あなたにとって「夢」と言えば、どのようなイメージがあるでしょうか。
大きな家を持ちたい。
大金持ちになりたい。
人が考える夢でなければ、何が夢で、どうすればいいのでしょうか。
「自分のためにも、他人のためにもなる夢」です。
一方がダメなら、両方を叶える夢ならいい。
「なりたい自分になる」
成功哲学の本では、よく見かける言葉です。
なりたい自分になるために、自分の性格や個性を変えようというものです。
「私の夢は、本当に自分を生かしている夢だろうか」
「今、歩んでいる道は、本当に正しい道なのだろうか」
夢を語るうえで避けられない課題は「迷い」です。
「プラス思考になろう」と考える人は、マイナス思考の人が考えることです。
本当にプラス思考なら、すでになっていますから「プラス思考になろう」とは考えないからです。
「プラス思考になろう」と考えるのは、今マイナス思考だから、考えようとします。
正しい夢の道に進んでいると「こんなにうまくいっていいのか」と思う現象が、次々と起こり始めます。
話がうまく進みすぎて、逆に不安になるくらいです。
そもそも自分が持ち合わせている天分を生かしているので、実現がスムーズになって当然です。
サンタクロースといえば、クリスマスの前夜にプレゼントを運んでくれる伝説上の老人です。
赤い服に白いひげのおじいさんが、大きな袋を持って、トナカイが引くソリに乗ってやってくるシーンが印象的ですね。
しかし、伝説上の人物ですから、現実の世界に実在するわけではありません。
夢が叶わない理由は、さまざまです。
お金がない。
場所が悪い。
私たちが夢を見るときには、眠っているときに夢を見ます。
目をつぶっている状態です。
しかし、夢を見たいから目をつぶる睡眠とは違い、現実の夢実現まで目をつぶっていては大変です。
人間には「未来を思い描く」という素晴らしい力があります。
未来に起こる出来事を予想したり、こうなればいいなと思う出来事を想像したりします。
頭で思い描いた出来事は、高い確率で実現します。
「成功を想像すれば現実になる」
成功哲学には、決まって登場する言葉です。
一種の決まり文句のようなものです。
私たちは、生きている今「目に見えているものが現実で、見えないものは幻想だ」と思っています。
そう思うのも、無理はありません。
見えるものは目で存在していることを確認できますから、容易に信じることができます。
私たち社会生活を大きく分けると、4つの活動に分類されます。
(1)緊急であり、大切なこと
(2)緊急であり、大切でないこと
私は幼いころ、長生きができるのは幸せなことだと思っていました。
しかし、それは場合によります。
長く生きられれば、孫の顔を見ることができ、嬉しいことや楽しいことなどがたくさんあります。
私は今、この瞬間がいちばん幸せです。
そうなるような夢を掲げていますし、そうなるような工夫を凝らしています。
本を書くために多くの書物を読んだり、多くの経験をしたりして、教養を身につけます。
多くの人が、我慢しながら頑張らないと夢の達成ができないと思い、励んでいます。
だから達成できません。
プロのスポーツ選手ほど、プレーを心から楽しんでいます。
夢を達成するためには、ほかの人と同じことをしているうちは達成できません。
ほかの人と違うことをしているから、ほかの人と差がついていきます。
当たり前のことですが、いま一度、心に留めましょう。
私は年間、最低30冊の本を書くことを目標として設定しています。
「最低30冊」は、余裕のある目標です。
年間52週間あり、1週間に1冊でも、52冊は書けます。
夢が達成できる人には、病的なまでの「書き癖」があります。
書く目的は、さまざまです。
・初心を忘れないため
大きな夢を持ち、達成することが必ずしも素晴らしいとは限りません。
もちろん大きな夢を否定しているわけではありません。
結果として、金メダルや世界一などの夢が達成できていれば、素晴らしいことです。
生まれつき、障害を持つ人がいます。
盲目の人は、目が見えないため、生活に不便が生じます。
しかし、目が見えない状態を生かせば、見えない目だからこそ、人生の本質が見えるようになり、生活が豊かになります。
どんな夢でもそうですが、ある程度上達すれば、社会や人のために役立てられないか考えるようにしましょう。
もちろん初めは、自分が楽しむことが大切です。
しかし、上達もある域まで達すれば、積極的に人に喜んでもらえるように、工夫してみましょう。
私の夢が実現し始めたのは、行動してからでした。
夢を描いていたのは昔からでしたが、なかなか思うように実現することはありませんでした。
しかし、今なら、なぜあのとき実現しなかったのかがよくわかります。
夢の始まりは、ほとんどの場合、1人でスタートします。
そのときの名残があるせいか、大半の人が、そのまま1人で夢を実現させようとします。
もちろん1人のほうが気楽で集中できるからという理由もあるでしょう。
夢の実現には、人の協力が必要です。
1人で実現する夢もありますが、人生という限られた時間内で実現させるのは、難しいことです。
しかし、仲間を集め、仕事を任せるシステムをつくると、夢の実現が早くなります。
不幸だと思っているほとんどは、勘違いから生まれます。
恨みや憎しみや痛みが伴っているので、つらくて不幸な出来事だと思っているだけです。
起こった出来事の奥まで探れば、むしろ貴重な体験・経験・宝であることに気づきます。
夢を語ったとき否定されることはありませんか。
「どうせ無理だよ」
「できないに決まっている」
「ローマは一日にして成らず」という格言があります。
ローマは、中世ヨーロッパのローマ帝国の中心都市として栄えました。
世界的に有名な芸術的建造物も、数多く存在します。
人の一生とは、キャンドルのようなものです。
キャンドルをちびちびと削りながら、光をともし、自分と周りを明るく照らします。
1本のキャンドルの光は小さくても、2本3本と重なれば、強く大きな光になります。
気づけば、この世に存在していた自分がいます。
私は、自分で自分を作ったわけではありません。
自分の肉体は、借り物です。
あなたにとって「夢」と言えば、どのようなイメージがあるでしょうか。
大きな家を持ちたい。
大金持ちになりたい。
最新の車を持ちたい。
夢といえば、こうした私利私欲を実現する願いを思い浮かべるのではないでしょうか。
こうした夢のことを「欲望の夢」と言います。
自分のことしか考えておらず、自分の欲求を満たすことが夢の原動力であり、目的になっているからです。
逆に、他人に喜ばれる夢があります。
いわゆる「奉仕の夢」です。
他人にありがとうと感謝されるために実行する夢です。
一見すると、素晴らしい夢であるように思えます。
人に喜んでもらいますから、これでいいではないかと思いますね。
しかし、思わぬ落とし穴があります。
