文章を書き始めるときには、書きたいところから書き始めるとうまくいきます。
「本を書きたいのですが……」という人に限って、まだ何も書いていません。
文章を書くというと、企画して、骨組みを考え、きれいに順番よく書かないといけないと思われがちです。
ときどき「どうすれば上手な文章が書けますか」と質問されることがあります。
私は「あまり、力を入れないほうがいいですよ」と答えることにしています。
多くの人が、文章を書くとき、力が入りすぎています。
フォント(字の形)は、人間の心に影響を与えます。
たとえば、明朝体というフォントは、真面目な話をするときによく使われます。
「今日は、お日柄もよく、わざわざ遠いところからお越しいただきまして、誠にありがとうございます」
たわいないことだと思って、みんな手を抜きがちなのは「紙」です。
文章を書くからには、最終的には、紙に印刷します。
ここで、紙に手を抜かないでほしいです。
人間、一度にたくさんのことは覚えられません。
たくさんのことを言われても、頭の中が混乱して、整理できません。
読み手に、考えを整理する余裕を与える文章にすることが大切です。
書くときには、集中して書くと、良い作品が出来上がります。
集中して書くと、一気に書ききることになります。
一気に書ききることで、余分な雑音が混じらず、良い文章が出来上がるのです。
色は、使いすぎないようにしましょう。
使いすぎると、どこが本当に大切なのかわからなくなります。
私が学生のころ、教科書に大切なところだといって、蛍光ペンで線を引く友人がいました。
1つの文章は、たくさんの1文1文から成り立っています。
1文は、短くするほうがもちろんわかりやすくなります。
できるだけたくさん言いたいからとはいえ、接続詞を使って、文と文をつなげている長い1文を見かけます。
縦書きなのか、横書きなのか、はっきりさせることが大切です。
1ページに縦で書かれた文章と、横で書かれた文章が混同しているページはとても読みにくいです。
タイトルを縦にしたり、文を横にしたりしているページを見かけます。
人生経験と文章力は、深く関係しています。
人生経験が深ければ深いほど、より深い文章が書けます。
深い文章を書ける人は、人一倍経験のある人です。
本文の中で大切なところは、親切に書き手が太字で書いてくれています。
書き手は、太字のほうが大切なところがわかりやすいと思っているようです。
もちろん受験勉強のような参考書なら、太字にするのはわかります。
文章は、誰でも書けます。
誰でも書けるから、誰でも書けるような文章は、ありきたりで面白みがありません。
ここで、普通の文章と差をつけるための、簡単な方法があります。
書くという作業には、面白い現象があります。
夜書いた文章は、自分らしくない文章になってしまうことです。
夜に書くと、興奮作用があり、勢いのある文章になります。
読んでもらいたい人を、選ぶ方法があります。
優しい人に読んでもらいたければ、優しい言葉遣いで書きましょう。
乱暴な人に読んでもらいたければ、乱暴な言葉遣いで書きましょう。
先日、私の校正担当者から「適度に括弧があって、読みやすいですよ」という、お褒めの言葉をいただきました。
たしかに私は、大切なところは「括弧」で強調しています。
括弧は、額縁です。
文章の魅力的な力の1つに「口では言えないことが言える」ということです。
たとえば、自分の両親に「育ててくれてありがとう」とは、恥ずかしくてなかなか目の前では言えないものです。
どうしても伝えたいのに、口では恥ずかしくてどうしても言えない時も、やはりあります。
人は、相手からプライベートを打ち明けられると、その人に好感を持つ性質があります。
プライベートを話してくれると、自分はそれだけの信用があるのだなと思います。
相手が思いきって話してくれると、こちらも話しやすくなるのです。
本屋で雑誌を見ていると、他人の悪口をネタにした内容のものをよく見かけます。
「浮気発覚、別居状態、離婚、高額の慰謝料、裁判」などです。
人の不幸は甘い蜜と言われます。
先日、本屋ですてきな本を見つけました。
かわいい挿絵を挟んだ本です。
挿絵は、すべて著者本人が書いていました。
本を書きたい人には、2種類います。
(1)頼まれてから、書き始める人
(2)頼まれる前から、書き始めている人
「キャッチフレーズ(Catch Phrase)」という言葉があります。
「つかむ言葉」という意味です。
何をつかむのかというと、人の心です。
「自分って何?」と思うとき、自分を発見する、とっておきのコツがあります。
「書いてみること」です。
書く内容は、何でもかまいません。
魅力的な文章を書くには「新しさ」が必要です。
「新しさ」は、今まで誰も考えなかったアイデアから生まれてきます。
その昔、持って歩ける電話なんて、誰も考えませんでした。
魅力的な文章は「新しさ」から生まれてきます。
では、その「新しさ」は、どこで生まれてくるのでしょうか。
「新しさ」は「アイデア」から、生まれて湧き出てきます。
読み手に、わくわくしてもらうために、文章の中に「演出」を仕込んでみましょう。
演出は、色であったり、文字の大きさであったり、形であったりします。
私は先日、ブックカバーが透明色のおしゃれな本を見つけました。
夢を叶えるコツは「量をこなすこと」です。
