プレゼントを贈るときに、いちばん大切なことは「何を贈るか」ではありません。
「どれだけ気持ちを込められるか」が大切なのです。
プレゼントといえば、何を贈ろうかと物に対してばかりに悩みがちです。
贈り物をするときには、大きなものから小さなものまでさまざまです。
小さいものならシャープペンシル1本から、大きいものなら車、家、土地まであります。
贈り物といえば、大きいほうがなんだか得をしているような気がします。
ダイヤモンドを贈られても、必ずしも相手が喜ぶとは限りません。
ダイヤモンドは世間一般では、大変に価値の高い宝石です。
たしかに高価な物ですが、価値は金額の大小ではありません。
本当に喜ばれるプレゼントは、物の大小ではありません。
金額の大小でもありません。
気持ちの大小が問題です。
誕生日のプレゼントは、誰でも一度は経験したことのある贈り物です。
相手の誕生を祝って、ふさわしいプレゼントを贈ります。
私は印象に残るプレゼントのコツを知っています。
1年を通して、贈り物をする機会は多いものです。
父の日、母の日、敬老の日、お中元、お歳暮。
父や母の誕生日、妹や弟の誕生日、祖父や祖母の誕生日。
プレゼントをする相手がそばにいるなら、手渡しをおすすめします。
恥ずかしいと思うでしょうが、手渡しましょう。
発送サービスを使って、間接的に贈り物もできますが、家族や友人のように毎日顔を合わせる関係ならば、直接手渡しのほうがいい。
「恥ずかしいから友人に渡してもらう」
「恥ずかしいから、郵送する」
ときどき、恥ずかしさのあまり、直接に渡すことを控える人がいます。
私が22歳の誕生日のことです。
夕方に、家のチャイムが鳴りました。
誰だろうと思い扉を開けると、お向かいに住んでいる久美子ちゃんと雄介君でした。
私は贈り物をするとき「残るもの」より「残らないもの」を贈るようにしています。
洋服よりお菓子を贈り、靴より図書券を贈り、時計より商品券を贈ります。
なぜ残らないものを贈るかというと、残るものは相手の負担になってしまうからです。
私は先日、母の誕生日に本をプレゼントしました。
基本的に残らない贈り物をすることが私流ですが、今回はちょっと例外です。
本は、残る贈り物です。
贈り物に困ったら、私から良い提案があります。
お金がかからず、必ず相手が喜ぶすてきなプレゼントです。
それは、花です。
プレゼントは、贈る側だけが一生懸命になるのではありません。
贈る側だけが意識して、受け取る側はただもらえばいいと思っていませんか。
特に何もしてなくていいというのは大間違い。
「いろいろお世話になりました」という抽象的な表現では「いろいろとは何だろう」と思います。
「いろいろ」という言葉は、大変使いやすい。
しかし、抽象的です。
「貴博君、この前のプレゼント値札が付いたままになっていたよ」
私は以前、うっかり値札を付けたままプレゼントをする失敗を犯してしまったことがあります。
今、思い出しても恥ずかしいことです。
相手に与えるものは、目に見えるものだけではありません。
プレゼントを「物」という視点から考えるのではなく「精神」という視点から考えてみましょう。
元気というプレゼントは、目には見えませんが、きちんと相手に与えることができるプレゼントです。
気の進まないプレゼントは、しなくてかまいません。
気が進まないということは、心の中で何か引っかかっていることがあるということです。
中途半端な気持ちでは、気持ちのこもったプレゼントをすることはできません。
あなたは、プレゼントを渡すときに「あげるね」と事前に知らせておきますか。
それとも、驚かすために、突然渡すタイプですか。
どちらでも良いといえば良いのですが、すてきなプレゼントというテーマから考えると、突然渡すことをおすすめします。
あなたは、だんだんプレゼントに慣れてくると、プレゼントとは気持ちのやりとりということに気づかざるを得なくなります。
相手の感動を与えるのは、物ではなくハートです。
いかに高価な物を贈るのかより、いかに気持ちを込めて贈るかです。
プレゼントを渡すシチュエーションをすてきに演出するために、ささいな工夫があります。
プレゼントを渡すときには、次のことを心がけましょう。
「2人きり」です。
中学生2年の誕生日の朝、私が朝早く学校に登校したときのことです。
今でも忘れられない一瞬は、ある日突然、やってきました。
朝早く学校にきた私は、1人教室でいつものように勉強をしていました。
「今日は何の日か、知っている?」
以前付き合っていた彼女が、突然私に問題を出してきたことがありました。
たいていこういうときは、誰かの誕生日や記念日だったりするものです。
友人の誕生日を、あなたはどう覚えていますか。
まさか、単純に頭で暗記なんてしていませんか。
誕生日を覚えるということは、特別難しいことではありません。
「あの映画、感動して泣いちゃった」
「あそこのレストラン、おしゃれだったよ」
「伊豆旅行は最高だったよ。とっても海がきれいだった」
私は24歳のときに、レーシックという近視手術を受けたことがあります。
近視を治すための、目の手術です。
以前は両目0.1という視力でしたが、視力が悪いせいで仕事に支障が出たり、疲れやすかったりと悩みを抱えていました。
あなたは、プレゼントをいつもどの時間帯に贈っていますか。
もしかして贈る時間なんて、特に気に留めていないのではありませんか。
プレゼントを贈る時間帯は、大切なポイントです。
勉強でも仕事でも、ずっと机に向かっているとだんだん肩が凝ってきます。
いつの間にか、肩に力が入って、疲れてきます。
自分では疲れていないと思っても、いつの間にか肩は硬くなっています。
「私は、いつも誰からもプレゼントされない」
「プレゼントなんて、もらったことがない」
そういう人は、決まって誰にもプレゼントしていない人です。
父や母、恩師への感謝の言葉は、普段は恥ずかしくてなかなか伝えられません。
ありがたいと頭ではわかっていても、口に出して言えるかというと別です。
日常では、恥ずかしさが邪魔をして、感謝の言葉がなかなか言えないのです。
プレゼントをして、泣かせたことがありますか。