他人に感謝されるために、自分の人生・家族・友人関係・財産・時間などを犠牲にしている場合が多い。
往々にして、失ってからでは遅いものを犠牲にします。
何かを犠牲にしてまで人に感謝されるのは、プラス・マイナス・ゼロです。
いえ、失ってからでは遅いものを失うのですからマイナスのほうが大きいのではないでしょうか。
自分が不幸になる代わりに、他人を幸せにするのは、プラスになっていません。
結論を申し上げますと「欲望の夢」も「奉仕の夢」も、どちらも抱いてはいけない夢です。
あえて、抱いてはいけない夢と断言させていただきます。
想像してみましょう。
自分の欲求を追い求めた夢の結果は、どうなるでしょうか。
また自分の生活を犠牲にして、奉仕のためだけに生きる夢の結果はどうなるでしょうか。
どちらに向かうとしても、夢の最終地点は「よくない結果」が待ち受けています。
こうした夢を追いかけたばかりに、不幸になっていった人たちをたくさん知っています。
「人の夢」と書いて「儚い(はかない)」と書きます。
人が考える夢は、自分のためにしろ、他人のためにしろ、偏りがあり不完全です。
これまでの成功哲学では「欲望の夢」であるか、あるいは「奉仕の夢」かのどちらかでした。
しかし、どちらにしても、バランスが悪くなります。
自分のことばかり考えていれば自己中心的になります。
逆に、他人のことばかり考えていると「灯台下暗し」のように、自分の生活が不安定になります。
さて、人が考える夢でなければ、何が本当の夢で、どうすればいいのでしょうか。
答えは、次の項目で明かすことにしましょう。
人が考える夢でなければ、何が夢で、どうすればいいのでしょうか。
「自分のためにも、他人のためにもなる夢」です。
一方がダメなら、両方を叶える夢ならいい。
偏りがないので、バランスが取れています。
それはもはや、人が考える夢ではありません。
そもそも自分に与えられている素質・素材を最大限に生かしきります。
あなたには、生まれつき、持ち合わせている天分があります。
それらの天分を最大限に生かしきる生き方こそ、本当の夢です。
「先天的な要素」だけでなく「後天的な要素」もすべて含みます。
数を上げれば切りがありません。
あなただから経験できていること、持ち合わせている資質があるはずです。
いじめにあった経験、大きな病気に悩んでいる日常、つらい過去があるといった後天的なことも、すべて生かせばいい。
自分が体験しているすべての出来事を最大限に生かしきるとき「光」になります。
いじめにあったとしても、いじめにあっているからこそ、感じることがあります。
盲目の人は、目が見えないからこそ、見えるものがあります。
耳が聞こえない人は、聞こえないからこそ、聞こえるものがあります。
ただ、それを生かせばいい。
いいこと・悪いことは、あまり考えないでください。
生かす方向に考えれば、どんな状態もすべて光になります。
そういう環境・経験・状態のあなただからこそ、できることがあるはずです。
それを行い、最大限に生かしきればいい。
自分が持っている素質、自分が体験した過去の経験すべてを、生かしきるような生き方をします。
自分が輝き、他人のためになります。
自分を生かしきる生き方なら、自分は喜びに満ちあふれ、また同時に他人のためにもなります。
そこには、マイナスが1つもありません。
自他ともに、プラスしかありません。
私は今、自分を最大限に生かしきった生き方をしています。
人として生まれ、日本人として育ち、長男であること、家族構成などをはじめとした先天的な要素を最大限に生かしています。
生まれ育った環境、過去におけるすべての経験という後天的要素も、すべて生かしています。
結果として、今、ここで、私は文章を書いています。
そうすることで、私が喜び、読んでくれた人に勇気を与えることができます。
どんなにつらい過去も、人のためになれば「して良かったな」と思います。
悪運も幸運に変えることができます。
つらい経験も生かされれば、経験したかいがあります。
あなたは、あなたを最大限に生かしきればいい。
今すぐ輝き始めます。
「なりたい自分になる」
成功哲学の本では、よく見かける言葉です。
なりたい自分になるために、自分の性格や個性を変えようというものです。
しかし、なりたい自分になろうとしても、そもそも「個性」とかけ離れた人になれるものではありません。
性格を変えようとしても、そう簡単に変えられるものではありません。
身長を伸ばしたいと思っても、そもそも肉体的な限界があります。
チューリップはバラの花にはなれず、バラの花もチューリップの花にはなれません。
現実的なことを言ってしまえば、自分は自分にしかなれません。
「なろう」とするのではなく「すでになっている」というのが正しい表現です。
夢を叶えられない人は、なりたい自分になって夢を叶えようとします。
うまくいきません。
自分は自分にしかなれないので、うまくいかないのも当然です。
夢を叶える人は、自分の持ち味を十分に生かす人です。
自分を変えず、むしろありのままの自分を生かして、仕事や人間関係に向かいます。
個性は、最初から内在していますから、引き出すだけでいい。
もっと自分が自分らしくなるために、その個性や性格を強烈に引き出そうとします。
それはいちばん効率がよく、天に従って生きている形です。
天から与えられた素質を十分に生かすことで、神様仏様も喜ぶことでしょう。
なりたい自分になるのではありません。
個性をさらに引き出して、生かす生き方をすればいいのです。
「私の夢は、本当に自分を生かしている夢だろうか」
「今、歩んでいる道は、本当に正しい道なのだろうか」
夢を語るうえで避けられない課題は「迷い」です。
自分でさえ、目指している夢が正しいのかどうか、わからないときがあります。
今のやり方で本当にいいのかどうか、判断ができないときがあります。
評判のいい占い師に見てもらうのがいいのでしょうか。
せめて、今の生き方が「正しいのか」「間違っているのか」という答えだけでもわかれば、かなり助かりませんか。
私から、見分けるための良い方法があります。
「それをしているとき、体調が良くなるかどうか」です。
自分に合っていることをしていれば、体調が良くなります。
自分に合っていないことなら、体調が悪くなります。
シンプルで、単純明快な方法です。
本当の夢とは、自分を生かしきることと言いました。
自分を生かしきっていれば、当然体調はよくなります。
本来、自分を生かしきることは、自分がいちばん喜びを感じます。
ストレスはたまるどころか発散され、元気になっていくはずです。
もし、間違った方向に進んでいるなら、逆に体調は悪くなります。
川の流れに逆らうように思うように進まず、疲れやすくてストレスもたまるからです。
ぜひあなたも、自分に当てはめて、考えて見てみましょう。
