お金がないと嘆く人に共通するのは「お金が欲しい」と願っていることです。
「お金が欲しい」と願っているから、お金が貯まりません。
「当たり前じゃないか。何がいけないのか」
あなたが今より幸せになるためには「手に入れようとしている対象」を見直しましょう。
今までは「お金そのもの」を欲しがっていました。
しかし、これからは「お金を稼ぐ方法」を求めましょう。
トラブルの根本的原因は、自分と他人とを区別するからです。
区別をするから、けんかや争いが生まれます。
国境があるから、戦争も起こる。
本当のやる気はどこから生まれてくるのでしょうか。
それは「自分が、生かされた存在だと気づくこと」です。
今、ここに自分が存在することの素晴らしさに気づけば、吹き上げるような感謝を体感できます。
毎日が同じ繰り返しで、マンネリを感じていませんか。
学生なら、家と学校の往復です。
社会人なら、家と会社の往復です。
人間関係は、波長の合う人たちが集まります。
性格の一致。
趣味の一致。
人生には、大事な場面があります。
試験・恋愛・スポーツの試合などです。
努力の末、うまくいかないときがあります。
「私は絶対にキレません」
自分の心の大きさをアピールする人がいます。
嫌なことやつらいことがあっても、不満を漏らしません。
これまでの修行といえば「山奥ですること」というイメージがあります。
髪を剃って、山奥のお寺にこもり、座禅や滝に打たれて修行をするというイメージが、今も根強くあります。
宗教では、そういう特色を持って修行を進めているところが少なくありません。
「幸せになれないのは、何かが足りないからだ」
そう思っていませんか。
幸せになるために「足りない何か」を追い求めている人生です。
客観的に自分の歩き方を確認できる方法があります。
「靴底」です。
靴底は、その人の歩き方がありのまま反映されている部分です。
「水口さんは、悩み解決の話がよくこれだけたくさんできますね」
ある日、友人から、ふと言われたことがありました。
悩み解決や幸せ向上についていろいろなことを考えているのは、まず徹底的に自分が悩んだという経験があるからです。
初めから、誰かに頼るのは良くありません。
努力に努力を重ね、自分の力では無理だとわかったときに、他人に助けを求めるなら、まだわかります。
そういうときは、あなたがきちんと努力しているから、親や友人は喜んで助けてくれるでしょう。
「面倒だなあ」
面倒くさがり屋は一見すると、社会的には評価が低く、仕事ができない人のように思えます。
「すべてを一つひとつ丁寧にこなすぞ!」
あなたが車を運転するときには、当然ですが「目的地」を意識します。
「そんなことは当たり前だろう」
そうです、当たり前のことです。
日本人は、勤勉な国民です。
幼いころから熱心に勉強します。
学校の勉強だけでは物足りないと感じ、塾に通う人もいます。
ベストタイミングは、あってないようなものです。
ベストなタイミングを待っていると、不思議なことにいつまで経っても、行動できなくなります。
「もっといいタイミングがあるのではないか。もう少し待ってみよう」という自問自答を、延々と繰り返してしまうからです。
あるところに、自殺願望を持つ男性がいました。
つらい過去があり、人生に明るい展望が見いだせず、行き詰まっていました。
「あの過去があったせいで」と、いつも過去を恨んでいました。
「うちの子は、本当にいい子に育った」
こう聞けば、親にとって子どもが一人前に育った印象を受けます。
しかし、実は、一人前どころか半人前です。
私が中学生のころ、ゲーム機の購入について、祖父からアドバイスを受けたことがありました。
祖父は「どうせ買うなら、ほかの友人も持っていないゲーム機を買ったほうがいい」と言います。
偶然ですが、ちょうど私が欲しかったゲーム機は、ほかの人が持っていないタイプのものでした。
あなたは旅行に行ったとき、どんなところを優先的に見て回りますか。
やはり「観光地」は外せませんよね。
その土地柄がよく表れた有名な観光地は、優先していきたいと思って当然です。
あなたが何かを選択するとき「興味があるもの」を基準に選択をします。
普通なら、そうして当然です。
たとえば、本屋に入って、自然と手にしてしまう本は、興味のある本です。
幸せの基本は「広く浅く」ではなく「狭く深く」です。
私たちがうっかり手を出してしまいがちなのは「広く浅く」です。
いろいろな世界を冒険したい気持ちは理解できます。
「だいぶ古くなったなあ。そろそろ買い換える時期だな」
まだ問題なく使えても、古くなったという理由だけで、私たちは新しい物を買い換えようとします。
戦後のものが不足していた時代とは違い、本当に豊かな時代になりました。
「お金が欲しい。もっと欲しい。何かうまい話はないか」
お金が欲しいと、がつがつになっている人がいます。
お金を中心に物事を見ているので、人間関係にも影響します。
人は、夢を叶えるために勉強します。
大学受験に合格する理由をはじめ、資格を取得して仕事に生かしたり、生活の知恵を学んで実生活を豊かにしたりするためです。
勉強家は、大いに結構です。
私たちは、長く生きれば生きるほど、たくさんの「過去」ができます。
過去には「いい思い出」もあれば「悪い思い出」もあるでしょう。
悪い思い出ばかりが、悪いとは限りません。
あなたは、自分で自分がどんな人間だと思いますか。
「せっかちな性格です」
「おおらかな性格です」
「信じる人は救われる」
あなたも一度は聞いたことがある格言ではないでしょうか。
すがすがしい言葉に聞こえますね。
問題発生は、現実の世界で起こります。
現実に問題があると思います。
問題を解決するために、現実を変えようとばかりします。
お金がないと嘆く人に共通するのは「お金が欲しい」と願っていることです。
「お金が欲しい」と願っているから、お金が貯まりません。
「当たり前じゃないか。何がいけないのか」
お金そのものを手に入れようとするのは、よくない話です。
お金をもらっても、使ってしまえばそれで終わりだからです。
お金をもらうことは早い話ですが、なくなるのも早い話です。
表面的なことにとらわれず、本当に大切なことに目を向けてください。
すなわち、本当にお金持ちを願うなら、お金を「手に入れること」ではなく「稼ぎ方」を身につけたほうがいいということです。
お金は使ってしまえばそれで終わりです。
しかし、稼ぎ方は、一度身につければ、一生涯活用し続けることができ、無尽蔵のお金を発掘できる可能性があります。
またそういう能力を持った人のほうが、自立しやすくなります。
「魚をもらうより、釣り方を教わるほうがいい」という話と同じです。
「直接、手に入れる」より「方法を学ぶ」ほうが、賢い生き方なのです。
あなたが今より幸せになるためには「手に入れようとしている対象」を見直しましょう。
今までは「お金そのもの」を欲しがっていました。
しかし、これからは「お金を稼ぐ方法」を求めましょう。
例えて言えば、今までは魚そのものを欲しがっていたが、これからは「釣り方」を学ぼうという話です。
おなかが減って親から魚を3匹もらっても、3日もすればなくなります。
これでは自立できません。
