1日の終わりには、1日の反省です。
今日の出来事を振り返り、あれこれ考えることがあるでしょう。
ここで、悪いほうに考える人がいます。
夢がない。
やりたいこともない。
ただ食べて寝ることを繰り返す毎日になっていませんか。
喜びを感じられるのは、どのようなときでしょうか。
やはり、大きなことを成し遂げたときが多いのではないでしょうか。
たとえば、テストでハイスコアを取ったり、大きな賞を受けたり、資格を取得したりしたときなどです。
登山を楽しむ人は、考え方が立派です。
坂を、苦しみではなく、楽しみだと考えています。
登山を楽しむ人は、急な坂があるほど、元気になります。
アップルの創設者スティーブ・ジョブズ氏は、偉人です。
iMacやiPhoneなどを通して、世界中のライフスタイルを変える革新を果たした人です。
彼には、一風変わった習慣があることで知られています。
あなたは、すでに成功をつかんでいます。
しかもたくさんの成功をつかんでいます。
「まだ何も成功をしていない」
高層ビルから、地上を見たことはありますか。
高いところから地上を見ると、人1人は、本当に小さく見えます。
もはや、小さな点です。
鍵のかかったドアで、行き詰まりました。
普通に考えれば、鍵を開けるためには、鍵が必要です。
あいにく、鍵はありません。
人に迷惑をかけることは、避けるべきことです。
迷惑を喜ぶ人はいません。
相手を困らせたり不快な思いをさせたりすれば、人間関係にひびが入ります。
今、歩んでいる道は、危険な道ですか。
危険な道を歩んでいれば「嫌だ」「危ないなあ」「怖いなあ」と思いますよね。
油断すると、痛みや苦しみを感じたり、けがをしたりするでしょう。
虫メガネをご存じですか。
小さい物を拡大して見るための道具です。
虫メガネを使えば、小さな字を大きくして見ることができます。
夢に向かう人なら、一度は憧れる響きがあります。
偉人です。
夢を達成できた人として、代表的な呼ばれ方の1つです。
私の実家は、兼業農家です。
主に、ミカンをつくっています。
実家が兼業農家のため、よくわかるのですが、よく熟したミカンができる場所には、法則があります。
夢を実現するドアは、ドアノブを回せば、素直に開くとは限りません。
鍵のかかったドアで、立ち往生することがあります。
鍵があれば、すぐドアは開きますが、肝心の鍵がありません。
あるオリンピックの短距離走で、印象深い光景がありました。
スタートの合図が鳴り、勢いよく走っている途中です。
1人の黒人選手が、ゴール手前でつまずいて、勢いよく転んでしまいました。
世の中に、自分は1人だけです。
同じ時間に、同じ場所で生まれる。
同じ親であり、同じ家で育つ。
オリンピックに出ている選手は、みな堂々と胸を張っています。
「勝つ自信はありますか」と聞かれれば、必ず「あります」と答えるのが、定番です。
弱気の選手は1人もいません。
自分の夢を見ると、スケールの大きさに不安を抱くことがあります。
「スケールの大きな夢は、叶わないのではないか」と思うのです。
たとえば「外科医師になり、多くの人を救いたい」という夢があるとします。
テレビを見ていると、夢に向かって励む人を取り上げた特集が流れることがあります。
一流経営者やプロスポーツ選手などです。
問題は、それを見て、どう思うかです。
自分の体は、自分が作ったものではありません。
自分を生んだのは親ですが、人間を生んだのは、人間ではありません。
地球や、銀河系であり、宇宙です。
政治や経済の社会構造を、根本からひっくり返すことを「革命」と言います。
大きな変化です。
革命を起こすためには、人手も時間もかかります。
「面倒だから、後回しにしよう」
「今は都合が悪いから、後回しにしよう」
気軽に後回しにしようと思うことがあれば、要チェックです。
繁華街を歩いていると、店頭店内で「本日かぎりの限定セール」を見かけることがあります。
人間は、限定に弱いです。
「今しかチャンスがない」と思うと、購買意欲が湧いてきます。
人は、感動すると、涙を流します。
涙は、目から流しますね。
しかし、涙を流すのは、必ずしも目からとは限りません。
偉業とは、優れた仕事のことをいいます。
優れた仕事ですから、多くの場合、やはり長い時間がかかるものです。
ただし、偉業とはいえ、必ずしも長い時間をかけて達成するものばかりとは限りません。
あるレストランで食事をしていたとき、印象的な出来事がありました。
近くにいるお客さんが、食事を食べ終わり、食べ終わった食器を下げようとしたときです。
お客さんが店員に「BLTがおいしかったです」と言いました。
「火事場のばか力」という言葉があります。
差し迫った状況で、潜在的な力を発揮する様子を例えた言葉です。
火事の状況でよく見られることから「火事場のばか力」という呼び名がつきました。
真っ暗な夜は、怖いです。
視界も悪くなり、気温も下がって、静かになります。
夜は、魔の時間とも言われます。
友人から誕生日にプレゼントをされると、嬉しいですね。
頂き物は、ありがたいものです。
ただし、プレゼントとは、ある特定の記念日だけ受け取るものとは限りません。
私たちは、誰かといるときに輝こうとします。
誰かといるとき、にこにこした表情になるでしょう。
友人の前では、おしゃれな自分を見てもらおうとするでしょう。
1日の終わりには、1日の反省です。
今日の出来事を振り返り、あれこれ考えることがあるでしょう。
ここで、悪いほうに考える人がいます。
