人付き合いをうまく続けていくためのコツは「細く永く」付き合っていくことです。
「細く永く」のお付き合いのためには、あまり力みすぎないことが大切です。
力みすぎると、一緒にいて疲れてしまうからです。
挨拶をする人は、人付き合いの上手な人です。
挨拶をされる側になるより、する側になる人のほうが、人付き合いが上手な人と言えます。
挨拶をされると、誰でも嬉しいものです。
親切にしてもらったら、お礼を言いましょう。
お世話をしてくれた人が複数のときは、それぞれ一人ひとりにお礼を言うととても喜ばれます。
23歳の誕生日のことです。
共通点を見つけると、相手ともっと仲良くなれます。
共通点があるだけで、親近感が持てるからです。
相手の人ともっと仲良くなりたいと願うなら、共通点を見つけることが大切です。
絆は、よってねじれて強くなります。
よってねじらなければ、強くなりません。
結びつきが、初めから強いということはありません。
私の母は、買い物に行くときに、いつも言う一言があります。
「何かついでに買ってこようか」という一言です。
私の実家は田舎ですから、買い物をするときは車が必要です。
どんな人とでも、うまく話ができる方法があります。
知らないふりをすることです。
相手が話していることを、すでに自分は知っていても、あえて知らないふりをするのです。
人付き合いが上手な人は、別れ際が上手な人です。
一緒にいて楽しい時間を過ごすことができても、見送りのときに手を抜かれると、後味が良くありません。
一緒にいるときはずっと笑顔で楽しんでいたのに、私が車に乗ったとたん家の中に入っていかれるとなんだか不安になります。
お礼は早ければ早いほど、感謝の気持ちが込められています。
お礼は、電話1本でも、メール1通でもかまいません。
すぐお礼を伝えるのが、感動を伝えるためのコツです。
私の友人で、気の利く人がいます。
いつも何かのお礼のときには、私の部屋に置き手紙を残していってくれます。
お礼の手紙は、受け取るほうも、気持ちいいものです。
1回の電話が、いつも長時間だと、疲れます。
1回の電話は、できるだけ短くすることが大切です。
時間が短いため、大切なことだけしか話せなくなります。
せっかくの友人ですから、嫌われないようにしたいものです。
難しくありません。
相手のプライベートを探りすぎないことです。
お付き合いの基本は「ギブ&ギブ」です。
ギブ&ギブは、見返りを求めない気持ちの表れです。
与えるだけにしておき、自分は何も期待しないようにします。
いくら友人とはいえ、たまにはむっとするときもあります。
むっとしない人間関係がいちばん理想的です。
しかし、やはり人間は完璧ではありません。
お付き合いが上手な人は「サービス精神」があります。
サービス精神がある人は、たとえば、エレベーターに乗るときにボタンを押してくれる人です。
エレベーターに乗るときに何人かで乗ると「ボタンは誰が押すのか」と気になるものです。
私の友人で、話が弾みやすい人がいます。
いつもどおりの会話なのに、その人と話していると、会話が弾むのです。
「なぜかな」と思って、注意をしながら友人の会話を振り返ってみると、すぐわかりました。
ときどき、意味のわからない話が出たとき、すぐ話を折る人がいます。
「難しい話はわからない」「その話は興味がありません」と言います。
たしかに自分のわからないことは、聞いていても退屈かもしれません。
人付き合いをうまくするには、相手を受け入れることが大切です。
相手の一部だけでなく、全部を受け入れるのです。
友人だって人間です。
友人との付き合いで、もったいないなと思うことがあります。
私はいろいろな人とお付き合いしたいので、いろいろな話をしてみます。
そこで、決まり文句のように相手から言われてしまうことがあります。
友人にも丁寧に接することが大切です。
友人だからとはいえだらだら付き合っては、相手もだらだらになります。
逆に、敬語まで使って接していては、堅いお付き合いになります。
人付き合いが上手な人は、たとえ友人でも、しっかり謝ることができる人です。
友人だからとはいえ、手を抜くのではありません。
友人だからこそ、手を抜かないのです。
私が嬉しいことに、相手も自分のことであるかのように一緒に喜んでくれると、もっと嬉しい気持ちになります。
自分の成功を友人も一緒になって喜んでくれ、嬉しい気持ちになったことはありませんか。
相手の幸せは、自分の幸せでもあります。
ただ今、2003年、8月6日、午後6時41分です。
私は、今、スターバックス(コーヒーショップ)にいます。
スターバックスで今日も本の執筆のため、すでに6時間以上も居座り続けています。
人付き合いで、自分の短所を気にする人がいます。
自分の短所は、見方を変えれば、長所になる可能性があります。
あなたは「短所が長所だなんて間違っている!」と思い込んでいませんか。
人とうまく付き合うために大切なことは、まめであることです。
まめ人間は、モテます。
電話をまめにする。
人付き合いが上手な人は、自分を誰かと比較しません。
自分は自分です。
他人は他人です。
明るい人付き合いをするには、明るい言葉を使いましょう。
「好き」という言葉を使うとうまくいきます。
明るい言葉です。
選挙のときの話です。
選挙戦のときには、大勢の人が候補者に集まって応援します。
候補者の応援本部では、たくさんの人たちが来て応援します。
私は何か嬉しいことがあったとき、つい握手をしてしまう癖があります。
これは私がアメリカ留学の最中に、アメリカ人の真似をして身についた癖です。
アメリカ人は、出会ったときや別れ際には必ず握手をします。
人付き合いのうまい人は、褒めるのがうまい人です。
相手の魅力的な長所を見つけ、褒めてあげます。
褒められたほうは、自分の自尊心をくすぐられますから、嬉しいものです。
人付き合いをうまく続けていくためのコツは「細く永く」付き合っていくことです。
「細く永く」のお付き合いのためには、あまり力みすぎないことが大切です。
力みすぎると、一緒にいて疲れてしまうからです。
少しでも盛り上げようと力むのはいいのですが、毎回会うたびに力まれると、こちらまで力まなければなりません。
これはちょっと疲れます。
クラブのママも「毎週来てくださるお客さまより、月1回でも永くいらしてくださるお客さまのほうが嬉しいですね」と言います。
大切なことは「細く永く」です。
これだけです。
難しいことではありません。
私の友人で、付き合いやすい人がいます。
一緒に食事をするときは、比較的さっぱりしています。
1回1回がさっぱりしていると、会話も関係も気持ちよくいられます。
食事の後は、無理やり2次会に誘いません。
食事が終われば、あっさり「じゃあ、またね」と言い、爽やかです。
その友人と食事をするときは、いつも時間が短くてすみ、精神的に楽です。
1回の時間が短い代わりに、会う回数が増えます。
会う回数が増えますから、関係が安定します。
長続きするのです。
その友人とは今、住んでいる場所が離れてしまったのですが、いまだに連絡は取っています。
