なによりテンションを上げるためのいちばんのポイントは「楽しいことだけを考える」ということです。
楽しいことだけを考えて、自分がうきうき楽しんでいるところを想像すると、それだけで元気になります。
それに対していつもテンションが低い人は、つまらないことや面白くないことを中心に考えています。
気分を上げて元気になるためのコツの中でも「いつも元気な人と一緒にいる」ということも忘れてはいけません。
いつも元気な人と一緒にいると、こちらまで自然に元気になります。
元気のオーラがこちらにも伝わってくるからです。
ライブやコンサートでは、たくさんの人たちが集まります。
有名人やミュージシャンだけあってファンも多く、そうした人のところへはとてもたくさんの人が集まります。
私も昔、有名ミュージシャンのコンサートへ行ったことがあります。
つい先日、車が接触事故を起こし、運転手と警官が言い争いをしている現場に居合わせることができました。
私が銭湯へ行く途中、歩いて道路を渡ろうとすると、人だかりができていて、のぞいてみると車の接触事故だったのです。
運転手はどうやら少し酔っているようです。
私はいつも「ToDoリスト」というものをつくって行動するようにしています。
ToDoリストとはいえ、作成は簡単です。
やらないといけないことを、とにかく紙に書くだけです。
人間は、ノリに乗ると元気になります。
「順調」で前に進んでいるという状態でいると、気分がハイになります。
障害物があり、中断ばかりしている予定より、次々と前に進んでいくほうが、達成感が感じられるため気分が上がります。
そもそも「人間」という字は「人(ひと)」の「間(あいだ)」と書きます。
人と人の間に立ち、人の輪の中にいて初めて人間と呼びます。
人間という字が人の間と書くように、そもそも人の間にいないと人間らしい生活が送れません。
人生において、練習ということはありません。
すべてが本番であり、二度とない経験ばかりです。
毎日見る花でも、時が変われば同じように見ることは二度とありません。
私はいつも「文章は少なめ」を意識しています。
長すぎる文章だけは、書かないように気をつけています。
読者から元気を奪わないようにするための工夫です。
元気がなければ、日々の生活でやっている「作業量」が多すぎる可能性があります。
長すぎる文章や長すぎる話が、みんなの元気を奪うように、作業量も多すぎると疲れて元気をなくさせます。
元気がない人は自分の生活を振り返って「量が多すぎないかどうか」をチェックしてみましょう。
「インプットさえできれば、アウトプットもうまくできるだろう」
そう思っていませんか。
たしかにアウトプットには、インプットが必要です。
気分を上げるためには、スピードを意識することです。
スピードを意識すると、自然と気分が上がっていき、元気になります。
スピードとはつまり「早い」と「速い」の両方を差しています。
あなたは今、隠し事がありますか。
もし、隠し事があるなら、日常でおどおどする時間が存在しているはずです。
日常生活のどこかで、隠そうと必死に愛想笑いをする瞬間があるのではないでしょうか。
ほとんどの人は、元気が出てから行動するものだと思っています。
元気でないとやる気も出ないし、行動力も出てこないと思っています。
しかし、元気は出てから行動するのではなく、行動するから出てくるようになっています。
自分の気分を上げる、つまりテンションを上げるためには、まずは初体験に飛び込むことです。
初めての体験なら、基本的に何でもOKです。
初めて食べる料理、初めて行く場所、初めて話す人、好きな人との初めてのデート……。
苦しい経験は、ないよりあったほうがいいのです。
もちろん苦しい経験ばかりでは大変ですが、適度な困難は、損より得をもたらします。
あなたの価値観を深めるきっかけもなります。
自分が本当にやりたいと思うことは、必ず1人で始めることです。
1人で始めないと気分も上がらず、身に入りません。
気分を上げたいと思うなら、必ず1人で行動すべきです。
「得意なこと」と「好きなこと」は、一致しているとは限りません。
一致していない場合もあります。
私は高校時代、英語が最も好きでした。
我慢をすると、たいてい失敗します。
精神的に抑え込んでいるということであり、あとからそれがどこかで噴き出してしまうのです。
ただやみくもに我慢をするのは、その人の性格を悪くさせてしまい、精神的に貧しくさせてしまいます。
今、世の中のほとんどの物に対して、値段が付けられています。
服を買うにもお金がかかり、食べ物にもお金がかかります。
車にも、住む部屋にも「家賃」という金額が付けられています。
飲食店で食事の際、店内がうるさくて困ることはありませんか。
盛り上がるお客さんの声。
子どもたちがはしゃぐ声。
どうも日本人には変な我慢癖があり、嫌なことや嫌いなことでも我慢をすることが美徳であるという考え方が根強くあります。
そのため我慢を避けることが、人間として失格であるように見られる風潮があるのです。
しかし、そんなことをしている人に限って、表情が暗く、元気がなく、いつもため息をついているのです。
「もう面倒。嫌だ」
こんな言葉を口にした瞬間から、人は努力をしなくなります。
いくら努力しても結局は意味がなく、もうやるのもだるいと思ったときが、心の老化の第一歩です。
あなたを批判する人がいて悩んでいませんか。
悪いところを見つけ出しては、お願いしてもいないのに、あれこれ批判してきます。
批判されたとき、あなたはどんな返事をしていますか。
私はいつも落ち込んだときや気分を変えたいときには、着る服の種類をあえて変えてみることにしています。
いつもは着ないような服を着てみたり、新しく服を買ってみたりします。
着る服には着ている人の心理状態に大きく影響を及ぼします。
時には人前で恥ずかしい失敗や間違いをしてしまうことがあります。
誰もが答えられる問題を間違えてしまったり、人前でつまずいて転んだりすると、恥ずかしくなるものです。
しかし、とっさにその瞬間、心が引き締まり「いけない」と必死になります。
笑いの力は、本人の気分を明るくさせる効用があります。
気分が明るいから笑うというのではありません。
笑っているから明るくなれ、気分が上がっていくのです。
あなたの元気がない理由は、物事を損得で考えているからではないでしょうか。
「得をすれば喜んでいい。損をすれば落ち込まないといけない」
「得をするのは良いこと。損をするのは悪いこと」
あなたはいつも「やらなければならないこと」ばかり考えていませんか。
自分で自分を追い込み、自分にむちを打っていませんか。
「やらなければならないこと」ばかりを考えていると、だんだん気分がめいってきてしまいます。
「これが最後」という言い方には注意しましょう。
たとえそれが事実でも、できるだけ控えたい言い方です。
余裕のない言い方だからです。
なによりテンションを上げるためのいちばんのポイントは「楽しいことだけを考える」ということです。
楽しいことだけを考えて、自分がうきうき楽しんでいるところを想像すると、それだけで元気になります。
それに対していつもテンションが低い人は、つまらないことや面白くないことを中心に考えています。
「どうせできないに決まっている」
