のいい食事を取ると、パワーも出るようになります。
きちんとガソリンを入れるから、車が勢いよく進むことができるように、きちんと食事をするから、人生も勢いよく進みます。
目の前にある食事は、ガソリンです。
さあ、今日も1日を元気に過ごすために、ガソリンを入れようではありませんか。
想像してみましょう。
自分が神様になったとします。
人間たちの夢の手助けをしてあげようと思い、ある2人の人間の前に立って、こう言います。
「夢を叶えてあげるから、どんな夢があるのか、聞かせてほしい」と。
1人は「医者になり、人々を救いたいです」と、即答しました。
もう1人は、しばらく黙って考え込んでから「医者になり、人々を救いたいです」と答えました。
2人とも、同じ答えです。
さて、率直に、どちらの願いを叶えてあげたいと思いましたか。
おそらく即答した人ではないでしょうか。
やはり、まずリアクションが早い側を見てしまいます。
即答した様子から、強いやる気や熱意もよく伝わってきます。
即答した人ほど、神様に熱い思いが伝わり、願いが叶えやすくなるのです。
では、逆の立場になってみましょう。
ある日突然、自分の前に神様が現れて、将来の夢を尋ねたとします。
「夢は聞かれてから考えればいい」と思いますが、遅いのです。
その程度では、その程度のやる気しかないということです。
いかに即答できるかです。
即答できる人からは、強いやる気や熱意が感じられるため「よし。叶えてあげよう」と思います。
「即答」は、夢を叶えるための大切な姿勢です。
夢を即答できる人ほど、夢を叶えやすくなります。
突然ですが、あなたの夢を聞かせてください。
即答できたでしょうか。
学生だけでなく、大人も、将来の夢を持つことが大切です。
いつ聞かれても、すぐ答えられるように、あらかじめ考えを整理しておきましょう。
好きなことをやって、食べていければ、最高の人生です。
自分が、楽しめます。
自分の仕事によって、周りの人にも幸せになってもらえます。
それでお金を稼ぐことができ、幸せになれるのですから、これ以上の素晴らしい人生はありません。
「好きなことをやって、食べていきます」と言えば、周囲の人たちは、いつもこう言います。
「世の中は甘くない」です。
冷たい言葉です。
好きなことをやって、食べていく夢を、誰に言っても「世の中は甘くない」と言われます。
たしかにこれは本当です。
好きなことで食べていくのは、簡単ではありません。
実力、人脈、資金が十分になければ、うまくいかないでしょう。
しかし「世の中は甘くない」という言葉は、非難や中傷ではありません。
実は、励ましであり、応援なのです。
「簡単ではないけれど、夢を諦めずに頑張れば、きっと実現できるよ」という意味です。
これが、正しい解釈です。
発言の本当の意図がわかると、やる気も元気もたちまち出てくるでしょう。
みんなから「世の中は甘くない」と言われれば、最高です。
みんなから応援されているのです。
その励ましと応援を追い風にすれば、夢の実現がスムーズになるのです。
人生とは、戦いの連続です。
「頑張っている」とは「戦っている」とも言い換えられます。
良い成績を残すため、部活動に汗を流す。
憧れの学校に進学するため、受験に集中する。
好きな人を振り向かせるために、恋愛を頑張る。
憧れの会社で働くため、就職活動に励む。
少しでも認めてもらうよう、仕事を頑張る。
わが子が立派に育つように、子育てに奮闘する。
社会の荒波を力強く生きていくために、夫婦で協力する。
ようやく子育てが終わったと思えば、次にやってくるのは孫の世話。
孫の世話が終わったと思えば、次にやってくるのは病気です。
言い換えると、すべて「戦い」です。
戦いが終わったと思えば、また次の戦いです。
まさしく人生とは、戦いの連続です。
それぞれ戦いの種類が違うのは、それぞれ学ぶ内容が違うからです。
1つ1つの戦いを乗り越えるたびに、あなたは成長します。
あなたも今、何かに戦っているでしょう。
逃げようとしても、追いかけてくるでしょう。
逃げ切ったと思えば、別の形で戦いがやって来るでしょう。
立ち向かうのが宿命なのです。
人生とは戦いの連続だと覚悟して、立ち向かうしかありません。
むしろ戦っているのは、人生を充実して生きている証拠です。
一度きりの人生をどう生きるかは、あなたしだいです。
落ち込んでも、立ち直りましょう。
涙が出れば、拭けばいいのです。
腐ることなく前向きに立ち向かったほうが、良い結果が残せるでしょう。
夢に向かっていると「問題のある人」と言われるようになります。
性格や行動が、ほかの人と異なる点が多いため、周囲から変わった目で見られます。
周囲の人と溶け込もうとする社会性が乏しいため「社会性がないね。問題があるね」と非難されます。
特別な配慮や指導が必要だろうと思われ「問題のある人」と言われるのです。
もちろん罪を犯せと言っているのではありません。