力みすぎないことが、長続きのコツなのです。
挨拶をする人は、人付き合いの上手な人です。
挨拶をされる側になるより、する側になる人のほうが、人付き合いが上手な人と言えます。
挨拶をされると、誰でも嬉しいものです。
わざわざ話しかけてくれたことに、その人の気持ちを感じます。
相手が初対面のときでも同じです。
会話を始めるときに、最初に何から話を始めればいいのか、わからないときがあります。
そんなときこそ、挨拶です。
挨拶さえすれば、後の会話は自然と続きます。
初めが大切なのです。
人付き合いが上手な人の共通点は、必ず挨拶上手であることです。
私は機会さえあれば、どんどん自分から進んで挨拶をするようにしています。
挨拶の競争になっているときさえあるほどです。
挨拶に限っては、フライングスタートをしてもかまいません。
「用意、どん」の掛け声がかかる前に話しかけても、まったく問題ありません。
むしろ喜ばれるほどです。
私の友人に、挨拶が上手な人がいます。
毎回会うたびに爽やかに挨拶をしてくれ、自然とこちらまで明るくなります。
私が元気のないときでも「おはよう」と明るい一言をかけてもらえるだけで、心持ちが大きく変わってくるのです。
明るい挨拶は、人を元気づける効果があります。
そんな明るい挨拶をする人を見ていると、いつも明るくてこちらまで元気になってくるなあと思います。
挨拶の一言をケチってしまうと、人付き合いがうまくいきません。
アメリカでは、話しかけるときに「Hi」と話しかけてきてくれます。
私の実家あたりでは、知らない人にでも「おはようございます」「おかえりなさい」と話しかけてきてくれます。
自分と相手との距離を縮めようとアピールしているのです。
逆に、何も言わず無表情の人は、何を考えているのかがわかりません。
「危ない人なのかな」と思い、警戒してしまいます。
人が避けてしまいます。
人付き合いの運が逃げていきます。
挨拶をするだけで、人付き合いの運がついてくるのです。
親切にしてもらったら、お礼を言いましょう。
お世話をしてくれた人が複数のときは、それぞれ一人ひとりにお礼を言うととても喜ばれます。
23歳の誕生日のことです。
私の部屋の向かいに住んでいる友人2人が、わざわざ私の誕生日のためにケーキをつくってくれました。
突然の出来事だったので、余計に嬉しかったことを覚えています。
わざわざケーキをつくってくれて、何かお礼をしたいと思い、手書きで手紙を書きました。
最初は2人で1枚の手紙でしたが、やめて、それぞれに1枚ずつ書きました。
私は本当に嬉しかったので、2人で1枚というけちなお礼はしたくなかったのです。
1人ずつに、手紙を書きました。
本当に嬉しいときは、いつもより丁寧にしたくなります。
一人ひとりにお礼をすると、感謝の気持ちが、より伝わるだろうと思ったのです。
手間は2度かかりましたが、感謝の気持ちが伝わるならばと思い、書きました。
夜遅かったため、寝ているところを起こさないように、ドアの下からそっと手紙を差し入れておきました。
もし、お世話になったときには、手間がかかってもそれぞれにお礼を言いましょう。
言うのが恥ずかしいなら、手紙でもかまいません。
手紙がダメなら、電話でもいいし、メールでもかまいません。
気持ちを伝えるために、いろいろな方法が見つかります。
どれが正解ということではなく、どれでもいいのです。
大切なことは、相手にお礼の気持ちを伝えることです。
相手は、感謝の気持ちを喜んでくれます。
お礼は人間関係の潤滑油になるのです。
共通点を見つけると、相手ともっと仲良くなれます。
共通点があるだけで、親近感が持てるからです。
相手の人ともっと仲良くなりたいと願うなら、共通点を見つけることが大切です。
出身地でも、誕生日でも、好きな食べ物、好きな映画、何でもかまいません。
共通する何かがあればいいのです。
私がロサンゼルスに留学していたころに気づいたことは、比較的アジア同士は仲が良かったことです。
アジア同士とは、日本、韓国、中国あたりの人々のことです。
もちろん文化は違います。
しかし、顔形がそっくりなのです。
似ているだけでとても親近感が湧き、初めてあったにもかかわらず思ったより話しやすかったことが印象的でした。
その影響もあり、仲良くなりやすかったのです。
私は留学時代、アメリカ人の友人はいませんでしたが、韓国人の友人なら大勢いました。
アメリカにいるにもかかわらず、アメリカ人以外と仲良くなってしまったのは、今思えばおかしなことです。
顔が似ているという共通点が、お互いの距離を近づけてくれたのです。
共通することなら、何でもいいのです。
私は小学生のころ、自分と同じ誕生日の人と出会ったことがありました。
同じ誕生日であることを知ってから、その人が気になってしまったことがあります。
「自分と同じ日に生まれたのか!」
急に親近感が湧いてきます。
私の誕生日は、7月7日の七夕です。
芸能界で私と同じ7月7日生まれの人は、研ナオ子さんがいます。
ほかには、スケート界でミッシェル・クワンさんも同じ7月7日生まれです。
テレビで映る有名人が同じ誕生日と知っただけで、気になり始めるのです。
共通点のおかげで、親近感が湧いたからです。
同じ出身地でも、効果があります。
私と同じ愛媛県出身に、真鍋かをりさんがいます。
彼女に親近感を抱くのは「出身地が同じ」という共通点があるからです。
ほかにも例をあげれば、自分と同じ年齢の人と出会ったときも親しくなりやすいです。
単に、同じ年齢だという共通点があるからです。
共通点を見つけることは、人付き合いに大きな効果を発揮します。
もっと相手と仲良くなりたいと思うときには、ただ話をするのではなく、共通点を見つけるように話を進めていくようにしましょう。
相手と自分の共通する部分を見つけることで、相手ともっと仲良くなれるのです。
絆は、よってねじれて強くなります。
よってねじらなければ、強くなりません。
結びつきが、初めから強いということはありません。
人とのつながりは、最初は1本の細い糸です。
切れやすいし、もろい糸です。
人との結びつきが強いほど、この糸も太いということになります。
この糸を、つまり絆を太く強くする方法はたくさんあります。
親切にすること、お礼を言うこと、話しかけること、一緒に遊ぶこと、一緒に同じ時間を共有することなど、たくさんあります。
どれが最も良いということはありません。
どれも大切なことです。
それでも、ある出来事がきっかけで、一気に関係が深まるときがあります。
トラブルです。
人間関係ではトラブルを避けることが大切だといわれていますが、これは一概にそうだとは言えません。
トラブルのおかげで、仲良くなっていくものです。
あなたと仲のいい人にも当てはまるはずです。
仲良くなる間に、何かのトラブルがあったはずです。
けんかや涙、すれ違いなどのトラブルです。
そのトラブルが、人とのつながりを強くしているのです。
「トラブルがあるから嫌だ。もう絶交する。バイバイ」というのは、上手な人付き合いではありません。
トラブルのときこそ、仲良くなるチャンスなのです。