「面倒だな」
「面白くないだろうな」
このように、つまらないことを中心に考えているため、気分も下がります。
やってもつまらないことを考えても、仕方ありません。
余計に気分が悪くなり、余計に元気がなくなります。
元気の正体とは、気分です。
好きなことをすれば、気分も明るくなるでしょう。
しかし、いつでも楽しいことができる状況とは限りません。
そういうときは、考えるだけでいいのです。
楽しいことを考えるだけでも、元気になります。
気分を高めるのは、まず楽しいことのイメージから始めるのです。
「これがあるから、生活が楽しい」ということを、想像しましょう。
できるだけ色鮮やかに、はっきり想像することがポイントです。
楽しいことをしなくても、楽しいことを考えているだけで、次第に明るい気分になります。
素晴らしい想像の力です。
楽しいことを考えて、自分の中のテンションを上げるようにしましょう。
気分を上げて元気になるためのコツの中でも「いつも元気な人と一緒にいる」ということも忘れてはいけません。
いつも元気な人と一緒にいると、こちらまで自然に元気になります。
元気のオーラがこちらにも伝わってくるからです。
話し方がはきはきし、雰囲気も明るい人が、身近に1人はいるものです。
そういう人と積極的に関わっていると、こちらにまで元気が移ってきます。
これがよく耳にする「元気をもらう」ということです。
明るい人たちと一緒にいると、自然と元気をけ、そのためにこちらも元気になってしまうのです。
私も日頃からあまり元気のない人とは関わらないようにしています。
できるだけ元気な人と関わるようにしています。
そのほうが私も元気でいられ、元気を奪われることもありません。
元気でいるために、自分で自分をコントロールすることも大切です。
しかし、簡単な方法で、他人から元気をもらう方法もあったりするのです。
ライブやコンサートでは、たくさんの人たちが集まります。
有名人やミュージシャンだけあってファンも多く、そうした人のところへはとてもたくさんの人が集まります。
私も昔、有名ミュージシャンのコンサートへ行ったことがあります。
そのときは、小さなコンサート会場に、たくさんの人が集まっていたことにとても驚きました。
普段はひっそり静まり返っているコンサート会場が、あふれんばかりの大勢の人でにぎわっているのです。
たった数人のグループの音楽を聴くために、想像以上に大勢の人が集まっていたわけです。
そんなたくさんの人の中にいると不思議なことが起こります。
だんだん自分のテンションが上がっていき、元気になるのです。
たくさんの人が集まるところには、たくさんの気が集まっています。
たくさんの気とは、つまり「元気」のことです。
自分一人では気分が落ち込んでいても、人の集まりの中にいると、自然と元気になります。
お祭りでも同じようにたくさんの人が集まっているため、群集の中にいると、つられてテンションが上がります。
露天といったお店がたくさん立ち並び、たくさんの人が行き交う中にいると、気分がハイになります。
人間は1人ではどうしても寂しい気分になりますが、人と一緒にいるとそれだけ寂しさが和らぎます。
それが大勢の人の中なら、今度はさらに元気へと変わるのです。
つい先日、車が接触事故を起こし、運転手と警官が言い争いをしている現場に居合わせることができました。
私が銭湯へ行く途中、歩いて道路を渡ろうとすると、人だかりができていて、のぞいてみると車の接触事故だったのです。
運転手はどうやら少し酔っているようです。
酔っている側からほかの車に接触しに行ったようで、どちらが悪いのかは見て明らかでした。
それでいて、自分は悪くないと酔っぱらいの運転手は言っています。
「まあ、いいからとりあえず署に来てもらおうか」
警官がおなじみの言葉を言います。
しかし、何度言っても、事故を起こした側は一歩も譲りません。
「俺が何をしたというのだ」
どうやら自分が事故を起こしたことにも、悪いことをしたことにも気づいていないようです。
そのときには、すでに大勢の人たちが集まっていました。
接触事故を起こし、運転手と警官が言い争っているというので、様子を見ようと集まってきたのです。
「何があったんだ? 事故か?」
単なる車同士の接触事故だというのに、人がどんどんと集まってきました。
道路で言い争っているだけに、後ろには大渋滞ができていて、長い列ができている後ろの車にもかなり迷惑がかかっているようです。
人と人同士が言い争っているのは、いつもはお目にかかれない非日常的なことであるだけに妙に面白く感じられます。
私もそんな1人でした。
夜の8時ごろ、銭湯へ行く途中の道だったのですが、道端に人だかりができていましたから、ちょっとのぞきに行ってみたわけです。
こうした非日常的なことには妙に人が集まってきます。
運転手と警官は「俺は悪くない」と「とりあえず署に来てもらおうか」というやりとりを1時間も言い合っていました。
同じことの繰り返しで、見ている側はこうしたおかしなやりとりを面白おかしく感じていたようです。
誰もが見ても、どちらが悪いのかは明らかなのに、それを聞き入れない運転手に聞き分けの悪さを感じていました。
「自分もこのようにならないようにしよう」
反面教師さながらそう思いましたが、これはきっと周りに集まっている人たちも同じようなことを考えていたことでしょう。
中にはクスクスと笑いながら見ている人もいました。
不思議とこうした非日常的な光景を見ていると、こちらのテンションも上がっていくことに気づきます。
いつもと違った刺激を受けることができ、そのおかげで気分が少しずつ上がってくるのです。
人間にはマンネリが続くと元気がなくなってしまうという特性があります。
しかし、適度にいつもと違った刺激である非日常的なことがあると、良い刺激になりわくわくして元気になるのです。
私はいつも「ToDoリスト」というものをつくって行動するようにしています。
ToDoリストとはいえ、作成は簡単です。
やらないといけないことを、とにかく紙に書くだけです。
箇条書きにして、短く一文で書くようにします。
ささいなことでも省かず書くことが、大事な点です。
そうすると、大きなことから小さくてささいなことまで自分がやらないといけないことがはっきり具体的になります。
自分が何をしなければならないのかが具体的となり、かなり行動がしやすくなるのです。
「ToDoリスト」の効用は、頭を空っぽにできるというところです。
やらないといけないことをいつも頭の中で覚えているようにしていると、労力を必要とします。
私は自分の記憶力にはあまり頼らず、いつも紙に書くことで自分の記憶力を補助させるようにしています。
しかし、紙に書いてしまえば、もう覚えておく必要はないため、頭の中を空っぽにしても大丈夫になります。
やってみればわかりますが、かなり精神的に軽くなるのです。
覚えておく必要がなく、紙に書かれているので忘れることもありません。
「ToDoリスト」に頼るようになってから、うっかり忘れることが減りました。
そうすると自然とテンションが上がります。
やることがはっきりし、頭の中が空っぽで軽い状態になっているので精神的に身軽になり、元気になるのです。
「やることを覚えておかないといけない」という脅迫に怯えることもないのです。
