本屋に行けば、数多くの本があります。
ビジネス、政治経済、ライフスタイルなど、ジャンルによってさまざまな知識が学べます。
これだけ多くの本に恵まれている時代に生まれた私たちは幸せですね。
あなたには優しい心があります。
あるとき、前を歩いている人がハンカチを落としました。
それに気づいたあなたは、すぐハンカチを拾って声をかけました。
コミュニケーションでは、うっかり言いすぎてしまうことがあります。
優しく説教するつもりが、厳しくなってしまった。
一言だけ言うつもりが、余計なことまで言ってしまった。
いらいらしたときは、感情が高ぶり、表情も悪くなります。
いらいらした状態では、反省のしようもありません。
どうすれば落ち着くことができるのでしょうか。
あなたは最近「きれいだな」と思ったことはありましたか。
何かきれいなものを見て、心を動かされた瞬間はありましたか。
もし「ある」なら、おめでとうございます。
自分の名前を書いてみましょう。
フルネームで、書きます。
その字に、大切なことが、隠されています。
先天的、あるいは後天的に、体に障害を持つことがあります。
障害は、不幸でしょうか。
「障害があるから不幸」とは限りません。
お風呂上がりに、鏡で自分の体型を見て、ため息をついていませんか。
腰回りを指でつまむと、余分な肉がついています。
少し太っている程度なら問題ありませんが、太りすぎているなら、考えものです。
「鈍感だな」と言われて、他人から笑われることがあります。
「間が抜けている」や「気が利かない」という言い方をされることもあります。
たしかに状況を感じ取る能力が鈍いと、惨めに感じることがあります。
「気分屋」という言葉があります。
そのときの気分しだいで行動する人のことを言います。
世間一般では「気分屋」という言葉に対して、あまり良い印象がありません。
自分の不器用さに、情けなくなるときがあります。
料理で大根を千切りしようとしたとき、細かく切れずに、悔しい思いをします。
パソコンのタイピングも、打つのが遅かったり、打ち間違いが多かったりして、ため息が出ます。
大人になるにつれて、見なくなるものがあります。
へそです。
おなかの真ん中にある、小さなへこみです。
顔にあるほくろが、気になることがあります。
一見すると、顔にごみがついているようにも見えます。
顔にたくさんほくろがあると「顔がプラネタリウムだね」と言われ、侮辱されることもあるでしょう。
ささいなことに、悩みやすい性格の人がいます。
小さなことにもかかわらず、大げさに考えてしまい、いつまでもこだわってしまいます。
いわゆる考えすぎる性格です。
自分の長所は、誰が判断することでしょうか。
普通に考えるなら「自分が判断する」と考える人が多いでしょう。
自分をいちばんよく知っているのは、自分です。
「無口な人」と言えば、世間から悪い印象を持たれがちです。
口数が少ないと、何を考えているのかわからないと思われます。
もっと話をたくさんして、コミュニケーションを取るべきだと言われます。
「特技はありますか」
こう聞くと、控えめな言葉が返ってくることがあります。
「特技というほどでもありません」
難しい話を聞いたとき、すぐ理解できないときはありませんか。
頭が悪いためか、複雑な話を聞いても、すっと頭に入ってきません。
言葉の意味はわかっても、なぜか、話全体の意味はわからないのです。
先生や友人から「もちろん知っているよね」と言われたとき、どうしますか。
知らないことでも、うわべを気にして、言い返さずにうなずいてしまいがちです。
「知らない」と答えると、侮辱されたり叱られたりするのではないかと不安になり、つい知ったかぶりをしてしまいがちです。
記憶力はいいほうですか。
記憶力がよければ、勉強がよく頭に入り、テストで高得点を取ることができるでしょう。
よく覚えられれば、勉強がはかどるに違いありません。
ワイシャツのボタンをとめている途中、ボタンの掛け違いをしてしまうことがあります。
急いでいるときに限って、よくあります。
一度とめたボタンを、すべて外して、最初からやり直しです。
友人との会話がうまく噛み合わないため、悩むことがあります。
相手の話が、なぜか、面白いと感じない。
自分の話をしても、なぜか「つまらない」と笑われてしまう。
「変人だね」と言われて、落ち込んでいませんか。
変人として扱われると、仲間外れにされているかのようで、寂しい気持ちになるものです。
周りから冷たい目で見られたり、ひどい言葉を言われたりなどです。
人間は、面白い。
自分が弱点だと思うことほど、他人には魅力に見えるものです。
鼻が低くて平坦な顔だと感じていても、他人からは「かわいい鼻だ」と思えるものです。
人生では、味方が多いほど、スムーズに進みます。
応援や協力が得られるほど、生きる力が湧いてくるでしょう。
しかし「自分には味方がいない」と感じる人も、いるのではないでしょうか。
「内向的な性格」と「外向的な性格」。
「どちらのほうが良い性格か」と聞けば、多くの人は「外向的な性格」と答えるでしょう。
世間的にも、外向的な性格を評価する声が聞かれます。
24時間営業のコンビニは、便利です。
休みなく営業し続けていると「すごいなあ」と思います。
おや、ちょっと待ってください。
テレビで大笑いしている人を見て、自分も笑ってしまうことがあります。
面白い話で、笑うのではありません。
笑っている人の様子が面白くて、つい自分まで笑ってしまうのです。
顔にあるしわを見て「嫌だ」と思う人がいます。
いつまでも若々しく見られたいと思うでしょう。
しわができるのは悪いことだという認識を持つ人も、多いのではないでしょうか。
「自分には魅力がない」
そう思っているあなた。
大きな誤解をしています。
本屋に行けば、数多くの本があります。
ビジネス、政治経済、ライフスタイルなど、ジャンルによってさまざまな知識が学べます。
これだけ多くの本に恵まれている時代に生まれた私たちは幸せですね。
本は、先人の知恵と知恵の結晶です。
たくさん本を読むことで世の中を知ることができ、未然に失敗を防いだり、人生の生き方が上手になったりします。
学校に行かなくても、目の前に先生がいるかのように、教えてもらうことができます。
本来、学びや教訓は、痛い目に遭うことで学べますが、本の力を借りれば、痛い目に遭わなくても学べるようになります。
本はどれも手間暇のかかった作品ですから、効率よく体系的に知識を吸収できるでしょう。
