最初にこれを書こうと思ったのは、ある1人の女性のためです。
私は「彼女に幸せになってもらいたい」と願っていました。
彼女から、ときどき愚痴の電話がかかってきます。
幸せになるために必要なのは、物質的豊かさではありません。
精神的豊かさです。
精神的豊かさが大切だということは、あることがきっかけで気づきました。
好きなことは、とことん好きになりましょう。
手加減は、ご法度です。
好きなことは、好きなだけしてもかまいません。
街を歩いていると、よく友人同士で群れをなして行動しているのが目につきます。
それはそれで、結構なことです。
友人と一緒にいると楽しみは2倍に、悲しみは半分になります。
あなたの人生は、1つも無駄がありません。
「やるんじゃなかった。無駄だった」
こんな言葉がよく聞かれます。
「お願いします」は、魔法の言葉です。
挑戦したいと思うときや、実現してほしいと思うときは、魔法の言葉を口にします。
やってみたいことや頼みたいことがあるのに、思っているだけでは実現しません。
生きがいを見つけると、人生が生き生きします。
私の生きがいは「人に喜んでもらうこと」です。
人の幸せが、私の幸せです。
前向きに行動をしていると、時には失敗してしまうことがあります。
失敗するのは仕方ありません。
積極的に行動した領収書です。
幸せに気づくことができる、魔法の言葉があります。
「ありがとう」です。
あなたの周りは、すでに豊かさであふれています。
性善説を知っていますか。
昔、中国の孟子が説いた教えです。
「人の本性は善である。悪は善のために生まれる」という、善第一主義の教えです。
一緒にいるとこちらまで明るく楽しい気分にさせてくれる人がいます。
幸せそうな人は、素直にうらやましいですよね。
自分もそうなりたいと思います。
魔法の言葉「ありがとう」の使用上の注意です。
「笑顔」で言いましょう。
「ありがとう」を言うとき、もちろんそれだけでも効果はあります。
私の母は、機会があるごとに口にするフレーズがあります。
「人は人。自分は自分」というフレーズです。
幼いころは見識が狭く、意味がよくわかりませんでした。
好きなことをするのに、待つ必要はありません。
今すぐやり始めましょう。
何でも、始めたいと思ったときが、ベストタイミングです。
幸せになるために大切なことは、精神的豊かさです。
精神的豊かさの1つに、友人があります。
友人は、幸せに関係する大切な存在です。
人は誰かに必要とされるときに、幸せを感じます。
必要とされるための2つの大切な要素があります。
能力と存在です。
あなたは24時間、神様からかけがえのない宝物を受け取り続けています。
それに気づいていますか。
「今」です。
自分の友人関係を振り返ってみましょう。
自分からその人を見て「精神的に豊かだな」と思えば、あなたも同じくらい精神的に豊かです。
人は、自分の精神的豊かさに応じた人と出会えます。
あなたの人生は、過去向きですか。
それとも未来向きですか。
人には、2種類の人がいます。
学生時代、100メートルハードルを走ったことがありますか。
ハードルを跳び越えながら走る競技です。
上手に跳び越えるつもりが、うっかりハードルの1つに足が引っかかり、ハードルを倒してしまいます。
何かに失敗してしまったとき「ごめんなさい」と言えば立ち直れます。
まずなにより、その一言からです。
世の中には、たったこの一言がなかなか言えない人がいます。
愛されるコツは、初めにこちらから愛してしまうことです。
「愛されるまで、私は動かない」と、頑固になると逆効果です。
むしろこちらから積極的に愛してしまうとうまくいきます。
物は多く持つ必要はありません。
物をあまり多く持ちすぎてしまうと、本当に大切な精神的なことが見えなくなります。
そのうえ、空間までなくなります。
家庭は人生の土台です。
家庭を大切にすることは、自分の人生を大切にすることでもあります。
親と子の関係は、犬と飼い主のようなものです。
人には、褒められたい欲求があります。
褒められるのを待っています。
少しでも、良いところを見つけたら、どんどん褒めてあげましょう。
外から感じる幸せは、他人を助けることから得られます。
大切なことは、他人を幸せにするためには、まず自分が幸せであることです。
自分が他人のために何ができるのかと考える前に、まず自分が楽しむことが必要なのです。
「人間関係をうまくするためには、具体的に何をすればいいのですか」という質問をよく受けます。
そのとき私は「こちらから、挨拶するようにすればいいですよ」と答えるようにしています。
明るい気持ちになるためには、自分から挨拶をすればいいだけです。
幸せな人は、必ず笑っている人です。
笑うことができるし、笑わせることができます。
ユーモアを大切にしているのです。
たった3行でいいのです。
大切な人やお世話になった人には、手紙を書くようにしましょう。
お世話になっている人に手紙を書くと、自分の心がきれいになります。
大切なことは、知識より知恵です。
知識は、時代とともに変わります。
消えたり、新しく増えたりします。
最初にこれを書こうと思ったのは、ある1人の女性のためです。
私は「彼女に幸せになってもらいたい」と願っていました。
彼女から、ときどき愚痴の電話がかかってきます。
日常のささいなことです。
たいてい愚痴は、聞くだけで解決します。
私は、特にアドバイスはしません。
ただ聞いているだけです。
明るく相槌を打ちながら、聞いているだけです。
彼女が「どう思う? どうすればいい?」と尋ねてくることがあります。
私は「どうすればいいと思う?」と、逆に聞き返します。
考えるのが面倒だからではありません。
自分で考えてほしいからです。
自分で考えたことしか、身につきません。
答えが間違っているとか正しいとかは、後の話です。
大切なことは、まず自分が考えることです。
自分の問題は、自分の頭でじっくり考えることが必要です。
私は今、幸せです。
ある日「幸せとは何か」ということに気づいたから、幸せになれました。
特別な物を手に入れたわけではありません。
考えて、あるとき、ふと気づいたのです。
その瞬間、満たされました。
彼女が「何に気づいたの」と聞きました。
私はそのときに初めて話します。
すると、彼女はとても明るくなってくれました。
話をわかってくれたようです。
私は、日頃考えて気づいたことを話しただけです。
話がきっかけで、気づいてくれたようでした。
それだけのことです。
気づくだけでいいのです。
そのとき「こんな私でも、人の役に立つことができた」と嬉しくなりました。
この出来事が、このサイトをつくり始めたきっかけになりました。
日頃から幸せについて考えていることをまとめました。
幸せになることは、単純なことなのです。
幸せになるために必要なのは、物質的豊かさではありません。
精神的豊かさです。
精神的豊かさが大切だということは、あることがきっかけで気づきました。