夢を叶えている人は、決まって、すごい量をこなしています。
映画監督になっている人は、たくさんの映画を見てきています。
私は、執筆する文章のポリシーがあります。
文章の最後には「行動につなげる一言」を必ずつけることです。
言いたいことを書くだけ書いて、終わっている文章は、味気ないです。
読者は、自分の考えを共有できる言葉を探しています。
「自分が考えていることは、自分だけが考えている変な考えなのかな」と、不安になっています。
会社でのストレスを話したいのに、自分だけが感じているだけなのか不安なときがあります。
文章を書くときには、自分の主張があります。
小論文では、自分の主張を持つことが大切です。
正しいか間違っているかを左右する、最大のポイントがあります。
最後に大切なことは、マニュアルです。
本屋に行けば「上手な文章を書く方法」「正しい文章」といった内容の本が、数多く並んでいます。
たしかに上手な文章の書き方はあります。
文章を書き始めるときには、書きたいところから書き始めるとうまくいきます。
「本を書きたいのですが……」という人に限って、まだ何も書いていません。
文章を書くというと、企画して、骨組みを考え、きれいに順番よく書かないといけないと思われがちです。
そう思ってしまうから、余計に何も書けなくなってしまうのです。
ごちゃごちゃしたことは考えずに、とにかく書きたいことから書いてしまえばいいのです。
正しい文法、レイアウト、書く順番、誤字脱字は、あとから修正すればいいのです。
書くときには、書きたい気持ちを大切にしましょう。
書きたい気持ちを大切にするには、書きたいところからどんどん書いてしまえばいいのです。
書きたいことから書いていると、さらに書きたいことがどんどん浮かんできます。
もう指が追いつきません。
まず、行動することから、すべてが始まります。
本を書こうと言っているだけの人より、1枚でも実際に書いている人のほうが、夢を実現できる人なのです。
ときどき「どうすれば上手な文章が書けますか」と質問されることがあります。
私は「あまり、力を入れないほうがいいですよ」と答えることにしています。
多くの人が、文章を書くとき、力が入りすぎています。
書くことは、大変な作業であると思っているのです。
書くことは、難しいことではありません。
自分の文章なのですから、まず自分の思うように書くことが大切です。
素直な自分らしい文章を書くには、力まないことです。
力んでしまうと、自分らしくない文章になります。
スポーツでは、本番に限って、よく失敗をしてしまうことがあります。
本番の緊張のため、無理な力が入ってしまうからです。
練習では観客がいないため、人目を気にすることはありません。
リラックスしています。
文章を書くときも、軽い気持ちで書きましょう。
リラックスして書くほど、素直な気持ちが表現され、面白い文章を書きやすくなります。
自分らしい文章を書くためには、力を抜いて書けばいいのです。
フォント(字の形)は、人間の心に影響を与えます。
たとえば、明朝体というフォントは、真面目な話をするときによく使われます。
「今日は、お日柄もよく、わざわざ遠いところからお越しいただきまして、誠にありがとうございます」
といった真面目な文章では、明朝体がよく使われます。
もしこれがポップ体だと、幼稚な感じになります。
フォントで、雰囲気が変わることに気づきましたか。
話の内容とフォントは、一致させることが大切です。
真面目な話には、真面目なフォント(明朝体、行書体)
面白おかしい話なら、かわいいフォント(ポップ体)
真面目な話なのに、かわいいフォントでは文章の雰囲気がおかしくなります。
私の文章は、タイトルと文中の文字は、ゴシックを使っています。
真面目で真剣な話ですから、フォントも真面目なフォントを使っています。
フォントの特性を生かすと、普通の文章を、真面目な印象に仕上げることができます。
普通の文章を、柔らかい印象に仕上げることもできます。
フォント1つで、文章のイメージが決まってくるのです。
たわいないことだと思って、みんな手を抜きがちなのは「紙」です。
文章を書くからには、最終的には、紙に印刷します。
ここで、紙に手を抜かないでほしいです。
私が留学時代に、英語のエッセイを提出するときがありました。
友人と一緒にとっていたクラスで、楽しい授業でした。
宿題のエッセイを提出するとき、友人はとても薄い今にも破れそうな紙に印刷していました。
私は、適当に書いた文章なのかと思いました。
いくら、一生懸命に書いた文章でも、印刷する紙を適当にすると、それだけで評価が落ちてしまうことがあります。
紙を手にとったときの手の感触が違うのです。
軽くて薄いと、内容も軽くて薄い印象になります。
少し紙を分厚くして、透き通るような真っ白な紙を使うと、書いている文章も奥が深く、きれいに書かれた印象を受けます。
文章は触ることができませんが、紙は実際に人間の手に触れる物です。
手にとる感触が大事なのです。
大切な場面では、ふさわしい紙を使いましょう。
人間、一度にたくさんのことは覚えられません。
たくさんのことを言われても、頭の中が混乱して、整理できません。
読み手に、考えを整理する余裕を与える文章にすることが大切です。
簡単です。
1項目につき、1つだけにすればいいのです。