しかし、一度「方法」を身につければ、一生涯、活用できる宝です。
「魚3匹」と「魚の釣り方」の、どちらが本当に大切なのか、気づきましょう。
方法を身につけるうえで特筆すべきは「活用するにつれて磨かれる能力」という特徴です。
魚の釣り方を覚えて、何度も実践すれば「コツ」を身につけることができます。
はじめこそは慣れていなくて、なかなかうまく魚が釣れないことでしょう。
しかし、何度も経験していくうちに体が慣れて、コツがつかめてきます。
そうなれば、しめたものです。
コツさえつかめば、より少ない手間で、より多くの魚を釣ることができるようになるでしょう。
お金の稼ぎ方も、初めはなかなかうまく稼げなくても、次第にうまくなります。
少ない手間で、より賢くお金を稼げることができることでしょう。
あなたが方法として身につけたことは、脳に「方法記憶」として蓄積されています。
方法記憶の特徴は「足し算」で増えるのではなく「掛け算」で増えるということです。
「2+2+2」ではなく「2×2×2」のように、倍になって増えます。
最初はなかなかできなくても、諦めないでください。
しばらく続けていくと、急にうまくなるはずです。
方法記憶は、活用するにつれて磨かれるのです。
トラブルの根本的原因は、自分と他人とを区別するからです。
区別をするから、けんかや争いが生まれます。
国境があるから、戦争も起こる。
国境は、国家が決める境界線です。
その境界線があるから、国同士の利害関係が生まれ、対立してしまい、最悪の場合は戦争にまで発展してしまいます。
区別をしたことが原因です。
便利になると思って引いた境界線のせいで、実は苦労や悩みを増やしています。
今まであなたは「自分と他人とを区別する生き方」をしていました。
だから苦労しています。
自分と他人を区別すると、壁ができるので、気になり・苦労・悩み・気疲れします。
対立が生まれ、精神的な苦労が絶えません。
しかし、これからは「自分も他人も1つ。運命共同体である」ということに気づくことです。
地球という1つの星で生まれたように、私たちの始まりをたどれば1つです。
それは、曲げようのない事実です。
相手を配慮することは、自分を配慮することにもなります。
相手が幸せになれば、あなたも嬉しくなるでしょう。
自分と他人との境界線をなくして、区別のない生き方をしましょう。
必ず楽になります。
肉体的にも精神的にも軽やかになり、生き方がスムーズになります。
今この瞬間から、あなたの意識が変わればいい。
区別しない生き方をすることです。
「対立」ではなく「協力」という生き方ができます。
本当のやる気はどこから生まれてくるのでしょうか。
それは「自分が、生かされた存在だと気づくこと」です。
今、ここに自分が存在することの素晴らしさに気づけば、吹き上げるような感謝を体感できます。
たとえばあなたは、何の原因もなく、この世に突然生まれたわけではありません。
今存在するのは、両親がいて、祖父・祖母がいて、何代にも続くご先祖様から引き継がれた魂のおかげです。
さらに元をたどれば、地球があるおかげであり、太陽系があるおかげであり、銀河系があるおかげです。
最終的には、宇宙があるからという究極にたどり着くでしょう。
想像を絶する歴史があり、あなたが誕生しました。
あなたが言葉を話したり深く考えたりできるのは、親からの教育や先生や友人からの影響があったおかげです。
また、あなたを取り囲む家や土地など、すべての環境のおかげです。
胸に手を当ててください。
心臓が「勝手に」動いているはずです。
勝手に動いているのは、あなたが意識をしなくても働いてくれる自律神経と、それを動かす脳のおかげです。
あなたには、素晴らしい両手・両足、目や脳などが存在します。
それは長い歳月を経て、生物は進化を繰り返し、最も地球で生きるのに適切な設計図である、DNAの進化を繰り返した結果です。
DNAをもとに細胞分裂を繰り返し、手は生活に適した5本の指がはえ、両手両足はバランスよくなるよう2本ずつになっています。
そういうDNAの存在も驚きです。
DNA細密な構造にも感動を覚えることでしょう。
不自然に調和し合って、すべてがうまくいきすぎて、あなたは誕生しました。
神がいるとは信じがたいですが、いるとしか思えないほど、すべての話がうまくいきすぎています。
素晴らしいことです。
そうした壮大なスケールで考えていると、頭がパンクしてしまいそうです。
実感として感じにくいかもしれませんが、そうした壮大なスケールで今のあなたが存在していることは、曲げようのない事実です。
あなたが、素晴らしい過去の歴史の証拠になっています。
だから今、ここに、あなたがいます。
その素晴らしい自分に気づけば、生きていることはなんと神秘的なのだろうかと感動します。
お金や地位のような価値はちっぽけに思え、すでに自分は宝を手にしていることに気づきます。
生きているだけで十分、素晴らしいと思えてきます。
生まれてしまったから、ただ仕方なく生きるのが、もったいなくなります。
一生懸命に1秒を生きようと、自然なやる気が出てきます。
それが「本当のやる気」です。
何かに感謝することで、自然に湧き出てくるやる気こそ、最も健全であり、強力なやる気です。
この意味をきちんと理解できれば「一瞬だけのやる気」ではなく「一生涯のやる気」が続きます。
あなたが生きているかぎり、いつでもどこでも感じられる感謝です。
せっかく生まれてきたのだから、すべてに感謝して、自己を最大限に生かしきります。
せっかく魂と肉体があるのだから、何かのために生かさないともったいない。
今、一生懸命になります。
あなたが、今ここに存在することに報いるとするならば、一生懸命に生きることです。
一生懸命に生きてもらいたいために、壮大なスケールであなたが誕生しているのです。
毎日が同じ繰り返しで、マンネリを感じていませんか。
学生なら、家と学校の往復です。
社会人なら、家と会社の往復です。
行きも帰りも、同じ風景を眺めます。
人間関係でも、毎日、同じような話をします。
平々凡々と同じことの繰り返しは、よくないわけではありませんが、少なくとも刺激や変化は乏しい状態です。
新しい自分に進化するために、毎日「新しい挑戦」を1つ加えてみませんか。
2つも加える必要はありません。
たった1つでいい。
どれも新しい挑戦です。
1年365日で、365の進化を遂げることができます。
あなたは、日々、進化します。
成功できる人は、刺激や変化を歓迎します。
自分を変えるためには、変わった刺激が必要です。
いきなり大きな刺激は肉体的にも精神的にもストレスがかかりますが、小さな刺激なら、受け入れられるでしょう。
大きな変化は、小さな刺激の積み重ねで実現されます。
大きな木ほど、年輪が重なっています。
小さな成長を繰り返すことで、大木が出来上がるのです。
人間関係は、波長の合う人たちが集まります。
性格の一致。
趣味の一致。
考え方の一致。
さまざまな価値観がお互いに一致するので、価値観の共有のため、寄り添います。
「類は友を呼ぶ」という言葉もあります。
人間関係とはいわば「似た者同士の集まり」です。
同性同士なら、友人になります。
異性同士なら、恋人になります。