誰かを傷つけたり騙したりする行為は、避けるべきです。
法に反することは、絶対にいけません。
そういう意味ではありません。
法を守りつつも、周りから問題のある人と言われるくらいの、奇抜な行動や発想が必要だということです。
問題を避ける生き方とは、誰もが当たり前だと思う発想や行動の範囲で生きているということです。
平凡な道を歩んでいるようでは、普通の人間しか育ちません。
誰もが当たり前だと思う発想や行動の範囲では、普通の人間で終わりです。
大きな夢を達成するためには、普通の生き方では無理です。
普通の生き方で大きな夢が叶えられるなら、誰も苦労しないのです。
誰もがなし得ないことをしようとするなら、誰からも理解されなくなって、当然です。
周りから笑われるようになれば、順調です。
スケールの大きな発想ほど、周りの人から「くだらないことを言い始めた」と言われます。
問題のある人として扱われ、冷たい目で見られて、笑われます。
大いに結構ではありませんか。
誰もができない発想は、誰も理解してくれません。
そうなれば、喜んでいいのです。
夢に向かって進むためには「問題のある人」と思われる覚悟が必要です。
時代を変えるのは、問題のある人です。
普通ではないから、普通ではない偉業が達成できるのです。
問題に直面した。
できるかぎりの手段を尽くした。
どれもうまくいかなかった。
「もうダメだ。万事休す。打つ手がなくなった」と諦めそうになる場面です。
仕方ない状況に思えますが、ここが運命の分かれ道です。
「打つ手がなくなった」と思うのは「打つ手は限られている」と思っているからです。
「打つ手は限られている」という考え方でいると、諦め癖がつきます。
すべての手段を試してうまくいかなければ「もうダメだ」と簡単に諦めてしまいます。
そこで諦めたら、もう終わりです。
「もうダメだ」とすぐ諦めると、可能性を放棄することになって、見つかる手段も見つからなくなります。
夢を叶えることも成功を実現することもできなくなります。
諦めない力を強くするためには「打つ手は限られている」という考え方をやめてください。
代わりに新しい別の考え方に切り替えましょう。
それが「打つ手は無限にある」です。
古い考え方は捨てて、新しい考え方を取り入れましょう。
「打つ手は限られている」から「打つ手は無限にある」という考え方に切り替え、しっかり身につけてください。
「打つ手は無限にある」と思えば、万策が尽きても、簡単に諦めることはなくなります。
打つ手が尽きても、勘違いと思うようになります。
打つ手が見つからなくても「まだ気づいていないだけ」と思うようになります。
「まだ終わっていない。どこかにまだ打つ手があるはずだ!」という思考になり、知恵を振り絞る力が強くなります。
試行錯誤を繰り返し、必死で考え抜くことで、思いもよらない手段や解決策が浮かんでくるのです。
結果として諦めない力が強くなります。
行き詰まった状況は、打つ手がないのではなく、まだ打つ手を見つけていないだけです。
打つ手はすぐ見つかるとは限りません。
隠れていて気づいていないだけです。
わかりにくくて見落としているだけです。
「打つ手は無限にある」という考え方を身につけてください。
当たり前の考え方としてしっかり定着させてください。
忘れそうなら、紙に太字で「打つ手は無限にある」と書いて、部屋の目立つところに張っておくといいでしょう。
毎日目にすることで自然と意識するようになり、無意識の奥まで浸透していきます。
「打つ手がない」と言われても「そんなはずはない。打つ手は無限にある」と強気のリアクションを返せるようになってください。
絶望的な状況でも、打つ手は無限にあると思えば、暗闇から一筋の光が見えてきます。
星が明るいところで輝くのは無理があります。
周りが明るいと、輝きが半減したり、見えなかったりします。
夜空に浮かぶ星は、なぜ美しいのでしょうか。
星は、真っ暗な中で輝くから美しいのです。
夜空が暗ければ暗いほど、星はきれいに輝けます。
周りが暗くて、孤独に見える星ほど、かえって明るさが目立ちます。
美しい星に見えるのです。
夜空に浮かぶ星を自分に置き換えてみましょう。
夢に向かった生活は明るくはありません。
少し暗い生活が続きます。
静かな時間が増えたり、地味な生活が続いたり、友人関係が希薄になったりです。
そうした暗さは夜空と同じです。
周りは暗くて寂しく見えますが、だからこそきれいに輝けます。
深い孤独が、明るい輝きへと変わります。
大物への条件が整いつつある証拠です。
思い出しましょう。
大物のことを、英語では「スター(STAR)」と言います。
つまり、星なのです。
自分の好きなことをやって食べていける生活は、普通、うらやましがられるものです。
多くの人から「いいなあ。うらやましいな」と、評価されたりたたえられたりします。
その対照的は、恥です。