正しい方向に進んでいれば、すればするほど、元気になるものなのです。
「プラス思考になろう」と考える人は、マイナス思考の人が考えることです。
本当にプラス思考なら、すでになっていますから「プラス思考になろう」とは考えないからです。
「プラス思考になろう」と考えるのは、今マイナス思考だから、考えようとします。
「なろう! なろう!」と意識するのは「なっていない」という証拠です。
これまでの成功哲学では「前向きになろう」「プラス思考になろう」という教えでした。
それは言われなくてもわかっています。
わかっているけどできないから、私たちは悩んでいます。
では、真のプラス思考になるためにはどうすればいいのでしょうか。
プラス思考になろうと意識する必要はありません。
本来、プラス思考は「自分を生かしきる」という正しい夢を追いかけていれば、自然とプラス思考になってしまいます。
そうとしか考えられなくなります。
自分を生かすことそのものがすでにプラスであり、自然とプラス思考が身につくからです。
私は、病気をしても、けがをしても、けんかをしても、プラスに考えます。
考えようとしなくても、自分を生かして文章を書くという夢を持っているとき、すべての出来事は、貴重な体験になるからです。
けがをしても「文章を書くためのネタができた!」と、喜んでしまいます。
前向きに考えます。
失恋、失業、失敗は、すべて怖くなくなります。
「何でもどんと来い!」というプラス思考に自然となってしまいます。
プラス思考は考えません。
ただひたすら、天から授かったこの肉体を、すべて生かしたいという夢を意識していればいいのです。
正しい夢の道に進んでいると「こんなにうまくいっていいのか」と思う現象が、次々と起こり始めます。
話がうまく進みすぎて、逆に不安になるくらいです。
そもそも自分が持ち合わせている天分を生かしているので、実現がスムーズになって当然です。
川の流れに沿って泳いでいると、力を入れなくても、前に進みます。
もちろん力を加えれば、さらに前へと進むことでしょう。
だから「こんなにうまくいっていいのか」と思う現象が、次々と起こり始めます。
もし、そういう状態になったら、正しい夢に向かっている証拠ですから、ためらわず、さらに調子に乗ってください。
サーフィンのように波には乗ってしまい、一気に飛躍しましょう。
では、逆に「こんなに頑張っているのになぜか報われない」という状態が続いていれば、いま一度、夢を見つめ直しましょう。
一生懸命に努力しているにもかかわらず、なかなか前へと進まないのは、進むべき夢の方向が間違っている可能性が高いです。
たとえば、川の流れに逆らって泳いでいると、なかなか前へ進みません。
少しでも油断すると、すぐ逆流に流され、押し戻されます。
夢に向かって進むとは「流れに従うか、反るか」です。
川の流れは、あなたの中にあります。
あなたの天分・性格・家庭環境など、すべてです。
そうした素質は、すべて生かしましょう。
無理やり変えようとせず、ありのままをさらけ出し、生かします。
それが流れに従うことです。
川の流れに従うか、反るかは、あなたしだいなのです。
サンタクロースといえば、クリスマスの前夜にプレゼントを運んでくれる伝説上の老人です。
赤い服に白いひげのおじいさんが、大きな袋を持って、トナカイが引くソリに乗ってやってくるシーンが印象的ですね。
しかし、伝説上の人物ですから、現実の世界に実在するわけではありません。
にもかかわらず、私たちは子どものころサンタクロースに欲しいものを願えば、なぜか欲しいものが手に入ったはずです。
実在しないはずなのに、願えば手に入るのは不思議ですね。
なぜでしょうか。
「欲しいものを口にしたから」です。
サンタクロースを装った父や母が、あなたが口にしたほしいものを聞いて、サンタクロースの代わりに枕元に置いてくれます。
もし、欲しい物を口にしなければ、親はあなたが何を欲しがっているのかわかりません。
プレゼントをもらったとしても、思っていたものとは違う物を贈ることでしょう。
願いをはっきり口にすることは、重要だということです。
これは、サンタクロースの話だけでなく、夢を叶える力でも同じです。
叶えたい夢は、口に出すことで実現しやすくなります。
「これが夢。これがしたい」と口にすることで、周りの人たちは、あなたが欲することを知り、手助けしてくれるようになります。
口に出して言えば言うほど、夢は実現に向かいます。
中には「そんな夢、叶うわけがないよ」という批判的な言葉を投げる人もいることでしょう。
夢の実現を否定する人もいますから、口に出すリスクは、あると言えばあります。
しかし、実際にあなたがしていることを邪魔するわけではありません。
マイナス要因とはいえ、微々たるものです。
口に出すことは、マイナス要因よりプラス要因のほうが大きいので、どんどん口にしましょう。
堂々と胸を張って、口にするのがコツです。
とにかく口に出さないとかなわないのは、サンタクロースと同じなのです。
夢が叶わない理由は、さまざまです。
お金がない。
場所が悪い。
時間がない。
「ないない」を言い始めると「ないない」のバーゲンセールができそうです。
夢が叶わない理由はさまざまですが、ナンバー1の理由はいつも同じです。
「諦めるから」です。
諦めるから、夢が叶いません。
夢を諦めず、追いかけ続けていれば、いずれ実現します。
実現するまで諦めなければ、夢は必ず実現すると言っても過言ではありません。
おみくじで大吉を出すためには、運の問題だと思われがちです。
しかし、大吉が出るまで、諦めずに何度でも引き続ければいい。
一度しか挑戦してはいけないというルールはありません。
夢の実現も、一度しか挑戦してはいけないというルールはありません。
うまくいくまで、何度でも挑戦すればいい。
1つの夢に集中して、何十年も追い続ければ、うまくならないわけがありません。
ほとんどの人が、継続を放棄して、途中で諦めるから、夢が叶いません。
夢の実現においていちばん大切なのは「諦めないこと」であり「継続」です。
このことを、忘れないでください。
私たちが夢を見るときには、眠っているときに夢を見ます。
目をつぶっている状態です。
しかし、夢を見たいから目をつぶる睡眠とは違い、現実の夢実現まで目をつぶっていては大変です。
問題があっても、目をつぶる。
不満があっても、目をつぶる。
不正があっても、目をつぶる。
目をつぶるとはいえ、こうしたことまで目をつぶっていては、夢は遠くなります。
問題は大きくなり、不満でストレスがたまり、不正により処罰されます。
本当に夢を叶えたい気持ちがあるなら、目をつぶるのではなく、開けます。
「現実を直視する」ということです。
こういうことに目を見開いて、現実を直視するからこそ、夢の実現も現実的になります。
目は、つぶるのではなく、開けるのです。
だからこそ、夢は実現するのです。