世の中には、あらゆるジャンルの本が存在しているため「すべての答えが本に書かれている」といっても過言ではありません。
数多くの答えを求めて、貪欲に本を読んでいる人もいるでしょう。
しかし、どうしても本からは学べない例外があります。
自分の魅力なのです。
あなたの魅力は、本には書かれていません。
どれだけ大きな本屋に行こうと、どんなにたくさんの本を読もうと、見つからないでしょう。
自己分析の本を読むことで魅力の見つけ方を学べても、ストレートに答えが書かれているわけではありません。
どれだけ本を読もうと、自分の魅力の答えは載っていません。
では、誰が見つけるのか。
自分が見つけるしかないのです。
自分の魅力を見つけるのは、自分です。
たとえ自己分析の本があり、見つけ方を学んだとしても、実際に見つけるのは自分です。
自分の性格や振る舞いに集中して、自分にはどんな特徴があるか気づいてください。
魅力とは、自分で見つけるものであり、自己判断でいいのです。
これまでの過去を思い出しながら、自分の傾向や特徴に気づけば、だんだん個性的な魅力が見えてくるでしょう。
好き嫌いや得手不得手も、あなたの個性を知るための大事な手がかりです。
長所が見つかれば、ぜひ大事にしてください。
魅力とは、長所であり、強みであり、個性です。
人生を切り開く武器になりますから、もっと集中して実力を伸ばすことが大切です。
長所だけでなく、短所にも注目しましょう。
嫌いな短所に思えても、見方や生かし方を工夫すれば、素晴らしい長所であり魅力になる可能性があります。
往々にして短所は、生かし方を変えれば長所に変わります。
大きな短所であれば、それだけ大きな長所に変わる可能性があるのです。
外見的な魅力だけでなく、内面的な魅力にも注意を向けてみましょう。
私たちは外見に注目しがちですが、性格や考え方といった内面も立派な魅力です。
変わった性格に思えても、それは魅力的な個性です。
変わっていればいるほど、魅力度が高いといえるでしょう。
さて、あなたにはどんな魅力があるでしょうか。
気づくだけでいいのです。
どんどん自分の魅力を見つけていきましょう。
自分にとっては普通に思えても、ほかにはない珍しい特徴なら魅力と呼べるでしょう。
一生懸命に本を読むことも大切ですが、自分の内側に集中して、自分らしさを見つけることも大切です。
自分の素晴らしい魅力を見つけることは、宝物を見つけるのと同じこと。
自分の魅力を見つけることは、本を100冊読む以上の価値があるのです。
あなたには優しい心があります。
あるとき、前を歩いている人がハンカチを落としました。
それに気づいたあなたは、すぐハンカチを拾って声をかけました。
「ハンカチ、落とされましたよ」
その人は振り返り、ほっとした表情でお礼を言いました。
「ありがとうございます」
こんなやりとりをあなたは何度も経験してきたことでしょう。
無視することも、見て見ぬふりをすることもなく、きちんとハンカチを拾って声をかけました。
素晴らしいことです。
道徳にかなった良い行いです。
あなたに優しい心がある証拠です。
特に意識することなく、無意識にしている親切かもしれませんが、優しい心がないとできません。
その人にとってそのハンカチは、特別大切なものかもしれません。
親や恋人からプレゼントされた、大事なハンカチかもしれません。
そうだとすれば、あなたは大きな救いを差し伸べたことになります。
優しい心があることに気づいていただけましたか。
自分の優しい心に気づいてください。
いま一度、自分に自信と誇りを持ちましょう。
良い行いは、巡り回って自分のところに返ってきます。
あなたがハンカチを落としたときも、誰かが拾って声をかけてくれるはずです。
コミュニケーションでは、うっかり言いすぎてしまうことがあります。
優しく説教するつもりが、厳しくなってしまった。
一言だけ言うつもりが、余計なことまで言ってしまった。
理性的に話すつもりが、つい感情的に話してしまった。
そんなとき「言いすぎたかな」と思ってしまいます。
もちろん本人に悪気はありません。
ちょっとした勢いで言いすぎることがあるでしょう。
話している最中は気づかず、話し終わってから「しまった」と気づくもの。
自分の不手際と配慮不足に罪悪感が出て、自責の念に駆られます。
特に感情的になっているときは、言いすぎる傾向が強くなります。
一度発言した後では撤回が難しく、もやもやした気持ちになる。
あなたも一度は心当たりがあるのではないでしょうか。
しかし「言いすぎたかな」と思うことはあっていい。
「言いすぎたかな」と気づけるだけ、まだ救いがあるからです。
まず気づけたことが良かった。
気づくことさえできれば反省と改善ができ、次から注意ができるからです。
気づくことができれば、言いすぎたことの謝罪もできるでしょう。
タイミングは少し遅くなりますが「言いすぎた。ごめんね」と謝れば、人間関係の修復も早くなります。
失敗とはいえ、少なくとも経済的なダメージはゼロですから、かわいいものです。
致命的な失敗ではなく、まだやり直しが利きます。
反省も謝罪も、言いすぎたことに気づけるからこそできるため、救いがあるのです。
そして、もう1つ気づいてほしいことがあります。
「言いすぎたかな」と思えるあなたには、思いやりがある、ということです。
言いすぎたかなと思った瞬間、罪悪感が生まれ、心で痛みを感じているでしょう。
それは、あなたに思いやりがあるからこそ生まれる感情です。
優しくて思いやりがあり、人として正しい良心を持ち合わせています。
どうか自分を責めすぎないでください。
そもそも言葉遣いは、言いすぎの反省を繰り返しながら、向上させていくものです。
言いすぎの反省を繰り返しながら、言葉遣いを少しずつ磨いていきましょう。
「言いすぎたかな」と思えるあなたには、思いやりがあるのです。
いらいらしたときは、感情が高ぶり、表情も悪くなります。
いらいらした状態では、反省のしようもありません。
どうすれば落ち着くことができるのでしょうか。
眉間です。
人差し指と中指で、眉間を力強く押すのです。
10秒以上、眉間を押したままの状態を続けましょう。
たったこれだけですが、効果があります。
眉間を押さえることで、眉間に寄ったしわが強制的に伸びます。
眉間のしわが伸びると、表情が元に戻ります。
いらいらしていた感情の波が、だんだん落ち着くのです。