最高のプレゼントとは、相手が泣いてくれるプレゼントです。
簡単に思え、なかなか難しいですね。
プレゼントを贈るときに、いちばん大切なことは「何を贈るか」ではありません。
「どれだけ気持ちを込められるか」が大切なのです。
プレゼントといえば、何を贈ろうかと物に対してばかりに悩みがちです。
でも、本当は何を贈ってもいいのです。
鉛筆1本でも、本1冊でもかまいません。
大切なことは、贈る「もの」ではなく、贈る「気持ち」です。
あなたが、誕生日プレゼントを受け取ったときのことを思い出しましょう。
嬉しい気持ちで、心がいっぱいになりますよね。
何に嬉しいのかというと、プレゼントに対して嬉しく感じているわけではないはずです。
誕生日を覚えていてくれた、わざわざプレゼントをしてくれたという、その気持ちに対して嬉しくて感動してしまいますよね。
人間が嬉しいと感じるのは、心の温かみなのです。
プレゼントというものを通じて、温かい気持ちが伝わってきたから、嬉しいのです。
愛でできている人間がいちばん求めているものは、やはり愛なのです。
本当のプレゼントとは、気持ちを贈ることをいいます。
プレゼントを贈るときに困ったら「何を贈るか」より「どうすれば気持ちが伝わるか」という考え方に切り替えましょう。
気持ちを贈ることができたとき、それを「すてきなプレゼント」というのです。
本当のプレゼントは「もの」ではなく「気持ち」です。
贈り物をするときには、大きなものから小さなものまでさまざまです。
小さいものならシャープペンシル1本から、大きいものなら車、家、土地まであります。
贈り物といえば、大きいほうがなんだか得をしているような気がします。
クッキーの贈り物でも、8個入りより12個入りのほうが、たくさん入っているから大きめのものを選んでしまいます。
しかし、ちょっと待ってください。
その選び方は、本当に相手が喜ぶ選び方ではありません。
プレゼントの本当の意味は、気持ちを贈ることです。
気持ちのこもっていない贈り物は、中身のない箱を贈っているも同然です。
見た目は大きくても、中は空っぽなのです。
本当に大切なことは、贈るものの大きさではなく、贈る気持ちの大きさなのです。
今まであなたはプレゼントといえば「どんなものを贈るか」に気を使っていたことでしょう。
しかし、これからは「どれだけ大きな気持ちを贈ることができるか」に気を使いましょう。
あなたも受ける側になってみればわかりますが、本当に嬉しい贈り物は、物ではなく気持ちなのです。
大きな家具を贈られても、必ずしも相手が喜ぶとは限りません。
たしかに大きくて実用的なものですが、物の大小ではありません。
気持ちがこもっていないうえに、場所をとられる大きな贈り物は、むしろ相手にとって迷惑になるかもしれません。
物の大小を中心に選んでしまうと、往々にして空回りしてしまいます。
一方、心のこもった手紙は、必ず相手が喜ぶ贈り物になります。
手紙は高価な物ではなく、小さなものです。
はがき1枚なら、100円もしない。
しかし、気持ちがしっかりこもっていれば、大きな家具より嬉しい贈り物になるのです。
ダイヤモンドを贈られても、必ずしも相手が喜ぶとは限りません。
ダイヤモンドは世間一般では、大変に価値の高い宝石です。
たしかに高価な物ですが、価値は金額の大小ではありません。
もしかしたら、相手はダイヤモンドに一切興味がないかもしれません。
もしかしたらルビーのほうが好きかもしれません。
いえ、宝石が嫌いかもしれません。
金額の大小で考えてしまうと、対立になり、競争になり、比較の世界になります。
また高価な物を贈られると、贈り返すときにこちらも高価な物を選ばなくてはならなくなり、お財布への負担が大きくなります。
ダイヤモンドは、米粒のように小さいものでも、高価な物です。
しかし、必ずしも相手にとって嬉しい贈り物になるとは限らないのです。
むしろ、相手にとって迷惑になることさえ、しばしばあります。
一方、心のこもった手紙は、必ず喜ばれます。
喜ばれないという例外は、考えられないほどです。
高価ではないからお返しをしやすく、大きなものではないから受け取りやすいのです。
それでいて、気持ちがこもっているから、この上なしです。
大きさは問題ではありません。
金額の大小も問題ではありません。
気持ちの大小が問題なのです。
気持ちのこもっていない高価な物を贈れば、迷惑になってしまいますが、気持ちのこもった手紙は思い出になります。
気持ちは、お金に勝ります。
値札を見てプレゼントを選ぶのではなく、本当に大切なことはあなたのハートにあるのです。
本当に喜ばれるプレゼントは、物の大小ではありません。
金額の大小でもありません。
気持ちの大小が問題です。
その事実がわかると、次第にプレゼントを贈るときには、どうすればいいかわかります。
贈り物に、手紙を1通添えることです。
「え? たったこれだけ」と思うでしょう。
たったこれだけで、プレゼントの輝きが一気に増します。
あなたがいつも贈るプレゼントに、手紙を添えるだけでいいのです。
誕生日プレゼント、お歳暮、感謝の贈り物など、プレゼントの種類は関係ありません。
どんな贈り物も、手紙という気持ちが添えられてこそ、本当のプレゼントです。
プレゼントは英語で「伝える。贈る」という意味があります。
何を贈るのかというと、物ではなく、気持ちなのです。
人の心に残る印象的なプレゼントは、実は物より、気持ちです。
私は学生時代、母から仕送りを受けていました。
米やら洋服やらと、さまざまでした。
いちばん印象に残っているのは、いつも贈り物に添えられている母からの手紙でした。
箱を開けると、お米、お菓子、生活用品など、さまざまな物が入っていますが、いつも決まって手紙も入っていました。
私はいつも、箱を開けることより、手紙の封を切るほうがどきどきしていました。
手紙に限っては、精神的な気持ちの塊であり、深呼吸が必要になるのです。
母はいつも贈り物には、必ず1通の手紙を添えて贈ることが習慣になっています。
素晴らしい習慣だと思います。
私もいつのころからか、母のように、プレゼントには必ず手紙を添えるようになりました。
