悩みを抱えていると、誰でも笑顔が乏しくなります。
精神的な苦しみは、表情に出やすいものです。
周りの人たちは、みんな笑顔であるにもかかわらず、自分だけ笑顔がないと、ふと思うことがあります。
悩みを抱えていると、苦しいです。
頭が痛くなったり、落ち込んだりして、自分のことが嫌になるでしょう。
悩みがあるからとはいえ、悩みばかり考えていると、余計につらくなるばかりです。
人生では、ある時期、苦しみを感じることがあります。
なかなか思うようにいかずに、もがいたり、いらいらしたりします。
苦しみの度合いによっては「死んでしまいたい」と思うこともあるでしょう。
「どうにもならないこと」があります。
私たちは、どうにもならないことを考えすぎです。
悩んでなんとかなるなら、まだわかります。
過ぎ去ってしまった過去は、もう変えられません。
タイムマシンはありません。
しかし、未来なら、今の自分しだいでつくっていけます。
自分の人生は、不幸すぎると言う人がいます。
ほかの人と比べて、努力が報われなかったり、不運に見舞われたりすることが、多いような気がします。
うまくいかないことが多ければ、自分の人生を恨みそうになるでしょう。
自分の人生は、幸せなほうだと思いますか。
少し考えてみましょう。
さて、今、どのような比べ方をしましたか。
明るい未来をつくるときには、コツがあります。
「未来は必ず明るくなる」と思うことです。
「未来が暗くなるかもしれない」と思うふしがあっても、あえて考えないことです。
道端で、つまずいて転んでしまいました。
振り返ってみると、足元に段差がありました。
普通に考えれば、転んだ原因は、足元の段差であると思います。
涙を、今すぐ流そうと思っても、流すことができません。
涙は、いつでも流せるものではありません。
涙が出るのは、どういうときでしょうか。
なかなかうまくいかなくて、もどかしいと感じるときがあります。
行動の結果は、すぐ出るとは限りません。
結果が出るまでに時間がかかり、もどかしい時間を過ごすことがあります。
人生は、掛け算です。
人によって、チャンスに恵まれている人がいます。
生まれた家がお金持ちであったり、生まれた土地の立地条件がいい場所であったりなどです。
生まれつきの病に苦しむ人がいます。
いわゆる持病です。
完治が難しい、慢性の病気のことです。
不運に見舞われると、自分の人生に不幸を感じます。
たしかに運悪く自分の身に不幸が降りかかると、そのときは大変でしょう。
元気がなくなりますし、対処にも時間がかかります。
楽しい気分になるのは、比較的、簡単です。
明るい音楽を聴けばいいだけです。
オーディオ機器のスイッチを入れれば、明るい音楽が流れ、自然と楽しい気分になれます。
朝いちばんの仕事は、就業前に始まります。
それが、満員電車です。
都会の満員電車は、もはや体力勝負。
誰でも勉強すれば、簡単に取得できる資格があります。
「1週間勉強するだけで大丈夫」「少し勉強すれば、誰でも取れる」といううたい文句です。
1つでも資格を持っていれば体裁が整うと思い、とりあえず試験を受けようと思います。
私たちは、模様に囲まれて、生きています。
実感が湧きにくいのですが、本当です。
周りをよく見てみると、あらゆるものに、何らかの模様があります。
「しなければならない」という考え方は、元気を奪います。
義務や強制を感じるからです。
むちでお尻を叩かれているようで、苦しくなるのです。
誕生日を迎えた人に「おめでとう」と祝うと、意外な返事が返ってくることがあります。
「祝わなくてもいいよ。誕生日のことは忘れてほしい」
「誕生日が嫌だ。これ以上、年を取りたくない」
窓を開けて外を見ると、雨が降っていました。
こうした天気を見て、普通私たちは「天気が悪い」と言います。
日当たりは悪いです。
「だから」の後に続く言葉で、人生が変わります。
「だから」の後には、どういう言葉を思い浮かべますか。
「だからやらない」が最初に思い浮かんだ人は、要注意です。
海底トンネルをご存じですか。
海底トンネルとは、陸地をつなぐために、海の底を掘り抜いてつくられた、交通用トンネルです。
海の下ですから、太陽の光は、まったく当たりません。
人生では、同じところをぐるぐると回っている感覚に陥ることがあります。
部活では、同じ練習を、繰り返す毎日です。
復習では、一度習ったことを繰り返します。
人生で大切なことに気づく時期には、個人差があります。
たまたま読んだ本から学ぶ人もいれば、偶然の経験などから気づくこともあります。
早くに気づく人もいれば、遅くに気づく人もいるでしょう。
人生では、近道で行きたいところですが、うまくいかないことがあります。
たとえば、大学受験に失敗して、浪人生活を過ごすような場合です。
再挑戦まで時間があり、人生では遠回りになります。
好きなことをするのが、幸せになる法則です。
自分が好きなことで楽しめ、楽しんだ結果を通して、ほかの人を幸せにすることもできます。
自他ともに、幸せになれる最高の生き方です。
バッティングセンターに、いったことはありますか。
バッティングセンターで、バッターボックスに入ると、いつも驚かされることがあります。
人間とは違い、機械が球を投げるため、球が飛んでくるタイミングがよくわからないのです。
人生には「終わり」と呼ばれる節目があります。
部活や塾を辞めるとき、学校を卒業するとき、会社を退職するとき、離婚するときなどです。
