仲直りができない大半は、心の問題です。
恥をかくのを恐れていませんか。
つまらない見栄を張っていませんか。
「仲直りをしよう」
そう思うあなたは、素晴らしい。
まだ謝っていなくてもかまいません。
話し合いをするなら、大きな声を出さないよう心がけましょう。
大きな声を出すと、責めるような口調や怒鳴るような口調になります。
たとえ悪気はなくても、自然とそう聞こえます。
仲直りで話しかけても、相手が素直になるとは限りません。
それどころか再び怒り始め、耳障りの悪い暴言を吐いてくるかもしれません。
「ばかなのはお前のほうだろう」
けんかは、終わり方が難しい。
けんかをしたとき、どこで終わりにしていいか、わからなくなるときはありませんか。
けんかは、始めるのは簡単でも、終わらせるのが難しい。
口げんかはいいのです。
もちろん暴言や暴力はよくありませんが、普通の口げんかなら悪くありません。
普通の口げんかは、立派な話し合いです。
日常の中には、見えないくらいの小さなトラブルはたくさんあります。
小さくささいなことで、そのため特に大きな怒りもないくらいのトラブルです。
「困るなあ」という軽い程度で相手に迷惑をかけてしまうことは、日常の中に多く存在しています。
急に話しかけて仲直りをしようとしても、なかなかうまくいかないでしょう。
反省をしないまま謝っても、誠意が伝わりません。
仲直りをしたいだけでは、相手を説得できません。
友人は、出会って自分のことを知ってもらうことから始まります。
初めて会って知り合いになり、コミュニケーションを重ねていくことでだんだん相手のことを知るようになります。
また相手もあなたのことを知るようになります。
私が子どものころは、妹とケーキのことでよくけんかをしていました。
母がケーキを買ってきてナイフでうまく分割します。
私と妹は、ナイフで分割されたケーキをもらいます。
まず自分から優しく接していきましょう。
冷たい態度を取ってばかりでは、なかなか事態は改善しません。
あなたが冷たい態度でいると相手も冷たい態度になり、仲直りのきっかけがつかみにくくなります。
次の2つの状況があるとします。
「謝ったが、許してもらえなかった」
「何もせず、許してもらえなかった」
けんかやいざこざなどのトラブルがあると、いらいらしてしまいます。
相手の気分を悪くさせてしまったかもしれませんが、それに負けないくらい自分もいらいらしてしまっているものです。
そんなときに「ごめんね」と謝ることは、とうていできる状態ではありません。
「仲直りは難しい」
そう思っていませんか。
たしかに一度けんかをすると、仲直りには手間暇がかかります。
「自分が悪いと思っていても、なかなか謝れない」
そんなときがありませんか。
たとえば、普段偉そうにしている人が、あるとき過ちを犯すと、態度と結果のつじつまが合わなくなります。
仲を悪くするつもりもないのに、仲が悪くなってしまうことがあります。
本人は一生懸命に仲良くしたいと願っているにもかかわらず、仲が悪くなってしまうときです。
気づけば、相手から避けられていることがあります。
「口げんか」には悪い印象があります。
激しい言葉で言い争い、ぴりぴりしていた雰囲気に包まれます。
今にも暴力に発展しそうな雰囲気があって、一触即発の様子があります。
時間に助けてもらうという手もあります。
時間は仲直りするための大切な味方です。
「大変だ。爆発しそうだ」
自分が悪いのか、相手が悪いのか。
仲直りをしたいなら、どちらが悪いかにこだわりすぎないことです。
もちろんけんかの発端は、どちらかにあるのでしょう。
なかなか仲直りができないのは、思い込みが原因かもしれません。
「絶対自分は悪くない」
「自分に非がないのだから、謝る必要はない」
けんかをしても、簡単に縁を切るわけにはいきません。
けんかの後は仲直り。
しかし、多くの人が、仲直りに抵抗感を持つでしょう。
仲直りに損得や勝ち負けを持ち込まないことです。
「謝ったら損をする。謝らせたら得をする」
「謝ったら負けになる。謝らせたら勝ちになる」
仲直りの場では、過去の話を掘り返さないよう注意しましょう。
話し合いの途中、過去の話を引き合いに出したくなるかもしれません。
過去にも同じ失敗をしたこと。
同棲では、相手がミスをすることがあります。
料理の味付けを間違えた。
洗濯物の一部を洗い忘れた。
仲直りとは何でしょうか。
一般的な意味としては「仲が悪かった人同士が、元の間柄に戻ること」をいいます。
シンプルに考えるとそのとおりですが、別の視点で考えると、ほかの意味もあります。
仲直りにふてくされた発言は不要です。
自分の非を認めるつもりが、知らず知らずのうちに、ふてくされた態度になっていることがあります。
自分の非を認めるのはいいですが、ふてくされた態度には注意しましょう。
仲直りとは、不仲を解消させる意味だけではありません。
仲直りとは、自分を幸せにさせることでもあります。
第三者になったつもりで、客観的に仲直りができた自分を想像してみてください。
「私は絶対悪くない」
「私は絶対謝らない」
「何が何でも謝りたくない」
人が大人に成長するのは、どんなときでしょうか。
よく食べて、体が大きくなったとき。
しっかり勉強して知識が増えたとき。
一度違和感を持った相手とやり直すのは、やはりそれなりの労力が必要です。
自然にいつの間にかというケースもなくもありません。
しかし、基本的にどちらかが積極的に仲直りをしようと前に踏み出さないかぎり、元の状態へと仲直りすることは難しいものです。
仲直りができない大半は、心の問題です。
恥をかくのを恐れていませんか。
つまらない見栄を張っていませんか。
余計なプライドに執着していませんか。
それでは、仲直りができなくて当然です。
世の中に、完璧な人は一人もいません。
冷静を保ちたくても、トラブルが起これば、感情的になることもあります。
ミスや失敗をすることもあれば、誤解や勘違いをすることもあります。
人間であるかぎり、完璧に振る舞うのは不可能です。
「絶対許せない」と思うことでも、少しでも許せるよう心がけてみてください。
許せないのは、許そうとしていないだけです。
相手に非があったとしても、心を大きくして、できるだけ許す努力をしたい。
「絶対仲直りなんてできない」と思うけんかでも、そう思い込んでいるだけ。
実際はどこかに突破口があります。
世の中に、仲直りが不可能なけんかはありません。
どんなけんかも、仲直りができるようになっています。
もし仲直りができないなら、まだ努力と工夫が足りない証拠。
あるいは、何か余計なことにとらわれている証拠です。
仲直りができないのではなく、仲直りをしていないだけではないでしょうか。
「仲直りができない」という一言は、すべての手段をやり尽くした人だけが言えるセリフです。
仲直りの努力を十分していないのに「仲直りはできない」と思い込むのは早すぎます。