私の家庭は、比較的裕福です。
私が留学できたことも両親のおかげです。
別の言い方をすれば、お金のおかげです。
私は日頃から、高価な物を買っていました。
それもたくさんです。
物がたくさんあるほど、裕福だと思っていたのです。
そのため、以前の私の部屋には、物がたくさんありました。
しかし、違うことに気づき始めました。
高価な物がたくさんあっても、心からの満足感がないのです。
日常に困ることがないはずなのに、心の中は満たされていませんでした。
しかし、たくさん物を持たなくても、親しい友人が1人いるだけで変わりました。
すぐ心の中が満たされ、幸せを感じることができたのです。
もちろん物を持つことで幸せを感じることもあるでしょう。
しかし、精神的豊かさは、友人や家族など、人が大切です。
そうした経験があり、私は幸運にも幸せに気づけました。
大切なことは、精神的豊かさです。
本当は目に見えません。
もちろん買うこともできません。
幸せとは、当たり前のことです。
どれもささいなことですが、大きな幸せです。
自分の周りには、すでにたくさんの幸せがあることに気づきます。
それらは精神的なことですから、お金で買えるものではないし、見えるものでもありません。
しかし、生きるために大切なことです。
幸せになるために大切なことです。
それに気づきましょう。
幸せとは、手に入れることではなく、気づくことなのです。
幸せはそこから始まります。
今、置かれている状態がどれだけ幸せであるかということに、気づくことが大切なのです。
好きなことは、とことん好きになりましょう。
手加減は、ご法度です。
好きなことは、好きなだけしてもかまいません。
好きなことは、集中できます。
好きなことで、わからないところやできないことがあっても、根気で乗り越えることができます。
やり遂げたときは「やった。嬉しい」という、素直な達成感が得られます。
好きなことを、貫きましょう。
「こんなに好きなことばかりをやっていて、本当にいいのだろうか」と、心配になってくるでしょう。
大丈夫です。
途中でやめる必要はありません。
好きなことに対してくらいは一生懸命にならないと、好きなことに対して失礼です。
昔から私は、読書が大好きです。
昔から知的好奇心は旺盛です。
どのくらい読んだのか、数え切れません。
あらゆることを知りたい性格です。
その性格があって、このウェブサイトを始めました。
自分から進んでやることは、よく身につきます。
気づけばやっていることが、好きなことです。
好きなことをめいいっぱい経験し、貫くと、いつしか「才能」へ変わります。
才能は、最初からあるのではありません。
才能の始まりは、好きなことをすることです。
好きなことをたくさん量をこなしていると、あるときから「質」へと転化します。
質へ転化して、懲りずにどんどんこなすと、さらに磨かれます。
それが、才能になってしまうのです。
ただし、好きなことを邪魔する要因は、今の社会にはたくさんあります。
学校や会社があります。
場所がなかったり、時間がなかったり、資金が不足したりします。
言い訳は、いくらでもできます。
しかし、諦めないでほしいのです。
1回しかない自分の人生を、好きなこともせず、言い訳だけで終わってしまうのは、もったいないです。
もっともっと、自分が喜び楽しむ人生と、素直に向き合うべきではありませんか。
好きなことをしていると、生き方に活気が満ちあふれます。
好きなことを徹底することが、人生で幸せになるコツです。
失敗が失敗でなくなり、恐怖が快感に変わり、不安が面白く感じるようになります。
生き生きするから好きなことをするのではなく、好きなことをするから生き生きできるのです。
街を歩いていると、よく友人同士で群れをなして行動しているのが目につきます。
それはそれで、結構なことです。
友人と一緒にいると楽しみは2倍に、悲しみは半分になります。
しかし、だからとはいえ「行動するときはいつも友人と一緒」というのでは困ります。
「寂しさを紛らすためにいつも友人といる」
「友人と一緒にいるほうが楽しいから」
いろいろな理由があることでしょう。
しかし、本当の成長のためには「1人の時間」が必要です。
自分と話をするためです。
友人と話しているときは、友人の意見です。
自分が経験したことや自分が感動したこと、自分が悩んでいることなど、それらを本当に消化するのは、自分です。
本を読みながら、1人の時間を楽しむことでもかまいません。
1人で買い物に行くことでもかまいませんし、1人で旅行することも良いことです。
自分で考えたことは、自分の身となり血となって確実に身についていきます。
私の友人の1人に、ギタリストがいます。
彼はいつも一匹狼になり、身の回りの問題について深く考えています。
「なぜいつも1人でいるの」と聞くと「1人のほうが自分のことを考えることができるから」と言いました。
彼は「1人の時間」によって、自分を見つめているのです。
1人にならないと、冷静に自分のことを考えることができないことを知っているのです。
間違ってもいいのです。
答えを受け売りで見つけるのではなく、自分が考えて出した答えで間違うほうが、本人には成長します。
1人の時間を、毎日30分だけでもかまいません。
1日の中に「1人の時間」を持つようにしましょう。
1人で行動する人が、成長できるのです。
あなたの人生は、1つも無駄がありません。
「やるんじゃなかった。無駄だった」
こんな言葉がよく聞かれます。
それは、本当に意味がなかったことなのでしょうか。
そんなことはありません。
もちろん意味があります。
トライして、無駄と思ったなら、それをやって無駄だったことがわかったのです。
「1つ進歩あり」です。
「しようか」と迷ったあげく「結局しなかった」という人と比べれば、格段の進歩があります。
それが成功でも、失敗でも、行動したことは高く評価されます。
行動しただけで、合格なのです。
行動すれば、必ず経験が残ります。
無駄だったと思えることがあれば、どこが無駄だったのかを探してみましょう。
簡単に見つかります。
無駄をひっくり返せばいいのです。
それが成長です。
見つかったこと、発見できたこと、わかったことなどがあったというのに、本当に無駄だったと言えますか。
そんなことはありません。
人生に、無駄なんて1つもないのです。
すべて成功です。
すべて貴重な経験です。
そんな宝物を、今この一瞬でさえ、手に入れている最中なのです。
24時間、あなたはどんどん成長しています。
頭の中に経験という「知的財産」が残っていくということです。
その知的財産を使って、次からはもっとうまくいくように工夫しましょう。
気づくだけでいいのです。
それだけでも立派に成長します。
考えたことは、すべて成長へと変わるのです。
「お願いします」は、魔法の言葉です。
挑戦したいと思うときや、実現してほしいと思うときは、魔法の言葉を口にします。
やってみたいことや頼みたいことがあるのに、思っているだけでは実現しません。