人間には「未来を思い描く」という素晴らしい力があります。
未来に起こる出来事を予想したり、こうなればいいなと思う出来事を想像したりします。
頭で思い描いた出来事は、高い確率で実現します。
頭が考えているとおりに行動する生き物だからです。
「イメージングの力」です。
イメージングは、一流のスポーツ選手もよく利用しています。
プロ野球では、自分がヒットを打つ場面を想像しながら、バッターボックスに入ります。
体操競技では、演技がうまくいっている場面を頭の中で描いてから、実際の演技に挑みます。
柔道でも、技で相手を打ち負かしているところを想像するほうが、決まりやすくなります。
まず「自分はこうありたい、こうであってほしい」というイメージを、頭の中で思い描くことです。
思い描くときも、できるだけ具体的に鮮明な場面を想像しましょう。
夢を叶えるのは、まず夢を見ることから始めるのです。
「成功を想像すれば現実になる」
成功哲学には、決まって登場する言葉です。
一種の決まり文句のようなものです。
成功までのアプローチの違いはあっても「想像する」という根幹の部分は、いかなる成功でも共通です。
逆を言えば、それだけ重要であり、時代にかかわらず間違いない方法だと言うことです。
しかし、想像するのはいいですが、1つ大切なことが抜けています。
「いつまでに、どうなりたいか。そのためにどうすればいいのか明確にする」ということです。
抽象的なイメージではいけません。
期限や目標を具体的に想像してこそ、イメージングの力は発揮されます。
成功者がほかの人と違うのは「いつまでに、どうなりたいか。そのためにどうすればいいのか」を具体的に考えていることです。
またそういう細かいところまで想像できています。
いえ、イメージだけにとどまりません。
考えがまとまれば、紙に書いて、手帳に記したり、壁に貼ったりします。
そういう細かいところが、夢を叶えられる人と、そうでない人の違いです。
具体的な夢を、いかに生活の一部にするかということです。
あなたは夢を叶えるために、たくさんの成功を想像していることでしょう。
そのイメージに「いつまでに、どうなりたいか。そのためにどうすればいいのか」を加えましょう。
イメージがまとまれば、紙に書いたり、手帳に記したり、壁に貼ったりして、生活の一部にしましょう。
そうした行動をする時点で、すでに夢へと近づいているのです。
私たちは、生きている今「目に見えているものが現実で、見えないものは幻想だ」と思っています。
そう思うのも、無理はありません。
見えるものは目で存在していることを確認できますから、容易に信じることができます。
見えないものは目で確認ができないため、あると言われても、なかなか信じることができません。
空気はあるのに、なかなか実感が持てないのは、目に見えないからです。
しかし、死の瞬間、私たちの考えは180度ひっくり返ります。
「目に見えているものが幻想で、見えないものは現実だ」ということに気づいてしまいます。
「今まで自分は逆の行動をしていた」と気づき、ショックを受けます。
過去の行いを、深く反省してしまいます。
死の瞬間には、どんな大金を持っていても、一銭もあの世に持っていけません。
この世でたくさんの土地・大きな家・素晴らしい車を所有していたとしても、最後は手放さなくてはなりません。
今、五体満足で生きているあなたは、そういうことを真面目に考えたことはないのではないでしょうか。
しかし、年を取り、死を現実的に考えるようになると、真面目に考えるようになります。
死の瞬間、現実は幻へと変わり、今まで目に見えず幻だと思っていたことが、本当の現実だったということに気づきます。
お金ではなく、愛。
体裁ではなく、心。
人工ではなく、自然。
権力ではなく、優しさ。
どの世界、どの時代、どの人にも共通する真理が見えます。
夢を叶えるために、なぜこうしたお話をしているのかというと、進む方向を間違ってほしくないからです。
目に見えるものだけを信じて行動してしまい、死の瞬間それはすべて夢であった、幻であった失敗をしてほしくありません。
死の瞬間に気づかなくても、今、気づけばいい。
間違った努力をしなくてすみ、体力と時間を有効に活用できます。
本当に大切なのは、お金なのか愛なのか。
生きている今こそ「どちらだろうか」と悩みますが、死の瞬間からさかのぼって考えると、迷わずはっきり答えがわかります。
いま一度、考えを整理して、正しい夢の道へ進んでください。
私利私欲の夢は追いかけず、自分を最大限に生かし、社会に貢献する夢へと切り替えるのです。
私たち社会生活を大きく分けると、4つの活動に分類されます。
この中で最も優先順位が高いのは「(1)緊急であり、大切なこと」です。
まさに命に関わるような緊急事態は、後回しにできません。
これらは緊急であり、大切なことです。
命の危険、生活の危機に立たされていますから、今すぐ何か手を打たなければいけません。
では、逆に、最も優先順位が低いのは、どれでしょうか。
「(4)緊急でもなく、大切でもないこと」です。
緊急でも大切でもありませんから、後回しで結構です。
誰が考えても、答えは同じです。
しかし、驚いたことに、誰が考えてもわかるような「緊急でもなく、大切でもないこと」に、私たちは多く時間を使っています。
これらはすべて、急ぎでも大切でもありません。
別にしなくても、生活に支障はなく、生命・財産・生活の危険もありません。
「今しかできない」という緊急さを感じても、あらためて考えると、そもそもしなくてもいいことだったりします。
してはいけないとは言いません。
しかし、限りある人生の中で、大切なことは後回しでかまいません。
さて、最も大切な項目の話に移りましょう。
「(3)緊急ではないが、大切なこと」です。
緊急ではないからとはいえ、ほとんどの人が後回しにしてしまい、気づいたときには大切なことを失っています。
ここを見落としやすい。
たとえば「栄養バランスの取れた食事」です。
「食事は、満腹が得られれば、何を食べても同じ」と思うのは、誤解です。
日々の食生活は積み重なり、将来の健康状態に影響します。
ファストフードやジャンクフードは手軽に手に入り、安くておいしいのはわかります。
しかし、毎日食べていると、栄養のバランスが偏り、健康に害を及ぼします。
多少高くても、野菜や穀物を中心に、腹八分目までに抑えて食事をするほうが健康的です。
お金はなくなれば、また稼げばいいことです。
健康ばかりは、失ってからでは取り返しがつきません。
また「適度な運動をする習慣」も同じです。
運動をしなくても、今すぐ生命に影響はありません。
しかし、適度な運動をする習慣があるほうが、必ず健康につながり、長生きができます。
ストレス発散や気分転換にもよく、気持ちは爽やかになり、心身ともに好影響です。