終わりであるとわかれば、暗い感じがします。
人生で最も難しい人間関係は、親子関係です。
最も身近であるため、最も感謝を忘れやすく、関係がこじれやすくなります。
親という恥ずかしさもあり、仲直りもしづらいのです。
悩みを抱えていると、誰でも笑顔が乏しくなります。
精神的な苦しみは、表情に出やすいものです。
周りの人たちは、みんな笑顔であるにもかかわらず、自分だけ笑顔がないと、ふと思うことがあります。
「悩んでいるのは自分だけではないか」と、思えてくるのです。
それは誤解です。
悩みを抱えているときに、よくある思い込みです。
悩みを考える状態は、自分に強く注意が向きがちです。
自分のことばかり考えているので、悩んでいるのは自分だけのように思えるだけです。
そう考えるほど、自分のことが世界でいちばん惨めではないかと思えてきます。
しかし、そうではありません。
自分だけ、悩んでいるのではありません。
実は、ほとんどの人が、悩んでいるのです。
悩んでいないように見えるのは、空元気や強がりです。
悩んでいても仕方ないため、さっと気持ちを切り替えて、元気があるように見せかけています。
本当のところは、すべての人が、多かれ少なかれ、悩みを抱えています。
みんなが悩んでいるのですから、自分も悩んで当然です。
仲間外れではなく、むしろ仲間です。
決して、1人きりではないのです。
悩みを抱えていると、苦しいです。
頭が痛くなったり、落ち込んだりして、自分のことが嫌になるでしょう。
悩みがあるからとはいえ、悩みばかり考えていると、余計につらくなるばかりです。
悩みの本質に、気づきましょう。
なぜ、悩むのでしょうか。
悩みの本質は、向上心です。
「改善したい」「解決したい」という気持ちが強いから、悩みになっているのです。
もし、向上心がなければ、やけを起こすはずです。
思いどおりにならない状態に、腹を立てます。
「どうにでもなれ」という投げやりな態度になり、自分の体や人生を粗末に扱うようになります。
しかし、やけになることなく、問題の解決方法を探っているのは「なんとかしたい」と思っているからです。
自分の人生と、真面目に向き合っています。
向上心がある証拠です。
精神的に強いのです。
やけを起こさず、その調子で続けましょう。
人生では、冷静さが大切です。
悩むとは、普段考えないことを考える機会です。
特殊な状況に置かれているため、普通の人より、思考が深くなります。
解決策を考えながら、頭はどんどん成長します。
よく悩む人は、将来、人としての深みが増します。
悩みを通して、人は成長します。
悩みを持つ人は、素晴らしいのです。
人生では、ある時期、苦しみを感じることがあります。
なかなか思うようにいかずに、もがいたり、いらいらしたりします。
苦しみの度合いによっては「死んでしまいたい」と思うこともあるでしょう。
人生が、自分をいじめているかのようです。
しかし、そうではありません。
人生に苦しんでいる時期があったとき、こう考えましょう。
「人生の山を、乗り越えようとしているのだ」と。
人生では、山もあれば、谷もあります。
「今、苦しい時期だな」と思えば、人生の山を登っている最中です。
坂道ですから、登るのが大変です。
時間もかかります。
山なのですから、難しく考えずに、そういうものだと思うのです。
人生を、恨んだり憎んだりしません。
休憩をしながら、根気よく、諦めずに、登っていきましょう。
もうしばらくの辛抱です。
山を登って、頂上に差し掛かると、急に視界が開けます。
山を越えると、次は谷が待っています。
下り坂になると、前に進むのが楽になるのです。
「どうにもならないこと」があります。
私たちは、どうにもならないことを考えすぎです。
悩んでなんとかなるなら、まだわかります。
悩むだけ悩み、解決策を考えればいいでしょう。
しかし、悩んでもどうにもならないことを考えても、仕方ありません。
私たちの悩みの多くは、どうにもならないことが多いです。
たとえば、過ぎ去った過去です。
過ぎ去った過去を悔やんでも、どうにもなりません。
過去には戻れませんから、過去を変えることもできません。
どんなに過去を考えていても、生きているのは今だけです。
「あのとき、こうすれば良かったな」と、いつまでもくよくよするのが、最も時間の無駄です。
過去を振り返って「こうすればいい」という改善点がわかれば、それで気持ちを切り替えるのです。
いつまでもくよくよしていても、実りはありません。
今の自分の元気がなくなるだけです。
ほうっておけばいいのです。
どうにもならないことは、ほうっておくのがいちばんです。
どうにもならないのですから「どうにもなりません」と言って笑うと、気が楽になります。
道理に合った発言です。
堂々とできますし、元気も出てきます。
どうにもならないことがあるおかげで、今、元気になれるのです。
過ぎ去ってしまった過去は、もう変えられません。
タイムマシンはありません。
しかし、未来なら、今の自分しだいでつくっていけます。
「もう終わりだ……」と思うのではありません。
「まだこれからだ!」と思うのです。
日が暮れれば夜になり、それで人生が終わるわけではありません。
日が暮れれば夜になり、また明日がやってきます。
雨の日も風の日も、必ず明日がやってきます。
時間は、止めたくても、止められません。
これが、時間の素晴らしい点です。
時間が前向きに進んでいるのですから、自分も前向きになりましょう。
