私は、多くの人と接しているときに「虹」を見ているような気分になるときがあります。
虹は、いろいろな色が集まって1つのきれいな輪ができています。
赤色、青色、黄色、緑色、紫色。
人間関係は、生きているうちは、常に必須です。
たくさんの人に支えられて人間は生きていますから、人との関係をなくしてしまっては、生きていけなくなります。
自分はたくさんの人に支えられて生きていることに気づけば、おのずから人間関係が大切であることにも気づきます。
人間関係において、面倒なことは、つい後回しにしてしまいがちです。
学校の友人や会社の同僚など、毎日会える関係だと「また今度でいいか」となります。
たとえば、単なる挨拶にも、くっきりと表れてきます。
気軽さがあれば、人間関係は長続きします。
相手のことを負担と感じずに、素の自分を出していくことができる「気軽さ」があるというのは、理想的な人間関係です。
言いたいことも言えず、相手に対してストレスを感じるというのでは、心を開いて打ち解け合うことは、なかなか難しいものです。
人間関係を円滑にできる、良い方法があります。
相手の長所を見つけることです。
どんな人間にも、必ず1つはいいところがあります。
尊敬することは人間関係向上のコツですが、褒めることも負けないくらい大切なコツです。
お互いに褒め合うという人間関係で、うまくいかない人間関係はありません。
尊敬し合う関係になっていると、自然と褒め合う関係にもなります。
褒めるときのコツは「具体的に」褒めることです。
褒めるときには具体的であるほど、嬉しくなります。
細かいところまできちんと見て、わざわざそれを褒めてくれるのは、なにより嬉しく感じます。
自分の前向きな気持ちを口に出して言うと、魔法を使っているかのようにどんどん人間関係が向上します。
自分の感情を素直に外に出していくということは、自分を表現していることになります。
何もしゃべらず無表情の人より、素直に思っていることを話してくれる人とのほうが、好感が持てるのはそのためです。
良い人間関係のために「時間厳守」は基本としましょう。
時間厳守は、相手からどんどん信用してもらえるための大切な約束事です。
時間をきちんと守ってくれる人は、約束も守ってくれるという共通点があります。
「~してあげる」という表現があります。
親切に聞こえますが、偉そうな印象も受けます。
「仕方ないな。では私がしてあげよう」という、見下したニュアンスが感じられます。
世の中にはいろいろな人がいます。
人付き合いをするにも、なかなか一筋縄ではいかないことがよくあります。
自分とぴったり合う人は珍しく、なかなか自分とは合わないなと思う人のほうがたくさんいるものです。
どうせ人付き合いをするなら、中身を見てくれる人と付き合うようにしましょう。
中身を見てくれる友人とは、うまくいきます。
一時的な利益や外見のよさではなく、中身を見てくれる人とは、素の自分を出せ、深い会話もできるようになります。
友人になるなら、中身を見てくれる人と接することが大切です。
ということは、あなたも、相手の中身を見るような人になることです。
外見ではなく、中身を重視して、付き合っていくことが大切です。
お金では買えないものの1つに「友人」があげられます。
もう1つ深い関係といえば「親友」です。
親友とは、友人以上に親しい関係を結んだ人のことです。
環境が変われば、びっくりするくらい友人の層が変わります。
冷たい響きに聞こえるかもしれませんが「環境が変われば、友人も変わる」というのは本当の話です。
小学校や中学校では、毎日友人と会えます。
もし深い関係をつくるなら、学生時代がいちばんのゴールデンタイムです。
学生時代ほど、親友をつくりやすい時期はありません。
学校を卒業し、いったん社会に出てからの人間関係は、利害関係を考えます。
会社の中では地位や肩書があり、人間関係に上下差が出てきます。
いえ、むしろ上下差がないと、うまく仕事が回らないのが会社です。
きれいに仕事をこなすためにも、命令する側とされる側とではっきり区別をつけておいたほうが、いざこざが少なくてすむのです。
「同じ年齢の人とのほうが、仲良くなりやすいな」と思ったことはありませんか。
私が今、仲良くしている友人は、やはり同じ年齢の人たちです。
単純な理由ですが、自分と同じ年齢だという共通点があるからです。
友人と話していると、痛いところを突かれて、話に詰まることがあります。
自分の弱点やコンプレックスだと、特に話しにくくなります。
こういうときに会話を楽にするためには、2種類の方法があります。
人付き合いで欠かせないのが「約束」です。
どんな人との関係でも、約束事は何か発生してきます。
実際、大きな約束事ができる関係であるほど、深い仲と言えます。
熱意とは、スピードで表現できます。
「~してほしいんだけど」と言われて「はい、すぐします」と即答できると「やる気があるな」と熱意を伝えることができます。
しかし「どうしようかな……。まあ、やっておきます」とゆっくり答えられると「やる気があるのかな」と心配になります。
100点満点を目指す人、つまり完璧主義者は、なかなか人間関係がうまくいかない傾向にあります。
何でも自分の思うとおりに行かないと気がすまないタイプは、人間関係で何かあるたびに悩みます。
ささいなことに深く考えてしまい、なんとかして100点満点の人間関係を求めようとします。
ドラマに釘付けになっている人がいます。
いつもドラマの中の主人公に熱狂して、毎週のドラマは欠かさず見ている人です。