「今日はこれができなかった」と考えていませんか。
それは良くありません。
たしかにできなかったことには注意が向くものですが、だからといって深く考えるのは良くありません。
できなかったことが頭から離れません。
罪悪感が生じて嫌な余韻が続き、くよくよしてしまいます。
気になって寝られず、不眠症に悩まされます。
「今日はこれができなかった」と考えるから落ち込みます。
完璧主義者によく見られる傾向です。
心当たりのある人は注意してください。
1日の終わりは、何を考えればいいのでしょうか。
できなかったことを考えるのではありません。
できたことを考えましょう。
帰宅中は、できなかったことよりできたことを考えてください。
「今日はこれだけできたね」と考えればいいのです。
その日にできたことを思い浮かべてください。
片付いた作業や完了した仕事を思い浮かべましょう。
「○○ができた。○○もできた」
できたことに注意を向ければ、心の中で「よし!」と納得できます。
晴れ晴れした気持ちになって、達成感が出てきます。
「今日はこれだけできた」と考えれば元気が出ます。
帰宅中は気持ちいい余韻を味わえるでしょう。
すがすがしい気持ちになって、夜はぐっすり眠れるはずです。
たっぷり睡眠を取るから、気持ちのいい朝を迎えられ、また1日をスタートダッシュできます。
できなかったことが気になっても、考えないようにしてください。
考えそうになればしっかり振り払って、できたことを考えるようにしましょう。
できたことだけ考えていればいいのです。
うまくいかないことばかりの1日もあるでしょう。
朝から晩まで踏んだり蹴ったりの1日もあるでしょう。
そんなときも心がけることは同じです。
うまくいかないことばかりとはいえ、すべてではないでしょう。
うまくいなかったことの中にも、うまくいったことがあるはずです。
ささいなことでかまいません。
簡単なルーティンワークがうまくいっただけで十分です。
うまくいったところだけピックアップして、それだけ考えましょう。
達成感に浸りながらにこにこしてください。
うまくいったことだけ考えれば、ハッピーな気持ちでいられます。
夢がない。
やりたいこともない。
ただ食べて寝ることを繰り返す毎日になっていませんか。
ただぼうっと生きているのは、人間らしくありません。
人間は、ほかの動物とは違い、賢い頭脳と自由を手に入れています。
素晴らしい宝を手にしているにもかかわらず、活用せずにぼうっと生きるのは、もったいないです。
「意味のある人生を送るのだ」と、自分に言い聞かせましょう。
人生に意味がないと感じても、自分で人生に意味をつくるのです。
人生とは、そういうものです。
人生は、丁寧に生きる意味を与えてくれません。
生きる意味を自分でつくるのが、人生における、1つの課題です。
自分なりに、生きる意味を、つくります。
人生に意味をつくるからこそ、生きがいが感じられ、毎日が楽しくなります。
もちろん人によって、体格や能力などの違いがありますから、得意の分野も、人それぞれです。
自分ができる範囲で、仕事を見つけ、生きる意味をつくるのです。
たとえば、好きなことを通して、できることを考えてみましょう。
得意な仕事で誰かの役に立ったり、素晴らしい作品をつくって感動させたりなどです。
ただ社会に出て働くだけでも、社会貢献の1つです。
病気や障害を抱えていても、できる範囲の仕事があるはずです。
人は、何か生きる意味が感じられるとき、一生懸命に生きようとする活力が得られます。
何か1つでも、社会に貢献できる生き方をすることです。
それが、意味のある人生です。
喜びを感じられるのは、どのようなときでしょうか。
やはり、大きなことを成し遂げたときが多いのではないでしょうか。
たとえば、テストでハイスコアを取ったり、大きな賞を受けたり、資格を取得したりしたときなどです。
長い歳月をかけた努力が実ったとき、喜びで心が満たされます。
つまり、喜びは、挑戦の中にあるのです。
「喜びだけを得たい」と思っても、難しい注文です。
挑戦と喜びは、セットです。
喜びを得るためには、事前に挑戦が必要です。
挑戦をするから、喜びも得られます。
挑戦がなければ、喜びを感じることもありません。
「喜びがない」という人には、共通点があります。
挑戦がないのです。
毎日、無難な選択ばかりをして、同じことを繰り返しています。
挑戦と喜びはセットですから、挑戦がなければ、喜びも得られなくて当然です。
人生の法則です。
最近、喜びを感じることはありますか。
「心が満たされることがないな」と思えば、挑戦がない生活が原因です。
勝利の喜びは、戦いに挑むものだけが、経験できるのです。
登山を楽しむ人は、考え方が立派です。
坂を、苦しみではなく、楽しみだと考えています。
登山を楽しむ人は、急な坂があるほど、元気になります。
「挑戦しがいがある」と感じるからです。
「きつい坂だ」と言いながらも、にこにこしながら登ります。
坂があっての登山です。
「挑戦しがいがある」と思うから、額に汗を流しながらも、楽しく登ることができます。
人生も同じです。
夢に向かう道のりも、登山です。
人生では、山あり、谷ありです。
山があるわけですから、坂もあって当然です。
ある日、思いもしない急な坂に巡り合うことがあります。
急な坂があれば「挑戦しがいがあるな」と考えましょう。
坂を、苦しみではなく、楽しみだと考えると、底力が湧いてきます。
そう考えられる人は、立派です。