やらないといけないことが目に見える形で具体的になっていると、安心できます。
人間は、ノリに乗ると元気になります。
「順調」で前に進んでいるという状態でいると、気分がハイになります。
障害物があり、中断ばかりしている予定より、次々と前に進んでいくほうが、達成感が感じられるため気分が上がります。
順調のときは、決まって気分も、順調です。
ノリに乗るためのポイントは「簡単なことから始めること」です。
たとえば、受験勉強で失敗する典型的なパターンは、いきなり難しい参考書から始めてしまうことです。
自分のレベルよりはるかに高い参考書から始めると、たいてい途中で挫折し、くじけてしまいます。
いきなりハイレベルの問題に当たると、当然に解答できません。
そこでテンションが下がります。
「こんなところでつまずいてどうするんだ」
「やっぱり自分はばかなんだ」
「何て自分は頭が悪いのだろう」
自分を責めてしまい、気分が落ちてくるのです。
決して自分がばかだから問題が解けなかったのではありません。
単に、いきなり難しい問題から当たったから、解けなかっただけです。
受験では、人間に解けない問題は出題されません。
受験勉強では、見栄を張っていきなり難しい参考書から始めるのではなく、簡単な内容から始めることがポイントです。
わかりやすくて解きやすい問題から始めるのです。
取り組みやすいレベルから始めると、順調に前に進んでいけ、達成感が感じられます。
レベルを少しずつ上げていくことができるため、挫折することもありません。
勢いに乗って勉強を進めていけば、どんどん成績を上げることができるのです。
方法がうまく、気持ちも充実しているため、気分がハイの状態で勉強できます。
受験勉強では無理をしたときに、つまずいて転んでしまいます。
挫折感をつくり出してしまうのは、問題そのものではなく、自分なのです。
そもそも「人間」という字は「人(ひと)」の「間(あいだ)」と書きます。
人と人の間に立ち、人の輪の中にいて初めて人間と呼びます。
人間という字が人の間と書くように、そもそも人の間にいないと人間らしい生活が送れません。
人の中にいないと人としては「孤立」してしまい、いわば「引きこもり」のような状態になってしまうのです。
社会から切り離され、誰ともコミュニケーションを取ることなく、何もありません。
ストレスがない代わりに、楽しさや嬉しさがなく、コミュニケーションも関わりも愛もなくなります。
元気もなくなります。
人間は常にほかの誰かから元気をもらい、自分の元気を誰かにプレゼントしています。
自分では無意識であって、気に留めていません。
しかし、おしゃべりをしたり、助け合ったり、相談に乗ったりするだけで、いつの間にか元気を誰かにプレゼントできているのです。
単純に誰かと一緒にいるだけでも、お互いに「元気」という影響を与え合っているのです。
お互いの存在を感じるだけで、何か安心感を生み出しています。
しかし、もし自分だけだとどうでしょうか。
誰かと話したくても話し相手がいないので話すことができません。
話ができないと笑うこともできません。
相談したくても、自分一人だと相談する相手もいないということになります。
誰かから元気をもらうこともなく、笑いあうこともできず、無表情で無感情のロボットのような生き物になってしまうのです。
人は、人との間にいて初めて人間らしく生きていけます。
1人でいると寂しくて不安ですが、誰かと一緒にいると不安が和らぎ、安心できます。
人の間にいるから話ができ、相談ができ、笑いあい、楽しさを共有できるのです。
自分だけが元気というわけではなく、誰かと一緒にいるだけで、お互いに気分を高め合っているのです。
人の間にいることは、元気になるために重要なことなのです。
人生において、練習ということはありません。
すべてが本番であり、二度とない経験ばかりです。
毎日見る花でも、時が変われば同じように見ることは二度とありません。
毎日見る風景も、時が変われば同じように見えることは二度とありません。
人との出会いも、そのときに話すこと、感じること、聞くこと、感動することなど、まったく同じことは二度とありません。
その瞬間の出来事は、その瞬間かぎりのことなのです。
世界一の限定品です。
そうした意味で、人生は常に本番ばかりで成り立っていると言えます。
「こんな機会は二度とない」
「これが、最初で最後だ」
「同じ経験は、後にも先にも、これっきり」
そう実感できると、一生懸命にならざるを得ません。
自然と元気が出て、この瞬間の楽しみは、今のうちに精いっぱい味わっておこうと思います。
今あなたがこれを読んで感じているフィーリングでさえ、今この瞬間が最初で最後のフィーリングです。
次にこの文章を読めば、もうすでに受ける印象は違ってくるのです。
同じ文章でも、時を変えれば受ける印象が変わってくるというのは、本当に不思議な話です。
人間は本来怠け者で、つい予定を後回しにしてしまいがちです。
「まあ、いいか。また今度しよう」
そう思ったことはたいてい、いつになってもしないものです。
それはそのときのやる気や元気も「そのときかぎり」だからです。
あとからになってもう一度あのときと同じ状態でと思っても、もう不可能なことなのです。
たいてい「あとからやろう」と思ったことは、いつまで経ってもやらないことになるのです。
その瞬間にやるべきことは、その瞬間にやるべきです。
その瞬間に素直に楽しいと思ったら、その瞬間に存分にその気持ちを味わいきることです。
その瞬間につらい思いをしたら、あとからバネにできるようにその瞬間に存分に味わいきることです。
今この瞬間を常に「二度と来ることのない出来事」と捉えている人は、人生を常に一生懸命に元気になっている人なのです。
私はいつも「文章は少なめ」を意識しています。
長すぎる文章だけは、書かないように気をつけています。
読者から元気を奪わないようにするための工夫です。
伝えたいことは、常にシンプルにまとめます。
短い言葉のほうが、心によく突き刺さります。
読んでいる人の気分を高めることもできます。
たとえ中身のある話でも、話が長いと、だんだん気分が暗くなります。
だらだらした雰囲気が、読者に悪い影響を与えるのです。
私は読者に、元気になってもらいたい。
それが今、あなたが読んでいるこの文章にも反映されています。
本当に伝えたいポイントを1つに絞ります。
短くはっきりストレートに伝えます。
人間は短い言葉ほど、耳に入り、頭に残ります。
タイトルも短めに、最後のまとめの1行も、一言です。
元気がなければ、日々の生活でやっている「作業量」が多すぎる可能性があります。
長すぎる文章や長すぎる話が、みんなの元気を奪うように、作業量も多すぎると疲れて元気をなくさせます。
元気がない人は自分の生活を振り返って「量が多すぎないかどうか」をチェックしてみましょう。
元気がないのは、往々にして「多すぎること」が原因です。
自分の生活を振り返って「多すぎる」と思われることが見つかれば、単純に量を減らしてみることです。
気分を高め、元気になるというのは、減らしてみることでも実現するのです。
私はこうした「長すぎる」「多すぎる」には、日頃から気をつけています。
睡眠時間は、十分に取るように気をつけています。