ドラマに釘付けになるのもいいですが、その前に、まず「自分の人生」というドラマに釘付けになっておく必要があります。
人間関係が面白くなるのは、自分とは違ったタイプの人がいるときです。
私の友人には、自分と似ている人もいますが、逆に全然似ていない人もいます。
似ていない部分があっても、仲良くやっています。
本当の臨機応変は、自分の中に「哲学」があって、初めてできることです。
自分の中にしっかりした軸があり、それを中心に自由自在に動けるのです。
自分の中に哲学がない人は、ただ周りに「合わせてしまう人」になります。
すべてを言い切ることが良いことだと思われがちな人間関係です。
しかし、実際にすべてを言い切るような態度を取ってしまうと、妙にお説教っぽくなります。
「ああしたほうがいい。~だからだ。私は昔~で、かくかくしかじか……」とたくさん語ってしまうと、お説教になります。
人との関係は、糸を結ぶことに似ています。
蝶結びのように強くつながっているけれど、あるところを引っ張ると、すぐ糸がほどけてしまう関係。
まめ結びのように、一度つながるとなかなかほどけない関係などです。
共に繁栄していく人間関係が理想的です。
どちらか一方が1人勝ちをする関係ではなく、お互いにお互いを助け合う関係が、いちばん仲良くなれます。
そのうえ、長続きする関係です。
人付き合いが苦手な人は、傷つくことを恐れている人に、多く見られます。
ささいな相手からの一言に傷つくのが怖くて、なかなか人付き合いができないでいます。
人を避けるから、余計に傷に対する免疫力がなくなり、さらに人付き合いがおっくうになるという悪循環になっています。
何事も見方を少し変えるだけで、暗いことでも明るいことに考えてしまうことができてしまいます。
『ものは考えよう』という日本のことわざにもあるとおり、明るく考えれば、何でも面白く楽しくなります。
暗い出来事や経験も、プラスに考えてしまうことです。
私は、多くの人と接しているときに「虹」を見ているような気分になるときがあります。
虹は、いろいろな色が集まって1つのきれいな輪ができています。
赤色、青色、黄色、緑色、紫色。
いろいろな色が集まって、1つの美しさが出来上がっています。
これは、人間関係にそっくりだと思いませんか。
世の中には、たくさんの人がいます。
身長や性格や話し方や考え方など、違うものだらけです。
違うものだらけの世の中、と言ってもいいでしょう。
しかし、そんな違う人たちがたくさんいるからこそ、世の中はうまく回っているのです。
いろいろな考え方があるから、より良いアイデアが生まれます。
いろいろな人がいるからこそ、深い文化が生まれます。
お互いに違いがあるから反発し合うのではなく、違いがあるからこそ認め合い尊重していくことが大切です。
これが、きれいな人間関係なのです。
虹と同じです。
どの色がいちばんきれいという話ではなく、どの色も特徴があり、違いがあるからこそ、お互いが認め尊重し合い、1つになっていく。
それが、あの美しい虹へと姿を変えていっているのです。
人間関係の理想も、お互いの違いを認め、尊重し合い、1つになることです。
今世界には、たくさんの国があり、たくさんの文化があります。
それらの文化同士や宗教同士がぶつかり合い、自分たちが最も良いものだとエゴを張っています。
自分がいちばんだと思っているのです。
そのために、戦争が起こってしまいます。
違いがあるのは、当然のことです。
お互いが違いを認め合い、尊重し合い、1つになることができれば、虹のようなきれいな世界(地球)が生まれると思っています。
人間関係は、生きているうちは、常に必須です。
たくさんの人に支えられて人間は生きていますから、人との関係をなくしてしまっては、生きていけなくなります。
自分はたくさんの人に支えられて生きていることに気づけば、おのずから人間関係が大切であることにも気づきます。
人間関係を良くすれば、自分の人生もよくなります。
私の場合、今までいろいろな人からの影響を受けてきました。
良い影響、悪い影響のすべてが、無駄なく「良い刺激」であったなと、本当にそう感じます。
それほどたくさんの人からの影響は、私の中で「支え」になっているのです。
良い刺激をもらうためにも、心地よい人間関係がいちばんです。
今回は、人間関係を向上させるためのコツです。
しかし、コツを学ばなくても、人間関係そのものを楽しんでしまうことです。
良いこと、悪いことと考えすぎず、何があっても自分にはプラスの経験と思い、人間関係をまるごと楽しんでしまえばいいのです。
たくさんの人との関係を複雑と考えるのではなく、楽しむように考えましょう。
人との関係があるからこそ、人生を生き抜くことができるのです。
人間関係において、面倒なことは、つい後回しにしてしまいがちです。
学校の友人や会社の同僚など、毎日会える関係だと「また今度でいいか」となります。
たとえば、単なる挨拶にも、くっきりと表れてきます。
出会ったころは、毎日「おはよう」と言っていたのが、慣れてくると朝の挨拶も緩みがちになります。
ひどい場合だと、挨拶がなくなってしまうケースまであります。
心の緩みが出てきているのです。
1回1回の挨拶は、たしかに面倒なことかもしれませんが「人生、常に本番」だと考えることです。
「また今度でいいか」と考えている瞬間でさえも、本番真っ最中なのです。
次の機会にできることでも、せめて一瞬一瞬を本番の気持ちを持って、生きていくようにしましょう。
毎日会える関係でも、同じ瞬間は二度とありません。
