私はこれまで、叱られた経験は、山ほどあります。
子どものころは両親から毎日のように叱られ、学生時代も先生からはよく叱られていました。
社会人になって新人時代も、ほかの人よりよく叱られていた気がします。
叱る意味を、はき違えている人がいます。
落ち込ませるために、叱る人がいます。
「ばかやろう」
叱るタイミングは、ミスをした瞬間に叱ることです。
「あとからまとめて指摘すればいいか」と思う人もいるでしょう。
ミスをしている部分が多いと、そのたびに指摘しなければいけなくなります。
叱るときに注意したいのは、叱るときの環境です。
大勢の前で叱っていないでしょうか。
大勢の前で叱られると、叱られた人の落ち込みが強くなります。
新人時代のある日、上司が私にこっそり言いました。
「水口君、ちょっといいかな」
私は誰もいない場所に呼び出されて、仕事のある部分について指摘を受けました。
あまり大きな声では言えませんが、私が新人時代に出会った上司の1人にとんでもない上司がいました。
「機嫌が悪い」というだけで叱ります。
たまたま、朝、何か気分が悪くするような出来事があったのでしょう。
一般的に、叱る側の人間は「立場が高い」。
両親・先生・上司です。
叱る側は悪い部分を見抜けるだけの力があるだけあり、経験が豊富で能力も高いです。
私はリーダーになったばかりのころ、失敗をした経験が1つあります。
「あっ!」
部下が間違ったことをしたと思った瞬間に、すぐ指摘をしました。
学生時代思い出すお説教は、日が暮れるまで先生から叱られた経験です。
小学6年生のころのある日の放課後です。
みんな「さようなら」と下校しているのに、私はずっと叱られていたことがありました。
叱りたいことが、複数あるときがあります。
指摘が1つだけならいいですが、複数見つかる場合があります。
気になった点がいくつかあるとき、同時にいくつも伝えようとするとうまくいきません。
昔の失敗をいつまでも引っ張る上司がいました。
悪いところがあったときに叱るのはいいですが、いつまでも引っ張るのは良くありません。
「あのときの失敗を覚えているか」
叱るときに持ち出してはいけない内容があります。
「相手の人格を否定する内容」です。
個性、性格、顔形、生まれ、育ちなどです。
あなたがにこにこすれば、相手もにこにこします。
あなたが怒れば、相手も怒ります。
人間関係には、自然と「鏡の法則」が働いています。
ある日私は、古本屋で見知らぬ人から急に指摘を受けたことがありました。
立ち読みをしているとき、私のバッグがいつの間にか本の上に乗っていました。
貴重な古本の上に、カバンを置くのはいけないとわかっていました。
よくない叱り方の1つに「他人との比較」があります。
あなたは誰かと比較されて気分を悪くしたことはありませんか。
「同僚のAさんはできているのに、あなたはなぜできないの」
ときどき相手を追い込むような叱り方になっている人を見かけます。
相手を追い込むような叱り方になっていませんか。
「どうしてくれるんだ」
いきなり頭ごなしに叱られると、誰でも頭にきます。
初めが「否定」から始まっています。
耳をふさぎたくなるような否定から始まるので、後に続く言葉も、受け入れにくくなります。
私の職場に、叱るのが上手な上司がいます。
ちなみに「うまい言い方だな」と逆に感動した言葉でもあります。
その上司は叱る前に、ある一言を言います。
好かれる上司と嫌われる上司の違いはどこにあるのか。
「お説教の3分ルール」があるかどうかです。
部下を叱るときは「短く叱る」が鉄則です。
お説教の後は、気まずい雰囲気が漂います。
たとえば、1時間説教されたとします。
1時間もお説教をされると「悪いことをしてしまった」という印象が強くなります。
「○○はいけないことだよ」
間違った指摘だけをするのは、下手な叱り方です。
その理由を言っていないからです。
「叱る」という言葉を聞いて何を連想しますか。
・怖い
・圧力
私が中学3年生のころの担任は、岡田先生という男性教師でした。
普段は、優しい先生でしたが、ある日、ひどく叱られたことがありました。
「優しい先生ほど怒るときは怖い」と言いますが、まさにそれです。
私がアパートに住んでいたころ、真下の部屋の騒音に大変悩んだことがありました。
なぜか、私が引っ越すアパートでは、隣近所がうるさい。
深夜の2時くらいに、大声で歌を歌っている女性もいました。
相手の険しい表情。
強い口調。
緊張した雰囲気。
「しなさい」という言い方は命令です。
とげがあり、厳しくて圧力があり、緊張します。
また命令口調で言われると、むっとする人もいるでしょう。
叱るときは言いたいことがたくさんあるため、次々と言葉を並べがちです。
上司から部下へ、一方的な会話になりがちです。
私も部下を叱ったことがあるので、その気持ちがよくわかります。
叱るのは面倒です。
叱るような場面をできるだけつくりたくない。
そこで上司は仕事をする前に、部下にこう言います。
「絶対に間違えるな。失敗するな」と言われると、部下は余計に緊張します。
逆に失敗しやすくなるので、言わないほうがいい。
ミスをするなと言われると、逆にミスをしているところばかり考えてしまうので良くありません。
七福神の1人「恵比寿様」は、いつもにこにこしています。
にこにこしているから、すべての言葉がありがたく聞こえてきます。
「あなたのことを考えているから言っているのですよ」という愛を感じます。
私はこれまで、叱られた経験は、山ほどあります。
子どものころは両親から毎日のように叱られ、学生時代も先生からはよく叱られていました。
社会人になって新人時代も、ほかの人よりよく叱られていた気がします。
叱りやすい性格だったのかもしれません。
今この文章でもそうですが、昔からイエスかノーをはっきり話をする性格なので、叱られるときもよくありました。
とにかく叱られた経験なら、山ほど思い出せます。
バーゲンセールができるほどです。
そういう厳しい環境だったからこそ、今の水口貴博があると思っています。
にもかかわらず、叱る方法という今回の作品は、すらすら書けた作品の1つです。
なぜ、すらすら書けたのか。
笑ってやってください。
