お金もない。
仕事もない。
能力もない。
明るい場所から暗い場所に突然移動すると、真っ暗で何も見えなくなります。
「これでは何もできない。つまずいて転びそう」
どうしようもなく、何も行動できなくなります。
ときどき「希望がない」と嘆いている人がいます。
「人生に希望がない」
「生きる希望がない」
お金をなくした。
仕事をなくした。
大切な人を失った。
ダムの決壊は、常に小さなひびから始まります。
細部に注意を払わないとわからないような、わずかな細かい裂け目です。
そういう小さな裂け目が、いつの間にか大きな亀裂になります。
別れて苦しんでいるとき、こう考えてみませんか。
「絶望という絶景を楽しむ機会」と。
絶景といえば、高いところから眺めるものだと思っていないでしょうか。
元アメリカ大統領であったリンカーンは、大統領になる前に何度も転職の経験があります。
意外に知られていないことですが、失敗続きの人生でした。
雑貨屋として起業しましたが、うまくいきませんでした。
10代の学生が、うまくいかないと悩んでいる姿をよく見かけます。
そもそも10代は、失敗をする時期です。
たくさんの失敗をして、自分の得意・不得意・特徴などを見つける時期です。
ワインをつくるためには、大変長い年月が必要です。
1分で、ビンテージのワインはできません。
あるとしたら、偽物です。
「甘くておいしい薬」というのが市販されています。
飲みやすくて、薬というのを忘れてしまうほど、おいしい味がします。
しかし、そういうものに限って、効き目が薄いです。
つらいとき、悲しいとき、寂しいとき。
私たちは、心に切なさが立ちこめたとき、泣いてしまいます。
どうにもならない感情が押し寄せ、胸が締め付けられ、心が震える。
「無駄を省け」
「効率をよくしろ」
世の中では、無駄を排除する考えがはびこっています。
「先生に恵まれない」
「先生の教え方が悪い」
「学校にかようお金もない」
「もう最悪だ!」
「今が最悪のときだ」
「最悪の状況でどうしようもない」
鍵がかかっているドアがありました。
「鍵がないから、ドアが開けられないなあ」
あなたは鍵を持っていないので、ドアの向こうにいけないと諦めてしまいます。
「最低だ」
「最悪の状態だ」
「落ちるところまで落ちた」
あなたは突然1人になることはありませんか。
日常生活では、突然、1人を経験する瞬間があります。
「寂しい」
大好きだった恋人を失った。
大切な家が火事で焼けた。
人生、山あり谷ありです。
ごみ捨て場をのぞいてください。
ごみ捨ての際に、ごみ捨て場をのぞいてみると、捨てるに値しないような貴重な物が捨てられている光景を目にすることがあります。
「まだ使えるではないか。こんないいもの捨てるなんてもったいない」
夜に輝いていた小さな月は、昼間になると見えなくなります。
決して月が消えてなくなったわけではありません。
昼間は太陽がさんさんと輝いて空が明るすぎるため、月が見えなくなっています。
「あのころは楽しかったな。昔に戻りたい」
「未来はどうなるのだろうか。不安でたまらない」
過去と未来に不安を抱くことがあります。
リバーシは、ご存じですか。
2人が白と黒の駒を交互に置いて、自分の駒で挟んだ相手の駒を裏返して、自分の色の駒にするゲームです。
最終的に、どちらの色の駒が多いのかで勝敗を決定します。
「自分の親は最悪だ」
「世界で最低の親に違いない」
自分の親が本当にダメだと思うなら、実は自立ができるチャンスです。
人が成長するのは、追い詰められたときです。
私は追い詰められるのが好きです。
火事場のばか力という言葉がありますが、追い詰められたときには、思考回路もそういう状況になります。
私は大学受験に失敗をして、浪人をした経験があります。
愛媛の田舎から東京に出たい一心で、東京大学を目指して勉強していましたが、ダメでした。
浪人の勉強スタイルは、自宅浪人でした。
年を取るにつれて、叱られることが少なくなります。
子どものころは毎日叱られていたのに、年を取ると叱られる回数が急に激減します。
年を取るほど年下が多くなり、年上が減ってしまうからです。
「人間関係に悩んでいる人がいます」
私はサイトを運営していると、こうした内容の相談をよく受けます。
話を聞くと、十中八九「相手が悪い」という結論に行き着きます。
なかなか結果が出なくて、自分を疑うことがあります。
「勉強が向いていない」
「そもそも自分はばかなんだ」
「人生にこれ以上の絶望はない」
「まったく希望の光が見えない」
「最悪だ」
「もう自分の人生はダメだ」
人生がめちゃくちゃになり、希望も夢もなくなった人がいました。
お金もなくなり、家もなくなり、家族もいなくなり、もう生きている意味を感じていませんでした。
お金もない。
仕事もない。
能力もない。
友人も親友もいない。
そして、将来に夢も希望もない。
「もう人生が嫌だ。こんな状況になったのは神様に見放されたからだ!」
そう思うかもしれませんが、誤解です。
神様は、どんな最悪の状況でも、あなたを見放しません。
自分の振る舞いを振り返ってみてください。
こんな惨状になったのは、自分にも問題があるのではないでしょうか。
苦労を避け、努力を怠り、自暴自棄になった。
嘘をついたり、人を恨んだり憎んだり、仕事で手抜きをしたりなど、不誠実な言動も関係しているかもしれません。
目先の快楽を求めた先にあるのは、落とし穴。
そして自暴自棄の先にあるのは、大きな後悔です。
つまり、最悪の状況は、自分で引き寄せてしまっているのです。
たしかに親は選べません。
生まれや育つ環境など、自分でコントロールできない部分があるでしょう。
性別・外見・遺伝子など、生まれながらに決まっている要素もあります。
生まれた瞬間から、少なからず決まっている宿命があるのも事実です。
