子どものころ、野原で動きのないチョウを見つけました。
動きがありません。
死んでいるものと思って、触ろうとした瞬間です。
人生では、後になって過去の行為を悔やむことがあります。
後悔です。
後悔はないほうが、いいに決まっています。
どうすればいいのかわからないとき、経験者に相談することがあります。
親、先生、親しい友人などに相談することでしょう。
ミスや後悔を減らすために、よく知っている人の意見を参考にしたいと思うのは、自然です。
「勢い」という言葉に対して、悪い印象を持つ人がいます。
たしかにいつも勢いばかりでは、問題を引き起こしやすい人生になります。
周りを顧みず、とっさに突き進もうとすると、判断を誤ったりミスが増えたりして、トラブルが発生するでしょう。
人生は、電車のようです。
人生で歩むべき道は、線路のように、あらかじめ存在しています。
小学校、中学校、高校、大学を、問題なく卒業する。
あなたは器用ですか。
それとも不器用ですか。
世の中は、器用を称賛する風潮があります。
人生では、逃げたくなる人がいます。
怒りやすい人や怖い人からは、身の安全のため、逃げたくなります。
そりの合わない人や嫌いな友人とは、一緒にいるといらいらするので、距離を置きたくなるでしょう。
思うようにならないことがあって、やけになるときがあります。
いらいらして、投げやりになり、自分を粗末に扱うことです。
気持ちや力のコントロールが、全然できていない状態です。
毎日お風呂に入って体をごしごし洗ったとき、なにやら黒いかすが出ます。
垢です。
私たちの体は、毎日、少しずつ肌が入れ替わっています。
1日の終わりに、お風呂に入ります。
脱衣所で服を脱いだとき、自分の洋服をにおってみましょう。
汗のにおいがすることでしょう。
仲のいい友人とは、一生涯、付き合い続けたいと思います。
相性が合う友人は、人生の財産です。
仲がよければ良いほど、そう思うでしょう。
「批判」と「中傷」という言葉があります。
批判と中傷は、それぞれ意味が似ているように感じますが、実際は異なります。
批判とは、物事の真偽や善悪を根拠にして、厳しい意見を言うことを言います。
以前はテレビでよく見かけていた芸能人が、いつの間にか見かけなくなることがあります。
以前は引っ張りだこで活躍していたのに、今はどのチャンネルでも見かけません。
そんな消えた芸能人を、悪く言う人がいます。
最初からうまく生かせようと思うと、体に緊張が走ります。
初めてのことは、力の加減がわからなかったり、手順がわからなかったりするのです。
初めてだからこそ、気持ちも緊張するでしょう。
休日、朝起きたら、パジャマから私服に着替えます。
適当に着替えようと思いますが、どんな服を着るかが大切です。
特に出かける用事もないなら、平凡な私服に着替えることが多いのではないでしょうか。
何も予定のない時間に、そわそわし始める自分がいます。
自分が情けなくなったり、気分が悪くなったりして、心が動揺し始めます。
ぽっかりあいた予定表を見ると、自分が世の中から必要とされていないように感じます。
自分が選んだ選択にもかかわらず、あとからくよくよする人がいます。
「しなければ良かった。情けないな。やり直したい」と、いつまでも思い悩むのです。
それは、結果だけを見ているからです。
「旅行に行きたいな」
「もっと頭が良くなりたいな」
「あの人と付き合いたいな」
いつか自慢できる思い出といえば、どのような状況を想像しますか。
おそらく大事な場面を想像することが多いのではないでしょうか。
大事な試験本番、大事な試合本番などです。
私の友人の1人に、若くして亡くなった人がいます。
国際協力に関する仕事に従事する、20代の女性でした。
とある事故のため、ある日、亡くなりました。
夢に向かって一生懸命になるとき、独特の罪悪感に悩むことがあります。
夢の実現には、選択と集中が必要です。
必要なことだけを選択して、徹底する必要があります。
何かを決めることは、何かを捨てることです。
1つを選択したなら、それ以外を捨てることになります。
すべてを選択したいところですが、人生は、そううまくいきません。
親は、頼りがいがあります。
心の支えになり、困ったときは、資金の援助をしてくれることもあるでしょう。
親から愛情たっぷり注がれた人ほど、いつまでも親のそばにいたいと思います。
自分を変えることは、大きな時間が必要になるものだと思います。
時間がかかるだろうと思うから、本当に時間がかかります。
それは思い込みです。
疲れを感じたとき、どう思うかが大切です。
体は常に「思い」が先に来ます。
もう歩けないと思ったら、もう歩けません。
人間は、行動する前に、先に思いがあります。
歩く状態を、例に挙げます。
「歩く」という動作は、歩こうと思ってから、体が動き始めます。
「本気ですか」と尋ねられると、一瞬、答えに戸惑います。
本気だと言ってしまえば、後に引けなくなるため、ためらいます。
怖くて、なかなか本気になれないのです。
思考は実現する、と言われます。
夢の実現において、まず大切なのは、イメージです。
想像することで、脳が夢の実現に向けた思考回路へ変化します。
「成功できる人は、特別だ」
「学力のある人は、特別、頭のつくりが違うのだろう」
「夢が実現できた人は、特別な才能があったからだ」
大事な試合前、友人から「きっとうまくいくよ」と元気づけられたことがありました。
元気がないとき、友人からの励ましの言葉は、本当にありがたいものです。
嘘でも、お世辞でもいいから、無条件に元気づけてもらいたいときがあります。
子どものころ、野原で動きのないチョウを見つけました。
動きがありません。