よく教える立場にある人は、たくさんのことを一度に話しがちになります。
本人も相手のためを思って、いろいろ教えたい気持ちはわかります。
しかし、実際には一度にたくさんのことは覚えられないのです。
ほとんどが素通りしてしまっています。
上手に文章を書く人も、一度にたくさんのことは書きません。
読者がそんなにたくさんのことを覚えられないことを知っています。
1項目につき、1つだけにすると、読者はとても読みやすくなります。
書くときには、集中して書くと、良い作品が出来上がります。
集中して書くと、一気に書ききることになります。
一気に書ききることで、余分な雑音が混じらず、良い文章が出来上がるのです。
受験勉強のときに、音楽を聴きながら勉強すると、なかなか集中できないといわれています。
勉強に音楽という雑音が混じってしまい、純粋に勉強に集中できなくなるのです。
私も、勉強するときには、音楽は止めてしまうタイプです。
受験勉強をするコツは「短期集中」で攻めることです。
同じく、良い文章を書くコツは「短期集中」で書ききることです。
一気に書き上げてしまうのです。
文を書いている途中に、ドラマを見てしまうと、気分が変わってしまいます。
文章を書こうとしても、時間がたつことで気持ちが変わっているため、書きにくくなってしまうのです。
休憩を入れるときには、切りのいいところで止めればいいのです。
真っ最中に休憩してしまうと、気分が変わってしまい、乱れた文章になってしまうのです。
色は、使いすぎないようにしましょう。
使いすぎると、どこが本当に大切なのかわからなくなります。
私が学生のころ、教科書に大切なところだといって、蛍光ペンで線を引く友人がいました。
赤い線、青い線、緑の線、黄色い線、オレンジ色の線など、たくさんの色を使って、強調しています。
むしろ、線を引いている部分のほうが多いくらいです。
これでは正直、大切な部分がわかりにくいです。
出版されている本でも、最近は印刷技術が良くなったため、たくさんの色を使った本を見かけるようになりました。
かっこはいいけれど、読み手には目がちらついてしまい、どこが大切なのかがわかりにくいのです。
色は、多くても3色までにしましょう。
本当によくできた文章は、黒い文字だけでも、十分アピールできます。
たくさんの色を使うことで、目移りしてしまいます。
読み手を混乱させるようなことは避けるようにしましょう。
1つの文章は、たくさんの1文1文から成り立っています。
1文は、短くするほうがもちろんわかりやすくなります。
できるだけたくさん言いたいからとはいえ、接続詞を使って、文と文をつなげている長い1文を見かけます。
「~だから、~になり、結果、~になってしまうと、今度は~となるばかりでなく……」と長い1文は、読みにくいです。
長くなってしまった文章は、どこかで切れないか、もう一度振り返ってみましょう。
たいてい長い文章は、接続詞を使いすぎて、文と文をつなげすぎています。
長くても、3行までです。
それ以上は、できるだけ短く切るようにしましょう。
1文が短いほど、理解しやすくなります。
偉人たちの名文は、決まって短いです。
短いから名文になったのです。
「トンネルを抜けると、そこは雪国であった」
「泣かぬなら、泣かせて見せよう、ホトトギス」
「ローマは、1日にしてならず」
「地球は、青かった」
名文は、短いから、心に響く力があります。
もし名文が4行も5行も長くなってしまうと、単なるお説教に聞こえます。
接続詞を使いすぎた長い文章は、それだけでお説教になってしまうのです。
心に残る1文のために、短い1文を心がけることが大切です。
縦書きなのか、横書きなのか、はっきりさせることが大切です。
1ページに縦で書かれた文章と、横で書かれた文章が混同しているページはとても読みにくいです。
タイトルを縦にしたり、文を横にしたりしているページを見かけます。
目線が縦に動いたり、横に動いたりして、目が疲れてきます。
文章を読むときには、リズムが大切です。
横に統一した文章は「横、横、横」と、目線が動くのでテンポよく進めることができます。
縦に統一した文章は「縦、縦、縦」と、目線が動くのでテンポよく進めることができます。
しかし、縦と横が混じった文章では「縦、横、横、縦」といった感じで、目を動かす筋肉が違うために疲れてくるのです。
文章を書くときには、縦書きの文章にするのか、横書きの文章にするのかを、はっきりさせましょう。
書くときには、読み手ができるだけ疲れないように配慮することも必要なのです。
人生経験と文章力は、深く関係しています。
人生経験が深ければ深いほど、より深い文章が書けます。
深い文章を書ける人は、人一倍経験のある人です。
人一倍経験があるから、面白い話や知識知恵が豊富で、読者を楽しませてくれます。
若手作家より、40代や50代の作家のほうが、より奥深い話を聞かせてくれるのは、そのためです。
深い文章を書くときにも、経験が多い人のほうが、書きやすいです。
特に、普通の人が経験したことのない体験は、一生の宝になります。
人生経験が深い人は、作家になれます。
作家になりたければ、たくさんの経験をすることで、頭の中に「経験」という財産が残ります。
うまい文章を書く人は、この知的財産を使って文章を書く人なのです。
本文の中で大切なところは、親切に書き手が太字で書いてくれています。