にこにこしながら坂を登る人は、人生の山を乗り越えられます。
坂があるせいで、人生が苦しくなるのではありません。
坂のおかげで、人生が楽しくなるのです。
アップルの創設者スティーブ・ジョブズ氏は、偉人です。
iMacやiPhoneなどを通して、世界中のライフスタイルを変える革新を果たした人です。
彼には、一風変わった習慣があることで知られています。
毎朝、洗面所の鏡に映る自分に向かい、次のような問いかけをしていたと言います。
「今日で死ぬとしたら、今日は本当にすべきことをするか」と。
この問いにイエスと答えられる日々を送り、1日1日を、全力で生きていたと言います。
人生に気合が入る問いかけです。
だらだらした気持ちが、引き締まります。
ぜひ、見習いたいですね。
では、さっそくこの習慣を、今日から取り入れましょう。
実際に偉人がやっていた習慣ですから、間違いなく効果があります。
紙を1枚、用意します。
太い文字で「今日で死ぬとしたら、今日は本当にすべきことをするか」と書きましょう。
その紙を、洗面所の鏡の辺りに、張っておきます。
毎朝、眠気で意識が鈍っていても、自然と言葉が視界に入り、気持ちが引き締まります。
偉人がやっていたことと同じことをするなんて、なんと粋でしょうか。
偉人の真似をしていると、偉人のようになれます。
あなたは、すでに成功をつかんでいます。
しかもたくさんの成功をつかんでいます。
「まだ何も成功をしていない」
「成功らしいことはしていない」
「大したことはやっていない」
そう思っているなら誤解です。
自分の日常を振り返ってみてください。
家事をこなしたでしょう。
タスクを片付けたでしょう。
そして今日のノルマを達成したでしょう。
たとえそれが、平凡なルーティンワークでもいいのです。
小さなこととはいえ、トラブルもなく、一仕事を終えたのは事実です。
だから「成功」です。
成功を大げさに考えていないでしょうか。
いいえ、それは誤解です。
そもそも成功に、スケールの大きさは関係ありません。
「成功は、大きなことを成し遂げたときに使うもの」と思い込んでいませんか。
もちろん大きな達成も成功ですが、小さな達成も成功です。
自分の思い込みに気づいてください。
成功の基準を下げてください。
小さな達成も、成功の1つです。
この事実に気づくと、すでに自分は多くの成功をつかんでいるとわかるでしょう。
「成功だらけの毎日」と言っても過言ではありません。
だから、自分に誇りを持ってください。
小さな成功をするたびに、小さくガッツポーズをすればいい。
成功を大げさに考えず、もっと軽く考えることです。
かっこいい自分、魅力的な自分、素晴らしい自分に気づくことです。
自己肯定感が高まって、次に向かうやる気が生まれるのです。
高層ビルから、地上を見たことはありますか。
高いところから地上を見ると、人1人は、本当に小さく見えます。
もはや、小さな点です。
アリのようです。
「人間はちっぽけだ」と思えば、自分一人が与える影響力も、小さいように思えます。
それは誤解です。
見た目で、考えるのではありません。
たとえ小さな点のような存在でも、全体に影響を及ぼすほどの影響力があります。
水面に、1滴のしずくが落ちたときを、思い出しましょう。
1滴のしずくが、水面に落ちると、波及が水面全体に広がります。
たった1滴のしずくでも、大きな影響力があります。
しずくが落ちる出来事は一瞬ですが、時間をかけて、影響が周りに伝わります。
人も同じです。
小さな存在でも、大きな影響力があります。
水面に落ちるしずくのように、小さな存在でも、全体に影響を及ぼす波及効果があります。
自分の生き方が、知人、友人、同僚など、数多くの人に伝わります。
影響を受けた知人、友人、同僚は、さらに別の人へと影響を伝えるでしょう。
小さな自分に秘められた、大きな可能性です。
どんなに小さな人間でも、素晴らしい可能性を秘めています。
短い一生でも、歴史を変える力があるのです。
鍵のかかったドアで、行き詰まりました。
普通に考えれば、鍵を開けるためには、鍵が必要です。
あいにく、鍵はありません。
さて、どうすれば鍵を開けられるのでしょうか。
そういうときには、映画を思い出しましょう。
映画では、主人公が鍵のかかった部屋に閉じ込められたとき、お決まりの行動パターンがあります。
部屋に落ちている針金を使って、鍵をこじ開けようとするのです。
「まさか、開くわけがない」と思いますが、針金で適当に鍵穴をほじっているうちに、鍵が開いてしまうのです。
部屋に針金が落ちていなければ、ベッドやソファーなどのスプリングを使うこともあります。
もう何でもありです。
何でもありというくらい、可能性を探ってほしいのです。
鍵を開けられるのは、鍵だけとは限りません。
針金1本が、鍵の代わりになることもあります。
人生も同じです。
何かに行き詰まったとき、探すのは鍵だけではないのです。
「鍵の代わりになるかもしれない」と、思うことです。
鍵に見えないものでも、鍵の代わりになるかもしれません。
小さなことでも、可能性を信じて、探ってみましょう。
映画の主人公のように、恥を忍んで、可能性を探る姿勢が大切です。
悪あがきをたくさんしましょう。
意外なものが、鍵の代わりになり、突破口が開かれるのです。
人に迷惑をかけることは、避けるべきことです。
迷惑を喜ぶ人はいません。
相手を困らせたり不快な思いをさせたりすれば、人間関係にひびが入ります。
言うまでもありませんね。