また「知識や教養を深める」も、緊急ではありませんが、大切なことです。
勉強はしなくても生きていけます。
しかし、したほうが快適な生活、給料アップ、人間性の向上など、人生の豊かさにつながります。
緊急ではないが大切なことこそ、夢を叶えるために必要なことです。
今のうちに、いかに緊急ではないが、大切なことを積み上げていくかです。
私は幼いころ、長生きができるのは幸せなことだと思っていました。
しかし、それは場合によります。
長く生きられれば、孫の顔を見ることができ、嬉しいことや楽しいことなどがたくさんあります。
世の中の数多くの変化に触れることができることでしょう。
しかし、長く生きたとしても、中身のない人生はどうでしょうか。
愛もなく、友人も知り合いもなく、生きる目的も希望も楽しみもない状態で長く生きることは、むなしい人生ではないでしょうか。
人生は、ただやみくもに生きるのではなく、目的と目標を持って濃く生きることです。
中国・孔子の言葉に「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あしたに、みちをきかば、ゆうべにしすともかなり)」があります。
人として大切な道徳を聞いて悟ることができれば、その日の夕方に死んでも心残りはないという道徳の貴さを説いた格言です。
もちろん長生きできることに超したことはありませんが、その限りではありません。
生きるうえで大切なことは「長く生きること」ではなく「濃く生きること」です。
本当に濃く生きることができたならば、人生は短くても有意義だったと言えるのです。
私は今、この瞬間がいちばん幸せです。
そうなるような夢を掲げていますし、そうなるような工夫を凝らしています。
本を書くために多くの書物を読んだり、多くの経験をしたりして、教養を身につけます。
お気に入りの辞書は「広辞苑」です。
わからない言葉が登場したときには辞書を引いて、意味を調べます。
次第に教養を身につけていきます。
身についた教養で文章を書くときに、何物にも代えがたい、幸せに包まれます。
私は元来、文章を書くことが好きな性分です。
好きな時間に、好きなように書いている、まさに今が幸せです。
もちろん1冊を書き終えた瞬間も幸せです。
しかし、書いている最中も幸せです。
そのため、毎日がまったくもって好きなこと、楽しいことばかりです。
「そんなことでいいのか」と思うかもしれませんが、そんなことでいい。
そういうことをしていないと、そもそも継続はできません。
努力・我慢・辛抱・忍耐で夢に向かっていると、進むにつれて疲れます。
しかし、楽しさ・嬉しさ・喜びで進んでいると、進むにつれて元気になります。
夢を追いかけた結果は、逆になります。
大きな夢の達成には、数十年にも及ぶ継続と膨大な体力が必要です。
多くの人たちは、夢の達成ができたときに幸せになれるような夢の描き方をしています。
そもそも、そういう夢の掲げ方が、実現を困難にさせています。
努力・我慢・辛抱・忍耐で夢に向かっていると、進むにつれて疲れるからです。
体力のある若いうちは続くかもしれませんが、いずれ疲れ果てて立ち止まって、諦める日がやってきます。
「体力勝負」で夢を追いかけるのではありません。
「喜び勝負」で夢を追いかけます。
進めば進むほど、元気になる夢を描き、途中過程に幸せを設定します。
進めば進むほど元気になりますから、長続きします。
毎日、好きなことばかりして楽しむ。
気づけば、知識・教養が身につき、夢が達成されていた。
そのほうが、はるかに豊かです。
多くの人が、我慢しながら頑張らないと夢の達成ができないと思い、励んでいます。
だから達成できません。
プロのスポーツ選手ほど、プレーを心から楽しんでいます。
プロとアマチュアの違いは「肉体的部分」ではなく「精神的な部分」です。
アマチュアは「努力・我慢・義務」でプレーをします。
プロフェッショナルは「嬉しさ・楽しさ・喜び」でプレーします。
この差が、技術・体力・継続の差を生み、プロとアマチュアを分ける要素です。
仕事のできない人ほど、努力・我慢・義務で仕事をしています。
だから表情が悪く、疲れやすくなり、仕事をサボろうと考えます。
しかし、本当に仕事のできる人ほど、仕事を心から楽しんでいます。
嬉しさ・楽しさ・喜びで仕事をしているから、表情が良くなり、元気になり、仕事の上達も早いです。
そもそもその人に合ったことをしていれば、努力・我慢・義務は必要ありません。
自分に合った正しい夢の選択をしていれば、嬉しさ・楽しさ・喜びが湧き出て、自然と前に進みます。
その前向きでプラスの気持ちこそ、夢へのいちばんの原動力になります。
頑張るのではありません。
楽しみます。
シンプルではありますが、究極の成功哲学なのです。
夢を達成するためには、ほかの人と同じことをしているうちは達成できません。
ほかの人と違うことをしているから、ほかの人と差がついていきます。
当たり前のことですが、いま一度、心に留めましょう。
差をつけたサービス・商品・技術が、世の中で注目を浴びます。
では、ほかの人とどこが違うのかというと、基本は3つあります。
差をつける人は、まだ誰も起きていない朝早くに起きます。
近場の24時間レストランで勉強をし始めます。
スポーツ選手なら、トレーニング場で練習を始めます。
友人と一緒ではなく、1人で黙々とします。
朝早くは、電車もすいていますし、どこも人は少ない。
この時間帯こそ、集中できるゴールデンタイムです。
人がすいている時間帯から行動すれば、ストレスが少なく、物事はスムーズに進みます。
行動は同じでも、朝早いかどうかだけで、受けるストレスが少なくなります。
勉強するだけではいけません。
勉強したことは、生かすために行動に移します。
この3つは1セットです。
1セットは小さな差ですが、この差を積み重ねていけば、大きな差になります。
今のあなたには、この3つがあるでしょうか。
3つのうちのどれが欠けていてもいけません。
差をつける力をつけるためには、ほかの人とは違った生活を送る必要があります。
それができなければ、残念ですが差はできませんので、夢も並々です。
できるという情熱・意志・行動力を持った人だけが、どんどん差をつけていくのです。
私は年間、最低30冊の本を書くことを目標として設定しています。
「最低30冊」は、余裕のある目標です。
年間52週間あり、1週間に1冊でも、52冊は書けます。
実現可能な範囲で無理のない目標とスケジュールを立てて、楽しみながらこつこつ続けています。
年間で30冊は達成でき、時間が余ります。
そういうときには読書を楽しんだり、旅行に出かけたり、映画を鑑賞したりなど、教養や経験につながることをします。
もちろんそのまま35冊目や40冊目に向かって、書き続けることもあります。
30冊が達成できたときの気分や状況によって、臨機応変に決めています。