必ずそうしなさいと子どものころから教わったわけではありません。
手紙の添えられたプレゼントは嬉しいため、いつの間にか真似をして手紙を添えるようになりました。
むしろ手紙のないプレゼントは意味がない、といっても過言ではありません。
単なる物を突然贈られても「急になに?」と思います。
告白するときの手紙を、無言で手渡しされているような、異様な雰囲気があります。
手紙があるからこそ、物が輝き、気持ちが伝わってきます。
誕生日のプレゼントは、誰でも一度は経験したことのある贈り物です。
相手の誕生を祝って、ふさわしいプレゼントを贈ります。
私は印象に残るプレゼントのコツを知っています。
良い機会にあなたに紹介しましょう。
「誕生日の前日に贈る」ということです。
誕生日プレゼントといえば、誕生日当日に贈りますね。
当たり前であり、当然であり、普通です。
しかし、逆に言ってしまえば、みんなが一斉にプレゼントを贈りますから印象が薄れます。
たくさんのプレゼントが殺到する日に、わざわざプレゼントを贈っても、印象は半減してしまいます。
誕生日当日は、たくさんのプレゼントに紛れて、あなたのプレゼントもその1つになります。
「one of them(たくさんの中の1つ)」になります。
たくさんあるゆえに、集中してもらえなくなります。
人気アイドルにバレンタインデーのチョコを受け取ってもらおうと、2月14日に届くように贈る人は、まだ二流です。
プレゼントのコツを知っている熱狂的なファンは、必ずバレンタインデー前日に贈ることを知っています。
バレンタインデー当日は、ファンからのプレゼントが殺到して、一つひとつ確かめる暇も余裕もありません。
しかし、前日なら、贈る人はいませんからアイドルに開けてもらえる確率が数段あがります。
当然ですが、印象も強く残ります。
ファンの中には、2日前や3日前に贈るというプレゼントの達人までいるようです。
誕生日当日に贈ることは、悪いことではありません。
しかし、それでは普通すぎるのです。
当たり前なのです。
誕生日当日は「もしかしたら何か贈ってもらえるかも」と心の準備を始めています。
相手に「あっ」と喜んでもらうためには、前日に贈ることです。
誰も贈っていませんから、いちばんあなたの印象が強く残ります。
不意を突かれたプレゼントほど、嬉しく印象が強くなります。
2番目や3番目もいいですが、やはり最初に届く誕生日プレゼントが、いちばん嬉しく感じます。
マラソンでも、1着の人がいちばん注目を集めます。
私は今、プレゼントといえば、いつも誕生日の前日に贈るようにしています。
理由は今、お話ししたとおりです。
相手からは「すごい! 覚えてくれていたんだ」と、いつも喜ばれます。
これは、誰にも言ってはいけませんよ。
真似をされて同じようにする人が増えてしまうと、意味がなくなってしまいますからね。
1年を通して、贈り物をする機会は多いものです。
父の日、母の日、敬老の日、お中元、お歳暮。
父や母の誕生日、妹や弟の誕生日、祖父や祖母の誕生日。
さらに友人の誕生日も加われば、毎月何か贈り物をしているといっても過言ではありません。
1回1回、わざわざプレゼントを選び、手紙を書いて、発送して……というのは、たしかに面倒ですね。
手間も時間もかかります。
面倒なら、少し工夫を凝らしましょう。
発送予約ができるサービスをご存じですか。
贈り物を贈る日が指定できるというサービスです。
このサービスを活用すれば、数カ月後まで発送を予約できます。
あなたがよくインターネットを利用している人なら、グリーティングカードを一度は利用したことがあるでしょう。
記念日にメッセージつきのカードを贈るサービスです。
たいていの場合、無料で利用でき、贈る日まで指定できます。
こうした発送予約、配信予約のサービスを利用すれば、うっかり忘れることはありません。
またプレゼントをまとめて贈ることができ、手間を大幅に省くことができるのです。
プレゼントをする相手がそばにいるなら、手渡しをおすすめします。
恥ずかしいと思うでしょうが、手渡しましょう。
発送サービスを使って、間接的に贈り物もできますが、家族や友人のように毎日顔を合わせる関係ならば、直接手渡しのほうがいい。
手渡しする瞬間が、すでに喜びに満ちあふれているからです。
ささいな儀式であり、セレモニーです。
緊張で胸がどきどきしますが、相手も同じようにどきどきします。
プレゼントは、感動させることが目的です。
感動できる手渡しは、それで大成功なのです。
私は22歳のときに友人からプレゼントを、直接手渡しで贈られました。
もう何年も前の昔の話です。
恥ずかしい話ですが、そのとき何を贈ってもらったか、忘れてしまいました。
しかし、直接渡してくれた事実は、今でもよく覚えています。
そのときのシチュエーション、相手の笑顔まで、はっきり思い出すことができるほどです。
それだけ、直接渡してくれるということは、感動的であり、印象に強く残ります。
物を贈れば、嬉しさはその瞬間だけです。
しかし、直接手渡しされるという記憶は忘れませんから、ずっと嬉しさが残ります。
嬉しさは、ずっと継続されるプレゼントなのです。
直接会って、プレゼントを手渡すという、たったこれだけのこと。
プレゼントを贈る工夫というのは、身近なところに存在しているのです。
「恥ずかしいから友人に渡してもらう」
「恥ずかしいから、郵送する」
ときどき、恥ずかしさのあまり、直接に渡すことを控える人がいます。
これは、もったいないことです。
恥ずかしいというあなたの表情は、相手にとっての喜びに変わるからです。
顔を赤くして、言葉に詰まりながら贈り物をしてもらうと「一生懸命さ」という気持ちが伝わってきます。
その懸命さは、言葉にならない喜びであり、それだけで十分に嬉しいものです。
それが、プレゼントになっています。
プレゼントを贈るということは、そもそもとても恥ずかしいことです。
しかし、プレゼントを受け取るということは、誰もが嬉しいことです。
恥ずかしさを抑えて贈ってもらえるのは、受け取る側には最高の喜びなのです。
恥ずかしいと思うなら、なおさら、直接渡すことです。
むしろ、恥ずかしさを見せたほうがいい。