しかし、迷惑にならないことを考えすぎていると、あらゆる行動が控えめになります。
何をするにしても「迷惑になるかもしれない」と思い、行動を控えるようになるのです。
何でも控えめにすればいいというものではありません。
人生で、大きな損失です。
私たちの考えや行動は、もっと広げるためにあります。
では、どう考えればいいのでしょうか。
「迷惑にならないぎりぎり」を、心がけるのです。
迷惑にならないぎりぎりなら、考え方や行動範囲が、かなり広がります。
たとえば、相手に話しかけ、許容範囲を確認すれば、迷惑になるぎりぎりまで可能性を広げられます。
それだけでも、人生の生き方は、かなり変わります。
考え方と行動力が広がる分だけ、やりたいことを実現しやすくなるのです。
今、歩んでいる道は、危険な道ですか。
危険な道を歩んでいれば「嫌だ」「危ないなあ」「怖いなあ」と思いますよね。
油断すると、痛みや苦しみを感じたり、けがをしたりするでしょう。
しかし、人生では、危険な道でも、通らなければならない道があります。
たとえば、大学受験です。
大学に行くためには、一般的に、受験が必要です。
危険な道を通らなければならないとき、どういう姿勢で挑むかです。
危険であるからとはいえ、弱腰になることで、余計に危険が大きくなります。
弱腰になると、防御が弱くなり、ダメージが大きくなるからです。
そういうときは、ボクシングの選手を思い出しましょう。
ボクシングの選手は、試合前のインタビューのとき、どのような意気込みを語るでしょうか。
「危険な試合をします」とは言いませんね。
「エキサイティングな試合をします」と言います。
そう考えるから、興奮がパワーに変換されます。
痛みにも耐えやすくなります。
「やってやろうじゃないか」と思え、力強い試合ができるのです。
今、あなたが歩んでいる道は、危険な道かもしれません。
しかし、あえて「エキサイティングな道」と考えるのです。
前に出るしかないときは、思いきって勢いよく前に出てしまうのです。
さあ、リングのゴングが、鳴りました。
エキサイティングにいこうではありませんか。
虫メガネをご存じですか。
小さい物を拡大して見るための道具です。
虫メガネを使えば、小さな字を大きくして見ることができます。
面白いのは、虫メガネの光の屈折を利用すれば、応用ができます。
たとえば、温かい太陽の光を虫メガネで一点に集めると、すごいことができます。
光を集めると高温になり、紙に穴を開けたり、燃やしたりすることもできるのです。
生暖かい日光で、火をつけられるとは、驚きです。
虫メガネは、面白い。
こうした虫メガネの様子から、人生の生き方を学べます。
自分の力が弱くて、落ち込んでいませんか。
体力、知力、技術力など、たしかに弱々しいのかもしれません。
しかし、弱くても大丈夫です。
力が弱ければ、力の出し方を工夫すればいいのです。
力をそのまま出すのではありません。
一点に集めるのです。
虫メガネのように一点に集めることができれば、弱い力でも、大きな力を発揮できます。
集中する点が小さければ小さいほど、発揮できる力も大きくなります。
本当に小さな一点に集中すれば、世界を覆すほどの力を発揮することもできるでしょう。
「まさか」と思えるような、信じがたい力を発揮できるようになるのです。
夢に向かう人なら、一度は憧れる響きがあります。
偉人です。
夢を達成できた人として、代表的な呼ばれ方の1つです。
力強い響きがありますね。
「すごい人だな」と言われると、やはり誇らしく感じます。
誰もが一度は「偉人になりたい」と憧れることでしょう。
これが危険なのです。
偉人と呼ばれるために、努力するのは良くありません。
偉人と呼ばれるためには、まず人目が大事になります。
褒められたり驚かれたり尊敬されたりするような見え方になるよう、意識が向きます。
そのための手段として、マスメディアへの露出を増やそうと考えます。
たしかにマスメディアに取り上げられれば、注目が集まり「すごい人」と思われるでしょう。
新聞、雑誌、テレビなどに取り上げられている人は、いかにも有名人である雰囲気が漂います。
しかし、露出に力が入るほど、夢が遠ざかります。
仕事の実績を身につけるより、露出に力が入るようになるため、夢への追求が間に合わないのです。
外見ばかりが磨かれ、中身が空っぽになります。
マスメディアに取り上げられているからとはいえ、必ずしも偉人とは限りません。
広告は、お金がある程度あれば、なんとかなります。
うわべばかりに注意を払う一方、見合うだけの実績がないのでは、がっかりされます。
「偉人」という響きに、生き方を惑わされないことです。
では、どうするのか。
偉人になる努力をするのではありません。
偉業を果たす努力をするのです。
大切なのは、あくまで仕事であり、実績です。
夢に向かう生き方を、いま一度、振り返ってみましょう。
偉人になる努力ですか。
偉業を果たす努力ですか。
偉人とは、世のため人のためになるような、立派なことを成し遂げた人のことを言います。
偉業があってこその、偉人です。
世の中にインパクトを与える仕事にこそ、すべてを集中です。
偉業を果たそうとする人が、結果として、偉人になれるのです。
私の実家は、兼業農家です。
主に、ミカンをつくっています。
実家が兼業農家のため、よくわかるのですが、よく熟したミカンができる場所には、法則があります。
木の頂上なのです。
ミカンの木の頂上は、太陽の光を最も浴びやすい位置であるため、最も熟しやすくなります。