しかし、すべてコントールができないわけではないはずです。
覚えが悪くても、まったく覚えられないわけではないはずです。
覚えが悪いなら、人一倍努力すればいいだけです。
育った環境が悪く、不遇や不幸が多くても、自分で選べる選択肢もあるはずです。
選択肢は少なくても、限られた中から賢明な選択ができるでしょう。
お金がないとはいえ、ゼロではないはずです。
限られた資金の範囲で、より賢明な生き方は選択すればいい。
どんなに恵まれていなくても、少なからずできることがあるはずです。
なにより命があります。
命があるかぎり、時間があり、やり直しをするチャンスもあります。
どんなに泣いても、どれだけ絶望しても、また明日がやって来るのは素晴らしいチャンスです。
宿命は変えられませんが、運命なら変えられます。
崖からはい上がっていくイメージで、少しずつ上を目指して努力を積み重ねていきましょう。
自分にできる範囲から、こつこつ努力をしていくことです。
地獄にいるにもかかわらず、ひたむきに努力をする人を、必ず神様は見ています。
こつこつ努力をしていると、あるときからうまくいき始める瞬間があるはずです。
何をしてもうまくいかなかった状況が、急に好転し始める瞬間があります。
神様が助けの手を差し伸べてくれたのです。
神様は、どんな最悪の状況でも、あなたを見放さない。
「そんなに努力しているなら、チャンスをあげよう」と、貴重な幸運を与えてくれました。
希望を信じない人に希望はやってきませんが、希望を信じる人には希望がやってきます。
普通の人より立場が悪いなら、根性と負けん気ではい上がってください。
選択肢が限られていても、努力とチャレンジで新たな道を切り開きましょう。
真面目に努力する人がいると、神様は黙っておけず、助けの手を差し伸べてくれます。
神様は、どんな最悪の状況でも、あなたを見放さないのです。
明るい場所から暗い場所に突然移動すると、真っ暗で何も見えなくなります。
「これでは何もできない。つまずいて転びそう」
どうしようもなく、何も行動できなくなります。
たしかにしばらくは完全な闇に思えます。
ところがしばらく経つと、面白い出来事が起こります。
だんだん目が暗闇に慣れてきて、真っ暗と思えた暗闇の中に、かすかな光を発見するのです。
一度目が慣れると、数多くの光があることに気づくでしょう。
暗闇に目が慣れたとき、月の光がまぶしく感じる状態と同じです。
あなたの人生も同じです。
「未来は真っ暗。どうしようもない」
「絶望的な状況。どう生きていけばいいかわからない」
真っ暗に思える未来かもしれませんが、今はまだそう見えるだけです。
もうしばらく待ってみましょう。
だんだん目が慣れてきます。
すると、真っ暗と思えた未来にも、かすかな光があることに気づくでしょう。
絶望の状況では「未来が真っ暗」という悲観の声をよく聞きますが、実際のところ、完全に真っ暗な状況はあり得ません。
そもそも生きていることが、すでに1つの光だからです。
命という光があるなら、光は確実に1つは存在するので、完全な闇にはなりえません。
まだほかにも光があるでしょう。
自分が持っている、わずかな恵みに気づくことです。
そのかすかな光を大切にしましょう。
目が慣れると、かすかな光さえ、まぶしく感じるはずです。
ときどき「希望がない」と嘆いている人がいます。
「人生に希望がない」
「生きる希望がない」
「将来に希望がない」
将来に明るい見通しがなければ「希望がない」と嘆くのも仕方ないように思えます。
貧乏の家に生まれると、お金に苦労するでしょう。
家庭環境が悪いと、不幸を感じることも多いでしょう。
不運や不幸が重なって、暗黒の時期を過ごすこともあるでしょう。
生まれつき持病があると、思うようにいかないことも多いでしょう。
人は、悩む生き物です。
悩みのない人はいません。
すべての人が、何らかの悩みを抱え、もがいています。
思いどおりにいくことより、思いどおりにいかないことのほうが多いと、ため息が出ます。
人生の不運を嘆く。
「希望がない」という毒を吐き、堕落と自暴自棄の衝動に駆られるのです。
しかし、本当に希望がないのでしょうか。
「希望がない」という一言は、できることをすべてやり尽くした人だけが言えるセリフです。
行動していなかったり行動が足りなかったりしているなら、希望がないというのは誤解です。
希望がないのは誤解です。
自分から希望を捨てているだけです。
自分から希望を捨てないでください。
自分から希望を捨てることほど、もったいないことはありません。
まず「希望がない」という口癖が良くありません。
「希望がある」という口癖はOKですが「希望がない」という口癖はNGです。
自分で自分を悪い呪術にかけているようなもの。
ことあるごとに「希望がない」と言っていると、思い込みがエスカレートして、洗脳状態になっています。
どんどん自分を落ち込ませてしまい、心の活力が失われていきます。
自分から無理だと諦めてしまえば、いくら希望があっても意味がありません。
「希望がない」と言ったところでいいことは1つもないので、今すぐやめましょう。
いま一度、自分の人生の恵まれた状態に気づいてください。
不足や不可能ばかり見るのではありません。
充足や可能性を見るようにするのです。
忙しくても、少しは時間があるでしょう。
貧乏でも、多少のお金はあるはずです。
人間関係が乏しくても、完全にゼロというわけではないはずです。
失敗をしても、再挑戦のチャンスがあるでしょう。
うまくいかないことが続くなら、うまくいくまで続ければいいのです。
「0」と「1」とでは、意味が違います。
0なら本当に希望がありませんが、1なら希望があります。
「人生が終わった」というセリフも言語道断です。
