あなたは会社に対して何を求めていますか。
報酬ですか、それともお金ですか。
会社に対してお金を求めるのか、成長を求めるのかのどちらに重点を置くかによって、これからの人生の成り行きが変わります。
成功している人は、やりたいことを貫いた人です。
やりたいことをしたから、成功できたのです。
大学生が、就職活動でこんな質問をします。
無理をしている人を、ときどき見かけます。
無理をして勉強している人や、無理をしてフィットネスへ通っている人です。
無理をする必要はありません。
リーダーシップのある人は、部下を言葉より行動で口説く人です。
言葉であれこれと言うのではなく、行動で手本を見せたほうが本人のためになるからです。
できる人には、カリスマがあるということです。
できる人とできない人の差は、会話にも表れます。
できる人は未来のビジョンを語り合い、できない人は過去の失敗を語り合います。
過去の話をしていけないわけではありません。
できる人はやる気に満ちていますから、いつも「早く行動したい。早く終わらせたい」という気持ちです。
特に予定変更をするときには、顕著に表れます。
相手先から、アポイント(予定)変更の電話が入ります。
できる人は、軽いフットワークを兼ね備えています。
突発的な仕事にもいつでも対応できるように、軽いフットワークを意識している人です。
軽さには、2種類あります。
できる人の共通点は、先手を打つことです。
先手を打つことで、有利な立場に立てます。
これは、どの世界でも共通して言えます。
数字で表すとやる気が出ます。
具体的だからです。
自分の状態を数字で表現できるというのは、わかりやすいことです。
1人で行動できる人は、間違いなく精神的に強い人です。
1人は、行動の全責任が自分に返ってきます。
つらいといえば、それまでです。
できる人は、敵さえ仲間にしてしまいます。
強い敵が仲間になると、仕事の効率が良くなるからです。
敵だからとはいえ勝ったとしても、やがて恨みから仕返しにやってきます。
気分を切り替えることは、気持ちを切り替えることです。
日頃の作業にマンネリ気味になっていても、疲れを癒やす気分転換ができていればつらい日常を乗り越えることができます。
自分の中で、どれだけうまく気分転換ができているかが成功のためのキーポイントです。
頭の回転が速く回っているときは、自然と体も動きが速くなります。
また体の動きが速いときも、自然と頭の動きも速くなります。
これは脳の神経と体の運動神経がつながっていて、連動しているからです。
できる人になるための簡単な方法があります。
できる人がもつ哲学を学ぶのです。
できる考えを身につけるのです。
できる人は、前かがみになっています。
やる気満々といった感じです。
前かがみの姿勢は、少しでも相手に近づこうという意欲の表れです。
読書をしている人は、成長している人です。
本は、先人の知識知恵の塊です。
先人は、人が経験するであろう失敗を先に経験して、そこで初めて得る知識や知恵を本にまとめて残しています。
できる人は、いつでもできるわけではありません。
できる人は、朝がいちばんできる人になっています。
むしろ朝だからできるのです。
「難しい」の一言で終わらせていませんか。
難しいかどうかは、やるだけやった人が言う言葉です。
とにかく、やってみることが大切です。
学校の勉強は暗記です。
先生が「ここがテストに出ますよ」というところをしっかり暗記ができていれば、テストで点が必ず取れます。
しっかり点が取れる人は「頭がいい」と言われます。
「あんなふうになりたい」と思ったことは、自分にもそうなれる、隠れた才能があります。
憧れがあるからです。
憧れるということは、そうなりたいと願っているということです。
日本人には、死ぬまで学び続けてしまう癖があります。
完璧を目指そうとしているから、死ぬまで学び続けてしまうのです。
死ぬまで学ぶのでは意味がありません。
考える人は成長します。
考える人が成功します。
学問は、考えないとできません。
同じ本でも、ときを変えて読み返してみると感じ方が変わっていることがあります。
本から「何を学ぶか」は「いつ読むか」がポイントです。
同じことを書いている本でも、あるときにはいちばんに刺激されることもあれば、またあるときには4番に刺激されるときもあります。
意識を変えることで、幸せに気づけます。
意識改革をしましょう。
具体的な方法は「気づく」ことです。
世の中に存在する人は、すべて先生です。
自分にとってどうでもいいと言う人は、自分のこともどうでもいいということです。
私は、小さな子どもと話すことが好きです。
本には低級も高級もありません。
本の評価は、本人のためになるかどうかで決まります。
ためになる本なら、何でも良いのです。
思い立ったら行動すればいいのです。
次はないと思ってください。
次にはやる気がなくなっています。
成功者は頭の中で、たくさんのことを考えているように思えます。
たしかにたくさん考えています。
しかし、頭の中が整理されています。
成功者に1人残らず共通する決定的な共通点があります。
「逆境」です。
それも、大きな逆境です。
私はたくさんの話を、ウェブサイトの中で紹介します。
中身のある話を、読みやすく、理解しやすいように紹介します。
どれも比較的、当たり前のことばかりです。
あなたは会社に対して何を求めていますか。
報酬ですか、それともお金ですか。
会社に対してお金を求めるのか、成長を求めるのかのどちらに重点を置くかによって、これからの人生の成り行きが変わります。
できる人は、必ず成長第一です。
会社はお金のための手段になってはいけません。
会社は自分の成長のための手段にすぎません。
会社の中で使われる身では、いつまで経っても本当に自分のやりたいことができません。
会社の利益が関係するからです。
結局、会社が儲かるための仕事です。
自分の人生は、会社のために一生を捧げているわけではないはずです。
だからこそ、会社では成長を求めるのです。
報酬はお金でいただくのではなく、成長をいただきます。
お金のことは、あとから考えたほうがいい。
まずは成長が第一、お金が第二です。
成長すれば、いつか必ず自分の好きなことでお金を稼げるようになります。
「こんな好きなことばかりして、お金をもらっていいのかな」という気持ちになれば合格です。
好きを貫きましょう。
会社の奴隷になるのではなく、会社を通して自分を向上させるのです。
人生では、お金をいくら持っているかによって幸せが決まるわけではありません。
人生はどれだけ自分の好きなことを貫いたかによって、幸せが決まるのです。
会社で成長をさせてもらったら、自分を試す場所を何も会社だけに限定する必要はありません。
今はインターネットが盛んになり、自分を表現する機会が増えました。
インターネットでなくても、人を通して新しい挑戦に出会うこともできます。
人を通さなくても、最後には自分で会社をつくってしまえばいいのです。
自分で会社を設立して経営すれば、経営のノウハウを、ありのまま学べます。
一気に成長できるのです。
たとえ失敗をしても、失敗によってたくさんのことを学べます。
人生に無駄は1つもないのです。
どこまで自分を貫き通せるかは、会社でのお金か成長かのこだわりで、すでに決まっているのです。
成功している人は、やりたいことを貫いた人です。