しかし、よりによって、最も手の届きにくい位置でもあります。
ミカンに限らず、木に実る作物全般に通じる法則です。
映画で宝物があるシーンほど、手に届きにくい場所にありますが、状況が似ています。
私はいつも、映画の主人公になったつもりで、ミカン畑で仕事をしていました。
「手が届きにくいなあ」と思いながら、木の頂上にあるミカンにつかもうとしていたものです。
現実でも同じです。
最も価値ある宝物ほど、最も手の届きにくい場所にあります。
「手に入れにくいところにあるのか」と、愚痴を言っても仕方ありません。
そういうものです。
宝物は、手に入りにくくて当然です。
手に入れにくいから、宝物らしくなります。
挑戦するかいがあります。
自分を映画の主人公だと思うのです。
宝物を手に入れるために、てっぺんにある宝物をつかむのです。
夢を実現するドアは、ドアノブを回せば、素直に開くとは限りません。
鍵のかかったドアで、立ち往生することがあります。
鍵があれば、すぐドアは開きますが、肝心の鍵がありません。
鍵がどこにあるのかもわかりません。
ここで「鍵がないから諦めよう」と、諦めるのではありません。
無理やりこじ開けようとしますか。
それとも、鍵を破壊しますか。
いいえ、どれも良くありません。
無理な方法で開けようとすると、警察に捕まります。
そういうとき、単純な方法で扉を開ける方法があります。
ドアをノックして「すみません。開けていただけないでしょうか」と、お願いするのです。
ドアの向こう側にいる人が、鍵を解除してくれます。
それだけです。
「そんな方法はずるい」と言われそうですが、ずるい方法ではありません。
現実でも、よくある話です。
夢に向かうときも、同じなのです。
鍵のかかったドアを開けるためには、鍵が必要とは限りません。
自分が開けようとしている夢のドアに鍵がかかっているなら、ノックしましょう。
こんこん。
「すみません。開けていただけないでしょうか」とお願いすれば、ドアのこう側にいる人が開けてくれます。
鍵がなくても、開けることができます。
それだけです。
あるオリンピックの短距離走で、印象深い光景がありました。
スタートの合図が鳴り、勢いよく走っている途中です。
1人の黒人選手が、ゴール手前でつまずいて、勢いよく転んでしまいました。
全速力で走っている状態ともなると、転ぶとはいえ、全身にかなり大きなダメージを受けます。
その選手も、全力で走っていた衝撃で体全身を強く打ち、しばらく立ち上がることができませんでした。
膝や顔の擦り傷が出て血が流れ、苦しそうな表情を見せていました。
もしかすると、骨にひびが入っていたのかもしれません。
立ち上がるのが難しそうな様子から、棄権するのかと思っていると、驚くべき行動に出ます。
なんと、地面を這いながらゴールしてしまったのです。
その諦めない光景に、会場にいる観客は立ち上がり、大きな拍手をしました。
世間では「転んでも起き上がることが大切」と言われます。
しかし、起き上がりたくても、起き上がれないこともあります。
起き上がれなくても、諦めないのです。
立ち上がれなければ、諦めなかった選手のように、地面をはえばいいのです。
情けない姿ではありません。
これこそが、真の諦めない姿です。
本当にかっこいいのは「うまくいく姿」より「諦めない姿」です。
四つん這いになり、地面を這う姿に、多くの人が心を打たれるのです。
世の中に、自分は1人だけです。
同じ時間に、同じ場所で生まれる。
同じ親であり、同じ家で育つ。
自分と同じ名前、同じ年齢、同じ体格。
何から何まで、自分とまったく同じ人はいません。
自分は、世界で1人だけです。
当たり前のことですね。
当たり前のことですが、このことを強く自覚して生きている人は、少ないように思えます。
自分とまったく同じ育ちの人はいないということは、誰にでも、自分にしかできないことがあるということです。
自分の中に、唯一無二の素晴らしい宝が眠っています。
「自分にしかできない仕事はあるのか」という問いは、ナンセンスです。
もちろんあるに決まっています。
自分のすべてを最大限に生かせば、自分にしかできない仕事ができます。
自分にしかないキャリアがあるのですから、生かせばいいだけです。
たとえば、自分の生きた歩みを文章にすれば、完全に自分にしかできない物語が書けます。
自分の育ちを生かした仕事をすれば、自分しかできないオリジナルの仕事ができます。
自分のすべてを生かすのです。
価値のある宝物は、探すのではなく、すでに手にしています。
それを使えば、誰にも真似できない仕事ができるのです。
オリンピックに出ている選手は、みな堂々と胸を張っています。
「勝つ自信はありますか」と聞かれれば、必ず「あります」と答えるのが、定番です。
弱気の選手は1人もいません。
もし本当に弱気になれば、必ず負けるからです。
弱気になっている選手が、勝った試しはありません。
腰が引け、手足が震えた状態では、まともな試合ができません。
弱気になれば、必ず不利になり、負けてしまいます。
勝つのは必ず、強気になった選手です。
強気になれば、必ず勝てるとは限りませんが、勝つ人は、必ず強気です。
これは、人生でも同じです。
今、人生に対して弱気になっていませんか。
臆病になったり、恥ずかしがったり、怖がったりしていませんか。
弱気になっているなら、今すぐ、強気になりましょう。
嘘でもいいですから、強気の態度を見せるべきです。
弱気になっても、いいことは、1つもありません。