お互いの価値観が似ているから、ついには結婚に至るケースもあります。
出会いのきっかけや仲が良くなるきっかけのために、価値観の一致は出会いの素晴らしい入り口です。
そういうことはあっていいでしょう。
しかし「価値観が一致しているから」という理由だけで結婚に踏み切るなら、問題です。
現実的な話をしますが「価値観が一致しているから結婚する」ことは「価値観がずれたら離婚する」意味も含んでいるからです。
事実、結婚をした後に「相手と価値観が合わなくなった」という理由から離婚する人は、少なくありません。
価値観が一致しなくなるのは、誰にでも起こることです。
本当に問題なのは「相手の気持ちをわかろうとする努力」を怠っていたことです。
どんなに価値観が一致している人同士でも、結婚した後、必ず価値観はずれます。
結婚してから何年か経つと、長い人生経験によって、お互いの価値観が変わります。
まったく不思議なことではなく、変わって当然です。
そこからが、お互いの本当の人間性が問われるところです。
「相手の気持ちをわかろうとする努力」があるかどうかです。
過去「多くの経験によって相手が成長した」という敬う理解があれば価値観がずれても、変化を理解し歓迎できるでしょう。
「あなたは変わってしまった」とののしるのか、それとも「あなたは成長した!」という優しい言葉をかけるのかは、大違いです。
当然、相手が成長したことを理解する言葉のほうが、相手も喜ぶに違いありません。
この姿勢は、夫婦互いに必要です。
この相手をわかろうとする努力があれば、たとえ結婚後、価値観が一致しなくなっても、夫婦関係はうまくいきます。
それは、夫婦関係だけでなく、どんな友人関係・師弟関係でも共通です。
人は、時間とともに変わって当然です。
価値観の一致で仲良くなるのもいいですが、価値観が不一致でも仲良くできる方法のほうが、はるかに崇高です。
価値観が合わなくても仲良くなる練習を、今からしましょう。
どんな人間関係でも苦労しなくなります。
人生には、大事な場面があります。
試験・恋愛・スポーツの試合などです。
努力の末、うまくいかないときがあります。
うまくいかなかったときに、あなたならどうしますか。
「自分は才能がない。ダメだ……」
落ち込む人ばかりの人は、チャンスを逃す人です。
「うまくいかないことがわかった!」と喜ぶ人になります。
うまくいかなくて、何も得られなかったと落ち込むのではなく「うまくいかないことがわかった!」という新しい発見に喜びます。
あなたは、勇敢に挑戦しましたから、思い残すことはないはずです。
「何もしないでうまくいかない」のではなく、やるだけのことはやって、挑戦しましたから、落ち込む必要はありません。
うまくいかなかったときには、うまくいかなかった原因があります。
その原因を探して、きちんと改善すれば、絶対にあなたは成長します。
学科試験でも、スポーツの試合でも、失恋でさえも、うまくいかなかった原因を探って、改善します。
その瞬間に、あなたはぱっと変わります。
エジソンは白熱電球を発明するまでに、5,000種類以上もの素材を調べたそうです。
試してはうまくいかなくて、また別の素材を試してはうまくいかないという繰り返しを5,000回以上繰り返しました。
エジソンは結果として、素晴らしい発明家になれました。
成功王ほど、実は失敗王です。
失敗を成功へ転化すれば、天才になります。
失敗は落ち込むことではなく、喜ぶことなのです。
「私は絶対にキレません」
自分の心の大きさをアピールする人がいます。
嫌なことやつらいことがあっても、不満を漏らしません。
こういう人は、何の不満もなく、人生は順風満帆という印象を受けます。
しかし、こういう人ほど、ある日、爆発します。
ため込んだストレスを隠して、吐き出してもいないからです。
自殺している人の生活を振り返ると、不満を漏らさず、真面目にしている人がほとんどです。
「不満もなくて、いつも元気そうだったのに……」
良くありません。
隠していただけです。
元気そうだったのではなく、元気なふりをしていました。
追い詰められて死を選ぶくらいなら、不満を口にする癖をつけることです。
思っていることが相手に伝わらないと「不満がない。元気そうだ。問題ない」と誤解されます。
自分のために演じている真面目は、自分で自分をいじめている状態です。
もう少し、自分の正直な気持ちに従ってください。
不満があるなら、不満を口にします。
その気持ちが周りの人に伝わります。
伝われば、多少なりとも改善の方向に向かうでしょう。
どこでも誰にでも口にしてしまうと社会生活に影響が出ますから、心の打ち解けた仲の人や、2人きりのときなど、工夫は必要です。
しかし、やはり「我慢」ではなく「吐き出す」ということを忘れないでください。
人間は弱いから、強くなりました。
弱い者同士が「困っているんだよ」と不満を言い、助け合っているからです。
「私は今、大変なんです」と弱音を吐いている人のほうが、案外、長生きできます。
弱音を口にした時点でストレス発散になり、元気を取り戻しているからです。
普段から、ぶつぶつ不満を口にしているので、ため込まず、きちんと発散されています。
なにより、あなたが心の中で思っている不満が言葉として表現され、ほかの人に伝わります。
伝われば、苦しんでいるあなたを理解でき、助けてもらったり協力を得られたりできるでしょう。
理解されたければ、伝えることです。
隠すのではなく、表現するのです。
これまでの修行といえば「山奥ですること」というイメージがあります。
髪を剃って、山奥のお寺にこもり、座禅や滝に打たれて修行をするというイメージが、今も根強くあります。
宗教では、そういう特色を持って修行を進めているところが少なくありません。
修行とは「悟ること」です。
「人生で大切なこと」
「宇宙の法則に気づくこと」
「自分が生かされていること」
これらに気づき、体感・体現することです。
都会の雑踏の中では、誘惑や刺激が強く、心の内面に意識を向けにくいので、刺激の乏しい山奥が好まれています。
しかし、山奥のお寺にこもり、座禅や滝に打たれないと悟れないのかというと、そうではありません。
悟れるか否かの最も重要なポイントは「静かな1人の時間があるかどうか」です。
「1人で静かな時間」があれば、場所や時間は、どこでもいつでもいい。
1人で静かな時間を持つと、人生について落ち着いて考え直し、見つめ直せます。
山での修行が大切なのは、そうした静かな1人の時間の環境を、容易に手に入れられるからです。
しかし、です。
たしかに山での人生修行も大切ですが、やはり主体は「現実世界」です。
いくら山で修行を積んで人生を悟った気になっても、実際の浮世の世界でうまくいかないのでは、意味がありません。
悟りを開き、かつ、都会の雑踏の中でもうまく社会生活が送れることが、最も理想的ですね。
山奥で悟っても、浮世の世界に帰って元どおりになるのでは意味がありません。
修行はすでに、今、そこですぐできます。
むしろ雑踏の中のほうが、修行に適しています。
雑踏の中のほうが、たくさんの人との出会い、誘惑、物、出来事があるからです。
足りないとするならば「静かに自分を振り返る時間」だけです。