やりたいことをしたから、成功できたのです。
大学生が、就職活動でこんな質問をします。
「自分にはどんな適性があるのでしょうか」
20歳では、まだ適性はありません。
社会の利益を帯びた仕事をまだ始めていない人に、本当の適性ができていることのほうがおかしい。
20年そこらで、自分にぴったりの適性が完成しているわけがないのです。
適性はやり始めてから、少しずつ身についてきます。
あなたには「できること」と「やりたいこと」の2つがあります。
できることに対しては、熱心にやる必要はありません。
できることがやりたいことだとは限らないからです。
大切なことは、できることより、やりたいことです。
やりたくないことをいやいややっていても、まず続きません。
気が進まないことに対しては、熱い情熱を込めて行うことはできません。
どこかで「疲れた」と愚痴ってしまうはずです。
しかし、やりたいことをやっていれば「楽しかった」を口にしてしまいます。
たとえやりたいことができることでなくても、やり続けていくうちに、できるようになります。
そうすると、だんだんやりたいことができることになります。
時間はかかるかもしれませんが、やり続けていれば、いずれできるようになります。
やりたいことができることになれば、理想的です。
やりたいことに適性がなくても、やりたくてやり続ければ、必ず適性はついてきます。
量をこなしていれば、必ずそれはどこかで質へと転化します。
成功するためには、やりたいことをやってしまうことが、遠回りのようでも実はいちばんの近道なのです。
無理をしている人を、ときどき見かけます。
無理をして勉強している人や、無理をしてフィットネスへ通っている人です。
無理をする必要はありません。
無理をすると、まず続きません。
無理はせず、習慣にしてしまえばいいのです。
私の知り合いで音楽の勉強をしている人がいます。
音楽の学校へ行き、朝から晩までずっと音楽漬けの毎日です。
だいぶ体力を使っているようでした。
しかし、元気なのです。
ときどき彼と2人で、お寿司を食べに行きます。
そのときも彼は学校帰りであり、約束の時間に遅刻するくらい忙しかったのだそうです。
しかし、そうとは思えないくらい元気でした。
私が「あまり無理しないようにね」と言うと「無理はしていないよ。習慣になっているから、なんともない」と笑い飛ばします。
表情が生き生きしていました。
私は、彼は心配ないなと思いました。
顔は疲れていても、心は生き生きしているのです。
音楽に無理をせず、適度に習慣になっているので集中できているのです。
「続かない無理」をするくらいなら「続く習慣」に切り替えたほうが賢いです。
楽しいかどうか、好きかどうか、熱い情熱があるかどうかです。
続けられるなら、初めは初心者でも、いずれ上級者になります。
続けてやっているからです。
始める人はたくさんいます。
しかし、続ける人はとても少ないです。
もし10年も続けられれば、プロになります。
知識や技術の本当の向上は「継続」です。
継続すれば、量をこなすことになるからです。
最後に物を言うのは、量です。
習慣にしてしまうことで、量をこなすための基本が出来上がります。
リーダーシップのある人は、部下を言葉より行動で口説く人です。
言葉であれこれと言うのではなく、行動で手本を見せたほうが本人のためになるからです。
できる人には、カリスマがあるということです。
私の父は、よく挨拶をします。
家族はもちろん、近所の人にも、初対面の知らない人にも挨拶をします。
家族旅行で行った水族館の中では、案内の人と盛り上がっているくらいです。
楽しそうに生き生き行動していると、真似したくなるものです。
そんな父の行動が、私にも遺伝されています。
父があれこれと言うより、実際に行動して見せてくれたほうがよくわかります。
「百聞は一見にしかず」です。
できる人は、周りの人もできる人にしてしまうカリスマ性を持っています。
できる人は教えているわけでなく、ただ普通にやっているだけです。
そのできる人という手本が、部下には大切です。
素晴らしい手本があると、周りもつられてできる人になります。
できる人の真似をすればいいだけだからです。
できる手本を毎日眺めていると、その人のライフスタイルが人を活性化させる働きがあり、無意識のうちに学んでしまうのです。
私は今、幸せです。
私は本の中でノウハウを語りながら、自分のライフスタイルも描くようにしています。
私のノウハウが誰かの役に立てばいいなと思います。
本の中では、できるだけ自分の体験談を混ぜて語るようにしています。
あれこれと抽象的な話で責任逃れしながら話をするのではなく、自分の体験を混ぜて話をするほうが、より具体性があるからです。
また具体例は、真似しやすいという効用もあります。
会社では「礼儀よく電話に対応しなさい」と、指示する上司がいます。
それはとても抽象的です。
そんなことはわかっているのです。
誰でも印象よく電話に対応したいのは当然のことです。
部下が求めているのは「具体的な例」です。
上司は「電話に出たら『お電話ありがとうございます。○○株式会社です』と言いなさい」と具体的に教えるのです。
さらに具体的な手本は、上司が言葉で忠告するより、自らが「具体的な生の手本」を見せることです。
上司が実際に電話に出て、礼儀正しい手本を部下の目の前で見せるのです。
これができる人です。
できる人は、言葉より行動で「できる」を表現する人なのです。
できる人とできない人の差は、会話にも表れます。
できる人は未来のビジョンを語り合い、できない人は過去の失敗を語り合います。
過去の話をしていけないわけではありません。
過去にこだわりを持ちすぎてはいけないということです。
今を生き生き生きている人は、自分の過去には1つの無駄もないことに気づいている人です。
過去の話をするときでも、楽しそうに明るく話をします。
過去の失敗さえも笑い飛ばしてしまいます。
このように明るく生きている人が、成功する人です。
失敗から反省し学ぶことだけ学んでいれば、失敗を笑い飛ばしてしまうほうが精神的に良いのです。
それだけで明るく、前向きになれます。
そのうえ、将来はこのようになりたいという明るいビジョンを持っていると、さらに元気なオーラを放つようになります。
このオーラは、実は伝染する性質があります。
こうした職場の光景を見たことがありませんか。
上司が暗いと、部下まで暗くなります。
上司が明るいと、部下まで明るくなります。
トップである社長がどれだけ明るい精神を持っているかで、その下にいる部下たちにオーラが伝染していくのです。
将来の明るいビジョンを語り合うというのは、プラスオーラを高め合っているということです。
そうすることで、もっと前向きに明るくなれることを知っているからです。
私も、自分が暗くならないように、明るい話ばかりをしているつもりです。
冗談でも、暗い話はしないようにしています。
口に出しただけで、自分にも相手にも影響するからです。
失敗談を話すときは、笑い飛ばすようにしています。
もし自分が少し落ち込んでしまったときは、明るい友人に電話してプラスのパワーを分けてもらっています。
友人の明るい話を聞くだけでも、心の状態も同じくとても明るくなっていくのがわかります。
私はいつも明るく話すように心がけています。