念じるだけで、物を空中浮遊させることは、できません。
超能力者ではありません。
願望の実現は、もっと単純で簡単です。
ほんの一言「お願いします」と口にするだけでいいのです。
できなかったらどうしようと悩むのではなく、できたらどうしようと前向きに悩んでください。
明るい気持ちになり始めます。
少しの間、胸の高鳴りが止まらないかもしれませんが、そうした時間も楽しみましょう。
行動することは、積極的な行為です。
素晴らしい行為です。
行動しても、うまくいかないときがあります。
もしかしたら「お願いします」の一言が、足りなかったせいかもしれません。
言うのを忘れていたら、次から口に出しましょう。
すでに言っていれば、もう一度「お願いします」と繰り返してみましょう。
何をお願いしたいのか、相手にきちんと伝えることが必要です。
希望をきちんと口にすることで、周りへと伝わり、思い描いた道が切り開いていきます。
「うまくいったら、どうしよう」と、前向きに悩んでしまいましょう。
うまくいったら次はどうしようかと考えていると、人生が明るくなります。
生きがいを見つけると、人生が生き生きします。
私の生きがいは「人に喜んでもらうこと」です。
人の幸せが、私の幸せです。
では、私の人生の目的は何かというと「幸せ」です。
自分が幸せになったり、他人を幸せにさせたりするのが、私の人生の目的です。
この目的は、一生涯の夢です。
自分だけが幸せを感じていても、本当の幸せだとは言えません。
本当の幸せは、人に喜んでもらったときに感じることができます。
そもそも、私がこの本を書くきっかけも、ある女性に喜んでもらうためにです。
いつも私の話を聞いてくれたり、励ましてくれたり、賛成してくれたりしてもらって、お世話になっています。
私は幸せです。
幸せだから、この幸せを、その人にも分けたくなります。
本当の幸せを追求すると、いつか必ずここにたどり着きます。
幸せは自分の内側からだけでなく、外側からも感じて初めて完成します。
自分が幸せで、彼女も一緒に幸せになってくれると、私は内からも外からも幸せを感じることができます。
それが「本当の幸せ」です。
それが私の人生の生きる目的「幸せ」です。
「目的」、つまり「夢」を果たすために生きています。
私には「夢」があります。
私の幸せの方程式を紹介します。
私は、好きなことをたくさんします。
お金を払って本を読み、映画を見て、人と出会い、好きな仕事を通じて学びます。
それが頭の中に「知的財産」として残ります。
お金が目に見えない「知的財産」として変わります。
ここまで来ると、経験という「知的財産」は消去不可能です。
お金が消えた代わりに、消えることのない「知的財産」へと姿を変えたのです。
次に私は、その「知的財産」を使って、本を書きます。
私は考えるのが大好きです。
だから考えながら本を書きます。
好きなことだから「集中」できます。
できないことがあっても「根気」で切り抜けることができます。
すると、頭の知的財産は「本」へと変わりました。
ものですが「精神的なもの」です。
今までいろいろなことを経験して得たノウハウやエピソードが詰まっています。
単なるものではなく、精神的なものです。
その本作品で得た収入で、また好きなことをやります。
読書、映画、仕事や人付き合いなどです。
それがまた知的財産となって本になる繰り返しです。
本が出来上がったら、それだけでとても幸せです。
それを読んでくれた人も一緒に幸せになってもらえれば、もっと幸せです。
そのときに初めて私は、内と外からの「本当の幸せ」を感じ、人生の目的「幸せ」となります。
この繰り返しです。
今、あなたが楽しんでいることを突き詰めれば、いつか人のためになります。
好きなことは、人それぞれです。
意識的に見せたり、食べたり、触ってもらいましょう。
相手が喜んでくれると、自分も嬉しくなります。
「幸せだな」と感じるのです。
前向きに行動をしていると、時には失敗してしまうことがあります。
失敗するのは仕方ありません。
積極的に行動した領収書です。
もちろんうまくいくに超したことはありませんが、完璧な人はいませんから失敗することもあります。
時には、怒鳴られることもあるでしょう。
しかし、誤解しないでください。
怒鳴られたとしても、あなたは悪くありません。
悪いのは、行為だけです。
怒鳴られると、自分の人格を否定されたかのように感じます。
しかし、違います。
人格を否定しているのではありません。
ただ、行為が悪かっただけです。
人格まで否定しているわけではないので、落ち込む必要はありません。
むしろ、悪い行為が見つかっただけでも喜ぶことです。
普通は、わざわざ叱ってくれません。
私は小さいころ、よく親や先生に叱られました。
叱られるたびに、よく落ち込んでいました。
「なぜ、自分ばかり叱られるんだろう」と、不満を感じていました。
しかし、成長するにつれ、わかりました。
叱ることは、実は面倒なことなのです。
叱る価値さえない人なら、普通は無視をします。
すぐ会社を辞めさせるか、突然仲間から外されます。
叱ることは面倒なことだからです。
わざわざ時間をかけて、悪いところを指摘してくれるのは、あなたに叱る価値があるからです。
成長する見込みがあるからです。
人間としての価値を認めてもらっているのです。
落ち込む必要はなく、バネにすればいいのです。
悪かったところは素直に認めましょう。
反省して、次からはうまくやればいいのです。
幸せに気づくことができる、魔法の言葉があります。
「ありがとう」です。
あなたの周りは、すでに豊かさであふれています。
にもかかわらず、なかなか気づくことができません。
そこで、魔法の言葉「ありがとう」を言ってみましょう。
すると、見えなかった「ありがとう」に気づけます。
友人の存在に、ありがとう。
親の優しさに、ありがとう。
蛇口をひねれば、水が出てくることに、ありがとう。
火が使えることに、ありがとう。
感謝すべきことは、たくさんあります。
本来、人はとても幸せなのです。
ただし、なかなかみんな、それに気づいていません。
世界は今、資本主義社会です。
物が少なかった時代は、物を手に入れることに貪欲になりました。
それは良かったのですが、その欲が今でも大きいことが心配です。
今は、物があふれる時代です。
物質的に豊かな時代になりました。
物があふれすぎていて、精神的豊かさが埋もれてしまっています。
もちろん物があることは、幸せなことです。
しかし、所有がいちばんの豊かさとは限りません。
幸せに必要なのは、物質的豊かさではなく、精神的豊かさです。
物の所有ばかりに偏りすぎず、精神面の重要性に気づきましょう。
今自分がお世話になっていることすべてに「ありがとう」と言ってみましょう。
「すべてに対して」と言って差し支えないほど、実は恵まれています。
すべての最後を「ありがとう」で締めくくってみましょう。