私はこれまで山ほど叱られた経験があるからです。
実は、上手な叱り方というのは「叱る立場」より「叱られる立場」のほうがはるかにわかりやすいです。
上手に叱ることができているのかどうかの判断は、叱られる立場になってみないとわからないからです。
一方、叱っている側は、叱られている側の気持ちや感じ方を確認しにくい。
私はこれまで数多く叱られた経験があるため、上手だなと感じる叱り方も経験があります。
今回は、そういう上手に叱ってくれた両親・恩師・上司などを思い出しながら書いたから、すらすら書けました。
子どものころよく叱られた人は、大人になってから役立ちます。
私は今、職場でリーダーになって部下を指導することがあります。
そんなとき、たくさん叱られた経験があるので、上手な叱り方をしやすいです。
たくさん叱られ、上手な叱り方のサンプルが頭の中にたくさん入っています。
これまで上手に叱ってきた人たちを真似しているからです。
「自分の人生はなぜこんなに叱られてばかりなのだろうか」と思っている人は、安心しましょう。
今はつらいかもしれませんが、大人になってから役立ちます。
いずれ自分が職場で部下を持つようになれば、叱ることもあるでしょう。
家庭を持って親になれば、子どもを叱るときがやってきます。
そのとき必ず役立ちます。
叱られ上手は、叱り上手になります。
叱る意味を、はき違えている人がいます。
落ち込ませるために、叱る人がいます。
「ばかやろう」
「なにやっているんだ」
「あほか」
威圧的でわざと乱暴な言葉遣いで、指摘します。
相手が元気をなくし、時には涙を流しているところを見て、満足する人がいます。
それがいいことだと思っている人がいます。
とんでもない。
実はこれは「叱る」ではありません。
「怒る」です。
いら立った感情に任せて相手を批判したり、ののしったりしているだけです。
感情を吐き出している。
感情をぶつけているだけ。
それらは相手のためになっていません。
へこませているだけです。
本来、叱ることの真の意味とは「間違ったことを正してもらうため」です。
それだけです。
相手がきちんと反省して正してくれれば、十分です。
しかし、指摘のとき、相手を落ち込ませてしまってはどうでしょうか。
萎縮してしまい、反省するどころではなくなります。
落ち込んでは、指摘内容が頭に入りにくくなり、むしろ改善されにくくなります。
場合によっては、人間関係にひびを入れることもあるでしょう。
せっかく指摘してくれた人との人間関係が悪くなっては、今後一緒に仕事を続けていけなくなります。
人間関係を保ちながら指摘をするためにも、相手を落ち込ませたり気分を害させたりするような言い方は良くありません。
相手を落ち込ませるような叱り方は、失格なのです。
叱るタイミングは、ミスをした瞬間に叱ることです。
「あとからまとめて指摘すればいいか」と思う人もいるでしょう。
ミスをしている部分が多いと、そのたびに指摘しなければいけなくなります。
たしかに手間がかかり、面倒だという気持ちはわかります。
私も仕事中に部下と接しながら、試行錯誤を繰り返しました。
結論から言えば、特別な理由がないかぎり、ミスをした瞬間に指摘するのがベストです。
そうである理由は3つあります。
まず1つ目の理由は「叱る側が言いやすいため」という理由です。
ミスをしていますから、そのタイミングで指摘するのが最もスマートです。
仕事をしている途中で言われますから、具体的なタイミングを伝えることができ、ミスの指摘もしやすくなりますね。
もし、あとからまとめて指摘事項を報告しようとすると、実は「余分な仕事」が発生します。
「タイミングの説明」という余分な仕事です。
「どのタイミング」で「どんなミス」を犯したかを説明します。
初めに「タイミングの説明」から始めなければならず、苦労します。
また、タイミングの説明とはいえ、なかなか難しい。
タイミングの説明でうまく伝わらなければ、次に仕事をするとき、さらにミスを犯してしまいます。
しかし、ミスしたタイミングですぐ指摘する場合「タイミングの説明」を省けます。
まさにそのタイミングですから「違うよ」と一言言えば、説明が「指摘」だけですみます。
したがって、叱る側が言いやすくなります。
続いて2つ目の理由は「叱られる側が吸収しやすくなるため」です。
ミスをした操作をしているときに「違うよ」と言われると、正しい進め方を教えてもらえれば、すぐ吸収できます。
仕事中は緊張しているので、指摘が頭に入ります。
仕事中の緊張感を利用するのがベストです。
もし仕事が終わった後になると緊張の糸が切れているので、ぼんやりして指摘も頭に入りにくいです。
さて、以上2つの理由はまだ茶番です。
実は最後の3つ目の理由こそ、ミスした瞬間に指摘する真の意味です。
それは「安全のため」です。
ミスをしていますから、その場ですぐ言ったほうがいい。
すぐ言わないと、後になるほど亀裂は大きくなり、改善が大変になります。
場合によっては、手遅れになるケースさえあります。
たとえば、手術中です。
間違った手順で進めていれば、その場ですぐ指摘しなければなりません。
知っていてほったらかしにするのは、患者の命に関わります。
間違ったやり方をしているのに、あとからやり直すというわけにはいきませんね。
間違ったことをしているなら、誰であろうとその場ですぐ指摘するのがいちばんです。
場合によっては手遅れにさえなりかねない。
以上3点の理由から、叱る場合にはミスした瞬間に叱るのがベストなのです。
叱るときに注意したいのは、叱るときの環境です。
大勢の前で叱っていないでしょうか。
大勢の前で叱られると、叱られた人の落ち込みが強くなります。
「何も大勢の前で叱らなくても……」
恥さらしになります。
心に深い傷を負ってしまう人もいるでしょう。
叱られた人は、大勢の前で恥をさらしてしまうため、落ち込みます。
みんなに恥が知れ渡ってしまい、叱られた後、余計に仕事がしづらくなります。
心の動揺もかなり激しく、大勢の前で叱られたことで余計にミスをしやすくなると言っても過言ではありません。
これは経験してみないとわかりません。
大勢の前であるほど、かなりへこみます。