どんなけんかも仲直りができるようになっているのですから、何か糸口があるはずです。
会うことができないなら、電話やメールなどの手段があります。
直接話ができないなら、第三者を通す方法もあります。
相手がひどく怒っているなら、少し時間を置いてみるのもいいでしょう。
勇気を出して、仲直りに挑戦してみてください。
きちんと謝ったり誤解を解いたりすれば、意外とあっさり仲直りできる場合も少なくありません。
捨て身の覚悟で取り組めば、必ず仲直りができます。
「仲直りをしよう」
そう思うあなたは、素晴らしい。
まだ謝っていなくてもかまいません。
まだ何も行動していなくてもかまいません。
まだ仲直りができていなくてもかまいません。
まず「仲直りをしよう」と思うだけでいいのです。
もし心が狭かったり性格が悪かったりする人なら「仲直りをしよう」とすら思いません。
「絶対自分は悪くない」と意地を張るだけになるでしょう。
「相手から謝ってくるまで口は利かない」というスタンスになるでしょう。
「何が何でも絶対許さない」という卑屈な考え方になるでしょう。
そうした考え方を持つ人もいる中、あなたは素直に「仲直りをしよう」と思いました。
これは素晴らしいことです。
「仲直りをしよう」と思うのは、あなたに優しい心がないとできないことです。
あなたに愛情がある証拠。
人とのつながりを大切にしている証拠。
人生を誠実に生きている証拠です。
仲直りをしようと思う人に、悪い人はいません。
仲直りができる・できないにかかわらず、まず仲直りをしようと思った時点で、あなたは優しい人です。
後は、その誠実な心にしたがって行動するだけです。
飾った言葉はいりません。
申し訳ない気持ちを、ストレートに表現するだけでいい。
きっと意外と簡単に仲直りができます。
「仲直りをしよう」と思う自分に自信を持ってください。
あなたのその心は、きっと相手に伝わります。
話し合いをするなら、大きな声を出さないよう心がけましょう。
大きな声を出すと、責めるような口調や怒鳴るような口調になります。
たとえ悪気はなくても、自然とそう聞こえます。
大きな声にはとげとげしい感情が含まれるため、言われた相手は不快な気分になるでしょう。
たとえ正しい発言だとしても、大きな声で言われると、冷静な話し合いを妨げます。
声が大きくなると、相手を不快にさせる。
相手を不快にさせると、怒鳴り合いになる。
怒鳴り合いになると、けんかになる。
けんかになったから、大きな声を出すのではありません。
大きな声を出すから、けんかになるのです。
どんなにいらいらしても、声の大きさは普通を保つようにしましょう。
怒りで心がいっぱいになったとしても、ヒステリックを起こさない。
たとえ相手が大声で責めてきても、自分は普段の声の大きさで返事をします。
いらいらしたとき、すぐ声が大きくなる人は特に注意しましょう。
声の大きさは、話し合いになるかけんかになるかを分けるポイントの1つです。
常に落ち着きを保てる人が大人です。
難しい場面もありますが、なるべく理性と自制心を保てるよう心がけてください。
普段と同じ声の大きさを心がければ、冷静な話し合いを保てます。
心が動揺したときは、深呼吸をすると落ち着きやすくなります。
もし「これ以上は我慢できない」と思うときは、一度その場から離れるのがいいでしょう。
仲直りで話しかけても、相手が素直になるとは限りません。
それどころか再び怒り始め、耳障りの悪い暴言を吐いてくるかもしれません。
「ばかなのはお前のほうだろう」
「こっちのほうが正しいと言っているんだ!」
「そんなこともわからないのか。本当に情けない人間だな」
どれも耳障りが悪くて不快な言葉です。
感情的な言い方をされると、仲直りをしたい気持ちが消えて、いらいらした気持ちが湧き上がってくるでしょう。
かっとなって言い返したくなるはずです。
しかし、相手が暴言を吐いてきても、同じ調子で言葉を言い返さないようにしましょう。
暴言に対して暴言で言い返すと、ヒートアップして、再びけんかが始まります。
仲直りに失敗するどころか、以前より関係が悪化してしまいます。
せっかく気持ちを整えて話しかけた意味がありません。
広い視野と冷静な心で状況を見渡してみてください。
相手も悪気があって暴言を吐いているとは限りません。
強がる気持ちがあるせいで、無礼な態度を取っているだけかもしれません。
悔しさ・恥ずかしさの裏返しで、汚い言葉を吐いているだけかもしれません。
相手が暴言を吐いてきたとしても、愚直に反応せず、とにかく冷静を貫くことが大切です。
心はいらいらしても表に出さないようにして、顔は余裕のある表情を続けましょう。
相手が暴言を吐いても、同じ調子で言葉を言い返さないこと。
暴言には丁寧な言葉で言い返すのが、大人の対応です。
丁寧な言葉で言い返すと、相手は自分の稚拙で未熟な言動に気づくでしょう。
冷静な相手に、興奮し続けることはできません。
あなたが冷静を保って話していると、だんだん相手も興奮が収まってきます。
しばらくすれば、相手も落ち着きを取り戻していくでしょう。
冷静を貫くことで、相手の反省を促すこともできます。
仲直りがうまくいき、2人で大人になれます。
けんかは、終わり方が難しい。
けんかをしたとき、どこで終わりにしていいか、わからなくなるときはありませんか。
けんかは、始めるのは簡単でも、終わらせるのが難しい。
特に長時間のけんかとなると、口論の終わりが曖昧になることも少なくありません。
もうけんかは終わっているにもかかわらず、気持ち悪い余韻を残るのも、居心地が悪いでしょう。
曖昧になりやすい喧けんかの終わりを明確にする便利な一言があります。
「はい。ここでおしまい」
けんかの終わりを断言してしまうのです。
きっぱり言い切るのがポイントです。
「けんかは終わりです。ここからは気持ちを切り替えよう」というメッセージが伝わります。
そして、けんかの険悪な雰囲気が軽くなることを実感できるでしょう。
男性でも女性でも使える便利な一言。
険悪な雰囲気を吹き飛ばせる一言。
短時間のけんかでも長時間のけんかでも、両方使えます。
「はい。ここでおしまい」と言うとき、きりりとした表情と張りのある声があれば、より効果的です。
もしこの一言を言ってもけんかを引きずるようなら「もうけんかは終わりました」と念を押せばいいでしょう。
とにかくけんかを強制的に終わらせること。
細かいことは気にせず「けんかは終わった」と言い切ることで、気持ちの切り替えがスムーズにできます。
口げんかはいいのです。
もちろん暴言や暴力はよくありませんが、普通の口げんかなら悪くありません。
普通の口げんかは、立派な話し合いです。
口げんかを通して、本音を確認できます。
正直な意見を言い合うことで、お互いの理解を促せます。
過度のヒートアップには注意が必要ですが、きちんと言いたいことを言えるのは好ましい状況です。
きちんと仲直りさえできれば、口げんかをする前より仲良くなっているでしょう。