これからの未来に、目を向けるのです。
終わった過去を考えても、仕方ありません。
もう過去のことは、忘れましょう。
終わった過去を考えるなら、これからの未来のことを考えるほうが、生産的です。
これを「未来志向」といいます。
「さあ、これからだ!」という意気込みです。
今までは大変だったかもしれませんが、これから楽しく生きればいいのです。
これから積極的に勇気を出していけばいいのです。
人生は、素晴らしい。
生きられる時間は、まだたくさんあります。
これからの自分しだいで、未来を明るくできます。
行動するにつれて、未来は、もっともっと明るくなるでしょう。
これからの生き方が、大切なのです。
自分の人生は、不幸すぎると言う人がいます。
ほかの人と比べて、努力が報われなかったり、不運に見舞われたりすることが、多いような気がします。
うまくいかないことが多ければ、自分の人生を恨みそうになるでしょう。
しかし、不幸を感じる本当の理由は、不幸そのものが原因ではありません。
欲を持ちすぎていることが原因です。
「あれも欲しい。これも欲しい」という欲が強いので、思いどおりにならないことがあると、不幸が目立ちます。
不足や不満ばかりを見ていれば、誰でも自分が不幸だと感じるでしょう。
「不幸すぎる」と言っている人ほど、実は欲が深いのです。
満たされていることには目を向けず、不足していることばかり目を向けています。
欲深い考えを持っていれば、誰でも「自分の人生は不幸すぎる」と思います。
本当に、不幸になります。
逆の考え方をするのです。
「自分の人生は幸せすぎる」と考えてみましょう。
そう思えなくても、そう思い始めることが大切です。
自分の人生がどうであろうと、まず今の自分は幸せすぎると考えてみます。
自然と、人生に対する見方が変わります。
自分がすでに恵まれていることに気づくようになり、心地よい気分になります。
不足より、満たされていることに目が向くようになるため、幸せを感じやすくなるのです。
自分の人生は、幸せなほうだと思いますか。
少し考えてみましょう。
さて、今、どのような比べ方をしましたか。
おそらく世間一般を基準にして確かめようとしたのではないでしょうか。
自分の状態は、世間の平均と比べて恵まれているほうであるか、考えようとしていたはずです。
ほかの人より恵まれていれば、幸せを感じます。
ほかの人より恵まれていなければ、不幸を感じます。
多くの人が考えやすい方法なのですが、これが罠です。
幸せになれない原因です。
たしかに幸せを感じられる面もありますが、一時的です。
世の中、上には上がいるからです。
自分よりお金持ちはいますし、自分より若い人もいますし、自分より外見のいい人もいるでしょう。
人が感じる不幸は、比較から発生します。
比較の世界にいると、いつも周りの様子が気になり、落ち着かず、不安で、安心できません。
上には上がいますから、比べているかぎり、必ず不満を感じることになります。
比較では、真の幸せを感じられないのです。
本来、幸せとは、比べるものではありません。
自分が、どう思うかです。
今この瞬間、自分の心が満足しているかどうかです。
自分が主人公である人生は、自分がどう思うかが、いちばん大切です。
自分が「楽しい」「面白い」「好きだ」と思えば、すべて正解です。
比較がないため、不幸を感じることもありません。
自分が「いいなあ」と思えば、幸せです。
世の中には、幸せがたくさん存在していることに気づくでしょう。
生きるのが楽しくなります。
自分の素直な気持ちを基準にしたとき、真の幸せが得られるのです。
明るい未来をつくるときには、コツがあります。
「未来は必ず明るくなる」と思うことです。
「未来が暗くなるかもしれない」と思うふしがあっても、あえて考えないことです。
考えそうになったら、顔を振ったり別のことを考えたりして、気持ちをなだめましょう。
未来は明るいことを考えるから、明るい気持ちで発言したり行動できたりします。
「くよくよ」を取り除き「わくわく」を引き寄せる力があります。
「もやもや」を追い払い「すっきり」を招く力があります。
「引っ込みがちな態度」から「自分から進んで物事に働きかける態度」へと変わります。
結果として、本当に明るい未来がやってくるのです。
「未来は必ず明るくなる」と考えることが、明るい未来をつくる第一歩です。
さて、ここでひとつやっていただきたいことがあります。
「未来は必ず明るくなる」と書いた紙を、自分の部屋に貼ってみましょう。
これはよく効きます。
自分の部屋ですから、視界に入るたびに「未来は必ず明るくなる」と考えることになります。
強く意識しなくても「未来は必ず明るくなる」と考える回数が自然と増えるので、頭も自然とポジティブになります。
ぜひ試してみましょう。
たったこれだけで、明るい未来がくるのです。
道端で、つまずいて転んでしまいました。
振り返ってみると、足元に段差がありました。
普通に考えれば、転んだ原因は、足元の段差であると思います。
しかし、違うのです。
本当の原因は、疲れです。
疲れがたまると、足元の段差を見落としやすくなり、つまずきやすくなります。
疲れのため、よろけた体勢を立て直す余裕もなく、転んでしまうのです。
大切なのは、転んだ後にする行動です。
転んだことによる遅れを取り返そうと思い、焦って急ぐのは良くありません。
疲れのせいで、また転ぶことでしょう。