それさえできれば、山奥でなくても、都会で十分に可能です。
都会でたくさんの経験を積みながら、時には、静かに1人でもの思いにふける時間があれば、最高です。
都会にいながら、悟りを開けます。
現に私はHAPPY LIFESTYLEを、東京という都会のど真ん中で書いています。
都会のど真ん中だからこそ、書けたのだと思います。
さまざまな人、物、出来事に触れて、たくさんの経験と静かな1人の時間を使い、たくさんの悩み解決につなげています。
都会の中でも、悟りを開くことは十分に可能なのです。
「幸せになれないのは、何かが足りないからだ」
そう思っていませんか。
幸せになるために「足りない何か」を追い求めている人生です。
私たちは幸せと成長を実感するために、日々、新しい物を追い求め、走っています。
資格を手に入れたり、恋人を手に入れたり、家を手に入れたり、家具を手に入れたりなど、数をあげれば切りがありません。
手に入れたものはなくならないように、一生懸命に保持する努力をします。
何かを手に入れて幸せになったようでも、一生懸命に執着する努力によってストレスが増えれば、意味がありません。
ストレスの元凶は「執着」です。
ほとんどのストレスとは、何かに執着していることから生まれます。
物を失いたくない。
恋人を失いたくない。
親を失いたくない。
キャリアを失いたくない。
地位を失いたくない。
幸せになるためにたくさんの人・物・金・肩書を手に入れて「失いたくない」という執着によって、眉間にしわを寄せます。
人生が長くなるにつれて、背負うものが多くなり、疲れやすい体質へと変わります。
背負うものが多すぎると、健康な人でも、ストレスを感じやすくなり、疲れやすくなったり、いらいらしやすくなったりします。
たくさん持っているから元気がなくなります。
あなたも、そうなっていませんか。
一方、子どもがみな明るく元気なのは、背負っているものが何もないからです。
地位もお金も肩書もなく、身軽だから元気に走り回り、笑顔が絶えません。
失うものがないから怖いものもなく、だから究極的に元気です。
いま一度、そんな子どもたちから学ぶ必要があるのではないでしょうか。
元気を取り戻すためには「手に入れる」から「捨てる」へと発想を切り替えましょう。
「執着」をやめて、思いきって捨ててしまいます。
手放した瞬間、不思議なことに楽になります。
縛っていたものがなくなると自由になれ、健康になります。
客観的に自分の歩き方を確認できる方法があります。
「靴底」です。
靴底は、その人の歩き方がありのまま反映されている部分です。
靴底のすり減り方は、歩き方によって特徴が出てくるため、ここを見れば普段の自分の歩き方を確認できます。
まず大事なことは、靴底がある程度すり減るのは普通の現象です。
歩くときは必ず摩擦が発生するため、正しい歩き方をしても靴底は少しずつすり減っていきます。
長く履いている靴であれば、それだけ靴底の消耗も激しくなるでしょう。
ただし、靴底のすり減り方に「不自然な特徴」が見られるなら要注意です。
たとえば、変な部分がすり減っていたり非対称にすり減っていたりです。
靴底のすり減り方が不自然なのは、おかしな歩き方になっている可能性があります。
まず正常な歩き方は、かかとの外側が少しすり減っているパターンのみです。
私たちは2本の足で左右のバランスを取りながら歩いているため、靴底のかかとの外側もわずかにすり減ります。
そのため、かかとの外側が少しすり減るのは正常の範囲です。
それ以外のすり減り方は「要注意」と考えたほうがいいでしょう。
外側が大きく減っているなら、外に重心がかかっている証拠であり、がに股の歩き方になっている可能性があります。
内側に大きく減っているなら、内に重心がかかっている証拠であり、内股の歩き方になっている可能性があります。
靴のつま先や中央がすり減っているなら、だらだら足を引きずるような歩き方になっている可能性があります。
すり減り方が左右非対称であれば、すり減っている側に重心がかかっていて、偏った歩き方をしている可能性があります。
整体師が体のバランスをチェックする際、靴底を参考にするのは珍しいことではありません。
靴底のすり減り方に不自然な様子が見られるなら、整体師に体のゆがみをチェックしてもらうといいでしょう。
あなたの靴底はどうなっているでしょうか。
靴底は嘘をつきません。
靴底を見れば、歩き方がわかるのです。
「水口さんは、悩み解決の話がよくこれだけたくさんできますね」
ある日、友人から、ふと言われたことがありました。
悩み解決や幸せ向上についていろいろなことを考えているのは、まず徹底的に自分が悩んだという経験があるからです。
私は元来、落ち込みやすい性格です。
これはそもそも私の性格で、幼いころからささいなことで落ち込んでは「なぜ?」と悩んでいました。
内省的な性格が、功を奏しているのでしょう。
一度悩み始めると、悩みが解決するまでぐずぐず考えるタイプだからこそ、たくさん考えた経験が山ほどあります。
悩み解決のネタなら、バーゲンセールができるほどたくさんあります。
書いていることのほとんどが、実際に私が悩んだことであり、考えたことのある話です。
悩み解決のコツは「原因が見つかるまで、徹底的に深く掘り下げること」です。
世の中は、すべて「原因と結果の法則」があります。
結果があるということは必ず原因があるので、その原因を解決すればいい。
「原因は何だ?」
「本当の根本的原因は何だ?」
「その原因にも、原因があるのではないか?」
「なぜこうなった?」
「本当によくないのはどこだ? 誰か? 何か?」
「どうすればうまくいく?」
「どうすればいい?」
こういうことを、たくさん考えています。
すべて原因と結果の法則が働いているので、深く掘り下げると、原因が見えてきます。
原因までわかれば、悩み解決は半分終わったようなものです。
後は、原因が改善される方法を考えればいい。
原因がわかれば、解決につなげる名案も、次々とぱっとひらめき始めます。
見つかれば、実際に自分が現実世界で行動し、試してみて、その効果を実感します。
その繰り返しです。
悩みを解決するには、まず徹底的に落ち込み、原因が見つかるまで深く掘り下げることです。
原因のない結果はありません。
「問題になった原因を探す」という当たり前を、とにかく徹底的に実行します。
あらゆる可能性を模索してみます。
あるとき原因がわかり、原因がわかれば、問題解決の糸口がつかめてきます。
どんなに大雨が降っていても、その雨雲の上には、雲が1つもない晴天が広がっています。
そこまで突き抜けます。
大雨を降らせている雨雲から逃げるのではなく、体当たりします。
すると、雲を突き抜けて、明るい世界が広がっています。
どんなにつらい悩みがあっても、その先にはぱっと明るい世界が待っています。
あんなに暗かったのに、急に明るい世界に飛び出てしまうのです。
初めから、誰かに頼るのは良くありません。
努力に努力を重ね、自分の力では無理だとわかったときに、他人に助けを求めるなら、まだわかります。
そういうときは、あなたがきちんと努力しているから、親や友人は喜んで助けてくれるでしょう。
しかし、努力もしないで初めから他人を頼るのは、注意が必要です。