ささいな心がけで、生活がずいぶん変わってくるものなのです。
できる人はやる気に満ちていますから、いつも「早く行動したい。早く終わらせたい」という気持ちです。
特に予定変更をするときには、顕著に表れます。
相手先から、アポイント(予定)変更の電話が入ります。
相手が「今日の昼3時に入れていたアポイントを変更したいのですが」とお願いします。
こんなとき、できる人は、昼4時に延期をするのではなく、昼2時に予定を前倒しする人です。
「ちょっと2時は難しいのですが」と言われると「では、1時はどうですか」と、予定を前倒しにします。
あげくには「今からはどうでしょう」となります。
このように対応されると、相手には「この人はやる気がある」ということが伝わります。
たしかに予定が早まったほうが、決定事項が早くはっきりするため、仕事がしやすくなります。
遅くて困ることはあっても、早くて困ることはありません。
できる人は、仕事が速い人です。
延期してしまうと、時間が延びてしまいます。
だからこそ逆に前倒しにして、予定を早めてしまうのです。
できる人は、軽いフットワークを兼ね備えています。
突発的な仕事にもいつでも対応できるように、軽いフットワークを意識している人です。
軽さには、2種類あります。
フットワークが軽い人とは、この両方ともが軽い人を指しています。
特に重荷を下ろしにくいのは、精神的な重荷です。
今の社会において、ストレスを避けて通るのは難しくなってきています。
ストレスのない人のほうが珍しいです。
人間関係もややこしくなりがちになり、精神的に重くなっています。
私が留学していたときの話ですが、当時の私は軽いフットワークを必要としていました。
フットワークが重いせいでホームステイもできないし、日本に帰ることも難しいくらいに物質的に重い状態になっていました。
軽いフットワークを実現させたいがために、ある日、持っている大量の物を思いきって処分しました。
売った物もあれば、捨てた物もあります。
中心となるものは、本です。
500冊以上の本が、突然部屋からなくなることは大きな変化でした。
部屋から物がなくなると、思ったより動きやすくなりました。
引っ越しのときはいつも大量の本に悩まされていて、引っ越しがおっくうになっていました。
フットワークが鈍くなっている状態です。
日本に帰国するにしても、ホームステイをするにしても、物質的な重さはとにかくどうしようもありません。
小さくできても、重さは同じです。
軽くできないのです。
そういうわけで、思いきって処分しました。
次に、精神的に重荷になるような物も捨てました。
写真や手紙です。
手紙は、死ぬまで一生持つ必要はありません。
「手紙は死ぬまでもつものなのだ」と信じてしまうと、今度は自分がプレゼントや手紙を出せなくなります。
自分のあげた手紙やプレゼントのせいで、相手は精神的に重くなってしまうからです。
「もしこの手紙を捨てたら、どうなるかわかっているんでしょうね……」という脅迫をプレゼントしてしまっていることになります。
手紙を見て、受け取った瞬間は嬉しいです。
しかし、その後は、もう不要です。
繰り返す思い出が1つ増えてしまい、相手には精神的に重くなります。
手紙は、長期で見ると、困ってしまうものです。
優しい人は「読み終わったら、捨ててもいいよ」と言ってくれます。
優しい人は、その手紙をずっと持っていると、相手が精神的な重荷になることを知っている人です。
私は手紙をあげるときには「手紙は読んだら捨てていいよ」と言うようにしています。
相手に手紙で縛られてほしくないからです。
しかし、ほとんどの人が冗談と受け取ってしまいます。
相手は「何を言っているの。捨てるわけがないでしょ」と言います。
本当に捨てなかったら大変です。
一生持ち続け、生まれるであろう子ども、孫へと受け継がれていくでしょう。
捨てる勇気を持つことです。
これを理解できない人は、烈火のごとく怒ります。
しかし、手紙の将来の行方を深く考えていくと、必ずそこへ行き着きます。
私が今まで受け取ったプレゼントでいちばん嬉しかったのは「理解」というプレゼントです。
私の23歳の誕生日に、友人がもってきてくれました。
「何かプレゼントしようと思ったけど、今、物を処分してるから物は欲しくないと思って、決まらなかった。ごめん」と言いました。
びっくりしました。
つい反射的に「なぜわかったの?」と聞いてしまいました。
私のことをあまりに理解していると感じ、超能力でも使っているのかと思いました。
その一言だけで、十分に嬉しかったのです。
「この人は、私のことを、本当に「理解」してくれている」と思いました。
これが「理解」というプレゼントです。
「理解」は、お金では買えるものではありませんし、販売もしていません。
物ではないから重いわけでもないし、精神的に重荷になるということもありません。
逆に、精神的に軽くなるプレゼントです。
これが、今まででいちばん嬉しかったプレゼントでした。
できる人の共通点は、先手を打つことです。
先手を打つことで、有利な立場に立てます。
これは、どの世界でも共通して言えます。
昔、平氏と源氏の合戦の時代に、源義経という人がいました。
いろいろな戦で天才的な戦術によって相手に打ち勝っていました。
彼の戦術で気づいたことがあります。
必ず先手を取っているということです。
びっくりさせられるのではなく、びっくりさせるのです。
相手の心が平常でないことは、冷静な判断がしにくいということです。
ビジネスの世界でも、先手を取るということは有利な立場に立つということです。
たとえ、電話1本でも、待つのではなく、かけることが大切です。
相手の言い訳、言い分、考え方に対して、準備ができていることは、話をできるだけうまく進めるために大切なことです。
待ち合わせ1つにも影響します。
私の高校時代の友人で、先手の達人がいました。
待ち合わせ場所へ、約束の時間に行くと、相手はすでに来ています。
これだけで、精神的に気後れしてしまいます。
相手のほうが、発言権や決定権が強くなってしまうのです。
そこで今度は、15分前に行きました。
それでも、相手は先に来ていました。
30分前に行っても先に来ています。
驚いて「いつも何分前に来ているの」と聞くと「1時間前」と言うのです。
ここまで来ると時間に正確を通り越して、とにかく先手ということになります。
彼は先に来ることで、相手に対して有利になることを知っているのでした。
私は思わず「これは手ごわい」と思いました。
先手を打つことは、できる人になるための条件なのです。
数字で表すとやる気が出ます。
具体的だからです。
自分の状態を数字で表現できるというのは、わかりやすいことです。
私はいつも読書日記というのをつけています。
どれだけ自分がこなしたかが、はっきりするからです。
どれだけ学んだかが本当に大切なことですから、正確な成長の数字というわけでありません。
それでも、自分の中で「前に進んでいる」という確認ができます。
これだけで、不安が吹っ飛ぶのです。
私は20歳を越えてから、あっという間に時間が過ぎ去っていき、毎日何もやっていないような感覚に陥るときがあります。
それもしょっちゅうあります。
軽い憂うつにさえ、なりそうなときがあるくらいです。
そんなときに今までこなしてきた量を具体的な数字で見ることで、安心できるのです。