死んでいるものと思って、触ろうとした瞬間です。
ぱたぱたと羽を羽ばたかせ、空に向かって逃げていきました。
死んでいたわけではなく、単にじっとしていただけでした。
じっとしていると、死んでいるように見えます。
チョウらしくありません。
チョウは、羽ばたくのをやめないから、輝いています。
羽ばたき続けているから、生きているように見えます。
人生でも同じです。
じっと止まっていると、死んでいるのかと誤解されます。
常に、羽ばたき続ける姿勢が大切です。
うまくいかなくてもいいのです。
とにかく上に向かっていこうとする様子を見せることです。
チョウがそうであるように、羽ばたく姿勢があると、輝きます。
元気であることがわかり、生きている様子がうかがえます。
歩みを止めないことが大切なのです。
人生では、後になって過去の行為を悔やむことがあります。
後悔です。
後悔はないほうが、いいに決まっています。
人生で1つも後悔がなければ、どれほど素晴らしいことでしょう。
しかし、後悔をしないように気をつけても、生きていれば、どこかで後悔してしまうものです。
物事の善悪や成否は、その瞬間は、わからないものです。
しばらくしてから「こうしておくべきだった」と、後悔することが多いものです。
完璧な人間はいません。
誰でも、1つは、後悔があります。
後悔は、否定しません。
大切なことは、出来事そのものではなく、どう受け止めるかです。
無駄のように思える後悔ですが、生かし方しだいです。
後悔を悔やむばかりでなく、その後の人生に生かせばいいのです。
今後のより良い人生の役に立てられれば、後悔も無駄にはなりません。
役立つように生かすことが、ポジティブ思考です。
「こうしておくべきだった」と後悔したことがあれば、次から気をつけましょう。
後悔を生かすことができれば、人生に無駄はなくなるのです。
どうすればいいのかわからないとき、経験者に相談することがあります。
親、先生、親しい友人などに相談することでしょう。
ミスや後悔を減らすために、よく知っている人の意見を参考にしたいと思うのは、自然です。
経験者による話は、有力な情報になることでしょう。
しかし、経験者によるアドバイスを、うのみにする人がいます。
参考にするのはいいですが、うのみは良くありません。
有力な情報とはいえ、絶対ではありません。
その人の年齢、性別、タイミング、キャラクターなどが関係していることがあります。
運が関係していることさえあります。
経験者による情報をうのみにすると、うまくいかなかったときが大変です。
強く信じていた分、裏切られた感覚が強くなり、強い怒りを感じます。
アドバイスした人のことを恨んだり憎んだりして、人間関係にひびが入るのです。
うのみにするから、いけないのです。
受け取った意見は、否定も批判もしません。
ありがたく頂いて、参考情報として活用します。
自分のことは、自分で決めることです。
周りからのアドバイスがあっても、最終的には自分で決めましょう。
自分で決めるから、人間関係を壊すことなく、自分らしい道を歩むことができるようになるのです。
「勢い」という言葉に対して、悪い印象を持つ人がいます。
たしかにいつも勢いばかりでは、問題を引き起こしやすい人生になります。
周りを顧みず、とっさに突き進もうとすると、判断を誤ったりミスが増えたりして、トラブルが発生するでしょう。
人とぶつかりやすくなったり、疲れやすくなったりします。
だからとはいえ、人生では、勢いが必要になる場面があるのもたしかです。
大切な場面では、勢いは大切です。
恋愛、受験、就職活動、結婚活動などです。
人生を決める大切な場面では、勢いは必要です。
勢いは、パワーです。
熱い情熱、行動力、自己主張です。
飛行機は、勢いがないと、飛べません。
勢いよく前に進むからこそ離陸ができ、大空へ舞い上がれます。
普段は嫌がられる強い自己主張も、大切な場面では、あったほうがいいのです。
勢いをつけたほうが、パワーが生まれます。
分厚い壁があっても、勢いがあれば、貫くことができるでしょう。
どうしても貫けないなら、空を飛んでしまえば、飛び越えてしまうことができます。
勢いしだいです。
「今がチャンスだ」と思ったら、とことん勢いをつけることです。
その勢いで一気に羽ばたき、壁を壊したり飛び越えたりして、人生を前に進めるのです。
人生は、電車のようです。
人生で歩むべき道は、線路のように、あらかじめ存在しています。
小学校、中学校、高校、大学を、問題なく卒業する。
大学を卒業した後、有名企業に就職して、お金持ちになる。
結婚して、子どもを出産し、大きな一戸建てを持つ。
世間一般では、幸せにつながる道だと思われています。
また、そうすべきだという風潮があります。
こうした常識的な道から少しでも外れると、仲間外れにしたり、叩かれたりする風潮があります。
「こうすべきだ。ああすべきだ」と世間が口を合わせて言っているものですから、幸せの道が1つしかないように思われます。
しかし、そうではないのです。
大多数が、必ずしも正しいとは限りません。
自分のやりたい仕事は、有名企業では実現しにくく、起業しなければ実現できないことかもしれません。
自分のやりたい道を突き詰める都合上、結婚や出産が難しくなることもあるでしょう。
転勤の多い仕事なら、一戸建てより賃貸住宅のほうがふさわしいでしょう。
幸せに通ずる道は、必ずしも1つではありません。
幸せへの道は、人の数だけ、存在しています。
幸せへの道は、あるのではなく、つくるものです。
自分のやりたい道が、世間の常識から外れていれば、振り切る勇気を持つことです。
本当に進みたい道なら、自信を持って進むべきです。