お互いに気持ちの良い関係でいるためにも、一瞬一瞬を、大切に生きることが重要です。
気軽さがあれば、人間関係は長続きします。
相手のことを負担と感じずに、素の自分を出していくことができる「気軽さ」があるというのは、理想的な人間関係です。
言いたいことも言えず、相手に対してストレスを感じるというのでは、心を開いて打ち解け合うことは、なかなか難しいものです。
気軽さは、ストレスを減らし、緊張をほぐし、話しやすい雰囲気をつくり出してくれます。
「面白そうだから行ってみようよ」と、気軽に言い合える関係を目指しましょう。
何気ない一言が言えるというのは、居心地の良い人間関係ということです。
人間関係を円滑にできる、良い方法があります。
相手の長所を見つけることです。
どんな人間にも、必ず1つはいいところがあります。
たとえば、得意なことや尊敬できる点、昔から続けていることなど、ほかの人より優れているところです。
ほかの人より優れているところを見つけたら、素直に尊敬しましょう。
相手と良い関係ができるのは、お互いが尊敬し合っているときです。
どちらか一方が尊敬しているのではなく「お互いが尊敬し合う」というところが大切です。
50年、60年も一緒にいる夫婦には、決まってお互いが尊敬し合っているという共通点があります。
お互いが認め合い尊重し合い、助け合っているからこそ、長い付き合いができるのです。
人間ですから、秀でているところだけでなく、劣っているところもあります。
お互いが良い関係を結んでいくためには、劣っているところが問題なのではありません。
尊敬できるところが大切なのです。
相手の長所を僻んだり、憎く思ったりしては、人間関係は長続きしません。
尊敬は、すればするほど、相手とうまくいくのです。
尊敬することは人間関係向上のコツですが、褒めることも負けないくらい大切なコツです。
お互いに褒め合うという人間関係で、うまくいかない人間関係はありません。
尊敬し合う関係になっていると、自然と褒め合う関係にもなります。
褒めるためには、相手の長所を見つけなければなりません。
最初は気づかなくてもかまいませんから、積極的に相手の素晴らしい長所を見つけるようにしていきましょう。
褒めるために、褒めるべき点を見つけ出すのです。
見つけたら、すかさず褒めたたえましょう。
自分のことを褒めてもらい、認められると、相手は嬉しくなってしまうものです。
相手も、あなたの褒めるべき点を探してくれるようになります。
人間には「鏡の法則」というものがあり、自分がしたことは相手もしてくれるようになる法則があります。
まず、自分から積極的に相手を褒めるようになると、相手もあなたのことを褒めてくれるようになります。
嘘だと思うなら試してみましょう。
褒めると褒められ、尊敬すると尊敬されてしまうのです。
褒めるときのコツは「具体的に」褒めることです。
褒めるときには具体的であるほど、嬉しくなります。
細かいところまできちんと見て、わざわざそれを褒めてくれるのは、なにより嬉しく感じます。
私も文章が「良かったです」と抽象的より「青空という表現が気に入りました」と具体的なほうが、より嬉しく感じます。
「え、そんなところまで注意を払って読んでくれているんだ」と、驚きを感じ、気持ちの高揚も大きくなってしまうのです。
自分が具体的に褒められると嬉しくなる経験をしたとき「具体的は大切だ」と感じました。
褒めるときには、具体的に褒めることです。
抽象的な褒め方から、できるだけ具体的に褒めていくほうが、人間関係では大吉が出てくれます。
自分の前向きな気持ちを口に出して言うと、魔法を使っているかのようにどんどん人間関係が向上します。
自分の感情を素直に外に出していくということは、自分を表現していることになります。
何もしゃべらず無表情の人より、素直に思っていることを話してくれる人とのほうが、好感が持てるのはそのためです。
特に女性は、気持ちを口に出して言うのが上手です。
嬉しいことは「嬉しい!」と言い、かわいいと思うことは「かわいい」と、素直にそのまま言ってしまいます。
この素直さが、男性は「かわいいな」と感じてしまうのです。
私は以前、女性と一緒にペットショップに入ったことがありました。
特に小柄な動物を扱っているペットショップだったので、一緒にいた女性は「かわいい、かわいい」と喜んでいました。
どちらが動物か、わからないくらいです。
店員さんも、犬より騒ぐ人間を見たのは、初めてだったのではないでしょうか。
そんな素直に気持ちを表現しているところを見ていると、話をしやすくなります。
何事にも動じず無表情の人より、自分の気持ちを恥ずかしがらずどんどん表現してくれるほうが、安心するのです。
何も話さない人が、いちばん付き合いにくいです。
何も言わないから何を考えているのか、わからないのです。
一緒にいても、不安になります。
不安を感じる関係では、当然、良い人間関係を築くことは難しくなります。
それに気づいた私は、素直に気持ちを表現していく女性を手本に、自分もどんどん素直になろうと思いました。
良い人間関係のために「時間厳守」は基本としましょう。
時間厳守は、相手からどんどん信用してもらえるための大切な約束事です。
時間をきちんと守ってくれる人は、約束も守ってくれるという共通点があります。
どちらも同じ「約束を守る」ということであり、本質は同じです。
ときどき、私の友人でも時間に遅れてくる人がいて、残念に思うときがあります。
少なからず、心の中のどこかで「信用できないな」と感じてしまうのです。