「けんかするほど仲がいい」という言葉があるように、表向きはけんかに見えても、実際は仲がいい証拠なのです。
問題なのは「無言の我慢」です。
不平不満があるにもかかわらず、無言で我慢する。
言いたいことがあるにもかかわらず、何も言わずに耐える。
ストレスがあるにもかかわらず、曖昧にごまかして沈黙を貫く。
これは危険です。
無言の我慢は、どんどんストレスが蓄積されています。
息抜きもガス抜きもない状態なら、心の風船はどんどん大きくなっていく一方。
一つひとつの不平不満は小さくても、積み重なると大きくなります。
どんなに心の広い人間でも、器の大きさには限界があります。
限界に達して、大爆発を起こしたときが怖い。
単なる口げんかだけで終わらず、理性と自制心を失った大げんかになるでしょう。
限界に達したときの大げんかでは、悲劇的な結末を迎える可能性があるのです。
口げんかより、無言の我慢のほうが怖い。
時には感情を押し殺すことも大切ですが、どこかのタイミングできちんと伝えたほうがいい。
不平不満をためすぎないことです。
少しずつ相手に伝えていくことで、お互いの適度な距離感がつかめます。
日常の中には、見えないくらいの小さなトラブルはたくさんあります。
小さくささいなことで、そのため特に大きな怒りもないくらいのトラブルです。
「困るなあ」という軽い程度で相手に迷惑をかけてしまうことは、日常の中に多く存在しています。
ほとんどの場合、こうした小さなトラブルはそのままにしてしまいがちです。
「まあいいか」
このように思って、ついそのままにしてしまいがちです。
しかし、こうした小さなことほど、人間の本性が現れてきます。
「小さなことはどうでもいい、大きなことだから謝っておく」という意識です。
大きなトラブルは仲直りしておくことがもちろん必要ですが、小さくてささいなことも同じく仲直りをしておくようにしましょう。
ささいなことは謝ることを省略してしまいがちですが、小さなことにも気配りが行き届いていると思われるチャンスでもあります。
大ざっぱがいけないわけではありません。
大ざっぱには、大ざっぱの長所があります。
細かいことを気にせず、大胆に進んでいくことが大切なときもあります。
しかし、人と人とのトラブルごとに関しては、細かく謝り、ささいなことほど気配りしていくようにすることです。
人の心は誰しも繊細で、おろそかにしているとすぐ傷ついてしまいます。
心はガラスでできているといっても過言ではありません。
ガラスには、ガラスなりの扱い方があります。
大胆な扱い方では、すぐ傷つき、時には壊れます。
繊細なガラスのような心は、常に優しく細かく扱っていくことです。
人と人との「まあいいか」と思うような小さなトラブルこそ、細かく謝っていくほうがいいのです。
急に話しかけて仲直りをしようとしても、なかなかうまくいかないでしょう。
反省をしないまま謝っても、誠意が伝わりません。
仲直りをしたいだけでは、相手を説得できません。
考えや気持ちを整理しないままで話をしても、支離滅裂になります。
気持ちが伝わらないと、表面的な言葉として受け止められます。
言い訳がましい謝り方では、仲直りどころか、余計に相手を怒らせてしまうかもしれません。
大切なのは、けんかの原因です。
いきなり相手と向き合うのではありません。
相手と向き合う前に、まずけんかの原因と向き合いましょう。
けんかの原因と向き合ってこそ、しっかり相手と向き合えます。
仲直りの話を切り出す前に、落ち着いてけんかの原因を考えてみてください。
静かな場所で1人になって考えてみます。
食事中・入浴中・散歩中でもかまいません。
「何が原因でけんかが始まったのだろうか」と状況を振り返る時間をつくります。
時間は短くてもいいので、徹底的に深く考える時間であることがポイントです。
あらためて考えてみると、けんかの原因が小さなことだと気づけるかもしれません。
相手が悪いと思っていても、実際は自分にも非があると気づくこともあるでしょう。
実は単なる誤解や勘違いだったということもあるはずです。
原因がわかれば、同じ過ちが起こらないよう、自分の行いを改善できるようになります。
けんかの原因と向き合うからこそ、きちんと反省ができます。
反省ができるから、心から気持ちのこもった話し方ができ、仲直りもスムーズにできるようになるのです。
徹底的にけんかの原因と向き合いましょう。
相手と向き合う前に、けんかの原因と向き合うことが大切なのです。
友人は、出会って自分のことを知ってもらうことから始まります。
初めて会って知り合いになり、コミュニケーションを重ねていくことでだんだん相手のことを知るようになります。
また相手もあなたのことを知るようになります。
お互いにわかり合おうとするときに、仲良くなります。
しかし、残念なことに、人間とは揉めてしまったときに限って「わかり合うこと」を忘れがちになります。
仲良かったころはわかり合うことができても、怒りを感じると、わかり合うことを忘れがちです。
謝ることも会うこともなくなり、ついには関係が終わってしまうという悲しい結末です。
わかり合おうとしない人は、友人はできても続かないのが特徴です。
あなたが本当に相手のことをわかり合おうとしているのかどうかは、けんかをして揉めたときに初めてわかります。
いらいらすることがあっても、それでもなんとか関係を持っていたいなと思うなら本物です。
なかなかうまくはいかないですが、人との出会いを大切にしているかどうかは、普段のときよりトラブルのときにわかります。
しかし、いらいらしているからこそ冷静になれず、普段の自分ではなくなってしまいますよね。
そんなときは少し時間を置いてみてもかまいません。
冷静になるまであえて時間を置くことで、ゆっくりいらいらを消化しましょう。
消化に時間のかかるいらいらがあり、それにはやはり時間がかかります。
ある程度時間があれば、いくぶんいらいらも治まります。
私が子どものころは、妹とケーキのことでよくけんかをしていました。
母がケーキを買ってきてナイフでうまく分割します。
私と妹は、ナイフで分割されたケーキをもらいます。
しかし、こういうときに限って自分のケーキのほうが小さく見え、相手のケーキのほうが大きく見えます。
「なんで自分だけケーキが小さいの? ずるい」
ケーキは同じ大きさなのに、けんかが始まります。
妹は当然そんなことはないと否定します。
子どものころのけんかというのは、いつもささいなことから始まります。
子どもにとってケーキほど目を輝かせるものはありません。
いつも食べられるわけではなく、誕生日や記念日くらいにしか食べられない貴重なものでした。
ケーキが出るたびにけんかでした。
皆さんにも似たような経験があるのではないでしょうか。
欲の強いものほど細かいところまでこだわってしまう。
そのためけんかも起こりやすい。
そんな中、私の祖母はケーキでけんかなんてすることはありませんでした。