世間が納得する道ではなく、自分が納得する道を探すことです。
自分らしい道を探し、自分らしい歩み方で歩むことです。
泣いても笑っても、一度しかない人生です。
世間の常識に踊らされず、自分の信念を貫くことが、本当の幸せにつながる道なのです。
あなたは器用ですか。
それとも不器用ですか。
世の中は、器用を称賛する風潮があります。
たしかに器用であれば、細かい仕事もスムーズにこなせるでしょう。
要領よく進められるためストレスも少ない。
器用な人は、判断力・応用力に優れていて、振る舞いが洗練されています。
周りから「いいね」と褒められたり、自分の長所としてアピールできたりもするでしょう。
器用であればあるほど、より良い仕事ができるはずです。
一方、不器用な人は厄介です。
不器用な人は、動きがぎこちなく、仕事がスムーズにこなせません。
仕事が遅かったり仕事ができても質が低かったりして、ストレスを感じやすい。
不器用であることに劣等感を抱き、落ち込むこともあるでしょう。
「どうして自分はこんなに不器用なのだろう」と自分の遺伝子を憎むこともあるかもしれません。
しかし、不器用は、本当に短所なのでしょうか。
いいえ、違います。
不器用が短所というのは偏見です。
あくまで世間一般の考えにすぎません。
不器用も生かし方しだいで、長所に変えることができます。
不器用でも落ち込まないでください。
不器用なら、不器用を魅力にすればいいのです。
不器用を魅力にした映画俳優がいます。
口数は少なく、必要最低限の言葉しか話しません。
表情の変化は小さく、素朴な雰囲気がありました。
彼には「不器用ですから」という口癖があります。
「器用な役回りはできなくても、不器用な役回りなら誰にも負けない。不器用なら不器用を生かそう」
そうして彼は、不器用な役回りに徹しました。
彼は、不器用ならではの味を出しました。
不器用を演じるのは、不器用な人にとって得意分野です。
不器用らしさに磨きをかけ、不器用を演じる専門となりました。
その結果、数多くの作品に出演を果たし、見事スターの座まで上り詰めました。
不器用でも嘆かないでください。
嘆いたところで仕方ありません。
不器用なら、不器用を魅力に変えればいいのです。
どんな短所も、生かし方を変えれば、長所に変わります。
走るのが遅いなら、鈍足を武器にしましょう。
話がうまくないなら、口下手を武器にしましょう。
歌を上手に歌えないなら、音痴を武器にしましょう。
「そんなの無理だ」と言ってしまえばそれまでですが、発想を転換して工夫してください。
恥ずかしい気持ちを振り払えば、何でも長所に変わります。
不器用なら不器用らしく生きようではありませんか。
自分を変えるのではなく、もともとの自分を生かしましょう。
不器用も、素晴らしい魅力になるのです。
人生では、逃げたくなる人がいます。
怒りやすい人や怖い人からは、身の安全のため、逃げたくなります。
そりの合わない人や嫌いな友人とは、一緒にいるといらいらするので、距離を置きたくなるでしょう。
苦手な人から逃げていれば、トラブルを未然に防げます。
しかし、人生では、逃げられない人がいます。
自分です。
自分からは、どんなことがあっても、逃げられません。
生まれてから死ぬまで、一生涯、付き合い続ける人です。
自分が嫌になり、自分から逃げたくなることがあります。
気持ちをごまかしたり、夢を曖昧にしたり、やらなければいけない仕事を後回しにしたりなどです。
自分から逃げることで、何か見つかることはありません。
自分から逃げれば逃げるほど、人生が悪化したり複雑になったりします。
自分のために、良くありません。
本当に自分のためを思うなら、自分ときちんと向き合って、直視しましょう。
つらい気持ちになれば、なぜつらい気持ちになったのかを考えます。
そうすることで、気持ちのコントロールができるようになります。
自分と向き合うことで、自分の好きなことや得意なことが見つかります。
自分の長所がわかれば、将来の道を決める手がかりにできます。
生き方に不満があれば、どうすればいいのかきちんと考えます。
不満と向き合うことで、人生について考えるきっかけになります。
自分をごまかさないことです。
自分ときちんと向き合うほど、自分らしい生き方ができるようになるのです。
思うようにならないことがあって、やけになるときがあります。
いらいらして、投げやりになり、自分を粗末に扱うことです。
気持ちや力のコントロールが、全然できていない状態です。
やけになった行動の後には、必ず「後悔」が待っています。
しばらくして気持ちが落ち着いたとき「しなければ良かった」と、度が過ぎた行動を恥じるようになります。
これは人生の法則です。
やけになってした行動は、後悔します。
「自分は今、腹が立っている」と思えば、とりあえず小休止です。
無理をせず、何もしないのがいちばんです。
頭が冷えるまでじっとして、時間を置きましょう。
何もしないとはいえ、頭を冷やすための大切な行動です。
では、行動するときに必要なことは、何でしょうか。
冷静さです。
感情に左右されないで、落ち着いて考え、慎重に行動できる状態にあることです。
冷静に行動した先には、必ず達成感が待っています。
たとえうまくいかなくても、自分が判断したうえでの行動ですから、悔いはありません。
覚悟を決めて行動しているから、後悔がないのです。
行動は、やけになってするものではなく、冷静になってするものです。
このことを常に、心に留めておきましょう。
毎日お風呂に入って体をごしごし洗ったとき、なにやら黒いかすが出ます。
垢です。
私たちの体は、毎日、少しずつ肌が入れ替わっています。
新陳代謝という営みのおかげです。