頼ってばかりの人は、誰も助けてくれません。
みんなが、あなたから逃げていくでしょう。
周りの人が、異様に冷たく感じられます。
そもそも、初めから他人を当てにする姿勢がいけません。
人から何かをしてもらおうとする姿勢では、いつまで経っても悩みは解決されません。
まず、自分が動いて解決するという姿勢を持つことです。
いちばん頼りになる人は、親でも友人でもない、自分です。
他人の力を当てにするのは思うようにいきませんが、自分の力を当てにするのは、自分の思いどおりです。
あなたが本当に努力をしたとき、不思議と他人は力を貸してくれます。
自分が努力している人には「協力するよ」と言って、仲間が集まります。
人間とは、そういうものなのです。
「面倒だなあ」
面倒くさがり屋は一見すると、社会的には評価が低く、仕事ができない人のように思えます。
「すべてを一つひとつ丁寧にこなすぞ!」
一方で几帳面な人は、仕事を丁寧にこなすので、社会的には評価が高く、仕事ができる人のように思われます。
しかし、そう思うのは頭の中だけで、実際の世の中は違います。
面倒くさがり屋ほど成功しているという現実があります。
悲しいかな、軍配が上がるのは、几帳面な人より、面倒くさがり屋です。
面倒くさがるというのは、成功への条件です。
面倒と思うからこそ、問題意識を強く持ち、改善のために積極的になるからです。
世の中の大発明も、面倒と思ったことが発端です。
遠い人と話をするために、わざわざ出向くのが面倒なので「電話」が発明されました。
ノートに書かれていることを、丸写しするのが面倒なので「コピー機」が発明されました。
事実、仕事でも手間のかかる仕事があれば、面倒を嫌う人ほど「なんとかいい方法はないのか」と考えます。
大発明とはいきませんが、こうした改善は「小さな発明」です。
面倒なことが嫌でたまらないほど、ほかの人が考えもしないような方法を考え出します。
マイナスのパワーが、結果として、プラスを生み出しています。
世の中のほとんどは、面倒くさいものばかりです。
だからこそ、成功のチャンスはそこら中に転がっているとも言えます。
あなたが面倒を嫌がるタイプなら、素晴らしい素質があるのです。
あなたが車を運転するときには、当然ですが「目的地」を意識します。
「そんなことは当たり前だろう」
そうです、当たり前のことです。
目的地がなければ、車をただ適当に走らせることになり、ガソリンも時間も、無駄に使うばかりです。
ガソリン代とはいえ、かなりの金額になります。
時間も、もったいないですね。
目的地があるからこそ、車を運転できます。
目的地にたどり着くために、右に曲がったり左に曲がったり、方向・距離・スピードなどを調整しながら運転できます。
それは人生でも同じです。
目的のない人生は、良くありません。
それはただ適当に走らせる車と同じで、時間やお金を無駄に使うばかりです。
「自分は何をやりたいのか」
「人生の目的は何なのか」
「何を求め、どこに向かって走っているのか」
そういうことを、まず真剣に考えることです。
目的を意識して、初めて「正しい時間の使い方」や「正しいお金の使い方」が見えてきます。
堂々と「私はこれがやりたい!」と言える人間になることです。
恥ずかしいことでも何でもなく、当たり前のことです。
目的地を意識するから正しく車を運転できるように、目的地があるから人生も正しく歩めるようになります。
あなたの人生の目的地はどこですか。
日本人は、勤勉な国民です。
幼いころから熱心に勉強します。
学校の勉強だけでは物足りないと感じ、塾に通う人もいます。
こんなに勉強ばかりしている国民は、世界でもまれです。
しかし、勉強好きな日本人の悪い癖は「勉強してから活用する目的を探すところ」です。
「生かす場面はわからないが、とりあえず勉強する」というパターンが多い。
そのため、勉強をしても、生かしていない知識がたくさんあります。
そもそも使う目的を先に考えていないので、勉強をしても、それで終わりにしている人が多いです。
どんな勉強でも、学んだ知識を生かさなければ、意味がありません。
英語の勉強。
心理学の勉強。
法律の勉強。
歴史の勉強。
勉強したまま終わりにしていないでしょうか。
「勉強することがいいこと」という先入観にとらわれて、ひたすら勉強ばかりしているのは困ったものです。
せっかく英語の勉強をしたのなら、どんどん使ってみることです。
英語の勉強をすれば、英語の新聞を読みます。
英語の文学世界にひたるのもいいでしょう。
海外旅行で英語圏に足を運び、現地の人に話しかけてみるのも良し。
チャンスがあれば、外国人の友人ができる可能性もゼロではありません。
学んだ知識は生かしてこそ意味があります。
勉強より先に「使う目的」から探しましょう。
目的があるから、必要な勉強をして、使います。
夢があるから、その夢の達成のために勉強をします。
そういう順番で勉強しなければ、有限である人生では間に合いません。
勉強しているうちに、生かさないまま人生が終わってしまいます。
まず目的を決めてから、勉強するのです。
ベストタイミングは、あってないようなものです。
ベストなタイミングを待っていると、不思議なことにいつまで経っても、行動できなくなります。
「もっといいタイミングがあるのではないか。もう少し待ってみよう」という自問自答を、延々と繰り返してしまうからです。
ベストタイミングを求め始めると、行動ができなくなります。
ベストを求めるからいけません。
実は、ベターで十分です。
ベストは見極めが難しいですが、ベターになると「このくらいだろう」とわかります。
ベタータイミングになると、人は行動しやすくなります。
あらゆるベタータイミングは「今すぐ」です。
行動は、できるだけ早くしたほうが、成就する可能性が高くなります。
アメリカ人が、英語が得意なのは、英語の勉強が早いからです。
生まれたときから英語の勉強をしているから、英語が流暢です。
つまり「早ければ早いほど良い」ということです。
「今すぐ」ほど、いちばん早いタイミングはありません。
そういう意味で、ベタータイミングとは「今すぐ行動すること」です。
受験勉強も、早く始めれば始めるほど、合格率が高くなります。
スポーツ選手がうまいのは、早い時期から始めているからです。
勉強でもトレーニングでも、早い人ほど有利になるのは、当然です。
ベストタイミングで行動するのはやめましょう。
ベタータイミングで、今すぐ行動するのです。
あるところに、自殺願望を持つ男性がいました。
つらい過去があり、人生に明るい展望が見いだせず、行き詰まっていました。
「あの過去があったせいで」と、いつも過去を恨んでいました。
「もうこんな人生は嫌だ。死んでやろう」と思った、そのときです。
「どうせ死ぬなら、この世をもう少し楽しんでからにしよう」と思いました。
死ぬ前に、今まで勇気がなくてできなかったことを、がむしゃらに挑戦してみました。
死ぬ瞬間になれば、怖いものがなくなります。
家の外に出て、遠くまで行き、活動範囲を広げました。
すると、死のうとしていた心境に、変化が現れ始めました。
新しい挑戦をしていくうちに、思いのほか、人生が楽しくなってきたのです。