トラブルと一言で言っても、多種多様いろいろなトラブルがあります。
何でもかまいません。
どんなトラブルでも、絆を強くするチャンスになります。
大切なことは、トラブルが起こったら、しっかり仲直りをすることです。
仲直りをしたとき、その絆は以前より太く強くなっています。
絆は、トラブルを重ねれば重ねるほど、太く強く切れにくくなります。
ねじれていくことで、切れにくくなるのです。
運動会の綱引きで使う綱は、単なる糸ではありません。
糸が束になり、束がねじれて、ねじれた束がまた束になり、さらにねじれています。
そのおかげで、太くて強く、切れにくくなっているのです。
絆も同じです。
絆も、よってねじれて太く強くなっていくものなのです。
トラブルを楽しみましょう。
トラブルはトラブルではありません。
トラブルはチャンスなのです。
トラブルは、絆を強くするチャンスになるのです。
私の母は、買い物に行くときに、いつも言う一言があります。
「何かついでに買ってこようか」という一言です。
私の実家は田舎ですから、買い物をするときは車が必要です。
自転車では、少し距離があります。
もちろん近くにコンビニなんてありません。
歩いていける距離ではありません。
歩くと、行きだけでも30分はかかります。
往復なら1時間もかかります。
母は車で買い物に行くときには、私のことを気遣って「何かついでに」と言います。
母の「ついで」のおかげで、私個人の時間の無駄を省くことができているのです。
相手の時間も大切にできます。
ときどき「相手の時間なんて知らない。自分で行けば」と冷たい人がいて、残念なときがあります。
相手の時間を大切にすると、今度は相手も自分の時間を大切にしてくれます。
「何かついでに買ってきてあげるよ」と言ってくれます。
急いでいるときに、ついでに買ってきてもらうと、本当に助かります。
「ついでに」の一言で、人の時間を大切にできるのです。
どんな人とでも、うまく話ができる方法があります。
知らないふりをすることです。
相手が話していることを、すでに自分は知っていても、あえて知らないふりをするのです。
たとえ自分が知っていることでも、見落としていた知識に気づくチャンスかもしれません。
「それ、知ってる」と一言で終わらせてしまえば、話をしてくれなくなります。
私はよく知らないふりをして、いろいろな人から話を聞かせてもらっています。
コンピューターの勉強をするときに、これが役立ちました。
自分が中心で、世界が回っていることはありません。
自分の知識は完璧ではありません。
知識に完璧はあり得ません。
コンピューターの勉強をするときに、自分が知っている知識の話を友人から聞く場合も、知らないふりをします。
初めて聞くような表情で話を聞いていると、自分の知識の穴を埋めることもできます。
自分の知識の復習もできます。
時には思いもしないお宝情報を聞かせてもらうときさえあります。
聞くことで、相手は自尊心を満足させることができます。
私に対しても、話を聞いてくれた印象が残り、気分をよくしてくれます。
私はこれでコンピューターの知識を手に入れ、得意になっていきました。
思ったより効果のある「知らないふり」は、強力な人付き合いのコツになるのです。
知らないふりをするだけでいいのです。
人付き合いが上手な人は、別れ際が上手な人です。
一緒にいて楽しい時間を過ごすことができても、見送りのときに手を抜かれると、後味が良くありません。
一緒にいるときはずっと笑顔で楽しんでいたのに、私が車に乗ったとたん家の中に入っていかれるとなんだか不安になります。
「あれ、何か悪いことしたのかな。無理して付き合わせちゃったのかな。怒っているのかな。疲れているのかな」と思います。
そうなると、お礼の電話も少しかけづらくなります。
私の友人で、別れ際にとても気持ちのいいマナーの人がいます。
帰るときに、玄関口までわざわざ一緒に来てくれ、最後の最後まで見送ってくれるのです。
私が見えなくなるまでずっと見送りをしてくれると、気持ちいいのです。
剣道では「残心」という言葉があります。
残心とは、その名のとおり「心や気持ちを残す」という意味です。
別れるときも「今日は本当に楽しかったです。別れが惜しいです」という残心を残すことで、気持ちよく別れることができるのです。
お礼は早ければ早いほど、感謝の気持ちが込められています。
お礼は、電話1本でも、メール1通でもかまいません。
すぐお礼を伝えるのが、感動を伝えるためのコツです。
私の父と母は、2人ともお礼をするのが早いです。
両親が親戚の家に1晩泊めてもらってお礼を言うときには、親戚との別れ際のぎりぎりまで言っています。
「ありがとうね」を何度も言ってます。
自宅に帰ってからも、すぐお礼の電話をします。
「ただ今、家に着きました。泊めていただいてありがとうございました」という、お礼の電話です。
家に帰ってドアを開ければ、真っ先に電話に向かっていくところは、さすがだなと思いました。
そんな両親からの影響を受け、私もお礼はできるだけ早くするようにしています。
お礼は早いほうが、気持ちが残っているので効果的です。
あとからお礼をしようと思っていると、なかなかうまくいきません。
時間がたつと、気持ちがずいぶん冷めてしまっているからです。
時間がたったお礼の電話は、少し冷たくなってしまうものです。
場合によっては、お礼を言うのをうっかり忘れてしまっていることさえあります。
お世話になったら、直後言うのが相手にもいちばん印象に残ります。
後回しにすると、気持ちが薄くなってしまうのです。
直後の気持ちなら、心に残っていますから、言葉の一言に重みがあります。
お礼が言いたいと思ったときが深夜なら、メールをしましょう。
相手の睡眠を邪魔せずに、伝えられます。
気持ちが熱いうちに送るメールほど、より感謝の気持ちが伝えられるのです。
私の友人で、気の利く人がいます。
いつも何かのお礼のときには、私の部屋に置き手紙を残していってくれます。
お礼の手紙は、受け取るほうも、気持ちいいものです。
置き手紙ということですから、私はその時間には外出して部屋にはいなかったことになります。
もしかしたら、深夜で私が寝てしまっている時間かもしれません。
それはそれで仕方ないことです。
しかし、私のことを気遣って、置き手紙をわざわざ残してまでも感謝を伝えたい気持ちが、余計に嬉しくなるのです。
置き手紙には、しっかり置かれた時間もかかれています。
そうすることで、その時間には何をしていたのか、置いてからどのくらい経ったのかがわかります。
私も今では、友人に少しでも早くお礼を言いたいときには、置き手紙をするようにしています。
電話でのお礼でもかまいません。
しかし、もしかしたら、そのときに友人は忙しい用事の最中かもしれません。
相手の邪魔にならないようなメールや置き手紙は、気持ちの良いお礼の方法です。
相手の時間を大切にしながら、感謝を伝えることができるのです。
そうすることで、気持ちの良いお付き合いができるのです。
1回の電話が、いつも長時間だと、疲れます。