恥ずかしさの漂う雰囲気のほうが、より記憶に残るのです。
私が22歳の誕生日のことです。
夕方に、家のチャイムが鳴りました。
誰だろうと思い扉を開けると、お向かいに住んでいる久美子ちゃんと雄介君でした。
「Happy Birthday Dear タカヒロ君.Happy Birthday To You♪」
扉を開けるや否や「Happy Birthday To You」の歌を歌い始め、私の誕生日を祝ってくれました。
驚きと嬉しさのあまり、泣きそうになったほどです。
これほど嬉しくて感動的なことはありません。
何が嬉しかったのかというと、誕生日を覚えてくれたことでも、贈り物でもありません。
歌ってくれたことがです。
お願いをしてもいないのに、誕生日の日に歌を歌ってくれるという経験はなかなかあるものではありません。
気持ちがないとできないし、しようとさえ思いませんね。
お金より物よりなにより、はるかに嬉しい贈り物に、私は鳥肌が立つほど感動したことを覚えています。
遠い昔の話ですが、何年経ってもそのときの記憶が薄れることはありません。
いまだに思い出しては、嬉しくなります。
歌を贈るというプレゼントは、まったくお金もかからず、誰にでもできることです。
感動的なプレゼントの1つとして、忘れてはならない大切な贈り物なのです。
私は贈り物をするとき「残るもの」より「残らないもの」を贈るようにしています。
洋服よりお菓子を贈り、靴より図書券を贈り、時計より商品券を贈ります。
なぜ残らないものを贈るかというと、残るものは相手の負担になってしまうからです。
物質的にも精神的にも、両方に負荷がかかります。
たとえば、服を贈るとします。
贈る相手は女の子。
あなたは相手が喜ぶであろう洋服を選んで、贈ったとします。
「きっと相手の好みに合うに違いない」と思って選んだ服は、必ずしも相手が喜ぶとは限りません。
人それぞれに好みがあり、また年齢やそのときの気分によっても、ころころ変わるものです。
服を贈って受け取った相手は「ありがとう。嬉しい!」と笑顔で喜ぶことでしょう。
しかし、本当に相手が喜んでいるかどうかは定かではありません。
心の中では「嬉しいけど、ちょっとこれは私の好みじゃないなあ」と思っているかもしれません。
いえ、そう思っていることのほうが多いものです。
自分の好きな服は、自分でさえ選ぶことが難しい。
あなたは自分の好みに合う服をデパートで、何時間もかけて探し選ぶことでしょう。
自分でさえ選ぶことが難しいのに、ましてや他人が選ぶことはさらに難しくなります。
相手の好みに合うことは、奇跡的です。
好みだけの話ではありません。
受け取れば、受け取ったで、今度は着なければなりません。
「なければならない」という「must」です。
洋服の贈り物には「服を贈ったのだから、しっかり着てね」という念が込められています。
贈ってくれたのに一度も着ないのは、悪い気がします。
一度は着なければ失礼だと思い、好みではない服を、進まない気を抑えて着ます。
これが、なかなかストレスなのです。
自分が好きでもない服を着なければならないのは、自分の身になればわかりますが、結構つらい。
仮装しているような気分になります。
かぶっているような感じです。
変装しているような違和感です。
洋服だけでなく、時計にしろ、ズボンにしろ、ネクタイにしろ、残るものは生活のどこかで使わなければなりません。
着たり、置いたり、飾ったり、活用はさまざまです。
残るものが相手の好みに合うことはまれです。
好みでないものを生活の中で使わなければならないという行為は、ストレス以外の何物でもありません。
こうした理由から、私はもっぱら「残らないもの」を選んでいます。
お菓子、図書券、商品券、気持ちなどです。
お菓子なら食べればなくなりますし、図書券や商品券も、使えばなくなります。
最初に言いましたが、贈り物で大切なことは「物」より「気持ち」です。
お菓子を贈るにしろ、図書券商品券にしろ、必ず手紙は添えるようにしています。
気持ちがこもっていれば、十分に嬉しく、また相手も負担になりません。
手紙は受け取っても負担にならず、精神的な贈り物です。
残らない贈り物のほうが、心に残るのです。
私は先日、母の誕生日に本をプレゼントしました。
基本的に残らない贈り物をすることが私流ですが、今回はちょっと例外です。
本は、残る贈り物です。
どのような本を贈ったかというと、健康に関する本です。
具体的に、ご紹介します。
「病気にならない生き方(著:新谷弘実サンマーク出版)」
大変素晴らしい名著です。
私が今まで読んでいた健康に関する本の中で、最もわかりやすくて実践しやすく、感動した本を贈りました。
母に長生きをしてもらいたいという、願いからです。
あまり読書をする習慣のない母ですが、さすがに息子からの贈り物となれば、読まないわけにはいきません。
健康に関する本は、母のためにもなり、家族のためにもなります。
普段は読書をしない母も読んでくれ、健康に対する知識を身につけてもらえれば長生きでき、家族の幸せにつながることでしょう。
もちろん今回も、手紙を添えて贈りました。
なかなか良い贈り物だとは思いませんか。
母が本を読み終われば、父が読み、妹が読めます。
いらなくなれば、ほかの人へ貸したり、プレゼントしたりもできます。
図書館へ寄贈することもできるでしょう。
残るものではありますが、手間がかからず、ためになるプレゼントです。
贈り物に困ったら、私から良い提案があります。
お金がかからず、必ず相手が喜ぶすてきなプレゼントです。
それは、花です。
花は、子どもから大人まで、誰に対しても贈ることができるすてきなプレゼントです。
見る人すべての心を癒やし、優しい心にします。
見るだけでも癒やされますが、プレゼントされると、なお嬉しいものです。
花をもらって嬉しくない人はいません。
花をプレゼントされるということは、人生において、なかなかあるものではありません。
プレゼントといえば、高価な物や価値のあるものをいつも贈ろうとしてしまいます。
相手が喜ぶプレゼントは、そんな遠くにあるものではありません。
花という身近なところにあるのです。