ケーキのことでけんかをしているところなんて一度も目にしたことはなく、むしろ誰かにあげてしまうくらいです。
私がケーキの取り合いをしている横で祖母が「貴博、おばあちゃんのケーキ、あげる」と言ってくれます。
私と妹が血眼になっているというのに、祖母はケーキをあっけなく他人に渡してしまうのです。
祖母にケーキが嫌いなのと聞くと、そうではないと答えます。
おいしいし食べたいと言います。
「子どもたちがけんかをするくらいなら、おばあちゃんのケーキをあげるほうがいい」と言います。
祖母は欲が少ないために、けんかをすることがないのです。
大人として成熟しているから欲が少なく、つまらないことでけんかをしないようにしているのです。
ケーキの大きさが少し違うくらいのことは、人生がひっくり返るほどの問題ではありません。
むしろそんなささいなことでけんかをしてしまうほうが、子どものようです。
特にケーキにこだわらない人ならどうでもいいことですが、こだわりすぎるとけんかをしやすい、ということになるのです。
強い欲を持ってはいけないわけではありません。
人間ですから欲があるのは、誰しも当然のことです。
しかし、時として、大きすぎる欲は、けんかのきっかけになりやすいのです。
まず自分から優しく接していきましょう。
冷たい態度を取ってばかりでは、なかなか事態は改善しません。
あなたが冷たい態度でいると相手も冷たい態度になり、仲直りのきっかけがつかみにくくなります。
そこで、まずあなたから優しく接するようにしていきましょう。
相手から優しく接してくれるのを待つのではなく、自分から積極的に優しく接していくことが大切です。
たとえば、買い物に行くとき、相手の大好物も一緒に買ってきます。
もちろんおごりです。
家に戻ったら「これを食べて機嫌を直して」という一言を添えて渡します。
けんかの後にもかかわらず、優しく接してもらえると、相手は心を動かされます。
いつもより優しく接すると「少し言いすぎたかな」「気遣ってくれているのかな」と思うに違いありません。
相手が出かけるとき、いつもより優しく丁寧に見送ります。
「今日は寒いから風邪には気をつけてね」と声をかけながら見送れば、相手は「心配されている」と思うでしょう。
あなたの優しさに触れた相手は、意地を張っている自分が恥ずかしくなってくるでしょう。
先に優しくなれる人が大人です。
けんかの後だから、冷たく接するのではありません。
けんかの後だからこそ、いつもより優しく接するのです。
あなたの優しさに触れた相手は、必ず温かい気持ちになります。
優しさがじんと心に染み渡り、反省を促す効果があるのです。
次の2つの状況があるとします。
「謝ったが、許してもらえなかった」
「何もせず、許してもらえなかった」
どちらも「許してもらえなかった」という結果は同じです。
結局、仲直りはできていませんが、本質はまったく違います。
「謝ったが、許してもらえなかった」という状態なら、まだいいのです。
きちんと自分なりに努力と行動をしています。
恥・見栄・プライドを捨てて、きちんと謝っています。
申し訳ないと思うだけでなく、きちんと行動までできています。
結果は残念ですが、自分に正直な行動ができています。
仲直りできなかったことは残念ですが、自分なりにベストは尽くしているのでいい。
まったく謝らないより、少しでも謝ったほうが、相手の怒りは一定程度収まります。
仲直りはできなくても、相手の怒りが少しでも収まったなら、謝った意味があるのです。
少なくとも、その努力と行動は、別の機会で生かされるでしょう。
しかし「何もせず許してもらえなかった」という状態は良くありません。
何も行動していません。
単純に努力の拒否です。
謝ることを放棄しています。
謝ることも何もしていないなら、許してもらえなくて当然です。
最初から仲直りを諦め、何も行動していません。
まったく謝らないことで、相手はますます怒りを増す可能性があります。
たとえ許してもらえないとわかっていても、自分に非があるなら、やはり謝ることが必要です。
叱られ、怒鳴られ、恥をかくだけになるかもしれませんが、それでもいい。
自分に非があるなら、仲直りできるかどうかにかかわらず、謝ることが大切です。
仲直りはできなくても、相手の怒りが少しでも収まったなら、謝った意味があるからです。
けんかやいざこざなどのトラブルがあると、いらいらしてしまいます。
相手の気分を悪くさせてしまったかもしれませんが、それに負けないくらい自分もいらいらしてしまっているものです。
そんなときに「ごめんね」と謝ることは、とうていできる状態ではありません。
ただでさえ自分が爆発しそうだというのに、そのうえさらに謝るだなんて、そんなことはできないという声が飛んできそうです。
そんなときには単純に、気が治まるまで時間がたつのを待ちましょう。
トラブル直後はいらいらも大きくて冷静な状態ではありませんが、時間がたつと冷静さを取り戻すことができるようになります。
時間がたつことを待つコツは、忙しくすることです。
忙しくなれば、自然と嫌なことも忘れ、時間もすぐたってしまいます。
忙しいという字は「心を亡くす」と書きます。
忙しくなるといらいらも忘れ、時間がたつのも早く感じるのは、心を亡くし、いらいらも一緒になくしている状態だからです。
いつも忙しすぎるのは問題ですが、ほどよく日常の中に忙しさがあることは、時には大切です。
つらいことがあり、嫌な気持ちになったときは、冷静になるまで、忙しくしていればいいのです。
仕事を一生懸命にすることでもかまいません。
遊んで紛らすことでもかまいません。
何かをして時間がたつのを待ち、冷静になり心の落ち着きを取り戻せば、仲直りもしやすくなるのです。
「仲直りは難しい」
そう思っていませんか。
たしかに一度けんかをすると、仲直りには手間暇がかかります。
相手に話しかけようにも、心理的なストレスがあると、抵抗が大きいでしょう。
相手に話しかけても、無視されるかもしれません。
けんかをするより、仲直りをするほうが、難しいのはたしか。
しかし、最初から「仲直りは難しい」と思うのは良くありません。
「仲直りが難しい」と思っていると、ますます仲直りが難しくなるからです。
「仲直りを難しい」と思った瞬間、頭の中でネガティブな妄想が広がります。
「お金も時間もかかる」「土下座が必要」「ますます怒らせる」といった悪い想像が広がります。
「仲直りは難しい」と思うのは、最初から仲直りを諦めているようなもの。
弱気になり、自然とストレスが生まれ、行動も消極的になります。
「仲直りは難しい」と思っているから、難しくなるのです。
では、どう考えるのがいいのか。
逆に考えてください。
「仲直りは簡単」と思うようにしましょう。
軽い気持ちで考えるのではなく、心の底から本気で「仲直りは簡単」と思うのがポイントです。
「仲直りは簡単」と思えば、だんだん心の中に希望の光が見えてきて、本当に仲直りが簡単に感じ始めてきます。