人生はまだまだ終わっていません。
恵まれていることがあるなら、希望はあります。
やりたいことを実現できるチャンスがあります。
今までサボっていたなら、今から努力を心がければいいのです。
「希望がない」と思えば、希望のない人生がやってきます。
「希望がある」と思えば、希望のある人生がやってくるのです。
お金をなくした。
仕事をなくした。
大切な人を失った。
住むところがなくなった。
チャンスがなくなった。
大切な存在の多くを失ったとき「何もかもなくした」と悲観的になりがちです。
たしかに立て続けに失う出来事が起こると、絶望的な考えになるのも仕方ないかもしれません。
誰だってつらいこと。
特に大切にしていたものがなくなると、言葉では言い表せないほどのショックがあるでしょう。
しかし「何もかもなくした」と考えるのは大げさです。
まだいちばん大切なものが残っています。
命です。
本当に何もかもなくしたのなら、あなたはもう生きていないはずです。
「自分の体もなくした」「命もなくした」ということになる。
そうではありませんね。
まだ体があって、命もあります。
時間もある、希望もある。
「何もかもなくした」と思っているだけです。
幸い、まだいちばん大切なものが残っていますから、まだ最悪の状況ではありません。
よく見ると、手元にはまだまだたくさんの宝がある。
「何もかもなくした」と悲観しても、どんどん自分がダメになっていくだけです。
くよくよしていると、人は去って、運まで逃げてしまいます。
だから諦めず、前向きになることです。
むしろ「得られる喜びが増えた」と考えましょう。
たくさん失ったなら、これから手に入れる喜びがたくさんあるということです。
お金がないから、これから稼げばいい。
仕事がないなら、これから就職活動をすればいい。
友人や恋人と別れても、これから新しくつくればいい。
住むところも、これから探せばいい。
失われたチャンスも、またいずれやって来るでしょう。
なくなっても、作ったり取り戻したりやり直したりするチャンスがあります。
その気になれば、今すぐ意欲や熱意も出せます。
熱意と意欲は、すべての可能性を切り開く力があります。
これからのあなたの行動が大切です。
ダムの決壊は、常に小さなひびから始まります。
細部に注意を払わないとわからないような、わずかな細かい裂け目です。
そういう小さな裂け目が、いつの間にか大きな亀裂になります。
その裂け目ができれば、後は広がる一方です。
広がりが大きくなればなるほど、あとから修復するのが難しくなります。
小さなうちはすぐなんとかできますが、大きく割れてからではとても手間がかかります。
大きく割れて、ダムの決壊につながってしまいます。
あなたの人生でも同じです。
あなたの生活に、小さな裂け目はありませんか。
問題の始まりは、常に小さな裂け目です。
ミクロのひびです。
小さいからこそ「まあ、これくらい大丈夫だろう」と思います。
しかし、ダムの決壊がそうであるように、あなたの人生も思わぬ小さな裂け目から始まります。
大切なことは、今ならまだ間に合うことです。
小さな裂け目こそ、気をつけましょう。
小さな裂け目を見かけたら、今すぐ修正しましょう。
別れて苦しんでいるとき、こう考えてみませんか。
「絶望という絶景を楽しむ機会」と。
絶景といえば、高いところから眺めるものだと思っていないでしょうか。
山の上や建物の上など、高いところから見る眺めは、遠くまで一望できて感動的です。
しかし、高いところだけでなく、低いところから眺めることができる絶景もあります。
それが、絶望です。
人生には、山のときもあれば、谷のときもあります。
絶望は、まさに人生の底にいる状態です。
人生の底にいるときは、不気味で薄暗い負の光景をしっかり見ておきましょう。
憎しみ、苦しみ、悲しみ。
孤独感、焦燥感、無力感。
くさい、汚い、苦しい。
この世の地獄とも言える光景が広がっているでしょう。
それを「負の絶景」と捉えてください。
絶望も、それはそれで絶景です。
人生の底にいないと、見ることができない景色があります。
いつでもどこでも誰でも見ることができる景色ではありません。
お金を出せば見ることができる景色でもありません。
人生の限られたタイミングしか見ることができない景色。
その光景を楽しむ機会と捉えようではありませんか。
人生では、絶望の闇をさまよう時間も必要です。
絶望で苦しんだ経験があると、小さなことでも幸せを感じられるようになります。
後になって「あのときはすごかった」「ひどい時間だったが濃い時間だった」と印象深い思い出になるでしょう。
元アメリカ大統領であったリンカーンは、大統領になる前に何度も転職の経験があります。
意外に知られていないことですが、失敗続きの人生でした。
雑貨屋として起業しましたが、うまくいきませんでした。
ほかの職種でも起業しましたが、やはりうまくいきませんでした。
大統領になったら、なんと成功しました。
そもそも自分に合っていない仕事をしていただけです。
自分に合っていないことは、いくら努力しても報われません。
一生懸命に挑戦しても、それでも報われないときがあります。
そんなとき、自分はダメな人間だと責める必要はありません。
責めるのは自分ではなく「職種」や「科目」です。
たまたま合っていないだけです。
あなたが仕事でうまくいかないときには、職種を疑ってください。
あなたが勉強でうまくいかないときには、科目を疑ってください。
そもそも自分に合っていないことは、うまくいくほうが珍しい。
魚が空を飛べないように、自分に合っていないことは、そもそもできなくて当然です。
「自分は、ダメな人間ではないのか」と思ったら発想を変えましょう。
自分に合っていないのではないかと。