あなたが感謝の気持ちを持てば、周りの様子が違って見えてきます。
幸せは、なるものではなく、気づくものなのです。
性善説を知っていますか。
昔、中国の孟子が説いた教えです。
「人の本性は善である。悪は善のために生まれる」という、善第一主義の教えです。
人はすべて性善説の上に成り立っています。
悪いことや嫌なことをする人も、何かそれなりの「わけ」があるのです。
私がアメリカのロサンゼルスに留学していたころ、数多くのホームレスを見てきました。
日本は比較的、貧富の差が小さい国です。
それに対して、アメリカは貧富の差が大きい国です。
お金を持っている人は持っていますが、持っていない人は本当に持っていません。
「その日暮らし」という生活です。
そんなホームレスを見ていると、今日を生きることに必死であることが伝わってきます。
私は「なぜ、そんな状態になってしまったのだろうか」と、よく不思議に思っていました。
ときどきホームレスを「人間以下」と軽蔑する人がいます。
たとえホームレスでも、私たちと同じ人間です。
好き好んで家を失ったわけではなく、それなりの事情があったのだと解釈しましょう。
銀行強盗をする人や人殺しをする人は、本人が好きでやっているわけではありません。
身なりや外見だけを見て判断するのではなく、いろいろな角度から見てほしいのです。
その人は善の心があって、その結果、そうなってしまったのです。
赤ちゃんは、みんな真っ白な心を持ってこの世に生まれてきます。
悪いことをたくらむ赤ちゃんなんて、1人もいません。
それが大人になるにつれ、学校、家族、会社などの環境の中で「何か」があったのです。
「性善説」
これは人間関係のキーワードです。
性善説を意識しながら、人と接していきましょう。
優しい気持ちになれます。
あなたも含めて、実はみんな、いい人なのです。
一緒にいるとこちらまで明るく楽しい気分にさせてくれる人がいます。
幸せそうな人は、素直にうらやましいですよね。
自分もそうなりたいと思います。
幸せそうな人を見ながら「なぜこんなに楽しく明るくなれるのだろう」と考えているうちに、はっと気づきました。
ある3つの口癖が、共通しているのです。
シンプルで、当たり前の言葉です。
しかし、これほど奥の深い言葉もありません。
「ありがとう」という言葉で、感謝をストレートに伝えることができます。
「ごめんなさい」という言葉で、過ちを素直に認めることができ、人間関係の誤解を解けます。
「お願いします」という言葉で、自分が願う希望を叶えやすくなります。
シンプルですが、奥の深い言葉です。
この3つをきちんと口にできる人は、人生が豊かになります。
楽しく明るく幸せになります。
魔法の言葉のようなものです。
魔法の言葉に、魔法のつえは不要です。
口1つあるだけで、十分です。
プラス思考の口癖を使うほど、あなたも、周りの人も、気分が良くなります。
気分よく毎日を送るために「ありがとう」「ごめんなさい」「お願いします」を、口癖にしましょう。
魔法の言葉「ありがとう」の使用上の注意です。
「笑顔」で言いましょう。
「ありがとう」を言うとき、もちろんそれだけでも効果はあります。
それに加えて笑顔で言うと、もっと効果があります。
ちなみに歯を見せたら、完璧です。
誰でも「ありがとう」と言われると嬉しいものです。
私もここまで来られたのは、たくさんの人にお世話になってきたからです。
自分一人の力では、とうていここまで来ることはできませんでした。
ここまでに来る途中に、今になって「ありがとう」を言い忘れていたことに気づきます。
だからとはいえ、手遅れではありません。
今からでも、まだ間に合います。
「ありがとう」を伝える方法はたくさんあります。
手紙、ファックス、電話、バイク便、宅配便など、手段はいくらでもあります。
もちろんお礼を直接会って伝えても喜ばれるでしょう。
あらゆる手段を使ってほしいのです。
感謝の気持ちが伝われば、いつかまた助けてもらえます。
自分の心もすっきりします。
過去の人だからとはいえ、ほうっておかないようにしましょう。
幸せの神様は、感謝する人のもとへ舞い降りてきます。
あなたが今、お世話になっている最中なら、今すぐ笑顔で「ありがとう」と感謝しましょう。
相手は必ず喜んでくれます。
私の母は、機会があるごとに口にするフレーズがあります。
「人は人。自分は自分」というフレーズです。
幼いころは見識が狭く、意味がよくわかりませんでした。
むしろ「人と同じであることのほうが良いこと」と思っていました。
しかし、19歳のころから留学を始めて、私の価値観が大きく変わりました。
アメリカのロサンゼルスは、人種のるつぼです。
世界各国から、いろいろな人が集まっているところです。
ロサンゼルスで生活を始めた衝撃は、今でもはっきり覚えています。
いろいろな人種や文化が、同じ都市に集まって暮らしています。
日本人、韓国人、中国人、アルメニア人、ベトナム人、イタリア人などです。
「本当にいろいろな人がいるな」と痛感しました。
それだけたくさんの人が集まっても、秩序がありました。
アメリカには、お互いの違いを認め合う考え方が、文化としてあります。
「素晴らしい」と思ったのです。
そうした経験を重ねるうちに、自分の見識の狭さを恥じました。
そのとき、母の「人は人。自分は自分」という言葉を思い出しました。
「同じ人はいない。人それぞれ」ということです。
納得した瞬間です。
そのときから、多くの人を寛大な目で見ることができるようになりました。
偏見や先入観が消え、ありのままを受け入れられるのです。
それは自分に対しても、考えることができるようになりました。
私は、他の人と変わっていると感じます。
変わった部分が、誇らしく感じられるようになりました。
日本の社会は、みんな、同じようにするための教育がまかり通っています。
みんなと違っていると、変な目で見られたり、いじめにあったりします。
誤解を恐れずに言えば、出る杭が打たれやすい社会です。
受験1つにしても、みんなが同じ1つの答えを答えることができるかどうかの試験です。
みんなと同じ答えを出せない人は「落ちこぼれ」と言われます。
それでは創造力が養われません。
そういうのが苦手で、抵抗がありました。
答えはいくつあってもいいし、答えを見つける方法も、たくさんあっていいはずです。
自分の視野を広げるためには、1つの価値観だけでなく、たくさんの価値観を吸収すればいいのです。
たくさんの人と出会い、たくさんの経験をして、たくさんの本を読んでいきましょう。
「変わった性格だね」と言われることが、快感になるのです。
好きなことをするのに、待つ必要はありません。
今すぐやり始めましょう。
何でも、始めたいと思ったときが、ベストタイミングです。
世の中には、2種類のタイプの人がいます。
やりたいことを今すぐ行動する人と、いつまで経っても行動しない人です。
私は、考えることが好きです。
考え方を表現したい欲求があります。