実際のところ、仲直りは簡単です。
仲直りのプロセスは、複雑そうに見えて、実は単純かつシンプルです。
話しかければいいだけです。
謝ればいいだけです。
握手をすればいいだけです。
相手に無視されたとしても、諦めず話しかければ、いずれ返事が返ってくるでしょう。
ほら、仲直りなんて簡単です。
1000万円の借金返済に比べてみてください。
1000万円の借金返済は、綿密な計画・多大な努力・長い時間が必要であり、本当に大変です。
1000万円の借金返済に比べれば、仲直りなんて、小さなことではありませんか。
仲直りが難しく感じるのは、あなたの心の中にある見栄やプライドが暴れ回っているからです。
「仲直りは難しい」という一言は、仲直りに必要な行動をやり尽くした人だけが言えるセリフです。
まだ何も仲直りの行動をしていないのに「仲直りは難しい」と思うのは、早すぎます。
「仲直りは簡単」と思って、勇気を出して行動してみてください。
「仲直りは簡単」と思えば、意外と簡単にできてしまいます。
「自分が悪いと思っていても、なかなか謝れない」
そんなときがありませんか。
たとえば、普段偉そうにしている人が、あるとき過ちを犯すと、態度と結果のつじつまが合わなくなります。
自分が悪いとわかっていても、抵抗感と嫌悪感が心の中で暴れ回り、素直に謝れないときがあるでしょう。
「謝ったら負け」
「謝るのは恥ずかしい」
「謝ったら自分の品位が下がる」
「謝ると自分の自尊心に傷がつく」
「自分が悪くても、とにかく謝りたくない」
自分のプライドを守ろうとする気持ちが強いと「ごめんなさい」の一言がなかなか言えません。
つい強硬な態度を取ってしまい、謝れない。
しかしそれは、純粋なプライドではなく、余計なプライドです。
本当のプライドとは「誇り」を表現するもの。
「謝ったら負け」「謝るのは恥ずかしい」などの卑屈な考え方は「誇り」ではなく「保身」です。
謝るのは子どもでもできること。
もし謝れないなら「子ども以下」ということになります。
自己保身ばかり考えて、大事な一言を言えないのは、恥ずかしいこと。
自己保身を考えて謝れないのは、本物のプライドではなく、偽のプライドなのです。
けんかと仲直りは、1セットです。
きちんと仲直りをするためにも、素直に謝らなければ、できる仲直りもできなくなります。
自分のプライドを誤解しないことです。
きちんとした大人なら、さっさと余計なプライドは捨てて、素直に謝りましょう。
自分の立場や価値が下がってでも、悪いことは素直に非を認める。
抵抗感を振り切って勇気を出してください。
恥をかいてでもいいから素直に自分の非を認めて謝れる人こそ、本当の大人です。
仲を悪くするつもりもないのに、仲が悪くなってしまうことがあります。
本人は一生懸命に仲良くしたいと願っているにもかかわらず、仲が悪くなってしまうときです。
気づけば、相手から避けられていることがあります。
先日、私はこういうお手紙をいただきました。
>職場の人が私のことを避けています。
>私は何も悪いことをしているつもりはなく、
>なぜ避けられているのかもわかりません。
>もう一度、みんなと仲良くしたいのです。
>どうすればいいですか。
このように自分が仲を悪くしているつもりはなくても、そうなってしまうことも現実にはあります。
誰かが裏でこそこそと陰口を叩いているのかもしれません。
気づかないうちに誰かに迷惑をかけているのかもしれません。
しかし、考えているばかりでは、どれも「もしかしたら」にすぎません。
本当のところは、相談を受けた私にもわからないことです。
私はこうアドバイスをしました。
>その場にいない私にも、正直なぜなのかはわかりません。
>ですので具体的なアドバイスができませんが、
>まず相手に「なぜ避けているのか」を聞いてみるといいでしょう。
>日頃から避けられているくらいですから、
>なかなかうまくコミュニケーションが取れないかと思うのですが、
>そうでもしないかぎり、解決の糸口は見えてきません。
>まず、なぜなのか単純に聞いてみましょう。
>気づかないうちに誰かに迷惑をかけていることもあるかもしれません。
>まずはそこからです。
自分がなぜ避けられているのかわからないときには、直接相手に理由を聞いてみるのも一つの手です。
直接相手に「なぜ自分を避けているのか」は、聞いてみないとわかりません。
理由がわかりませんという相談は、私も返答に困ります。
わからないときにはわかるように、単純に聞いてみることです。
「口げんか」には悪い印象があります。
激しい言葉で言い争い、ぴりぴりしていた雰囲気に包まれます。
今にも暴力に発展しそうな雰囲気があって、一触即発の様子があります。
口げんかに悪い印象があって、普段から避けたり我慢したりしている人も多いでしょう。
「口げんかは悪いこと」「口げんかをしてはいけない」と思っている人もいるでしょう。
しかし、ここに誤解があります。
たしかに口げんかは、良いことではありません。
だからといって、悪いことというわけでもありません。
「口げんか」という呼び方が良くありません。
悪いことをしているような響きがあって、ネガティブな印象が伴います。
口げんかは、本格的なけんかではありません。
言葉による軽い言い争いにすぎません。
口げんかの表現を変えましょう。
「口げんか」を「本音のぶつけ合い」と言い換えてください。
同じことですが、印象が大きく変わるはずです。
結局のところ口げんかとは、本音のぶつけ合いです。
今まで言いたかったことを、ストレートに言うだけです。
口げんかもコミュニケーションです。
自分が思っているだけでは、きちんと伝わりません。
言葉ではっきり表現しないと伝わらないこともあります。
口げんかを通して相手の本音を知ることができ、あなたの本音も相手に伝わります。
人間関係を深めたければ、たまには口げんかも悪くありません。
友人ともっと親しくなりたいなら、口げんかは悪くありません。
お互いが本音をぶつけ合うことで、2人の関係を深めるきっかけになります。
口げんかによって本音をさらけ出し、きちんと仲直りさえできれば、以前より親しい関係に発展できます。
夫婦間でも、口げんかはあっていいことです。
普段から口げんかをしている夫婦は、意外と離婚しません。
口げんかのたびに、お互いの本音がわかって軌道修正ができるため、けんかをしつつも仲はいいのです。
本当に注意したいのは、口げんかを我慢している人間関係です。
「口げんかを絶対してはいけない」と我慢を続けていると、なかなか本音を伝えることができません。
我慢に我慢を重ねることになり、大きなストレスがたまります。
あるとき限界に達して大爆発を起こすのです。
大爆発を起こすくらいなら、普段から少しずつ吐き出しておくほうがいい。
口げんかができるのは、仲のいい証拠です。
普段から本音のぶつけ合いができていれば、最悪の事態は避けられます。
口げんかをするなら、大切な約束事があります。