10代の学生が、うまくいかないと悩んでいる姿をよく見かけます。
そもそも10代は、失敗をする時期です。
たくさんの失敗をして、自分の得意・不得意・特徴などを見つける時期です。
見つけた個性に応じて、自分に合った仕事を選んで、打ち込むのが20代です。
20代で一生懸命に仕事をするためには、10代のときにたくさんの失敗をしておかないと、自分の適正がわかりません。
自分がわからないのに、大学をどうやって選ぶのでしょうか。
どうやって仕事を選ぶのでしょうか。
どうやって好きな人を選ぶのでしょうか。
学生の仕事は、失敗を重ねることです。
失敗を重ねることで、自分を発見できます。
むしろしないといけません。
ダメージが早ければ早いほど、立ち直りやすくなります。
10代のうちは、失敗を避けてはいけません。
むしろ失敗をしに行く姿勢がなければいけません。
学生時代に失敗をした人は、将来強くなります。
10代のうちに失敗という財産をたくさん積み重ねた人が、将来はビッグになります。
ワインをつくるためには、大変長い年月が必要です。
1分で、ビンテージのワインはできません。
あるとしたら、偽物です。
本来、ワインは時間をかけてじっくり熟成させることで、初めて奥深い味わいが出てきます。
つくるのに手間暇かかり、時間を要しているワインほど高価であり、希少価値があります。
あなたの本当の味も、1分ではできません。
1分でつくろうとしたら、偽物になります。
誰でもすぐできることに差はつきません。
すぐ成功しようと思う習慣を、やめることです。
確実にそれは失敗します。
ワインのように、じっくり時間をかけることで、本当の深い味が出てきます。
あなたしかできないことが、本当のあなたの武器になります。
時間をかけたからこそ出る味をつくってください。
作家が書く文章の味は、人生経験です。
文章を書くテクニックは、実は練習すれば比較的すぐ身につけることができます。
毎日書いていますから、上達するなと言われるほうが難しい。
では、どこで差がつくのかというと、人生経験です。
「書くテクニック」より「書いた内容」です。
さまざまな人生経験を積み重ねることで得られる深い眼力や視点こそ、優れたアイデア発想につながります。
それだけは自分にしかできないし、真似できない味わいだと思っています。
長く生きているからこそ、物珍しい経験もできることでしょう。
私は時間をかけることをワインだと思っています。
一見すれば同じように見えても、時間をかけることで見た目は同じだけど、深い味わいをつくり出したいのです。
「甘くておいしい薬」というのが市販されています。
飲みやすくて、薬というのを忘れてしまうほど、おいしい味がします。
しかし、そういうものに限って、効き目が薄いです。
糖分が含まれていたり、薬とは関係のない余分なものが多く混ざっていたりします。
「良薬は口に苦し」と言います。
本来、本当に体のためになる薬は、往々にして苦くてまずいです。
必要な物しか含まれていないので、甘いはずがありません。
苦くて、まずくて、当然です。
漢方薬に、甘くておいしいものは1つもありません。
どれも、鼻をつまみたくなるような激臭のものばかりです。
正露丸がまずいのは、本物だという証拠です。
飲んでも、気持ち悪くなって吐き出しそうになります。
しかし、そういうものほど、体のためになっているということです。
「つらい経験をしたなあ」と思うときは、苦い薬を飲んでいると思うことです。
体のために必要な物は苦いように、成長に必要な物もつらいです。
つらければつらいほど、あなたの成長になるしか含まれていません。
体にとても効いています。
気を引き締める効果があったり、自立心を促す効果などがあったりします。
苦い薬ほど体のためになっているように、つらい経験ほど人生のためになっているのです。
つらいとき、悲しいとき、寂しいとき。
私たちは、心に切なさが立ちこめたとき、泣いてしまいます。
どうにもならない感情が押し寄せ、胸が締め付けられ、心が震える。
そして気づくと、目から涙がこぼれ落ちています。
特に寂しがり屋は、心が敏感なので、泣く機会も多いのではないでしょうか。
もちろん泣きたいときは、泣いてもいいのです。
泣くことは悪いことではありません。
どんどん泣いたほうが、ストレスの発散もスムーズです。
しっかり泣いておくほうが、気持ちの切り替えも早くなります。
悲しいことや寂しいことも乗り越えられます。
女性だけでなく、男性が泣くことも悪くありません。
ありのままの自分を正直に見せている姿です。
涙を流せるのは、男女関係なく、人間らしい優しい心が備わっている証拠です。
たくさん泣いた後は、自然とすっきりした気持ちになるでしょう。
ただし、泣くなら心がけておきたいことがあります。
泣いているときは笑顔になりましょう。
泣くときは泣き顔になるというルールはありません。
泣いたときは泣き顔になるなんて誰が決めたのでしょう。
泣き顔になっていると、ますます悲しい気分が増幅されてしまいます。
泣いているときこそ、笑顔になってほしい。
悲しいことがあって笑えないと思いますが、できます。
泣きながら笑えばいいのです。
表情筋にきゅっと力を入れると、表情が柔らかくなります。
涙がこぼれていてもいいので、顔だけは笑顔です。
すると、苦しい気持ちが少し楽になるはずです。
笑顔は、闇を吹き飛ばす力があります。
明るい顔になっていると、だんだん落ち込んでいた気持ちが明るくなります。
泣きながら笑えば、人前で泣いても恥ずかしくありません。
泣いているだけでは暗くて後ろ向きな雰囲気ですが、泣きながら笑う人には明るくて前向きな雰囲気が出ます。
泣きながら笑っているときほど、輝いている表情はないのです。
泣きながら笑える人は、強い人です。