自分の仕事の量も、ストレスでつぶされない程度に量を調節し「少なめ」くらいを心がけています。
執筆する文章も、適度な量になるように気をつけています。
いつも元気でいたいので「長すぎる」や「多すぎる」は、できるかぎり避けるようにしています。
「多すぎる」や「長すぎる」は、人の気分を下げてしまい、元気をなくしてしまう要注意キーワードなのです。
「インプットさえできれば、アウトプットもうまくできるだろう」
そう思っていませんか。
たしかにアウトプットには、インプットが必要です。
インプットとは、覚えることです。
アウトプットとは、思い出すことです。
覚えるから、思い出すこともできます。
しかし、インプットさえできれば、うまくアウトプットもできるとは限りません。
覚えることと思い出すことは、別々の作業です。
インプットとアウトプットも、別々の作業です。
思い出す練習をしないと、うまく結果が出せない場合があります。
たとえば、テストのときです。
テスト中は悩んでもわからなかったが、答えを見れば「なんだ、そんなことか」と思った経験はありませんか。
インプットはできていても、アウトプットがうまくできないために起こる現象です。
知っていても、思い出すことができなければ、0点です。
インプットだけでなく、アウトプットも鍛えることが必要です。
あなたは、インプットをしすぎていませんか。
インプットは、アウトプットをして始めて完成します。
「インプットの後はアウトプット」という繰り返しをすることが、勉強です。
アウトプットをしてみると、思うように思い出せないことがあります。
それはアウトプットをやってみないことには、いつまで経ってもわからないことです。
もっともっと、アウトプットの能力を鍛えましょう。
書いたり、話したり、つくってみたり、試してみたりです。
積極的にアウトプットをすることで、自分の弱点もわかります。
さらに深い勉強ができるのです。
気分を上げるためには、スピードを意識することです。
スピードを意識すると、自然と気分が上がっていき、元気になります。
スピードとはつまり「早い」と「速い」の両方を差しています。
「早い」という言葉は「時間的」に早いということです。
「朝が早い」「時期が早い」と時間を意味するときに使います。
それに対して「速い」という言葉は、速度の「速」に当たり「速度」を意味するときに使います。
「速い車」や「テンポが速い」と言うときに使います。
スピードを意識するときには、この「早い」「速い」を両方意識しておきましょう。
するとだんだん気分が上がっていき、テンションが高くなります。
こうした「早い」と「速い」は、あなたの心の中にあるエンジンをかけることになり、テンションがアップします。
私も気分が乗らないときには、わざと「早い」と「速い」を意識して自分で自分の気分を上げるときがあります。
早く待ち合わせの場所に行き、ちょっと速めに話をして、自分で自分のエンジンをかけてテンションを上げていくのです。
あなたは今、隠し事がありますか。
もし、隠し事があるなら、日常でおどおどする時間が存在しているはずです。
日常生活のどこかで、隠そうと必死に愛想笑いをする瞬間があるのではないでしょうか。
「ばれてしまっては大変だ」という強迫観念を持ち「誰かに知られるのではないか」とびくびくしている自分がいるはずです。
隠すのは、疲れる作業です。
24時間、気を休めることがありません。
人と会って話をするたびに、その話題にならないように注意します。
聞かれれば聞かれたで、今度は一生懸命嘘をついて隠そうとする自分がいます。
一度つくり出した嘘は、つじつまを合わせようとさらに重ねて嘘をついてしまいます。
たくさん嘘をついてしまえば、それだけ「気にしなければならないこと」がとたんに増えてしまい、精神的に疲れてしまうのです。
元気のない人は、決まって隠し事がある人です。
ばれないようにいつも注意しているため、不要なところで気力を大量に消費しています。
あなたは元気がないより、無駄なところで元気の無駄遣いをしてしまっているのです。
それに対していつも元気な人は隠し事などなくいつも心をオープンにしている人です。
いえむしろ隠し事どころか、自分から笑い話として話してしまうくらいです。
元気のある人は、隠し事という精神的ストレスがないため、特に人目を気にすることもありません。
怯えることもなく、いつもオープンな性格のため、さらに人から好かれる好循環になるのです。
あなたを元気にする方法があります。
隠し事を、明るく公表することです。
笑い話という形でもいいでしょう。
方法は何であろうと、吐き出してしまうことです。
1つでも、隠し事が減るように努力してみましょう。
隠し事は少なければ少ないほど、気を使わなくて済むため、素の自分でいられます。
いつもの自分でいられることほど、自然で元気な姿はないのです。
ほとんどの人は、元気が出てから行動するものだと思っています。
元気でないとやる気も出ないし、行動力も出てこないと思っています。
しかし、元気は出てから行動するのではなく、行動するから出てくるようになっています。
たとえ始めは元気がなくてもかまいません。
元気がなくても、体を動かして積極的に行動していくにつれて、だんだん自然に元気が出始めます。
特に朝の寝起きは、元気がありませんが、体を動かしていくうちにだんだん目が覚めていき、そのうえ元気になります。
かくいう私もこのサイトの文章を書く時間帯のほとんどは、早朝です。
たとえば今この文章を書いている時間も、朝の6:10amです。
今日は4:20amに起きて、とにかく体を動かしながら新宿にあるマクドナルドまでやってきました。
やはり私も、寝起きは頭がなかなか回らず、ぼうっとします。
寝起きこそは元気がありませんが、とにかく体を動かし、新宿の行きつけのマクドナルドに着くころには元気が出ています。
朝の眠気も今はもうありません。
朝から体を動かしたおかげで目が覚め、元気になりました。
今は元気になったその勢いで、この文章を書いているところです。
元気を得るためには、他人からもらったり、楽しいことを想像したりといろいろな方法があります。
しかし、最もお金がかからず、健康的で元気の出る方法は「とにかく体を動かすこと」にあるのです。
自分の気分を上げる、つまりテンションを上げるためには、まずは初体験に飛び込むことです。
初めての体験なら、基本的に何でもOKです。
初めて食べる料理、初めて行く場所、初めて話す人、好きな人との初めてのデート……。
こうした「初めて」がつくことは初体験であり、今までにはない新鮮な刺激を受けることができる経験ということです。
人間は、初体験をするときにはどきどきし、テンションが上がるようになっています。
どきどきするとは、自分の気持ちが高ぶり、テンションがぐんぐん上がっている状態です。
特に初体験は、未体験というだけあって、前提情報がなく何をどうすればいいのかわかりません。
この不安定な状態が、人を活性化させるのです。
たとえば、私が初めて話をする相手が誰でも例外なく緊張してしまいます。
お年寄りでも小さな子どもでも、やはり緊張してしまいます。
初めて話す相手がどんな人なのかがまったくわからず、そのため緊張するのです。