新しい友人ができました。
新しい経験も増えました。
人生には、まだ自分が知らない楽しみが、たくさんあることを知りました。
そのとき、彼ははっと気づいたのです。
人生に行き詰まっていたのは、単に挑戦が足りなかっただけでした。
彼は一変しました。
「人生、まだまだ捨てたものではない。もっと生きたい」と思い始めたのです。
挑戦する男性へと、生まれ変わりました。
彼の口癖も変わりました。
「あの過去があったせいで」と嘆いていた口癖が、今では「あの過去があったおかげで」と感謝するようになりました。
苦しい過去が、感謝へと変わったのです。
今がつらければ、今が素晴らしくなるように、努力することです。
今が素晴らしくなれば、これまでの過去をすべて肯定することになります。
過去は変えられませんが、過去の印象は変えられるのです。
「うちの子は、本当にいい子に育った」
こう聞けば、親にとって子どもが一人前に育った印象を受けます。
しかし、実は、一人前どころか半人前です。
まだまだ自立しておらず、経済力が不足しています。
親に理解されているうちは、まだダメです。
親の理解や器を超えることができていないからです。
親が理解できる程度の人間なのですから「親以下」ということです。
まだまだ成長が足りない、つまり半人前ということです。
あなたは、親を超えなければいけません。
親を超えることが最大の親孝行です。
自立であり、一人前になったということです。
親を超えたとき、親はあなたのことを理解できなくなります。
親から見れば、子どもは変になったのではないかと感じるでしょう。
親より大きな理解、大きな器、大きな考えを持っているので、親には子どもが幼稚に戻ったような錯覚を感じます。
そう感じさせるくらい、大きな人間になりましょう。
「お前は一人前になったね」と言われているうちは、まだ半人前です。
「まだまだ半人前だ!」と親が怒るような行動ができるようになり、ようやく一人前になったということです。
親を超える人間になれば、悲しいかな、親から理解されなくなります。
冷たくされたりひどいことを言われたりすることも少なくありません。
親孝行は、なかなか親から理解されないものなのです。
私が中学生のころ、ゲーム機の購入について、祖父からアドバイスを受けたことがありました。
祖父は「どうせ買うなら、ほかの友人も持っていないゲーム機を買ったほうがいい」と言います。
偶然ですが、ちょうど私が欲しかったゲーム機は、ほかの人が持っていないタイプのものでした。
当時、ほかの人は、あまり持っていない小型のゲーム機が欲しかった。
小さくて、持ち運びができるゲーム機のほうが、いつでもどこでも楽しく遊べそうだなという単純な理由からです。
当時としては、高価な物でした。
みんなが持っている一般的なゲーム機を買っていても、ほかの人が持っているので、さほど珍しくはありません。
しかし、みんなが持っていない物を買うことで「珍しい」という付加価値が手に入ることを、祖父は気づいていたのでしょう。
それが功を奏して友人が増えました。
珍しいゲーム機を持っていると、友人との話で有利になれます。
私たちはみんなが持っているものを、欲しがろうとします。
みんなと同じ物を買うほうが、共通点ができて仲間意識が強く持てるからです。
しかし、逆を言えば、同じものだから目立たないという欠点もあります。
どうせ買うなら、みんなが持っていない珍しい物を買うことです。
珍しいというのは、思わぬ付加価値を生み出すのです。
あなたは旅行に行ったとき、どんなところを優先的に見て回りますか。
やはり「観光地」は外せませんよね。
その土地柄がよく表れた有名な観光地は、優先していきたいと思って当然です。
しかし、ちょっと待ってください。
本当に観光地は、その土地柄が最も表れている場所なのでしょうか。
観光地は、外からやってきた客向けにお化粧をした場所です。
不自然に飾り立て、不自然に人が多く、不自然ににぎやかです。
それは商売を目的としている場所ですから、仕方ありません。
商用になってしまったので、自然な風土が失われ、不自然な状態になっています。
お化粧をした女性の肌が、本来の肌ではないように、お化粧をしている観光地も、実はその土地柄があまり表れていません。
では、本当に土地柄が表れているのはどこかというと、観光地以外の場所です。
何でもない場所こそ、本当の観光地としてうってつけです。
たとえば、一般のお店・平凡な本屋・単なる一般道などです。
バスや地下鉄・川の色・人の雰囲気。
本当の土地柄や風土は、そういう「何でもない場所」にこそ、表れています。
そういうところのほうが、本当に土地柄や風土がよく表れており、観光する価値があります。
皮肉にも、観光地以外の場所のほうが、観光地らしい。
旅行に行って、土地柄を学ぼうと思ったら、何でもない場所のほうがよくわかります。
観光地だけを見て回り「ああ旅行を楽しんだ」という気分にだけ浸っていませんか。
もちろん観光地も大切です。
しかし、観光地以外の平凡な場所のほうが、はるかに土地柄を強く感じられるはずです。
あなたが何かを選択するとき「興味があるもの」を基準に選択をします。
普通なら、そうして当然です。
たとえば、本屋に入って、自然と手にしてしまう本は、興味のある本です。
映画を見るときも、興味のある映画を見ます。
レストランでメニューを選ぶときも、興味のあるメニューを選びます。
それはそれでいいですが、この基準で行動すると、ワンパターンになります。
進歩があるようで、進歩がありません。
同じことを繰り返すワンパターンなので、新鮮な変化や新しい出会いがありません。
そういう繰り返しを、あなたは、何年・何十年と繰り返していることでしょう。
「新しい刺激に出会うためには、やはり引っ越しがいちばんなのか……」
あらあら、また大げさです。
引っ越しをすると、たしかに環境ががらりと変わり、新しい刺激に触れることができるでしょう。
しかし、お金も時間もかかり契約の話も出ますから、少々、話が大げさになります。
新しい出会いや刺激を求めるためには、意外な方法があります。
逆の価値観を基準に、行動すればいい。
すなわち「興味があるもの」ではなく「興味のないもの」という基準に、行動します。
たとえば、本屋に入ったとき、あえて興味のない本を手にしてみましょう。
映画を見るときも、全然興味のない映画を見てみましょう。
レストランでメニューを選ぶときも、普段だったら絶対に選ばないような興味のないメニューを選んでみましょう。
すると、どんどん未知の世界に飛び込んでいけます。
「身近にこんな新鮮な刺激があったのか!」と、驚くはずです。
行き慣れた本屋・映画館・レストランでさえも「こんな意外な世界が広がっていたのか!」と感動することでしょう。
自分は、ほんの一部分しか見ていなかったという視野の狭さに気づき、反省することでしょう。
真逆の価値観で行動すると「これは面白いなあ」という新しい発見ができます。
私たちは、食わず嫌いです。
食べてみれば、意外な味に驚き、時には夢中になることさえあります。
新しい刺激への出会いは「興味がない」を基準に行動すればいい。