「暴力は振るわない」というルールです。
どれだけ口げんかがヒートアップしても、暴力だけは禁止です。
暴力は、どんな状況でも許されません。
暴力を振るったら、傷害事件に発展します。
取り返しのつかないことになる可能性もゼロではありません。
口げんかをするのはいいですが「暴力を振るわない」というルールだけは、必ず守るようにしてください。
時間に助けてもらうという手もあります。
時間は仲直りするための大切な味方です。
「大変だ。爆発しそうだ」
そう思ったときには応急処置として、とりあえずソッとしておきましょう。
相手だけでなく、もちろん自分に対しても同じです。
いらいらしてもうどうしようもないときは、ひとまず相手から離れ時間がたつのを待ちましょう。
爆発しそうな爆弾からは、触って手当てより、まず避難です。
謝ることも大切ですが、それすら受け付けない場合には、あえて時間を置くことにしましょう。
できれば相手の視界から離れ、少し時間を置いてみることです。
人のいらいらは厄介なものであり、冷静な判断をできなくさせてしまう力を持っています。
単純な物事の判断も頭の中がいらいらでいっぱいになっていると、不可能になります。
あなたもそうした経験が、一度はあるのではないでしょうか。
いらいらしたときは頭の中がそれ一色となり、冷静さを失ってしまったために物事の判断がつきにくくなってしまうことです。
これは人間なら、みな同じような現象に出くわします。
私も1人の人間としていらいらしないと言えば、嘘になります。
いらいらする出来事に直面したときは、とりあえず時間を置くことにしています。
電話中なら、一度切ります。
友人との会話中なら、いったん話を中断するかそらします。
これ以上一緒にいるとさらに悪化しそうなときは、潔く退散し、ひとまず時間を置くことが必要です。
相手も自分もいらいらしていたら、冷静な判断ができないため、解決が難しい瞬間でもあるのです。
自分が悪いのか、相手が悪いのか。
仲直りをしたいなら、どちらが悪いかにこだわりすぎないことです。
もちろんけんかの発端は、どちらかにあるのでしょう。
どちらかに何らかの落ち度があって、トラブルへと発展していった状況が多いはずです。
罪や過ちの程度によって、両者が問われる責任の比重も変わります。
「悪いのはどちらだろうか」
「責任の比重はどのくらいだろうか」
「罪の重さはどのくらいだろうか」
思い悩むこともあるのではないでしょうか。
しかし、どちらが悪いかにこだわりすぎないこと。
どちらが悪いかにこだわったところで、何もいいことはありません。
むしろ仲直りを遠ざけるだけになります。
どちらが悪いかにこだわった結果としてあるのは、責任の押し付けです。
「あなただけが悪い」「私だけが悪い」と言えば、一方的な攻撃になります。
どちらが悪いかにこだわると、罪の意識があやふやになるばかりか、責任の比重割合も偏ります。
「すべて相手が悪い」と思うと、攻撃的な態度になります。
「すべて自分が悪い」と思うと、自己虐待になります。
どちらが悪いかにこだわりすぎると、健全な仲直りがしにくくなるのです。
どちらが悪いのかにこだわるのはやめましょう。
ここで意識したいのは「けんかの原因はお互いにある」という考え方です。
「相手は悪くて、自分はまったく悪くない」ということはありません。
「自分だけ悪くて、相手はまったく悪くない」ということもありません。
「けんかの原因はお互いにある」という場合がほとんどです。
仲直りのコツは、お互いが自分の非を認め合うことにあります。
「けんかの原因はお互いにある」と思ったほうが、気持ちが楽になります。
お互いが「私も悪かったよ。反省するよ」と言い合えば、仲直りはできたも同然です。
どちらが悪いかにこだわりすぎず、お互いが反省すれば、すぐ仲直りが実現できます。
なかなか仲直りができないのは、思い込みが原因かもしれません。
「絶対自分は悪くない」
「自分に非がないのだから、謝る必要はない」
「100%、相手が悪い」
本当にそうでしょうか。
どんなけんかでも、まったく自分に非がない状態はほとんどありません。
たいていのけんかは、お互いに原因があります。
1つでもいいので、自分の悪かった点を見つけてみましょう。
じっくり自分の言動を振り返ってみると、自分にも非があることに気づくのではないでしょうか。
態度が悪かった。
声を荒らげてしまった。
言いすぎてしまった。
配慮が足りなかったり、知識不足であったりなど、未熟な点もあるでしょう。
態度なり言葉遣いなり行動なり、自分にも何らかの非があるはずです。
少しでも自分に非があれば、自分も謝る必要があります。
「自分も悪かったよ。ごめんね」という一言が言えるはずです。
そのわずかな心の余裕が、仲直りのきっかけをつくり出します。
つまらない意地を張っていると、自分のためになりません。
「絶対自分は悪くない」と意地を張っていると、視野も考え方も狭くなります。
その人に限らず、誰とも仲良くなれなくなります。
自分にも非があることを見つけることが、仲直りの近道です。
お互い謝ることができれば、ほとんど仲直りはできたも同然。
反省することで、人としても成長できます。
けんかをしても、簡単に縁を切るわけにはいきません。
けんかの後は仲直り。
しかし、多くの人が、仲直りに抵抗感を持つでしょう。
けんかした後の仲直りが必要とわかっていても、一度言い争ったからには、なかなか厳しいもの。
そんなとき、試してみてほしいことがあります。
「仲直り」を「進化」と言い換えてみましょう。
「相手と仲直りする」ではなく「相手と進化する」とします。
ほら、これだけでまったく印象が違いますね。
言葉を換えるだけで、仲直りの印象が明るくなり、未来を感じるでしょう。
進化をすると思うと、抵抗感が半減して、勇気が倍増するでしょう。
なんとか頑張って仲直りをしようと思えるのではないでしょうか。
仲直りとは、進化の一種です。
単に関係が戻るのではなく、トラブルを乗り越えたうえで関係が戻ることになります。
お互いに自分の非を認め合い、仲直りができたときには、以前より関係が深まっているでしょう。
一度もけんかをしたことがない関係より、けんかをしたことがある関係のほうが、本音を言い合ったことがある分だけ絆も深い。
「けんかをしても仲直りができた」という実績を積むこともできるため、今後の自信にもつながります。
いつまでも過去にこだわっては、未来に進めません。
つらい思いをするのは自分です。
心に闇を抱えることになり、息苦しい人生になるでしょう。
過去のわだかまりにこだわるのはやめ、未来に向けて進みましょう。
傷ついた言葉を言われても、もう気にしません。
小さなことなら、笑って済ませればいい。
ミスも失敗も、人間なら誰にでもあること。
理性や自制心を失うことも、時にはあります。
進化するために、仲直りをしようではありませんか。
仲直りができれば、2人の関係は進化できるのです。