仕方ない事故ならいざ知らず、毎回遅刻をする人は、約束事は破って良いものだという認識でいます。
私も、相手の信用は大切にしたいですから、特に時間は守るようにしています。
時間10分前には必ず着くようにし、もし、遅れるようなら、事前に連絡を入れるように心がけています。
遅刻する相手にがっかりしてしまうように、自分も遅刻で相手にがっかりさせたくないため、時間厳守は大切にしています。
「~してあげる」という表現があります。
親切に聞こえますが、偉そうな印象も受けます。
「仕方ないな。では私がしてあげよう」という、見下したニュアンスが感じられます。
本人はそのつもりがなくても、そう聞こえているかぎり、改善を心がけましょう。
普段から言葉遣いには気をつけます。
ささいなところで、人間関係につまずくことのないようにしましょう。
今後は「~してあげる」の代わりに「~させて」という表現を使うようにしませんか。
「~させて」という表現が、親切な心がいちばん感じられる表現です。
たとえば「手伝ってあげる」という偉そうな表現をやめます。
代わりに「手伝わせて」と言えば、印象がずいぶんよくなります。
「協力してあげる」は「協力させてください」と言い換えます。
「もってあげる」は「持たせてください」と言い換えます。
「行ってあげる」は「行かせてください」と言い換えます。
柔らかい表現を心がけましょう。
見返りを求めているわけでもなく、偉そうにしているわけでもありません。
「ギブ&ギブ」の精神で、相手に優しく接していることが感じられます。
世の中にはいろいろな人がいます。
人付き合いをするにも、なかなか一筋縄ではいかないことがよくあります。
自分とぴったり合う人は珍しく、なかなか自分とは合わないなと思う人のほうがたくさんいるものです。
私は、中学生のころ、人付き合いには大変苦労していました。
クラスの中でいちばんの人気者になりたいという願望が強く、いろいろな人と友人になり付き合っていました。
しかし、案の定、うまくいきませんでした。
世の中にはいろいろな人がいますから、それぞれの人に、自分を合わせていかなければなりません。
自分の理解を超える行動や考え方を持った人は、たくさんいます。
すべての人たちに理解されるような人物になるには、役者になるしかありません。
そして、自分が自分でいることをやめなければならないということに、途中で気づいたのです。
のちに私は、こうした人付き合いに疲れて挫折し、すべての人に愛されるような自分でいるのはやめようと思いました。
たくさんの人と接することで、逆にすべての人に合わせるということは無理だということに気づいたのです。
不思議なことに「すべての人に合わせるのは無理だ」と考えるようになった瞬間、人との接し方がうまくできるようになりました。
自分の視野がいつの間にか広がったことで、トラブルやいざこざなどが回避できるようになったのです。
いろいろな性格の人がいることを理解すると、自分と合わない人が出てきても「こういう人もいる」と寛大になれます。
視野を広げるとは、理解力を深めることです。
たくさんの本を読んで、数多くの人生経験によって視野が広がれば、おのずから寛大な性格になれることに気づきます。
自分の器がどんどん広く大きくなり、相手を包み込んでしまうくらいの理解力がモテる人を目指しましょう。
人付き合いが上手になるために、相手に自分を合わせることではありません。
自分の内側にある「理解力」を深めていくことで、人とのお付き合いがうまくできるようになるのです。
どうせ人付き合いをするなら、中身を見てくれる人と付き合うようにしましょう。
中身を見てくれる友人とは、うまくいきます。
一時的な利益や外見のよさではなく、中身を見てくれる人とは、素の自分を出せ、深い会話もできるようになります。
相手が自分の中身を見て付き合ってくれるなら、こちらも心を開いて話ができるようになります。
人間、心が大切です。
自分のことを理解してくれる人とは、永く、深い人間関係を楽しめます。
友人になるなら、中身を見てくれる人と接することが大切です。
ということは、あなたも、相手の中身を見るような人になることです。
外見ではなく、中身を重視して、付き合っていくことが大切です。
いろいろな人間関係がありますが、相手が自分の利益になるから付き合う、かっこいいから一緒にいると言う人がいます。
そうした人に共通するのは、必ず「薄い関係である」ということです。
損得や利益を含んだ人間関係では、深い心の結びつきは、なかなかうまくいきません。
一時的な交友関係は結べることでしょう。
しかし、一生涯続くような心のあるお付き合いは難しいのです。
深い人間関係は、自分の中身を見てくれる人と付き合い、自分も相手の中身を見る人になることです。
相手の中身を見る人間になると、相手から「自分のことを理解してくれている」と思われ、仲良くなれます。
中身を見ることができる人になり、中身を見てくれる人と付き合うようにしましょう。
中身を見てくれる人のみ、本当の友人になります。
いつしか、親友へとつなげていくことができるのです。
お金では買えないものの1つに「友人」があげられます。
もう1つ深い関係といえば「親友」です。
親友とは、友人以上に親しい関係を結んだ人のことです。
誰よりいちばん親しい友人です。
親友だけは、どんなに大金を積んでも手に入りません。
心と時間をかけて、初めて出来上がっていくものです。
私も今までたくさんの人と接してきました。
しかし、環境が変われば、友人も変わってしまいました。