会社でも新人時代は、まず自分のやりたい仕事はさせてもらえません。
利益を真剣に追求する大きな仕事を、最初から新人には任せられないからです。
上司は単調な仕事をやらせます。
資料整理やコピー取り、買い物係などといった、単純な作業をやらされます。
小学生でもできる作業です。
そんな単純作業でも文句を言わず、具体的な数字でほかを抜きんでることが大切です。
ゲームにしてしまうのです。
大きな仕事を任せてもらえず、自分の実力を単純な数字でしか表せなければ、どれだけ早くできるかで自分をアピールするのです。
日本は今、実力社会です。
これほど楽しい世界はありません。
量でも多いほうが、実力があると見なされます。
やればやった分、前に進むことができるという正直な世界なのです。
やっと年功序列が終わり、正直な世界になったのです。
どんどん仕事をこなすだけでいいのです。
単調な仕事ほど、数字で表しやすい仕事はありません。
大きな仕事は「誰がやったのか」の代表者の競争になります。
一見、誰もが嫌がる単調なコピーの対応こそ、実力の見せ場です。
1人でできる仕事だからこそ、数字がそのまま本人に返ってきます。
みんなが嫌がる仕事を、スピードを出してできる人は、大きな仕事も必ずできます。
誰も見ていないような仕事でも、見ている人は見ています。
気づく人は、気づいています。
数字で表すことで、実力社会のはしごを順調に登っていくことができるのです。
1人で行動できる人は、間違いなく精神的に強い人です。
1人は、行動の全責任が自分に返ってきます。
つらいといえば、それまでです。
しかし、実はとても面白い時間です。
それに自分のことを考えるために必要なことです。
私の留学生活は、ほとんど1人での行動でした。
留学前はずっと家族がそばにいて、なかなか1人の時間を持つことがありませんでした。
長期間にわたって、1人きりになったことがなかったのです。
私の留学生活は、3年半ありました。
この42カ月間の1人の時間は、私を劇的に変えてくれるものでした。
劇的と言うと大げさすぎと思うかもしれませんが、変わりました。
自分でもよくわかります。
自分と話をする時間が、十分にできました。
何もやらなければ何も起きないため、行動力が身につきました。
いつも1人だったため、いろいろなことを考えていました。
「人生とは何だろうか。何のために生まれて、なぜ生きているのだろうか。自分がやりたいことは何だろうか」
哲学のようなことを、いつも考えていました。
ついに私は、人生の意味がわからなくなり、動けなくなりました。
自分のことすら、よくわからないのです。
これは、本当につらかった。
それでもです。
何もしなければ、何も起きません。
ひたすら自分に対して、もう1人の自分が私を見て、ずっと答えを探していました。
ようやく答えを見つけたのは、留学生活3年を過ぎたころです。
自分の生きるべき道が見つかり、何のために自分は生きているのか自分なりに解決ができたときです。
この瞬間から、私は精神的にようやく落ち着くことができました。
自分のことは、自分以外の誰にもわかりません。
いちばんの理解者である自分が、自分を理解してあげないと誰も自分の将来の道を教えてはくれないのです。
1人の時間は、自分で自分のことを考える時間のことです。
他人の意見に流されず、自分が責任もって行動するためにどうしても必要なかけがえのない大切な時間なのです。
できる人は、敵さえ仲間にしてしまいます。
強い敵が仲間になると、仕事の効率が良くなるからです。
敵だからとはいえ勝ったとしても、やがて恨みから仕返しにやってきます。
勝つ人は、気持ちいいことでしょう。
しかし、負けた側は、夜も眠れないくらい悔しいのです。
いっそのこと仲間にしてしまえばいいのです。
日本の有名な昔話の1つに『桃太郎』があります。
桃太郎は、犬、サル、キジとともに鬼が島へ向かい、鬼を退治します。
物語の中では、桃太郎は鬼を殺すのではありません。
鬼を懲らしめます。
鬼だからとはいえ殺すのではなく、悪いことを自覚させ、懲らしめるだけです。
改心させるのです。
これが桃太郎の優しさです。
鬼はこの桃太郎の優しさによって改心して、やがて仲間になります。
敵は殺さず仲間にしてしまう方法が、賢い方法です。
自分の敵を仲間にしてしまうことで、お互いが向上し合えるのです。
気分を切り替えることは、気持ちを切り替えることです。
日頃の作業にマンネリ気味になっていても、疲れを癒やす気分転換ができていればつらい日常を乗り越えることができます。
自分の中で、どれだけうまく気分転換ができているかが成功のためのキーポイントです。
頭をがんがんに使って仕事をした後は、体をがんがんに使って遊びに行くことでうまく気分転換のリズムがつきます。
何かに夢中になればいいのです。
夢の中に入るのです。
「英雄、色を好む」という言葉があります。
仕事をこなす英雄ほど、女好きでよく遊ぶということです。
これが実際に現実になっています。
しっかり気分転換しないと、仕事も遊びも中途半端になってしまうのです。
まあまあなんて、やっていないと同じと考えることです。
一生懸命仕事をするから、一生懸命遊べるのです。
私の母には、ある口癖があります。
「遊ぶときは遊ぶ。勉強するときは勉強する」という口癖です。
これまで耳にタコができるくらい聞かされてきました。
私の母はたしかに、仕事をするときは必死に仕事をこなします。
食事をつくるときは、食事に集中します。
掃除をするときは、掃除に集中します。
休むときは、たかが昼寝でもクマが冬眠に入るかのように寝込みます。
母はこれでとてもうまく気分転換をしていました。
できる人は、自分の中で気分転換をしっかりできている人なのです。
一生懸命やった後は、気持ちを切り替えるために気分転換するだけでいいのです。
頭の回転が速く回っているときは、自然と体も動きが速くなります。
また体の動きが速いときも、自然と頭の動きも速くなります。
これは脳の神経と体の運動神経がつながっていて、連動しているからです。
頭と体の速さは、比例します。
机でじっとしていても頭の回転が速い人は、席を立つと動きが速く、頭の中がゆっくりしている人は、席を立ってものろのろします。
私が旅行で、ニューヨークのウォール街へ行ったときのことです。
ニューヨークのウォール街といえば、世界金融の中心です。
そこにいるビジネスマンたちが、やけに早足だったことを覚えています。
ビジネスマンが早歩きだったのは、やることがたくさんあり、頭の中が速く回っていたからです。
2人が話しながら歩いていても、やはり早口です。
私の場合も、頭の中の回転が速くなっているときは、自然と体の動きもてきぱきします。
大切なことは、どちらかを意識的に早く動かすことです。
どちらか一方が早くなれば、もう一方も連動して早くなります。
まず自分の体を、意識的に速く動かしてみましょう。
脳を直接触って動かすことができません。
体を動かして運動神経を刺激させることで、脳を刺激するのです。
体をてきぱき動かすだけでかまいません。
アメリカのビジネスマンは、朝、出社前にフィットネスに通っている人が多いです。
朝早くに体を速く動かすことで、1日のスタートダッシュをしているのです。
できる人になるための簡単な方法があります。
できる人がもつ哲学を学ぶのです。
できる考えを身につけるのです。