嬉しい効果は、これだけではありません。
眉間を押さえながら物事を考えると、冷静になって反省できる効果もあります。
眉間は、顔の中心です。
顔の中心点を押しながら考えることで、問題の中心点を探ろうとする意識が強くなります。
「見落としていることはないか」「本当に大切なことは何か」と、核心に迫ろうとする考えができるようになります。
気持ちを落ち着かせる効果があり、よく頭が働くのです。
「いらいらしたときは眉間を押す」と、覚えておきましょう。
あなたは最近「きれいだな」と思ったことはありましたか。
何かきれいなものを見て、心を動かされた瞬間はありましたか。
もし「ある」なら、おめでとうございます。
あなたは「きれいな心」を持っています。
誰がなんと言おうと、あなたの心にはきれいな心が存在しています。
何か美しいものを見たとき「きれいだな」と思うあなたがいます。
美しい花を見たとき、素晴らしい景色を見たとき、壮大な芸術作品を見たとき。
きれいなものがあれば「きれいだな」と思うのは普通に思えますが、ここで気づいてほしいことがあります。
「きれいだな」と思うのは、きれいな心を持っているからです。
きれいな心を持っていなければどうなるでしょうか。
無反応になります。
「きれいだな」と思うことはありません。
驚くことも感動することもありません。
立ち止まることすらなく、素通りするでしょう。
ロボットは、きれいなものを見ても、何とも思いません。
心を持っていないからです。
きれいなものを見て「きれいだ」と感動できるのは、心のある人間だからできることです。
大事な感性です。
最初からあるものなので「特別」に感じないかもしれませんが、あらためて考えると素晴らしい宝物です。
「きれいだな」と思うのは、きれいな心を持っている証拠です。
素晴らしい心を持っていることに気づいてください。
自然なことなので多くの人が見落としていますが、大事な感性であり、素晴らしい宝物です。
「お金がない」「スキルもない」「人脈もない」など、ないことばかりかもしれません。
「夢がない」「やることがない」「未来に希望がない」など、絶望しかけているのかもしれません。
ないものばかりでも、きれいな心は持っています。
「きれいだな」と思えることが、その証拠です。
自分の心の可能性に気づいてください。
見ることも聞くことも触れることもできませんが、間違いなくあなたの心に存在しています。
きれいな心を生かせば、必ず幸せになれます。
どん底にいても、這い上がれます。
きれいな心は、私たち人間にとって最も大切な宝物の1つです。
自分に自信を持ってください。
自分の心に眠っている宝物に気づき、人生に生かしてください。
きれいな心を持っているからこそ、掃除ができたり、見栄えのいい資料をつくれたり、料理を盛り付けできたりします。
きれいな心を生かせば、あなたは必ず素晴らしい行動ができます。
誠実に仕事をすること、思いやりの行動をすること、ボランティア活動に参加すること。
積極的に素晴らしい行動に取り組んでいきましょう。
素晴らしい行動を積み重ねていけば、きれいな人生が待っています。
自分の名前を書いてみましょう。
フルネームで、書きます。
その字に、大切なことが、隠されています。
字が、きれいかどうかではありません。
字が、大きいかどうかです。
自分の名前を書くとき、小さい字で書く癖はありませんか。
虫メガネを使わないと見えないような、小さな字になっていませんか。
名前が小さいと、自分に自信がないようです。
小さな字を書く癖があると、知らないうちに、自分の心理に弱々しい影響を与えます。
小さな自分の名前を見ると、自分の存在感までが小さい気になるからです。
次に、自分の名前を大きく書いてみましょう。
親指くらいの大きさを目安に、意識をしながら、書いてみます。
自分の名前が大きく書けると、自信がつきます。
存在感があり、堂々としていて、偉大であるように見えますね。
自信があるから、名前が大きく書けるのではありません。
名前を大きな字で書くから、自分に自信が出てくるのです。
死ぬまで一生付き合い続ける、いとしい自分の名前です。
一生を通じて、最もよく目にする文字列でもあります。
自分の字に誇りを持つことは、自分に誇りを持つことです。
誇りを持って、堂々と大きな字で書けるようになりましょう。
大きな字で名前を書けるようになると、自然と自分に自信がついてくるのです。
先天的、あるいは後天的に、体に障害を持つことがあります。
障害は、不幸でしょうか。
「障害があるから不幸」とは限りません。
障害と幸せは、無関係です。
たしかに障害は、制限になります。
できることが限られるため、人生の選択肢も少なくなるでしょう。
では、障害がなければ一切困らなくなるかというと、そうでもないのです。
自由がありすぎるのも、困りものです。
意外にも世の中には、障害者より困っている健常者がいます。
健常者は、自由がありすぎるため、選択肢が多くなります。
選択肢が多すぎて、何をやればいいのかわからなくなります。
「どうすればいいのか。どう生きればいいんだ」と、生き方に迷いを抱きやすいことがあります。
障害の素晴らしさは、制限そのものです。
制限があるから、行動が絞られ、集中しやすくなります。
進むべき道を絞られるのは、健常者以上に、幸せなことです。
迷うことがありません。
障害があっても、できることがあるはずです。
できないことに目を向けるのではなく、できることに目を向けましょう。
ヘレンケラーは、健常者ですら難しいハーバード大学に合格しています。
指の感覚を生かして、驚くほどの早さで点字を速読できたといいます。
障害者の国際スポーツ大会であるパラリンピックでは、健常者より高いスコアを出している選手が大勢います。
動かない部位を最大限に活用することで、健常者より、喜びを感じる機会に恵まれています。
障害という制限は、嘆くより生かします。
制限を生かす道が、天命です。
お風呂上がりに、鏡で自分の体型を見て、ため息をついていませんか。
腰回りを指でつまむと、余分な肉がついています。
少し太っている程度なら問題ありませんが、太りすぎているなら、考えものです。
太りすぎていると、健康に悪影響が出ます。
血圧が上がったり、心臓に負担がかかったりなどです。
場合によっては、恋愛や仕事にも支障が出ることもあります。
支障ばかりで、嫌になってしまいますね。
しかし、太っているからとはいえ、喜びがないわけではありません。