これを書いている最中も「まだ知識が足りないのではないか」と首をかしげるときがあります。
それでも私は、今、やります。
十二分になるまで待っているうちに、人生が終わってしまうでしょう。
「もっと経験を積んでから。もっと資金に余裕ができてから」
と言っていると、そのときがくれば「もっと経験を積んでから。さらに資金を貯めてから」と思うでしょう。
完璧を求めると、切りがありません。
本当に好きなことであるなら、待つことは諦めることです。
人生はあっという間に過ぎるというのに、のんびりしている場合ではありません。
今から始めれば、今すぐ、充実した生活になります。
失敗も挫折も、成長するための材料になります。
自分らしい人生が送れていることに喜びを感じます。
今から始めれば、10年後にはプロになっていることでしょう。
今からでも遅くはありません。
少しでも早くから好きなことに手をつけられれば、その瞬間から充実した人生が送れます。
それに気づくことが大切です。
幸せになるために大切なことは、精神的豊かさです。
精神的豊かさの1つに、友人があります。
友人は、幸せに関係する大切な存在です。
ドイツの詩人シラーは言いました。
「友情は喜びを2倍にし、悲しみを半分にする」と。
友人の力は偉大です。
シラーの言葉のとおり、悲しみは半分にする一方、喜びは2倍にしてくれる力があります。
友人は、人生を豊かにするために必要な存在です。
友人と仲良くなるのに待つ必要はありません。
積極的に仲良くなっていいのです。
友人が悲しむときは、あなたの出番です。
友人が喜んでいるときは、あなたも一緒に喜んであげましょう。
友人の幸せは、あなたの幸せです。
その基本は「ギブ&ギブ」です。
見返りを求めない、純粋な気持ちの表れです。
「ギブ&テイク」では「きちんと恩は返してください」という意味になります。
ギブ&ギブは、まずあなたから先に始めることが大切です。
友人のために力になってあげましょう。
それはお金では買えない「友情」へと変わります。
さらに時間というトッピングもあわせれば「親友」になります。
実際、親友までになるにはとても時間がかかるものです。
親友とは、童心になれる関係です。
利害関係なしで付き合っていける関係です。
何でも話せる関係であり、困ったときにはあなたのことを心の底から心配して、遠くからでも駆けつけてくれる関係です。
貴重な存在です。
人生にたった1人でいいから、親友がいるなら幸せです。
2人もいたら、小躍りするところです。
親友は、あなたにとって本当にかけがえのない存在です。
幸せを運んできてくれる存在になるのです。
人は誰かに必要とされるときに、幸せを感じます。
必要とされるための2つの大切な要素があります。
能力と存在です。
必要とされるときは、必ずどちらかが関係します。
時には能力と存在の両方のときもあります。
たいていの友人や自分に関係ある人は、あなたの能力を必要とします。
あなたの知識や技術を、必要とするのです。
もちろんそれも大変嬉しいことです。
そこでもう1つ知っておきたいことは、能力にはあなたの代わりがいるということです。
たとえば、日本料理の技術を取得した人が2人いるとします。
上手な人と、もっと上手な人です。
店で料理をつくってもらうのは、いちばん上手な人にやってもらいます。
お客さんに2番目に上手な人の料理を出すのは失礼なことだからです。
1番から下は不要です。
必要でなくても、補欠ということになります。
1番以外は補欠になってしまうのです。
能力の場合、競争の世界なのです。
2番や3番は、1番になろうと必死になります。
1番は追い抜かれないように必死になります。
能力中心の競争は、ずっとにらめっこ状態が続きます。
これは疲れます。
能力主義の日本がストレスで悩むのも無理ありません。
対策としては、自分の価値を変えればいいのです。
あなたの本当の価値を、能力から存在に変えるのです。
存在に自分の価値をおけば、競争はありません。
世界であなたはたった1人です。
オンリーワンなのです。
あなたのことを「変わっている人だ」と言われるところに働きに行きましょう。
あなたの変わっているところに価値を認めてくれる人がいれば、お世話になりましょう。
私は友人を1人も捨てることができません。
私の目には、どの人も全然違って見えます。
実際、同じ人は1人もいません。
ストレートな発言をする人、人望のある人、優しい人、面白い人、みんながそれぞれの個性を持っています。
先ほどの料理人の例も、いちばん料理がうまい人が能力で雇われるなら、2番目は存在で雇われるといいでしょう。
彼がいると場が明るくなる、みんなやる気になるようなそんなムードメーカーになります。
料理技術という能力があり、ムードメーカーという存在があるなら、彼は2番でも1番より強い存在です。
能力と存在の例は、あらゆる人間関係に通じます。
親子関係や好きな人との関係は、存在主義の関係です。
仕事での利害関係、年功序列や終身雇用の崩壊は能力主義の関係です。
あなたの能力は、どんどん伸ばしましょう。
個性はさらに伸ばしましょう。
日本社会では、出る杭は打たれますが、出すぎた杭は打たれません。
出すぎた杭に、存在を感じるのです。
あなたは24時間、神様からかけがえのない宝物を受け取り続けています。
それに気づいていますか。
「今」です。
「今」を、常にあなたは神様からプレゼントされています。
実は世の中、時間は1つしかありません。
「今」だけです。
あなたは「今」を一生涯ずっと神様からプレゼントされると約束されています。
誰が約束したのかはわからないけれど、この約束は自分で破りたくても破れません。
英語で「Present」には、2つの意味があります。
「今、現在」という意味と「プレゼント(贈り物)」という意味です。
おや、神様のいたずらでしょうか。
偶然にも「プレゼント」という意味である「今、現在」という意味は、同じ「Present」という言葉で表現できます。
「今」があるから、あなたは今、いろいろできます。
目に見えない不思議な存在です。
物ではありません。
心で感じる精神的なことです。
「今」ほど激しい新陳代謝はありません。
人はいろいろなことに頭を悩ませますが「今」が新陳代謝していくおかげで生まれ変われます。
「今」現在でさえ、あなたは生まれ変わっているのです。
けがをしても大丈夫です。
時間がたてば、いずれ治ります。
失恋しても、大丈夫です。
時間がたてば、いずれ立ち直れます。
緊張していても、大丈夫です。
時間がたてば、いずれ慣れます。
恥をかいても、大丈夫です。
いずれ、恥でなくなります。
時間の経過とともに、すべてが新陳代謝しているおかげです。
年を重ねると、人の免疫作用である新陳代謝の速さは遅くなります。
しかし「今」という新陳代謝は、いつまでもスピードが一定です。
しかもとてつもない速さです。
追い抜くことも、追い抜かれることもありません。
追いつくことだけで、精いっぱい。