引きずってしまう。
偉そうな上司は、公開処刑のように大勢の前で見せしめをしようとします。
1人の失敗をネタに「ミスをすればこうなるんだぞ」と、ほかの社員にも見せつけて、圧力を掛けています。
そんな見せしめがある職場は、嫌です。
次は自分が大勢の前で恥をかくのではないかと思い、びくびくして、みんな辞めるのです。
新人時代のある日、上司が私にこっそり言いました。
「水口君、ちょっといいかな」
私は誰もいない場所に呼び出されて、仕事のある部分について指摘を受けました。
わざわざ2人になれるような環境で叱ってくれたことは、上司の優しさでした。
本当は上司にとってその場で叱るほうが、移動する手間がない分、楽です。
なぜわざわざ2人きりになるのか。
上司は私のことを、考えてくれていました。
叱るときには、1体1が基本です。
誰でも叱られることは、恥ずかしいことだと感じます。
できれば見られたくない。
大勢の前で叱られる側にしてみると、素直に言うことを聞くより、恥さらしにされている印象が強くなります。
叱られた後の落ち込みが、より強くなり、元気を回復するまでに時間もかかります。
場合によっては出社しにくくなったり、仕事がしにくくなったりもすることでしょう。
褒めるときには大勢の前ではいいですが、叱るときには最少人数である一対一が理想です。
職場の人間関係をベストに保ちながら、うまく叱るためには、1体1になることが大切なのです。
あまり大きな声では言えませんが、私が新人時代に出会った上司の1人にとんでもない上司がいました。
「機嫌が悪い」というだけで叱ります。
たまたま、朝、何か気分が悪くするような出来事があったのでしょう。
出社したときから、怒っています。
かなり機嫌が悪い。
これほど接しにくいことはありません。
私はその上司と接するときには、いつもびくびくしていました。
「今日は機嫌がいいかな」と毎日顔色をうかがうのが日課になっていました。
朝から明らかに機嫌が悪そうだと、大切な報告もしにくくなります。
話しかけただけで、なぜか叱られます。
鬱憤を八つ当たりするかのように、意味もなく部下への態度が厳しくなります。
叱られる側にとって、これほど理不尽なことはありません。
何もミスをしていないのに叱られると、どう対応していいのかわからなくなります。
その職場の空気全体が悪くなります。
そんな上司は、部下から尊敬されなくなります。
「感情」が原因になっている場合「叱る」ではなく「怒る」になります。
怒りをぶつけているだけです。
叱る側にとって大切なことは「自分は今、冷静になれているかどうか」です。
「自分の感情に振り回されて叱っていないか」「個人的な事情で叱っていないか」ということなのです。
一般的に、叱る側の人間は「立場が高い」。
両親・先生・上司です。
叱る側は悪い部分を見抜けるだけの力があるだけあり、経験が豊富で能力も高いです。
もちろん例外もあります。
多くの場合、やはり立場の高い人が叱り、低い人が叱られるのが一般的です。
まず、立場の高い人間に要求されるのは「感情のコントロール」です。
感情に振り回されないということです。
叱る場面に限って、いら立つ場面です。
しかし、叱る場面ほど、冷静になっていなければならない。
ここが難しいところです。
叱る側は、感情の戦いです。
相手を叱る前に、まず自分の感情を抑えることから始まります。
気分が高揚しているときほど、叱ってはいけない。
気分が落ち着いているときに、叱るべきです。
「いらいらしているから叱る」というのは、相手のためにならないからです。
部下が間違ったことをしているから、仕事の品質向上や安全のために指摘します。
そのときに感情が入り交じると、指摘は失敗してしまいます。
人間は、感情に敏感な生き物です。
いら立った感情が少しでも感じられると、萎縮してしまい、指摘より相手の機嫌が気になります。
上司には、部下のミスはあまりに初歩的でばかばかしく、怒鳴りたくもなるのでしょう。
経験が豊富で能力も高い上司からすると「なぜそんなところで間違えるんだ」と思います。
基本的な間違いをしていると、つい感情的になる場面もあります。
たとえそういう感情になったとしても、叱る側に要求されるのは、湧き上がる怒りの感情をぐっと抑えることです。
感情的に叱らないように、まず気持ちを落ち着かせましょう。
私はリーダーになったばかりのころ、失敗をした経験が1つあります。
「あっ!」
部下が間違ったことをしたと思った瞬間に、すぐ指摘をしました。
しかし、部下は、驚いた表情です。
「何を言っているのだろう」という感じで私を見ています。
その瞬間、部下の失敗ではなく、実は私の失敗だとわかりました。
なぜ失敗したのか。
単なる私の勘違いだったからです。
正しいことをしているにもかかわらず、間違ったことをしていると勘違いをして、不要なところで部下を叱ってしまいました。
指摘をした私のほうが恥ずかしくなり、穴があったら入りたい気分になりました。
人間なら、そういうことがあります。
見間違いをもう一度確かめることです。
見間違い・誤解・勘違いなどです。
もしかしたら、ぼんやりして間違っているように見えている可能性もあります。
また、部下なりに特別な方法でやろうとしているのかもしれません。
叱る前にわずかな一呼吸を置いて、状況を確かめることです。
ほんのわずかでいい。
「見間違えていないよな」
「誤解していないよな」
「勘違いしていないよな」
自分に語りかけて、再度確認したうえで指摘しましょう。
無駄に叱る回数は減るのです。
学生時代思い出すお説教は、日が暮れるまで先生から叱られた経験です。
小学6年生のころのある日の放課後です。
みんな「さようなら」と下校しているのに、私はずっと叱られていたことがありました。
もちろん私が悪いことをしているから、叱られているのは仕方ない。
叱られるのは仕方ないにしても、異様に長いです。
先生に付きっきりで、1時間以上ずっとお説教をされたことがありました。
当時は「だらだら長いなあ」と思ってばかりでした。
その出来事があってから、その先生に苦手意識ができて、近づきにくくなりました。