しかし、不思議と、この緊張感がいい具合に自分のテンションを高めてくれます。
ついこの前も、知らない人から突然話しかけられました。
「あのすみません。ちょっと道を聞いてもいいですか」
突然話しかけられました。
どうやらあるお店を探しているようです。
ぼうっと寝ぼけていた私は、びっくりしとたんに目が覚めました。
さすがに知らない人から突然話しかけられると、まずは緊張します。
聞かれたところは、偶然にも私の知っているところでしたから、うまく教えることができました。
その人は「ありがとうございます」と言って、去っていきました。
面白いのは、話しかけられる前と後とでは、自分の心のテンションが変わっているということです。
話しかけられる前はぼうっとしていたにもかかわらず、話しかけられた後は不思議とテンションが高くなっているのです。
初めて話をする人だったため、ぴんと緊張が走り、きっかけになりテンションが上がったわけです。
こういうことは、初めての人と話すときだけでなく、初めての場所や初めて食べる料理にも同じ作用があります。
「初めて」には、気分を上げる効果があるのです。
苦しい経験は、ないよりあったほうがいいのです。
もちろん苦しい経験ばかりでは大変ですが、適度な困難は、損より得をもたらします。
あなたの価値観を深めるきっかけもなります。
適度に病気をしているほうが、健康の幸せがわかる状況と似ています。
病気で苦しんでいるときは、平凡な健康が輝いて見えます。
「健康には気をつけよう」と、生活を改めるきっかけになるでしょう。
「体をもっと大事にいたわろう」という気持ちが湧いてくるでしょう。
「体は人生の資本」という事実を、身に染みて実感できるはずです。
人生でも同じこと。
適度に苦しい経験をしておくほうが、平凡な日常の幸せがわかるようになります。
普通に体が動くこと。
普通に仕事ができること。
普通に親や友人がいること。
「普通とはなんて素晴らしいのだろう」と思うでしょう。
普通も平凡も素晴らしいことです。
それに気づかせてくれるのが、ときどき経験する苦しい出来事です。
ときどき苦しいことを経験しておくほうがいい。
苦しいことが1つもない人生より、ときどき苦しいことを経験する人生のほうが健全です。
大切なことに気づかせ、人生を引き締める機会になるからです。
適度な困難は、避けるより歓迎しましょう。
ときどき困難があるから謙虚になれます。
困難があるおかげで成長もできます。
定期的なイベントと考えるくらいでいいのです。
「いつものイベントがやってきましたね。おやおや、今回は少しやっかいですね」
せっかくですから楽しみながら立ち向かいましょう。
前向きに考えると、気力やモチベーションが高まって、困難を乗り越えやすくなります。
気づけば、問題が解決しているはずです。
自分が本当にやりたいと思うことは、必ず1人で始めることです。
1人で始めないと気分も上がらず、身に入りません。
気分を上げたいと思うなら、必ず1人で行動すべきです。
そうしないとせっかく味わえる緊張感が半減されてしまい、受ける刺激も鈍くなります。
初めてやることは、恥ずかしさや不安があるだけに、友人と一緒になって行動しがちです。
たしかに友人と一緒だと、不安や緊張感も和らぎ、始めやすくなります。
しかし、そのだらだらした状態が、一生懸命さを失わせることになり、全然身につかない結果になるのです。
本当に自分のためを思うなら、1人で行動しないと受ける刺激も中途半端で身につく知識や技術も中途半端になります。
そのうえ、精神的なことまで中途半端になるというのが怖いところです。
緊張感や不安、やる気や一生懸命さといった精神的なことは、1人になっているときにいちばん強く敏感に感じられます。
それは決して悪いことではなく、自分のための良いカンフル剤になっているのです。
適度な緊張感や不安があるおかげで、気分が高まります。
「なんとかしなければ!」という作用が働き、テンションが上がるのです。
英会話やヨガ、パソコン教室など、習い事があります。
そうした習い事は、必ず1人で受講することをおすすめします。
一度教室に入ってから友人をつくるのはかまいません。
しかし、一緒に友人と受講してしまうと、友人同士でつるんで固まってしまい、馴れ合いになってしまうのです。
「本気で学びたい! やりたい!」という気持ちがあるときこそ、自分一人で始めることがポイントなのです。
「得意なこと」と「好きなこと」は、一致しているとは限りません。
一致していない場合もあります。
私は高校時代、英語が最も好きでした。
英語がいちばん好きで、勉強していました。
好きなのでやっていると面白いし、もっと勉強したくなるのでいちばん時間をかけて勉強した科目でした。
しかし、実際のテストでは、英語の点数より、数学の点数のほうがよくできていました。
いつも英語より数学のほうが、点数が良かったのです。
自分には「好きな」英語という科目があり「得意な」数学という科目がありました。
勉強時間は好きな英語が圧倒的に多かったのですが、その努力をひっくり返してしまうくらい数学のほうが「得意」だったのです。
私は高校のころから勉強が好きになり、自分から進んで勉強をしていた変わり者でした。
周りの人にも「勉強は楽しい」という話をしても「おかしいんじゃないの」と変わり者で知られていました。
当時は「好き」だった英語を中心に勉強をしていたため、余計に勉強が勉強とは思えず、遊んでいる感覚に近いものがあったのです。
何しろ、自分が好きと感じることでしたから、勉強しているほうがストレス発散にもなり、面白くてやめられなかったのです。
しかし、いざテストを受けてみると、いつも英語より数学のほうが点数が良かったのです。
当時の私は、この結果に複雑な気分でいました。
本当は英語のテストがいちばんよくできてほしかったのですが、いつも数学のほうが結果が良かったのです。
残念な気持ちがあり「なぜ」という気持ちが入り交じっていました。
高校を卒業し、かなりの年月がたちました。
過去を振り返り、私は英語を中心に勉強していたことに後悔はありません。
英語のほうが数学より好きだったため、精神的に充実していたからです。
「好き」と「得意」の選択で迷うことがあれば、点数は低くても「好き」を選ぶことをおすすめします。
好きでもない科目をいやいや勉強するより、好きな科目を楽しく勉強するほうが、楽しく勉強できます。
我慢をすると、たいてい失敗します。
精神的に抑え込んでいるということであり、あとからそれがどこかで噴き出してしまうのです。
ただやみくもに我慢をするのは、その人の性格を悪くさせてしまい、精神的に貧しくさせてしまいます。
たとえば女性は、ダイエットを好き好んでやりますが、そのほとんどが失敗します。
それは「ダイエット=我慢」だからです。
我慢に我慢を重ね、一時的に体重が減ったとしても、緊張の糸が切れると我慢していた分が噴き出してリバウンドとなります。
元どおりとなるのです。
ダイエットしなくても日頃から痩せている人は、ダイエットをしている人が我慢していることを我慢と感じていないのです。
たとえばダイエットでは、運動することが大切だといわれています。
運動をして新陳代謝をよくしておくと、カロリー消費につながり、痩せることができます。