スピード違反で警察が来ることもありません。
それくらい激しく速い新陳代謝なのです。
何があっても大丈夫です。
心配する必要はなく、時間がたてばなんとかなります。
「今」というのは「今」を生きるために大切な宝物なのです。
「今」があるだけでどれだけ幸せであるか、あなたは考えたことがありますか。
「今」があるだけで、何でもできるのです。
自分の友人関係を振り返ってみましょう。
自分からその人を見て「精神的に豊かだな」と思えば、あなたも同じくらい精神的に豊かです。
人は、自分の精神的豊かさに応じた人と出会えます。
「波長」や「価値観」が合うという意味です。
似た者同士が、引き付け合う法則があるのです。
しかし、ここからが大切です。
似た者同士で楽しむのもいいのですが、それで満足するのは勧められません。
ぜひ、自分より、レベルの高い人を見つけましょう。
成長するためです。
「自分もあんなふうになりたい」という手本を見つけ、真似ながら振る舞います。
振る舞っているうちに、いつか、そうなれます。
同じ行動をすることは、同じ価値観で生きることです。
相手のレベルに引き上げられ、自分がレベルアップしていくのです。
これを心理学では「As ifの法則」といいます。
「そのように振る舞う」という意味です。
そのように振る舞っていれば、いつか本当に、そうなります。
大切なことは、自分にとって、手本となる人がいるかどうかです。
手本を1人でもいいので、見つけて、真似をしましょう。
手本は、会社の先輩でも、本の著者でも、映画の主人公でもかまいません。
レベルの高い人の生き方を参考にして、生活向上の糧にするのです。
「この人はすごいなあ」と思う人でいれば、素晴らしい先生に恵まれている証拠です。
自分もそうなりたいと思うことは、そうなれる可能性を秘めています。
弟子になり、学べるところは、すべて学んでしまいましょう。
あなたの人生は、過去向きですか。
それとも未来向きですか。
人には、2種類の人がいます。
自分の考え方が、過去向きか未来向きかでわかります。
私は、高校2年の修学旅行から写真をよく撮り始めました。
自分の過去を残しておきたい欲求です。
以後、22歳までの間に1,000枚を越える写真の山によって、自分の過去を確認していました。
自分がきちんと前に進んでいるかどうか不安だったのです。
自分の過去がきちんとあったことを証明したかったのです。
そのためにいつもカメラを持ち歩き、何かあれば「シャッターチャンス!」と思い、シャッターボタンを押す。
そのためにその瞬間の経験を、いつも純粋に経験できていませんでした。
経験の最中に、カメラのことが頭にあったからです。
2003年のカウントダウンは、ニューヨークのタイムズ・スクエアで過ごしました。
新年を迎える瞬間「3、2、1」とみんなが1つになっている中、私はカメラに必死だったのです。
そのときからです。
「あれ、何か違うな」と、気づき始めたのは。
いつも過去のために必死となり、純粋に今を感じていなかったのです。
それに気づいてからは、写真を撮るのをやめました。
写真を撮るという行為が、妙にむなしく感じられるようになったのです。
その後、今まで撮った写真を全部捨てました。
過去のために今、必死になるのではなく、未来のために今、必死になろうと心を一新したのです。
「せめて写真を捨てなくても良かったのに」とたくさんの人に言われました。
私は、やるかやらないかはっきりした性格です。
ぐずぐずするのは苦手です。
実際、写真を全部捨てた後は、驚くほど心が軽くなりました。
思ったより軽くなり、本当にびっくりしました。
写真という鎖から解き放たれて、今まで自分がどんなに縛られていたかに初めて気づきました。
写真があってもなくても、問題なく生きていけることにも気づきました。
私は昔、写真がなくなれば「人生、終わった」と思ったものです。
写真がなくても生きていけます。
写真がなくて生きていけないなら、カメラができる昔の人たちは生きられなかったはずです。
さすがに写真を捨てるということに抵抗感を抱く人も、なかにはいることでしょう。
そういう人は、無理をしてまで写真を捨てる必要はありません。
前向きになりたくても、写真を捨てることには抵抗があるという人は、せめて過去にこだわりすぎないようにすればいいのです。
私がしたことは、自分にとって写真は後ろを振り返って後悔をするための材料になってしまっていたから、捨てたわけです。
別の方法を使い、前向きになれるならば、どんどん実践していきましょう。
後ろを振り返ってしまってなかなか前向きになれない人は、後ろにある物を捨てればいいのです。
根本的に後ろを振り返ってしまうこともなくなります。
どうすれば前向きになれるかを自分なりに考え、実践していくことが大切なのです。
学生時代、100メートルハードルを走ったことがありますか。
ハードルを跳び越えながら走る競技です。
上手に跳び越えるつもりが、うっかりハードルの1つに足が引っかかり、ハードルを倒してしまいます。
痛そうに見えるのですが、実際やってみると、そうでもありません。
走っている最中は、走ることに夢中になっているので、痛みがあまり感じられないのです。
人生もこれと同じです。
人生を、100メートルハードルの競争で例えてみましょう。
人生には、2つのことしかありません。
「目的」と「目標」です。
ゴールが人の「目的」にあたり、途中に立ちはだかるハードルが「目標」です。
人はゴールに向かって、全速力で走ります。
途中で、いろいろなハードルがあります。
高いハードルや低いハードルがあります。
高さの変化するハードルもあれば、動くハードルなどもあり、さまざまです。
ハードルは、必ず跳び越えなければいけないわけではありません。
避けることで、前に進むこともできます。
ただし、何も得ることなく進むことになります。
せっかく成長できるチャンスを見逃すことになります。
勇気を持ってハードルを跳び越えようとするとき、ミスをして、ハードルを倒してしまうことがあります。
もちろん痛いですが、不思議と痛みが小さく感じることでしょう。
「何かに当たったかな」というくらいです。
全力が前に進もうとする集中力が、痛みを和らげるのです。
どんどん前へと進んでいくため、調子がいいのです。
行動しない人は「失敗が怖い」と言います。
しかし「怖い、怖い」と言っているうちは、全力をまだ出していない証拠です。
実際に全力で好きなことをしているほど、痛みはあってなくなります。
怖くなくなるのです。
大切なことは、全力になることです。
全力になれば、痛みは小さくなります。
人生における、恐怖も、小さくなるのです。
何かに失敗してしまったとき「ごめんなさい」と言えば立ち直れます。
まずなにより、その一言からです。
世の中には、たったこの一言がなかなか言えない人がいます。
それも意外に多いのです。
「ごめんなさい」の一言を、プライドや肩書が邪魔をして、なかなか言えないのです。