人間は、およそ28日周期で、肌が完全に新しく入れ替わる体の作用があります。
お風呂に入って垢が出るのは、毎日、体が生まれ変わっている証拠です。
何気ないことですが、素晴らしいことです。
おかげで、私たちの肌は清潔な状態でいられ、健全な生活を送れます。
肌が毎日生まれ変わっているのは、人として毎日生まれ変わってほしいからです。
体の素晴らしい営みがあるのですから、自分も負けていられません。
自分も、毎日、常に新しく生まれ変わっていかなければなりません。
たとえば、勉強するだけでもいいのです。
新しい知識が入ってきたとき、昨日とは違った自分に生まれ変わっています。
新しい体験をするだけでもいいのです。
新しい体験によって、新しい記憶がつくられ、昨日とは違った自分に生まれ変わっています。
昨日と違った自分を毎日繰り返すことで、私たちはどんどん生まれ変わります。
古いか新しいかは、年齢ではありません。
昨日より新しい自分が、繰り返されているかどうかです。
昨日より新しい自分が繰り返されているかぎり、肌の新陳代謝のように、若々しさが保てるのです。
1日の終わりに、お風呂に入ります。
脱衣所で服を脱いだとき、自分の洋服をにおってみましょう。
汗のにおいがすることでしょう。
不潔な感じがしますよね。
汗のにおいがあまりしないほうが、清潔感があっていいと思いますが、そうではありません。
逆です。
実は、あまり汗のにおいがしないのは、よくない状態です。
行動していないからです。
じっとしていると、汗をあまりかかなくなり、においも小さくなります。
汗のにおいがあまりしない服は、1日の行動量が足りない状態です。
汗のにおいは、行動量のバロメーターです。
本当は、汗のにおいが強いほどいいのです。
行動すると体を動かしますから、汗が出ます。
一生懸命に考えたり悩んだりするときも、汗が出ます。
服がくさいのは、きちんと行動している証拠です。
汗臭いのは、理想的です。
1日の終わりに楽しむバスタイムは、結果を知る時間です。
脱衣所で脱いだ服をにおって、1日の行動結果を知ることができるのです。
仲のいい友人とは、一生涯、付き合い続けたいと思います。
相性が合う友人は、人生の財産です。
仲がよければ良いほど、そう思うでしょう。
「ずっと一緒にいようね」と思います。
しかし、いずれ別れが訪れます。
物理的に、距離が離れることもあります。
進学や留学など、勇気を持って新しい土地に向かうとき、物理的に距離が離れます。
精神的に、距離が離れることもあります。
考え方や意識などが成長した結果、友人と話が合わなくなり、一緒にいるのが苦痛になるのです。
前に進むとは、昨日の自分とのギャップをつくることです。
ギャップによって、友人との距離が離れてしまうのです。
向上心の強い人ほど、起こるべくして起こります。
疎遠になる友人を、無理に引き止めないことが大切です。
無理に引き止めようとすると、お互いにとって成長の妨げになります。
自然と疎遠になるのは、自然な形です。
ただし、悲しいことばかりではありません。
悲しい別れがあれば、次に新しい出会いがあります。
新しい出会いによって、自分の中に新しい刺激が入り、成長できます。
別れは、出会いの始まりです。
人生は、出会いと別れの連続なのです。
「批判」と「中傷」という言葉があります。
批判と中傷は、それぞれ意味が似ているように感じますが、実際は異なります。
批判とは、物事の真偽や善悪を根拠にして、厳しい意見を言うことを言います。
中傷とは、事実でない悪口を言いふらして、他人の評判や功績を傷つけることです。
決定的な違いは「根拠があるかどうか」です。
批判は根拠があって悪く言いますが、中傷は根拠なく悪く言います。
国会では、批判は許されますが、中傷は許されません。
国会で著しい中傷があった場合、名誉を傷つけられたとして、法的な話に発展することがあります。
しかし世の中には、批判と中傷の区別していない人がいます。
たとえば、テレビで活躍している人気アイドルを見て、中傷する人がいます。
「こんな中身のない歌を聞いて、誰が喜ぶのだろうか。迷惑だ。早く消えてほしい」
それは根拠がありません。
自分はひどい歌だと思うかもしれませんが、一方で多くの人が元気づけられて、生きる勇気をもらっていることでしょう。
根拠なく、一方的にののしっているだけです。
そういうことを言うほど、自分に跳ね返ってきます。
自分がいつも根拠なく悪く言っていると、世間とは、根拠なく悪く言う人たちであふれているものだと感じるようになります。
自分が行動したときも、根拠なく悪口を言われるだろうと恐れます。
世の中が悪く見えるようになります。
その結果、生き方が卑屈になり、実りの少ない人生になるのです。
いま一度、批判と中傷の区別をしたいところです。
自分が口にする言葉を振り返ってみましょう。
口にする悪口に、根拠があるでしょうか。
批判のつもりが、中傷になっていませんか。
批判は、状況によっては役立ちますが、中傷はどのような状況でも、役立ちません。
人生において、批判はあっていいですが、中傷は必要ないのです。
以前はテレビでよく見かけていた芸能人が、いつの間にか見かけなくなることがあります。
以前は引っ張りだこで活躍していたのに、今はどのチャンネルでも見かけません。
そんな消えた芸能人を、悪く言う人がいます。
「最近、あの人を見かけなくなったね」
「あの芸能人は、いつの間にか消えちゃったね」
残念な口ぶりで語られることが多い。
たしかに「消えた芸能人」という言葉には、明るい響きがありません。
消えた芸能人は「落ち目」「干された」といった印象が持たれがちです。