昔から続いている人間関係は、たった2人だけになりました。
私の場合は、アメリカに留学していた経験があり、たくさんの人と知り合えてとても嬉しく思いました。
しかし、日本に帰ってばらばらになってしまうと、連絡をまったく取り合わなくなりました。
友人とは、近くにいるからこそ親しくなれますが、環境が変わってしまえば、いとも簡単に関係が途絶えます。
「友人は、一生の宝物」という言葉があります。
実際は「親友こそが、一生の宝物」とするほうが、正確な表現です。
もし、今付き合っている関係が、友人なのか親友なのか見分けるためには環境を変えてみれば、わかります。
環境が変わっても続いている関係は、間違いなく親友といえる関係に値します。
環境が変わっても、時間をとって連絡し合うというのは、お互いの損得を超えた「本当の心の関係」があるからこそできることです。
私が環境を変えても続いている人間関係は、心の底から打ち解け合える関係になっています。
何でも話せる人であり、何でも話して接してきたからこそ、私を理解してくれているという安心感があるのです。
環境が変われば、びっくりするくらい友人の層が変わります。
冷たい響きに聞こえるかもしれませんが「環境が変われば、友人も変わる」というのは本当の話です。
小学校や中学校では、毎日友人と会えます。
毎日顔を合わせ、毎日付き合っている人間関係だから、小中学校のころの友人は一生続くものだと思います。
しかし、何年も一緒にいた友人でも、卒業して別々の学校へ行ってしまうと、連絡を取らなくなってしまった経験はありませんか。
心苦しくなる話かもしれませんが、よくある話です。
日本のことわざに「一期一会」という言葉があります。
私が、そう信じたくない言葉でありながら、まったくそのとおりだなと思わざるを得ない言葉です。
すべての人に対して、一生のつながりを持つことは不可能です。
たくさんの人と知り合い、自分の中に良い影響を与え、また環境が変われば、次の新しい人間関係というのが、人生です。
環境が変わってしまい友人が変わってしまっても、それを受け止めることが大切です。
過去を引きずってしまっていても暗くなってしまうだけですから、前向きに考えていいのです。
もし深い関係をつくるなら、学生時代がいちばんのゴールデンタイムです。
学生時代ほど、親友をつくりやすい時期はありません。
学校を卒業し、いったん社会に出てからの人間関係は、利害関係を考えます。
仕事をし始めると、なかなか損得抜きの関係は難しく、限られた時間の中では限られた人間関係になります。
そこで、もし今あなたが学生なら、今のうちに心の通い合う友人をつくっておくことをおすすめします。
学生時代の友人は、損得がないですから、仲良くなりやすいという傾向があります。
お互いが共通した目標(文化祭、運動会、受験など)に向かって、共に汗を流すという経験は、貴重な時間になります。
もちろん社会に出てからも、友人はつくれます。
しかし、仕事が変わったり、職場が変わったりすると、関係が切れます。
再び連絡をとろうと思っても、お互いがすでに違う仕事上での人間関係を重視しているため、思うようにはいかないことが現実です。
親友2人と知り合ったのは、私たちが学生のときでした。
文化祭のために協力したり、先生に叱られているところなど、一部始終見たりしているだけに、いちばん仲良くなってしまいました。
隠し事のない人間関係のほうが、うまくいきます。
社会に出てからも、もちろん利益や損得など関係しないため、関係が長続きしています。
青春の友は、一生の友です。
青春時代というのは、大切な友人をつくる貴重な時期なのです。
会社の中では地位や肩書があり、人間関係に上下差が出てきます。
いえ、むしろ上下差がないと、うまく仕事が回らないのが会社です。
きれいに仕事をこなすためにも、命令する側とされる側とではっきり区別をつけておいたほうが、いざこざが少なくてすむのです。
会社の上司と友人になれないのは「地位」があるからです。
地位が入ってしまっては、言いたいことが言えず、なかなか打ち解けた雰囲気というのも大変です。
会社の人間関係では地位の上下差はつきものですが、友人関係では同じようにならないように気をつけましょう。
友人関係では「平等」こそが、理想の関係となります。
友人をつくるときには、お互いが「平等」に話ができることを目指していくようにしましょう。
「地位」や「肩書」はやめて(できれば年の差も関係なく)「平等」でいけばいいのです。
平等であるほど、見かけに関係なく、仲良くなれます。
私が中学1年生のときの話です。
当時、3年生である先輩に「敬語は使わなくていいよ」と言われました。
敬語を使ってしまうと、他人らしくなり、距離を感じるというのです。
私がうっかり敬語を使ってしまうと、先輩から「やめてほしい」と頼まれたくらいでした。
先輩は、後輩と本当に仲良くなりたいがために、敬語は障害になってしまうことを知っていて、言ってくれたのでした。
「同じ年齢の人とのほうが、仲良くなりやすいな」と思ったことはありませんか。
私が今、仲良くしている友人は、やはり同じ年齢の人たちです。
単純な理由ですが、自分と同じ年齢だという共通点があるからです。
同じ年に生まれていると、似たような経験を同時期にしていることになり、お互いの共通点もたくさん出てきます。
そんなたくさんの共通点のおかげで、仲良くなりやすい。
共通点を見つけることは、人間関係を強固にしていく力があります。
ちょっと視点を変えて、人間関係の共通点を見つけるゲームとしていくと、面白くなります。