「できる」「うまくいく」「大丈夫」という強気の姿勢を見せましょう。
オリンピックの選手がそうであるように、人生も、強気になった人がうまくいきます。
強気は、強いから見せるものとは限りません。
弱い自分を奮起させるために見せるものです。
他人から笑われても、なお強気の態度を見せるのです。
強気になり、笑い返すくらいでいいのです。
自分の夢を見ると、スケールの大きさに不安を抱くことがあります。
「スケールの大きな夢は、叶わないのではないか」と思うのです。
たとえば「外科医師になり、多くの人を救いたい」という夢があるとします。
外科医師になるためには、大学で医学の専門的な勉強をする必要があります。
難しい国家資格を取ったり、研修をしたりなど、数多くの山場を乗り越えなければなりません。
夢が大きいと「実現できないのではないか」と、不安になるのです。
そういうときは、一度「スケールが大きすぎること」を考えてみましょう。
まず、1枚の紙を用意します。
「世界1の大金持ちになる」と書きます。
太くて、大きな字で、書きましょう。
ばかばかしいと思うほど、規模が大きすぎることなら、何でもかまいません。
書いた後、大きな声で10回音読してみましょう。
口に出している自分が、恥ずかしくなるでしょう。
恥ずかしいと感じるほど、スケールが大きすぎる内容だから、いいのです。
10回音読した後、あらためて自分の真面目な夢を見ると、感じ方が変わります。
「世界1の大金持ちになるのは無理でも、医者くらいならなれそうだ」と、思えるようになります。
最初に大きすぎる考え方をすることで、考えられる余裕が自然と広がるのです。
テレビを見ていると、夢に向かって励む人を取り上げた特集が流れることがあります。
一流経営者やプロスポーツ選手などです。
問題は、それを見て、どう思うかです。
「むきになった顔が気持ち悪い。わはは」
「もっとすごい人なんて、いくらでもいるだろう。わはは」
「幸せそうな人を見るとむかつくな。失敗してしまえ。わはは」
一生懸命になっている人を、否定する人がいるのです。
一生懸命に頑張っている人をあざ笑うと、自分の夢が遠ざかります。
相手をあざ笑うことは、自分をあざ笑うことになるからです。
相手と自分は別々の人間でも「夢に向かう」という志は、同じです。
一生懸命になっている人を否定すると、自分の一生懸命も否定することになります。
一生懸命な人には、前向きな言葉をかけて応援するのが、正解です。
「頑張れ。きっと実現するよ」と、元気づけましょう。
心の中で応援するだけでもいいのです。
相手を元気づけることは、自分を元気づけることです。
一生懸命になっている人を肯定すると、自分の一生懸命も肯定することになります。
元気な言葉で応援すればするほど、自分も応援されている気がしてきます。
夢実現の気力が、湧いてくるのです。
自分の体は、自分が作ったものではありません。
自分を生んだのは親ですが、人間を生んだのは、人間ではありません。
地球や、銀河系であり、宇宙です。
始まりをずっとたどると、神秘的な存在に行き着きます。
この世を生み出した、何かです。
自分の体は、神秘的な存在から頂いたものです。
偉大な神秘的な存在に対して、感謝です。
頂き物ですから、自分の体は、大事に扱いましょう。
さて、この「体の大事な扱い方」が、ポイントです。
体を大事に扱うとは、どのような扱い方でしょうか。
じっとしていることでしょうか。
たしかにじっとしていれば、傷つくことはないでしょう。
しかし、じっとしてばかりで行動がなければ、充実した人生は送れません。
では、全力で生きることでしょうか。
たしかに自分にむちを打てば、最大限の結果を残せるように思えます。
しかし、いつも自分にむちを打ってばかりではストレスが多くなり、かえって寿命を縮めます。
どうすればいいのか。
丁寧に扱いながらも、最大限に扱うのです。
両立させることが大切です。
健康を意識しながらも、行動も意識します。
どちらが大切なのかではなく、どちらも大切です。
自分の体を、丁寧に扱いながらも、最大限に扱うことです。
政治や経済の社会構造を、根本からひっくり返すことを「革命」と言います。
大きな変化です。
革命を起こすためには、人手も時間もかかります。
改革は、社会に対して起こすものとは、限りません。
自分に対する革命もあります。
自分の考え方や生き方を、180度ひっくり返す変化です。
社会に改革を起こすのは難しいですが、自分に改革を起こすのは、簡単です。
自分への革命は、少しずつ変わるより、一気に変わるほうがいいです。
達成しやすいからです。
たとえば「できない」という口癖をやめて「できる」という口癖に変えます。
背筋を曲げた歩き方から、背筋を伸ばした歩き方に変わります。
目を見ない話し方から、目を見る話し方へ変わります。
こうした変化は、じわじわより、一気に変えるほうがいいです。
じわじわ変えようとすると、かえって疲れます。
わずかな変化は、調整に手間暇がかかり、難しいのです。
すぐ変わるほうが、簡単です。
変化は大きいのですが、真逆だからこそ、やり方がシンプルになります。
時間や体力はかからなくても、実現しやすくなります。
さあ、自分に革命を起こそうではありませんか。
「いつか変わろう」と、たじろぐ必要はありません。
「今すぐ変わろう」と思うのです。
その気になれば、今この瞬間から生まれ変わることができるのです。
「面倒だから、後回しにしよう」
「今は都合が悪いから、後回しにしよう」