あるとき「あの人は今」の特集番組で消えた芸能人を久しぶりに見かけ「懐かしい、そんな人もいたね」と思われるのです。
しかし実際のところ、テレビで見かけなくなるのは珍しいことではありません。
そもそも芸能界は、消えるのが普通、テレビで見かけなくなるのが普通です。
芸能界は新陳代謝が激しい。
どんどん新しい人が現れては、古い人が消えていく世界です。
テレビの枠は限られているので、激しい競争があります。
一度もブレイクすることもなく芸能界を去った人も大勢います。
生き残っている芸能人より消えた芸能人のほうがはるかに多い。
たとえブレイクした芸能人でも、安泰とは限りません。
人気は水物です。
しばらくして人気が冷めると、大衆からそっぽを向かれ、あっさり消えるのです。
芸能人の多くは、いずれテレビで見かけなくなるのが普通です。
遅かれ早かれ、芸能界から消えます。
変なことでも珍しいことでもなく、むしろ一般的なことなのです。
人気のアイドルもブレイク中の新人も、今は世間をにぎわしていても、よほどの運や才能に恵まれないかぎり、いずれ消えるのです。
この理解があれば、消えた芸能人を悪く言えません。
本人に実力がなかったとは限りません。
普通のことが起こっただけです。
テレビ関係者から嫌われて消えた芸能人もいますが、そうでなくても、消えた芸能人は大勢います。
むしろ長年テレビに出続けている芸能人のほうが、よほど普通ではありません。
異例中の異例であり、極めて珍しい存在です。
特別な才能があり、時の運や時代の流れにも恵まれた結果です。
長年芸能界で活躍し続けている芸能人は「奇跡の人」と言っても大げさではありません。
芸能界から消えるのは、普通のことです。
芸能界にはさまざまな芸能人がいますが、その多くはいずれ見かけなくなります。
消えた芸能人を、悪く言わないようにしましょう。
最初からうまく生かせようと思うと、体に緊張が走ります。
初めてのことは、力の加減がわからなかったり、手順がわからなかったりするのです。
初めてだからこそ、気持ちも緊張するでしょう。
自然なことです。
自分だけ特別な状況ではなく、他の人にとっても同じです。
そこで発想の転換です。
「最初からうまくできるわけがないよね」という前提で、挑戦してみるのです。
もちろん人生に一度しかない状況もありますが、多くの場合、再挑戦できるものです。
運転免許の取得にせよ、資格取得の試験にせよ、好きな人への告白にせよ、再挑戦の機会があります。
最初は失敗するつもりでやろうとすると、自然と緊張が緩みます。
最初は、様子や具合を確かめるつもりで、当たってみればいいのです。
計画的に失敗します。
失敗する前提になると、失敗が怖くありません。
失敗すれば、もう一度挑戦できるので、よく身につくだろうと思います。
挑戦する勇気が湧いてくるのです。
予行練習にもなります。
2回目からは、1回目の失敗で得られた教訓や体験をもとに行動できるため、スムーズになります。
休日、朝起きたら、パジャマから私服に着替えます。
適当に着替えようと思いますが、どんな服を着るかが大切です。
特に出かける用事もないなら、平凡な私服に着替えることが多いのではないでしょうか。
ここが大切です。
あえて自分がいちばんお気に入りの服を、いきなり朝から着るのです。
勝負服です。
勝負服は、ここぞというときに着る、とっておきの衣服のことを言います。
勝負服を着ると、気持ちが明るくなったり元気になったりしますよね。
腰がぴんと伸び、気持ちがきゅっと引き締まります。
なら、普段から着ればいいのです。
勝負服は、特別な日しか着てはいけないルールはありません。
別に普段から着てもいいのです。
勝負服を着ると、勝負に向かいたくなります。
そもそも人生は、毎日が本番です。
毎日が本番と言うことは、毎日が勝負だと考えることができます。
平凡な1日だから、平凡な服を着るのは、元気になるチャンスを捨てています。
毎日、勝負服を着るから、毎日元気でいられます。
朝からテンションがぐっと上がります。
1日1日を、一生懸命に生きることができるのです。
何も予定のない時間に、そわそわし始める自分がいます。
自分が情けなくなったり、気分が悪くなったりして、心が動揺し始めます。
ぽっかりあいた予定表を見ると、自分が世の中から必要とされていないように感じます。
落ち着きがなくなったり、情緒不安定になったりするのです。
自分の心が弱いからではないかと思いますが、そうではありません。
向上心があるからです。
心の奥で「人生を無駄に過ごしている。もったいないな。何かしないと」という気持ちが眠っています。
無駄な時間を過ごしている気持ちがあるから、じっとしている状態に違和感があり、そわそわするのです。
そういう状態は、素晴らしいです。
1分1秒を無駄にしない、前向きな考えがあります。
そういう気持ちになれば、さっそくその気持ちに従って行動しましょう。
読書や勉強をして新しい知識を吸収すれば、見識が広がります。
軽くウォーキングも、いい方法です。
体を動かすことで筋肉も鍛えられますし、ストレス発散にもなります。
予定があいたとき、ぼうっとするのではなく、自分を磨く何かをする習慣です。
女性なら、エステティックサロンに行くのもいいでしょう。
美を磨くことも、意味のある時間です。
納得できる予定を入れて、納得できる人生を歩みましょう。
何も予定のない時間にそわそわすれば、行動するのみなのです。
自分が選んだ選択にもかかわらず、あとからくよくよする人がいます。
「しなければ良かった。情けないな。やり直したい」と、いつまでも思い悩むのです。
それは、結果だけを見ているからです。
結果だけを見ていると、結果によって、気分が左右されます。