1回の電話は、できるだけ短くすることが大切です。
時間が短いため、大切なことだけしか話せなくなります。
大切でないこと以外は、無理をして話す必要はありません。
もちろん「もっと話したい。話すことがたくさんある」という人もいるでしょう。
しかし、短くていいのです。
雑談が大切な話なら、雑談をずばり言って終わりにするほうが、盛り上がって会話を終えることができます。
雑談にまつわる失敗を経験したことがあります。
最初に盛り上がったことは良かったのですが、終盤で話のネタがなくなり、沈黙になってしまったことがあります。
そんなとき「切りのいいところで止めておいたほうが良かったな」と思います。
せっかくの盛り上がりも、台無しです。
電話を切るときも、沈黙のままだとつらいです。
だからこそできるだけ短く、内容の濃い会話が大切です。
気持ちのいい会話をすることが大切です。
気持ちのいい会話は、短い会話から生まれます。
私は「長電話はよくない」と言っているわけではありません。
長電話をしてもいいです。
長くなってもいいです。
ただし、長くなりすぎて、相手に迷惑をかけないことです。
本当は相手もしなければならないことがあるかもしれません。
長電話によって相手の時間を奪ってしまうと、時間泥棒になります。
物を奪ったら、泥棒というだけではありません。
時間を奪っても、泥棒になってしまうのです。
物は弁償ができますが、時間は弁償ができません。
時間は、貴重な資産です。
相手の時間も自分の時間も尊重して、電話は短くしましょう。
せっかくの友人ですから、嫌われないようにしたいものです。
難しくありません。
相手のプライベートを探りすぎないことです。
相手が気を悪くするのは、プライベートなことだからです。
自分に関係ないことでは、気を悪くしません。
聞かれたくないことを他人にしつこく探られるから、気分を害してしまうのです。
私は相手のプライベートを尊重して、あまり込み入った話は避けるようにしています。
無理やり聞き出すことのないようにしています。
いずれ自分の悩みや問題は1人では我慢しきれず、相談したくなるときがやってきます。
そのときまで、そっとしてあげましょう。
相手が話したくなれば、話してくれます。
私の両親は、私のことをほとんど聞いてきません。
自分の息子なのに興味がないのかな、と思うくらい聞いてきません。
おかげで、あまり親からの小言には困ったことがありません。
こんなお付き合いができると、気持ちいいものです。
プライベートを尊重してくれているのがよくわかります。
人付き合いが上手な人とは、プライベートを探りすぎない人のことなのです。
お付き合いの基本は「ギブ&ギブ」です。
ギブ&ギブは、見返りを求めない気持ちの表れです。
与えるだけにしておき、自分は何も期待しないようにします。
見返りを求めないようになると、気持ちが楽になります。
ギブ&テイクでは、与えては返してもらうというのが基本になります。
与えたものが返ってくると、プラス・マイナス・ゼロになります。
損をしてあとから得があるため、変わりはありません。
ギブ&ギブを軸にしたお付き合いを心がければ、もちろん与えるだけになります。
しかし、お返しを求めないからこそ、気の持ちようが楽になります。
「これ、あげるからね」と言ってプレゼントした物は「返さないといけない」という義務がありません。
相手も受け取りやすくなります。
与える側も、返してもらうことを前提にしていないため、余計な気がかりをせずにすみます。
ギブ&ギブでは何も得られないような気がしますが、そんなことはありません。
お互いに「楽」であることがプレゼントされます。
「楽」であることも、十分素晴らしいことです。
お付き合いに負担がかからないから、楽な関係になれます。
私もこの本を差し上げるときは、プレゼントとして差し上げています。
私は、お金は取りません。
友人にプレゼントします。
そのほうが私も気が楽です。
相手もお金を必要としないため、楽な気持ちで読めます。
ギブ&ギブの関係になることで、お互いが気持ちよくお付き合いできるのです。
いくら友人とはいえ、たまにはむっとするときもあります。
むっとしない人間関係がいちばん理想的です。
しかし、やはり人間は完璧ではありません。
むっとすることも、たまにはあります。
たまにはあっていいのです。
人間ですからそういうこともあります。
そんなときに心がけてほしいことは、むっとしたときに笑ってしまうことです。
むっとしたときに、むっとしては、むっとした関係になります。
関係が少し崩れそうになったら、こちらから意識的に元に戻しましょう。
むっとしたら、笑うのです。
ちょっと傷つくことを言われても、むっとして笑うと愛想笑い気味になります。
友人も「ちょっと言いすぎたかな。雰囲気が悪くならないように、ごまかしてくれている。今度から気をつけよう」と気づきます。
友人なら、傷つくようなことを、わざと何度も言ったりしないはずです。
友人も、気持ちのいいお付き合いがしたいのです。
だからこそ、笑いましょう。
笑い飛ばしてしまいましょう。
むっとしたことも、どこかへ飛んでいってしまいます。
そうすることで、気持ちのいいお付き合いができるのです。
お付き合いが上手な人は「サービス精神」があります。
サービス精神がある人は、たとえば、エレベーターに乗るときにボタンを押してくれる人です。
エレベーターに乗るときに何人かで乗ると「ボタンは誰が押すのか」と気になるものです。
そんなときこそ、あなたが率先してボタンを押してあげましょう。
ボタンをさっと押せば、エレベーターでのやりとりもさっとできます。
友人もさっと行動できるあなたを見て「気が利く人だな」とイメージアップにつながります。
それが、サービス精神です。
サービス精神はこれだけに限らず、日常のいろいろなところにあります。
友人のためにサービスになることなら、何でも当てはまります。
そのほか、レストランでメニューのオーダーをするときには、友人の分までオーダーしてあげましょう。
それから、もし友人がオーダーしたものと違った料理が出てきたら、さっとウエイターに言って取り換えてもらいましょう。
車の中では、自分のコンディションで温度調節するのではなく、友人に「暑すぎない? 寒すぎない?」とケアしましょう。
サービス精神のある人は、人から慕われます。
サービスのできる人が、気が利く人なのです。
私の友人で、話が弾みやすい人がいます。
いつもどおりの会話なのに、その人と話していると、会話が弾むのです。
「なぜかな」と思って、注意をしながら友人の会話を振り返ってみると、すぐわかりました。
相槌が上手なのです。
ここだというところで「うん」とうなずいてくれます。
相槌を打ってもらうことで、こちらもきちんと話を聞いてもらっていることが確認できます。
次から次へと会話が弾んでいくのです。
ただ相槌を打っているのではなく、会話の切れ目のところで、リズムよく相槌をしてくれるのです。
リズムよく相槌を打ってくれることで、話が意外な深さまでどんどん深まります。