できる人には、物事を判断する基準があります。
基準がないと、判断できません。
つまり、価値観を持つということです。
レストランへ行き「私は麺類よりシーフードのほうがいい」と言う人は、本人に価値の基準があるからです。
麺類よりシーフードのほうが良いというしっかりした価値があるのです。
哲学を学ぶには、本人に会って、行動を真似するのがいちばん早い。
それができない人にでも、いい方法があります。
本です。
大成功した人は、必ずと言っていいほど本を出版しています。
本には、大成功したノウハウやエピソードが書かれています。
それを読むことで、その人の哲学を学べるのです。
偉人の伝記が、それに当たります。
偉人の伝記が長年語り継がれている理由は、人生の成功哲学だからです。
何を成し遂げたかより、どう生きたかのほうが大切です。
偉人の伝記は、実は成功哲学書なのです。
私も偉人の伝記には、大変お世話になりました。
大きな偉業は現在もたくさん出ています。
しかし、偉人ほど自分の生き方を貫いています。
できる人が素早く動けるのは、大切にしている判断基準があるからです。
「価値観」や「哲学」があるからです。
これを持つことで、自分のライフスタイルがしっかり確立されます。
周りに流されないくらい強い哲学を、どれだけしっかり持てるかが大切なのです。
できる人は、前かがみになっています。
やる気満々といった感じです。
前かがみの姿勢は、少しでも相手に近づこうという意欲の表れです。
前かがみになることで、相手の声も聞きやすくなるし、自分の声も届きやすくなります。
前かがみのほうが、印象がいいのです。
私は留学時代に、面白い光景を目にしました。
アメリカの白人や黒人は、いつも教室の前の辺りに座っています。
先生の教卓の前に座っている人は、やる気のある人です。
いちばん前ですから先生の声がいちばんよく聞こえるはずなのに、それでも前かがみになっています。
何か先生が間違ったことを言うと、すぐ突っ込みます。
逆に日本人は、後ろのほうの席に座っています。
それもたいてい、椅子の背にもたれ、だらりとしています。
たしかに私の場合も、楽しい授業のときは自然と前のほうに座ります。
苦手だなと思う授業のときは、自然と後ろのほうに逃げがちになります。
意欲の強さが、前か後ろかでわかるのです。
読書をしている人は、成長している人です。
本は、先人の知識知恵の塊です。
先人は、人が経験するであろう失敗を先に経験して、そこで初めて得る知識や知恵を本にまとめて残しています。
読書をすることで、心の成長が加速していくのです。
今までの単なる経験が、実は意味のある経験なのだと、糸がほどけたように理解できます。
将来、こんなことが起きるのかと、今から計画を立てやすくしてくれます。
読書によって、頭の中がどんどん整理されます。
できる人でも「読書をしていない」と言う人がいます。
その人は、おそらく謙遜して言っているだけです。
もしくは、逆にとても読んでいる人です。
日頃からとてもたくさんの本に目を通しているため、ペースが少しでも落ちると「読んでいない」と表現します。
私の父は、部屋にはそれほど本は置いていません。
書斎に本が何十冊かありますが、どれも昔に読んだような古い本が多いです。
今は読んでいないのかと思うと、そうでもないのです。
代わりに新聞を、かかさず読んでいます。
隅から隅まで、活字を拾って読んでいます。
本に限らず、活字はいろいろなところにあります。
広告、看板、雑誌など、周囲の活字を拾うだけでも、かなり情報収集ができます。
私が留学時代によく行っていた美容院の人も、よく本を読んでいました。
時間があれば、どんどん本を読んでいました。
よく本を読んでいることもあり、難しい話や面白い話をしてくれます。
日頃から本を読んでいるおかげで、表現もとても豊かです。
知識が豊富だけでなく、知恵も豊富です。
本を読んでいる人は、モテます。
話が面白く、わかりやすいです。
気も利いて、物事をよく知っているから深い話もしやすくなります。
心が広く、おおらかになります。
話を聞ける人は、知らないから聞くだけでなく、自分の中にしっかりした哲学があるから、聞くことができるのです。
哲学を軸にして、いろいろな話を吸収できるのです。
剣の達人と言われる、宮本武蔵も、よく本を読んでいた偉人です。
沢庵和尚がオオカミのように暴れている武蔵を見て、オオカミから人に変えるため、牢屋に閉じ込めます。
牢屋には、城にある万冊ともいわれる本を大量に置きます。
武蔵は、牢屋の中で何もすることがないため、仕方なく本に目を向けます。
武蔵はその牢屋にいる3年間、本を読み続けます。
読み続けて3年後には、最初はオオカミだったような武蔵が、落ち着いた武蔵へと変わります。
牢屋から出てきたときには、姿勢までしっかりして、背筋もぴんと伸びています。
本を読めば読むほど、知性や品も備わってきます。
どれだけ自分が愚かなのかに気づき、謙虚な姿勢になるのです。
経営者の中には、目的に合った本を熱心に読めば、学校に行く必要はないと言い切る人もいます。
本は、心の栄養です。
体は大きくなりませんが、心は無限大に大きくなります。
できる人は、本をいつも読んでいる人なのです。
できる人は、いつでもできるわけではありません。
できる人は、朝がいちばんできる人になっています。
むしろ朝だからできるのです。
たっぷり睡眠をした後は、頭がすっきりしています。
社会では、頭の動く午前中に頭を使う仕事をすることが大切だといわれています。
アメリカでは、朝が早いです。
早朝の6時や7時からミーティングをします。
それも朝食を食べながらのミーティングです。
朝から、スピードが速いのです。
会社に行く前に、フィットネスに通う人さえいます。
できる時間にできることをできるだけしておくことが大切です。
私の母は、朝がいつも早い。
父も会社から少し距離があるため、早めに起きます。
私も高校時代は、体操部の朝の掃除当番があったため、いつも早く起きていました。
それでも母は、もっと早くに起きます。
家族の誰より早く起きて、お弁当づくりや朝食づくりに精を出します。
私より早く起きて、さっと作業に取りかかる姿は、さすがだなと思いました。
朝からペースをあげることで、1日全体の調子も上がるのです。
朝にしゃきっとエンジンをかけるから、無駄な時間を短くできるのです。
私が高校時代に朝が強かった理由は、母の早起きのおかげでもあるのです。
「難しい」の一言で終わらせていませんか。
難しいかどうかは、やるだけやった人が言う言葉です。
とにかく、やってみることが大切です。
やってみると、思ったより難しくないことに気づきます。
もし本当に難しくてできないと思うなら、あなたの好きなことではないのです。
私は最初、本を書くことは難しい作業だと思っていました。
ですが、あっさりできてしまいました。
思ったほど難しくはありませんでした。
自分にとっての壁は「できない」のではなく「やろうとしない」ということだったのです。
自分の考え方がしっかりしている人なら、やってみればなんとかなるものです。
「もっと向上したい」という気持ちがあれば、後はやるだけです。
考えてからやるより、とにかくやってみることです。
頭の中では、シミュレーションでしかありません。
実際の経験にはかなわないのです。