恥をかくと、夢から遠ざかるのではないかと考えがちです。
たしかに恥は、誰でも避けたいと思います。
人から侮辱されたり笑われたりするのは、気持ちのいいことではありません。
しかし、恥をかかない人生とは、レールに沿った生き方です。
世間体や、見栄えがよく、良い子ちゃんの生き方です。
恥を避けた生き方を心がけるなら、一切の挑戦はできなくなります。
失敗するかもしれないと思うと、行動力が乏しくなります。
受け身になったり、見ているだけになったりするだけです。
新しいことに挑戦ができないと、本当に大切なことを学べませんし、成長もできません。
恥を避けて、夢を実現できた人はいません。
夢を実現できる人は、恥を恐れない人です。
恥をかかなければ、やりたいことはできません。
やりたいことをやるためには、恥が必要です。
他の人が避けるような恥をかいて、他の人が得られない学びをどんどん得ていくのです。
誰もが恥を避けようとするからこそ、恥をかきに行こうとする人は、人並み以上に成長します。
夢の実現が、加速するのです。
一般的に恥をかくと、かっこ悪いものです。
人から笑われたり見下されたりする姿は、滑稽です。
たしかに恥が多い人生を喜ぶ人は、少ないでしょう。
しかし、人生では、多かれ少なかれ、恥をかきます。
しかも夢に向かうほど、恥をたくさん経験することになります。
恥をかかなければ、やりたいことはできません。
やりたいことをやるためには、恥が必要です。
誰もが恥を避けようとするからこそ、恥をかきに行こうとする人は、人並み以上に成長します。
早く夢に近づけます。
しかし、かっこ悪いと思える恥も、一瞬で体裁を整えられる方法があります。
開き直りです。
恥をかいて赤面すれば、隠したりごまかしたりしようとせず、開き直ってしまうのです。
恥をかいた姿も、開き直ってしまえば、体裁が整います。
「笑われている」から「笑わせている」に変わります。
格好がつくのです。
タレントの入れ替わりが激しいテレビ業界で、長く生き残り続けられる芸能人がいます。
長く生き残り続けられる芸能人は、恥をかいて、開き直る人です。
何かに挑戦したとき、成功すればかっこいいですが、失敗しても開き直るため、体裁が整います。
どんなことでも体裁が整うからから、たくさんの出演依頼が舞い込み、人気が長く続くのです。
人生は、車と同じです。
アクセルは思いきり踏んでいるのに、車がまったく前に進んでくれません。
エンジンはかかっていますし、車の異常はありません。
アクセルの機能が壊れているかのようです。
単純なミスが原因でした。
アクセルのつもりで踏んでいたペダルは、実はブレーキのペダルだったのです。
ブレーキを踏んでいるなら、前に進まなくて当然です。
力を入れるべきポイントが、少しずれているのです。
自分の夢が実現しない理由も、こうした理由の場合が多いのです。
アクセルだと思って踏んでいるペダルは、実はブレーキではありませんか。
「夢があります」と言いながら、実際、頭の中では正反対を考えていることがあります。
「お金がありません。失敗が怖いです。恥ずかしいです」と、夢の実現を妨げることばかり考えています。
力を入れるべきポイントが、少しずれているのです。
実現に向けたことをしているつもりでも、実際は、実現しない言い訳ばかりをしている状態です。
アクセルとブレーキの踏み間違いと同じなのです。
いま一度、落ち着いて、力を入れるべきポイントを再確認しましょう。
力を入れるべきは、ブレーキではなく、アクセルです。
すなわち、力を入れるべきは「行動しない言い訳」ではなく「行動する言い訳」です。
「行動する言い訳」に力を入れるとき、ようやく前に進み始めるのです。
人間には、素晴らしい能力が備わっています。
思ったことを実現させてしまう能力です。
どんな思いであろうと、本当に心から強く思うことができれば、必ず実現します。
たとえば「理想の生活があるけれど、叶うわけがないよね」と思う人は、本当に叶いません。
「叶うわけがない」という願いが、叶っています。
思ったとおりのことが、実現しています。
「理想の生活がある。きっと叶うよね」と思うだけでも、まだ足りません。
先ほどより前向きな表現ですが、詰めが甘いです。
「きっと」という半信半疑の表現が含まれています。
心の内で「叶わないかもしれない」という本音があるため、疑いのとおり、夢が叶いません。
もっと断定した強い思いを抱くことが必要です。
「夢がある。必ず実現する。実現しないはずがない」です。
一切の疑いもなく、心の底から、完全に信じてしまうのです。
本当に叶うことを信じ切ることができれば、必ず叶います。
夢に向けた行動が当たり前になるため、日々、理想の実現に向けた行動をするようになります。
努力も苦労も恥もあって、当たり前と思えるようになります。
失敗しても、諦めないのが当たり前になります。
本当に思いを強く抱けば、夢に向かった行動が繰り返されます。