会話のどこで相槌を打つかは、ささいなセンスが必要ですが、難しくはありません。
慣れるだけで、どんどん相槌上手になります。
相槌上手になると、友人はいろいろなことをどんどん話してくれます。
相槌は、会話に大きく影響するものなのです。
人付き合いが上手な人は、相槌が上手な人なのです。
ときどき、意味のわからない話が出たとき、すぐ話を折る人がいます。
「難しい話はわからない」「その話は興味がありません」と言います。
たしかに自分のわからないことは、聞いていても退屈かもしれません。
しかし、相手が楽しそうに話をしている事実に、着目してみましょう。
「相手が楽しそうに話をしている」ということは「何か楽しく感じる部分がある」ということです。
そうした価値を、自分が気づいていないだけではないか、と考えてみます。
わからないから、話を折るのではありません。
わからないから、話を聞かせてもらうのです。
みんなからいろいろな話を聞いて、勉強させてもらうことが大切です。
すると話が理解できるようになり、楽しくなります。
私の高校時代、アニメ「ガンダム」が大好きだという友人がいました。
彼とは仲が良く、いつも昼は一緒に出かけ、昼食を食べていました。
彼からガンダムについて、いろいろな話を聞かせてもらいました。
ガンダムの話をするとき、顔色が変わるのです。
主人公のアムロの素晴らしさについて語り始めると、勢いが止まりません。
私は最初、あまり興味がなかったのですが、話を折るのも申し訳ないので、彼の話を黙々と聞いていました。
彼とは、学校の帰りが同じ道です。
一緒に雑談をしながら下校するのですが、いつの間にかテーマがガンダムに変わっています。
ある日、一緒に学校から帰っている途中、彼の家に立ち寄ったことがありました。
彼の部屋には、ガンダムのポスターが貼ってあったり、ガンダムの漫画やビデオが全巻そろっていたりしていました。
「本当にガンダムが好きなのだな」と、熱い思いが伝わってきました。
しばらくして不思議なことが起こります。
彼の影響を受けて、私もガンダムに興味が出てくるようになったのです。
友人の影響を受けて、自分も興味が出てくることは、よくある話です。
友人の話を聞いて、友人の価値観を勉強することが大切です。
理解できない価値観があっても「価値観の勉強だ」と思い、話を最後まで聞くようにしてみましょう。
新しい楽しみや人生の価値観に気づくきっかけになります。
人付き合いをうまくするには、相手を受け入れることが大切です。
相手の一部だけでなく、全部を受け入れるのです。
友人だって人間です。
上司だって人間です。
お父さん、お母さんだって人間です。
良いところもあれば、悪いところもあります。
小さなことは気にせず、相手のすべてを受け止めればいいのです。
相手のすべてを、受け入れるのです。
人付き合いは、相手のすべてを受け入れて始まります。
学校の先生が、良い例です。
学校の先生は、いろいろな生徒を相手にしなければなりません。
私が小学生のころ、私のクラスはとても荒れていました。
先生が手を焼くくらい、やんちゃな生徒ばかりでした。
先生もたまらず、生徒に向かって叫ぶことが多かったのです。
そんなときに先生が言った言葉があります。
「あなたたちが私を選んだわけじゃないでしょ。私もあなたたちを選んだわけじゃない。人との関係を大切にしなさい」
先生は、涙を流しながら、叫んでいました。
生徒たちをそのまま受け入れようとした言葉です。
先生も人間ですから、好き嫌いがあります。
時には苦手な生徒に当たってしまうときもあります。
しかし、先生が好きで決めたわけではなく、仕方ないことです。
だからこそ、相手のすべてそのままを受け入れてしまうことが大切なのです。
お父さん、お母さんも同じです。
「嫌いだ」と言って別れることはできません。
お父さんお母さんは、宇宙でたった1人だけです。
ありのままを受け入れることが大切です。
先生はいろいろな人を受け入れる達人です。
いろいろな生徒がいても、先生は逃げるわけにはいかず、相手にしなければなりません。
先生だって疲れます。
そのときに大切なことは、好きなところも嫌いなところもすべて飲み込んで「そういう人なのだ」と思うことにしましょう。
人とうまくやっていくには、相手のすべてをありのまま受け入れてしまうことなのです。
友人との付き合いで、もったいないなと思うことがあります。
私はいろいろな人とお付き合いしたいので、いろいろな話をしてみます。
そこで、決まり文句のように相手から言われてしまうことがあります。
「貴博君まだ若いから」「私、おばさんだから」「世代が違うから」「若い人に気持ちわからないと思う」などと言われます。
私はそうは思わないため「そんなことないですよ」と言います。
しかし、そう言うと、相手は嫌みに受け取ってしまいます。
相手が悲観的に考えていると、何を言っても悲観的に捉えられます。
私は何も話せなくなってしまうのです。
相手から、友人になるチャンスを捨ててしまっているのです。
よくよく考えると、差別です。
「年がいっているから」と言われて気分を悪くするなら「若いから」と言われても気分が悪くなります。
この話をするととても怒る人がいますが、正直な話です。
子どものころに、親からこういうことを言われたことがあります。
「貴博はまだ子どもだから、大人になればわかる」
このように言われると、気分が悪くなってしまいました。
私が理解したかどうかより、親が説明する努力を怠ったことが残念だったのです。
「まだ、子どもだから」と言われては、子どもはそれ以上何も言えなくなります。
ホスト、ホステスが活躍する夜の世界では、会話で年齢の話はタブーになります。
相手が高年齢だとしても「年がいっているんですね」と言っては、相手は気分を害してしまいます。
逆に、相手が若いからとはいえ「若いね」と言えば、子ども扱いされたと受け取ります。
相手が若くても、そうでなくても、年齢の話はタブーなのです。
初対面のときに、年齢は聞かないようにしましょう。
人付き合いに、年齢は関係ありません。
相手が何歳でも、人は人です。
上手な人付き合いに、年齢はまったく関係ないのです。
年齢の話は、相手の気分を悪くさせてしまう場合があります。
年齢の話を抜きにして、お付き合いをすればいいのです。
相手からいくつなのか聞いてこないかぎりは、こちらから聞かないようにすればいいのです。
友人にも丁寧に接することが大切です。
友人だからとはいえだらだら付き合っては、相手もだらだらになります。
逆に、敬語まで使って接していては、堅いお付き合いになります。
その中間の「丁寧」が、ちょうどいいのです。
みんな、同じ人ですから、礼儀よく接することは当たり前です。
友人でも、礼儀よく接することが大切です。
友人だからこそ、お礼や感謝には「ありがとう」と言いましょう。
気持ちを大切にする人は、自分も相手から大切にされるようになります。
今日も友人にお世話になります。
明日も友人にお世話になります。
今までにもたくさんの人にお世話になりました。
たくさんの人のおかげで生きてこられているのですから、丁寧であることが大切です。