痩せる喜びを味わう機会があります。
痩せる喜びは、太った人ほど、味わいやすいものです。
ダイエットは、正直です。
きちんとした努力を続けるほど、効果がよく現れます。
特に太っているほど、少し努力をするだけで、著しい効果が見られます。
これが、いちばん快感です。
食べるより、快感です。
日を重ねるごとに、新しい自分に生まれ変わるのが、目に見えてわかります。
痩せる喜びを味わうことも、貴重な経験です。
自分が生まれ変わっていく様子が、数字として把握できます。
食事と運動によるダイエットを楽しみましょう。
無理のない範囲で心がけながら、時間をかけていけば、痩せる喜びも長く味わえます。
「鈍感だな」と言われて、他人から笑われることがあります。
「間が抜けている」や「気が利かない」という言い方をされることもあります。
たしかに状況を感じ取る能力が鈍いと、惨めに感じることがあります。
人としての重大な欠陥があるように感じます。
他人からはとぼけている様子に見られたり、笑いものにされたりするのです。
しかし、鈍感であることは、落ち込むような性格ではありません。
鈍感には、鈍感だからこそできる長所があります。
細かい点に、気づかないこともまた、能力です。
感じ方や感覚が鈍いからこそ、ささいなことも気になりません。
集中力を発揮したり、楽観的になったりできます。
人生をおおらかに生きることができるでしょう。
気づかないからこそ、ストレスも軽くなります。
その様子は、周りの人から大きな器を持っている人物として見られるに違いありません。
鈍感だと言われたら、喜んでいいのです。
将来、大物になる可能性があります。
素晴らしい能力があることを、他人から認められ、褒められているのです。
「気分屋」という言葉があります。
そのときの気分しだいで行動する人のことを言います。
世間一般では「気分屋」という言葉に対して、あまり良い印象がありません。
そのときどきの気分によって発言や行動が左右されるため、不安定な生き方になりやすいからです。
たしかに気分が不安定になりやすいと、計画も立てにくいでしょう。
周りの人に迷惑をかけることもあるかもしれません。
しかし、気分屋も、素晴らしい性格の1つです。
気分屋の素晴らしい点は、仕事と休憩のオン・オフが、しっかりできていることです。
気分が乗らないときには、やりませんが、気分が乗ったときには徹底します。
行動するのか、しないのかが、はっきりしているのです。
たとえば、気分が乗らないときには、やりません。
気が向かないときは、休憩の時間です。
無理にやろうとすると、精神的に苦しくなります。
その代わり、気分が乗ったときには、徹底します。
気分が乗っているため、気が済むまで徹底して、物事に当たることができるのです。
気が向かないときにサボった分の仕事を、一気に挽回することもできます。
短期で見ると不安定に思えますが、誤解です。
長期で見ると、実は安定しています。
オンとオフが、しっかりできています。
仕事と休憩の区別がはっきりしているため、ストレスもためにくくなります。
気分屋でいいではありませんか。
気分屋には、気分屋なりの良い面があるのです。
自分の不器用さに、情けなくなるときがあります。
料理で大根を千切りしようとしたとき、細かく切れずに、悔しい思いをします。
パソコンのタイピングも、打つのが遅かったり、打ち間違いが多かったりして、ため息が出ます。
自分の異常な不器用さに、悲観してしまうのです。
しかし、不器用であることは、自然なことです。
本当は、器用も不器用も、あってないようなものです。
最初から上手にできる人はいません。
最初からスムーズにできる人は、過去に何度か練習したことがあるため、器用であるように見えるだけです。
本来、誰もが最初は、不器用からスタートします。
練習を重ねることで、上達していくのです。
むしろ、最初から上手にできないほうがいいのです。
謙虚になり、基礎から丁寧に学ぶ姿勢が身につきます。
最も不器用な状態から始めれば、今後は上達する一方です。
少し練習をするだけで、上達がよく感じられるでしょう。
周りの人から「上手にできるようになったね」と、驚かれたり褒められたりします。
上達の違いがあるのは、練習を継続するかどうかです。
不器用のせいにして、すぐ諦めてしまえば、上達もありません。
不器用でも練習を継続すれば、時間はかかっても、必ず上達します。
不器用かどうかの問題ではありません。
練習を継続するかどうかの問題なのです。
大人になるにつれて、見なくなるものがあります。
へそです。
おなかの真ん中にある、小さなへこみです。
子どものころは、不思議に思ってよく見ていたものですが、大人になるにつれて見なくなります。
いま一度、へそをよく見てみましょう。
生まれたときからあるため、当たり前のように思いますが、大事な部分です。
へそは、へその緒を切った傷痕です。
お母さんと自分とは、別々の人間であるように思えます。
しかし、もともとお母さんと自分とは1つだったのです。
まだお母さんのおなかにいたころ、へその緒を通して、物理的につながっていました。
へその緒を通して、お母さんから栄養や酸素をもらっていました。
一般的に妊娠をして、およそ10カ月で出産します。
10カ月は、長い月日です。
妊娠中は、元気な赤ちゃんが生まれてくるよう、激しい運動は避け、できるだけ栄養のあるものを食べました。
お母さんの「大きくなってほしい。生まれてきてほしい」という願いや思いがあったからこそです。
おかげで、生まれてくることができたのです。
へそは、お母さんから大事にされていた証拠です。
単なる、へその緒を切った跡ではありません。
お母さんから「大きくなってほしい。生まれてきてほしい」という願いや思いが込められた、跡でもあります。
大切です。
愛されてきた証拠です。
自分が生まれてきた原点なのです。
顔にあるほくろが、気になることがあります。
一見すると、顔にごみがついているようにも見えます。
顔にたくさんほくろがあると「顔がプラネタリウムだね」と言われ、侮辱されることもあるでしょう。
そう言われたら、こう言い返してやりましょう。
「これはチャームポイントだ」と。
逆を考えてみましょう。
ほくろは、消すことはできても、つくることはできません。
皮膚科の病院で、ほくろを消すことはできますが、ほくろはつくれないのです。
生まれつき、親から授かったものです。