まずは、目標を具体的な数字として掲げることが大切です。
具体的な達成目標を数字として表現するとゴールラインができ、達成できたときの喜びや嬉しさがあります。
これは、私にとってベストなスケジュールです。
以前、無理なスケジュールで予定を立てたこともありました。
しかし、達成したときに疲れ果て、休憩したい、もう嫌だと思いました。
余裕のないスケジュールであるため、タイムプレッシャーによる疲れやストレスは、ピークに達していました。
状況にもよりますが、往々にして緊張が強いられると、楽しいことが楽しくなくなります。
タイムプレッシャーの代表といえば、受験勉強です。
そもそも勉強は楽しいです。
なぜ受験勉強がつまらなく感じてしまうのかというと、無理なスケジュールで、高い目標を掲げているからです。
もちろん場合によっては、そういうことも必要でしょう。
短期的な受験勉強だから、まだ許されます。
しかし、夢の達成という長期的な計画なら「短期」ではなく「長期」の計画が必要です。
何十年にも及ぶ、長い計画を楽しみながら続けられる目標とペースが必要です。
私は受験勉強で、無理なスケジュールの弊害は、嫌というほど経験しています。
短期的には無理なスケジュールは効果的でしょうが、人生をまるごとかけた大きな夢の達成には長期的な計画が不可欠です。
実現可能なスケジュールを立てれば、達成できたときの喜びや嬉しさにひたる余裕があります。
達成した喜びもひとしおですが「さあ、次はこれをしよう!」という次への原動力がみなぎります。
無理なスケジュールか否かは、達成した後の精神状態に大きな違いを与えます。
私は、無理なスケジュールが苦手なので、のんびりこつこつ継続して行うタイプです。
自分の身の丈にあった目標と予定を立てることで、楽しみながら書き続けることができています。
夢が達成できる人には、病的なまでの「書き癖」があります。
書く目的は、さまざまです。
どの理由も正当です。
夢に応じて「書く」という基本を最大限に活用しています。
手帳はもちろん、紙を自室の壁に貼ったり、トイレの壁に貼ったりして、生活の一部にしています。
夢の実現には、こうした書くことが必要です。
しかし、書いても、夢を達成できる人と、そうでない人がいます。
その違いは、どこにあるのでしょうか。
具体的な数字が含まれているかどうかです。
夢の実現のためには、3つの数字が必要です。
夢は、目標と日付とお金の数字が調和し合って、実現します。
どれかが偏ってはいけませんから、紙に書くことで、バランスを整えやすくします。
しかし、実現しない夢には「曖昧な表現」しかありません。
目標・日付・時間の数字が調和されず、達成できなくなります。
実現する夢には「具体的な数字」があります。
「8月19日までに、目標の1,000個を達成する。お金は300万必要だ」
こうした、具体的な数字が含まれています。
夢は、目標・日付・お金とが調和し合って、初めて実現します。
そのために、紙に日付とお金を含めた目標を書くことが大切です。
あなたの夢には、具体的な数字がありますか。
今すぐ夢に数字が設定できなければ、せめて「仮決め」でもかまいません。
とにもかくにも、具体的な数字を書く癖をつけることです。
あやふやな表現をなくして、具体的な表現や数字を書きます。
具体的な内容によって、気持ちが引き締まり、やる気や行動力も出るのです。
大きな夢を持ち、達成することが必ずしも素晴らしいとは限りません。
もちろん大きな夢を否定しているわけではありません。
結果として、金メダルや世界一などの夢が達成できていれば、素晴らしいことです。
しかし、自分のすべてを最大限に生かした状態なら、十分に成功できたと胸を張れます。
「達成できた夢が大きいのかどうか」は、関係ありません。
「自分を生かしきるかどうか」の違いです。
人にはそれぞれ、多くの違いがあります。
生まれの違い、育ちの違いをはじめ、個性の違い、性格の違いなど、数を上げれば切りがありません。
違うものがたくさんありますから、得意とするものにも違いがあり、達成できる夢にも違いがあって当然です。
達成できる大きさ、達成できるまでの時間なども、違いが出てきて当たり前のことです。
大きな夢が素晴らしいというのは、まったく論点ではありません。
一部上場の社長とオリンピックの金メダリストのどちらが素晴らしいかは、関係ありません。
一流ミュージシャンと一流作家のどちらがすごいかは、関係ありません。
そもそも土俵が違います。
たしかなことは、それぞれが自分の力を十分に発揮したということです。
土俵は違っていても、自分が持っている資質や才能を十二分に発揮して、大きな仕事を成し遂げたということに変わりありません。
自分を十分に最大限に発揮できれば、それで成功です。
他人の夢の大きさと比べないことです。
比べると、妬みや恨みが生まれ、夢実現への集中力がそれます。
本当に夢を実現できる人は、そもそも他人との比較はせず、過去の自分と比較をします。
つまり、自己成長に重点を置いています。
そういう生き方をすることです。
まず、自分の成長に感動するのです。
生まれつき、障害を持つ人がいます。
盲目の人は、目が見えないため、生活に不便が生じます。
しかし、目が見えない状態を生かせば、見えない目だからこそ、人生の本質が見えるようになり、生活が豊かになります。
耳が不自由な人は、音が聞こえないため、生活に不便が生じます。
しかし、聞こえない状態を生かせば、聞こえない耳だからこそ、心の声がよく聞こえるようになり、生活が豊かになります。
常識を覆すようですが「見えないから見える。聞こえないから聞こえる」という幸せがあります。
目と耳が不自由だったヘレンケラーは、健常者でさえ難しいハーバード大学を、優秀な成績で卒業しています。
彼女は、一般の人が見えないことが見え、聞こえないことが聞こえ、感じられないことを感じ取っていたのでしょう。
ヘレンケラーは卒業後、身体障害者の援助に一生を尽くしました。
得ていないからこそ、得るものがあるとは、不思議なことです。
しかし、事実です。
生かし方しだいです。
障害は不便でも、不幸だとは限りません。
受け止め方しだい、生かし方しだいです。
不幸かどうかは、自分が決めることであり、障害を生かすかどうかです。
目が見えなければ、生かしましょう。
耳が聞こえなければ、生かしましょう。
生かしたとき、健常者にはできないことができるようになります。
障害すら、あなたに与えられた宝です。
大切なことは、障害を生かすことです。
宝物は「探す」のではなく「すでに自分の中にある」のです。
気づいて、掘り出し、生かすことです。
どんな夢でもそうですが、ある程度上達すれば、社会や人のために役立てられないか考えるようにしましょう。
もちろん初めは、自分が楽しむことが大切です。