気軽に後回しにしようと思うことがあれば、要チェックです。
後回しにしようとすることがあれば、自分に問いかけてほしい言葉があります。
「今しかできないことではないのか」です。
後回しにしていいかどうかは、今しかできないかどうかで決めると、はっきりします。
今しかできないことだとわかれば、今のうちにやったほうがいいです。
今しかできないからです。
うっかり後回しにすると、チャンスを逃してしまいます。
今が、ベストタイミングです。
今しかできないことだとわかれば「今しかできない」と何度も意識しましょう。
意識すればするほど、行動する底力が湧いてきます。
「今しかできない」という考えが強くなればなるほど、面倒や疲れを吹き飛ばします。
面倒や疲れがあっても、潜在的な力が発揮できるのです。
繁華街を歩いていると、店頭店内で「本日かぎりの限定セール」を見かけることがあります。
人間は、限定に弱いです。
「今しかチャンスがない」と思うと、購買意欲が湧いてきます。
今日だけしかないと思うと、衝動買いをしたくなりますね。
限定品を買うと、得した気分になります。
こうした限定セールは、店頭店内だけではありません。
よくよく考えると、私たちも毎日、限定セールをやっているのです。
「今日」という1日です。
たとえば、これを書いているのは、2012年5月2日です。
この日付を楽しめる1日は、後にも先にも、今日かぎりです。
今日が過ぎれば、一生涯、もう二度と味わえません。
貴重な限定品なのです。
人生において平凡な1日は、1日たりともありません。
毎日「今日」という1日を、限定セールしています。
このことを、もっと強く意識しましょう。
限定を意識すればするほど、前向きな行動力が出てきます。
限定品を買うと嬉しい気分になるように、今日という限定品を意識して行動すれば、嬉しい気分になれるのです。
人は、感動すると、涙を流します。
涙は、目から流しますね。
しかし、涙を流すのは、必ずしも目からとは限りません。
運動をしたときに出る汗も、涙と考えるのです。
体を感動させるのは、簡単です。
運動するだけでいいのです。
体が「ああ。嬉しいな」と喜んでいます。
汗をかくと、服が湿って気持ち悪いと感じますが、本当は喜ばしいことです。
運動することで、体を感動させているのです。
体を喜ばせて良かったではありませんか。
汗がたくさん出ているのは、嬉し涙です。
運動できたことに感動して、体が泣いています。
感動して目から涙を流すと気分がすっきりするように、体を動かして汗を流したときも、気分がすっきりします。
今日、体を感動させましたか。
運動はすべて、体にとって感動的なことなのです。
偉業とは、優れた仕事のことをいいます。
優れた仕事ですから、多くの場合、やはり長い時間がかかるものです。
ただし、偉業とはいえ、必ずしも長い時間をかけて達成するものばかりとは限りません。
今すぐ達成できる偉業もあります。
スタートダッシュです。
スタートダッシュも、偉業の1つです。
スタートと同時に全力を出して、勢いよく突き進みます。
無駄な時間がありません。
無駄な時間が一切ないから、偉業です。
たとえば、やらなければいけない仕事があるとします。
勉強であったり、仕事であったり、家事であったりします。
やらなければいけないとわかっていても、思うように体が動かないものです。
「そろそろやろうかな」と思いつつも、だらだらした時間が過ぎていきます。
体をゆっくり動かし始めるのではありません。
「さあ、やるぞ!」と気合を入れて、今すぐ着手するのです。
スタートダッシュです。
その気になれば、今からできることです。
勢いよく始めるほど、早く終わらせることができます。
さあ、自分で自分にむちを打ち、勢いよく始めましょう。
この文章を読み終わった瞬間、やらなければいけない仕事に急いで着手します。
それが、偉業なのです。
あるレストランで食事をしていたとき、印象的な出来事がありました。
近くにいるお客さんが、食事を食べ終わり、食べ終わった食器を下げようとしたときです。
お客さんが店員に「BLTがおいしかったです」と言いました。
店員は頭を下げながら「ありがとうございます」とお礼を言い、喜んでいる様子でした。
驚いたのは、その店員が調理室に戻ると、作った人に「お客さまから『BLTがおいしかった』と言われましたよ」と伝えていました。
印象的だったのは、嬉しそうな声で、伝えていたことです。
嬉しそうに伝えると、感謝されたときの様子も、ほかの人に伝わりやすくなります。
その様子を見聞きして「ああ。いいなあ」と思ったのです。
きれいに、喜びが連鎖しています。
褒めたのはBLTですが、同時に、ほかの人も褒めています。
料理を運んだ店員も褒め、作った料理人も褒めたことになります。
そういう料理を提供できるレストランも、褒めたことになります。
レストランで働く人たちみんなが、自分たちを誇らしく思えたに違いありません。
ふわりと、レストラン全体が明るくなります。
自分一人のささいな一言でも、喜びが大きく広げることができるのです。
「火事場のばか力」という言葉があります。
差し迫った状況で、潜在的な力を発揮する様子を例えた言葉です。
火事の状況でよく見られることから「火事場のばか力」という呼び名がつきました。
私たち人間は、潜在的な力が備わっていますが、普段は発揮していません。
火事場のばか力をいつでも発揮できれば、どれだけ素晴らしいことでしょう。