きれいな花をプレゼントとして贈ると、必ず相手は大喜びすることを保障します。
プレゼントは、贈る側だけが一生懸命になるのではありません。
贈る側だけが意識して、受け取る側はただもらえばいいと思っていませんか。
特に何もしてなくていいというのは大間違い。
受け取る側もきちんとした、マナーが必要です。
どのようなマナーが必要か、わかりますか。
「喜ぶ」というリアクションです。
プレゼントをする側がいちばん求めていることは、見返りでもなく、感謝の言葉でもありません。
お礼でもなければ、お金でもありません。
あなたの喜んでいる表情が、ただ見たいのです。
プレゼントは、相手に喜んでもらうためにするものです。
贈る側は、喜んだ表情を見ることができれば、それで満足できてしまいます。
笑顔になって喜んでいる表情を見て「プレゼントをして良かったな」と嬉しくなります。
受け取る側のマナーは、喜ぶというリアクションです。
たとえ好みに合わない贈り物を受け取ったとしても、喜びを表現することは最低限のマナーです。
贈る側だけがマナーを意識するのではありません。
受け取る側にも、マナーを意識する必要があるのです。
「いろいろお世話になりました」という抽象的な表現では「いろいろとは何だろう」と思います。
「いろいろ」という言葉は、大変使いやすい。
しかし、抽象的です。
いちいち細かく感謝を言うのが面倒なときに「いろいろ」という言葉で話を抽象的に濁します。
「いろいろ感謝しています」
「いろいろ助かりました」
「いろいろありがとう」
こうした口癖に、心当たりはありませんか。
「いろいろありがとう」と言われて、たしかに嬉しい気持ちにはなりますが、物足りない気持ちになりませんか。
「いろいろ」という言葉は曖昧で、何に対して感謝をしているのか、はっきり伝わってこないからです。
「いろいろ」という言葉が加わると、急に社交辞令のような印象になります。
手紙でお礼を言うときには、1つでかまいませんから具体的なお礼をすることです。
「いろいろありがとう」という言葉は、間違ってはいませんが、工夫の足りない感謝の言葉です。
「先日は、楽しい話を聞かせてくれてありがとう。旅行で財布を落とした笑い話が面白かった」という内容のほうが具体的です。
「財布を落とした話に喜んでくれているんだな。良かった。また楽しい話をしよう」と思うものです。
感謝といってもさまざまですから、何に対して感謝をしているのかという具体例を1つ挙げて言えばいいのです。
1つの具体例を加えて「ありがとう」と感謝すれば、より喜びが伝わります。
「先日の仕送り、どうもありがとう。お菓子がいちばん嬉しかった」
「連絡の電話、どうもありがとう。おかげで助かりました」
ささいな言葉でかまいません。
具体例を1つ挙げるということは、感謝が伝わりやすくなる工夫なのです。
「貴博君、この前のプレゼント値札が付いたままになっていたよ」
私は以前、うっかり値札を付けたままプレゼントをする失敗を犯してしまったことがあります。
今、思い出しても恥ずかしいことです。
プレゼントを贈るときに、金額をほのめかせては、その価値が半減してしまいます。
せっかくのすてきなプレゼントも、値札が付いていると、急に夢から覚めてしまう気分になります。
すてきな花を贈られて、値札が付いたままになっていると、心地よい夢から現実に戻されてしまう感覚です。
値札を外して贈ることは、基本中の基本です。
お店で「プレゼント用にお願いします」と言えば、店員さんが値札を取って、きれいに包装してくれます。
そのときも、いつもと同じく店員さんにプレゼント用の包装をお願いしていました。
ただそのときは、いつもと事情が少し違っていました。
どうやら商品に、値札がいくつか付いていたようなのです。
ときどき商品によっては、値札が2つ付いている商品があります。
複数ある値札のうち、1つを外し忘れていたようです。
この変化球により、店員さんを信じきっていた私は確認を怠ってしまい、値札が残ったまま贈ってしまったようなのです。
それからというもの、私は値札にも注意するようになりました。
商品のどの場所に値札が付いているか、いくつ付いているか、店員さんにお願いするときも、外しているかを自分でチェックします。
値札はきちんとすべて外してから贈りましょう。
相手に与えるものは、目に見えるものだけではありません。
プレゼントを「物」という視点から考えるのではなく「精神」という視点から考えてみましょう。
元気というプレゼントは、目には見えませんが、きちんと相手に与えることができるプレゼントです。
空気のように目には見えませんが、あるのです。
物というプレゼントは、もらいすぎると部屋のスペースを取られます。
プレゼントされたものは、気持ちがこもっているだけに、捨てにくくて処分にも困ります。
しかし、元気というプレゼントは、もらいすぎても部屋のスペースをまったく取られることはありません。
それどころか、部屋のスペースではなく、心のスペースが広くなり、余裕が出てくるようになります。
落ち込んでいるときに、励ましてくれると元気になります。
面白い話をしてくれると、笑って元気になります。
泣いているときに、そばにいてくれるだけで、元気になります。
失敗談は面白くて、聞くだけで元気になる話です。
元気は、相手の負担になるどころか、むしろ心を軽くさせる素晴らしいプレゼントなのです。
相手を元気にさせるのは、なかなか難しい。
高い商品はお金さえあれば、すぐ購入できて、贈ることができます。
しかし、元気を贈るためには、気持ちと時間が必要です。
その気持ちと時間が、相手を元気にさせるのです。
究極のプレゼントは、精神的なレベルになるのです。
気の進まないプレゼントは、しなくてかまいません。
気が進まないということは、心の中で何か引っかかっていることがあるということです。
中途半端な気持ちでは、気持ちのこもったプレゼントをすることはできません。
気持ちがこもっていないプレゼントは、必ず相手にも伝わります。
したくないときには、しないほうがいいというのが、自然の流れです。
気持ちのない贈り物は、逆効果になり、不仲につながることがあります。