それが本当に難しいのかどうかも、やってみないと本当のところはわからないのです。
私はいつも「とにかくやってみること」を大切にしています。
やろうとしていないだけの場合が多いのです。
実際にやって、壁に当たって、スランプや、量をこなしてから、初めて本当に難しいかどうかを言えます。
やってもいないことを難しいというのは、誤解なのです。
私は、挑戦する前に「難しい」と言って、すぐ諦める人が残念でなりません。
難しいかどうかは、やってみないとわからない。
とにかくやってみることが大切なのです。
学校の勉強は暗記です。
先生が「ここがテストに出ますよ」というところをしっかり暗記ができていれば、テストで点が必ず取れます。
しっかり点が取れる人は「頭がいい」と言われます。
それだと頭がいいと言われる人は、記憶力がいい人ということになります。
社会では記憶力は、それほど必要ではありません。
社会では、記憶力より記録力が大切なのです。
頭で覚えなくても、紙に書けばいいのです。
紙に書いたことは、消さないかぎり消えません。
しかし、頭で覚えたことは、消したくなくても消えます。
社会で必要な人は、学校で「頭がいい」と言われる記憶力のいい人ではありません。
社会で必要な人材は「覚えられない」と言って紙に書く記録力を持った人なのです。
「あんなふうになりたい」と思ったことは、自分にもそうなれる、隠れた才能があります。
憧れがあるからです。
憧れるということは、そうなりたいと願っているということです。
そう願うなら、自分にも「やりたい」という気持ちが生まれます。
憧れと簡単に一言で言ってしまいますが、この一言にはすごいパワーが秘められています。
テレビで歌っているアイドル歌手は、アイドルになる前には憧れとなる手本の人物がいました。
「あんなふうになりたい」と憧れることは、自分が好きなことだからです。
好きなことですから、やってみればどんどん伸びる可能性があります。
「憧れる」とは「好き」だということです。
好きなことには、必ず「憧れ」があります。
この関係は、2つで1つです。
好きなことは何かと考えるとき、自分の憧れは何かと考えると浮かんできます。
好きなことと憧れが、一致します。
憧れの対象にはどんどん憧れていきましょう。
どんどん憧れることで、どんどん具体的なイメージが頭の中で形作られます。
具体的なイメージが頭の中で出来上がると、自分の日常生活の行動が変わります。
自分の日常生活が、その憧れに向けて動き始めるのです。
それが、自分の価値観が出来上がったときです。
何かをしようとするときに、自分の憧れのイメージに当てはまるかどうかを、知らず知らずの間に考えてしまっているはずです。
それがあなたを夢へと導く潜在意識になります。
憧れるということは「あんなふうになりたい」と、心のどこかで無意識に感動しているからです。
自分の憧れを見つけたら、手本にして、憧れに近づけるようにどんどん行動することが大切です。
日本人には、死ぬまで学び続けてしまう癖があります。
完璧を目指そうとしているから、死ぬまで学び続けてしまうのです。
死ぬまで学ぶのでは意味がありません。
せっかく学んだことが発揮されないのでは、アウトプットなしで人生が終わってしまうからです。
アウトプットは必要です。
人間の価値は、どれだけアウトプットしたかで決まります。
しかし、完璧を目指してはいけません。
その代わりに「今」の「自分」の「100%」を目指すようにしましょう。
完璧を目指すと、今日より明日、明日よりあさって、今年より来年、来年より再来年になります。
それでは、人生が終わってしまいます。
学問というのは、すればするほど「まだ足りない」という感覚が大きくなります。
学ぶことで「知っていること」より「知らないこと」のほうが多いことに気づくからです。
学問をすればするほど「もっともっと、まだ足りない、まだ足りない」と無限に続くものなのです。
ここで「意識」を変えるのです。
学問の完璧を目指すのではなく、今の自分の100%を出せばいいのです。
私は、いつも本の中でも、100%の力を出し切るようにしています。
自分の哲学で惜しみなく、100%で体当たりしています。
読む人のレベルがどうであろうと、わからないところがあればわからなくても結構です。
私の言っていることが、伝わらない、理解できなければそれでもかまいません。
私は、100%しか出していません。
自分は常に100%でぶつかっていきます。
そうすることで、完璧地獄を抜け出せます。
意識を変えて、今の100%を出すようにすればいいのです。
考える人は成長します。
考える人が成功します。
学問は、考えないとできません。
学校の暗記では、考えることも学問もできません。
大切なことは、自分が考えることです。
成長ができるのです。
他人に考えてもらっては、他人が成長するだけです。
「間違うのが怖い。間違うとかっこ悪い」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
間違うことのほうが、成長します。
間違うことでも、かっこいいのです。
他人の考えの受け売りは、自分が考えたことではありません。
それは他人の考えた答えです。
答えが正しいのか、それとも間違っているのかは、後の話です。
間違ってもいいので、まず自分が考えた答えを出すことです。
正解第一より、成長第一にしましょう。
他人の考えが自分の考えと同じなら、自分の考えを言って、他人の答えと重なることでいいのです。
「どうすればいい? どうすればいいと思う?」という人は、自分で考えようとしていません。
私は人の話を聞くのが好きですから、そのためかよく愚痴の電話がかかってきます。
日常生活で起こるささいなトラブルの愚痴です。
そんなとき「どうすればいい? どうしたほうがいい?」とよく聞かれます。
しかし、私は逆に「自分はどうしたら、いちばんいいと思う?」と聞き返します。
私が考えるのが面倒だからではありません。
自分で考えたことでしか身につかないからです。
成長は自分のためにあります。
成長するのは自分です。
他人に考えてもらっては、自分が成長するチャンスを逃してしまいます。
成長するということは、他人に考えてもらうのではなく、間違ってもいいから自分が考えることなのです。
同じ本でも、ときを変えて読み返してみると感じ方が変わっていることがあります。
本から「何を学ぶか」は「いつ読むか」がポイントです。
同じことを書いている本でも、あるときにはいちばんに刺激されることもあれば、またあるときには4番に刺激されるときもあります。
読む本人が、そのときにどんな悩みを抱えているかで、本から何を学ぶかのアンテナが変わってくるのです。
同じ本でも、読む時期を変えれば、同じでない本になるのです。
これは本だけに限らず、人や物や場所にも同じことが当てはまります。
私が、映画『蛍の墓』を見たときのことです。
これは戦時中、親を亡くした幼い2人の行く末を描いた物語です。
主人公の2人は、親も家もなくし、仕方なく親戚のおばさんのところへ泊まらせてもらいます。
そこで主人公の2人が楽しそうにピアノを弾くシーンがあります。
親戚のおばさんは「みんなが戦争で頑張っているというのに、のんきに歌なんか歌うのはやめなさい」と怒鳴りつけます。
まだ当時、小さかった私は「ひどいおばさん」と思い、主人公2人に味方していました。