書き手は、太字のほうが大切なところがわかりやすいと思っているようです。
もちろん受験勉強のような参考書なら、太字にするのはわかります。
あらかじめ、試験に出題されるところを太字で強調しておけば、特に理解を深めるべき点が容易にわかります。
太字のおかげでポイントが把握しやすくなり、学習がはかどるに違いありません。
では、すべての本で太字が必要かというと、そうではありません。
小説や自己啓発書などでは、太字は必要ないと考えています。
事実、一般的な小説には、太字部分がないはずです。
なぜかというと、どこが大切なのかは、それぞれの読者によって感じ方が異なるからです。
書き手が、大切だと思って太字にしたところでも、ほかの人にはまったくの的外れのことがあります。
一方、太字になっていないところで、胸がじんとすることもあるでしょう。
書き手が本の中で太字で書くことは、文章から学べる可能性を制限する行為です。
大切なところを決めるのは、著者のやることではありません。
読み手が感じ取ることです。
どこが大切で、どこに感動するのかは、読者によりますし、時と場合によります。
それは読者の想像力に任せるほうがいいのです。
読者の想像に任せることで、あらゆる見方ができるからです。
深い学びが、促されるのです。
文章は、誰でも書けます。
誰でも書けるから、誰でも書けるような文章は、ありきたりで面白みがありません。
ここで、普通の文章と差をつけるための、簡単な方法があります。
自分の経験した、具体的なエピソードを入れることです。
自分の経験したことは、自分しか書けません。
経験したことのない人には、どんなことかわからないのです。
自分の経験を生かすと、ほかの人には真似できない自分独自の文章が出来上がります。
これが、差をつける方法です。
エピソードもできるだけ具体的であるほうが、わかりやすいです。
経験したことがない人が書く文章は、抽象的になります。
しかし、自分が経験したことなら、堂々と具体的に書けます。
抽象的より、具体的のほうが、わかりやすくイメージをしやすいのです。
書くという作業には、面白い現象があります。
夜書いた文章は、自分らしくない文章になってしまうことです。
夜に書くと、興奮作用があり、勢いのある文章になります。
夜には、魔法の力があるのです。
書いている最中は「もしかしたら、自分は偉大な文学の才能があるのではないか」と、大げさに考えます。
夜書いたラブレターを朝読むと、恥ずかしいことを書いてしまったと、赤面してしまうような感じです。
夜に書くと、興奮のため、少々恥ずかしい思いきったことも書いてしまいます。
それが、朝、冷静になってもう一度読むと、自分の書いた文章に恥ずかしくなってしまうのです。
恋愛では「好きな人とは夜に仲良くなりやすい」という法則があります。
暗い中ではお互いが見えにくく開放的になるため、お互いの距離が自然と縮まります。
夜には、そんな不思議な力があるのです。
読んでもらいたい人を、選ぶ方法があります。
優しい人に読んでもらいたければ、優しい言葉遣いで書きましょう。
乱暴な人に読んでもらいたければ、乱暴な言葉遣いで書きましょう。
丁寧な人に読んでもらいたければ、丁寧な言葉で書きましょう。
書かれている口調によって、読者の層が変わってきます。
人間には、同じような人たちが集まる性質があるのです。
学生のころには、2人グループ、3人グループをよく見かけます。
似ている人たちが集まっています。
人は、自分とそっくりな人には好感を持つ性質があります。
私は、ホームページで文章を公開するようになってから、読者から頻繁にメッセージをいただくようになりました。
回を重ねていくと、ある共通点に気づきました。
みんな、私に似ている人ばかりなのです。
私のように悩みを抱えている人や、私のような話し方の人です。
何度かお手紙を交換していくと、そっくりな話し口調に、いつも驚かされます。
お互いに波長が合っている人なのです。
波長は、合ったときに心地よいと感じます。
支持をしてくれる読者は、書き手と波長がそっくりなのです。
先日、私の校正担当者から「適度に括弧があって、読みやすいですよ」という、お褒めの言葉をいただきました。
たしかに私は、大切なところは「括弧」で強調しています。
括弧は、額縁です。
賞を取ったら額縁に入れて飾るように、大切な言葉には額縁に入れたくなるのです。
もう1つ、大切な意味を込めています。
私にとって括弧に入れている言葉は「圧縮語」でもあります。
たくさんの意味をたくさんの言葉で説明するより、一言に圧縮しておきたい言葉があります。
良い例が「ありがとう」です。
ありがとうで、私はたくさんの話を書けます。
何冊でも、本が書けてしまいそうです。
しかし、それらをいちいち文章にしてしまっていては、紙が何枚あっても足りなくなります。
そこで、一言に圧縮するのです。
それが「ありがとう」です。
長い文章を読むより、一言「ありがとう」と書かれているほうが、よほど心にじんときます。
大切なところは「括弧」で強調してみましょう。
言いたいことがたくさんあって、言い切れないときは、一言で圧縮してみましょう。
括弧は、文章を読みやすく理解しやすくさせてくれる額縁なのです。
文章の魅力的な力の1つに「口では言えないことが言える」ということです。