年の離れた人だからとはいえ諦めないで、どこでもいいので自分と似ているところや共通していることを探してみましょう。
共通するところが見つかると、心理的に緊張がほぐされて、仲良くなりやすくなること間違いなしです。
友人と話していると、痛いところを突かれて、話に詰まることがあります。
自分の弱点やコンプレックスだと、特に話しにくくなります。
こういうときに会話を楽にするためには、2種類の方法があります。
どちらも会話が楽になります。
全部話すなら、恥ずかしいことさえ我慢できれば、正直に話せばいいだけなので楽です。
心から正直に話をする分、相手にも信頼されるようになり、より仲のいい状態にしていけます。
一方、全部隠すなら、とにかく口を閉じていればいいだけですから、苦労はありません。
ただし、全部隠すだけに、心から信頼し合える関係も、難しいと言えます。
いちばんいけないのは、中途半端な会話をしてしまうことです。
途中までは本音で話し、途中からは口を閉じてしまう。
この中途半端な状態は、相手にもやもや感を与えます。
「そういえばね……、ううん、何でもない」
このように言われたことがありませんか。
途中で急に会話が途切れると、何を言おうとしていたのかが気になります。
話をするほうも、途中で話を途切れさせたり、嘘でごまかしたりしなければいけないため、気まずくなります。
私としては、全部話してしまうようにしています。
隠し事は好きではないので、しません。
やむなく話ができないことや、話してしまうと他人の迷惑になってしまうことだけは、知らないふりをしてしまいます。
基本は、正直に全部話すほうが得です。
全部話ができると、自分のキャラクターや考えていることが伝わり、正直に接していくことができるようになるからです。
途中で中途半端に嘘をついてしまうのが、いちばんつらいです。
嘘をついてしまうと、嘘が嘘を呼び、自分がどんな発言をしたのか途中でわからなくなります。
それ以前に、嘘のために話のつじつまが合わなくなることが大半です。
大切な人との人付き合いに、中途半端な嘘は良くありません。
それならいっそのこと、全部を話してしまったほうが親しい仲になれます。
大切な人との人付き合いほど、中途半端にならないよう気をつけることが大切です。
人付き合いで欠かせないのが「約束」です。
どんな人との関係でも、約束事は何か発生してきます。
実際、大きな約束事ができる関係であるほど、深い仲と言えます。
約束というのは、信用や信頼がないとできないからです。
ここで大切な話をしますが、ときどき約束というのは、他人とするものだと思っている人がいます。
「人と約束事をして、それを守ればいいだけ」と考えている人が多いのです。
たしかにそのとおりで間違ってはいないのですが、約束事は他人とする前に、もう1人の人としなければいけません。
自分です。
本来、約束事とは、他人に対してではなく、自分に対して行うことだということです。
人とする約束事も、大きな目で見れば、自分とする約束です。
いくら他人と約束をしても、自分がそれを果たせなければ「自分で自分を裏切ること」になります。
あなたの周りにもいませんか。
約束事に対して、ルーズな人。
そういう人に限って、だらしない性格であったり、生活が乱れている人であったりするはずです。
当然のことです。
約束事は人とするものではなく、自分とするものだからです。
「人との約束事が守れない人」というのは「自分との約束事も守れない人」ということなのです。
自分で自分をコントロールできていない人であり、自己管理ができない人ということです。
これから約束事をするときには、人に対してではなく、まず自分と約束すると考えるようにしましょう。
自分で自分のことを信じるようになるためにも、約束は自分とするものなのです。
熱意とは、スピードで表現できます。
「~してほしいんだけど」と言われて「はい、すぐします」と即答できると「やる気があるな」と熱意を伝えることができます。
しかし「どうしようかな……。まあ、やっておきます」とゆっくり答えられると「やる気があるのかな」と心配になります。
同じ「OK」という答えでも、スピードを持って即答するか、ゆっくり答えるかで、熱意に差が現れてくるのです。
熱意は、スピードで表現するものです。
人間関係において、熱意を伝えなければならないときには、スピードを持って行動すればいいのです。
スピードがあれば、それだけやる気があるんだなと、熱意を伝えることが簡単にできるようになります。
お金もかからないし、時間もかからない、誰にでもできる簡単な熱意を伝える方法です。
100点満点を目指す人、つまり完璧主義者は、なかなか人間関係がうまくいかない傾向にあります。
何でも自分の思うとおりに行かないと気がすまないタイプは、人間関係で何かあるたびに悩みます。
ささいなことに深く考えてしまい、なんとかして100点満点の人間関係を求めようとします。
しかし、人間関係に、100点満点である必要はありません。
高得点は理想ですが、常に100点満点を目指すと、いつも落ち着かない日常になります。
私はサイトを運営しているかたわら、ときどきお客さまから相談メールをいただくことがあります。
特に、人間関係のメールが大半です。
人間関係で悩んでいる人(とりわけ恋愛に悩んでいる人)は、100点満点を目指している印象を受けます。
なんとかして相手をこちらに振り向かせたいと、完璧を目指しているために行き詰まり、私のところへ相談してきます。