うまくいけば明るくなって元気になりますが、うまくいかないときは暗くなって後悔します。
情緒が不安定になるのです。
それは意識の問題です。
後悔する必要はありません。
たとえ間違っていても「これで良かった」と考えるようにしましょう。
自分が選んだ選択は、くよくよしないと誓うのです。
意識や、考え方であり、習慣です。
絶対に後悔しないと誓えば、起こった現実に向き合わなければならない状況になります。
すると、間違っていても、抜けている点が見つかったと考えることができるようになります。
向き合うしかないため、前向きな発想ができるようになります。
これがポジティブ思考です。
改善点が見つかれば、失敗も失敗ではなくなります。
「失敗したけど、次からはうまくいくだろう」と考えることができます。
間違った行動をしない考えを持つのではなく、後悔しない考えを持つのです。
「旅行に行きたいな」
「もっと頭が良くなりたいな」
「あの人と付き合いたいな」
自分の希望を口にするのは大切です。
きちんと希望を口にすることで、相手にメッセージが伝わり、実現しやすくなります。
しかし、自分の希望を威勢よく言うのはいいのですが、それだけでは不十分です。
口先だけでは、現実は変えられません。
うわべだけの言葉が、むなしく響き渡るのみです。
せっかく口を動かす元気があるなら、あと少しです。
動かす部分を、少し変更しましょう。
動かすのは、口ではなく、体です。
動かす部分を、ほんの少し変えるだけで、実現の確率がぐっと上がります。
体を動かすことで、初めて現実が変わります。
せっかく口を動かす元気があるなら、体を動かすこともできるはずです。
実際に行動することで、初めて具体的な結果が得られます。
旅行の予定を立てるから、旅行に行けます。
勉強するから、勉強ができるようになります。
好きな人に話しかけるから、仲良くなれます。
行動することで、現実に変化をもたらすことができるのです。
いつか自慢できる思い出といえば、どのような状況を想像しますか。
おそらく大事な場面を想像することが多いのではないでしょうか。
大事な試験本番、大事な試合本番などです。
もちろんそうした場面も思い出になり、後になって自慢できるでしょう。
未来を決める大事な場面は、いつまでも心に残るものです。
しかし、いつか自慢できる思い出は、今この瞬間にもつくれます。
一生懸命になっているかどうかです。
一生懸命になっている時間は、いつでも自慢できます。
たとえば、試験前の勉強です。
試験に向かって勉強している時間でも、一生懸命なら、あとから自慢できます。
夢に向かっている、大切な一瞬だからです。
スポーツの大会前にする練習も、同じです。
練習の光景は平凡でも、一生懸命になっていれば、夢に向かっている大切な一瞬です。
淡々とこなす練習の積み重ねによって、技術が着実に身につきます。
夢に向かう姿も、夢の一部です。
思い出に残るのは、本番だけではありません。
光景の問題ではなく、気持ちの問題です。
今、一生懸命になっているかどうかです。
一生懸命になっていれば、その時間すべてが、心に残る思い出になるのです。
私の友人の1人に、若くして亡くなった人がいます。
国際協力に関する仕事に従事する、20代の女性でした。
とある事故のため、ある日、亡くなりました。
友人から急に連絡が入り、知りました。
即死だったそうです。
彼女だけではありません。
世の中には、生きたくても生きられなかった人が、ほかにもいます。
重い病を抱えて、短くしてこの世から去った人です。
生きられなかった人のことを考えるのは、不謹慎かと思いますが、考えておきたいことです。
もっと生きたかったことでしょう。
もっとやりたいことがあったでしょう。
しかし、事情により、早すぎる死を迎えてしまいました。
私たちは、今、生きています。
生きているのにベストを尽くさないのは、生きられなかった人に失礼です。
生きられなかった人の分まで、生きていかなければいけません。
もっと落ち込んだり、もっと泣いたりすべきです。
落ち込んだり泣いたりするのは、ベストを尽くした証拠です。
生きているのですから、大したことではありません。
生きられなかった人の分まで生きようとするのですから、それくらいでちょうどいいのです。
友人を亡くしたとき、つくづくそう思ったのです。
生きられなかった人のことを考えると、今抱えている悩みは、大したことではないのです。
夢に向かって一生懸命になるとき、独特の罪悪感に悩むことがあります。
夢の実現には、選択と集中が必要です。
必要なことだけを選択して、徹底する必要があります。
その一方で、遊ぶ時間を犠牲にしたり、友人と出かける時間を犠牲にしたりします。
目的達成に必要な労力や時間を捻出するために、仕方ありません。
このとき、どことなく悪いことをしている気分になることがあります。
遊ぶ時間をないがしろにしたり、友人をほうっておいたりする自分が、悪い人であるかのように感じます。
夢に向かって一生懸命になっているにもかかわらず、罪悪感があるのです。
その気持ち、よくわかります。
それは起こるべくして起こることです。
「犠牲」というキーワードが良くありません。
犠牲といえば、かけがえのないものを、無慈悲に捨てているような印象があります。
もちろん意図的に捨てようとしているわけではありませんよね。
もし「犠牲」という文字が浮かんだら、別の言葉で言い換えましょう。
「集中」です。
「犠牲ではない。集中しているのだ」と考えます。
すると、胸でうずまいていた罪悪感が、すっと消えます。
考え方がポジティブになり、堂々と夢に向かえます。
響きが良くなり、考え方がポジティブになるのです。