「お世話になって当たり前」と考えるのではなく「お世話をしてくれてありがとう」と感謝しましょう。
親しい仲でも、丁寧な礼儀であることが大切なのです。
人付き合いが上手な人は、たとえ友人でも、しっかり謝ることができる人です。
友人だからとはいえ、手を抜くのではありません。
友人だからこそ、手を抜かないのです。
友人に何か悪いことをしてしまったときに「ごめんなさい」と言える人は、うまく人付き合いができます。
プライドがあるからとか肩書が上だからとかは、全然関係ありません。
プライドを捨てて肩書抜きの関係こそ、本当の友人関係です。
友人にとても謝ることが上手な人がいます。
気持ちよく「ごめんなさい」が言える人です。
「ごめんなさい」を言われたら、それ以上怒れません。
しっかり相手が反省していることがわかったら、それ以上怒れないからです。
人とは、気持ちよくお付き合いしたいものです。
誰もけんかがしたくて怒るのではありません。
何か悪いことをしてしまったとき、しっかり謝れる人は気持ちよく付き合える人です。
私も悪いと気づいたときには、すぐ謝るようにしています。
すぐ謝ることが大切です。
時間がたつにつれて、亀裂が広がります。
私が留学しているころ、両親がやってきたことがありました。
ロサンゼルスにあるLAXという大きな空港で待ち合わせでした。
私は、待ち合わせに3時間も遅れる、という失敗を犯してしまったことがあります。
出口は1つという思い込みのせいで、出口を間違えてずっと待っていたのです。
空港カウンターの人に聞いても「ここだ」と言います。
しかし、2時間近く待っても、出口から両親が出てきません。
明らかにおかしいのに、こればかりはどうすることもできません。
不安になった私は、空港にある有料パソコンで、飛行機の便を再チェックしましたが、やはり間違っていません。
出口が違うと気づいたのは、諦めて家に戻ったときにチェックした父からの留守電でした。
留守電がなければ、もう1つの出口を知らずにずっと家で待つことになっていたでしょう。
今、思い出しても、ぞっとします。
留守電を聞いてびっくりした私は、再び空港へ急いで向かいました。
3時間の遅刻です。
1年ぶりの両親との再会になります。
最初の一言が「すみませんでした」という謝罪になるとは思いませんでした。
こればかりは頭を下げて謝りました。
「すみませんでした」と大きな声で言ったのを覚えています。
この出口のことは、私も一緒にいた運転手の人も知りませんでした。
仕方なかったと言えば、それまでです。
しかし、私が相手に迷惑をかけたことは、事実です。
ここで言い訳はいけません。
本当は言い訳をしたかったのですが、ぐっとこらえて私は何も言いませんでした。
両親からひどく文句を言われましたが、私の責任と感じたので、謝りました。
かなりつらかったのを覚えています。
何か言ったところで、何にもなりません。
私の全責任であり、その日1日は険悪な雰囲気の中、ロサンゼルスを観光しました。
ロサンゼルスをあんなに重く歩いたのは初めてでした。
両親であろうと友人であろうと、謝るときは謝ることが大切です。
自分に悪い点がなくても、時には謝らなければならないときがあります。
責任をなすり付けてはいけません。
自分が悪いときだけ謝るのではなく、とにかく相手に迷惑をかけてしまったら、必ず謝ることが大切なのです。
私が嬉しいことに、相手も自分のことであるかのように一緒に喜んでくれると、もっと嬉しい気持ちになります。
自分の成功を友人も一緒になって喜んでくれ、嬉しい気持ちになったことはありませんか。
相手の幸せは、自分の幸せでもあります。
相手に何か嬉しいことがあったときは、一緒に喜んであげましょう。
ささいなことでもかまいません。
相手の幸せを自分の幸せと感じ、一緒に喜ぶことでお互いに嬉しい気持ちになれます。
相手に嬉しいことがあると、嫉妬する人がいますが、心の狭い人です。
心の狭い人は、自分のことだけで精いっぱいで相手のことまで喜んであげられる余裕がないのです。
友人が出世や何かに成功したときに、英語では「With Up(ウィズ・アップ)」という表現があります。
「共に喜ぶ。共に向上する」といった意味です。
相手が幸せになることは、実は自分が幸せになることでもあるのです。
相手が向上した分、自分にもいろいろ恩恵があるからです。
何か新しいことを教えてくれるかもしれません。
もっと助けをもらえるかもしれません。
「やった!」という喜びを共有すれば、元気も一緒にもらえます。
私は高校1年のとき、体操部でした。
入部した時点ですでにバク転やバク宙はできたのですが、それ以上の技は怖くてなかなか挑戦できないでいました。
体操は、けがをするかもしれないという恐怖との戦いでもあります。
絶対安全ということはないのです。
私が新しい技に挑戦するときは、かなり尻込みしています。
自分はこんなに臆病者だったのかと、そのときに初めて気づきます。
私は人一倍、臆病者なのです。
そのうえ、周りでは部員や先生が見守ってくれるおかげで、今度は緊張までしてしまいます。
息を飲んで挑戦して、初めて技がうまくいったときのことです。
それを見ていた先生が握手をして一緒になって喜んでくれたことが、嬉しかったのをいまだに覚えています。
むしろ私より喜んでいました。
それに同じ体操部の部員も一緒に喜んでくれました。
相手の喜びを自分の喜びであるかのように喜んでもらえると、自分もとても嬉しい気持ちになれます。
一緒に喜んでもらえると、嬉しさが倍増するのです。
こうなると、体操部も活気が出ます。
部員のやる気や活気をかき立て、全体に良い影響を与えます。
相手が喜んでいたら、一緒に喜んであげましょう。
喜んであげることで、相手はもっと喜んでくれます。
それがWith Up「共に喜ぶ。共に向上する」ということなのです。
ただ今、2003年、8月6日、午後6時41分です。
私は、今、スターバックス(コーヒーショップ)にいます。
スターバックスで今日も本の執筆のため、すでに6時間以上も居座り続けています。
店員さんにも、顔を覚えられてしまいました。
いつもここにくるのは、集中ができるからです。
それだけでなく、いろいろな人間模様がうかがえるからでもあります。
これは、つい今しがたあった出来事です。
私の真横にあるテーブルで、ビジネスに関係する何らかの交渉が始まりました。
韓国人と黒人の2人です。
最初は穏やかに話していたのですが、少し時間がたって、状況が変わりました。
韓国人の人が、突然不機嫌になり始めたのです。
声も大きくなっています。
コーヒーショップでけんかはいけません。
どうやら金額が思ったより大きいらしく、約束と違うらしいのです。
黒人のほうは、冷静です。
「Don't be upset.(落ち着いて)」と言っています。
真剣な交渉らしく、金額の話だけになっています。
韓国人のほうは、かなり頭にきているようで、マシンガンのように話をしています。
怒鳴るに近いものがあります。
コーヒーショップの店員も、心配のまなざしです。