つまずいて転んだら、少し一休みです。
疲れが原因ですから、回復が優先です。
心と体を休ませてから、また歩き出せば、次からは問題なく歩めるようになります。
人生でも同じです。
何かにつまずいたとき、出来事が悪いのではありません。
足元の段差に気づかないくらい、疲れている状態がいけないのです。
一生懸命になりすぎています。
人生の遅れを取り戻そうとして、無理をして急ぐのではありません。
無理をして急ぐと、また転んでけがをするでしょう。
人生で焦ったら、危ないです。
そういうときこそ、休憩です。
「休憩などしていられない」と思えば、ますます休憩が必要です。
自制心を失っている状態です。
大切なことを見落として、取り返しのつかないことになる場合もあります。
しっかり心と体を休ませて、疲れを取り、落ち着きを取り戻しましょう。
きちんと休んでからまた歩き出せば、問題なく歩めるようになります。
涙を、今すぐ流そうと思っても、流すことができません。
涙は、いつでも流せるものではありません。
涙が出るのは、どういうときでしょうか。
悲しいことがあったときや、懸命の努力が報われたときなどです。
悲しいことがあったときには、悲しい涙を流します。
懸命の努力が報われたときには、嬉しい涙を流します。
思いが胸いっぱいになってあふれたとき、涙がこぼれます。
涙が出そうになったとき、我慢するのは良くありません。
涙は、流すためにあります。
たくさん涙を流すのは、弱いからではありません。
いろいろな深い経験をする機会が多いから、よく涙を流します。
すなわち、涙の数が多いほど、貴重な経験もできていることになります。
人生では、涙を我慢するのではありません。
逆です。
涙を流す機会を増やす努力が必要です。
人の気持ちが理解できるようになったり、自分の夢を実現しやすくなったりするからです。
涙の数だけ、大人になれます。
泣くことが少ない人より、よく泣く人のほうが、人生を深く味わっています。
泣き虫ほど、大きく成長できるのです。
なかなかうまくいかなくて、もどかしいと感じるときがあります。
行動の結果は、すぐ出るとは限りません。
結果が出るまでに時間がかかり、もどかしい時間を過ごすことがあります。
「早く結果が出ないかなあ」と思いますが、ちょっと待ってください。
早く結果は出なくていいのです。
結果は、早く出ないほうがいいのです。
助走の時間だからです。
人生は、走り幅跳びです。
うまくいかない今の時間は、助走の時間です。
助走の時間が長いほど、進む勢いが増し、高く遠くへ跳んでいけるはずです。
「早く結果が出てほしい」と思いますが「むしろまだ結果は出ないでほしい」と思うくらいでいいのです。
うまくいかない時間は、短くするものではなく、長くするものです。
うまくいかない時間を過ごしているあなたは、いい助走をしています。
その調子です。
自分で自分を褒めながら、うまくいかない時間を、もうしばらく楽しみましょう。
ある日、一気に飛躍します。
遅れを取り戻すどころか、想像以上の飛躍ができるのです。
人生は、掛け算です。
人によって、チャンスに恵まれている人がいます。
生まれた家がお金持ちであったり、生まれた土地の立地条件がいい場所であったりなどです。
偶然、いい学校やいい先生やいい友人に恵まれることもあるでしょう。
偶然、目の前に好みの人が現れることもあるでしょう。
チャンスがたくさんあるなら、自然と夢も実現しそうですが、そうとは限りません。
どれだけチャンスがたくさんあっても、行動がゼロなら、実現もゼロです。
チャンスは、行動があって、初めて生かされます。
その一方で、生まれつき、チャンスに恵まれない人もいます。
家が貧乏であったり、生まれた土地の立地条件が悪かったりなどです。
いい学校や、いい先生やいい友人に恵まれないこともあるでしょう。
目の前に好みの人が現れないこともあるでしょう。
嘆く必要はありません。
チャンスが少ない状態でも、きちんと行動すれば、夢は必ず実現します。
自分から積極的に発言したり行動したりすることで、自分から可能性をつくることができるからです。
チャンスがなければ、行動力です。
チャンスと行動力が掛け合わされ、実現力が決まるのです。
生まれつきの病に苦しむ人がいます。
いわゆる持病です。
完治が難しい、慢性の病気のことです。
すぐ治ればいいのですが、なかなか治らない病だからこそ、悩まされるものです。
「この病気さえなければ、自分の人生はどれだけ楽になることか」と思うでしょう。
のほほんとしている無病の人が、うらやましくてたまりません。
自分の人生を恨みそうになりますが、恨んだところで、どうしようもありません。
恨めば恨むほど、自分と人生が卑屈になるだけです。
本当のことを言えば、1つくらい持病があったほうがいいのです。
持病があるほうが、自分の体に注意が向きやすくなるからです。
治りにくい持病があるからこそ、健康の素晴らしさを痛切に感じることができます。
持病がある人は、健康な人より、健康の素晴らしさをよくわかっています。
だからこそ、食事や運動など、生活習慣を改善する気持ちも強くなります。
その結果、健康な人より、かえって長生きできるようになります。
持病ときちんと向き合えば、長生きのチャンスに変えることができるのです。
不運に見舞われると、自分の人生に不幸を感じます。
たしかに運悪く自分の身に不幸が降りかかると、そのときは大変でしょう。