たとえば、自分の両親に「育ててくれてありがとう」とは、恥ずかしくてなかなか目の前では言えないものです。
どうしても伝えたいのに、口では恥ずかしくてどうしても言えない時も、やはりあります。
私は、いまだに両親の目の前では、恥ずかしいです。
両親の目の前では、おとなしい人になっています。
両親は、私が日本語を忘れてしまったと思っているかもしれません。
「伝えたい。けど、伝えられない」というときにこそ、文字にして伝えてみましょう。
文字は、手段です。
口でダメなら、文字で伝えればいいのです。
文字にお手伝いしてもらえば、きっと気持ちがうまく伝わります。
私が本を書いて、両親に読んでもらうようになってから、私のことをもっと理解できるようになったようです。
人は、相手からプライベートを打ち明けられると、その人に好感を持つ性質があります。
プライベートを話してくれると、自分はそれだけの信用があるのだなと思います。
相手が思いきって話してくれると、こちらも話しやすくなるのです。
今、メールからの出会いが増えています。
相手を知ってからメールをするのではなく、メールから相手を知るのです。
メールから始まる場合、お互いのことは全然知らず、顔もわかりません。
しかし、仲良くなってしまうことが多いです。
仲良くなってしまう理由は、メールだと「プライベートを話しやすい」からです。
文字にすると、お互いの外見や権限、地位や肩書に関係なく、自由に発言できるようになります。
相手の顔色も、気にする必要がありません。
そのため、どんどん話が進み、仲良くなりやすいのです。
私も以前、メールから始まって付き合い始めた女性がいます。
ある日、突然、メールがやってきて、メール交換をし始めました。
最初は、顔も性格もまったくわからないところからのスタートでしたが、メールのたびに仲良くなりました。
メールだと、プライベートを話しやすいのです。
相手の話し口調や考え方も、文章から、にじみ出ています。
メールでは、こちらが話してから、次に相手が話すという「会話のキャッチボール」も、うまくいきやすいです。
この繰り返しで仲良くなり、付き合い始めたわけです。
私は「メールはすごい」と思いました。
メールには、まったく縁もゆかりもない人同士を引き付ける力があります。
住んでいる距離が離れていても、連絡を取ることができるというのは、あらためて考えると素晴らしいことなのです。
本屋で雑誌を見ていると、他人の悪口をネタにした内容のものをよく見かけます。
「浮気発覚、別居状態、離婚、高額の慰謝料、裁判」などです。
人の不幸は甘い蜜と言われます。
人々の興味を駆り立てる効果があります。
しかし、これは、ひそひそ言う悪口よりたちが悪いです。
雑誌は誰もが目にしますから、大声でみんなに聞こえるような悪口は、最低です。
文章は何を書いてもいいのですが、悪口はいけません。
悪口の文章は、自分の心が濁ってしまうだけでなく、読者の気分も悪くさせてしまいます。
悪口を書くエネルギーがあるなら、褒め言葉に使ってほしいです。
褒め言葉には、明るくさせる力があります。
人間は褒めてくれると嬉しいし、周りの人も「自分も頑張ろう」とやる気がみなぎってきます。
明るいオーラが周りの人にも伝染して、良い雰囲気をつくり上げるのです。
文章を上手に書くには、悪口をやめて、褒め言葉にすればいいのです。
褒める文章を書くだけで、みんなに明るさをプレゼントできるのです。
先日、本屋ですてきな本を見つけました。
かわいい挿絵を挟んだ本です。
挿絵は、すべて著者本人が書いていました。
著者本人が書いていて、絵から柔らかさも伝わってきました。
本では、ただ字だけが表現方法ではありません。
字を書くのは、表現方法の1つにすぎません。
アーティストと言われている芸術家の人たちは、いろいろな媒体を使って、伝えたいことを表現します。
音楽で表現することもあれば、絵で表現することもあります。
彫刻で表現することもあるでしょうし、演技で表現することもあります。
私は、その柔らかい挿絵の挟んだ本を見て「なるほどな」と、感心しました。
著者は、どうやら絵を描くのも大好きなようです。
表現方法を文章だけに限定せず、絵でも表現するのは、素晴らしい方法です。
私は、本は文字で表現という先入観を持っていました。
あらためて考えると、表現方法はたくさんあるのです。
文字は、その1つの手段にすぎません。
うまい文章を書く自信がなければ、ほかの手段での表現を考えればいいのです。
好きな人がいるときには、ラブレターだけでなく、自分の手料理で表現することもあれば、優しい声で表現することもできます。
優しい声だけでなく、マナーやしぐさ、デートも、自分の気持ちを表現する手段の1つです。
表現方法を1つだけに絞らず、自分がいちばんできる分野で表現してみることが大切です。
本を書きたい人には、2種類います。
作家として成功できるのは、2番の「頼まれる前から、書き始めている人」です。
書きたい人に限って、まだ書いていません。
頼まれてから書こう、と思っているのです。
本当に書きたければ、頼まれる前から書いています。
いち早く書き始めているから、たくさん量をこなせ、書く技術も身についてきます。
チャンスがやって来てから書き始めたのでは、もう遅いです。
チャンスがいつ来ても、生かすことができるように、日頃から腕を磨く必要があります。