プライドや肩書は、捨てても大丈夫です。
それらがなくても、人生はうまくいきます。
むしろプライドや肩書があると、自分が本当にやりたいことから遠ざかってしまいます。
この3つは、人生を明るく楽しく生きていくために必要な言葉です。
この3つの言葉がしっかり言える人ほど、人生がうまくいきます。
幸せになれます。
簡単な一言ですから、心を込めて言うのがコツです。
私は小さいころ、その3つの言葉を言うときに、よく母から「心がこもっていない」と言われていました。
心がこもっていないと、相手の心に届きません。
心を込めるコツがあります。
「ありがとう」と言うときは、笑顔で言うことです。
「ごめんなさい」と言うときには、頭を下げて言うことです。
「お願いします」のときは、相手の目を見つめることが大切です。
簡単ですから、特に子どもが得意です。
大人になるにつれて、言いにくくなっている人が多いです。
子どもは「ごめんなさい」をはっきり言えるから、たくさんの失敗を乗り越えることができているのです。
愛されるコツは、初めにこちらから愛してしまうことです。
「愛されるまで、私は動かない」と、頑固になると逆効果です。
むしろこちらから積極的に愛してしまうとうまくいきます。
どんどん愛されるようになります。
私は幼いころ、人が話しかけるまで動かないし話しかけもしない性格でした。
相手がどんな人なのかわからないから、不安だったのです。
でも、本当は相手も不安なのです。
こちらからその不安の鎖を解くといいのです。
自分が不安になるのが嫌だから、あるときから不安を解消するために話しかけるようになりました。
話しかけられるのを待っているほうが、疲れるのです。
積極的に話しかけるようになってから「みんな、いい人だ」と気づきました。
私が話しかけたことで仲良くなり、お互いの緊張も和らぎました。
こちらから話しかけたことで、緊張の鎖が解けたのです。
最初に、こちらから愛してしまうのがコツです。
愛されるようになります。
大げさに考えなくても、まず軽く話しかけることから始めるだけでいいのです。
後は自然にうまくいきます。
物は多く持つ必要はありません。
物をあまり多く持ちすぎてしまうと、本当に大切な精神的なことが見えなくなります。
そのうえ、空間までなくなります。
物を少なく持つ代わりに、一流品を持てばいいのです。
一流品のほうが、長期で見て経済的です。
物を少なく持つ代わりに、自分にとってのこだわりを持つようにすればいいのです。
私の家庭は、昔からたくさんの物がありました。
「これは何かに使える」と思い、どんどん家に物がたまっていったものです。
必要だったら、必要なときに買えばいいのです。
必要でないものを、もしものときのためにとっておくと、家にどんどん物がたまっていきあふれます。
「物がもったいない」と言う人がいれば「空間がもったいない」と言い返せばいいのです。
物がたくさんあるせいで、空間がなくなってしまうのです。
大切なことは「物」より「空間」です。
空間がなくなるということは、心に余裕がなくなるということです。
人間の精神的なところに影響を及ぼしてしまうのです。
物がたくさんあると、空間がなくなる。
空間がなくなると、余裕がなくなる。
余裕がなくなると、やりたいことができなくなってしまうのです。
物がたくさんあると、やりたいことができなくなるのです。
物がたくさんあっても、幸せにはなれません。
物より精神的に余裕があれば、やりたいことに集中できます。
空間は、精神に影響を及ぼすのです。
家庭は人生の土台です。
家庭を大切にすることは、自分の人生を大切にすることでもあります。
親と子の関係は、犬と飼い主のようなものです。
最初は鎖でつないでいますが、犬が成長するにつれて、鎖を解いていきます。
鎖を解かれて外の世界へ飛び出しても、最後は家に戻ってきます。
鎖なしで、勇気を持って外の世界へ飛び出せるのは、飼い主との強い「心の結びつき」があるからです。
親のもとを子どもが離れていくことができるのは、親との強い心の結びつきがあるからです。
心の結びつきは目には見えません。
けれどきちんとつながっているのです。
自分の家庭を大切にすることは、親との信頼関係も大切にするということです。
親との信頼があれば、どんどん外の世界にも立ち向かっていくことができるようになります。
いざというとき助けてくれるという安心感が、子どもを強くさせていきます。
親のためにも、子のためにも、まず親子の結びつきを強くすることです。
家族を大切にするということは、自分を大切にするということになるのです。
いちばん大切な精神的な結びつきは、家族の中にあります。
人には、褒められたい欲求があります。
褒められるのを待っています。
少しでも、良いところを見つけたら、どんどん褒めてあげましょう。
褒めることで、本人は自信がつきます。
自信がつくから、どんどん行動します。
行動するから、どんどん伸びていきます。
行動して失敗しても、また褒めればいいのです。
「よく頑張ったね。次も期待しているよ」
友人からの心強い一言で、嬉しくなるものです。
私は友人と話したりするときには、できるだけ楽しく会話をするように心がけています。
いつも会話の最中にはどこか褒めるところがないかを探しています。
褒めることが習慣になると、これが無意識にできるようになります。
「服のセンスがあるよね。デザインがよく似合っているよ。髪が伸びたね」
ささいな一言でかまいません。
褒めるときには、笑顔で明るく褒めるともっと相手は喜びます。
褒めることは、人間関係の大切な潤滑油になるのです。
外から感じる幸せは、他人を助けることから得られます。
大切なことは、他人を幸せにするためには、まず自分が幸せであることです。
自分が他人のために何ができるのかと考える前に、まず自分が楽しむことが必要なのです。
たとえば、おいしい料理で他人を幸せにしたければ、好きな料理の勉強をまず自分が楽しむことです。
コンピューターで人助けしたければ、まず自分が好きなコンピューターで勉強を楽しむことが大切です。
経営の仕事で人の役に立ちたければ、経営の勉強で自分が楽しむことです。
いやいや勉強や仕事をしている人に、お世話になりたくないものです。
その分野に対して気持ちが込められてなく、やる気が感じられないからです。
もし、その分野が自分は本当に好きで勉強をやるなら、言われる前にすでに勉強しています。
学校に行かないと勉強できないと言う人は、学校を卒業したら勉強できなくなります。
自分一人で勉強できる人、つまり独学できる人は、いつでもどこでも強いです。
本当に好きなら、先生を与えられるのではなく、先生を見つけます。
好きなことで、自分磨きするのです。
それを続ければ、必ず人の役に立つときが来ます。
自分が好きで勉強していたことが、いつしか人のために役立てることができる日がやってくるのです。
まずはとことん自分の好きなことを楽しみましょう。