この運動によってダイエットをする人は、我慢をしながらいやいややります。
いやいや運動をして、運動によってつらい気持ちになり、精神的なストレスをためてしまいます。
しかし、もともと痩せている人は、ダイエットをしている人が我慢をしながらやっている運動をいつも当たり前の習慣にしています。
本人はそれを運動だと意識もせず、習慣になっているがゆえに体を動かして当たり前という気持ちでいるものです。
我慢と感じていないため長続きし、ストレスもたまるどころか発散できます。
だから痩せているのです。
我慢をするから、ダイエットは失敗します。
ダイエットに限らず何でもそうですが、勉強や仕事も同じことが言えます。
我慢しながらしていることは、最初は続きますが、長期で見て、どこかで限界に達します。
我慢をすればするほど、ストレスがたまります。
我慢は、ストレスがかかるだけでなく、本人の性格まで悪くさせます。
我慢をしている人に限っていつも愚痴ばかりを漏らしています。
「面倒」
「自分はこんなに努力しているのに、あの人はいつも痩せている」
「自分にはやはりできないんじゃないか」
ネガティブな言葉を口に出すようになります。
自分の目標を達成するときに「我慢をしながらやる方法」ではなく「楽しみながらやる方法」を見つけることがポイントです。
「我慢しながらやる方法」は途中で挫折し失敗に終わりますが「楽しみながらやる方法」は長続きし成功できる仕組みなのです。
頭がいいとか才能があるは実はほとんど関係なく、この法則に乗るかどうかだけの違いなのです。
あなたが女性でありダイエットをどうしても成功させたいと思うなら、我慢をしない方法を見つけましょう。
決して「効果的な方法」ではなく「楽しみながらやる方法」で選ぶことを間違えないでください。
「効果的な方法」は、効果はあっても、我慢が伴っていれば、やはり長続きはしないのです。
はじめの選択で間違えれば、失敗か成功は目に見えているのです。
今、世の中のほとんどの物に対して、値段が付けられています。
服を買うにもお金がかかり、食べ物にもお金がかかります。
車にも、住む部屋にも「家賃」という金額が付けられています。
いまや水にも値段が付いている時代です。
世の中のほぼすべての物に対して値段が付けられているため、買い物をするときには「お金がいくらかかるのか」と考えます。
しかし、そう考えるほど、ブルーになります。
お財布からお金が減っていくのを見ると、命を削られているかのような気がして、元気もなくなってしまうのです。
特に大きな買い物をしたときは、一度に大金が飛んでいきます。
買い物をした後、ため息が出てしまいます。
別に運動をしているわけでもないのに、偉いことをしてしまったと、後ろめたい気持ちになるのです。
これらはすべて、物を買うときに「お金がかかる」と考えているから、元気がなくなるのです。
すべて自分への投資と考えを変えることで、お金が生きて使われていることに気づきます。
服を買うときも「これで自分の魅力がアップできる」というように自己投資と考えましょう。
食べ物1つにしても「これを食べるから元気が出る。自分への投資だ」と考えることです。
値段が少し高い家賃にしても「快適さが手に入り、精神的に余裕が得られる」と、自分への投資がされていると考えるのです。
発想の転換です。
すべての物に値段がついているということは、すべての物は、考え方しだいでは自分への投資と考えることができます。
私はいつも本を買うときには、すべてが自分への投資だと考えています。
お金を払うことで、著者の知識や知恵などの話を聞くことができ、自分力がアップできる自己投資だと思っているのです。
もちろん中には値段の高い本もあります。
ですが、それだけ希少価値があり、高い技術力が身につけられると考えれば、自己投資だとわかり、元気が出てきます。
あなたがいつも使っているお金は、すべて自分への投資だと考えましょう。
「自己投資だ」と考えると、自分が向上していくことがわかり、元気が出てきます。
飲食店で食事の際、店内がうるさくて困ることはありませんか。
盛り上がるお客さんの声。
子どもたちがはしゃぐ声。
学生たちやママさんたちの笑い声。
いろいろな音が耳に飛び込んでくることがあるでしょう。
カジュアルなカフェやファミリーレストランでありがちです。
お客さんがたくさんいればいるほどがやがやしてきて、周囲の音が気になってきます。
さらにBGMも加わると、音の種類が増えるぶん、騒々しく感じられる。
誰かと一緒にいると、相手の声が聞こえにくくて困ることがあるものですね。
いろいろな音が聞こえてきて、ちょっと騒がしく感じることがあるかもしれません。
「動物園のようだ」「耳栓が欲しい」と思うこともあるかもしれません。
耳障りに聞こえ、不快になることがあるのではないでしょうか。
この不快感を減らす、ちょっとしたアイデアがあります。
ポイントは「音の受け止め方」です。
周りの音が大きくて気になったとき「雑音」と思うのではありません。
「にぎわい」として受け止めてください。
たったこれだけで音の聞こえ方が変わります。
音の大きさは同じでも、不快感がぐっと減ります。
お祭りのにぎわいと同じと思えばいい。
お祭りに足を運ぶと、たくさんの人がいてがやがやしていますが、うるさいとは思わないはずです。
活気に包まれている場所には、人のパワーがあふれている。
お祭りは最初から「にぎわい」という受け止め方をしているので、不快には感じないのです。
飲食店でも同じことがいえます。
にぎわいと思えば、音の感じ方が肯定的になります。
「子どもがにぎわっているね」
「お客さん同士のにぎわっているね」
「明るい音楽が流れているね」
活気に満ちた印象に変わって、平気でいられます。
不快感がなくなるどころか、明るい気分になることも少なくありません。
周りの活気から、パワーをもらいましょう。
にぎわいと思えば、一興なのです。
どうも日本人には変な我慢癖があり、嫌なことや嫌いなことでも我慢をすることが美徳であるという考え方が根強くあります。
そのため我慢を避けることが、人間として失格であるように見られる風潮があるのです。
しかし、そんなことをしている人に限って、表情が暗く、元気がなく、いつもため息をついているのです。
自分から嫌なことや嫌いなことを我慢してまでやり続けている自分に原因があるのです。
元気がない原因は、元の気ではないからです。
しかし、そんな元の気からわざとそれさせてしまうようなことをし続けているのは、自分なのです。
嫌なことでも我慢する癖があるために、自分にとって有害なことに気づいても、やめられない止まらない状態になっているのです。
「我慢はすれば、いつか直る」という考えもあるようですが、誤解です。
我慢はすればするほど、苦手意識が強くなるため、もっと嫌いになります。
さらに嫌いになれば、元気をなくさせる存在になります。
私は昔からグリーンピースが大嫌いでした。
幼稚園のころからずっとグリーンピースを見るたびに元気がなくなり、口にした日には吐き気がするくらい嫌いでした。
グリーンピースだけを残した私を見た先生が、無理やり食べさせようとしたために、私はグリーンピースが嫌いになっていきました。
我慢をさせてまで食べさせていると、そのうち好きになって食べるようになるだろうとおかしな勘違いをしている先生でした。