無理をしてゴムを引っ張ると切れてしまうように、あなたの気持ちも無理をすると、縁が切れます。
そういう気持ちのときには、それに従うことです。
自然に感謝を伝えたい、表現したい気持ちになるまで、日常生活の中で学ぶことです。
感謝をしたくない人は、経験が足りないということです。
経験が足りないから、助けてもらうことのありがたみがわからず、感謝をしたい気持ちにならないのです。
プレゼントをしたい気持ちになれないのは、今を一生懸命に生きていない証拠です。
一生懸命に生きている人ほど、忙しいと言い訳をしません。
忙しい人ほど、きちんとプレゼントができます。
生活が充実しているのは、自分の力だけではないということに気づいているからです。
あなたは、プレゼントを渡すときに「あげるね」と事前に知らせておきますか。
それとも、驚かすために、突然渡すタイプですか。
どちらでも良いといえば良いのですが、すてきなプレゼントというテーマから考えると、突然渡すことをおすすめします。
突然のプレゼントは驚きが感動に変わり、強く印象に残ります。
同じプレゼントを渡すとしても、突然渡したほうが喜びも大きく、すてきに感じられます。
前もって「バレンタインにチョコ、あげるね」と宣言するより、突然チョコを渡したほうが「俺に? やった!」と驚き喜びます。
同じプレゼントで喜んでもらえるなら、突然渡したほうが、より輝きが増します。
「当日に突然渡す」とは、すてきにプレゼントをするための工夫です。
誰でもでき、お金もかかりません。
同じプレゼントでも、突然贈れば、感動も大きくなります。
バレンタインデーは、突然渡すものです。
父の日、母の日、誕生日プレゼントも突然渡すものです。
逆の立場になればわかります。
突然渡してもらえると、恥ずかしいですが、嬉しくてたまらないはずです。
プレゼントは、突然渡すからいいのです。
あなたは、だんだんプレゼントに慣れてくると、プレゼントとは気持ちのやりとりということに気づかざるを得なくなります。
相手の感動を与えるのは、物ではなくハートです。
いかに高価な物を贈るのかより、いかに気持ちを込めて贈るかです。
プレゼントの達人は、物ではなく、熱いハートを贈ることができます。
いえ、プレゼントの達人は、一般の人が「え? なぜ?」という不思議なプレゼントをするようになります。
高価ではないものを、あえて贈るようになるのです。
わざとであり、意図的にです。
それがなぜだか、わかりますか。
プレゼントに慣れている人なら「当然さ」とすぐ答えることでしょう。
贈り物を受け取れば、当然のごとく、お返しをするときのことを考えますね。
高価なプレゼントを贈ると、お返しのときにも高価な物を贈らなくてはならないと思います。
高価な物を受け取れば、お返しするときも高価な物を贈らなくてはならなくなります。
この負担のことまで、達人は考慮に入れられるのです。
相手の財布を、あなたが荒らしてはいけません。
あなたが相手のためを思って贈った高価なプレゼントは、相手への負担になります。
場合によっては、ありがた迷惑になることさえあるのです。
プレゼントの達人は、必ず低い予算でプレゼントを選び、贈ります。
時には、1,000円もしないような安いものです。
そうするほうが、お返しをするであろう相手の負担にならないからです。
金額が低いほうがお互いにとって負担は小さくなり、気軽にプレゼントし合えるような関係になります。
また金額が低いため、必然的に「物ではなく気持ちで勝負しよう」と考えるようになります。
金額が低いからこそ、熱いハートを込めることに集中ができるのです。
いかに気持ちを込めて、お返ししやすいようなプレゼントを贈るかが、本当のすてきなプレゼントなのです。
プレゼントを渡すシチュエーションをすてきに演出するために、ささいな工夫があります。
プレゼントを渡すときには、次のことを心がけましょう。
「2人きり」です。
大勢の人がいる中で渡す方法も、悪くはありません。
周りに友人がいる中で渡す方法が、いけないと言っているわけではありません。
ただ、2人きりのほうが、より感動が高まることはたしかです。
友人が周りにいる中でプレゼントをすると、何かと邪魔をされたり、口を挟まれたりするものです。
私は贈り物をするという真面目なシチュエーションを、友人から口を挟まれ、何度雰囲気を壊されたか数え切れません。
大勢の人がいる中では、恥ずかしさが増して、言いたいことも言えなくなります。
2人きりになるほうが、確実で無難であり、真面目な雰囲気をつくれます。
渡すときには「ちょっとちょっと」と、2人になれるところに呼んで、そうして渡すと良いでしょう。
周りに誰もいませんから、シチュエーションを壊されることはありません。
2人だけですから、相手はあなたに集中せざるを得ません。
あなたも相手に集中できます。
周りに人がいると、なかなか言えない言葉も言いやすくなります。
相手にとっても返事がしやすくなることは、言うまでもありません。
中学生2年の誕生日の朝、私が朝早く学校に登校したときのことです。
今でも忘れられない一瞬は、ある日突然、やってきました。
朝早く学校にきた私は、1人教室でいつものように勉強をしていました。
すると「こつこつ……」と誰かが教室に近づいてくる足音が聞こえてきます。
廊下を歩く足音は、当たり前のように聞こえる音です。
特に気にもしていませんでした。
しかし、足音が、私の目の前で止まった。
顔を上げると、当時、仲の良かった横山さんという女の子が立っていました。
まだ誰もいない教室に1人入ってきて、一言、こう言いました。
「今日誕生日でしょ。はい、これ」
プレゼントを差し出し、逃げるように教室から去っていきます。
私はあまりに突然で、嬉しくて飛び上がりそうになりました。
それはもう言葉が出ないほどです。
今日、誕生日であることを覚えてくれていたということに、感動はもちろんです。
さらに感動させたのは、もう1つありました。
私が朝早く学校に来ていることを知っている横山さんは、プレゼントを渡すために、わざわざ早く来てくれたようなのです。
その心遣いに驚き、感動したのです。
それでいて、突然の誕生日プレゼント。