ほくろの微妙な位置であるほど、いい味わいを出します。
ほくろは、自分の存在感を表現する「ID」です。
ほくろがあるおかげで、ほかの人より、ユニークな顔になっています。
立派なチャームポイントではありませんか。
ほくろがあって良かったと思うのです。
一生の宝として、大事にしましょう。
ささいなことに、悩みやすい性格の人がいます。
小さなことにもかかわらず、大げさに考えてしまい、いつまでもこだわってしまいます。
いわゆる考えすぎる性格です。
あれこれと心配すれば、気苦労も増えることでしょう。
神経質な性格を直したいと思いますが、ちょっと待ってください。
直す必要はありません。
悩みではなく、素晴らしい才能だからです。
ささいなことに悩みやすい人とは、ささいなことにも問題意識が向けられるということです。
ささいなことにも問題意識が向けられれば、小さな出来事から、より多くのことが学べるでしょう。
友人との会話で「少し言いすぎたかな」と反省できれば、次から気をつけて発言ができるようになります。
日常生活の中で「あのとき行動しておけば良かった」と反省できれば、今後は積極的に行動できるようになります。
あれこれと心配する性格ですから、より深い反省ができるはずです。
ささいなことに悩みやすい性格があるおかげで、過ちに早く気づけます。
早く気づくことができれば、人生の早い段階で、生き方を見つめ直すことができるでしょう。
悩みやすい性格である一方、幸せな人生を送りやすくなるのです。
素晴らしい性格ではありませんか。
ささいなことに悩むことができるのは、幸せです。
もっとくよくよ悩んで、思いきり生かしましょう。
そういう性格として生まれてきたことに、感謝です。
自分の長所は、誰が判断することでしょうか。
普通に考えるなら「自分が判断する」と考える人が多いでしょう。
自分をいちばんよく知っているのは、自分です。
どんな能力があり、どれだけ優れているのか知っているのも、自分です。
もちろん自分で長所を判断することもありますが、ここが注意ポイントです。
現実では、自分で正確に長所を見極めるのは難しい場合があります。
自分では「普通」と思うことでも、他人からは「すごい」と思うことがあります。
自分では「すごい」と思うことでも、他人からは「普通」と思うこともあります。
自分で考えると主観的になるため、なかなか正確に自分を把握できません。
偏った主観が誤識をもたらし、客観的に自分を把握できないことがあります。
特に謙虚な人は、能力が高くても控えめに考える傾向があります。
謙虚な人は「まだまだです」「大したことありません」「もっとすごい人はいくらでもいます」が口癖です。
実際は能力が高いにもかかわらず、謙遜して、自分の能力を低く見積もります。
たとえ優れた才能があっても「普通です」と謙遜します。
優れた人格者ともなれば、どれだけ能力が優れていても、謙虚な態度しか見せなくなります。
自分で自分の長所を見極めるのは、意外と難しいのです。
では、誰が長所を判断するのか。
他人が判断するのです。
自分にはどんな強みがあって、どれだけ優れているのか。
長所は、自分ではなく他人が判断します。
他人が評価することで、客観的立場から、より正確に把握できます。
自分が「普通」と思っていても、他人が「素晴らしい」と言えば、それが正解です。
自分では「優れている」と思っていても、他人が「普通」と言えば、それが正解です。
「そうかな?」と思うことでも、他人の意見のほうがおおむね正しいと考えていいでしょう。
就職活動の自己分析でも、自分だけで判断するのは注意が必要です。
自分をよく知る他人を交えたほうが、より客観的に自分を把握できます。
自分のことは、自分より他人のほうが詳しいということはよくあること。
あなたをよく知る人物がいれば、ぜひ長所を聞いてみましょう。
あなたの長所をより正確に答えてくれるでしょう。
自分の長所を他人に聞くのはおかしく思えますが、誤解や盲点に気づくためにも、一度聞いてみる価値があります。
客観的な意見を取り入れると、自分では気づかなかった長所が見つかるかもしれません。
「無口な人」と言えば、世間から悪い印象を持たれがちです。
口数が少ないと、何を考えているのかわからないと思われます。
もっと話をたくさんして、コミュニケーションを取るべきだと言われます。
もちろん挨拶や意思疎通など、最低限のコミュニケーションは大切です。
しかし、いくらコミュニケーションが大切とはいえ、たくさん話すほどいいわけではありません。
友人と長電話をした後、疲れを感じたことはありませんか。
話す動作は、口も喉も頭も使うため、エネルギーを使います。
また、話したことに満足して、行動が伴いにくい欠点もあります。
そこで必要になるのが、無口です。
人が深く考えている瞬間は、無口になるものです。
読書しているとき、人は無口になります。
一生懸命に勉強するときも、無口になります。
人生の悩みについて考えるときも、無口になります。
無口になるから、頭がよく働くようになります。
大事な場面では、やはり無口が必要になるのです。
無口である性格を、別に改める必要はありません。
生まれつき、深く考えやすい性格です。
言葉数は少ないですが、一言一言を慎重に選び、発言できるでしょう。
実は、頭の中でかなり複雑なことを考えられているはずです。
無口は、悩みではありません。
才能なのです。
「特技はありますか」
こう聞くと、控えめな言葉が返ってくることがあります。
「特技というほどでもありません」
「それほどうまくできません」
「少しうまくできる程度です」
たしかに「特技」という言葉は、大げさに聞こえますね。
「特技はありません」という人も多いのではないでしょうか。
「立派にできなければいけないといけない」「ほかの人よりうまくできなければいけない」と思っていませんか。
特技を大げさに考えすぎです。
もっと軽やかに考えましょう。
自分が「得意だな」と感じれば、特技です。
特技かどうかを決めるのは、自分です。
あくまで、自分の判断でいいのです。
たとえ、ほかの人よりうまくできなくても「自分が得意だ」と思う感覚が大切です。
自分が「得意だな」と感じることがあれば、幸せになれます。
たとえば、もの真似でもいいのです。
全然似ていなくても、笑ってもらえます。
早食いでもいいのです。
全然早く食べられなくても、早く食べようとする様子は、人を楽しませます。