それでも黒人のほうは、冷静です。
きちんと話をうなずきながら聞いています。
「この黒人、結構やり手だな」と思いました。
30分くらいずっと韓国人はしゃべり続けて、怒りを発散させています。
それでもなお、黒人は至って冷静です。
黒人は話の区切りごとに「なるほど」「そうだね」と、うまく相槌を入れています。
ここまで気になり始めると、本の執筆どころではなく、手を止めて2人の話を聞いていました。
顔はノートパソコンを向いていますが、耳は2人の話に向けられています。
お金の交渉は大切です。
私も「金の切れ目は縁の切れ目」を経験したことがあります。
それだけに、交渉が長引いてしまうのも、無理はないのです。
1時間近く話し合いが続けられました。
話し合いの最後の辺りには、黒人が感謝の一言をきちんと口にしていました。
隣で聞いていた私は、なにより嬉しかったのです。
「Thank you for waiting.(わざわざ時間を取ってくれてありがとう)」
「Sorry for disturbing.(気を悪くさせてしまい申し訳ない)」
こうした相手を配慮する一言があり、話の最中こそ大げさでしたが、終わりは気持ちよく締めくくられていきました。
最後に、黒人のほうから握手を求めました。
そのときも黒人は「サンキュー」と感謝していました。
韓国人のほうはというと、意地でも「ありがとう」と言いません。
2人は解散し、ようやくコーヒーショップは元の静けさに戻りました。
韓国人のほうは、最後の最後まで一言も「ありがとう」を言いませんでした。
それが少し残念でした。
交渉でトラブルがあるのは、よくあることです。
それでもお互いに時間を取ってくれたことに感謝してほしいのです。
いろいろと気を使ってくれたことや話を聞いてくれたことだけでも、感謝することです。
何があっても、最後はありがとうで締めくくることが大切なのです。
人付き合いで、自分の短所を気にする人がいます。
自分の短所は、見方を変えれば、長所になる可能性があります。
あなたは「短所が長所だなんて間違っている!」と思い込んでいませんか。
そんなことはありません。
考え方を逆にするだけでいいのです。
短所を長所と考えてしまうのです。
私の決定的な短所は「気にしすぎ」というところです。
私の文章を読んでもわかるとおりです。
実に細かいことを悩んでいます。
細かいことを気にしています。
細かいことを引きずっています。
細かいことを分析しています。
友人に「考えすぎだよ」と言われたことが、数え切れないほどあります。
「そんなことまで考えなくてもいいよ」と、何度も言われました。
ことあるごとに「今の行いで本当に良かったのだろうか」と細かく振り返ってしまいます。
性格ですから、変えようと思って簡単に変えられることではないのです。
私は以前、この性格が苦手でした。
のほほんと生きている人を、うらやましく思っていた時期がありました。
しかし、あるきっかけで、短所が長所にひっくり返ったのです。
本を書くことです。
もともと、ある女の子との出会いがきっかけでした。
彼女は人に敏感で、私の気にしすぎる性格も、すぐ気づきました。
その子の頭の中では、私の短所を違ったふうに解釈します。
「タカ、いつか本、書きそうだね」
そのときは「そうかなあ」と思いましたが、あとからまたいつもの自分の癖で細かく振り返ります。
「もしかしたら」と思ったのです。
私の短所は長所になりました。
以前はいちばんの短所が、今ではいちばんの長所です。
今までは嫌いだった短所を、今では好きになっています。
短所のおかげで、うまくやっていくことができているのです。
これには自分でも驚いています。
大きな短所が大きな長所にひっくり返ったことで「将来、素晴らしいことにつながるのではないか」という自信さえも芽生えました。
最低だっただけに、最高なのです。
自分の短所は、見方を変えるだけで長所になる可能性があります。
見方を変えるだけでいいのです。
自分の短所は長所なのだと、考え方を改めてみましょう。
短所を嫌いになるのではなく、短所だから好きになればいいのです。
短所は、必ず長所になる要素が含まれています。
必ず可能性を秘めています。
ささいなことで、短所から長所にひっくり返ります。
同時に人生も、180度ひっくり返るのです。
人とうまく付き合うために大切なことは、まめであることです。
まめ人間は、モテます。
電話をまめにする。
連絡をまめにする。
報告をまめにする。
相談をまめにする。
挨拶をまめにする。
お礼をまめにする。
まめにすることは、人間関係の中ではたくさんあります。
そのようにまめに接していくと、人から信用されるようになります。
「彼はまめだから任せても大丈夫」と信用されるようになるのです。
私も父にまめに連絡をしています。
日常変わったことがあれば、すぐ連絡するようにしています。
母にもよく電話をしています。
特に用事はなくても、その後、何か変わりはないかと連絡するだけで安心するものです。
人付き合いが上手な人は、自分を誰かと比較しません。
自分は自分です。
他人は他人です。
同じ人ですが、生まれも育ちも異なっているので比較ができません。
人、それぞれなのです。
私の母には「人は人。自分は自分」という口癖があります。
私は以前、人と同じであることが美徳だと思っていました。
でも、本当は、人と違うことこそ美徳なのです。
人が10人いれば、10とおりの答えが出てきて当たり前なのです。
日本の学校教育では、みんなが1つの答えを出せるようにするための教育です。
しかし、教育ではありません。
強制です。
個性は、人それぞれです。
答えは1つである必要はありません。
人付き合いが上手な人は、これを理解できています。
自分を誰かと比較しません。
人がどうであろうと自分のペースを崩しません。
人は人であり、自分は自分だからです。
人と比べると、ストレスがたまります。
もし比べるなら、過去の自分と比較しましょう。
どんどん向上心が燃えて、明るく生き生きしてきます。
みんなと同じでないことこそが、美徳なのです。
明るい人付き合いをするには、明るい言葉を使いましょう。
「好き」という言葉を使うとうまくいきます。
明るい言葉です。
「嫌い」という言葉は、少し暗い響きがあります。
できるだけ「嫌い」という言葉は使わない代わりに「苦手」や「好きではない」という表現を使うようにすればいいのです。
そうすることで、暗い意味を和らげることができます。
直接的な否定語は禁句です。
ある友人に「タカは、あまり汚い言葉を使わないね」と言われたことがあります。
私は、意識的に言葉は直しています。
たとえ悪口や汚い言葉でも、冗談でさえ言わないようにしています。
口に出すことで、本当になるからです。
相手に届いていなくても、自分の心に届いています。
人が聞いていなくても、自分が聞いています。
私は、人生を明るく楽しく幸せに生きたいと願っています。
しかし、ただ願っているだけでは夢が叶うわけがないため、積極的に行動に出しているのです。
汚い言葉を意識的に使わないようにしているのも、その1つです。