時間はかかりますが、ゆっくり理想に近づけます。
その結果、本当に叶うのです。
私たちは、この素晴らしい能力を、もっと活用すべきです。
素晴らしい能力があるにもかかわらず、活用しないのは、宝の持ち腐れです。
思い描いた理想のとおりになります。
思いは、必ず実現するのです。
「なんて高額な商品なのだろう。貧乏人にとっては夢の買い物」
「このサービスは値段が高すぎる。利用したいけど手が出ない」
高額の費用がかかることを嘆く人がいます。
商品にせよサービスにせよ、価格が高いものは安易に手が出せません。
「値段が高いなあ、お金がかかるなあ」と嘆くところではないでしょうか。
経済的余裕がない人にとってはなおさらです。
しかし、それは贅沢な悩みです。
お金がかかることに不満があるとき、ちょっと考え方を変えてみてください。
お金がかかることを嘆くのではありません。
お金さえあれば実現できることを喜ぶのです。
「海外旅行はお金がかかる」と嘆かないことです。
一昔前は海外旅行をしようにも不可能でした。
航海技術が未熟であったり飛行機が存在していなかったりなど「海外旅行は夢物語」という時代がありましたが、今は違います。
今はお金さえあれば、海外旅行に行けてしまう時代です。
お金さあれば、地球の裏側に旅行することすら可能になりました。
海外旅行にはお金がかかりますが、お金さえあれば実現できるだけありがたいと思うことです。
「パティシエのケーキは高い」と嘆かないことです。
一昔前はパティシエのケーキどころか、普通のケーキすらありませんでした。
今はお金さえあれば、普通のケーキはもちろん、パティシエのケーキも楽しめる時代です。
お金はかかりますが、お金さえあれば実現できるだけありがたいと思うことです。
「パソコンが高くて買えない」と嘆かないことです。
昔は、パソコンどころか、パソコン自体がありませんでした。
いくらお金があろうと、世界一のお金持ちになろうと、パソコンがない時代にはどうすることもできません。
パソコンの購入にまとまったお金は必要ですが、逆に考えると、まとまったお金さえあれば手に入るのですからラッキーな時代です。
たくさんのお金がかかるのは経済的に厳しいことかもしれませんが、お金さえあれば実現できるだけありがたいと思うことです。
そしてそれが実現できるようなった今の時代を喜ぶことです。
お金は、夢を叶える道具です。
不便を減らしたり便利を増やしたりできます。
現代は物やサービスにあふれた時代となり、お金で実現できることが増えました。
お金ですべてを実現できるわけではありませんが、ほとんどのことを実現できてしまうでしょう。
お金がかかることを嘆くより、お金さえ出せば実現できることを喜んだほうが、豊かな生活を実現できます。
大きな悩みに思えますが、お金さえ出せば実現できるだけありがたいと思うことです。
お金がかかるのは、大きな問題ではないのです。
感動を味わうためには、2面性が必要です。
片方だけではなく、両方を知ることで、初めてバランスが取れます。
明るいからこそ、闇の恐ろしさを知ることができます。
真っ暗な闇の中だからこそ、光の感動を知ることができます。
これが2面性です。
まだまだあります。
絶望を経験するからこそ、希望の大切さがよくわかります。
希望のある人生だからこそ、絶望の恐怖を感じます。
孤独を感じるからこそ、人の心の温かさに感謝できます。
多くの人の中にいるからこそ、孤独の大切さも知ることができます。
知らないことがあるから、わかったときの喜びを知ります。
わかることが多くなればなるほど、知らないことが貴重に思えてきます。
人生は、2面性なのです。
成功と失敗があるのではありません。
成功も失敗も、どちらも貴重な体験です。
両方を知ることで、人生をより深く味わえます。
挑戦という意味では、成功も失敗も、どちらも同じなのです。
自分の成長につながる経験です。
たくさん経験するに超したことはありません。
たくさん経験ができるほど、さまざまなことが味わえます。
たくさん経験できることは、人生を豊かに生きることです。
挑戦あるのみです。
希望も絶望も、感動も失望も、成功も失敗も、どちらも必要なのです。
スランプになったら喜んでください。
スランプになるのは名誉なことです。
立派なことであり、幸せなことです。
スランプとは、一時的に調子が出ない状態のことをいいます。
これまでは努力量に応じてスキルが伸びたり結果が出たりしていましたが、スランプになると、それが止まります。
階段の踊り場のようなものです。
成長曲線が急に平坦になり、ほとんど伸びがなくなります。
停滞の状態が続き、限界に達したような錯覚を覚えるでしょう。
大きな壁にぶち当たったように感じて「本当に超えることができるのだろうか」と悩みます。
どれだけやっても、スキルが伸びなかったり結果が出なかったりして思い悩むことになるのです。