それが、私が20歳を過ぎたくらいから、意識が現実的に変わります。
そのときにもう一度同じシーンを見ると、受ける刺激が違うのです。
私も、怒鳴った親戚のおばさんと同じ考えで「みんな、戦争で頑張っているのに」という考え方になります。
特攻隊に代表される国のために死んでいく軍人たちと比べれば、主人公の2人がピアノを弾いているシーンは甘すぎて見えたのです。
受ける刺激は、自分がいつ見るか、読むか、経験するかに左右されます。
子どものころに親に「ばか、ばか」と言っていた娘が、今度は自分が親になり、初めて親の本当の苦労がわかることと同じです。
大切なことは「いつ」であるかということです。
いつ本を読むか、いつ映画を見るか、いつ親と話をするかです。
心の状態に応じて、受ける刺激が変わってくるのです。
意識を変えることで、幸せに気づけます。
意識改革をしましょう。
具体的な方法は「気づく」ことです。
たとえば「いいかげん」という言葉があります。
「いいかげん」という言葉は、みんな悪い印象を持っていますが、そんなことはありません。
「いいかげん」ということは、プラス思考を意味する言葉です。
「いいかげん」という言葉は、漢字で書くと「良い加減」と書きます。
つまり「いいかげん」ということは「ちょうど良い加減」です。
いいかげんであることは、実は最も良い状態であることに気づきましょう。
「いいかげんなことをするが、ちょうど良い加減だ」と意識を変えるのです。
「世間はそんなに甘くない。厳しいぞ」と言う人がいます。
これを聞いた学生はちょっと落ち込みます。
しかし、落ち込むのではなく「良かった」と安心しましょう。
地球の重力と同じです。
人は、地球に重力があるから、強いのです。
もし地球に重力がなくなったら、人間はなよなよとした弱い生物になります。
重力という抵抗のおかげだと気づくのです。
世間でも同じです。
もし、世間が甘くなってしまったら、世の中は大変なことになります。
世間にでた人は、なよなよ人間になります。
何もできないし何も努力しない人になってしまうのです。
だからこそ「世間は甘くない。世間は厳しいぞ」というお説教に落ち込むのではなく「厳しいおかげで強くなれる」と思うのです。
あらゆるマイナス思考は、プラス思考に変えることができます。
必ずです。
意識をちょっと変えてしまえばいいのです。
「マイナス」を「プラス」に変えるために、ちょっと気づくだけでいいのです。
これが意識改革なのです。
世の中に存在する人は、すべて先生です。
自分にとってどうでもいいと言う人は、自分のこともどうでもいいということです。
私は、小さな子どもと話すことが好きです。
子どもは何でも感動します。
子どもは「うんこ」で10分は笑います。
それは自分より受ける刺激が大きいからです。
子どもだからと、なめてはいけません。
50歳の大人の学習量と5歳の子どもの学習量とでは、子どものほうが圧倒しています。
受ける刺激の皿が大きいからです。
大人はこの受け皿が小さい。
常識があるからです。
受け皿を小さくさせているのは、常識という固い考えです。
「そんなの常識だろ」と怒鳴り散らす人がいますが、常識なんて何なのでしょうか。
「当たり前のことに決まっているだろ」と言うでしょうが、当たり前とかいうのはどこで習ったことでしょうか。
学校です。
私たちは学校でみんなと同じになるように強制されました。
みんなと同じようにできない人は「落ちこぼれ」と呼ばれます。
学校は、みんな1つの答えを出せるようになるための強制の現場なのです。
「教育」という字は「教え育む」と書きますが、私たちは教えこまれています。
全然育まれていません。
答えは1つではなく、無限にあるということに早く気づきましょう。
答えは無限にあるという人は、頭が柔らかい人です。
子どもは、みんな天才であることにも気づきましょう。
せっかくの天才を学校が凡才にしてしまうのは本当にもったいないことです。
子どもほど可能性を持った人はいないのです。
本には低級も高級もありません。
本の評価は、本人のためになるかどうかで決まります。
ためになる本なら、何でも良いのです。
本が、薄いか分厚いかどうかは関係ありません。
薄い本でもためになる本はたくさんあります。
むしろ薄い本のほうが、内容がわかりやすく書かれていて本人のためになる場合が多いです。
「小学生が読むような本を今さら、買うなんてプライドが許さない」という人は、学ぶことはできません。
見栄を張るから、読めもしない本を買うことになるのです。
文字が大きいとか小さいとかは、良い悪いには関係ありません。
大きい字でも、ためになる本はたくさんあります。
小さい字でも、全然わけのわからない本だってたくさんあります。
私は今、幸せです。
みんなにこの幸せを分けてあげたいなと思って本を書いています。
私はみんなのために好きなことをやっています。
みんなのために本を書いていますから、わかりやすく読みやすくすることが、読者に喜ばれます。
読むことに負担がかからないからです。
私の本で使われる字は、あえて大きめのフォントにしています。
最初と最後のタイトルは、もっと大きいフォントにしています。
行間が狭いと読みにくいですから、行間も広くとっています。
余白を取ることで、だいぶ読みやすくなっています。
だからとはいえ、内容はしっかりしているつもりです。
「今」の「水口貴博」の「100%」で本を書いています。
手は抜いていません。
本当に読者のことを考えたよくできた本なら「中身があること」と「読みやすい」という本になります。
読者のことを考えた本は、小さい字が読みにくく、大きい字が読みやすく、レイアウトが読むことに影響することを知っています。
読者に負担がかからないように、わざと大きな字にしている本を見ると「この著者は読者のことを考えている人だ」とわかります。
私の本は、できるだけ大きい字でわかりやすく読んでもらえるように工夫しています。
本を手に取るために、フェロモンを出しているかのような「タイトル」をつけています。
遠回りではなく、単刀直入にタイトルを言い切っています。
この本のタイトルも「成功者になるコツ!」です。
成功者になりたいと思っている人なら、手にとってみたくなるタイトルです。
タイトルに引かれて手にとった人がページをめくったとき、興味を引くようなレイアウトにしています。
「読みやすさ」です。
私は今までいろいろな本を読んできましたが、つい引きこまれて読んでしまう本と出合うことがあります。
引きこまれてしまう本には「中身があること」と「見やすいこと」という共通点があることに気づきました。
ためになるかどうかは人それぞれですから、私は「水口貴博」を一生懸命書きます。
たいてい、このタイトルに引き付けられて読む人が、うなずいてくれる内容を書いているつもりです。
本屋で手にとる本は、自分が「面白そうだな」と思う本です。
それが自分の好きな分野の本になります。
思い立ったら行動すればいいのです。
次はないと思ってください。
次にはやる気がなくなっています。
勢いもなくなっています。
あるいはもう忘れてしまっています。
早く行動する人は、より早く成長します。
早く経験できて、早く失敗できるからです。
早く結果が出たほうが、次の手も人一倍早く打てます。
ぐずぐずはしないようにしましょう。