その先生とは、小学校を卒業するまで一言も会話を交わすことはありませんでした。
「また叱られるのは嫌だ」
叱っている先生は、生徒のことを思っていたのでしょう。
それはわかりますが、やはりあまりにだらだら長すぎるのも良くありません。
「もう長いお説教はごめんだ」と思ってしまいます。
そういうトラウマのような印象が深く残り続けます。
叱る側は、一度で済ませたい気持ちがあります。
同じことを二度としてほしくない気持ちも強いのでしょう。
そうした気持ちが込められているため、お説教はついだらだら長くなってしまいがちです。
これはなかなか本人が気づけない。
だからこそ注意ポイントです。
だらだら長いお説教は、決まって失敗します。
相手には「だらだら長いなあ」という印象しか残りません。
さて、一方で気持ちの良いお説教もありました。
先ほどと逆のパターンで「短いお説教」です。
間違った部分だけを指摘して、さっと終わりです。
ほんの数秒。
「え、これだけ」と思います。
叱られるのは誰でも嫌ですね。
おそらく先生は、生徒に嫌な気分をさせないために工夫をしてくれたのでしょう。
そういうのは不思議と生徒に伝わります。
先生が生徒のためを思って指摘してくれ、なおかつ気分を害さないように短くしてくれた感謝は嬉しく思います。
そうした先生のケアにも答えたい気持ちが強くなり、前向きに考えられるようになります。
お説教は、短いほどためになります。
同じことを何度も繰り返し言ったり、だらだら叱り続けたりしないことです。
叱ることは最小限にしましょう。
叱りたいことが、複数あるときがあります。
指摘が1つだけならいいですが、複数見つかる場合があります。
気になった点がいくつかあるとき、同時にいくつも伝えようとするとうまくいきません。
叱られるのは誰でも嫌です。
1つ叱られるだけで萎縮してしまうのに、さらにいくつも指摘されることがあれば、なおさら受け入れにくくなります。
一度にすべてを伝えようとすると、相手の頭がパンクしてしまう。
しかも、いくつもあるとどうしても話が長くなりがちです。
「あれもダメ。それもダメ。そういえばこれもダメ」
叱られる側は「いくつあるんだよ」と思います。
いつまで続くのかわからない説教に不安になります。
何かいい方法はないのでしょうか。
考えられる方法としては「最初に指摘の数を宣言すること」です。
話の始めに「3つ指摘ポイントはあります」と言っておけばいい。
叱られる側は「指摘が3カ所あるのだな」と、受け入れる準備ができます。
数がわかるだけでも全然違います。
指摘が3つあることがわかれば、3つ分を受け入れる体制を整えます。
できるかぎり1つの指摘を短くしましょう。
いくら指摘の数を伝えたとしても、全体的にくどくど長くなりすぎては、叱られる側も疲れます。
できるだけ短く、かつすっきり相手に伝えるのがいいのです。
昔の失敗をいつまでも引っ張る上司がいました。
悪いところがあったときに叱るのはいいですが、いつまでも引っ張るのは良くありません。
「あのときの失敗を覚えているか」
「昔の失敗を思い出した」
「あのときのミスは一生忘れられない」
いつまでもくどくど引っ張ります。
これはいちばん感じが悪い。
ミスした経験をいつまでも引っ張られると、誰でも気分が良くありません。
間違いがあったことは確かです。
「知識不足」「経験不足」「考慮不足」などが原因でそういうことがあります。
そういうことが今後ないように、叱られた人はしっかり反省と改善をします。
しかし、反省や改善をした後も小言を言われ続けていると「これ以上、何をしろというんだ」と思います。
きちんと反省して改善できていれば、ほかにすることはありません。
無駄に相手を落ち込ませ、意味もない。
相手の弱みに付け込んで、有利な立場になりたいだけです。
部下の過去の失敗を持ち出して「以前にこんな悪いことがあった」と公表して、優劣を付けようとします。
これを嫌な性格といいます。
過去の失敗をいつまでも、小言を言わないように心がけるようにしましょう。
一度叱ったことは、最初で最後にします。
叱るときは叱って、後はすっきり忘れるくらいでいいのです。
叱るときに持ち出してはいけない内容があります。
「相手の人格を否定する内容」です。
個性、性格、顔形、生まれ、育ちなどです。
あなたが誰かを叱るときに、相手の人格などを否定した言い方になっていませんか。
「ばかだなあ」
「頭が悪い」
「のろまだなあ」
「あなたの性格に問題がある」
「田舎育ちだからセンスがない」
「甘やかされて育ってきたから根性がない」
「おまえなんていなくても何も変わらない」
その人にはその人の個性があります。
「頭が悪い」というのは、その人の人格を否定しています。
頭が悪いと言われても、それがその人の精いっぱいなのですから仕方ありません。
「性格を直せ」とはいえ、性格はすぐ直せるものではありません。
「のろのろしたペースが悪い」といわれても、そういうふうに生まれました。
生まれや育ちの悪さを言われるのも感じが悪い。
カタツムリはどう頑張っても、チーターのように早く動けません。
チーターもカタツムリのようにのろのろ動くことはできません。
十人十色です。
人にはそれぞれに個性があり、変えようがありません。
にもかかわらず「人格を変えろ」というのは、無理な注文です。
叱られる側にとって、これほどつらい指摘はありません。
よく考えましょう。
悪いのは人格ではありません。
あくまでも仕事をするときの手順や方法などです。
改善するのは「人」ではなく「プロセス」です。
人格には触れないことです。
人格が悪いというのは、指摘してはいけないのです。
あなたがにこにこすれば、相手もにこにこします。
あなたが怒れば、相手も怒ります。
人間関係には、自然と「鏡の法則」が働いています。
自分の表情・感情・態度が相手に伝わり、同じような表情・感情・態度を反射してきます。
誰かを叱るとき、普通は険しい表情、怒りを交え、偉そうな態度になってしまいがちです。
「こら! それは違うだろ!」
険しい表情、怒りを交え、偉そうな態度で言われると、つい反抗したくなってしまいませんか。
むかっとしてしまいます。
厳しい指摘は反抗されやすい。