しかし、ここで気づいてほしいことがあります。
本来、スランプになれるのは喜ばしいことです。
スランプにすら行き着くことなく終わる人が大勢いるからです。
世の中を見てください。
スランプにすら行き着くことなく終わる人が大勢います。
途中で飽きてやめてしまったり、少しでもつまずくと簡単に諦めたりします。
全体の7割がスランプに行き着くことなく終わります。
大げさな数字ではありません。
これが現実です。
スランプになったということは「上位3割に入っている」ということです。
これを喜ばしいと言わずして何と言うのでしょう。
スランプになった時点で優秀です。
選ばれし者だけが経験できる世界です。
成長が停滞していて厳しい状況かもしれませんが、まずそこまで到達できたことを誇らしく思ってください。
自分の継続的な努力に自信を持ってください。
スランプになったら「ついに上位3割まで来ることができた」ということです。
「日頃の成果が出ているね」と万歳しましょう。
スランプになるのは喜ばしいことなのです。
スランプになると慌てますが、落ち着いてください。
スランプは、成長過程では必ず起こることです。
成長のプロセスの一部です。
ある意味で「順調」と言えます。
順調な成長過程をたどっている証拠だからです。
スランプになったら「スランプ祝い」をしましょう。
めでたいのは事実ですから、何か祝っておくほうがいいでしょう。
個人的に祝うのも良し。
みんなで祝うのも良し。
スランプになったら喜んでください。
「上位3割に入った。努力してきた証拠だね。これからも可能性があるね」と考えることです。
1つ言えることがあります。
「いつかスランプを抜け出せる日がやってくる」ということです。
永遠にスランプが続くことはありません。
普段どおり、淡々と仕事をこなしましょう。
ペースは落としてもいいので、やるべきことを淡々と続けましょう。
成長が止まったように感じていても、諦めず前に向かっていれば、いつか脱する日がやってきます。
世の中には、部屋に引きこもることに対して、よくない印象があります。
現実の人間関係から距離を置き、自宅や自室に長期間引きこもってばかりの人です。
たしかにいつまでも親の援助に頼ってばかりは良くありません。
学校を卒業すれば、社会人です。
社会人になれば、自分で仕事をして稼ぐことが必要です。
しかし、社会人とはいえ、外に出て、会社に通う必要はありません。
自分の力で稼いでいる状態なら、部屋に引きこもることは、悪いことではありません。
驚くべきは「部屋に引きこもれる」という事実です。
部屋に引きこもることができるのは、もはや才能です。
世の中には、部屋に閉じこもれない人もいます。
部屋でじっとしていると、不安が大きくなり、気が狂ってしまう人もいます。
人と会話がないと、寂しくて涙が止まらない人もいます。
人間関係を絶っていても平常心でいられるのは、すごいです。
誰でも簡単に真似できることではありません。
それは、障害ではありません。
才能です。
世の中にはさまざまな人がいます。
自分の性格や素質に合わせて、仕事をすればいいのです。
外に出たくなければ、部屋で引きこもってできる仕事をすればいいだけです。
世間の偏見に振り回されないことです。
時代は変わりました。
今は、インターネットがある時代です。
インターネットがあれば、世界を相手に仕事ができます。
コミュニケーションが苦手なら、メールを使えばいいのです。
世の中には、部屋に引きこもっているにもかかわらず、大きな仕事でしっかり稼いでいる人がいます。
自分の力で仕事をして、収入さえあれば、堂々としていいのです。
部屋に引きこもっていても、立派なビジネスパーソンです。
自分の信じる道を歩んでいると、ある日、壁にぶつかります。
壁は壁です。
どうやら、これ以上先には進めないようです。
「ここが限界か。引き返して、別の道を歩むしかないのか」と、諦めそうになります。
分厚くて高い壁が立ちはだかっていると、どうしようもありません。
しかし、ちょっと待ってください。
本当に壁でしょうか。
壁に見えるからとはいえ、必ずしも壁とは限りません。
「ドアにはドアノブがある」という先入観がありませんか。
とんでもありません。
壁に見えて、実はドアなのです。
世の中には、ドアには見えない壁が、たくさん存在しています。
ドアノブがないから、壁に見えるだけです。
自分の力で、ドアノブをつくってみましょう。
力を加えると、壁は、がらがらと開きます。
それだけです。
ほとんどの人が、壁を見て、すぐ諦めます。
行き詰まって、諦めるのではありません。
「壁に見えるけれど、実はドアノブのないドアなのだろう」と思って、可能性を信じるのです。
世の中にあるほとんどの壁は、実はドアノブのないドアばかりです。
諦めずに工夫すれば、たいていは開くようになっているのです。