出来事は一瞬でしたが、今でもその光景をはっきり覚えています。
それほど嬉しくて、感動してしまったのです。
「渡すためにわざわざ早く登校してくれたこと」に、感動だったのです。
プレゼントを渡すために2人っきりになることは、ポイントです。
たくさんいると邪魔をされたり、注意が散漫になったり、感動が薄れます。
2人っきりのシチュエーションをつくるために、早めに登校してくれたのは、言葉では言い表せない感謝と感動があるのです。
「今日は何の日か、知っている?」
以前付き合っていた彼女が、突然私に問題を出してきたことがありました。
たいていこういうときは、誰かの誕生日や記念日だったりするものです。
しばらく考え込んでいましたが、一向に心当たりはありません。
単なる平日であり、何の日でもありません。
「わからないよ」と降参すると、自信に満ちた表情で「私たちが出会って100日目!」と言うのです。
「出会ってから今までずっと数えていたのか!」と、驚いてしまいました。
便乗して「記念にケーキを買おう」と言い始めるのです。
100日目を勝手に記念日にしてしまうことも、また驚きです。
彼女の細かな気遣いに参ってしまい、一緒にケーキを買いに行ったことがありました。
プレゼントは、年間行事のときだけと限られたことではないと教えられた瞬間です。
プレゼントの上手な人は、記念日を自分でつくれます。
記念日は、どんな名目でもかまいません。
「初めて会った記念日だから」
「週末だから」
「試験が終わった記念だから」
「文化祭が無事に終わった記念に」
「勉強が一段落ついたから」
「記念」という響きは、わくわくする言葉です。
記念日というだけで、特別なことがあっても許してしまいます。
突然「ちょっと食べに行こう」と言われると「え? なぜ?」と思います。
しかし「文化祭が終わった記念に」と言われると「そうだね。食べに行こう」と妙に納得してしまいます。
プレゼントの達人は、口実がうまいのです。
自分で記念をつくってしまい、人付き合いに結びつけるのです。
友人の誕生日を、あなたはどう覚えていますか。
まさか、単純に頭で暗記なんてしていませんか。
誕生日を覚えるということは、特別難しいことではありません。
しかし、友人が多いと、それだけ覚える量も増え、誰がいつ誕生日かという暗記がごちゃごちゃになります。
人間の記憶力は、頼りないものです。
もっと簡単に覚え、当日にきちんと思い出せる方法があります。
カレンダーに書き込むという方法です。
毎日眺めるカレンダーに「○○さんの誕生日」という書き込みを入れるだけでいいのです。
カレンダーは毎日眺めますから、必ず、当日に気づけます。
気づけば、すぐ電話をして「今日、誕生日だよね。おめでとう」という一言だけで、十分嬉しく感じるものです。
プレゼントを渡さなくても、言葉のプレゼントだけでもいい。
頭で覚えると、うっかり忘れ、記念日を過ぎていることでしょう。
カレンダーに書き込めば、どんなに記憶力の悪い人でも、忘れることはありません。
たくさんの記念日をカレンダーに書き込み「おめでとう!」と毎日言えるようになりましょう。
「あの映画、感動して泣いちゃった」
「あそこのレストラン、おしゃれだったよ」
「伊豆旅行は最高だったよ。とっても海がきれいだった」
自分が「これは良かった!」と感動した話は、立派なプレゼントになります。
あなたが感動したことは、ほかの人も同じように感動する可能性が高いものです。
感動した話は、誰もが聞きたい。
誰もが感動できる日常を求めているからです。
自分も同じように感動したいから、人から聞く感動的な体験話は貴重な情報源になります。
行動するための指標になります。
「感動した」という映画は、あなたも同じように心が揺さぶられることでしょう。
見ようか迷っている映画があるとき、見た人から「感動的な映画だった」と聞くと「じゃあ、私も見てみよう」という気になります。
感動した体験を話すと、あなたのオーラがほかの人にも伝わり、行動の追い風になります。
おしゃれと感じたお店の雰囲気は、ほかの人が見てもおしゃれと感じることが多いものです。
おしゃれな雰囲気の中で食事をしたい人には、貴重な話に聞こえることでしょう。
伊豆旅行の話は、実際に行ってみないとわかりません。
旅行をして体験しないとわからない情報をただで聞けるのですから、実はとても安いことです。
他人からの情報や感動した話などを聞くと「じゃあ、私も行ってみようかな」と、参考になります。
あなたが感動した体験は、それで十分なプレゼントとなるのです。
私は24歳のときに、レーシックという近視手術を受けたことがあります。
近視を治すための、目の手術です。
以前は両目0.1という視力でしたが、視力が悪いせいで仕事に支障が出たり、疲れやすかったりと悩みを抱えていました。
そこで、思いきって受けることにしたのです。
手術のおかげで、結果、両目1.5になりました。
術後の世界は別世界であり、帰りの電車からの風景に強く感動したものです。
すべてがはっきり見え、窓の外の風景は、こんなに美しかったのかとずっと眺めていました。
この話を友人にすると、興味を持っている人が多く、いろいろ話を聞かれることがよくあります。
私の男友達の1人に、特に興味を持っている人がいました。
「話には聞いたことがあるけど、どうなの?」と、かなり聞かれたことがあります。
「いくらかかった?」
「怖かった?」
「どのくらい痛いの?」
「どのくらいの時間で終わるの?」
「視力は元に戻らないの?」
受けようかどうしようか迷っている人には、身近にすでに受けている人がいたので、話を聞きたくて仕方なかったのでしょう。
1時間くらい質問の嵐に遭い、警察から尋問を受けているような気分になるほどでした。
さすがに1時間ともなれば、話に疲れていました。
その数カ月後のことです。
その友人は、再び私の前に現れ、なんと本当にレーシックを受けたと言います。
もともと0.1もなかった両目の視力が1.0以上になり、世界が変わったといいます。
術後、私にこう言いました。
「水口さんの話がいちばん参考になったよ。水口さんがいなかったら、絶対に怖くて一生受けていなかっただろうね。ありがとう」