叱るときには、にこにこ叱ることです。
にこにこには、明るい雰囲気が漂っています。
叱るときには、明るく爽やかに悪い部分を指摘してきましょう。
難しいことではありません。
「ここは、こうしたほうがいいと思うよ」
にっこり言えば、相手もにっこりして「はい、わかりました」と素直に返事してくれるはずです。
なにより相手が気を使ってくれていることがわかります。
そういう部分が感じられると「ぜひ言うとおりにしたい」という気持ちになります。
「自分のためにわざわざ気を使って指摘してくれている」ということがわかると、愛を感じるのです。
ある日私は、古本屋で見知らぬ人から急に指摘を受けたことがありました。
立ち読みをしているとき、私のバッグがいつの間にか本の上に乗っていました。
貴重な古本の上に、カバンを置くのはいけないとわかっていました。
しかし、面白い本を夢中になって読んでいると、時を忘れたり、自分の持ち物への気がそれてしまったりすることがあります。
その結果、私のバッグがいつの間にか本の上に乗っていました。
そのとき、40代くらいの知らないおじさんがそっと私のそばにやってきて言いました。
「本の上にカバンを置かないほうがいいよ。本が汚れちゃうから」
実に腰を低く丁寧な言い方が印象的でした。
「おっと、これはいけない」と思い、すぐ本の上からカバンをどけました。
大変腰が低くて、丁寧な態度だったので、すんなり受け入れられました。
「素晴らしい指摘だったな」
指摘されたことに感謝をしました。
もしあのとき、偉そうな態度だとしたら、こうもいきません。
「ばか! 本の上にカバンを置くな! 死ね!」
自分が悪いことはわかっていても、偉そうな態度で乱暴で威圧的に言われてしまうと、素直に聞き入れにくいです。
「言い方」は大切です。
特に叱るときには相手の気分を害してしまいがちだからこそ、態度に注意です。
指摘するときに、つい厳しい態度になってしまいがちです。
しかし、叱る側に必要なのは、気分を害さないよう腰を低くして、丁寧に伝える努力なのです。
よくない叱り方の1つに「他人との比較」があります。
あなたは誰かと比較されて気分を悪くしたことはありませんか。
「同僚のAさんはできているのに、あなたはなぜできないの」
「Bさんと同期とは思えない。今まで何を学んできたのか」
「もっと若いCさんのほうが、よくできる」
誰かと比較されると、部下は困ります。
それは人格・性格・個性を否定するような言い方です。
人それぞれです。
生まれや育ちなど、育った環境が違いますから違って当然です。
違って当然のことを、同じ尺度で比較されても困ります。
淡々と「悪いところをどうすればよくなるのか」を伝えるだけでいいのです。
ときどき相手を追い込むような叱り方になっている人を見かけます。
相手を追い込むような叱り方になっていませんか。
「どうしてくれるんだ」
「何てことをしたんだ!」
「これは大変だぞ」
追い込まれると泣けてきます。
女性を泣かす男性に多い叱り方です。
追い込まれると行き場を失い、涙が出てきます。
これらの言い方は「叱る」になっていません。
単なる「脅迫」です。
相手を萎縮させ、怯えさせ、落ち込ませるだけで、本当の改善になっていません。
叱るとは、過ちを正すために指摘することです。
感情的にならず、冷静になって淡々と伝えることです。
「脅迫」で相手を追い込んでも、仕方ない。
泣かせるためではなく、間違いを改めてもらいたいだけです。
むかっとした勢いで言いたくなる気持ちがあっても、ぐっとこらえることです。
いきなり頭ごなしに叱られると、誰でも頭にきます。
初めが「否定」から始まっています。
耳をふさぎたくなるような否定から始まるので、後に続く言葉も、受け入れにくくなります。
「叱る」という特質上、否定から始まるため、なかなか難しい問題ですね。
1つ賢い方法があります。
叱る前に、まず褒めることから始めればいい。
初めが「肯定」から始まっています。
誰でも自分を認めてくれる人の言葉は嬉しくなり、その後の言葉も聞きたくなります。
肯定から始まるので、後に続く言葉も受け入れやすくなります。
この方法を使った上手な叱り方は「褒める・叱る・褒める」のサンドイッチです。
最初に褒めてから叱り、また最後に褒めることを実践すれば、すんなり聞き入れ、従ってくれることでしょう。
相手の機嫌を損ねずに指摘できる方法です。
「いつもしっかりしている君には感謝しているよ」(褒める)
「でも今回のミスはよくないよ。次からこうすればうまくいくよ」(叱る)
「今後の君には期待しているよ」(褒める)
いかがでしょうか。
叱られているのに、叱られている気がしません。
最初に褒めてもらえると、ぱっと明るい雰囲気があり、その後の指摘も素直に聞き入れやすくなります。
褒めるところなんて見つからないとはいえ、誰にでも必ず1つはあります。
いきなり叱るのではなく、相手の長所を褒めてから叱るようにしましょう。
「褒める・叱る・褒める」のサンドイッチは、職場以外のあらゆる場所で活用できます。
もちろん家庭で親が子どもを叱るときにも使えることでしょう。
褒めてから叱れば、うまくいくのです。
私の職場に、叱るのが上手な上司がいます。
ちなみに「うまい言い方だな」と逆に感動した言葉でもあります。
その上司は叱る前に、ある一言を言います。
「気分を害されたら申し訳ない」
叱る前に口にする、クッション言葉です。
いきなり叱り始めるととげがあり、痛々しいです。
心の準備ができていないので度肝を抜かれ、驚きます。
しかし「気分を害されたら申し訳ない」とワンクッションを置くと、印象が変わります。
「これからよくない発言が来るのだな」と察でき、心の準備をする余裕ができます。
叱られる側は、叱られる心の準備をする余裕があります。
とげのある発言の前に準備があると、とげのある発言を受け止めやすくなります。
しかも、先に上司から謝っているので、受け入れやすくなります。
「叱ることで、相手が気分を害する可能性があることを十分に理解したうえで思いきって伝えようとしている」
そうわかれば「はい、何でしょうか」と話を素直に聞こうとする姿勢になれます。
もちろんほかにも数多くのクッション言葉があります。