現代社会には「シンデレラ症候群」という現象があります。
20代後半から30代の独身女性が、いつか自分には王子様のような立派な男性が現れて、幸せになるのだと夢を見ている女性です。
夢を見ているだけでは、成功しません。
本当に王子様と結婚したければ、いつ王子様がやってきても大丈夫なように、日頃からの自分磨きが大切です。
ある日、本当に王子様が現れても、日頃の自分磨きを怠っていれば、王子様は無視して通りすぎてしまうでしょう。
あなたには「夢」がありますか。
夢を実現できる簡単な方法があります。
チャンスを、十分に生かすだけで、一気に夢に近づけます。
大切なことは、夢を実現できるチャンスがいつ来てもいいように、日頃から自分を磨くことです。
日頃からの積み重ねがないと、次に夢を実現できるチャンスがやってきても、十分に生かしきれないのです。
夢を叶えるためには、日頃からの積み重ねなのです。
「キャッチフレーズ(Catch Phrase)」という言葉があります。
「つかむ言葉」という意味です。
何をつかむのかというと、人の心です。
私たちが潜在的に思っていることを、はっきり言葉に表すということです。
特に映画や広告、CMなどでは、キャッチフレーズをよく目にします。
心をつかむフレーズの有無によって、どれだけ多くの人に振り向かれるかが変わります。
文章を読んでもらいたいときには、目立つキャッチフレーズをつけてみましょう。
売れている雑誌の表紙には、必ずどきっとする一言があります。
「あなたのダイエットは、間違っていた」
「どうせ自分には無理、と思っていませんか」
「人を侮辱にする前に、自分はどうですか」
それは口に出しては言いませんが、心のどこかで思っていることです。
その潜在的な心をキャッチされると、気になって仕方ありません。
そういうキャッチフレーズをつけることです。
人の心をつかむフレーズを考えてみましょう。
本だけに限りません。
料理、演劇、漫画、パソコン、計画にも、キャッチフレーズをつけてもいいのです。
「自分って何?」と思うとき、自分を発見する、とっておきのコツがあります。
「書いてみること」です。
書く内容は、何でもかまいません。
今までの自分のこと、何かに対する気持ち、将来の夢でも、何でもいいです。
とにかく文を書き始めると、自分でも驚く「本当の自分」が現れてきます。
なぜ、自分でも驚く本当の自分が現れてくるのでしょうか。
それは、頭の中でもやもやしていることを、はっきりした活字にすることで、本当の自分がはっきり見えてくるからです。
文章を書くからには、必ずはっきりした活字になっています。
「書くこと」は「思いきり」です。
今まで「こうかな。どうかな」ともやもやしたことを思いきって活字にすると、はっきりした形になって見ることができます。
それが「本当のあなた」です。
自分が自分で思っているだけでは「もやもやした自分」にすぎません。
考えているだけでは、はっきりしません。
書いてみましょう。
書くと必ず、はっきりします。
書いてはっきりしたあなたが「本当の自分の姿」です。
文字には、魔法のような力があります。
人がここまで進化できた理由の1つに「文字」があります。
意思の疎通、希望やお願いも「文字」にすることで、はっきり伝えることができるのです。
文字にして、形にすることで、抽象が具体になるのです。
その魔法のつえを、自分に向けて振ってみましょう。
自分のことについて、書いてみましょう。
どんどん自分のことが、わかってきます。
今までなんとなく思っていたことが、はっきりした形になって見えてくるのです。
魅力的な文章を書くには「新しさ」が必要です。
「新しさ」は、今まで誰も考えなかったアイデアから生まれてきます。
その昔、持って歩ける電話なんて、誰も考えませんでした。
「そんなことができるわけがない」と、思っていたのです。
しかし、技術の進歩によって、ある人が「携帯できる電話をつくってみよう!」というアイデアから、可能となりました。
私が初めて携帯電話を見たときは「なんだろう? 新しいおもちゃかな?」と、思ってしまったくらいです。
技術や科学の進歩によって、新しいものが生まれると、やはり気になります。
人間は「新しい」という、それだけで魅力を感じます。
今までにない新しい電話、携帯電話はその後、携帯できる便利さから、人々の間に広まるようになりました。
魅力的な文章を書くためにも「新しさ」を取り入れてみましょう。
今まで誰もやっていない、書いていないことを書くだけで、魅力的な文章に変わってしまいます。
十返舎一九の代表作「東海道中膝栗毛」は、今までにない新しい文章でした。
それまでの文章は、お堅い文語体で書かれているのが普通でした。
しかし「東海道中膝栗毛」は、庶民に親しみやすい「口語体」で書かれた文章だったのです。
庶民たちが話す言葉で書かれた「読みやすい文学」が生まれたことで、文学が庶民の間にも広まるようになりました。
文章を書くには、こうだと決め付けないで、自分で試行錯誤して「新しさ」を取り入れてみましょう。
善しあしは、あとから考えればいいのです。
文章に「新しい」があるだけで、魅力は生まれてくるのです。
魅力的な文章は「新しさ」から生まれてきます。
では、その「新しさ」は、どこで生まれてくるのでしょうか。