どれだけとことん好きなことに打ち込んだかが、将来どれだけ人助けができるかになります。
「人間関係をうまくするためには、具体的に何をすればいいのですか」という質問をよく受けます。
そのとき私は「こちらから、挨拶するようにすればいいですよ」と答えるようにしています。
明るい気持ちになるためには、自分から挨拶をすればいいだけです。
「おはよう。こんにちは。こんばんは」だけで十分です。
私は、自分から挨拶をするように心がけています。
挨拶する側が好感を与え、挨拶を受ける側は好感を抱くようになっているからです。
私は、視力が悪いため、あまり遠くが見えません。
遠くからでもわざわざ話しかけてもらうと「先を越された」と思うのですが、嬉しい気持ちになります。
挨拶をするだけで、人間関係がうまくいくのです。
「どうすれば女の子にモテますか」と質問を受けることもあります。
そんなときも私は「挨拶で会話のきっかけをつかみましょう」と言っています。
挨拶は誰にでも使えます。
老若男女共通です。
もちろん部下にも上司にも、お父さんお母さんにもアメリカ人にも使えます。
会話を始めるときには、まず挨拶から入ればいいのです。
それだけで、後は次々と会話が出てきます。
話しかけるのが苦手という人ほど、まず挨拶から会話を始めることが大切です。
挨拶は、警戒を解く魔法です。
挨拶をしないと「あの人はよくわからない」と、人が避けていきます。
話しかけるから、柔らかい印象を持ってもらえるようになり、人間関係が向上していくのです。
幸せな人は、必ず笑っている人です。
笑うことができるし、笑わせることができます。
ユーモアを大切にしているのです。
これは、特に関西の人が得意です。
つまらない冗談を言っても、ノリで突っ込んできてくれます。
その点、関東の人は冷めている人が比較的多い。
「ここで笑ったら、自分のレベルを落とすことになる。それくらいじゃ、笑わないぞ」と、妙なプライドを持っています。
妙なプライドは持つ必要なんてないのです。
笑ってしまえば、それだけで楽しくなります。
笑いを我慢することは、楽しむことを我慢することです。
それでは人生を我慢することになります。
私が19歳のときに、関西の人とお付き合いをしていたことがあります。
ささいなことでも笑ってくれて、ささいなことでも笑いにしてくれ、いつも明るい雰囲気でした。
その子の家族もみんなユーモアが上手で感心したものです。
そんな人を見ていると「楽しそうだな。幸せそうだな」と思います。
笑える人や笑わせる人は、とにかく人生において得をします。
つまらないことに、笑ってあげるだけでもかまいません。
「笑い」は、人間関係をうまく築きあげる潤滑油なのです。
たった3行でいいのです。
大切な人やお世話になった人には、手紙を書くようにしましょう。
お世話になっている人に手紙を書くと、自分の心がきれいになります。
「ありがとう」という気持ちを表現しているからです。
現代社会ではメールが盛んになっています。
こんな時代だからこそ、手書きの手紙には言い表せない重みがあります。
「○○様へ。いつもありがとう。○○より」
これだけでいいのです。
大切なことは、内容より、気持ちです。
「気にかけてくれている」という気持ちが伝われば、きっと喜ばれます。
「もっとしっかりした文章でないと相手に失礼になる。時間ができれば書く」と言っていると、手紙は一生書けません。
人生は、あっという間に過ぎていきます。
はがきは常に大量に買って、いつでも書けるようにかまえてほしいです。
私は留学時代、母からよく手紙をもらいました。
時間があるときに返事をしようと思っても、なかなか時間ができません。
それ以前に「時間ができたら書く」という姿勢は、相手に失礼です。
手紙をもらったら、返事をする時間はなくても、つくらなければいけないのです。
お礼は、いちばんに優先しましょう。
ありがとうの手紙は、考えてみると、書きたい人がたくさん出てきます。
考えても出てこない人は、いないはずです。
たくさん書く必要はありません。
短くてもいいので、まず手紙を書いてみることです。
短く書くほうが、相手にとっても返事がしやすくなります。
私は手紙を短く書くようになり、ようやく母に手紙を出せるようになりました。
お世話になっている人に手紙を書くと、自分の気持ちが、晴れやかになるのです。
大切なことは、知識より知恵です。
知識は、時代とともに変わります。
消えたり、新しく増えたりします。
一方、知恵は、今も昔もこれからも変わりません。
普遍的なことです。
たとえば、1,000年前はCDという知識はありませんでした。
今はCDという知識が使われています。
1,000年後にはCDという知識は、すでに使われなくなっていることでしょう。
それに対して「媒体を使って伝える」という知恵は1,000年前も、現在も、1,000年後にも存在します。
媒体は「石」→「本」→「インターネット」→「?」と変わっています。
しかし「媒体を使って伝える」という知恵そのものは何も変わっていません。
伝えるための「手段」が変わるだけで、そのための「ノウハウ」は変わらないのです。
私は作品の中で、知識より知恵に力を入れて伝えるようにしています。
「どうなる本」ではなく「どうする本」を書いています。
昔も今もこれからも参考になる知恵です。
私はこの本の中でたくさんのことを言っているようですが、実は1つのことしか言っていません。
「大切なことは、物質的豊かさより、精神的豊かさ」
この1つのみです。
これを具体的にわかりやすく説明しています。
そのために、笑うこと、好き、礼儀、友人、知恵、謙虚、1人の時間、挨拶、行動、時間などの話をしています。
別々の話をしているようですが、1つの話しか、していません。
精神的豊かさを、具体的に一つひとつ話しているのです。
知識だけでは、ただの点です。
それだけでは、何もできません。
知恵があるから、知識を使って、何かができるのです。
知識は経営学、建築学、情報技術、音楽といろいろあります。
それも時間がたてば、その知識は変わります。
しかし、笑うこと、好き、礼儀、友人、挨拶、時間、空間、謙虚などは、これからもずっと変わりません。
時代が変わっても、大切な精神的な知恵です。
これがしっかり身についていれば、いつでも、どこでも、何でも、誰とでもうまくやっていけます。
知識だけを持っている人は、本人は知っているだけで使えません。
使い方を知らないからです。
使われる人になります。
使う人に共通しているのは、知恵を持っているということです。
知識をうまく使うために、知恵を身につけることが大切です。
人生を生き生き積極的に生きるために、知恵を身につければいいのです。
実は、幸せの正体は1つではありません。
幸せはたくさんあります。
幸せは無限にあります。
たくさん姿形を変えて、変化しています。
幸せに気づくために、知恵を身につけましょう。
知恵を身につければ、幸せのために人生を臨機応変に生きていくことができるのです。