泣きながら笑えば、心が前向きになるので、どんな落ち込みも引きずらなくなります。
「無駄を省け」
「効率をよくしろ」
世の中では、無駄を排除する考えがはびこっています。
本屋に行っても「無駄を省く本」は山ほどありますが「無駄を増やす本」は1冊もありません。
無駄は、本当に無駄なのでしょうか。
いいえ、実は無駄こそ、本当の宝です。
人生では無駄が大切です。
作家は、無駄がないと本が書けません。
作家にとって、無駄ほどいいネタはないと言ってもいいくらいです。
普段の何気ない経験こそ、文章を書くときの土台になっています。
遊び人ほどモテるのは、無駄な経験をたくさんしているからです。
いろいろなところに旅行に行ったり、食べたり飲んだりなど、たくさんの経験から、人としての深みが出てモテます。
話し上手な人は、たくさんのネタを用意しています。
なぜたくさんのネタがあるのかというと、無駄と経験を日頃からたくさんしているからです。
何の役にも立たない経験は、話をするときに役立ちます。
何気ない無駄な経験をたくさんしているから、雑談のネタになり、面白い話ができます。
そういう人こそ人気が出ます。
あなたは今日、どんな無駄なことをしましたか。
もしかして無駄をなくそうなんてことをしていませんか。
むしろ、無駄なことはどんどんしましょう。
それは、今すぐ役には立ちません。
しかし、ある日、ふと意外なところで役立ちます。
無駄があるから、人生は豊かになるのです。
「先生に恵まれない」
「先生の教え方が悪い」
「学校にかようお金もない」
なかなかいい先生に恵まれなくて、悩みを抱えている人がいます。
たしかに先生には、教え方がうまい人と、そうでない人がいます。
教え方がうまい先生ほど、一般的には学費も高いです。
また、自分の性格に合っているかどうかという違いもあることでしょう。
先生に恵まれるかどうかは「運」のように思えます。
しかし、先生に恵まれなくても問題ありません。
本屋に駆け込めばいい。
本屋には、あらゆるジャンルの先生たちが待ち構えています。
あなたが気に入った先生を見つけましょう。
ほんの少しお金を出しさえすれば、素晴らしい先生を味方につけることができます。
学ぶ科目を選べるだけでなく、教えてもらう先生まで選べますから、これほど贅沢なことはありません。
恵まれた環境がなければ、自分でそういう環境をつくればいいのです。
「もう最悪だ!」
「今が最悪のときだ」
「最悪の状況でどうしようもない」
最悪のときは、気力もやる気も失われ、すべてがどん底の状態。
最悪のときは何をやっても無駄に思えるもの。
もうダメだと諦めるしかないように思えますが、それは良くありません。
諦めたら、ますます状況が悪くなるでしょう。
最悪がもっと最悪になります。
落ち込んだり泣いたりするだけでは何も始まりません。
では、どうすればいいのか。
最悪のときこそベストを尽くすのです。
最悪のときは、もう余力が残っていないかもしれません。
お金も時間もない。
やる気も元気も、気力も体力もない。
仲間にも神様にも見捨てられた。
目の前は真っ暗で、すでに絶望的な状況でしょう。
まさしく最悪のときは、どうしようもないように思えます。
たとえそうだとしても、ベストを尽くすしかないのです。
最悪の状況だからこそ、ベストを尽くさなければいけません。
ベストを尽くすことの本領を発揮するのは、最悪のときです。
最悪のときこそ、ベストを尽くすベストタイミングです。
気力や体力がないとはいえ、完全にゼロではないでしょう。
わずかでも余力が残っていれば、望みはあります。
なけなしの力を振り絞り、一踏ん張りすることです。
パワーが出なくても、ぴしゃりと自分にむちを打てば、少しは気合が入るでしょう。
行き詰まった状況に思えても、じっくり知恵を振り絞れば、何か1つくらいできることが見つかるはずです。
涙を流してもいい。
悪あがきでもいい。
かっこ悪くてもいい。
恥も外聞も捨てて、とにかくやれるだけのことをやりましょう。
最悪のときにベストを尽くすことで、闇の中から一筋の光を見いだせます。
ベストを尽くさなければ最悪のままですが、ベストを尽くせば、そこから抜け出せる可能性が出てきます。
「もうダメだ」と諦めるのではなく、最悪のときこそ踏ん張ってください。
自分を信じて行動することで、底力を発揮できます。
希望を持って立ち向かえば、神様が振り向いてくれ、幸運に恵まれるでしょう。
まもなく最悪のときは終わります。
鍵がかかっているドアがありました。
「鍵がないから、ドアが開けられないなあ」
あなたは鍵を持っていないので、ドアの向こうにいけないと諦めてしまいます。
しかし、実は鍵付きのドアには、意外な結末がありました。
実は、最初から鍵がかかっていません。
鍵付きのドアなので、鍵はかかっているだろうという先入観を持ってしまい、鍵がかかっていることを確かめていませんでした。
私たちは、見た目だけで物事を判断してしまい、行動もしないで諦めてしまうことがあります。
人生では、そういう出来事が頻繁に起こっています。
気になる異性を見て、挑戦する前から諦めていませんか。
「どうせ付き合っている人がいるに決まっている。自分なんて相手にしてくれるわけがない」
話しかけてみると、実は誰とも付き合っていなくて、自分と話が合うかもしれません。
まずそうな料理を見て「まずいに決まっている」と決め付けていませんか。
見た目に反して、実はおいしいことがあります。
難しそうな問題を見て「できないに決まっている」という先入観を持っていませんか。
挑戦してみると、すんなり解決することがあります。
すべては、最初から鍵なんてかかっていません。
鍵がかかっていると思い込んでいる扉のように、実はオープンだったりします。
先入観をなくして、挑戦してみましょう。