私としてもこんなとき、困ってしまいます。
完璧を求めた人間関係で、相談されても、こちらも完璧な答えはできません。
というより、完璧であるかぎり、いつまで経っても、ゴールにはたどり着けないのが本音です。
完璧を目指さなくてもいいのです。
人間関係は、70点や80点程度で、十分なのです。
ある程度、肩の力を抜いて、ささいなトラブルやミスは心を大きくして対処できるほうが、うまく人間関係が回っていくのです。
ドラマに釘付けになっている人がいます。
いつもドラマの中の主人公に熱狂して、毎週のドラマは欠かさず見ている人です。
ドラマに釘付けになるのもいいですが、その前に、まず「自分の人生」というドラマに釘付けになっておく必要があります。
自分の人生において、主役は自分です。
どんなドラマより、現実的です。
唯一テレビのドラマと違うところは、自分でシナリオを考えて、実行できるところです。
テレビのドラマは、製作者側がすでにシナリオを考えていて、あとから変えることはできません。
しかし、自分の人生というドラマだけは、自分でシナリオを考え、実行していけます。
これからどうなりたいのか、どう生きたいのか、それらをすべて自分の意志で自由に決めることができます。
人生ほど、面白いドラマはないのです。
私は、テレビのドラマを見ない性格です。
テレビドラマが嫌いではなく「自分の人生」という面白いドラマが目の前にありますから、それに釘付けになっているのです。
どんなテレビのドラマより現実的で面白く、感情的で、自分しだいで自由に動かせます。
これほど面白いドラマが、ほかにあるでしょうか。
私はいつも、自分の人生に熱狂なのです。
自分が主役の人生くらいは、思いきり楽しみたいと思います。
結果として、素晴らしい過去から未来へと、現実としてつながっていくのです。
人間関係が面白くなるのは、自分とは違ったタイプの人がいるときです。
私の友人には、自分と似ている人もいますが、逆に全然似ていない人もいます。
似ていない部分があっても、仲良くやっています。
私が、自分と違うタイプの人に引かれるのは、自分にとって「異質」だからです。
「異質な友人」は、私にいつもとても変わった見方を教えてくれます。
私の友人に関西の人がいます。
大きくて有名なクリスマスツリーを見に行ったとき、私が「大きなツリーだな」と表現するところを、彼は違う表現をします。
「どのくらい費用がかかっているのだろうか」と、金銭の視点から見ていることに、私は感心しました。
感情的に物を見る私とは違い、金銭的に物を見る角度の違いに、私は新しい考え方を感じたのです。
クリスマスツリーどころではなく、私の関心は、その人の「物の見方」にありました。
世の中にはいろいろな人がいるな、と思いました。
私に新しい価値観を教えてくれたわけです。
自分とは似ても似つかない友人がいることは、貴重なことです。
自分と違った人を大切にすると、自分の視野が大きく広がります。
自分と違うタイプに不快を感じても「むかつく」と言って吐き出さないで、飲み込んでしまえばいいのです。
むかつくというのは、もともと胃の調子が悪くて、吐きそうなときに使う言葉です。
「むかつく」と言って、吐き出してしまうと、そこで終わりです。
せっかくの異物を吸収できるチャンスを逃してしまうことになります。
自分にとって違う価値観までも、飲み込んでいくことができると、自分の中にたくさんの価値観を持ち合わせることができます。
たくさんの価値観があるおかげで、人付き合いも臨機応変に対応できます。
1つの物の見方ではなく、たくさんの物の見方ができるほうが、大きく広い視野を持っていると言えます。
人付き合いでは、相手を変えるのではなく、自分を変えていくことです。
自分の価値観をどんどん増やし、視野が広がっていくと、いろいろな人と臨機応変に付き合っていくことができるようになります。
本当の臨機応変は、自分の中に「哲学」があって、初めてできることです。
自分の中にしっかりした軸があり、それを中心に自由自在に動けるのです。
自分の中に哲学がない人は、ただ周りに「合わせてしまう人」になります。
哲学のない人の臨機応変は、ただ周りに「流されているだけ」です。
自分とは違った人とうまく付き合っていくには、自分の哲学をしっかり持つことが必要です。
自分が自分らしくあるための「哲学」を持つと、いろいろなタイプの人と付き合っていくことができるようになります。
芯のある臨機応変とは、周りが違っていても、流されているようで流されていないのです。
コンニャクのように、くねくね動きます。
しかし、最後には元の形に戻ります。
それは、コンニャクの中に1本の「芯」があるからです。
どんな風にも流されない柔らかく硬い芯があるために、その芯を中心にいろいろな方向へ動くことができます。
しかし、芯は折れません。
くねくね曲がるけれど、折れることのない揺るぎない芯。
これが、哲学です。
哲学という芯を持つことで、初めて本当の臨機応変ができるようになります。
人付き合いというのは、自分の内側の哲学をどれだけ持っているかで決まってくるのです。
人付き合いが苦手な人は、自分を持っていない人、つまり「哲学がない人」です。
その反面、人付き合いが上手な人は、自分を持っている「哲学のある人」ということになるのです。
すべてを言い切ることが良いことだと思われがちな人間関係です。
しかし、実際にすべてを言い切るような態度を取ってしまうと、妙にお説教っぽくなります。
「ああしたほうがいい。~だからだ。私は昔~で、かくかくしかじか……」とたくさん語ってしまうと、お説教になります。