何かを決めることは、何かを捨てることです。
1つを選択したなら、それ以外を捨てることになります。
すべてを選択したいところですが、人生は、そううまくいきません。
選択するのはいいのです。
選択は、比較的、簡単です。
別に大したことではありません。
大変なのは、捨てることです。
ここで、多くの人がつまずきます。
何かを選択したのはいいのですが、ほかの選択肢も気になって捨てきれず、なんとかできないかと思います。
そう思っているうちに、時間が過ぎていて、ベストタイミングを逃します。
これが集中力を妨げる原因です。
私たちの人生は、有限です。
すべて手に入れたいところですが、すべてを実現するには短すぎる人生です。
すべて手に入れようとしているうちに、注意が散漫になり、何も手に入らなくなるのです。
何かを決めたら、それ以外は、潔く諦めることです。
夢の実現のため、本当に大切なのは、決める覚悟ではありません。
捨てる覚悟です。
捨てる覚悟がある人は、夢を実現できる人です。
どんどん集中できるようになります。
このとき、本当の意味で、選択と集中ができるようになるのです。
親は、頼りがいがあります。
心の支えになり、困ったときは、資金の援助をしてくれることもあるでしょう。
親から愛情たっぷり注がれた人ほど、いつまでも親のそばにいたいと思います。
しかし、いつまでもいてもらいたいと思う親ですが、現実は違います。
遅かれ早かれ、いつか必ず親はいなくなる日がやってきます。
自分よりずっと年上ですから、自分より早くこの世から去ることになるのです。
不謹慎なことですが、現実です。
いつまでも親にいてもらいたいと思っているほど、急に親がいなくなったとき、強い絶望感に襲われます。
大きなショックのため、立ち直りに時間がかかるでしょう。
大きな悲劇で足がすくみ、これからどう生きていけばいいのか、わからなくなります。
親がいるうちから、親がいなくなる準備が必要です。
親がいるうちから、わざと距離を作ったり、自活したりして、親がいない状態の準備をするのです。
決して親を否定しているのではありません。
子どもとしての、自立の準備です。
親に、自立できた子どもとして認めてもらうため、自立に向けて、じわりじわりと準備をします。
親に頼っていいのは、学生時代までです。
社会人になれば、自分でお金を稼いで、自分の力で生活する準備をしましょう。
もちろん学生のうちから自立心が強ければ、早くに親と距離を取るのは、悪いことではありません。
最初は大変かもしれませんが、段階を追って、1人で生きていける準備をします。
このことで、自立が、より促されます。
結果として、強く生きられるようになるのです。
自分を変えることは、大きな時間が必要になるものだと思います。
時間がかかるだろうと思うから、本当に時間がかかります。
それは思い込みです。
いつか変わろうとしていると、いつまでも変わりません。
いつか変わろうと思うのは、後回しにする習慣です。
後回しにすると、いつまでも着手しないものです。
本当は、それほど時間がかかりません。
今変わろうとすると、今すぐ変われます。
たとえば、今すぐテレビを消して、勉強机に座って勉強を始めましょう。
「遊びモード」から「勉強モード」に変われます。
今すぐ、新しい英単語を覚えてみましょう。
「知らない」から「知っている」に変われます。
今すぐ、大好きな音楽を聴いてみましょう。
「ローテンション」から「ハイテンション」に変われます。
ほら、それほど長い時間は必要ありませんね。
3分もあれば、できることですね。
すなわち人間は、3分あれば、変わることができるのです。
今すぐやろうという気があるかどうかです。
今すぐやろうとする気があれば、今すぐ変わることができるのです。
疲れを感じたとき、どう思うかが大切です。
体は常に「思い」が先に来ます。
もう歩けないと思ったら、もう歩けません。
考えが、諦めているからです。
諦めたら、そこで終わりです。
もう歩けないと思ってから、次に体が動かなくなります。
気持ちが弱ったら、体も弱ります。
心が折れたら、体も折れるのです。
体より、気持ちのほうが大切だということです。
まだ歩けると思えば、まだ歩けるのです。
気持ちがしっかりしているうちは、体もしっかりします。
気持ちが強くなれば、体も強くなるのです。
「私はまだ歩ける」と思ってみましょう。
根拠は不要です。
まず気持ちを、しっかり奮い立たせるのです。
ただそう思うだけで、人生を強く生きられます。
強い心を持つことで、体も強くなります。
行動力が活発になるのです。
人間は、行動する前に、先に思いがあります。
歩く状態を、例に挙げます。
「歩く」という動作は、歩こうと思ってから、体が動き始めます。
思ってから、行動しているのです。
単なる日常の話と思いますが、人間性を決める、重要なポイントでもあります。
何をするにしても「できない」と思う人がいます。
できないだろうと思っているため、何をするにしても、弱気です。
やる気が乏しかったり、気合が抜けていたりしています。
物事に対して消極的になっているため、本当にできません。
「できない」と思っていると、できない人間になるのです。
しかし、逆もあります。
何をするにしても「できる」と思う人がいます。
できるだろうと思っているため、何をするにしても、強気です。
やる気に満ちあふれていたり、気合が入っていたりします。
物事に対して積極的になっているため、本当にできるのです。
できると思う人間が「できる人間」になるのです。
世の中には「できない人間」と「できる人間」がいます。
その本当の違いとは「できないと思う人間」と「できると思う人間」です。