しかし、上達もある域まで達すれば、積極的に人に喜んでもらえるように、工夫してみましょう。
「人のために考える余裕なんてない」
「自分のことで精いっぱい」
「まだ自分の実力はそれほど大げさなものではない」
そう思う人は早合点です。
他人のために努力することで、自分が報われます。
それはなぜでしょうか。
人のために役立てるための理由は、2つあります。
まず1つ目の理由は「モチベーションを上げるため」です。
人のために役立てれば、感謝され、喜ばれます。
自分と他人とが同時にハッピーになれます。
人に喜んでもらうと、不思議なことにもっとやる気が湧き起こり、一生懸命になろうと思います。
せっかく喜んでもらえたのですから、もっと素晴らしいことをしたい、素晴らしいものをつくりたいと思うようになります。
モチベーションアップのためにも、人の役に立てられるように工夫することが大切です。
2つ目の理由は「さらに向上させるため」です。
さらなる上達のためには「人のために役立つ」という視点がポイントです。
他人の目を意識することで「客観的」になれるからです。
自分ばかり楽しんでいるのは、いわば、主観的な状態です。
夢を追いかける初期のころは「主観的」でもいいでしょう。
しかし、いつまでもその状態では、視野や考え方が狭いままで、上達・向上の限界に達します。
そこで、ある程度レベルが高くなれば、次のステップとして「客観的」という目をつくります。
他人という別の視点を意識すると、今まで見えなかったことが見えるようになります。
人のために役立つように意識をすると「客観的」になり、さらに品質の向上の余地が生まれます。
これはステップアップです。
自己をさらに高いレベルに上げるためには「人のために」という意識が不可欠なのです。
私の夢が実現し始めたのは、行動してからでした。
夢を描いていたのは昔からでしたが、なかなか思うように実現することはありませんでした。
しかし、今なら、なぜあのとき実現しなかったのかがよくわかります。
聞いてあきれる答えです。
行動していなかったからです。
夢を見るだけでは、現象面での変化はありません。
夢を見るのは、頭の中だけの変化です。
夢を見ているだけでは、本当に夢だけで終わってしまいます。
現象面で変化が起こるのは、実際に行動をしたときです。
実際に行動すれば、何か、変化があります。
行動力は、夢を見る以上に重要な要素です。
「1%の夢」と「99%の行動」と言っても過言ではありません。
そのくらい「行動」が大切だということです。
頭の中で夢を思い描き、行動力で現実面に変化を起こすのです。
夢の始まりは、ほとんどの場合、1人でスタートします。
そのときの名残があるせいか、大半の人が、そのまま1人で夢を実現させようとします。
もちろん1人のほうが気楽で集中できるからという理由もあるでしょう。
そういう時期は、そうしましょう。
たしかに夢を追いかけ始めた初期のころは、自分を集中して高める必要がありますから、1人のほうがいい時期もあります。
しかし、いずれ遅かれ早かれ、1人の限界を感じるときがやってきたら、仲間からの協力を得る姿勢も必要です。
そういう選択をする心の準備だけでもしておきましょう。
そもそも夢の実現を、1人でしなければならないというルールはありません。
仲間からの協力は、1人の限界を超えるためにどうしても踏まなければいけないステップです。
1人の活躍と思えるプロがいても、実は見えないところに多くの仲間の存在がいます。
オリンピックで金メダリストは1人ですが、背景にはトレーナー、栄養管理士、応援者など、数多くの人たちがいます。
彼らの協力を得られているからこそ、実現できています。
人気漫画家も、原作として名前を飾るのは1人だけです。
しかし、人気漫画家ほど数多くのアシスタントが存在します。
細かなペン画を、限られた時間内に完成させるのは、難しいことです。
だからこそ、協力を求める必要があります。
プロの漫画家ほど、アシスタントの恩恵にあやかっています。
夢を達成できない人は、1人で達成しようと、殻に閉じこもります。
しかし、1人には限界があるので、なかなか実現せず、そうしているうちに年を取って夢をつかむチャンスを逃してしまいます。
もちろんある程度、実力を身につけるまでは、1人で集中して行う必要があるのもたしかです。
しかし、限界を超えるためには、仲間を集め、協力してもらう手段に頼ることを、ためらわないでください。
夢の始まりは1人でも、夢の途中でたくさんの仲間を集めます。
あなたと同じ意見の人、同じ価値観の人に積極的に助けを求めてみましょう。
協力を得ようとする姿勢は、夢の実現に必要不可欠です。
そのためには、腰を低く、謙虚になり、愛情を持って接する必要があります。
あなたの夢が正当なら、仲間を見つけることはそれほど難しくはないはずです。
むしろ「協力させてください」と向こうからお願いしてくる場合すらあります。
あなたが社会や人のためになる夢を追いかけていれば、賛同してくれる人は、多く現れるはずです。
夢の実現には、人の協力が必要です。
1人で実現する夢もありますが、人生という限られた時間内で実現させるのは、難しいことです。
しかし、仲間を集め、仕事を任せるシステムをつくると、夢の実現が早くなります。
では、何でも人に仕事を任せればいいのかというと、そうではありません。
さて、ここからが本題です。
任せられる仕事かどうかは、次の2点に気をつけて、割り振ってください。
本当に優秀な人は、仕事の芯の部分を見極めています。
芯の部分とは「あなたしかできない仕事」のことです。
当然のことながら、芯にあたる仕事はあなたが行います。
私の場合でいえば「執筆作業」「旅行」「学び」などです。
誰か代わりにしてもらうわけにはいきません。
しかし、一方で、あなたでなくても、誰でもできる仕事というのがあります。
そういう仕事は、得意な人に任せましょう。
私の場合でいえば「文章校正」「ウェブサイトの作成」「サイトの更新」などです。
アシスタントに任せる方法もありますし、機械を使って自動化させることもできます。
このラインで仕事を区切れば、おそらく仕事の9割近くは任せることができるはずです。
場合によっては、9割以上任せられることもあるでしょう。
1割のところだけに専念すれば、体力や時間を有効に活用でき、全体として質の高い仕事ができるはずです。
そういう考えを取り入れて、夢に向かって走ってみてはいかがでしょうか。
不幸だと思っているほとんどは、勘違いから生まれます。
恨みや憎しみや痛みが伴っているので、つらくて不幸な出来事だと思っているだけです。
起こった出来事の奥まで探れば、むしろ貴重な体験・経験・宝であることに気づきます。
不幸な出来事ほど、幸せな出来事の原石になります。
私は3回火事の経験があります。
浪人をしたり、友人に裏切られたり、泥棒に入られたり、詐欺に遭ってお金を騙し取られたりなどの経験もあります。