興味がないもののほうへ近づいて触れようとすると、新しい出会いや刺激は、すぐ手に入ります。
人間の行動パターンとは、価値観によって決まります。
その価値観が180度変わったとき、同じ場所でも、別の世界に入ったかのようになるのです。
幸せの基本は「広く浅く」ではなく「狭く深く」です。
私たちがうっかり手を出してしまいがちなのは「広く浅く」です。
いろいろな世界を冒険したい気持ちは理解できます。
しかし、広くすると浅くなり、内容が中途半端になります。
大勢の愛人と浮気するより、1人のパートナーを徹底的に愛したほうが幸せになれます。
ほかの異性に手を出して浮気をすると、幸せどころか不幸につながります。
勉強するときも、参考書10冊も手を出して勉強するより、教科書1冊に絞ったほうが、高得点につながります。
いろいろな参考書に手を出すと、どれも中途半端な仕上がりになるため、逆にスコアが下がってしまいます。
1冊の教科書に絞って、何度も繰り返し復習をして完璧に仕上げるほうが、時間や労力を最大限に活用でき、高得点が得られます。
友人も、浅い関係の知り合いが100人いるより、深い関係である親友1人がいるほうが、はるかに幸せです。
いくら知り合いが100人いても、あなたのことを知っている程度の浅い関係なら、深い話はできません。
しかし、たった1人でも親友がいれば、救われます。
いざというときに頼りになるのは、やはり親友です。
親友は、誰にも言えない悩みを聞いて、適切なアドバイスをくれたり、心の支えになったりするでしょう。
ガムは、噛めば噛むほど味がなくなりますが、人生は噛めば噛むほど味が出てきます。
神様は、あなたが浮気性かどうかを、厳しくチェックしています。
浮気をする人には不幸を与え、1つに絞る人に幸せを与えます。
本気で幸せになりたければ、絶対に「狭く深く」です。
「だいぶ古くなったなあ。そろそろ買い換える時期だな」
まだ問題なく使えても、古くなったという理由だけで、私たちは新しい物を買い換えようとします。
戦後のものが不足していた時代とは違い、本当に豊かな時代になりました。
買い換えると同時に、今より優れたものを購入しようとします。
最新を追いかけはじめると、切りがありません。
新規開拓は、本当に幸せへの近道なのか、考え直しましょう。
古くなったという理由だけで、買い換えてはいないでしょうか。
古いからいい。
味わいが出てきます。
使い方に慣れ、自由に使いこなせるようになれば、ようやく本来の仕事に集中できるようになります。
新しい物を買ってしまうと、使い方を覚え直したり、慣れ直したりする必要があります。
その時間は、生産的ではありません。
たとえば携帯です。
携帯を買い換えると、操作の仕方を一から覚え直さなければいけません。
機種によってはボタンの配置が逆であったり、メールの打ち方に癖があったりして、慣れるまで時間がかかります。
新しい靴を買うと、靴擦れが起きて、逆に足を痛めてしまいかねません。
新しい車を買い換えると、慣れていない操作のため、事故を起こしやすくなります。
新しい物を買ったばかりに、非効率・非生産になるということがあります。
本当に生産的になるのは、慣れてきてからです。
だから使い慣れた古いものがいい。
古いからという理由で買い換えるのは、慣れるまでにかかった時間やお金をドブに捨てていることと同じです。
大変もったいない。
古くなったら、すぐ買い換えるのではなく、まずメンテナンスです。
携帯も長く使って、バッテリーの持ちが悪くなったら、携帯を買い換えるのではなくバッテリーだけ買い換えればいい。
服が破れたら、捨てるのではなく、裁縫をして修繕すればいいだけです。
靴が汚れたら、買い換えるのではなく、磨けばいい。
見かけや格好に惑わされてはいけません。
古くてもいいから、同じものを長く使うようにしましょう。
同じものを長く使う人は、生産的になり、仕事効率が向上するのです。
「お金が欲しい。もっと欲しい。何かうまい話はないか」
お金が欲しいと、がつがつになっている人がいます。
お金を中心に物事を見ているので、人間関係にも影響します。
「自分にとって利益になるかどうか」という「損得勘定」で、人・物・事を見定めてしまいます。
人を商品であるかのように、品定めします。
目つきがいやらしくなります。
自分の稼ぎにつながるような人間関係なら仲良くしますが、利益をもたらさない人には冷たく接します。
裏表があり、えこひいきもあり、接していてすぐわかります。
こういう人は、一緒にいたくないなと思い、人が逃げていきます。
人が逃げていると、ビジネスチャンスも離れてしまい、お金を稼ぐどころか、さらにお金を稼げなくなります。
ビジネスチャンスは、人がもたらします。
お金は、追いかければ追いかけるほど、逃げられます。
一発大金を当ててやろうとしてギャンブルに手を出している人ほど、必ずお金を失います。
お金は、追いかける人が嫌いです。
怖くて逃げたくなります。
では、お金に恵まれる人とは、どんな人でしょうか。
お金を基準に考えるのでなければ、何を考えているのでしょうか。
「好きなことを通して、どうすればもっと人を楽しませることができるか」
このことばかりを考えています。
お金という文字はありません。
もちろん生きていくためにお金はある程度必要です。
まったく考えないわけではありませんが、二の次に考えます。
なにより優先することは、一度しかない人生を、いかに自分が楽しんで、人を楽しませるかです。
こういう人は、人気者になれ、多くの人が集まります。
多くの人が集まるから、ビジネスチャンスにも恵まれてしまいます。
お金からむしろ逃げようとする人が、逆にお金から追いかけられるようになり、富に恵まれるのです。
人は、夢を叶えるために勉強します。
大学受験に合格する理由をはじめ、資格を取得して仕事に生かしたり、生活の知恵を学んで実生活を豊かにしたりするためです。
勉強家は、大いに結構です。
しかし、勉強ばかりに偏っているとき、ふと、次の言葉を思い出しましょう。
「知情意」です。
知情意とは「知性・感情・意志」のことであり、人間の代表的な心の働きです。
この3つは、バランスの整った人間を形成するために必要です。
どれかが偏って発達していては、バランスを崩します。
バランスを整えながら、伸ばしていく必要があります。
しかし、人生では、つい知性ばかりに偏りがちな時期があります。
たとえば、受験勉強です。
いつも勉強ばかりしている人は「知性」ばかりが大きく傾いて「感情」や「意志」が乏しくなります。
勉強ばかりして賢くなっても、感情が乏しくなれば、横柄な態度を取るようになり、他人のことを考えない冷たい人間になります。
いくら勉強をしても感情が乏しくなっては、意味がありません。
豊かになろうとして、逆に貧しくなります。
また勉強ばかりして、意志が乏しく行動しない人も同じです。
勉強をして知識が身についても、それを試験・仕事・恋愛など実生活で生かそうとする「意志」がなければ、宝の持ち腐れです。
行動しないのでは、たくさんの知識があっても、ないようなものです。
強い意志を持って行動するとき、知性は初めて生かされます。
知性は、感情と意志のバランスが整って、初めて生かされて、その効果を発揮します。