夢に向かう道は、必ずしも明るく照らされているとは限りません。
薄暗い道もあるでしょう。
中には、真っ暗な道も存在します。
明かりが1つもない、何も見えない道です。
進もうとしている道が、本当に道なのかさえ、わかりません。
見えないと、対処できないと思うでしょう。
真っ暗な道は、進みようがないと思われます。
しかし、進むことができるのです。
真っ暗で何も見えないときは、手探りです。
手を前にやりながら、抜き足、差し足、忍び足で、ゆっくり進みます。
体全身の神経を研ぎ澄ませます。
感覚や勘を頼りにしながら、ゆっくり進んでいきましょう。
手探りをしていけば、たとえ真っ暗な道でも、危険ではありません。
進むスピードこそ、速くはありませんが、着実かつ安全に進めます。
できるだけ、そこら中を歩き回ってみましょう。
いろいろなところの可能性を、探ってみます。
しばらくすると、陰に隠れていたほのかな明かりを発見するでしょう。
次の新しい道が、明るく見えてくるのです。
短距離走で最も注目が集まるのは、やはりいちばんでゴールした人です。
最も足が速い選手が、最も目立ちます。
最も注目が集まります。
短距離走に限らず、マラソンのような長距離でも同じです。
しかし、まれに、いちばんでゴールした人より、注目が集まる場合があります。
走っている途中、つまずいて転んだ選手が出たときです。
速く走っているほど、勢いがあるので、激しく転んでしまいます。
痛みで苦しそうです。
その瞬間、どよめきが起こり、いちばんで走っている人より、注目が集まります。
つまずいて転んだときは、注目を集めるチャンスです。
転んでも、起き上がり、もう一度走り始めるのです。
たとえいちばんになれなくても、諦めずに走り始めると、多くの人から「頑張れ!」と応援されます。
その姿に感動します。
カメラは、いちばんより、転んだ人に向けられます。
いちばんでゴールした人より、かっこいいのです。
野球の中継を見ていると、三振でアウトになるケースがあります。
三振で悔しがる様子を見ていると、あるパターンに気づきます。
選手がくよくよ悔しがるのは、空振り三振のときではありません。
思いきりバットを振って球が当たらなかったときは「仕方ない。やられた」という表情をします。
残念そうですが、不思議と足取りは軽い。
「やるだけのことはやった」という納得のいく表情があり、さっと気持ちを切り替える様子が見られます。
本当に悔しがっているのは、見逃し三振のときです。
見逃して三振になった後、バッターは不満げな表情を浮かべます。
顔をかしげて、納得のいかない、悔しそうな表情をするのです。
「こんなことなら思いきりバットを振っておくべきだった……」
そんな心の声が聞こえてきます。
悔しい気持ちを引きずっていて、なかなか気持ちを切り替えられないでいるのです。
人生でも同じです。
チャンスが急にやってきたとき、どうするかです。
いけると思うことでも、うまくいく保証はありません。
しかし、たとえうまくいかなくても、行動すれば悔いはありません。
空振り三振でも「やるだけのことはやった」という達成感があります。
「アクションは起こした」という事実が残るので、結果は出せなくても、最低限、自分の行動に納得できます。
納得できないのは、チャンスを見過ごしてしまったときです。
失敗を恐れて行動できなかったとき、悔いが残ります。
「こんなことなら、思いきって行動するべきだった」と、行動しなかった自分を悔しがるのです。
野球は、人生を語っているのです。
起き上がりこぼしを、知っていますか。
傾けたり倒れたりしても、すぐ起き上がるようにした、だるまなどの形をした日本のおもちゃです。
すぐ起き上がる秘密は、重りです。
人形の底に重りがあるため、傾いたり倒れたりしても、すぐ垂直に起き上がるのです。
何度倒しても、すぐ起き上がります。
起き上がる様子が面白いなあと、のんきに見ている場合ではありません。
この起き上がりこぼしの動きは、まさに夢を追いかける人の理想なのです。
何度失敗しても屈せず、奮起して立ち上がります。
何度倒れても、すぐ起き上がる精神を学ぶのです。
子ども向けのおもちゃですが、見方によっては、大人向けでもあります。
深い意味が込められたおもちゃです。
夢に挫折しそうになったら、起き上がりこぼしを思い出しましょう。
起き上がりこぼしを見ていると、元気が出てきます。
忘れかけていた大切な生き方を、思い出させてくれるのです。
自分の夢に向かっていると、周りの人から、ある言葉をかけられるようになります。
「変な人」です。
自分が仲間外れにされているようです。
少し侮辱されているようにも聞こえます。
だんだん不安になりますね。
大丈夫です。
夢に向かっている姿が、ほかの人から見て、変な様子に見えるだけです。
「変な人」と言われるのは、きちんと夢に進めている証拠です。
それだけ、ほかの人とは差をつけることができています。