話をしている側は、本人のためを思ってたくさん語っているつもりでしょうが、相手にはお説教を受けている気持ちになるだけです。
人間関係では、何でもかんでもすべて言ってしまうことが良いことだとは限らないのです。
すべてを言い切らない優しさを持ちましょう。
すべてを言い切らないことは、面倒だからではなく、相手に対する優しさとして考えるのです。
ヒントだけを与えて、後は本人に考えてもらう。
これが、上手な教え方です。
本人が一生懸命に考えたことが、いちばん身につくのです。
人との関係は、糸を結ぶことに似ています。
蝶結びのように強くつながっているけれど、あるところを引っ張ると、すぐ糸がほどけてしまう関係。
まめ結びのように、一度つながるとなかなかほどけない関係などです。
特に、糸同士がもつれ合ってしまうときがあります。
人間関係に置き換えると、トラブルが起こってしまい、いがみ合っているときです。
糸がもつれていると、つい力ずくで引っ張ってしまい、なんとかもつれをほどこうとしてしまいがちです。
しかし、実際は、力ずくでほどこうとすればするほど、さらにもつれてしまうのが人間関係です。
もし糸がもつれてしまったとき、あなたはどうほどいていきますか。
もつれた糸のほどき方は、次の2種類あります。
このように客観的に見てみると、どちらが正しい解き方であるか、わかりやすいものです。
もちろん(1)の「冷静になり、ゆっくり解く」が、正解です。
しかし、残念ながら、人間関係でこじれたトラブルを「思いきって、切ってしまう」で解決してしまう人が、しばしば目につきます。
たしかにもつれた糸は切ってしまえば、簡単に解決できますが、お互いが傷を負ってしまうことになります。
これでは、きれいな解決の仕方とは言えません。
きれいな解決の仕方は、お互いの熱くなった頭を冷やし、冷静になってゆっくり糸をほどくことです。
この方法が遠回りに感じても、いちばんの近道であり、いちばんきれいな解き方になります。
共に繁栄していく人間関係が理想的です。
どちらか一方が1人勝ちをする関係ではなく、お互いにお互いを助け合う関係が、いちばん仲良くなれます。
そのうえ、長続きする関係です。
これを「共存共栄の関係」といいます。
共に向上し合い、自分のためが相手のためになり、相手のためが自分のためになるような関係こそが、自然な関係です。
地球の緑のような自然は、お互いが助け合っているという理想的な関係が出来上がっています。
秋になり木から落ちた葉っぱは、土にとっての肥料となります。
肥料によって肥えた土の中からは、微生物が生きることができ、土の中を掃除します。
きれいに掃除された土からは、また木が成長し、秋になると葉を落とすという繰り返しになります。
自然には、まったく無駄がありません。
それでいて、お互いが助け合っている関係「共存共栄の関係」になっています。
これに見習うことで、人間関係向上の糸口がつかめてきます。
もともと人間も、自然から生まれた産物です。
自然を手本にして人間関係を考えていくと、どのような関係が理想なのかが、おのずから見えてきます。
相手のためになるような何かをしてあげることが大切です。
それが相手にとっての繁栄につながり、相手の繁栄が結局は自分の繁栄にもつながります。
人付き合いが苦手な人は、傷つくことを恐れている人に、多く見られます。
ささいな相手からの一言に傷つくのが怖くて、なかなか人付き合いができないでいます。
人を避けるから、余計に傷に対する免疫力がなくなり、さらに人付き合いがおっくうになるという悪循環になっています。
人付き合いでは、ある程度の傷に対する免疫力をつけておくことが必要です。
いくら仲のいい友人同士でも、ささいな発言で相手を傷つけてしまうことは、たまにあるものです。
傷をつけない人と人付き合いをしたいと言っていては、いつまで経っても人付き合いができません。
少しくらいの傷に耐えられる強さを持っていないと、いつまで経っても人付き合いができないのです。
むしろたくさんの傷をどんどん経験していくようにすることが大切です。
たくさんの傷は最初のうちこそ痛いですが、あるときから、ささいな発言にも落ち込まない自分になっていることに気づきます。
たくさんの痛い経験をしたおかげで、精神的に免疫力がついたわけです。
傷は避けるものではなく、経験して、つけていくものです。
傷ついた経験があるほど、あとから人付き合いが楽にできるようになります。
何事も見方を少し変えるだけで、暗いことでも明るいことに考えてしまうことができてしまいます。
『ものは考えよう』という日本のことわざにもあるとおり、明るく考えれば、何でも面白く楽しくなります。
暗い出来事や経験も、プラスに考えてしまうことです。
人付き合いでも、こうしたプラスの発想ができる人は、間違いなくモテていきます。
プラスに考える人と一緒なら、つまらないことも面白くなります。
アニメや映画の主人公は、必ず明るい考え方を持った人がヒーローになっています。
というより、明るい考え方を持っているからヒーローになれているのです。
明るい考え方を持っているから、ヒーローになれ、つらい出来事もプラスに変えていくことができているのです。
ヒーローは、暗い出来事も明るくしていこうと考え、実行しています。
ヒーローとは、プラス思考の手本なのです。
明るさは、精神的な強さにも比例します。
『ものは考えよう』で、何でも明るく考えれば、つらい出来事も乗り越えていける強い精神力へと変えていくことができるのです。