また幼いころは親から厳しいしつけのため、ひどく殴られたりもしました。
そういう過去を憎んだこともあります。
しかし、時が経てば、そういうことはあって良かったなと思います。
おかしな話ですが、つらい経験であればあるほど貴重な体験だと感じるようになります。
実際に火事に遭ってみれば、どんな避難訓練より、良い体験になります。
泥棒に入られ実際に被害に遭うことで、泥棒を防ぐための対策を真剣に考えるようになりました。
親からの厳しいしつけも、実は子に対する愛情表現だったことに気づきます。
恨んでいた経験は、その奥にある宝に気づきましょう。
表面しか見ていないから、不幸だと感じています。
恨んでいる出来事を、あらためて振り返ると、不幸だと思う出来事ほど幸せの原石であることに気づくはずです。
原石を生かすかどうかはあなたしだいです。
磨く努力をすれば、ダイヤモンドのように輝きます。
夢を語ったとき否定されることはありませんか。
「どうせ無理だよ」
「できないに決まっている」
「まだ諦めてないの?」
腹を抱えて笑われることもあるかもしれません。
「ばかにされた」「応援されなかった」「否定されてしまった」とくよくよしてしまう人も多いのではないでしょうか。
仲のいい人や信頼できる人に打ち明けても、首を横に振り、意外な反応が返ってくることもあるでしょう。
応援してくれると思っていただけに、ショックの大きさもひとしおです。
ショックを受けて落ち込みそうになるところですが、ここが運命の分かれ道です。
夢を否定されたくらいでくよくよしてはいけません。
くよくよして諦めるなら、その程度の夢ということです。
むしろ喜んでください。
見返すチャンスができたのです。
本気で夢を叶えたいなら、否定されたとき「いつか見返してやる!」と意気込むことです。
見返すためには、まず否定されることが必要です。
最初に肯定されたら、見返すチャンスがありません。
最初に否定されるから、見返すチャンスが生まれます。
きちんと結果を出せば、否定してきた人は目を丸くするでしょう。
大きな結果を出せば出すほど、ぎゃふんと言わせることができます。
夢を否定されたら、いつかその人を見返すために努力してください。
あなたの将来に「見返す」という楽しみができました。
「今に見ていろ! いつかあの人を見返してやる!」という意気込みでいいのです。
見返すことを楽しみにすれば、強力なモチベーションとなります。
心に火がついて、一回り大きなやる気が生まれ、仕事にもいっそう力が入るでしょう。
悔しさをバネにすると、すさまじいパワーが生まれます。
「見返すため」も、素晴らしいモチベーションです。
人生は、否定してきた人を見返すためにあります。
夢を否定されたとき、落ち込むのではなく、見返すチャンスができたことを喜ぶのが正解です。
「ローマは一日にして成らず」という格言があります。
ローマは、中世ヨーロッパのローマ帝国の中心都市として栄えました。
世界的に有名な芸術的建造物も、数多く存在します。
ヴァチカン宮殿、トレビの泉、ローマ大学、パンテオン、コロシアム、サン・ピエトロ大聖堂など、数を挙げれば切りがありません。
ローマが出来上がるまでには長い年月と、数多くの戦いが繰り返されてきました。
いえ、むしろ手間がかかっていたからこそ、大帝国ローマができました。
そうした歴史こそが、ローマをつくり上げる土台となり、根っことなったからです。
しっかりした根があれば、大きな木が育ちます。
土の中に埋まっている根は、普段は目に見えませんが、大木を支えるためにはなくてはならない存在です。
そういう目には見えない蓄積を、大切にすることです。
土の下の見えない根を伸ばすことに時間をかけます。
根が、広く深いほど、大木をつくり上げる土台になります。
夢の実現は、早く実現させたいと思う人がほとんどです。
しかし、そう思うから、逆に実現できないのではないでしょうか。
根のない木は、風が吹けばすぐ倒れてしまうからです。
本来、大きな夢には大きな成長、蓄積、経験が必要です。
時間がかかります。
それらこそ、根っこであり、土台です。
日常、無駄と思える蓄積は、根っこのように、確実に大きくなるあなたを支える土台になっています。
普段は見えませんが、そういう蓄積は必ずあります。
時間がかかることを喜ぶことです。
時間がかかるからこそ、大きな自分に成長し、大きな夢を大成させることができるのです。
人の一生とは、キャンドルのようなものです。
キャンドルをちびちびと削りながら、光をともし、自分と周りを明るく照らします。
1本のキャンドルの光は小さくても、2本3本と重なれば、強く大きな光になります。
それは仲間と寄り添う人間同士のようです。
仲間がいれば、悲しみは半分に、喜びは2倍になります。
またキャンドルの火を使って、また別のキャンドルに火をつけることもできます。
新しいキャンドルに火をつけていけば、だんだん大きな光ができます。
キャンドルを使い切れば、一生は終わりです。
しかし、確実に影響を与えた光や炎は、次の世代へと受け継がれます。
キャンドルを使い切っても、火は生きています。
次の世代へ残せるものは「火」しかありません。
人の一生は、そうした火を、次の世代へと伝えていくものです。
肉体は有限でも、愛をはじめとする精神的な炎は、次の世代へ確実に受け継がれます。
人は影響を与え合う生き物だということです。
愛で影響を与え、勇気で影響を与え、希望で影響を与えます。
そうしたお互いに影響を与え合えば、束になったキャンドルのように、強く大きく明るい光が全体として出来上がります。
「火と火」と書いて「炎」と書きます。
大きな炎には、小さな火を集めることです。
あなたの火をたくさんの人に分け与えることで、大きな炎になるのです。
気づけば、この世に存在していた自分がいます。
私は、自分で自分を作ったわけではありません。
自分の肉体は、借り物です。
サムシング・グレート(偉大なる何か)から授かった肉体と魂を授かり、生きています。
感謝です。
この世で起こる出来事は楽しいこともありますが、つらいこともあります。
出会いの感動や挑戦の喜びもあれば、失敗の悔しさや別れの悲しみもあります。
喜怒哀楽の出来事すべてが、天からのプレゼントである気がします。
すべてが私を成長させてくれる、プレゼントです。
生まれてきたのは、偉大なる存在のおかげです。
成長できているのは、周りに存在しているすべてのおかげです。
そうしたプレゼントをたくさんいただいているので、私は、いつでも本気です。
いただいたり借りたりばかりで、申し訳ない。
自分ができることは、一生懸命に生きることくらいです。
一生懸命に生きることに、これ以上ない喜びを感じています。
素晴らしい1秒を積み重ね、あらためて一生懸命に人生を生きたいと思います。
ありがとうございます。