私は「言葉は魔法の言葉」と思っています。
人付き合いが、自分の言葉遣いで大きく左右されます。
嘘だと思うなら、試してみるといいでしょう。
暗い言葉ばかりを使っていると、心までも暗くなります。
心だけでなく、人付き合いも生活も人生も暗くなります。
逆に明るい言葉を使っていると、心も明るくなります。
心だけでなく、人付き合いも生活も人生も明るくなります。
聞けば当たり前のことと思うかもしれませんが、これに気づいていない人が多いのです。
単純なことであるゆえに、見落としてしまっているのです。
選挙のときの話です。
選挙戦のときには、大勢の人が候補者に集まって応援します。
候補者の応援本部では、たくさんの人たちが来て応援します。
それが落選してしまうと、突然、人がいなくなります。
「さっきまでの活気は何だったんだ」と思うくらい、さっと人がいなくなるのです。
そんな状態でも、残ってくれている人がいます。
それが本当の友人です。
本人が失敗したときにも見捨てず、力になってくれる人、本当の友人です。
本当の友人は、自分が失敗してしまったときに初めてわかります。
友人とはいえ、利害関係で成り立っている場合が多いのです。
見かけだけの友人は、自分に何かの利益があるから仲良くなっているだけで、利益がなくなるとさっと消えます。
私はこれを、何度も経験したことがあります。
私はコンピューターが好きですから、よくいじります。
それで身についた知識が、自分にとってのコンピューターの勉強になります。
ときどき私のところに「パソコンを修理して」とお願いしてくる人がいます。
それでパソコンを直します。
私が直した後、さっと消えてしまうのです。
突然消えてしまうのは手品だけかと思っていましたが、そうではないようです。
もう音さたなしです。
その後、パソコンの調子が再び悪くならないかぎり連絡がありません。
「ありがとう」の一言の電話くらいほしいものです。
私は自分が利用されている感じがして、悲しくなってしまいました。
それが何回かあって、経験の回数をこなすと人間模様が見えてきます。
利害関係で成り立っているのは、見かけだけの友人だなとわかるようになってきたのです。
利害関係で成り立っている関係は、本当の友人ではありません。
それは「仕事上のお付き合い」です。
お金という利益が絡んでいるときに、しっかりギブ&テイクができていれば仕事上のお付き合いは成立します。
ただし、プラス・マイナス・ゼロです。
仕事上の付き合いと友人の付き合いを、一緒にするのは良くありません。
それは、まったく別の関係です。
本当の友人は、失敗したときも利害の関係なしに、そばにいて助けてくれる人です。
利害関係のお付き合いは、利益がなくなるとさっと消えてしまうのです。
私は何か嬉しいことがあったとき、つい握手をしてしまう癖があります。
これは私がアメリカ留学の最中に、アメリカ人の真似をして身についた癖です。
アメリカ人は、出会ったときや別れ際には必ず握手をします。
「あなたに敵意はない。仲良くなりたい」という意味が込められています。
握手というスキンシップで、気持ちを表現しているのです。
アメリカ人は、にこにこしながら握手をしています。
それを間近で見ていて「かっこいいな。真似しよう」と思いました。
それが最初のきっかけです。
今では、普通の友人にもよく握手をしています。
「初めまして」と表現するときもあれば「ありがとう」を表現するときもあります。
握手によって、言葉ではなく、体で気持ちを伝えることができるのです。
日本人は、ほとんどの場合握手は苦手です。
「恥ずかしい」と思っている人が多いのです。
私も最初は恥ずかしかったのですが、すぐ慣れました。
握手はかっこいいことです。
合コンでみんなが楽しんでいるときに「初めまして」と握手すると目立ちます。
かっこよく目立つのです。
握手する人、される人、握手しているのを見ている人、みんな気持ちよくなれます。
気持ちを言葉で表現するだけでなく、体を使って表現すれば、ダイレクトに伝わります。
私がホームステイをしていた、クリスマスのころです。
ホストの家族全員で、カリフォルニアのリバーサイドに住んでいる、ホストの親戚のところへ遊びに行きました。
2日間の滞在で、クリスマスをみんなで過ごしました。
帰る別れ際に、親戚のおじさんが私を抱擁してくれたことが、嬉しかったのを覚えています。
生まれて初めての抱擁の経験です。
「抱擁は、こんなに嬉しい気持ちになれるのか」
しんみり感じました。
ホームステイを出るときも、家族の人が抱擁してくれました。
「Give me a hug.(抱擁してちょうだい)」と言って、別れを惜しむ気持ちが伝わってきました。
気持ちを「言葉」で伝えることも大切です。
それだけでなく、気持ちを「体」でも伝えると、もっと効果的に伝えることができます。
アメリカ人が人付き合いにたけているのは、このスキンシップの文化のおかげです。
人付き合いのうまい人は、褒めるのがうまい人です。
相手の魅力的な長所を見つけ、褒めてあげます。
褒められたほうは、自分の自尊心をくすぐられますから、嬉しいものです。
時には自分でも気づかなかった長所に気づかせてくれることもあります。
褒めることで、人から好感をもたれるのです。
これはアメリカ人が得意です。
アメリカ人は、何かと褒めます。
私もアメリカに来てから、アメリカ人に数え切れないくらいにいろいろなところを褒めてもらいました。
ホームステイのころも、褒められました。
忘れられないことは、私の「目」を褒めてくれたことです。
実は当時の私は、自分の目があまり好きではありませんでした。
小学生のとき、先生に叱られている最中に割り込んだ他の先生が「彼の目つき、悪いですね」と言った一言がショックでした。
それがきっかけで自分の目を気にするようになったのです。
子どものころのコンプレックスは、ほんのささいなことから始まります。
たったその一言がきっかけで、ずっと引きずるものなのです。
ホームステイをしていた19歳のとき、私の目をホストファミリーの人が褒めてくれました。
「彼の目はキュートだ」という褒め言葉には、本当に驚きました。
意外であったため、本当に嬉しかったのです。
思わず、鏡を見てしまったくらいです。
何年も前のたった3秒くらいの一言です。
いまだに覚えているということは、よほど驚きだったのでしょう。
ホストファミリーは何人かいましたが、彼女がいちばんのお気に入りになってしまいました。
彼女はほかにもいろいろなところを褒めてきます。
それは自分でも気づいていないところまで、うまく持ち上げてきます。
褒め殺してくるのです。
私は殺されるのは嫌いですが、褒め殺されるのは好きです。
自分を褒めてくれた人には、つい好感を持ってしまいます。
「褒めてくれたということは、私に対して好感を持っている。だから私も相手に好感を持つ」という単純な人間の心理です。
目を褒めようが、どこを褒めようが、何を褒めようが、何でもいいのです。
大切なことは「褒めること」です。
それだけで、相手は好感を持ってくれるのです。