特技は、ささいなことでいいのです。
ささいな特技ほど、ほほ笑ましく感じ、魅力が輝くのです。
難しい話を聞いたとき、すぐ理解できないときはありませんか。
頭が悪いためか、複雑な話を聞いても、すっと頭に入ってきません。
言葉の意味はわかっても、なぜか、話全体の意味はわからないのです。
ほかの人は理解できているのに、自分だけ理解できないと、恥ずかしくなるでしょう。
しかし、理解できないのは、頭が悪いせいではありません。
シンプルな話が好きな性格なのです。
単純で、短くて、わかりやすいことが好きです。
難しい話が理解できなくても、問題ありません。
本当は、素晴らしいことです。
シンプルに考える才能です。
難しいことがわからないと、シンプルに考えるしかありませんね。
人生は、シンプルに考えたほうがうまくいきます。
きれいな部屋ほどシンプルであるように、きれいな人生ほどシンプルです。
人付き合いで大切なことは、信用です。
仕事で大切なことは、向上心です。
恋愛で大切なことは、愛情です。
人間関係も仕事も恋愛も、シンプルに考えたほうがスムーズです。
シンプルに考える人は、人生がぶれません。
難しいことが考えられないため、ぶれようがありません。
ぶれないから、当たり前のことを当たり前にできるようになるのです。
先生や友人から「もちろん知っているよね」と言われたとき、どうしますか。
知らないことでも、うわべを気にして、言い返さずにうなずいてしまいがちです。
「知らない」と答えると、侮辱されたり叱られたりするのではないかと不安になり、つい知ったかぶりをしてしまいがちです。
知ったかぶりをした後、気持ちが落ち込みます。
頭が悪いように感じて、人間として、平均以下であるような気がしてしまうのです。
問題は「知ったかぶり」という姿勢です。
知ったかぶりをすると、2人に嘘をつくことになります。
まず、相手に嘘をつきます。
相手には、知っているふりを演じて、嘘をつきます。
次に、自分です。
自分にも、知らないのに知っているふりを演じて、嘘をつきます。
知ったかぶりは、疲れます。
するほど、自分が嫌になります。
偽りの自分だからです。
これが、自分を好きになれない原因です。
本当は「知らないです。教えてください」と、正直に答えたほうがいいのです。
「そんなことも知らないの」と、相手から侮辱されたり叱られたりするかもしれません。
やましいことはなく、正直な自分です。
そういうときには、落ち込みません。
相手にも自分にも正直になっていますから、すっきりした気持ちでいられます。
「教えてください」と言えば、相手は詳しく教えてくれることでしょう。
恥をかいても、謙虚になれば、体裁が整います。
自分に正直になるからこそ、自分のことが好きになれるのです。
記憶力はいいほうですか。
記憶力がよければ、勉強がよく頭に入り、テストで高得点を取ることができるでしょう。
よく覚えられれば、勉強がはかどるに違いありません。
しかし、頭のいい人とは、記憶力のいい人ではありません。
記憶力に自信がなくても、テストで高得点を取ることは十分に可能です。
誰にでも、記憶力が高くなる瞬間があるからです。
間違えた瞬間です。
「しまった。間違えてしまった!」という瞬間こそ記憶に残ります。
人間は、痛みや苦しみが大嫌いです。
不愉快な痛みは、肉体的なものであれ精神的なものであれ、経験したくありません。
そのため、間違いを経験したことは、今後は同じことが起こらないよう頭に残りやすい性質があります。
快感の思い出より、痛みが伴う経験のほうが、よく記憶されます。
いい思い出より、悪い思い出のほうが思い出しやすいのは、そのためです。
記憶力が弱くても大丈夫です。
その分、たくさん間違いを経験すればいいのです。
恥をかいたり、悔しがったり、苦しんだりすることが大切です。
たくさん間違いを経験すればするほど、よく頭に残ります。
クラスでいちばん頭のいい人とは、クラスでいちばん間違えた人です。
たくさん勉強するとたくさん間違えるようになり、頭にもよく残ります。
たくさん間違えた人が、最終的に最も賢くなれるのです。
ワイシャツのボタンをとめている途中、ボタンの掛け違いをしてしまうことがあります。
急いでいるときに限って、よくあります。
一度とめたボタンを、すべて外して、最初からやり直しです。
ぼうっとしていた自分が嫌になったり、忙しくていらいらしたりします。
ため息が出ること、間違いなしです。
そこでいらいらすると、さらにいらいらすることが待っています。
気が動転しているため手が思うように動かず、余計にいらいらしてしまうのです。
この複雑な気持ちたるや、言葉にできません。
いらいらしたまま行動しても、後悔を増やすだけです。
そういうときは、逆の発想です。
深呼吸をして「いい手の運動になるな」と思うのです。
そう思えなくても、そう思い込みましょう。
大きく息を吸い込むと、いらいらが和らぐため「手の運動になる」という風変わりな考えも、受け入れられるようになります。
気持ちが落ち着き、手を思いどおりに動かしやすくなります。
いらいらした感情を、意思の力で抑えられるのが、人間です。
いらいらしたときこそ、逆の発想で、ポジティブに考えるのです。
友人との会話がうまく噛み合わないため、悩むことがあります。
相手の話が、なぜか、面白いと感じない。
自分の話をしても、なぜか「つまらない」と笑われてしまう。
自分の話し方や性格に問題があるのではないかと、不安になります。
しかし、話が噛み合わないのは、誰のせいでもありません。
価値観が異なるだけです。
お互いに、好きなことや面白いと感じる部分が異なるだけです。
もちろん相手に合わせることも大切です。
社会に出ると、さまざまな人がいますから、相手の状況に合わせて会話をすることが大切です。
しかし、合わせられる能力を持ちつつも、すべてになってはいけません。
すべてを相手に合わせてしまうと、自分を見失うからです。
「合わせる状態」と「合っている状態」は、似て非なるものです。
無理をして合わせたところで「合わせている」という違和感は、残り続けます。
共感しきれない部分が残り、心から納得できないのです。
「合わないな」という実感があるのは、素晴らしいことです。
納得できていない自分に、きちんと気づいています。
そういうときには、本屋に出かけましょう。
数多くの作家の中から、自分と価値観の合う人を探すのです。