元気がなくなりますし、対処にも時間がかかります。
誰でも、運のいい人生にしたいと思います。
しかし、人生では、多かれ少なかれ、不運はあるものです。
運がいいときもあれば、運の悪いときもあります。
不運を悲観していても、実りはありません。
考え方を変えましょう。
不運に見舞われたのではなく、話のネタができたと考えるのです。
不運に見舞われたときには大変ですが、しばらくすれば、必ず話のネタになります。
落ち込みが軽くなり、前向きになります。
不運に見舞われることが多い人ほど、興味深い話がたくさんできるでしょう。
運の悪い出来事がひどいほど、深い話ができるでしょう。
落ち込むことはないのです。
前向きになれば、トラブル対処へのモチベーションも上がるのです。
楽しい気分になるのは、比較的、簡単です。
明るい音楽を聴けばいいだけです。
オーディオ機器のスイッチを入れれば、明るい音楽が流れ、自然と楽しい気分になれます。
人生に、音楽は欠かせません。
しかし、難しいのは、嬉しい気分です。
「楽しい気分」と「嬉しい気分」は、似ていますが、少し違います。
いくら音楽の力とはいえ、嬉しい気分になるメロディーは、少し難しいのではないでしょうか。
嬉しい気分になるときと言えば、大きなことを達成したり、誰かに褒められたりしたときですね。
そうした出来事が、都合よく、いつも起こるものではありません。
音楽のように、スイッチ1つで嬉しい気分に浸れる方法はないのでしょうか。
実は、あるのです。
過去に嬉しかった出来事を、見直したり思い出したりすればいいのです。
過去に体験した嬉しい出来事を見直すことができれば、今すぐ嬉しい気持ちになれます。
たとえば、自分が過去に達成できた具体的な実績です。
高得点の成績表、メダル、トロフィー、感謝の手紙などです。
過去を振り返れば、1つや2つ、あるはずです。
いつでも嬉しい気持ちになれるように、カバンや財布の中に入れておくといいでしょう。
カバンや財布を開けるたびに視界に入り、思い出されます。
やる気や元気が出て、たちまちパワーが出てくるのです。
朝いちばんの仕事は、就業前に始まります。
それが、満員電車です。
都会の満員電車は、もはや体力勝負。
缶詰め状態であるうえ、酸素濃度も薄く息苦しくて、この世の地獄ではないかと思います。
しかし、満員電車は、満員電車と思ってはいけません。
満員電車と思うから、生き地獄のようにつらく感じます。
自分は不幸のどん底にいるような錯覚に陥り、苦しくなります。
では、どうすれば、つらくて苦しい満員電車を楽しめるのか。
満員電車は、ジムだと思うのです。
心と体を鍛える場所。
満員電車をジムだと思えば「苦しくても当たり前。このくらいでちょうどいい」と思えるようになります。
受け止め方が変わるだけですが、ストレスの感じ方が和らぎます。
満員電車をジムだと考えるだけで、ストレスが、適度な刺激に変わるでしょう。
満員電車にゆらゆら揺られながら、トレーニングだと思って、前向きに耐えるのです。
駅に停車する時間は、休憩時間です。
ほかの乗客は、ジムで一緒にトレーニングをする仲間だと思えばいい。
「一緒に頑張ろう」と思うことです。
自分だけではつらくても、仲間がいれば、心強く感じます。
誰でも勉強すれば、簡単に取得できる資格があります。
「1週間勉強するだけで大丈夫」「少し勉強すれば、誰でも取れる」といううたい文句です。
1つでも資格を持っていれば体裁が整うと思い、とりあえず試験を受けようと思います。
もちろん無駄にはならないでしょう。
簡単に取れる資格とはいえ、成功は成功です。
1つでも資格を持っていれば、自分に自信もつきます。
勉強することで、新しい知識が身につき、見識も広がるに違いありません。
だからとはいえ、簡単だという理由だけで資格取得に励むのは、要注意です。
無駄になりませんが、無駄が多くなります。
自分のやりたいことではないからです。
自分のやりたいことではないため、取得しても、活用する場面が少ないです。
短期で見てよくても、長期で見ると、人生の無駄になりやすいのです。
「すぐ取得できる資格」で、人生を踊らされないことです。
本当に自分に必要な資格かどうか、いま一度考えることが大切です。
簡単だから、取ろうとするのではありません。
自分がやりたいかどうかで、決めるのです。
自分がやりたい道が厳しい道に必要な資格なら、難易度にかかわらず、進むべきです。
お金、時間、体力など、最も有効に活用できます。
私たちは、模様に囲まれて、生きています。
実感が湧きにくいのですが、本当です。
周りをよく見てみると、あらゆるものに、何らかの模様があります。
たとえば、壁を見てみましょう。
不思議な模様があることに気づくことでしょう。
まだまだ、ほかにもあります。
洋服、コップ、テーブル、携帯電話、バック、財布、洋服、皮膚なども、そうです。
きちんと注意を向ければ、ほとんどの物に、模様があることに気づくはずです。
もちろん完全に無地も存在しますが、少ないことでしょう。
模様とはいえ、さまざまなバリエーションがあります。
そうした模様を見て、楽しむのです。
感動とは、大げさなことではありません。
「へえ」と思うだけで、感動です。
「へえ。不思議な模様だな。変わった模様だな。きれいだな」と、思うだけでいいのです。
種類は無限に存在しているため、楽しみも無限に秘めています。
有名画家の絵画を見るだけが、芸術鑑賞ではありません。