そう、言ってくれたのです。
私は、体験談を話して良かったなと思いました。
自分が話した体験談が、他人の人生を変え、人生をプレゼントできたからです。
体験をしたいけれど、怖くてできないことは多くあるものです。
テスト、手術、失敗、失恋、失業。
すでに自分が経験済みなら、その体験談は他人の人生を変えるほどの力を持つプレゼントです。
私はお客さまから「HAPPY LIFESTYLEで人生が変わりました」というお便りをいただくことがあります。
HAPPY LIFESTYLEでは、私の体験談をよく例として出しています。
体験談が、誰かの役に立ってもらえればいいなという願いからです。
誰かの勇気や励ましになっているとわかると、私も嬉しくなります。
体験談を話して良かったなと思うと、さらに私は行動的になります。
さらにネタを増やして、たくさん体験談を話していきたいと思うからです。
あなたは、プレゼントをいつもどの時間帯に贈っていますか。
もしかして贈る時間なんて、特に気に留めていないのではありませんか。
プレゼントを贈る時間帯は、大切なポイントです。
贈る時間帯が、感動を左右するといっても過言ではありません。
自分がプレゼントを受ける身になれば、すぐわかります。
プレゼントは、朝、贈るとベストです。
朝に「おはよう」といった次の瞬間にプレゼントを贈ることができれば、いちばんいい。
すぐ言ってもらえると「覚えていてくれたんだ!」という感動は、大きくなります。
朝にプレゼントをもらえると、その日1日はずっとハッピーな気持ちでいられるからです。
朝一から、素晴らしい気持ちで1日をスタートできますね。
ハッピーな気持ちで朝をスタートできれば、1日中、仕事や勉強もはかどります。
幸せな気分に浸る時間も長くなります。
夜に贈るのも悪くはありませんが、受け取ってすぐ寝てしまうのでは、もったいない。
感動の余韻を味わう時間がありません。
嬉しくてもすぐ寝てしまえば、朝になって忘れています。
感動に浸る時間は、長ければ長いほど印象にも残ります。
少しでも感動する時間を長くするために、朝がベストタイムなのです。
「おはよう」と挨拶をした次の瞬間に渡しましょう。
勉強でも仕事でも、ずっと机に向かっているとだんだん肩が凝ってきます。
いつの間にか、肩に力が入って、疲れてきます。
自分では疲れていないと思っても、いつの間にか肩は硬くなっています。
そんなとき、肩を揉んであげると喜ばれます。
肩を揉むことで、癒やしをプレゼントできます。
お金も時間も不要です。
子どもから大人まで、誰でもできることです。
肩を揉んでもらえると、癒やされて、ほっとした気分になります。
「私は、いつも誰からもプレゼントされない」
「プレゼントなんて、もらったことがない」
そういう人は、決まって誰にもプレゼントしていない人です。
誰にも与えていないから、与えられることがないのです。
与えられる人になるには、自分がまず与える人になることです。
プレゼントされてから、贈るのでは遅い。
まず自分から先にプレゼントをして、豊かさを与えるのです。
与える側になると、どんどん豊かさを与えられるようになります。
タネをまくから、花が咲き、自分に豊かさが返ってくるようになります。
自分だけが得をしようとする考えは、いちばん損をする生き方なのです。
父や母、恩師への感謝の言葉は、普段は恥ずかしくてなかなか伝えられません。
ありがたいと頭ではわかっていても、口に出して言えるかというと別です。
日常では、恥ずかしさが邪魔をして、感謝の言葉がなかなか言えないのです。
こういう言葉は、プレゼントをするタイミングで伝えると効果的です。
今までの感謝の言葉をプレゼントに添える手紙にしたため、文章にして伝えましょう。
向かい合って言えない言葉を、勇気のない自分に嘆くことはありません。
誰でも恥ずかしいと感じることです。
手紙に書いて伝えるなら、あなたにもできるはずです。
プレゼントは、気持ちを伝える機会です。
普段、恥ずかしくて言えない言葉は、プレゼントのタイミングで伝えましょう。
プレゼントは、普段はなかなか言えない本当の気持ちを伝える絶好の機会なのです。
プレゼントをして、泣かせたことがありますか。
最高のプレゼントとは、相手が泣いてくれるプレゼントです。
簡単に思え、なかなか難しいですね。
プレゼントは、普段の雑談をヒントに考えることが、基本です。
雑談では、相手の好みや傾向がうかがえます。
しかし「泣かせるプレゼント」という難しい課題になると、なかなか一筋縄ではいきません。
もっと心に響くことが必要です。
私が20歳のとき、彼女に誕生日プレゼントをしたときのお話をします。
私の誕生日は7月7日で、彼女の誕生日は11月で、時期は異なっていました。
当時はまだ私が留学生だったことから、夏休みの2カ月間しか日本にいることができませんでした。
短い時間だったため、7月7日に2人の誕生日を合同で行うことにしました。
2人の「合同誕生日」です。
私が彼女に何をあげようかは、実は結構あっさり決まりました。
「彼女が泣いてしまうくらい、心に残るプレゼントは何かな」と考えると、まず思い浮かぶものがあったからです。
彼女にプレゼントした贈り物は「プロポーズ」でした。
当時、彼女と真剣に結婚を考えていました。
好きという気持ちはもちろん、妻となったときに、家事洗濯、マナー、礼儀、考え方など、人としてできる人だったからです。
人として、内面がよく磨かれている人でした。
女性の内面に引かれてしまったのです。
「もうこれ以上の人はいない」と思っていました。
私には、気になっていることが2つありました。
「いつ渡すか」
「何を渡すか」
泣かせるために大切なのは、タイミングです。
だからこそ、誕生日というタイミングがいちばんだと思ったのです。
泣かせるためにさらに大切なのは、何を贈るかです。
だからこそ、プロポーズという誕生日プレゼントこそが最高だと思ったのです。
プレゼントを受け取った彼女は、喜んで泣きました。
今まで、いろいろな人に誕生日プレゼントをあげましたが、あれほど泣かせたのは初めてでした。
これが、私が今までで、いちばん成功を収めたプレゼントです。