実は、鍵なんてかかっていないドアなのです。
「最低だ」
「最悪の状態だ」
「落ちるところまで落ちた」
こんな状況のときは、落ち込んでしまうのも無理はありません。
しかし、同時に明るい希望の光が見えている状態でもあります。
いちばん底にいる状態ということは、それ以上下がりようがないからです。
これからは、上がる一方ということです。
そう考えると、肩の荷が落ちませんか。
いちばん下まで落ちてしまえば、後は気楽に考えていい。
なかなか珍しい経験です。
最悪まで落ちてしまえば、喜んでいい。
どん底の状態は、これから好転するという前触れなのですから。
あなたは突然1人になることはありませんか。
日常生活では、突然、1人を経験する瞬間があります。
「寂しい」
「暗い」
「孤独だ」
おや、考えすぎです。
実は、素晴らしいチャンスを手に入れています。
「誰にも邪魔をされないチャンス」を手にしています。
私たちは、常に人間に囲まれた生活をしています。
家にいれば親がいて、学校に行けば友人がいて、会社に行けば同僚がいます。
1人きりの環境は、むしろ貴重です。
めったにない機会ですから、むしろ喜ぶことです。
「1人だからできる」ということをする機会に変えましょう。
1人で読書を進めるのも良し。
1人で散歩に出かけるのも良し。
1人で買い物に出かけるのも良し。
1人だからこそ集中でき、いつも以上に味わい深く感じられるはずです。
1人になったら、寂しいと感じるのではなく、誰にも邪魔をされないチャンスと思うのです。
大好きだった恋人を失った。
大切な家が火事で焼けた。
人生、山あり谷ありです。
大切な人や物を、突然失ってしまうことがあります。
大切にしている気持ちが大きければ大きいほど、失ったときのショックは計り知れません。
「自分の人生はもう終わりだ」
そう考える人さえいます。
ちょっと待ってください。
先ほどから悪いことばかり考えすぎです。
「失った」ということは「自由の獲得」とも言い換えることができます。
失恋をして恋人を失ったら、実は「解放」という自由を手に入れています。
今までは付き合っている人がいたので、異性との交遊が制限されていました。
しかし、別れてしまえば制限から解放され、自由になれます。
大切にしている家が、火事で焼けてしまいました。
思い出がいっぱい詰まった家がなくなり、呆然自失になります。
しかし、家が焼けてなくなれば、その焼け野原に新しい家を建てるチャンスです。
火災保険に入っていれば、保険金を使って、新しい家を建てればいい。
新築を建てるチャンスともいえます。
「失う」というのは、すべて「自由の獲得」だと考えましょう。
失ったことばかりに気をとらわれ視野も狭くなりがちですが、事実として、そうです。
実は自由を手に入れていることに気づきましょう。
ごみ捨て場をのぞいてください。
ごみ捨ての際に、ごみ捨て場をのぞいてみると、捨てるに値しないような貴重な物が捨てられている光景を目にすることがあります。
「まだ使えるではないか。こんないいもの捨てるなんてもったいない」
思わず、拾いたくなります。
ごみ捨て場にあるということは、誰かがいらないと思って捨てたものです。
しかし、ある人がいらないと思ったものは、別の人から見れば、必要とされるものだったりします。
あなたにも「こんなものいらない」と思っていることがあります。
ごみのような存在にさえ思えても、他人から見れば、素晴らしいと思われる宝だったりします。
「どこがごみなんだ。いいものを持っているではないか」
信じられないかもしれませんが、事実、そういうものです。
あなたがごみだと思っている自分の悩みを、紙に書き出してみましょう。
それを宝だと考えます。
くせ毛なら、パーマをかける必要がないということです。
身長が低いということは、すでにかわいいという条件を初めから手にしています。
肌が黒いと、力強い印象を与えることができるでしょう。
自分にはごみだと思うだけで、実はほかの人からは宝に見えるはずです。
夜に輝いていた小さな月は、昼間になると見えなくなります。
決して月が消えてなくなったわけではありません。
昼間は太陽がさんさんと輝いて空が明るすぎるため、月が見えなくなっています。
普段の私たちも明るいときは、当たり前の大切さに気づけません。
昼間に消える月のように、明るい幸せな状況では、小さな幸福にはなかなか気づきません。
存在に気づかなければ、感謝をすることもありません。
しかし、人生ではどん底を経験するときがあります。
真っ暗なときには、ささいなことが明るく感じられるはずです。
真っ暗の夜ほど小さな月の光が輝いて見え、たしかにそこにある存在に気づくはずです。
どん底を経験しているときは、今まで気づかなかった当たり前の大切さに気づく機会にしましょう。
暗いときだからこそ、今まで見えなかった小さな幸せや感謝が痛切に感じられるはずです。
「あのころは楽しかったな。昔に戻りたい」
「未来はどうなるのだろうか。不安でたまらない」
過去と未来に不安を抱くことがあります。
考えるほど、なぜかもどかしい気持ちになり、気がめいってしまいます。
そういうときは、ペットの無邪気さに学んでください。
ペットはいつも元気です。
なぜ元気なのかというと、今しか考えていないからです。
過去を懐かしむこともなければ、未来に不安を感じることもありません。
今だけに集中しています。
だから落ち込むことがありません。
人間は高度な頭脳が発達しすぎたため、過去を振り返り、未来を思い描けるようになりました。
だから余分な不安やストレスを増やしてしまい、元気がなくなっています。
過去のことを振り返りすぎていませんか。
未来のことばかり心配しすぎていませんか。
そういうあなたは、ペットの生き方を学んでください。