仲直りに損得や勝ち負けを持ち込まないことです。
「謝ったら損をする。謝らせたら得をする」
「謝ったら負けになる。謝らせたら勝ちになる」
仲直りをするとき、損得や勝ち負けを意識するかもしれません。
たしかに損をするくらいなら、得をしたほうがいいでしょう。
負けるくらいなら、勝っておくほうが体裁がいいでしょう。
「できるだけ得をしたい」「なんとか相手に勝ちたい」と思う気持ちは、誰もが持つ自然な欲求です。
しかし、仲直りに損得や勝ち負けを持ち込むのは良くありません。
損得や勝ち負けを意識しているうちは、まだ自己保身にこだわっている証拠。
あくまで考えているのは、相手より自分の立場です。
「相手より自分が大事。自分がいちばんかわいい」と思っています。
保身にこだわっているうちは、きちんとした反省も謝罪もできません。
反省も謝罪もできないと、仲直りもできなくなるのです。
本気で仲直りをしたいなら、損得も勝ち負けも忘れてください。
「とにかく仲直りがしたい」という気持ちを大切にすること。
たとえ損得や勝ち負けが関係する場面だとしても、気にしないことです。
「損をしてもいいから仲直りをする」「負けてもいいから仲直りをする」といったポジティブな気持ちが大切です。
損をしてもいいではありませんか。
負けてもいいではありませんか。
損や負けがあったとしても、仲直りができれば、結果として幸せになります。
自分の心を磨くつもりで、損得や勝ち負けを忘れましょう。
損得や勝ち負けから解き放たれたとき、あなたの精神はワンランク高いレベルに達します。
物欲や金銭欲に振り回されないこと。
見栄も体裁もプライドも気にしないこと。
あらゆる欲望や執着は、あなたの意思で断ち切れます。
損得も勝ち負けも気にせず、仲直りに集中するから、仲直りがスムーズになります。
仲直りの場では、過去の話を掘り返さないよう注意しましょう。
話し合いの途中、過去の話を引き合いに出したくなるかもしれません。
過去にも同じ失敗をしたこと。
前にも同じトラブルがあったこと。
そんなとき「前にも同じことがあったよね。あのときから全然進歩していない」と言いたくなります。
たしかに過去の話を引き合いに出せば、自分の主張に説得力が出るでしょう。
過去に同じ出来事があれば、相手を納得させやすくなるように思われます。
しかし、それこそ余計な一言です。
仲直りの場で、過去の話を掘り返すのは良くありません。
過去に似た出来事があったとしても、今は関係のないこと。
過去は過去であり、今は今です。
直接関係ない過去に触れたところで、どうしようもない。
相手がどんな印象を持つか、考えてみてください。
急に過去の話を掘り返されても、相手はどう返事をしていいか、困ってしまうでしょう。
相手は「だから何?」と思って、気分が悪くなるはずです。
過去の話を掘り返しても、仲直りを妨げるだけ。
しつこく掘り返すと、話し合いの軸がずれてしまい、きちんとした仲直りができなくなるのです。
仲直りの場では、関係ない過去まで掘り返さないこと。
過去に触れたくても、ぐっと我慢です。
仲直りをするなら、あくまで今回のけんかについて話し合うのが得策です。
わだかまりの解消に集中することで、早く仲直りができます。
同棲では、相手がミスをすることがあります。
料理の味付けを間違えた。
洗濯物の一部を洗い忘れた。
掃除ができていない箇所があった。
注文していた買い物に不足があった。
うっかりごみ出しを忘れた。
そんなとき「もっときちんとしてほしい!」と思って、いらいらするでしょう。
家事にミスが発生すると、相手を叱りたくなるかもしれません。
特に簡単な家事でミスがあると「こんなこともできないの」という思いになり、もやもやした気持ちになることも多いはず。
もちろん悪意があったり限度を超えたりするなら別ですが、たまになら誰にでもあること。
完全にミスをなくしたいですが、実際は難しい。
心を大きくして、相手のミスを許しましょう。
「仕方ない」「そういうこともあるよ」「気にしないで」という一言だけでいい。
優しい一言をかけると、相手もほっとして安心できます。
人間ですから、ミスをすることもあります。
相手のミスを許せば、相手も自分もストレスが減って楽になります。
許すだけでなく、元気づければ、ますます喜ばれるでしょう。
そして、自分のミスも許しましょう。
相手だけでなく、自分もうっかりミスをすることがあります。
「失敗してしまった。自分は情けないな。人間失格だ」と責めすぎないことです。
自分を責めすぎると、落ち込んだり自信をなくしたりします。
ミスをするのはお互いさま。
お互いのミスを許し合えば、同棲は楽になります。
同棲では多くのルールがあります。
ある程度のミスを許容するようにすれば、ルールは多くても、運用が楽になります。
ミスをするのは、人間である証拠。
むしろミスがあってこそ正常です。
お互い、人間らしい魅力に満ちあふれているのです。
仲直りとは何でしょうか。
一般的な意味としては「仲が悪かった人同士が、元の間柄に戻ること」をいいます。
シンプルに考えるとそのとおりですが、別の視点で考えると、ほかの意味もあります。
仲直りとは、精神を磨く修行でもあるのです。
仲直りは、言うのは簡単でも、行うのは難しい。
難易度としては、けんかをするより仲直りをするほうが、はるかに上です。
特に激しいけんかであればあるほど、仲直りの難易度も高くなります。
仲直りは、相手とするものですが、自分とするものでもあります。
自分の非を認めるのは、素直な心がないとできません。
相手に近づくのは、抵抗感や嫌悪感に打ち勝たないとできません。
謝るのは、見栄やプライドを捨てなければできません。
仲直りを突き詰めると「自分の弱い心・苦手な心・醜い心を、どう克服するか」という問題に直面します。
だから、仲直りとは、精神を磨く修行です。
自己鍛錬の貴重な機会です。
仲直りは、難しいからこそ有意義です。
「絶対不可能」と思える仲直りほど、挑戦する価値があります。
仲直りというプロセスを通して、あなたは精神を磨けます。
人付き合いが上手な人とは、けんかをしない人ではありません。
きちんと仲直りができる人こそ、人付き合いが上手な人です。
諦めず、ぜひ仲直りに挑戦してみてください。
世の中で、仲直りほど苦しいことはないと言っても過言ではありません。
もし精神的苦痛を乗り越えて仲直りができれば、あなたの精神は以前より高いレベルに達しています。
仲直りにふてくされた発言は不要です。
自分の非を認めるつもりが、知らず知らずのうちに、ふてくされた態度になっていることがあります。
自分の非を認めるのはいいですが、ふてくされた態度には注意しましょう。
自分の非を認めるのとふてくされるのは、似ていますが違います。
どちらも「自分が悪い」と言っている点は同じですが、本質が違います。
自分の非を認める発言は「自分が悪い」と素直に反省している状態です。
まっすぐな心があり、誠実な様子がうかがえます。