できないと思う人間が「できない人間」になり、できると思う人間が「できる人間」になります。
それだけです。
思いが、行動になり、人をつくるのです。
「本気ですか」と尋ねられると、一瞬、答えに戸惑います。
本気だと言ってしまえば、後に引けなくなるため、ためらいます。
怖くて、なかなか本気になれないのです。
本気は「ある」と「ない」の2種類で、考えるからいけないのです。
もちろんいきなり本気になれればいいのですが、難しいこともあるでしょう。
本気に「ある」と「ない」の2種類しかないと思うのは、先入観です。
2種類とは限りません。
2種類でなくてもいいのです。
最初は「1%の本気」です。
少しだけ本気になります。
1%だけ本気になって行動していくうちに、調子に乗っていきます。
部屋の掃除と同じです。
最初は軽い気持ちで、1カ所だけ掃除するつもりが、少しやり始めると、調子が乗ってきます。
達成感が得られると「ついでにここも」と思います。
「もう少しだけ」と思い、だんだんボルテージが上がります。
気づけば、本気になって掃除を始めているのです。
本気は最初、1%でいいのです。
1%の本気は、100%本気の入り口です。
1%が、じわりじわりと増えていき、気づけば100%の本気になっているのです。
思考は実現する、と言われます。
夢の実現において、まず大切なのは、イメージです。
想像することで、脳が夢の実現に向けた思考回路へ変化します。
頭で強く思い描いたことは、潜在意識まで到達します。
潜在意識まで到達すると、普段の日常生活でも、夢を前提に考えられるようになります。
私たちの日常は、選択の連続です。
いつも夢のことばかり考えていると、夢につながることを選択しやすくなります。
本、人、食事、運動など、夢につながるかどうかを基準に考えるようになります。
結果として、夢の実現に向かうのです。
強く想像すればするほど、実現しやすくなります。
ここで疑問に思うのが「どのくらい強く想像するか」です。
強く想像すると言っても、幅があります。
どのくらい強く想像するのかというと、夢に出てくるまでです。
深く、強く、熱心に考えます。
ついには、夢に出てくるくらいまで想像します。
夢に夢の話が出てくるというのは、なんと夢のある話でしょうか。
そのくらい考えていると、夢と現実の境界がなくなります。
寝ているときも、起きているときも、考えることになります。
24時間365日、考え続けていることになります。
普通、それだけ強く考える人はいません。
それだけ強く考える人は、必ず夢を実現できるのです。
「成功できる人は、特別だ」
「学力のある人は、特別、頭のつくりが違うのだろう」
「夢が実現できた人は、特別な才能があったからだ」
たしかに生まれつき特別な才能に恵まれた人もいるでしょう。
人それぞれ、先天的な一面があります。
中には生まれつき、特殊な能力がある人もいるでしょう。
特別だと思えば、自分がどんなに努力しても、無駄ではないかと思います。
しかし、実際、そうではありません。
先天的な能力とはいえ、実は大差はありません。
あの発明王のエジソンですら「発明には1%の才能しか必要ない」と言っています。
先天性も、才能も、微々たるものです。
では、なぜ、特別な人になれたのでしょうか。
簡単な話です。
「自分は特別な人間だ」と思い込んだからです。
特別な人間だと思い込めば、その瞬間から、特別になれます。
たとえば「自分は特別の努力家だ」と思ってみましょう。
努力家だと思い込めば、努力に力が入るようになります。
他人に迷惑をかける使い方はよくありませんが、自分を奮い立たせるため、もっと思い込むべきです。
「よしやるぞ」と思うと、いつもより力が入りますね。
「自分は特別な人間だ」と思えば思うほど、特別な力が湧き出てくるようになります。
思い込みも、力の1つです。
思い込んだ分、自分の中に眠る潜在能力が、発揮できるようになります。
特別な人をうらやんでいるばかりでは、夢は実現できません。
人をうらやましく思ったら、そのエネルギーや時間を、自分に向けましょう。
自分は特別な人間だと思い込んだ人が、特別な人間になれるのです。
大事な試合前、友人から「きっとうまくいくよ」と元気づけられたことがありました。
元気がないとき、友人からの励ましの言葉は、本当にありがたいものです。
嘘でも、お世辞でもいいから、無条件に元気づけてもらいたいときがあります。
励まされて、本当に、元気が出てきました。
人を元気づけたり、勇気づけたりするのは、難しいようで簡単です。
明るく前向きな言葉をかけるだけです。
そういう言葉をかけられたら、反論したり根拠を考えたりしないのが、マナーです。
根拠を考えると、話がもつれます。
励ましてくれた人の恩に報いるためにも「ありがとう。元気が出てきたよ」と、素直に言葉を受け止めます。
するとです。
人から励まされたことがきっかけで、ポジティブ思考のスイッチが入ります。
自分の内側にあるエンジンが勢いよく回り始め「そうだよね。きっとうまくいくよね」という調子が出てくるのです。
結果として、お互いが笑顔になり、元気になれます。
これが暗示の力です。
「その人を励ましたい。元気になってもらいたい」という思いがあれば、堂々と「きっとうまくいく」と話しかけるべきです。
大切な人に幸せになってもらうための、具体的な行動の1つです。
ですから、私が今からあなたに、暗示をかけましょう。
大丈夫です。
あなたには、これからもっと明るい将来が待っています。
この文章を読んでいるのは、未来に対して前向きになっている証拠です。
そういう努力をする人は、きっと報われます。
人生がうまくいき、楽しんでいる様子が、はっきり目に浮かんでいます。