すでに終わった過去を思い出しても仕方ありません。
まだわからない未来を想像しても仕方ありません。
ペットのように、今に集中できれば、落ち込むことはなくなります。
今この瞬間に集中するのは、究極のプラス思考といっても過言ではないのです。
リバーシは、ご存じですか。
2人が白と黒の駒を交互に置いて、自分の駒で挟んだ相手の駒を裏返して、自分の色の駒にするゲームです。
最終的に、どちらの色の駒が多いのかで勝敗を決定します。
そんなリバーシでは「四隅」が勝負の鍵を握っています。
四隅は挟みようがないので、色を変えようがありません。
最も目立たない四隅こそ、ゲームの中ではいちばん有利なポジションです。
四隅が、ある日、マス目の色を一度にたくさん変えてしまいます。
それは世の中でも同じです。
目立ったところにいると世間からの影響を受けやすくなり、邪魔が入りやすくなるため、仕事に集中できません。
しかし、目立たない端にいると邪魔が入ることはありません。
目立たない存在のあなたは、そんなオセロの四隅にいるのと同じです。
そもそも周りから影響を受けることはないので、仕事に集中できます。
その目立たない状況を十分生かしましょう。
目立たないからこそ、実は有利な立場といえます。
目立たないところにいる駒が、いつか歴史を変えるような大きなことを成し遂げるのです。
「自分の親は最悪だ」
「世界で最低の親に違いない」
自分の親が本当にダメだと思うなら、実は自立ができるチャンスです。
反面教師にすればいい。
いつもお酒に酔っていて、暴力を振るう親がいます。
あってはならないことですが、現実ではそういう親がいるのもたしかです。
そういう親のもとなら、自分は絶対にお酒には手を出さないと心がければいい。
少なくとも、親と同じようにアルコールによって人生をダメにすることはありません。
親をタバコが原因で肺を悪くして、亡くした人もいます。
そういう親を間近で見たからこそ、禁煙を心がける人もいます。
いい親からは素晴らしい手本を目にして、子どもは成長します。
しかし、ダメな親でも、人は成長します。
親がダメな人間なら、どんどんあなたは成長するはずです。
数多くのマナー違反を目にできるからです。
ひどい反面教師であるほど、多くのことを学べるからです。
親を否定するだけで終わらせないでください。
反面教師にして、絶好の教師に変えます。
そういう反骨精神をバネにする。
親がダメだからという理由で、自分の人生までふいにするのだけはやめましょう。
人が成長するのは、追い詰められたときです。
私は追い詰められるのが好きです。
火事場のばか力という言葉がありますが、追い詰められたときには、思考回路もそういう状況になります。
頭の中のストッパーが外れて、非常識な発想や考えをするようになります。
八方ふさがりの状態は、向上のチャンスです。
上に上がるしかありません。
前も後ろも、右も左も道をふさがれたとき、上に上がるしかありません。
そのとき意識が向上するのです。
私は大学受験に失敗をして、浪人をした経験があります。
愛媛の田舎から東京に出たい一心で、東京大学を目指して勉強していましたが、ダメでした。
浪人の勉強スタイルは、自宅浪人でした。
当時は通いたかった大学に通えず、落ち込みました。
自分の人生が、音を立てて崩れ始めているのがわかりました。
しかし、自宅で浪人という経験をすることで、意外な発見がありました。
自分で自分をコントロールする機会が与えられました。
これまでの義務教育では、勉強といえば学校でした。
学校でカリキュラムや時間割などのスケジュールを立ててくれていたので、それに従うだけで良かった。
しかし、自宅浪人によって状況が変わりました。
学校に頼っていたカリキュラムやスケジュール管理を、すべて自分でしなければならなくなりました。
人生に関わるような本格的な計画を立てるのは、生まれて初めてでした。
失敗もたくさんありましたが、得られることもたくさんありました。
また、浪人をすることで、自分について考える時間や将来について考える余裕ができました。
家にいると、圧倒的に1人きりです。
友人といると流されてしまいがちですが、1人で考えていると、誰にも流されることなく、自分のペースで物事を考えられます。
勉強する以外に、自分や人生について真剣に考える機会になりました。
結果として、アメリカへ留学する道が切り開けました。
失敗をして遠回りをすることで、考えもしなかった道を歩むことになっています。
不思議な話ですが、あのときの受験失敗がなければ、今の自分は間違いなく存在しません。
もし、ストレートで大学に合格していれば、悩む機会は少なかったことでしょう。
自己管理は下手なままだったでしょう。
ましてや、アメリカに留学して数多くの異文化に触れる経験もなかったはずです。
失敗だと思えることも、後になって未来の成功につながっていることがあります。
人間万事塞翁が馬です。
何が幸で、何が不幸かは、今の時点では予測しがたいです。
今、あなたは不幸のどん底にいるかもしれません。
しかし、本当に不幸かどうかは、今はまだ決められません。
失敗をして通るであろう回り道が、意外な成功の道筋になる可能性があります。
今の失敗のおかげで、未来の成功のための踏み台になるのです。
年を取るにつれて、叱られることが少なくなります。
子どものころは毎日叱られていたのに、年を取ると叱られる回数が急に激減します。
年を取るほど年下が多くなり、年上が減ってしまうからです。
「教えられる立場」から「教える立場」になってしまうからです。
しかし、年を取れば過ちを犯すことが1つもなくなるのかというと、そうではありません。
年を取っても、過ちを犯してしまうことはたくさんあるはずです。
叱られる経験は、大変貴重です。