「あなたのためを思って言うのだけれど」
「申し上げにくいですが」
「失礼なことかもしれませんが」
いかがでしょうか。
こうしたクッション言葉には、愛が感じられませんか。
自分の都合ではなく、相手の都合を考えてから発言しようとする気持ちが感じられますね。
だから感動します。
むしろ指摘してくれることに感謝をしてしまうほどです。
私はそんな上司からのうまいクッション言葉のおかげで、たくさんの教えを頂きました。
私もそんな上司の真似をして部下を叱るときには「気分を害されたらごめんなさい」と言うようになりました。
いきなり頭ごなしに叱るのではなく、ワンクッションを置いてから叱り始めるのがコツなのです。
好かれる上司と嫌われる上司の違いはどこにあるのか。
「お説教の3分ルール」があるかどうかです。
部下を叱るときは「短く叱る」が鉄則です。
だらだら長く叱られたい人はいません。
部下を叱るときは、できるだけ短く済ませるのがスマートであり、3分までにするとうまくいきます。
これを「お説教の3分ルール」といいます。
お説教は、される側にとって強いストレスがあるため、短い時間でも長く感じられます。
1分のお説教でも、体感としては10分以上です。
3分を越えると、部下は長く叱られている印象が強くなります。
緊張や疲労感も目立ってきます。
部下を余計に落ち込ませたり、がみがみうるさい印象も出てきたりするため、部下は上司の言葉が頭に入ってこなくなります。
どれだけためになるお説教も、頭に入ってこないなら意味がありません。
お説教は、さっと叱って、さっと終わりにするがベストです。
その目安が「3分」なのです。
部下から嫌われる上司は、長々しい説教が特徴です。
30分も1時間もだらだら説教を続けます。
「長ければ長いほど、部下の心にしっかり響く。同じ失敗は繰り返されない」と思っています。
しかし実際は逆です。
長いお説教に限って、回りくどいかったり同じ言葉が繰り返されたりしていて、話にまとまりがありません。
話を聞くのも疲れます。
いくらためになる話も、長くなればなるほど疲労感で頭に入ってこなくなり、馬耳東風の状態となります。
そうして苦手意識を持たれ、嫌われてしまうのです。
好かれる上司は、お説教のとき、3分ルールを心がけます。
大切なことだけ話したら、さっと終わります。
「ここが良くなかったね。次から注意してね。こういう対策があるといいね」でさっと終わります。
すべて合わせて3分もかかりません。
上司としても、3分以内にお説教を終えようとすると、簡潔にわかりやすく伝える努力をするようになります。
簡潔なお説教は、部下の頭にすっと入ります。
話もすぐ終わるので、嫌な印象もないのです。
お説教の後は、気まずい雰囲気が漂います。
たとえば、1時間説教されたとします。
1時間もお説教をされると「悪いことをしてしまった」という印象が強くなります。
叱った人と叱られた側とで、微妙な壁ができます。
避けられれば理想的ですが、厳しく叱った後というのは、暗い雰囲気を引きずったり壁ができたりしてしまいます。
部下のためを思ってした説教で人間関係が悪くなっては、元も子もありません。
しかし、部下のため、会社のため、未来のために、お説教をしなければいけない瞬間があります。
甘えた言い方ではなく、厳しく言わなければならないときがありますね。
いつも優しい上司ではなく、大切な場面では、厳しく言わなければならないときがある。
そういうときにアドバイスがあります。
厳しくてもいいですから、代わりにお説教の時間を短くしましょう。
長々しい説教をすると、部下も引きずってしまいます。
叱る時間は短くするように心がけましょう。
短ければ短いほどいい。
理想は一瞬。
長くても1分までです。
お説教が我慢できるのは、一瞬までです。
一瞬だけなら、部下もきちんとお説教を素直に聞けます。
注射が我慢できるのは、痛いのが一瞬だけだからです。
針が刺さっている瞬間だけ痛い。
もし、あの注射の痛みが1時間も2時間も続くようなら、誰でも耐えられません。
短いからこそ耐えられる。
しかも、短い時間だけどよく効きます。
お説教の時間が短ければ、叱った人と叱られた人との間に、壁をつくることはありません。
一瞬のお説教は、まさに注射と同じなのです。
「○○はいけないことだよ」
間違った指摘だけをするのは、下手な叱り方です。
その理由を言っていないからです。
叱るときに、叱る理由をきちんと言っていますか。
いきなり「これもいけない」「あれもいけない」と叱るのでは、なかなか部下は納得しません。
部下が知りたいのは「なぜいけないのか」という部分です。
「○○はいけないことだよ。なぜなら」という「なぜなら」がポイントです。
その理由がないと、納得しにくいです。
たとえば、会社で「遅刻はいけない」と部下を叱ったとします。
こう叱るのは簡単です。
「遅刻はいけない」というのはわかります。
しかし、部下はこれだけの説明では納得しません。
話だけ聞いて、終わりにしてしまう。
また次の日、遅刻を繰り返してしまいます。
部下は「なぜいけないのか」という理由を知りたいです。
「なぜ遅刻をするのがいけないのか。遅刻をするとどうなるのか」という具体的な理由をきちんとつけます。
面倒でも、理由を含めてきちんと伝えることです。
「9時から作業が始まるから、間に合うようにするために」
「お客さんを待たせないために」
きちんとした理由ほど、説得力があります。
その理由がわかると「たしかにそうだな。次から直そう」と心から考え始めるようになります。
時と状況など、職場によってその理由もさまざまでしょう。
いちばん大切なことは「なぜいけないのか」という理由を説明することです。
納得させることが大切です。
理由がわかると、部下は「なるほど」と思い、受け入れてもらえるようになるのです。
「叱る」という言葉を聞いて何を連想しますか。
おそらくこうしたことを連想するでしょう。
どれもよくないことばかりですね。
なぜ、よくないことばかりを連想してしまうのかというと、叱るときに決まって「ある単語」がお説教に含まれているからです。
その言葉こそ「こら!」という言葉です。