本屋には数多くの本がありますから、1人や2人、同じ考え方を持つ作家がいるはずです。
自分と同じ価値観の作家に出会えると、本を通して、友人になれます。
中には、自分よりレベルの高い考え方を学ぶこともできるでしょう。
本を読むと、勉強にもなります。
たくさんの考え方を吸収できます。
成長できる人は、もっと上を目指すべきです。
相手に合わせることができる能力を持ちつつも、心から価値観を共有できる存在も探すのです。
「変人だね」と言われて、落ち込んでいませんか。
変人として扱われると、仲間外れにされているかのようで、寂しい気持ちになるものです。
周りから冷たい目で見られたり、ひどい言葉を言われたりなどです。
しかし、見方を変えれば、素晴らしいことです。
変態はダメですが、変人はいいのです。
天才になる可能性を秘めているからです。
普通の人ができない奇抜な発想をするから、変人として映っているだけです。
偉人たちを振り返ると、必ず、変人扱いされた経験があります。
空飛ぶ飛行機をつくると豪語したライト兄弟は、当時は、変人扱いされていました。
相対性理論を発表したアインシュタインも、一般人からは変人扱いされていました。
奇抜な発想や行動をするから、変人といわれます。
私たちも普段、天才のことを、変人ということがあります。
短期で見たときに変人と言われても、長期で見ると偉人です。
変人と天才の差は、紙一重です。
普通にしているだけで「変人だね」と呼ばれるなら、最初から相当な感性を持ち合わせている証拠です。
「変人だね」と呼ばれて落ち込むだけでは、意味がありません。
変人と言われたら、変な部分をもっと伸ばして、生かしましょう。
人と違うことをするから、普通に人ができないことを成し遂げられます。
「変人だね」と言われる人ほど、時代を変える可能性を秘めているのです。
人間は、面白い。
自分が弱点だと思うことほど、他人には魅力に見えるものです。
鼻が低くて平坦な顔だと感じていても、他人からは「かわいい鼻だ」と思えるものです。
一重まぶたで、目つきが悪く感じても、他人からは「引き締まった目が良い」と魅力的に映ります。
頭が悪くて勉強ができなくても、他人からは「とぼけたところがいい」と褒められます。
テレビで活躍するタレントたちを見てみましょう。
鼻が低いタレントも、一重まぶたのタレントも、立派に活躍しているではありませんか。
頭が悪いことを魅力として活躍している人もいます。
なぜ、反対の出来事が起こるのでしょうか。
自分からは、自分がはっきり見えるため、強調されすぎているように見えます。
しかし、他人から見ると、適度な距離があるおかげで、ちょうどいいチャームポイントとして見えるようになるのです。
弱点は、魅力です。
弱点が目立つほど、魅力も目立ちます。
隠すのは、もったいないです。
隠してしまうと、普通の人になってしまいます。
隠す努力より、見せる努力をしましょう。
表に見せるほど、自分の魅力がより輝きます。
人生では、味方が多いほど、スムーズに進みます。
応援や協力が得られるほど、生きる力が湧いてくるでしょう。
しかし「自分には味方がいない」と感じる人も、いるのではないでしょうか。
そう思ったら、まず自分の行いを振り返ってみましょう。
味方がいないと不満を言う前に、まず自分が、誰かの味方をしましたか。
自分の味方ばかりを求めるのは、都合がよすぎる話です。
自分の都合ばかり考える人のことを、誰も味方したいとは思いません。
嫌われて、逆に味方が減っていくことでしょう。
味方をつくるためには「味方になりたい」と思われる人物になることが必要です。
まず自分が誰かの味方になることです。
自分にとって、大切な人を思い出しましょう。
その人の味方になるのです。
思うだけでなく、きちんと言葉や行動として見せることが大切です。
「いつでも味方だからね」と言って元気づけたり、困っていることを助けたりなど、味方らしい態度を積極的に見せていきましょう。
誰かの味方をしようとすると、人として輝くようになります。
その輝きが、人を引き付ける魅力になり、自分の味方がだんだん増えるようになるのです。
「内向的な性格」と「外向的な性格」。
「どちらのほうが良い性格か」と聞けば、多くの人は「外向的な性格」と答えるでしょう。
世間的にも、外向的な性格を評価する声が聞かれます。
たしかに外向的な性格は、性格も活発で明るく、コミュニケーション能力も高い。
社交性・社会性に富み、人間関係が上手です。
外向的な人は開放的なので、多くの人から親しまれ、人気者にもなりやすいでしょう。
外向的な性格のほうが、ビジネスでもプライベートでも得が多いと思われがちです。
しかし、ここに誤解があります。
外向的な性格が素晴らしいとは限りません。
外向的な性格にも、特有の悩みや苦労があります。
外向的な性格であるゆえに、友人は多いかもしれませんが、多くの人付き合いに振り回されやすくなるでしょう。
たくさん友人がいても、実際は表面的な付き合いで、浅い関係だけかもしれません。
人と過ごして楽しい反面、人付き合いのストレスで悩むことも増えるでしょう。
多くの人に囲まれているため、いつの間にか周りに流された生き方になるリスクも秘めています。
人付き合いが増えるにつれて、自分の時間を持ちにくくなります。
いつも気持ちが外に向いているため、自分の正直な心や気持ちに気づきにくいデメリットもあります。
外向的な性格が素晴らしいというのは思い込みです。
内向的な性格なら、内向的な性格の強みや魅力に気づいてください。
内向的な性格は、陰気で暗い性格と思われがちですが、誤解です。
「自分の心に集中する力が強い」という長所です。
心の働きが内側に向いていることで、心に関係した仕事なら、人一倍の能力を発揮できるでしょう。
友人は少なくてもいい。
内向的な性格だからこそ、余計な人付き合いに悩まなくて済むメリットもあります。
1人の時間もたっぷり楽しめるでしょう。
友人がいないと幸せになれないわけでもありません。
友人が少なくても幸せになれます。
たとえコミュニケーション能力が低くても、人生を幸せに生きることは可能です。
内向的な性格を、コンプレックスと思う必要はなく、むしろ自信を持ってください。
「1人でいても寂しくない。1人で過ごす時間に幸せを感じる」という特徴は強みです。
芸術家には、内向的な性格の人が多く見られます。
繊細な心の能力を芸術の世界で発揮すれば、普通の人にはできない偉業を成し遂げられるでしょう。