一方、ふてくされた態度は、表向きは自分の非を認めていても、実際は納得できていない状態です。
「どうせ私がいけなかったんだよね」
「すべて私が悪かったんだよね」
「私なんていなくなればいいんだよね」
偏屈であるため、相手を困らせることになるでしょう。
ふてくされた態度を見せたところで、かまってもらいたい魂胆が見え見えです。
「そんなことないよ」と言われるのを期待していることがわかります。
自分が悪いと認めつつも、不誠実な印象を受けるのではないでしょうか。
ふてくされるのは、すねるより悪印象。
「面倒な人だな」と思われ、仲直りがぐずぐずするでしょう。
ふてくされたところで、自分が惨めになるだけなのです。
ふてくされるくらいなら、素直に自分の非を認めたほうが、はるかに好印象です。
「ごめんね。自分の配慮が足りなかったね」とシンプルに言うほうが、ストレートでわかりやすい。
素直な気持ちを表現すれば、相手も素直になってくれます。
仲直りとは、不仲を解消させる意味だけではありません。
仲直りとは、自分を幸せにさせることでもあります。
第三者になったつもりで、客観的に仲直りができた自分を想像してみてください。
仲直りができれば、次のような恩恵がもたらされるでしょう。
仲直りは、人生における、難しい挑戦の1つ。
仲直りができれば、達成感や満足感も得られます。
成功体験が増えるので、自分に自信がつき、自己肯定感も高まります。
こうした一連の恩恵を幸せと言わずして何というのでしょう。
少なくとも仲直りをした後のほうが、人生の充実度が増して、自分の幸福が高まっているのは確実です。
だから仲直りとは、自分の幸福を高めることでもあります。
仲直りを「自分を幸せにする方法」という考え方にしてみると、仲直りの見方や印象が変わるはずです。
仲直りは相手のためですが、自分のためにもなっています。
自分を幸せにしたい気持ちが強いなら、勇気を出して1歩前に出ましょう。
1歩目が出ると、2歩目や3歩目もスムーズになります。
自分の幸福を高める手段が、仲直りです。
「私は絶対悪くない」
「私は絶対謝らない」
「何が何でも謝りたくない」
ときどき頑固になって謝らない人がいます。
自分が悪くなければ、謝る必要はないと思っているようです。
たとえ自分が悪くても、謝ることは自分のプライドが許さず、謝れないようです。
頑固な人は、意志が強いと思われがちですが、誤解です。
頑固になって謝れない人は、実は心が弱いのです。
表向きは強く装っていても、心の奥では傷つくことを恐れ、おびえています。
自分が悪いとわかっていながら謝れないのは、心の器が小さい証拠。
強いふりをしていますが、実際は弱いのです。
むしろ本当に心が強いのは、素直に謝れる人です。
素直に「自分が悪い」と認めることができる。
時には自分が悪くなくても、問題解決を重視して、今後の人間関係のために、抵抗感を振り切って謝れる。
これは、心が強くないとできません。
つまり、本当に心の器が大きいのは、頑固になって謝れない人より、素直に謝れる人です。
いつまでもつまらない意地を張らないことです。
つまらない意地を張っていると、ずっと仲直りができず、別れるしかなくなります。
仕事をしていると、自分に非がなくても謝らなければいけないときもありますが、どんな人間関係でも同じです。
誰かと良好な関係を続けていくには、自分に非がなくても、謝らなければいけないときもあります。
いつまでも頑固になっていると、心の器が大きくなるどころか、小さくなります。
心の器を大きくしたいなら、素直になって謝れるようになることです。
「絶対謝れない」と思うときほど、挑戦する価値があります。
もし「絶対謝れない」と思うことを素直に謝ることができたなら、自分の限界を超えたことになります。
どちらが悪いかにこだわっていては、いつまでも仲直りできません。
過失や責任に関係なく、素直に謝ってしまいましょう。
円満な人間関係を築き上げるには、今もこれからも、仲直りは欠かせません。
人が大人に成長するのは、どんなときでしょうか。
よく食べて、体が大きくなったとき。
しっかり勉強して知識が増えたとき。
初めての経験でどきどきしたとき。
悔しい出来事で号泣したとき。
恥ずかしい経験を乗り越えたとき。
たしかにどれも、大人になる大切なプロセス。
心に響く経験はどれも貴重であり、心の成長には欠かせません。
しかし、もっと身近なところにある成長を見落としていませんか。
「反省」です。
人は、反省によって大人に成長していきます。
自分の行為を振り返り、よくなかった点を認めて、改めようと考える。
大人に成長するなら、反省に勝る修行はありません。
たとえば、けんかをしたときです。
けんかは「トラブル」と考えがちですが、見方を変えて「大人に成長できる機会」と考えてください。
「相手が悪い」と思う出来事でも、よく考えてみると、自分にも非があるのではないでしょうか。
1%でもいい。
少しでも自分に非があれば、反省が必要です。
「自分にも非があった」「申し訳ない」「次から改善しよう」と思うことに意味があります。
反省すれば、自分の悪いところを悔い改めることができます。
気持ちも引き締まり、心が磨かれます。
反省には精神的な苦痛を伴いますが、それは心が大きくなっている証拠。
精神的苦痛の大きい反省ほど、心がしっかり成長して、大人になれます。
「自分は絶対悪くない」と思う人は、子どもです。
「自分にも非がある」と思う人が、大人です。
大人だから反省できるのではなく、反省するから大人になれます。
人は、反省したとき、大人になるのです。
一度違和感を持った相手とやり直すのは、やはりそれなりの労力が必要です。
自然にいつの間にかというケースもなくもありません。
しかし、基本的にどちらかが積極的に仲直りをしようと前に踏み出さないかぎり、元の状態へと仲直りすることは難しいものです。
特に大きく揉めてけんかをしたときであるほど、仲直りまでの長い時間と大きな労力が必要です。
小さなけんかはそれだけ解決も早いですが、大きなけんかほど負荷も大きくなってしまうのです。
けんかをしてしまったときには、嫌な気持ちになりますが、嫌な気持ちを乗り越えて仲直りができるのは、大したものなのです。
けんかをしてしまったら、こう考えましょう。
「これは仲直りをするための大きな試練。
これで仲直りができれば、自分の器が大きくなる」。
このように日常で起こる出来事を偶然ではなく、自分が成長するために起こった必然だと考えてしまうのです。
生活の中で起こるトラブルを、乗り越えるための試練として考えれば、起こる出来事すべて必然でありベストということになります。
あなたの生活の中には、1つも無駄な出来事はありません。
一見つらい出来事でも、あなたが成長できるように起こったベストな出来事なのです。
つまずく石が置いてあるのではなく、つまずくような石を神様があなたの成長のためにおいてくれたのです。