人生の中でぐずぐずすることは、やる気や情熱を腐らせてしまうことにつながります。
思い立ったその瞬間に行動することが、最もやる気があり、いちばん情熱的です。
しかし、残念なことに、これだけのことができない人が意外に大勢います。
「じゃあ、今度やっておくよ」と言ってやりません。
「電話してみるよ」と言って、電話していません。
「ビデオを返すよ」と言って、返していません。
言うこととやることが違っているということは、嘘をついているということです。
私は大切な作業を人に頼むときは、行動力のある人に頼んでいます。
そうでないと、自分が困ることになるからです。
行動力のない人は、仕事力がないということなのです。
逆を言えば、行動ができるようになるだけで、人からはやる気のある人と称賛されます。
あらゆることは、実際に行動して初めてわかります。
行動するから、人や物や経験に出会うことができるのです。
成功者は頭の中で、たくさんのことを考えているように思えます。
たしかにたくさん考えています。
しかし、頭の中が整理されています。
自分の頭の中に本棚がたくさんあり、整理されています。
成功者は他人に整理してもらったのではありません。
自分で整理したのです。
整理されているから、物事を建設的に考えることができ、成功したのです。
発明王エジソンは、白熱電球を完成させるために、たくさんの実験をしました。
「あれもダメだった。これもダメだった。じゃあ、次のはどうだ」と実験しながらたくさんのことを考えていました。
たくさんの実験で頭の中がごちゃごちゃになりそうですが、エジソンは実際の発明のほとんどは「1人」で行っています。
1人になることで自分と対話でき、物事を冷静に見つめることができているのです。
物事を冷静に見つめることができたから、彼は成功しました。
物事を冷静に見つめるために、頭の中を整理するために、エジソンは「1人の時間」を大切にしました。
友人といるときは、友人と話しています。
先生と話しているときは、先生と話しています。
1人でいるときは、自分と話しています。
1人でいるときがいちばん頭の中で「考える」という作業をしています。
考える作業とは、頭の中を整理する作業のことです。
「これはどういう意味だろうか」と考え、頭の中を整理しているのです。
有名な芸術作品に、『考える人』という作品があります。
座った姿勢で手を顎にやり、顔は真剣なまなざしになっています。
彼は、誰かと一緒にいますか。
彼は、たった「1人」で考えています。
1人になるから、考えることができているのです。
考えるから、頭の中が整理できるのです。
芸術作品『考える人』は1人になって考え、頭を整理しているという「1人の時間」を楽しんでいる人を表現した作品なのです。
成功者に1人残らず共通する決定的な共通点があります。
「逆境」です。
それも、大きな逆境です。
発明王エジソンは、たくさんの失敗という逆境をバネに発明を完成していきました。
飛行機を作ったライト兄弟も「空を飛ぶなんて神のすることだ」という世論にめげず、逆境をバネに飛行機を完成させました。
黄熱病研究で有名な野口英世は、幼いころに左手に大きなやけどをし、何年もの間、指と指がくっついていました。
それでも左手が不自由な逆境をバネに、一生懸命に勉強をし、社会貢献を果たしていきました。
農業改革の二宮金次郎は、質素な生活を逆境に、学問をこなし農業に貢献していきました。
「アンネの日記」のアンネ・フランクは、ヒトラー独裁政治の逆境の中でも、いつか明るい未来が来ると信じ日記を書き続けました。
戦国時代の豊臣秀吉は、単なる農民育ちでした。
農民であることに諦めず逆境をバネにして、見事に一国のあるじにまでのし上がる「下克上」を果たしました。
たくさんの逆境や、山ほどの失敗を成功者は、バネにして向上していきました。
逆境は、諦めるためにあるのではありません。
逆境は、バネにするためにあるのです。
私も、夢があります。
「幸せ」という夢です。
夢を目印に、毎日、夢に向かって歩んでいます。
それは旅です。
一生涯を通じた、一人旅です。
途中で、向かい風が吹いてきます。
逆境です。
「お金、学校、会社、自信喪失、時間、生まれ育ち、コンプレックス、環境変化、別れ」という逆境です。
そんな逆境で、諦めてしまいそうになります。
逆境は、諦めるためにあるのではありません。
バネにするためにあるのです。
「夢」の途中で逆境にぶつかったら、それをバネにすればいいだけです。
私はたくさんの話を、ウェブサイトの中で紹介します。
中身のある話を、読みやすく、理解しやすいように紹介します。
どれも比較的、当たり前のことばかりです。
しかし、当たり前ほど、かえっておろそかになっているのではないでしょうか。
当たり前のことほど見落としやすいのが、人間です。
私は、当たり前の大切さに気づくお手伝いをしています。
気づくだけでいいのです。
気づくだけで、幸せになれます。
気づいた瞬間、ぱっと明るい視界が開けます。
友人が、私に尋ねます。
「幸せはどこにあるの? どうすれば幸せになれる?」
私は「幸せは、もうそこにあるよ」と答えます。
「そことは、どこ」
「気づかないの。ほら、そこそこ」
「そこじゃわからないよ。もっとはっきり言って」
「君の好きなことだよ」
それを聞いた友人は、しばらく黙って考えます。
「気づく」のです。
「幸せ」になるには「好きなこと」に接するだけでいいのです。
当たり前のことです。
しかし、当たり前のことですが、ほとんどの人が見過ごしています。
これは、ただ気づいただけのことです。
幸せは手に入れるだけでなく、すでにもうたくさん持っています。
そのたくさんに気づくだけで、今すぐ幸せになれます。
意識が変わったということです。
気づく力をつけるには、意識を変えることです。
小さなことに気づく意識を持つことが大切です。
私は本の中で大げさなことを書いているようですが、大げさではありません。
どれも当たり前のことです。
ただ、みんなが気づいていなかっただけです。
みんなが「いいことを書いているね」と言ってくれます。
それは、当たり前の大切さに気づいた証拠です。
実は、誰もがすでに幸せを持っています。
ただし、ほとんどの人が、気づいていない状態です。
お金、物、しがらみ、見栄、プライドなど、人生では視界が曇ることが多く、気づきにくくなっています。
そこで私は、気づくお手伝いをしています。
私の短所は「気にしすぎ」というところです。
この短所のため、今まで何度もノイローゼになったことがあります。
しかし、短所というのは、逆に考えれば長所と考えることもできます。
短所をひっくり返してしまうだけでいいのです。
ひっくり返すと長所になります。
私は自分の「気にしすぎ」という短所を「気づく力」として、逆に生かすようにしました。
すると、短所が長所になるのです。
初めからあるどうしようもない短所が、先天的に身についている才能へと変わってしまいました。
意識を変えると、暗かった未来が明るくなりました。
気づいたからです。
生まれてきたからには、この才能を、生かさなければならないと思いました。
「みんなに幸せに気づいて、幸せになってもらう」
これが、私の一生涯を通じた夢です。
今、私は、みんなが幸せに気づくお手伝いをしています。
自分にとって本当の仕事であり、生きがいだと思っています。