まだお尻が青かった私は「我慢をすれば、本当に好きになって食べられるようになるかもしれない」と信じていたのです。
そのため当時の私は我慢をして、グリーンピースを食べた(食べさせられた)記憶ばかりがあります。
給食でグリーンピースを使った献立が出るたびに、表情が暗くなり、元気もなくなり、いつもため息をついてしまっていました。
それでも「我慢して」、グリーンピースをなんとか口に入れていました。
小学校6年間無理やり食べ、中学校でも3年間無理やり食べるという経験をしました。
結果としてグリーンピースを好んで食べるようになることは一度もありませんでした。
むしろ我慢の回数を重ねるごとに、傷口にさらに傷を負わせるかのように悪化していき、余計に嫌いになってしまったのです。
成人になった今でさえも、大嫌いな食べ物の1つです。
我慢をすれば、いつか直ってよくなるという当時の考えは、まったく当てはまっていません。
結果だけを見れば、嫌な思い出と余計にグリーンピースが嫌いになってしまったという嫌悪感だけが残っているのです。
「我慢をしなさい」
こう言われることのほとんどは、単なるきれい事で実はまったく意味がありません。
我慢をしすぎると、いつか精神が崩壊します。
どうも大人たちは嫌いなことや嫌なことを我慢してまでやっていると、精神的に大人になれると勘違いをしている人が多いようです。
我慢をすることが人として成長を促し、大人になると、とんだ勘違いをしてしまっているのです。
「もう面倒。嫌だ」
こんな言葉を口にした瞬間から、人は努力をしなくなります。
いくら努力しても結局は意味がなく、もうやるのもだるいと思ったときが、心の老化の第一歩です。
面倒を受け入れると、努力をしなくなります。
見た目だけでなく、心の中から諦めが漂い始めるのです。
女性の中にはときどき、化粧をまったくしない女性がいます。
化粧をしないことがいちばん自分らしくきれいでいられるという理由ならいいのです。
しかし、心配なのが「面倒だからしない」という人です。
面倒だからしないのは、自分が向上することを諦めているということです。
女性には「もっと美しくなりたい」「もっときれいになりたい」という願望があります。
これはまさに向上心の表れであり、自分を高めるために努力をしようという意欲の表れなのです。
しかし「面倒だからしない」というのはどうでしょうか。
もっときれいになるための努力が面倒くさく、きれいでなくてもいい、今で十分という諦めであり、心の老化の始まりなのです。
お化粧は、していない人より、している人のほうが美しく輝いています。
私はお化粧をしていない人より、している人のほうがスキです。
それはお化粧しているほうがきれいだからではありません。
お化粧している人のほうが、向上心が輝いているからです。
面白いことに、お化粧を一生懸命にしているかどうかで、その人の心の向上心が輝いているかどうかがわかってしまうのです。
あなたを批判する人がいて悩んでいませんか。
悪いところを見つけ出しては、お願いしてもいないのに、あれこれ批判してきます。
批判されたとき、あなたはどんな返事をしていますか。
「それは違います!」
「誤解しています!」
「そんなことはありません!」
「あなたは間違っています!」
批判にむっとして、反論していないでしょうか。
自分を理解してもらえなければ、がっかりします。
なんとかわかってもらいたいので、相手の意見をはねのけ、あれこれ言いたくなります。
自分のプライドを守るために、自分の正当性を主張することもあるでしょう。
批判に反論している人が多いのではないでしょうか。
ところが、反論で解決することはありません。
批判を否定したところで、事態が収まることはありません。
批判する人は、相手を傷つけるのが目的です。
「違います」「誤解です」と否定すると、相手の挑発に乗ることになります。
批判する人は面白がって、ますます批判してきます。
むしろ火に油を注ぐことになるだけです。
悲しいかな。
批判に反論すると、ますます批判がエスカレートしていくのが定番です。
お互いが批判し合って傷つけ合うという、不毛な時間ばかりがすぎていくのです。
どうすれば批判する人を黙らせることができるのか。
難しそうですが、実は簡単です。
にこにこしながら肯定すればいいのです。
素直に相手の批判を受け入れてしまいましょう。
本当は腹が立っていても表に出さず、にこにこしながら受け入れてみてください。
「はい、そのとおりです」
「そうなんですよ」
「おっしゃるとおりです」
批判する人が最も恐れているのは、相手に肯定されてしまうことです。
てっきり否定してくると思った相手は、拍子抜けするでしょう。
相手は、自分の意見が認められることになります。
肯定されると、もうそれ以上、文句を言えなくなります。
「おかしい?! こんなはずではなかった」と困ってしまうのです。
見栄もプライドも捨ててしまいましょう。
余計な反論は御法度です。
反論をしたくても、心の中で我慢しておきます。
「あなたは本当に意気地無しだね」
「はい、そのとおりです」
「仕事のできない人だね」
「そうなんですよ」
「ダサいね。かっこ悪いね。情けないね」
「おっしゃるとおりです」
たったこれだけ、ぴりぴりした空気が和らぎ、その場が丸く収まります。
もちろんけんかに発展することもありません。
相手が誤解していることもあるでしょう。
明らかに誤解があるなら、きちんと説明したくなるでしょう。
どうしても誤解を解きたいなら「一度だけ」というルールを徹底しましょう。
誤解を解こうとして、くどくど話さないことです。
くどくど話すとかっこ悪くなります。
誤解を解いて、それでも批判してくるなら、それ以上相手にしないことです。
私はいつも落ち込んだときや気分を変えたいときには、着る服の種類をあえて変えてみることにしています。
いつもは着ないような服を着てみたり、新しく服を買ってみたりします。
着る服には着ている人の心理状態に大きく影響を及ぼします。
肌身に触れ、周りの人からの目にもつく分、心にも大きく影響するのです。
暗い気分になったときにはあえて、服だけでも明るくしようと、明るめの服を着るようにします。
単純にいつもと違った気分になりたいなと思ったときには、思いきっていつもは着ない服を着てみたりします。
同じ服ばかりでは気持ちも停滞しますから、雰囲気を一新させるために服を変えてみることが効果的です。
内側の元気を一新させるために、外側の服を一新すると、大きな効果が得られます。
着る服を変えたり、新しい服を買ってみたりすると、思ったより効果があります。
特に新しい服を買ったときには、新鮮なフレッシュ感があります。
あなたも新しい服を買ったときには「わくわく」を感じたことがあるのではないでしょうか。
たとえそれが古着でも、今まで身につけたことのない服を身につけることに意味があります。
人が元気になるためのキーポイントは「変化」です。
安定が元気になることと思っている人が多いのですが、実は変化をするときに人は元気になります。
新しい服を着るときにも、一種の変化が起こります。
今までとは違った気持ちや肌触り、見た目や雰囲気になるために変化が起こり、元気の新鮮さへとつながるのです。