内向的な性格でも、外向的な性格の人より豊かで幸せな人生を送ることは可能です。
外向的な性格でなくてもいい。
内向的な性格も、魅力的な個性の1つなのです。
24時間営業のコンビニは、便利です。
休みなく営業し続けていると「すごいなあ」と思います。
おや、ちょっと待ってください。
すごいとはいえ、自分もすごいのです。
実は、自分も24時間営業をしています。
心臓です。
心臓は24時間365日、休みなく働き続けているではありませんか。
胸に手を当ててください。
「どくん、どくん」という鼓動が、聞こえます。
生まれてから、休憩を一度も取らず、動き続けています。
コンビニでさえ、まれにメンテナンス工事で店を閉めることがありますが、心臓は一切止まることがありません。
生まれてから死ぬまで、一度の休憩もなく、働き続けます。
すごいと思いませんか。
24時間営業の店より、はるかに働いています。
24時間365日、働き続ける頑張り屋が、すでに自分の中にいるのです。
「自分はダメな人間だ」と嘆く人がいますが、誤解です。
生きている人に、ダメな人間はいません。
24時間動き続けている心臓の、どこがダメだというのでしょうか。
休みなく働き続ける心臓に、失礼です。
自分のすごさの実感がないだけです。
むしろ、すごいのです。
自分が、すでに24時間営業です。
生きているだけで、素晴らしい。
生きている人に、ダメな人間は1人もいないのです。
テレビで大笑いしている人を見て、自分も笑ってしまうことがあります。
面白い話で、笑うのではありません。
笑っている人の様子が面白くて、つい自分まで笑ってしまうのです。
赤ちゃんが笑っていると、見ている自分まで笑ってしまう状況と同じです。
笑いは、伝染する作用があります。
素晴らしい、スマイルのパワーです。
誰かを笑わせるのは、簡単です。
まず自分が笑えばいいのです。
自分が笑えば、相手も笑ってくれるようになります。
もちろん楽しいこともないのに、いきなりスマイルは不自然でしょう。
まず、自分から面白い話をすればいいのです。
最近経験した、笑えるような出来事を思い出しましょう。
たとえば、恥ずかしい思いをした経験です。
恥ずかしい経験をした話は、必ず面白い話になります。
恥ずかしがらずに、笑いのネタにして話せばいいのです。
「そうだ。聞いてよ。昨日、恥ずかしいことがあってね」
恥ずかしい思いをした話をすれば、自分が笑い、相手も笑ってくれます。
そればかりではありません。
恥を自分からさらけ出すと、きっと相手も恥ずかしい経験を話してくれることでしょう。
自己開示です。
打ち明けてくれる人に対しては、自分も何か打ち明けたくなります。
笑いながら、もっと親しくなれるのです。
顔にあるしわを見て「嫌だ」と思う人がいます。
いつまでも若々しく見られたいと思うでしょう。
しわができるのは悪いことだという認識を持つ人も、多いのではないでしょうか。
たしかにしわがたくさんあると、老けて見られやすくなります。
しかし、しわに対する認識が、悪いほうばかりに偏りすぎていませんか。
しわにも、いいところがあります。
しわでしか出せない、味わいがあります。
含蓄のある味わいを与えることができる点です。
つまり、貫禄なのです。
しわがたくさんあるお年寄りは、数多くの人生を知っている表情をしています。
たくさんあるしわのおかげです。
しわがたくさんあるほど、人生の多くを見てきた証明書です。
発言する言葉を重く受け止めてもらいやすくなります。
消せなくても、消えないから、いいのです。
しわは、悪いものではありません。
人間なら、誰でも年を取るものです。
人生を長く生きてきた証しです。
しわが増えれば「老けたなあ」と思うのではありません。
「顔にまた1つ、味わいが増えたなあ」と、喜ぶのです。
しわは、人に、含蓄のある味わいを出すものなのです。
「自分には魅力がない」
そう思っているあなた。
大きな誤解をしています。
たしかに生まれつきの魅力もあります。
きれいな二重、かわいいえくぼ、愛くるしい笑顔など、生まれつき備わった外見的魅力もあるでしょう。
声に特徴があって、その人の魅力になっていることもあるでしょう。
優しい性格、明るい性格、ポジティブな性格など、生まれつき備わった内面的魅力もあるでしょう。
もともと性格に強みがあれば、魅力的な個性として生かしている人もいるはずです。
魅力といえば「生まれつきに備わっているもの」と思われがちです。
もちろん生まれつきの魅力もありますが、先天的要素がすべてではありません。
魅力は、自分でつくっていくものでもあります。
もし自分に魅力がないなら、自分の意思と努力で魅力をつくっていきましょう。
たとえば、髪型です。
髪質は生まれつきでも、髪型は自分で自由に決めることができます。
自分らしい髪型を決め、普段からその髪型を楽しみましょう。
自分らしい髪型が定着すれば、魅力に変わっているでしょう。
また、好きなことに取り組んで精通することも大切です。
たとえば、歴史が好きだとしたら、とことん突き詰めます。
自分の好きな勉強なら、自然と力が入り、楽しみながら学べるでしょう。
最初は無知でも、1つのことを突き詰めていけば、博識になります。
最初は素人でも、勉強を重ねていけば、だんだん玄人に変わっていくでしょう。
知識が豊富になり、歴史のことなら何でも答えることができるようになります。
「歴史のことならこの人だね」と言われるようになります。
いずれ「専門家」と呼ばれるようになり、あなたの魅力に変わるはずです。
今からポジティブを意識することも可能です。
新しい考え方を身につけたり、物事の捉え方を工夫したり、成功体験を積み重ねたりです。
先天的にネガティブでも、後天的な努力によって、ポジティブになることも可能です。
最初は普通で平凡なことでも、突き詰めていくにつれて奥が深まります。
差別化につながり、結果として魅力に変わるのです。
「自分には魅力がない」と嘆くだけでは何も変わりません。
魅力がないなら、つくりましょう。
魅力をつくり始めるのに遅すぎることはありません。
もちろん今からでも間に合います。
10代や20代から新しく魅力をつくることはできます。
たとえ中年以降でも、新しい魅力をつくることは可能です。
必要なのは、あなたの意思と努力。
自分の興味関心を羅針盤にすると、進むべき方向が見えてきます。
魅力は、最初からあるものではなく、自分でつくっていくものなのです。