人間は、常にこの3つのバランスを整えながら成長することが大切です。
勉強がすべてではありません。
「勉強は大切」と世界中が、同じことを言います。
特に勤勉な日本人なら、その傾向はさらに強いことでしょう。
たしかに勉強は大切ですが、勉強をしながら、感情と意志も忘れないでください。
あなたは、勉強ばかりをして知性に偏っていないでしょうか。
勉強をしながら、感情と意志という人間の持つ心的3要素のバランスを取りましょう。
私たちは、長く生きれば生きるほど、たくさんの「過去」ができます。
過去には「いい思い出」もあれば「悪い思い出」もあるでしょう。
悪い思い出ばかりが、悪いとは限りません。
実は、いい思い出も、今のあなたに悪影響を及ぼしてしまうことがあります。
たとえば「過去の実績」や「成功体験」です。
以前にうまくいったことがあるので、過去に縛られます。
自分の考えや視野が狭くなり、新しい刺激や情報を受け入れられなくなり、決まりきった行動しかできなくなります。
ストレスがたまり、笑顔が減り、元気もなくなります。
たしかに過去の実績や成功体験は事実です。
素晴らしいことです。
しかし、それらのせいで、逆に今のあなたが制限されていることもあります。
あえて「いい思い出」を捨ててみませんか。
過去の実績や成功体験を忘れて、一からやり直し、心機一転、生活を改めます。
ぱっと心身ともに軽くなり、笑顔が戻り、元気になれます。
小学生は、いつも元気です。
過去にとらわれていないからです。
まだ成功体験も失敗体験もない小学生は、まったく過去にとらわれていないので、自由気ままです。
そういう姿勢を見習って、あなたも過去の失敗だけでなく、実績や成功体験を忘れてしまいます。
過去の実績を捨ててみませんか。
成功体験は、あえて忘れてみましょう。
「何も知らない。何もない」という無知が、逆に豊かさを生み出すのです。
あなたは、自分で自分がどんな人間だと思いますか。
「せっかちな性格です」
「おおらかな性格です」
「泣き虫です」
大変申し訳ございませんが、問いに説明できる人は、成功できない人です。
逆に、説明できない人が、成功できる人です。
「え? そんなまさか。逆ではないか?」
いえ、逆ではなく、これは本当の話です。
「自分はこういう人間だ」と決め付けることで、可能性を制限しているからです。
可能性を制限することで、行動も制限され、考え方も制限され、夢への可能性も制限されます。
あなたには、自分でも気づかない「意外な一面」が、必ずどこかにあります。
意外な一面を発掘し、生かせば、新たな道を見い出すことができるでしょう。
しかし、それに気づかないだけです。
「自分はこういう人間だ」と決め付けてしまうと、そういう意外な一面に、気づけなくなります。
いえ、うすうす気づいても「そんなはずはない」と思い、見ないようにするでしょう。
自分に制限をして、事実そのとおり、制限されています。
「思いは現実になる」という言葉がありますが、本当です。
自分はこういう人間だと思い込んでいると、たしかにそうなりますが、それしかできなくなります。
あなたは自分のことを説明できなくていい。
説明ができないほうが、未来があります。
あえて説明できるとすれば「やればできる」という根拠のない自信だけでかまいません。
やればできるという根拠のない自信は「やればできる」と思っているので、自信がついて、積極的な行動をするようになります。
本当に現実になってしまうでしょう。
自分のことをきちんと説明できないほうがいい。
「あなたはどんな人間ですか」と聞かれても「よくわかりませんが、やればできるタイプです」と答えれば十分なのです。
「信じる人は救われる」
あなたも一度は聞いたことがある格言ではないでしょうか。
すがすがしい言葉に聞こえますね。
しかし、この格言はとても危険な一面があります。
「根拠もなく信じろ」ということだからです。
根拠もなく信じることは、大きなリスクがあります。
過去には、根拠もなく信じたために起こった、暗い歴史があります。
たとえば、ドイツ、ナチ党のヒトラーです。
ヒトラーは、反ユダヤ主義のもと一党独裁政治を断行し、多くのユダヤ人への迫害や殺害を実行しました。
「ドイツ人こそ本物だ。ユダヤ人は悪魔だ」と言い切り、ドイツ人の優勢とユダヤ人の迫害をヒトラーへ支持を集める力としました。
「信じる物は救われる」という言葉で根拠もなく信じさせた結果、罪のない人たちを大量虐殺しました。
なんと恐ろしいことでしょうか。
根拠もなく信じたことで、最悪の場合、人を殺してしまうことがあります。
では、信じるためには、まず何から始めればいいのでしょうか。
「疑い」から始めます。
あなたがダイヤモンドを購入するときには「これは本物のダイヤモンドです。信じてください」という人から買ってはいけません。
信じてくださいと言う人に限って、うさんくさい。
こういうときには、正規の鑑定士からの証明書があればいい。
もしその証明書が怪しければ、さらにほかの鑑定士に見てもらえばいいでしょう。
本物なら、何度疑っても、やはり「本物」という答えしか出てきません。
本物なら、いくら疑われても怖くありません。
疑って疑って、そうして真実が浮き彫りになります。
あなたが本物を見つけるためには、まず疑いから始めましょう。
「これが本物だという根拠は何ですか」と聞けばいい。
本物ならきちんとした証明書を見せてくれたり、丁寧な説明をしてくれたりすることでしょう。
本物は自信に満ちあふれており、どの角度から見られても平気です。
もし偽物なら、うまく説明できないので「信じる者は救われる」という美しい言葉で適当に言いくるめます。
信じる人は救われません。
現実では、疑う人が救われます。
問題発生は、現実の世界で起こります。
現実に問題があると思います。
問題を解決するために、現実を変えようとばかりします。
人間関係を変えたり、引っ越ししたり、異動したりなどです。
しかし、そもそも問題発生は「嫌だ。嫌いだ。むかつく」という心がなければ起きません。
心で思ったことが、あとから現実になります。
つまり、問題発生は、現実より先に心の中で起こります。
そう思う心が先にあるから、そういう現実になります。
心の中で思ったから、現実でも問題が発生してしまいます。
心の中が静かで平和なら、問題が発生することもありません。
そもそも相手を憎む心がないから、現実でも悩んだりむかついたりすることもありません。
私たちは、まず心から改める必要があります。
あなたは、問題の解決を、まず現実に求めていないでしょうか。
誤解を恐れずに言い切ってしまえば、現実に問題があるということは、まずあなたが問題です。
あなたの心の中に、そういう問題が発生するような要素があります。
そう思う心があるから、現実にも反映されて、問題がつくり出されているにすぎません。
耳に障る話ですが、事実です。
いつもけんかばかりしている人は、感謝を忘れている人です。
感謝を忘れている心があるから、現実に問題が起こっただけです。
悪いのは、相手ではなく、自分です。
それに気づくことです。
まず心を正して、感謝をする習慣を身につけることのほうが大切です。
変えるべきは「現実」より「心」です。