「こら!」というのはとても圧力のある言葉です。
「脅迫」と言っても過言ではありません。
聞くと体が萎縮して、ぶるぶる震え、怖くなります。
上手に叱るためには「こら!」という言葉を禁句にするのがコツです。
威圧的な言葉がなくなるだけで、叱るときのおぞましい雰囲気がかなり改善されます。
相手を不要に萎縮させることがなくなるため、上手に叱りやすくなります。
私たちは何か悪いことをしたときに「こら!」と怒鳴る癖があります。
その癖を今日からやめにしましょう。
これが上手に叱るコツです。
あなたが上司として部下を叱るとき「こら!」という言葉を避けて指摘しましょう。
丁寧で優しい言い方になるはずです。
部下の萎縮を最小限にとどめながら、指摘をする方法です。
私が中学3年生のころの担任は、岡田先生という男性教師でした。
普段は、優しい先生でしたが、ある日、ひどく叱られたことがありました。
「優しい先生ほど怒るときは怖い」と言いますが、まさにそれです。
学校で最も優しい先生は、怒ると学校で最も怖い先生になります。
その結果、先生と私との間で関係がぎくしゃくしたことがありました。
やはり強く叱られると、暗い雰囲気を引きずってしまいます。
特に強く叱られたときほど、落ち込みも激しくなります。
引きずるのは仕方ない。
しかし、なんと、あることがきっかけで元の関係に戻れました。
その理由とは何か。
何のことはない、先生がいつもどおり私に接してくれたからです。
叱られた私は叱られたことを強く覚えています。
しかし、先生は叱ったことなど忘れてしまったかのように、いつもと変わらず接してきます。
それが、普通です。
ほかの生徒と分け隔てなく、淡々と話しかけてきます。
その雰囲気のおかげで、私も肩の力が抜けました。
知らず知らずのうちに先生といつもの関係に戻れました。
今振り返って考えると、おそらく先生は意図的に普段どおり接するよう心がけていたのでしょう。
ぎくしゃくした雰囲気を引きずらないために、先生なりの心のケアでした。
もちろん先生と生徒の話ではなく、上司と部下でもまったく同じです。
叱るときには、メリハリが大切です。
部下を叱るときは、叱ります。
部下が反省したら、上司はきれいさっぱり忘れます。
忘れてしまったかのように、いつもと変わらず接するように心がけます。
大切なことは「叱った後ほど普段どおり接すること」です。
これに尽きます。
何もなかったかのように接します。
本当は気になっていても、気になっていないふりくらいは見せてください。
叱る側には、そういう芝居も必要です。
叱った側から積極的に働きかけてください。
叱られた側は気持ちが落ち込みがちですから、叱った側こそ普段どおりに話しかけたり接したりするのです。
私がアパートに住んでいたころ、真下の部屋の騒音に大変悩んだことがありました。
なぜか、私が引っ越すアパートでは、隣近所がうるさい。
深夜の2時くらいに、大声で歌を歌っている女性もいました。
そういうときに、いつも悩むのは「どうやって苦情を伝えるか」です。
最初に考える方法は、直接相手の部屋に向かって、実際に入居者と対面して「うるさいですよ」と注意することです。
当たり前の方法ですが、リスクがあります。
それがきっかけでご近所との付き合いが悪くなったり、逆恨みされたりするのではないかという心配があります。
長く住み続けたいアパートだからこそ、できるだけ穏便に済ませたいと考えますね。
アパートとはいえ、1つの建物に共同で住んでいますから、友好的にことを収めたい。
すると、なかなか直接対面して言いにくいです。
だからとはいえ我慢するのも苦痛です。
そんなとき、私がとった方法は「大家から言ってもらう」という方法でした。
アパートの大家は、まさにアパートの提供者です。
入居者とはいえ、大家に言われれば、従うしかありません。
苦情を言ってきた人の名前は、あえてぼかします。
大家から「ご近所から苦情が出ています」と言えば、入居者の誰もが傷つかずにすみます。
いちばん丸く収まる方法ですね。
さて、なぜこの話をしたのかというと、実は職場の「上司と部下」にも応用できるからです。
たとえば、上司であるあなたが部下に指摘をするのが難しいことがあります。
もちろん日々の単純な指摘なら言いやすいですが、とりわけ上司から部下にとても言いにくい指示内容があります。
たとえば「首にする」という話です。
会社側からの要求で、部下の1人を切らなければならないときがあります。
それは避けたいところですが、リストラのため、せざるを得ないときがあります。
上司から直接部下に「君は首だ」と言えば、当然ですが上司と部下の関係が悪くなりますね。
場合によっては、逆恨みされるのではないかと思います。
妻がいて子どももいる部下なら、なおさら言いにくいです。
そういうときには、いい方法があります。
さらに地位の高い管理者から言ってもらえばいい。
苦情を大家経由で伝えるように、言いにくい話を部下へ伝えるときには、管理者経由で伝えたほうが、摩擦は小さくなります。
「管理者から言われたなら仕方ない」
上司と部下との関係を悪くせずに、逆恨みされることなく、部下にうまく伝えることができるのです。
相手の険しい表情。
強い口調。
緊張した雰囲気。
叱るときにはつい、強い口調になってしまいがちですね。
それが自分でわかりにくい。
うまく抑えられればいいですが「叱る」という行為そのものの特徴で、なかなかこれが難しいです。
そうした感情を抑えるいい方法があります。
誰でもできる単純な方法です。
手紙やメールで伝える方法です。
手紙やメールには、表情や声が含まれていないので、淡々とした冷静なメッセージを伝えやすい。
感情的になっているときには威圧的で、発言も支離滅裂になりがちです。
しかし、手紙やメールなら、落ち着いて文章を考えることができます。
書き終わった後も、内容を何度も見直せます。
間違った発言をすることも少なくなるでしょう。
感情的にならずに、落ち着いて相手にメッセージを伝えることができます。
もちろん手紙を書くときには、丁寧な文章を心がけるのがポイントです。
書いた後も、何度も文章を見直して、とげのある言い方になっていないか注意しましょう。