私はちょうど今、明るい白色系の服を着ています。
今日は元気についての本を書くということもあり、いつもより明るめの服を着て本を書いているところです。
自分の書く文章でさえもそのときの気分が大きく関係し、そのときに着ている服からもらう元気からも大きく影響を受けるのです。
着る服を変えると、気分まで変わるのです。
時には人前で恥ずかしい失敗や間違いをしてしまうことがあります。
誰もが答えられる問題を間違えてしまったり、人前でつまずいて転んだりすると、恥ずかしくなるものです。
しかし、とっさにその瞬間、心が引き締まり「いけない」と必死になります。
恥をかくという経験は、自分では気づかない弱点を教えてくれる先生になるのです。
つまずいて転んでしまうアクシデントも「日頃から足元をしっかり見て歩きましょう」と教えてくれる先生になります。
人前で恥をかくという経験によって、自分の弱いところが見つかり、なんとかしようと必死になります。
それが結果として、良いモチベーションとなり勉強するためのきっかけになる場合が多いのです。
空手や柔道を習う人には、人前で恥をかいたからというきっかけで始める人が多くいます。
「人前でかっこ悪く負けたから、いつか見返してやりたい」
こんな恥をかいた経験によって、逆に「なんとかしてやろう」という気合が入るのです。
恥をかく経験がその人を強くさせ、人生を変えてしまうことがあるのです。
笑いの力は、本人の気分を明るくさせる効用があります。
気分が明るいから笑うというのではありません。
笑っているから明るくなれ、気分が上がっていくのです。
日頃から暗い表情でいる人は、すべてがつまらなく感じられます。
それはいつも無表情で笑っていないから、周りの出来事も暗くつまらなく感じられるのです。
暗い表情の人には話しかけづらいですよね。
人から話しかけられず、そうして友人もつくれずとなります。
表情がない人はその分、人とのコミュニケーションの量も減ってしまうという残念な結果になります。
それに対していつもにこにこしている人は、いつもよく笑っているものです。
朝の挨拶もにこにこしながら「おはようございます」と言います。
そんな人は、周りの出来事が楽しくて明るく感じています。
明るい表情なのでほかの人からも話しかけられやすく、コミュニケーションの量も増えます。
友人の量や質も変わります。
明るい人はモテて、コミュニケーションしやすいため友人もその分増えます。
自分がどんな表情をしているかで、周りがどんな状況になるのかが変わるのです。
たとえ愛想笑いでも笑うことには変わりありませんから、効果はあります。
今より少しでも表情を明るく、にこにこしてみましょう。
気分を上げて元気になるために、いつもよりにこにこすることが大切なのです。
あなたの元気がない理由は、物事を損得で考えているからではないでしょうか。
「得をすれば喜んでいい。損をすれば落ち込まないといけない」
「得をするのは良いこと。損をするのは悪いこと」
損得で考えていると、眉間にしわが寄り、険しい表情になりがちです。
しかし、実際、損得で判断するのは要注意です。
損得を意識すると、競争心が燃えてしまい、いらいらや焦りが増えやすくなります。
損得で考える習慣があると、元気になる方向へと正しく反応してくれません。
心が不安定になるため、結果として、疲れやすくなるのです。
元気を意識するときは、損か得かではありません。
楽しいかどうかです。
いつも元気な人は、行動するときには損得を考えません。
楽しいかどうかで、判断します。
楽しそうならやるし、つまらなさそうならやらない。
単純な基準で、自分が元気になる方向へ歩けます。
あなたはいつも「やらなければならないこと」ばかり考えていませんか。
自分で自分を追い込み、自分にむちを打っていませんか。
「やらなければならないこと」ばかりを考えていると、だんだん気分がめいってきてしまいます。
やらなければならないことが少なければいいですが、量が多すぎると圧倒されてしまい、元気がなくなってしまうのです。
受験勉強で大変なのは、覚えなければならない量です。
範囲が広いため、覚えなければならない量が途方もなくあります。
「やらなければならないこと」に圧倒されて、気持ちが暗くなってしまうのです。
受験勉強の敵は、難しさより量の多さにあります。
「~しなければならない」というmustの意味合いが強いだけに、考えるだけで重たく感じてしまうのです。
それがたくさんあれば、なおさらです。
しかし、ここで気分を軽くするために、逆の発想をしてみましょう。
やらなければならないことを考えるのではなく「やらなくてもいいこと」を考えるのです。
自分にとって必要のない物を考えて、消去法でどんどん消します。
自分の背中から荷物を下ろすような感じで、やらなくていいことがはっきりわかってくると、精神的な重みもいくぶん軽くなります。
テスト勉強では「範囲」が重要です。
どこからどこまでをやる必要があり、どこからがやる必要がないのかというラインを分けて、明確にすることが大切なのです。
やらなくてもいいところをはっきりさせておくとそれだけ、やるべきことに焦点が絞られていくのです。
「これが最後」という言い方には注意しましょう。
たとえそれが事実でも、できるだけ控えたい言い方です。
余裕のない言い方だからです。
「これが最後」という言い方には、希望や未来が感じられません。
余裕のない人は「これが最後」という言い方をします。
送別会のとき「もう会うことはないでしょうね」と言って別れます。
チャンスを逃したとき「もう次はない」と嘆きます。
仕事で失敗したとき「取り返しがつかない」と絶望します。
チャンスや可能性を感じさせない言い方です。
「現実を言っているだけ」「本当のことを言っているだけ」と思うかもしれませんが、よくないのです。
たしかに真実なのかもしれませんが、それでもやはりやめておくのが賢明です。
「これが最後」という言い方は、余裕のなさを感じさせます。
次につながる道筋が見えません。
「これが最後」という言い方をした瞬間、脱力します。
希望や可能性の光が見えず、未来が真っ暗に感じます。
虚無感に襲われ「もういいや」となります。
余裕がないから、余裕のない言い方をするのではありません。
余裕のない言い方をするから、ますます余裕がなくなっていくのです。
余裕のある人は「これが最後」とは言いません。
「次がある」という言い方をします。
大切なのは、チャンスや可能性を感じさせる言い方です。
どんなときでも「次もある」という言い方を心がけることです。
お別れで見送るとき「またいつか会いましょう」と言って別れたほうが爽やかです。
チャンスを逃したとき「次のチャンスにかけよう」と考えたほうが、力が湧いてきます。
仕事で失敗しても「次こそは必ず成功させる」と意気込んだほうが、本当に実現しやすくなるでしょう。
それぞれ表現は異なりますが、言わんとしていることは同じです。
「次がある」です。
「次がある」という言い方をすると、気持ちが前向きになります。
次があると言えば、体の内側からパワーが湧いてくるため、元気になれます。
私たちは、未来に希望があると思えるから、前向きに頑張れます。
結果として、本当に「次」がやってくるのです。