「新しさ」は「アイデア」から、生まれて湧き出てきます。
魅力的な文章を書くために、新しい文章を書き、新しい文章のためにアイデアを考えてみましょう。
アイデアは、自分の考えだけで生まれるアイデアだけが、すべてではありません。
自分で考えるアイデアは、実は「真似をしたアイデア」です。
前にもどこかでやったことがあるような、見たことがあるようなアイデアです。
それも、1つの手でしょう。
新しさを取り入れるためには、誰かの真似をすることも必要です。
しかし、本当のアイデアは「ふと、思いつくもの」です。
力まないで、前触れもなく、ある瞬間に突然やってきます。
アイデアが思い浮かぶ瞬間には、ある共通点があります。
アイデアが浮かぶときは「化学反応」が起こったときです。
良い例が、読書です。
読書は、著者と読者の2人の考えが混ざり合う化学反応です。
著者の考えと自分の考えを混ぜ合わせることで、新しいアイデアがふと、浮かんできます。
「著者の考え+自分の考え=アイデア」です。
混ぜ合わせるのは、何も本だけではありません。
テレビを見ているとき、友人と話しているとき、歌っているとき、叱られているときなどでも浮かんできます。
いろいろなことが自分と触れ合うことで、ある瞬間にふと、アイデアが出てきます。
アイデアは、日常ささいなことからも浮かんでくるものなのです。
大切なことは、その時浮かんだアイデアを、大切にするかどうかです。
ほとんどの人が、捨ててしまっています。
これでは、もったいない。
ふとしたアイデアで、人生が変わるかもしれません。
大金持ちになれるかもしれません。
なのに、アイデアを捨ててしまうのは、大当たりの宝くじを捨てるようなものです。
アイデアは、大当たりの宝くじなのです。
読み手に、わくわくしてもらうために、文章の中に「演出」を仕込んでみましょう。
演出は、色であったり、文字の大きさであったり、形であったりします。
私は先日、ブックカバーが透明色のおしゃれな本を見つけました。
つい気になり、手にとってしまいました。
これは、著者からのすてきな演出です。
ブックカバーを透明色にして、ほかの本と差別化を図ることで、読者の注意を集めることができたのです。
私はいつも本の中では、最初と最後に「はじめに大切なこと」と「最後に大切なこと」というフレーズを書くことにしています。
このフレーズは、私から読者への1つの演出です。
無味乾燥に文字を並べているだけでは、いまひとつ面白くありません。
文章の中に強弱のリズムをつけることで、わくわくする文章に変わります。
最初の文章に「はじめに大切なこと」と書いて強調することで「何が始まるんだろう」と読者の興味を引き出します。
私は、最初と最後に、最重要な文章を必ずもってきています。
文章の最初と最後に、締めをつくることで、文章をうまくまとめる効果もあります。
夢を叶えるコツは「量をこなすこと」です。
夢を叶えている人は、決まって、すごい量をこなしています。
映画監督になっている人は、たくさんの映画を見てきています。
プロとして活躍している野球選手は、たくさんの練習をしてきました。
作家になっている人は、たくさん本を読み、たくさん書いています。
生まれたときから映画監督の人はいません。
夢の形である映画監督にしろ、プロ野球選手にしろ、作家にしろ、生まれてから努力をして手に入れた夢です。
なぜ夢を叶えることができたのでしょうか。
量なのです。
自分の大好きなことをどんどん量をこなしていけば、あるときから「質」へと変わるときがやってきます。
一発勝負のまぐれで得た質ではありません。
量をこなして身につけた「本当の質」です。
さらに量をこなすと、質は「才能」へと変わります。
才能を分解してみると、数え切れないくらいたくさんの「量」の塊です。
うまく文章を書きたい人に、コツがあります。
まず「量」をこなせばいいのです。
どれだけ量をこなしたかが、勝負です。
たくさんやっていれば、嫌でもうまくなっています。
生まれて初めて乗る自転車と同じです。
最初は誰も、自転車に乗れません。
私も始め、自転車に乗れませんでした。
毎日近くの神社で、母と祖母に付き添ってもらって、たくさん練習をしていました。
いつからか、ある瞬間から、乗れるようになりました。
乗れるようになったから、もっとたくさん自転車に乗るようになりました。
結果として、自転車の運転が身につきました。
私は最初から自転車に乗れたわけではありません。
練習をたくさんこなして、量を経験した結果なのです。
自分の才能がないからと、すぐ諦めてしまう人がいます。
自分に才能がない人に限って、まだやったことがない人が大半です。
自分に本当に才能があるかないかは、やるだけやってから言う言葉なのです。
私は、執筆する文章のポリシーがあります。
文章の最後には「行動につなげる一言」を必ずつけることです。
言いたいことを書くだけ書いて、終わっている文章は、味気ないです。
読み終わった後「何が言いたいのか。ではどうすればいいのか」という印象を受けてしまいます。
書いている内容はわかるのですが「じゃあ、だからなに?」と思います。
作家は、読者に勇気を与えるのが仕事です。
行動を後押しする役目があります。
書いていることは正しいのですが、読み手の行動につながる言葉が欲しいのです。