身近な模様を見て楽しむことも、芸術鑑賞です。
人生では「気づき」が大切です。
私たちの日常は、素晴らしい芸術に囲まれています。
人生は、素晴らしい。
模様という素晴らしい芸術に囲まれて、生きています。
見逃している模様の素晴らしさに気づけば、これからの人生模様もずいぶん華やかになるはずです。
「しなければならない」という考え方は、元気を奪います。
義務や強制を感じるからです。
むちでお尻を叩かれているようで、苦しくなるのです。
たとえば「勉強をしなければならない」と思うと、モチベーションが下がります。
他人から命令されているようであり、逆に勉強がしたくなくなります。
「言われたからやっているだけ」という無責任な態度にもなりがちです。
いやいややっているから、なおさら頭に入らなくなり、勉強が大変だと感じます。
悪循環です。
だからとはいえ、仕事を避けるわけにはいきません。
そういうときは、考え方を変えるのです。
「しなければいけない」と思いそうになれば「してみたい」に変換です。
仕事の「本質」は変わりませんが「感じ方」が変わります。
たとえば「勉強をしなければならない」というフレーズを「勉強をしてみたい」と言い換えてみましょう。
勉強をすることには変わりありませんが、印象がずいぶん変わります。
好きだからやろうとするニュアンスに変わるため、モチベーションも上がりやすくなるのです。
考え方は、人生そのものです。
行動するモチベーションに強く影響し、生き方も変わり、人生も変わります。
いま一度、自分の考え方を改めてみましょう。
誕生日を迎えた人に「おめでとう」と祝うと、意外な返事が返ってくることがあります。
「祝わなくてもいいよ。誕生日のことは忘れてほしい」
「誕生日が嫌だ。これ以上、年を取りたくない」
年齢が上がったことに対して、ネガティブな返事が返ってくるのです。
たしかに年を取れば、しわも白髪も増えます。
筋力が弱ったり、視力や記憶力が落ちたりするでしょう。
自分の価値が目減りしているようで、落ち込むのです。
気持ちはわかります。
しかし、誕生日を迎えることは、悲しいことではありません。
誕生日を迎えた人には「おめでとう」と祝うのが定番ですね。
忘れていませんか。
誕生日を迎えた人に「おめでとう」と祝う、本当の意味を。
いま一度「おめでとう」と祝う本来の意味を、思い出してみませんか。
誕生日とは、単に、誕生した日を記念する祝いだけではありません。
「今日まで長く生きてこられて良かったね。年を取れることは素晴らしいことだよ。おめでとう」という意味です。
年が取れることは、素晴らしいことです。
世の中には、年を取りたくても、取れなかった人がいます。
思いがけない事故に遭い、早くにこの世を去った人々です。
もっと長く生きて、やりたいこともあったでしょう。
叶えたい夢もあったでしょう。
しかし、事情のため、すべて、叶わない夢になりました。
そうした人に比べれば、なんと恵まれているのでしょうか。
生きていれば、つらいこともありますが、楽しいこともあります。
1日でも、長く生きられることは、素晴らしいことです。
幸せなのです。
だから、誕生日に「おめでとう」と祝うのです。
窓を開けて外を見ると、雨が降っていました。
こうした天気を見て、普通私たちは「天気が悪い」と言います。
日当たりは悪いです。
外を歩くときには傘が必要です。
どんよりした天気のように、気持ちもどんよりします。
しかし「天気が悪い」という言い方は、雨に対して失礼です。
雨は、悪くありません。
むしろ雨は、私たちにとって、なくてはならないものです。
地球の大切な循環の1つです。
雨のおかげで、水を飲むことができたり、草木が育ったりします。
雨が降っていれば、こう言うのです。
「今日は、いい天気だ」と。
今日1日を元気に過ごすための、魔法の言葉です。
雨に対する考え方が変わります。
雨のおかげで、水が飲めるようになりますし、草木は大喜びをします。
傘をさして歩くとき、いつもとは違った雰囲気を楽しめます。
恵みの雨です。
雨を肯定することは、自分たちの存在も肯定することになります。
雨の恩恵を考えると、いい天気だと言えるではありませんか。
雨を喜びましょう。
明るい天気だなと思えば、気持ちも明るくなります。
「だから」の後に続く言葉で、人生が変わります。
「だから」の後には、どういう言葉を思い浮かべますか。
「だからやらない」が最初に思い浮かんだ人は、要注意です。
「だからやらない」が口癖になると、何でも行動しなくなります。
条件の悪さを言い訳にして、うまく逃げられるようになります。
「だからやらない」は、人生の可能性を制限させる口癖です。
では、どういう口癖がいいのかというと「だからやろう」です。
「だからやろう」は、魔法の言葉です。
悪い結果や条件を、長所やメリットに変えることができます。
条件の悪さを言い訳にして、行動してしまうのです。
失敗したときは「だからやらない」ではなく「だからやろう」です。
失敗を踏み台にして、次の1歩を踏み出せます。
条件が悪いときも「だからやらない」ではなく「だからやろう」です。
悪条件を、自分が成長できるチャンスとして考えることができ、やる気が出てくるようになります。
何でも行動する理由にこじつける人は、人生を明るく生きられます。
そうとわかれば、さっそく習慣にしましょう。
1日1回は「だからやろう」と言う日課をつくります。