それができれば、有効な方法になるに違いありません。
「しなさい」という言い方は命令です。
とげがあり、厳しくて圧力があり、緊張します。
また命令口調で言われると、むっとする人もいるでしょう。
偉そうな態度で言われると「自分は何さまのつもりなんだ」と思い、気分を害する人もいます。
しかも、叱っているときのようなときに「しなさい」と命令されると、なおさら強い印象を持ってしまいます。
叱るときには、命令的な言い方はできるだけ避けるようにしましょう。
代わりに「しましょう」を使えばいい。
この柔らかい言い方なら、多くの人にとって受け入れられやすくなります。
「しましょう」は働きを勧める言い方です。
強制ではありませんが、励ます言い方です。
私の場合、HAPPY LIFESTYLEで文章を書くときには「しなさい」という言い方は避けるようにしています。
「しなさい」を多用すると、圧迫感が増し、上から下を見下す偉そうな言い方になります。
文章が堅くなりがちです。
私も好きではありません。
代わりに「しましょう」をよく使うようにしています。
「しましょう」という言い方のほうが、励ましにふさわしい表現と思ったからです。
できるだけ読者の未来につながるような言い方をしたかったのです。
叱るときは言いたいことがたくさんあるため、次々と言葉を並べがちです。
上司から部下へ、一方的な会話になりがちです。
私も部下を叱ったことがあるので、その気持ちがよくわかります。
言葉を並べれば並べるほど圧力を感じてしまい、なかなか素直に聞きづらいものです。
長々しい説教にもなれば「面倒だな。いつ終わるんだろう」と別のことを考えている場合すらあります。
上司の頭は回転していても、話を聞いている部下の頭まで回転しているかどうかは、はなはだ疑問です。
そこで、いい方法があります。
まず部下に発言させるようにしてみましょう。
「こうしてはいけないことになっている。なぜだと思う」
部下に質問します。
なぜ悪いことなのかを、上司が一方的に言うのはたやすい。
しかし、部下に発言させようとすると、部下は頭を回転させて理由を考える必要があります。
考えさせてこそ、意味があります。
考えさせ、発言させるからこそ、部下はその印象が強く残りやすくなります。
自分の発言には責任を持つようになります。
納得します。
他人から偉そうに言われると納得できませんが、自分が考えて発言すると、納得がしやすくなりますね。
叱るときには「なぜ、よくないのか」「なぜそう思うのか」という疑問から、話を進めていくように工夫してみましょう。
部下は考えるようになり、指摘されたことが身につきやすくなるのです。
叱るのは面倒です。
叱るような場面をできるだけつくりたくない。
そこで上司は仕事をする前に、部下にこう言います。
「これは大事な仕事なんだ。絶対間違えるな。絶対に失敗するな」
部下が間違えさえしなければ、上司も叱ることはありません。
上司は叱るのが面倒だし、シチュエーションも嫌なので「とにかく間違えないでくれ」と言います。
たしかに大切な仕事だからこそ、間違いがなく失敗してほしくない気持ちはわかります。
そう思っても、そういう指示を与えないほうがいい。
往々にして、実は逆効果になってしまうからです。
「絶対に失敗するな」と言われると、部下は緊張します。
「絶対に」がつくような圧迫感のある言い方は、強い緊張感を与えるため、余計に失敗しやすくなるからです。
しかもこういう言い方をされると、不思議なことに人間は失敗しているところを考えるようになります。
自分が大失敗を犯して、上司に大目玉を食らっているところを想像してしまいます。
「家が火事にならないように」と考えるとき、自分の家が火事になっているところを想像してしまいますよね。
「恋人に振られないように」と考えるとき、恋人から振られているところを想像してしまいますね。
それと同じです。
するなと想像したことは、そうなるようなイメージを膨らませてしまいます。
想像したことが現実になってしまいます。
上司から「絶対に失敗するな」という言い方をされると、部下は自分が失敗しているところを想像してしまいます。
「絶対に間違えるな。失敗するな」という言い方は、しないほうがいいのです。
「絶対に間違えるな。失敗するな」と言われると、部下は余計に緊張します。
逆に失敗しやすくなるので、言わないほうがいい。
ミスをするなと言われると、逆にミスをしているところばかり考えてしまうので良くありません。
では、どのような言い方がいいのでしょうか。
合言葉は「リラックス」です。
以前私は、重要な仕事を上司から任されたことがありました。
重要な仕事は、上司から「絶対にミスをするな」と言われなくても部下は十分にわかっています。
そんなとき上司から「リラックスして!」と言われました。
私は、ほっとしました。
ほどよく緊張感がほぐれ、がちがちに緊張していた体の緊張がほぐれ、仕事がしやすくなりました。
「リラックスしていいんだ。緊張しなくていいんだ」と思い、肩の力が小さくなります。
リラックスという言葉を使うほうが、はるかに間違いや失敗を少なくさせる力があります。
最もミスが少なくなるのは、リラックスしているときです。
作業に集中できるようになります。
「リラックス」という言葉は、相手の緊張を解きほどく魔法の言葉です。
七福神の1人「恵比寿様」は、いつもにこにこしています。
にこにこしているから、すべての言葉がありがたく聞こえてきます。
「あなたのことを考えているから言っているのですよ」という愛を感じます。
にこにこいうのは、相手を包み込み、肯定し、愛している証拠です。
職場でも同じです。
上司が部下を叱るとき、一般的には厳しい表情をします。
相手を叱りますから、厳しい表情は当然と思いがちです。
しかし、しわの寄った表情は、よくない印象があります。
相手を否定したり、距離を置いたりなど、暗い印象があります。
「あなたのことが嫌いです」という印象があります。
にこにこしながら叱りましょう。
部下は上司の言うことを聞いてくれます。
恵比寿様のように、にこにこしながら口にするすべての言葉は、ありがたく聞こえてくるのです。