夢のない人に、夢のある人の気持ちはわかりません。
「理解されなくてもいい。変な人だと言われてもいい」という覚悟が大切です。
その覚悟があれば、夢に向かうスピードがますます速くなります。
理解されなくても、勇気を持って歩み続けることです。
むしろ「もっと変な人になってやろう」と思うくらい、必死になりましょう。
「変な人」というのは「普通の人との違いが、どんどん大きくなっている」ということです。
どんどん夢に近づいています。
両手を上げて万歳です。
その調子で進んでいけばいいのです。
「変な人」と言われることは、不快ではなく、快感なのです。
夢に向かって全力で突き進んでいると、周りの人から、意外な批判をされることがあります。
「何もしていないね」です。
心外な言葉です。
自分としては、夢に向かって全力を出しているつもりですが、周りからは止まっているように見えるのです。
大丈夫です。
そういうものです。
高速で回転しているプロペラと同じです。
ヘリコプターのプロペラが高速で回転すると、動きが目で追えなくなります。
消える、もしくは止まっているように見えます。
同じ状態です。
「何もしていないじゃないか」と言われるのは、かなりのスピードで行動できている証拠です。
もはや相手からは、動きが目で追えなくなっています。
むしろ「行動できているね」と言われるほうが、良くありません。
プロペラのときと同様、中途半端な勢いのときは、動きがよく見えます。
「よく行動しているね」と言われているうちは、まだまだです。
「何もしていないね」と言われるまで、もっと量やスピードを意識して、行動しましょう。
周りから見て、消えたり止まっていたりする様子に見えるくらいで、ちょうどいいのです。
夢に向かって頑張っていると「ある不快な一言」を言われることがあります。
「うさんくさい」です。
うさんくさいとは「どことなく怪しくて疑わしい印象がある」という意味です。
少なくとも気持ちのいい一言ではありません。
詐欺を働くつもりはなく、真面目に取り組んでいることを「うさんくさい」と言われたら、誰でもむっとするでしょう。
信用されないと、否定されているように感じます。
残念な気持ちになって、落ち込んだり悲しんだりする人もいるでしょう。
ばかにされたように感じ、もやもやした気持ちに苦しむことも多いはずです。
しかし、安心してください。
あらゆる成功は「うさんくさい」と言われる道を通ります。
成功者も、うまくいく前は「うさんくさい人」と言われていました。
大企業も、小さな会社だったころは「うさんくさい会社」と言われていました。
優れた商品も、ヒットする前は「うさんくさい商品」と言われていました。
社会的に十分認知される前は「うさんくさい」と言われるオンパレードです。
どんな成功も、一度は「うさんくさい」と言われる道を通るのが宿命なのです。
「うさんくさい」と言われたら、喜ぶことです。
悪口ではなく、褒め言葉です。
「どことなく怪しくて疑わしい印象がある」という意味ですが、少なくとも「注目には値する」と認められています。
まだ実績と信用が足りていないだけです。
大きな特徴があって目立っていますが、まだ社会的認知が不足しています。
「うさんくさい」と言われたら、むっとせず、そのまま努力を継続しましょう。
めげず、腐らず、諦めない。
自分がやるべきことにひたすら集中です。
こつこつ実績を積み上げ、少しずつ信用を高めていきましょう。
信用を積み上げるには時間がかかります。
「うさんくさい」という声が大きくなったら、耳をふさげばいいことです。
真面目に取り組んでいる自負があるなら、調子よく進んでいると判断してOKです。
あまり深く執着せず、そのままの調子で進めていきましょう。
うさんくさいことに実績と信用が加われば、いずれ「うさんくさい」と言われなくなります。
社会的認知は、ある一線を越えたときから、爆発的に広がります。
うさんくさいと言われていたころを懐かしくさえ思うでしょう。
「うさんくさい」と言われるのは、成功に向けて「順調」という証しなのです。
夢の実現には、1人になる時間が必要です。
1人で考えたり行動したりするからこそ、得られる学びや成長が独り占めできます。
成長が促されます。
さて、1人の時間が大切にしようとするとき、よく起こりやすい過ちがあります。
「孤独」のつもりが「孤立」になるケースです。
孤独と孤立は、意味が似ていますが、違います。
孤独とは何でしょうか。
孤独とは、志などを同じくする人や精神的つながりのある人がいなくて、1人になることです。
決して人間関係を絶とうとしているわけではありません。
志や精神レベルの違いなどから、仕方なく1人になってしまう状態です。
孤立とは何でしょうか。
孤立とは、人間関係から離れて助けもなく、1人だけ存在することです。
人とのつながりを嫌がり、やみくもに人間関係から距離を置いている状態です。