日課にしていけば、次第に前向きな考え方が身についていきます。
今日「だからやろう」と言いましたか。
もし、まだ言っていなければ、何かを口実にして、言ってみましょう。
海底トンネルをご存じですか。
海底トンネルとは、陸地をつなぐために、海の底を掘り抜いてつくられた、交通用トンネルです。
海の下ですから、太陽の光は、まったく当たりません。
これという風景はなく、現在地もわかりません。
暗くて、平凡な道が続き、これという面白さもありません。
しばらく進んでいると、出口が見えてきます。
地表に出ると、海を越えた遠いところまで来ていることに、驚くのです。
人生では、どん底に落ちている時期があります。
貧乏であろうと、孤独であろうと、真っ暗な時期はあります。
どん底に落ちているのではありません。
海底トンネルを進んでいるのです。
太陽の光は当たらず、暗い道のりです。
これという風景の変化もありません。
とにかく前に進むのです。
進まないと、光も見えてきません。
暗くて平凡な道のりですが、諦めずに進んでいれば、必ず出口の光が見えてきます。
海底トンネルがそうであるように、人生のどん底も上がったときに、遠いところまで移動できていると気づきます。
落ち込んでいる時期には、大きな意味があります。
たとえ真っ暗であろうと、出口があることを信じて、進み続けることが大切なのです。
人生では、同じところをぐるぐると回っている感覚に陥ることがあります。
部活では、同じ練習を、繰り返す毎日です。
復習では、一度習ったことを繰り返します。
仕事では、同じ作業を反復する日々が続きます。
成長として、まず想像するのは「右肩上がり」です。
折れ線グラフで、右に行くにつれて線が上がっていく様子は、見ていて興奮します。
すればするほど、成績が良くなる状態は、実感が得られます。
一方、淡々とした繰り返しの場合、右肩上がりが感じられません。
同じところをぐるぐると回って、前進していないように思えるからです。
「本当にこれでいいのか」と不安になります。
しかし、前に進んでいないと思うのは、誤解です。
成長の階段は、必ずしも右肩上がりとは限りません。
らせん状の階段もあるのです。
たしかに自分の位置から見ると、ぐるぐると同じところを回っているだけのように見えますが、客観的に見ると違います。
左右の位置は変わっていませんが、上下の位置が変わっています。
うずまきの形をした階段を、真上に向かって、上っているのです。
繰り返される作業には、意味があります。
同じことを繰り返すことで、頭ではなく、体に染み込んでいます。
きちんとした前進です。
繰り返されることは、らせん状の階段を上っているイメージが大切なのです。
人生で大切なことに気づく時期には、個人差があります。
たまたま読んだ本から学ぶ人もいれば、偶然の経験などから気づくこともあります。
早くに気づく人もいれば、遅くに気づく人もいるでしょう。
早く気づく分にはいいのですが、問題は遅くに気づいたときです。
気づく時期が遅いほど、諦めてしまいがちです。
「もう時期は過ぎた。今から努力しても、どうせ無駄だろう」と思うからです。
しかし、そう思ったところで、何かが良くなることはありません。
「どうせ今から努力しても無駄だ」と思うほど、どんどん自分が腐る一方です。
そういうとき、諦めない試合をするスポーツ選手を思い出しましょう。
大差がついているにもかかわらず、試合終了まで、諦めずに戦い続ける選手がいます。
「絶対に諦めない」という姿勢は、かっこいいです。
スコアで負けていても、諦めない心で勝っています。
だから、かっこいいです。
大逆転を目指す姿勢を続けているから、実際に大逆転という奇跡が起こります。
人生でも同じです。
今から努力しても無駄という人は、大逆転を夢見るのです。
大逆転を夢にすれば、やる気が出てくるはずです。
あっと言わせてやろうと思うのです。
その姿勢は、無駄ではありません。
諦めない姿勢を、見せ続けます。
「諦めないことは大切である」と、世間に知らしめるチャンスです。
諦めずに努力する姿を見た若い世代は、人生で大切なことに、早く気づくでしょう。
人生をふいにせず、努力したかいがあります。
諦めない人は、結果として、本当に大逆転を果たしてしまいます。
最高の人生ではありませんか。
「今から努力しても無駄だ」と思ったら、ヒーローになれる条件がそろっているのです。
人生を棒にするどころか、努力を始めるベストタイミングなのです。
人生では、近道で行きたいところですが、うまくいかないことがあります。
たとえば、大学受験に失敗して、浪人生活を過ごすような場合です。
再挑戦まで時間があり、人生では遠回りになります。
しかし、浪人とはいえ、必ずしも失敗とは言い切れません。
そのほうが、いい結果を生むこともあります。
寄り道と同じです。
買い物のとき、効率よく近道を通るのもいいですが、毎日そればかりでは、刺激が平凡です。
時間に余裕があれば、たまには買い物の帰りに寄り道も、悪くはありません。
目的以外の場所に立ち寄ると、意外な刺激があるものです。
新しい風景を楽しめたり、新しいレストランを発見できたりするでしょう。
少し歩く距離や時間が増えますが「楽しみ時間が増えた」とも考えることができます。
脱線が、買い物にプラスアルファの楽しみを生み出すのです。
近道ばかりが、人生ではありません。
近道だけが、正解とも限りません。