私は、これからの時代、行動につながる文章が人気が出るであろうと予見しています。
読んで理解できたら、読者が現実に行動して、夢を実現させていきます。
あらゆる言葉は、読者を励ます言葉であってほしいのです。
私が執筆する文章の最後には「しよう」という一言で、締めくくるようにしています。
前向きで、行動力のあるまとめ方が好きです。
そうすることで、淡々とした文章から、具体的な行動につながる文章に変わります。
私は、夢につながる本を書きたいです。
時代が変わり、今は物が売れなくなってきている時代です。
テレビや冷蔵庫、洋服や食べ物など、みんな生きるために必要な最低限の物は、すでに手に入れている状態です。
すでに物があふれている時代ですから、これからは「どういう生き方をするのか」が大切なテーマになります。
私は作品を通して、いろいろな形の生き方(ライフスタイル)の提案をしています。
「こうすれば、こんな生き方ができる。そのためには、こうすればいい」という表現を、多く使っています。
読者を励まして、明るい未来につなげてほしいのです。
読者は、自分の考えを共有できる言葉を探しています。
「自分が考えていることは、自分だけが考えている変な考えなのかな」と、不安になっています。
会社でのストレスを話したいのに、自分だけが感じているだけなのか不安なときがあります。
そうしたとき、友人からも同じような話を聞くと、救われるものです。
共感です。
「ストレスを感じているのは、自分だけではないんだ」と思い、安心します。
安心するだけで、精神的に楽になれます。
本を書くときには、聞いたこともない言葉を書く必要はありません。
ありふれたことでいいのです。
ありふれたことであり、みんながなかなか口にできない一言が、心に響くのです。
スタジオジブリの名作『魔女の宅急便』のキャッチフレーズは有名です。
「落ち込んだりもしたけれど、私は元気です」
一見、当たり前の一言です。
人生、山あり谷ありです。
しかし「落ち込んだりもしたけれど、私は元気です」という、ありふれたフレーズが、人々の共感を呼べるのです。
「そうそう、そうなんだよね。そういえば、私も……」と思うと、ずいぶん気持ちが楽になります。
人々の共感を得ることで、1人で背負い込んでいるストレスを、みんなで分けている感じになれます。
ジブリの名作がいつもヒットしているのは、かつて人々が抱いていた夢を、思い出させてくれる映画だからです。
文章を書くときには、自分の主張があります。
小論文では、自分の主張を持つことが大切です。
正しいか間違っているかを左右する、最大のポイントがあります。
「説得力」です。
少し乱暴な言い方ですが、相手をねじ伏せる説得力があれば、何でも正しい主張になってしまうといっても過言ではありません。
たとえば、次の2つの文章を見てみましょう。
「女より男のほうが強い」
「男より女のほうが強い」
この2つの主張を比べて、どちらが正しいか間違っているかは、関係ありません。
考え方や見方によって、どちらも正しい答えになります。
問題は、どう説得するかです。
「力や体力といい、女性より男性のほうが強い。事実、オリンピックの成績を見ると、常に男のほうが上になっている」
このように説得すれば、たしかにそのとおりだと思います。
一緒にデータも提示できれば、完璧です。
しかし、逆に、次のようにも言えます。
「力では男性に負けても、仕事、育児、料理、洗濯、掃除まで休みなく働き続けている。精神的には女性のほうが強い」
このように筋を通しても、たしかにそうだと、納得できます。
相手を納得させる文章を書けるかです。
書くときには、説得力が必要です。
ある程度、大人になると「世の中は矛盾だらけ」という事実に気づきます。
ときどき、自分の考えが絶対だと思っている人がいますが、答えはありません。
作家は、あるときに、これに気づくのです。
書けるようになります。
「答えは無限にあり、答えは1つもない」とわかれば、どんどん書けてしまいます。
あらゆることは、見方によって、善にも悪にもなります。
正しくも、誤りにもなります。
大切なことは、どう納得させるかの「説得力」です。
最後に大切なことは、マニュアルです。
本屋に行けば「上手な文章を書く方法」「正しい文章」といった内容の本が、数多く並んでいます。
たしかに上手な文章の書き方はあります。
いわゆるマニュアル本です。
決まりきった形式や、古典的な文法に従った書き方です。
読みやすい文章にするためには、やはり正しい書き方は、必要です。
私もたくさん本を読んで、正しい書き方は、一度習いました。
特に「小論文の書き方」というたぐいの本は、片っ端から読みあさった経験があります。
しかし、学んでいて、ある日、気づきました。
マニュアルどおりに書くと「個性」が出てこないのです。
自分らしい文章を書くとき、マニュアルに従ってしまっては「個性」が失われます。
最終的な書き方は、自分でつくるものです。
自分が実際に体当たりで経験して、試行錯誤とたくさんの量をこなして得る「自分のルール」です。
これで良いと思えば、それで良いと思ったことは、世界のどこかで良いと思ってくれる人が必ずいます。
正しい文章の書き方は、必要です。
しかし、正しい文章の書き方を学んだら、わざと崩して、今度は自分でつくり直してみましょう。
最後に残った形が「あなたらしい文章」です。