1人になる点は同じですが、原因やプロセスが違うのです。
夢の実現に必要なのは、孤立ではなく、孤独です。
夢を追いかけるときの1人の時間は、学びや成長があり、有意義な時間が過ごせます。
気をつけたいのは、孤立です。
とにかく1人にさえなればいいと思い込み、やみくもに人間関係を切ろうとするのはNGです。
1人の時間は必要ですが、完全に人間関係を絶つのはやりすぎです。
それは孤独ではなく、孤立です。
1人の力での実現には、限界があります。
本当に1人だけの状態になると、人からの助けが得られなくなります。
夢の実現には、多くの人の力が必要です。
多くの人間関係を大切にすることで、多くの協力が得られ、夢が実現できるのです。
雨の日に飛行機に乗ると、いつも驚かされることがあります。
雨の日は、分厚くて黒い雲が、空に浮かんでいます。
飛行機が離陸して雲に近づくにつれて、雨や風も強くなり、飛行機がよく揺れるようになります。
「大丈夫かな。墜落しないかな」と不安になります。
しかし、分厚い雲を突き抜けた瞬間、驚きの光景が広がります。
大雨を降らせていた、分厚い雲の上には、雲1つない美しい晴天が広がっているのです。
一転して飛行機の揺れが収まり、安定飛行になります。
美しい世界で、天国にいるかのようです。
夢に向かう人生も、これと同じです。
夢に向かうほど、風当たりが強くなります。
世間からの反発や中傷などが、ひどくなります。
「やめたほうがいいのではないか」と、諦めそうになることもあるでしょう。
もっと近づくのです。
もっともっと近づいて、貫くのです。
貫いたとき、景色が一転します。
どんなに分厚い雲でも、雲の上には晴天が広がっているように、どんなに風当たりのひどい夢でも、貫けば風当たりがなくなります。
世間において、出る杭は打たれやすくなりますが、出すぎた杭は打たれなくなります。
そうなるくらいまで、夢を貫くことが大切です。
風当たりが強いから、逃げるのではありません。
風当たりがあるなら、なくなるまで、貫くのです。
夢に向かって、努力する日々を繰り返します。
スタートし始めた瞬間は、大勢の人がいて、競争も激しい状態です。
同じ夢に向かう人が多く、競争も対立も、ひしめき合います。
競争や対立もあると、なおさら力を消耗します。
いくら走っても、なかなか実現しません。
しばらくすると「疲れた。限界だ。もう諦めよう」と思い、数人が棄権し始めます。
なかなか結果が出ない状態が続けば、諦める人も出てきて当然です。
しかし、そうなってからが、正念場です。
人生は、意地悪です。
人生はわざと、なかなか結果が出ない状況をつくります。
走る本人の気持ちが、どれだけ熱いのか、確かめているのです。
諦めず、走り続けるのです。
疲れて立ち止まることはあっても、体力が回復すれば、また走り続けます。
ゆっくり走るため、最後尾になってしまうかもしれません。
最後尾になってもいいですから、走り続けます。
そうしているうちに、多くの人が次々と棄権します。
すると、奇跡が起こります。
気づけば、自分だけが走っている状態になるのです。
最後尾でしたが、いきなりトップランナーです。
ほかに走っている人もいなくなれば、競争がない状態になります。
人生でトップランナーになる人は、足が速い人ではありません。
走り続けた人です。
足が遅くてもいいので、諦めずに前に進み続けることが大切なのです。
あるところに、金塊を掘り当てる夢を持つ人がいました。
事前に慎重な調査をして、金塊のある場所を突き止めました。
その場所を、毎日かかさず、一生懸命に穴を掘りました。
しかし、いくら掘っても、何も出てきません。
「おかしいな。場所は間違いないはずなのに」
毎日諦めずに掘り続けますが、一向に何も出てきません。
1年がたち、3年がたち、5年がたちました。
さすがにこれだけ掘っても出てこないのは、変です。
不安になります。
「場所が間違っているのだろうか」
それでも彼は、諦めずに、掘り続けました。
ついに10年も経ちました。
10年経っても、まだダメでした。
ずいぶん年を重ねました。
白髪も増え、しわも増えました。
自分の生き方に、自信がなくなりそうです。
なんとそれでも、彼はまだ諦めませんでした。
10年と1日目のことです。
「かつん」
スコップの先に、妙な手応えを感じました。
金塊です。
10年と1日目にして、ようやく金塊を彫り上げることができました。
長年の苦労がようやく報われ、その日を境に大金持ちです。
人生が、一転しました。
努力が報われるのは、じわじわではありません。
ある日、突然です。
金塊を掘り当てるかのように、ある日突然報われ、人生が一転します。
夢に向かう道が間違いなければ、自分を信じて、諦めずに掘り続けることです。
3年でも5年でも、諦めずに続けます。
最低でも、10年は続けることです。
10年と1日目に、奇跡が起こるのです。