何かに失敗して、遠回りをしなくてはならなくなったとき、寄り道だと思うのです。
きっとその道の先には、意外な刺激があることでしょう。
予定外の刺激のおかげで、これからの人生にプラスアルファの楽しみを生み出すに違いありません。
「少し予定が変わるけど、面白そうな道だな」と考えましょう。
寄り道が、人生を面白くさせるのです。
好きなことをするのが、幸せになる法則です。
自分が好きなことで楽しめ、楽しんだ結果を通して、ほかの人を幸せにすることもできます。
自他ともに、幸せになれる最高の生き方です。
そんな中、ときどき次のようなお便りをいただくことがあります。
「好きなことをやればいいという話はわかりましたが、肝心の好きなことがわかりません」という内容です。
たしかに好きなことがわからなければ、好きなことに打ち込みようがありません。
多くの場合、過去を振り返れば、人生のどこかで好きなことをしているものです。
なんとなくやってしまうことがあれば、好きである気持ちの表れです。
しかし、いくら過去を振り返っても、好きなことが見当たらない場合もあります。
そういうときに、やるべきことは1つです。
今まで、やったことのない挑戦です。
過去を振り返ってもわからなければ、今まで経験した中には、好きなことはない証拠です。
今まで経験のないことをすれば、好きなことを発見しやすくなります。
「今まで経験したことのないことを経験する」とわかれば、行動の手がかりが見えてくるでしょう。
わからないから、じっとするのではありません。
わからないときこそ、新しいことに挑戦するのです。
バッティングセンターに、いったことはありますか。
バッティングセンターで、バッターボックスに入ると、いつも驚かされることがあります。
人間とは違い、機械が球を投げるため、球が飛んでくるタイミングがよくわからないのです。
いきなり球が飛んできて、驚きます。
身構えていないので、ボールを打ち返せません。
せっかくの1球を、無駄に見過ごすことになるのです。
しばらくすれば機械の動きが読めてくるのですが、慣れるまでに時間がかかります。
人生も、バッティングセンターと同じです。
「今からボールを投げますよ」と言ってくれません。
いきなり球が飛んできます。
「ボールが近づいてから身構えれば間に合うだろう」と思いますが、間に合いません。
あっという間に、目の前を通過します。
身構えていませんから、打ち返すこともできません。
ぼうっとしていると、球に自分が当たり、けがをすることもあるでしょう。
そういうものです。
大切なことは、常に身構えておくことです。
特別な瞬間だけ、身構えするのではありません。
人生に、練習はありません。
人生は、常に本番です。
人生では、常に身構えておく必要があります。
いつも構えている人は、ボールがいつ飛んできても、しっかり打ち返すことができるのです。
人生には「終わり」と呼ばれる節目があります。
部活や塾を辞めるとき、学校を卒業するとき、会社を退職するとき、離婚するときなどです。
終わりであるとわかれば、暗い感じがします。
それ以上、続きがないような気がします。
しかし、終わりと考えるから、終わりになるのです。
人生に、終わりはありません。
実は、人生におけるすべての「終わり」は「始まり」と言い換えることができます。
たとえば、部活や塾を辞めるのは、終わりではなく、始まりです。
辞めることで、新しい道を歩むことができるようになります。
自分が下した判断ですから、きっとより良い流れになるでしょう。
卒業も、終わりではなく、新生活の始まりです。
人生の大きな区切りを超えることで、新しい生活が始まることでしょう。
会社を退職するときや離婚するときも、第2の人生の始まりと考えることができます。
今までとは違った風景が広がり、新たな人生の幕開けです。
始まりであると考えることで、過去を踏み台にして、ステップアップのイメージをつくれます。
あらゆる出口は、入り口でもあります。
今、直面している終わりは、何ですか。
終わりは、始まりと言い換えると、きっともっと明るくなれます。
人生で最も難しい人間関係は、親子関係です。
最も身近であるため、最も感謝を忘れやすく、関係がこじれやすくなります。
親という恥ずかしさもあり、仲直りもしづらいのです。
もし、親との関係がうまくいけば、ほかの人間関係もうまくいきます。
最も難しい人間関係に対応できるのですから、誰とでもうまくいきます。
では、人生で最も乗り越えるのが難しい困難は、何でしょうか。
死ぬほど憎んでいる人を、許すことです。
少し許すのではなく、完全に許します。
これがいちばん難しいです。
自分が、いちばん憎む人を思い浮かべてみましょう。
「この世からいなくなってほしい」と思う人物です。
過去に何らかの大きなトラブルがあり、心の底から、強い抵抗感を抱くようになった人です。
誰かを憎むことは、体力や気力を、使います。
他人の不幸を念じると、実は自分が不幸になります。
「許さない」「死んでしまえ」という気持ちを抱き続けると、人相も悪くなり、かえって自分が不幸になるのです。
だからこそ、いちばん憎んでいる人を許すことが、幸せにつながる道になります。
もし許すことができれば、人生はとても楽になります。
最も乗り越えるのが難しい困難を乗り越えられれば、ほかのささいなことも、許せるはずです。
最も自分を苦しめる気苦労が次々となくなり、心が軽くなります。
最も乗り越えるのが難しい困難に、挑戦です。