火事のような、差し迫った状況しか発揮できないと思いますが、そうではありません。
その気になれば、火事場のばか力は、いつでも出せます。
自分の家が火事になっているところを、想像するのです。
想像とはいえ、鮮明かつ具体的に想像できれば、気持ちをさっと切り替えられます。
では、さっそく想像してみましょう。
今、自分の部屋が、真っ赤に燃えています。
ぱちぱち、燃えている音も聞こえてきます。
灰色の煙が立ち込め、呼吸ができません。
外からは「助けて」という叫び声も聞こえてきます。
色、におい、音など、できるだけ鮮明に想像するのがポイントです。
鮮明に想像できるほど「死にたくない。こうしてはいられない」という気持ちが吹き上げてきます。
火事場のばか力に近い力を、出すことができるはずです。
人間に備わった、潜在的なパワーなのです。
真っ暗な夜は、怖いです。
視界も悪くなり、気温も下がって、静かになります。
夜は、魔の時間とも言われます。
落ち込んでいるときは、余計に落ち込ませる力があります。
真っ暗な夜より、明るい昼間のほうが、元気が出ますね。
「いつの間にか外が暗くなり、気づけば、1日が終わっている」
そんな毎日ではないでしょうか。
しかし、そんな暗い夜も、人生では無限にあるわけではありません。
残り回数があります。
人生80年だと仮定しましょう。
20歳の人は、残り22,000回程度しか、夜を経験できません。
自分の人生が有限であるように、夜を経験する回数も、有限です。
なんとなく過ぎ去っていく夜ですが、残り回数があります。
経験回数が限られている夜に対して、もっと注意を向けましょう。
夜を迎えたとき、こう考えるのです。
「ああ。今日もまた、人生で貴重な夜が過ぎていく」と。
今夜という夜は、もう二度と味わえません。
暗くて、静かで、寒い夜中にも、深い味わいがあります。
夜を楽しみ、感謝して、味わいましょう。
今日もまた、人生で貴重な夜が、すぎていくのです。
友人から誕生日にプレゼントをされると、嬉しいですね。
頂き物は、ありがたいものです。
ただし、プレゼントとは、ある特定の記念日だけ受け取るものとは限りません。
実は今この瞬間も、プレゼントを頂き続けています。
「今」という時間です。
1秒、2秒、3秒。
時間が過ぎているのではありません。
時間を頂いているのです。
生まれてから死ぬまで、人生から時間を、プレゼントされ続けています。
人生から「今」というプレゼントを受け取っているのですから、生きている人はみんな、幸せ者です。
ありがたいことです。
お礼をしたいと思うなら、まずいただいたプレゼントを楽しみましょう。
「今」という時間を、存分に生きることです。
だらだらした時間を過ごすのではなく、しゃきっとした時間を過ごしましょう。
嫌いなことではなく、好きなことをして楽しみましょう。
やる気を出して行動することが、人生への恩返しです。
プレゼントした時間を有意義に使っていることがわかると、人生も喜んでくれるでしょう。
「時間をプレゼントしたかいがあったな。もっと時間をプレゼントしてあげよう」と思います。
今を一生懸命に生きるほど、たくさん時間をいただけるようになります。
つまり、長生きができるのです。
楽しく人生を過ごせるうえ、長生きができるなんて、この上ない喜びです。
人生に向かって「ありがとうございます」と感謝しましょう。
私たちは、誰かといるときに輝こうとします。
誰かといるとき、にこにこした表情になるでしょう。
友人の前では、おしゃれな自分を見てもらおうとするでしょう。
上司の前では、頑張って仕事に取り組む姿を見せようとするでしょう。
誰かといるときは、誰でも輝こうと頑張るもの。
人目があるため、自分の評価や印象に関わります。
誰かといるときは、充実感と幸福感に満ちている自分を見てもらいたい。
素晴らしい自分を見てもらいたいので、きらきらした様子を見せようとします。
もちろん誰かといるときに輝くのはいいのですが、問題は1人になったときです。
こういう人に限って、1人になったとき、輝きを失います。
表情から笑顔が消え、無表情になります。
おしゃれをしなくなり、だらしない格好になります。
仕事に集中しなくなり、サボり始めます。
急に元気がなくなり、輝きを失うのです。
「人目のないところで輝いても意味がない」と思っているのです。
誰かといるときだけ輝く人にならないことです。
誰かといるときだけ輝こうとするのは、人目を気にしている証拠です。
人目のあるときだけ「ハッピーなふり」をしているにすぎません。
人目に振り回されている証拠です。
あなたに心当たりがあるなら注意してください。
誰かといるときだけきらきら輝いているのは、偽物のハッピーです。
本当のハッピーになりたいなら、誰かといるときだけでなく、1人のときにも輝くことです。
人目があってもなくても、常に充実した時間を過ごすということです。
1人でいるときも、にこにこして輝きを放ちましょう。
1人でいるときも、おしゃれを楽しんで輝きを放ちましょう。
1人でいるときも、仕事に励んで輝きを放ちましょう。
これは、趣味・遊び・恋愛のときも同じです。
誰かといるときだけ輝くのではなく、1人でいるときも輝く人になってください。
「1人でいるときも充実した時間を過ごす」ということです。
充実した時間を過ごすと、自然ときらきらし始めます。
1人でいるときも充実した時間を過ごせる人は、必ずハッピーです。
1人でいるときもハッピーなら、誰かといるときもハッピーです。
それが、本当の幸せの形です。