若いときに叱られるだけでなく、年を取っても叱られることは、さらに貴重です。
年を取ると、叱られたくても叱られなくなります。
うぬぼれた大人たちは、マナー違反をしたり、不祥事を起こしたりして、逮捕されます。
そういう例が、マスメディアで毎日のように報道されています。
普段から叱られている人は、そういう過ちを犯しません。
道がそれ始めたときにすぐ注意してくれる人がいるので、大ごとになる前に気づけます。
叱ってくれた人に感謝することです。
逮捕に比べれば、叱られているほうがまだましです。
叱られている環境にいるからこそ、正しい道が歩めるのです。
「人間関係に悩んでいる人がいます」
私はサイトを運営していると、こうした内容の相談をよく受けます。
話を聞くと、十中八九「相手が悪い」という結論に行き着きます。
相手さえよくなれば改善されると主張をします。
本当にそうでしょうか。
残念ながら、人間関係に悩んでいるうちは、まだ人間関係の勉強が足りないということです。
悪いと言っている相手と、同じようなレベルです。
お互いが同じレベルだから、ぶつかり合っています。
そもそも同じレベルでなければ、ぶつかり合うことはできません。
同じ高さで飛んでいる飛行機だから、ぶつかります。
高さが違えば、ぶつかることはありません。
人間関係のトラブルは、同じレベルの者同士しかぶつかれないようになっています。
ぶつからない方法は、あなたのレベルを、上げるか下げるかです。
人間関係のレベルが上がれば、高さが違うためぶつかることはなくなり、相手のことが気にならなくなります。
生まれたばかりの赤ちゃんに、大人がかんしゃくを起こすことはないはずです。
赤ちゃんは、態度もマナーも悪く、うるさく泣いて手間がかかります。
しかし、あなたのほうがレベルは高いので、そんな暴れる赤ちゃんを理解し、包み込めます。
あなたの人間関係のレベルが上がれば、暴れている相手を包み込むことができるはずです。
できないなら、まだその程度の器ということです。
人間関係に悩んでいるうちは、まだまだレベルが低いということなのです。
なかなか結果が出なくて、自分を疑うことがあります。
「勉強が向いていない」
「そもそも自分はばかなんだ」
おや、考えすぎです。
本来、勉強は結果が出るまで、時間がかかります。
なかなか結果が出ないのは、土台を積み上げている時期だからです。
やり始めた時期こそ、なかなかその成果が現れません。
英語は勉強し始めたばかりは、努力の結果がなかなか点数に反映されません。
時間をかけて、たくさんの単語・熟語・文法を学びます。
そのうえ、長文をたくさん読んで慣れて、ようやくテストの結果に反映されます。
巨大なピラミッドほど、大きな底辺が必要です。
ゆえに、高く積み上げる勉強ほど、多くの下積みが必要です。
すぐ結果が出なくて、当たり前です。
逆をいえば、なかなか結果が出ないようなたくさんの下積みは、しっかりした土台を積み上げている証拠です。
巨大なピラミッドほど、大きな土台が必要です。
大きな土台であるほど、巨大なピラミッドを完成させることができます。
すぐ結果が出ないからこそ、これから素晴らしい結果を出す前触れです。
結果が出なくて時間がかかっていても、焦ることはないのです。
「人生にこれ以上の絶望はない」
「まったく希望の光が見えない」
「最悪だ」
完全なる絶望を感じる瞬間があります。
しかし、それは考えすぎです。
それは、まだ本当の絶望とは言えません。
本当の絶望とは、命がなくなったときのことを言います。
死んでしまえば、最後です。
取り返しがつきません。
完全に何もできなくなり、本当の絶望です。
そういう意味で、私たちは、生きているうちは本当の絶望を体験できません。
命があるからです。
どんなに絶望しても、命があるだけましです。
命がなければ何もできませんが、命があれば、努力しだいで何でもできます。
まだ、起死回生のチャンスは与えられています。
希望の光が見えています。
命があるだけでもありがたいと思うことです。
まだ何か打つ手はあるはずなのです。
「もう自分の人生はダメだ」
人生がめちゃくちゃになり、希望も夢もなくなった人がいました。
お金もなくなり、家もなくなり、家族もいなくなり、もう生きている意味を感じていませんでした。
ビルから飛び降りようと自殺を決意し、ビルの屋上に立ちました。
「これですべてが終わりだ」
自殺をしようとしたそのとき、ふと、意外な発想を思い浮かべました。
「どうせ死ぬなら、死ぬほど働いてみてはどうだ。死ぬ気になったら何でもできるはずだ。死ぬのはそれからでも遅くはない」
私たちは生きている間、命を保証するためにストッパーがかかっています。
できるだけ危険なことは避け、けがをしないように心がけ、健康を維持できる程度の生き方をしています。
しかし、本気で死ぬ気になった瞬間、世の中から怖いものがなくなります。
火事場のばか力です。
その人は、どうせ死ぬなら死ぬ気になって働いてからにしようと、自殺を思いとどまりました。
死ぬ気になれば、何でもできると思いました。
死ぬのは、限界を超えた努力をしてからでも遅くはありません。
死ぬほど働く過労死も、怖くありません。
そもそも死ぬつもりなら、何でもできるはずです。
勇気がなくてできなかったこと。
恥ずかしくてできなかったこと。
健康を気にして、なかなか一生懸命になれなかったこと。
死ぬ気になれば、そんなことどうでもよくなります。
今までできなかったことも、死ぬ気になったらできました。
その人は死ぬほど働いた結果、なんと事業に成功しました。
起死回生のチャンスを狙って、死ぬ前に、死ぬほど働いてみることです。
命を絶ったら最後です。
最後に、もう一度死ぬ気になってがむしゃらに働き、起死回生を狙うのです。