公開日:2005年9月ごろ
執筆者:水口貴博

心をきれいにする30の習慣

  • 人生とは、
    心を磨くための一人旅。
心をきれいにする30の習慣

人生とは、心を磨くための一人旅。

人生とは、心をきれいにするための一人旅です。
私たちは、まずたった1人でこの世に誕生してきました。
何が目的でこの世に誕生したかというと、人という存在として心をきれいに磨くために、生まれてきたのです。

天国のような人生を歩む人。
地獄のような人生を歩む人。

私はまだあの世へは行ったことがありません。
正直なところ、あの世のことについては「わからない」としか答えられません。
ですが「この世」に関しては、私が実際に生きて経験している世界ですから、よくわかります。

うまくいかない人生は、まず自分を振り返ってみることが大切。

うまくいかない人生を、ほかの誰かのせいにするのではなく、自分に原因があると考えることです。
考えることができなければ、ここで読むのをやめましょう。
努力をしない人を、私は助けることはできません。

見かけはきれいな人でも、心が汚い人もいる。

心のきれいさは、見かけだけではわかりません。
見かけはきれいな人でも、心が汚い人はたくさんいます。
私は先日、きれいな格好をした女性を見かけました。

心がきれいになるポイントは、3つ。
態度、行動、発言。

心がきれいな人はどんな人なのでしょうか。
それは、3つのポイントがあります。
「態度」「行動」「発言」です。

恥ずかしい経験によって、心の改善がなされる。

私は学生時代、友人と一緒に同居していた時期がありました。
恥ずかしい話ですが、その友人とは、最後にはけんか別れをしてしまいました。
私が、トイレ掃除や食べ終えた食器をきちんと洗わなかったことが原因でした。

当たり前の感謝に気づく人は、心がきれいな人。

あなたの心をきれいにするためには、まず「ありがとう」を1つでも多く見つけていくことです。
本当は、感謝していくことがいちばん大切ですが、まず感謝するべきポイントにあなたが気づかなければお礼のしようがありません。
自分にとって「ありがとう」と言えることなんてないとは、言わせません。

挨拶は、知らない人にも進んですること。

挨拶は、小学生のころはよくできていたのに、大人になるにつれてだんだん下手になっていく人がいます。
恥ずかしさという意識や「たかが挨拶くらい」と侮辱する人です。
こういう人は、毎日人と会ったときに挨拶をする習慣がないため、それだけで人と触れる機会が減ってしまいます。

お返しを習慣にすると、感謝が目に見える形になる。

心をきれいにするためには、お返しすることを習慣にしましょう。
一方的にあなただけがお世話になるのではなく、あなたも相手に対して「お返し」として何かをお世話するのです。
プレゼントをもらえば、プレゼントのお返しをします。

きれいな心は、きれいな姿勢に表れる。

背筋の伸びた人を見ると、しっかりした人に見えます。
いえ、しっかりした人に見えるというより、ほとんどの場合、本当にしっかりしている人です。
心を引き締めたければ、背中をぴんと伸ばしてみましょう。

意識は目に見えない。
書いてみないと、見えてこない。

私は「執筆業で良かった」と思うことがあります。
書くことでもやもやした本当の自分が見えてくるからです。
決してそういう理由で書き始めたわけではないのですが、結果としてはどんどん自分を発見する行為になっています。

手紙を書くと、心がきれいになる。

今後どんなにコンピューター技術が進歩しても、手紙はなくならないでしょう。
手紙は、人が心を磨くためになくてはならないものだからです。
手紙を書くと、心がきれいになります。

身の回りの物がきれいな人は、心もきれいな人。

心のきれいさは、身の回りにも表れます。
身の回りがきれいに整理整頓され、丁寧に手入れがされているのは、心がきれいな証拠です。
いつも物に対して感謝の気持ちがあるため、定期的に手入れをして整理整頓しているのです。

プレゼントをするとは、物を通して気持ちを伝えるということ。

プレゼントの本来の意味としては、感謝の気持ちやお祝いの気持ちを物として表現するということにあります。
お誕生日のプレゼントは、心を表現する物だと思ってください。
相手への誕生を記念した嬉しい気持ちや節目のお祝いの気持ちを、物を通して相手に上手に伝える手段が、プレゼントなのです。

心は磨かないと、輝いてこない。
つらい経験は、優しい気持ちへと変わる。

人の心は、磨けば磨くほど輝くようになっています。
初めは輝きが小さくても、磨けば磨くほど輝きが増していきます。
「輝いている心ほどきれいな心」ということです。

父の日、母の日、敬老の日に、プレゼントを贈ってはいけない。

ほとんどすべての人が世の中にある風潮に流されています。
1年の中にある父の日、母の日、敬老の日といった国が決めた特別な日に贈り物をする習慣です。
それぞれの記念日は年に一度しかなく、その日にだけ日頃の感謝を込めてプレゼントをします。

汚いものばかり見ていると心まで汚くなる。
きれいなものを見ていると心もきれいになる。

人間の心の状態は、目から入る情報からも大きく影響を受けます。
汚いものばかり見ていると、嫌な気持ちになり不快になります。
あなたも汚い公衆便所に入ると、見た目の悪さと激臭でとても不快な気分になってしまったことはありませんか。

相手を傷つけない発言にも、気を使おう。

心がきれいになるポイントの1つである「発言」には、きれいな言葉遣いのほか、相手を傷つけない言葉遣いにも気をつけましょう。
きれいな発言だけが良いのではなく、相手をいかに傷つけずに発言できるかも十分にケアをしておかないといけません。
日本には、相手を傷つけずにノーという言葉遣いがいくつかあります。

「すてきだね」と言うたびに、心がきれいになっていく。

きれいな言葉の1つに「すてきだね」というフレーズがあります。
すてきだねという言葉は、短くて言いやすく、嬉しい褒め言葉です。
相手をさりげなく喜ばせる言葉で、日常のいろいろな場面で使える効果的な言葉です。

自分を無理やり変えようとしても、すぐは変えられない。

性格を直そうとしても、そう簡単には変えられるものではありません。
誰しも一度は、自分の性格を変えようと考えたことがあるはずです。
「もっと明るい自分になりたい」「もっと精神的に強くなりたい」と自分の性格を改善しようとします。

当たり前を大切にすればするほど、心がきれいになる。

当たり前とは、いわば土台です。
当たり前という土台があるから、次の一歩を確実に歩めます。
当たり前のことを軽く考えている人は、基本をおろそかにしているということです。

きれいな人は、性別にかかわらず、心まできれいに見える。

「きれい好きは心もきれい」という法則があります。
潔癖症の人のことを指しているわけではありません。
毎日の整理整頓をしっかりし、きれいに片付けられている人ということです。

「独り占め」をすると、楽しさが半減する。
「わかち合い」をすると、楽しさが倍増する。

「わかち合い」をする人は、心がきれいであるという証しです。
心がきれいな人でないと、わかち合うという行為はどうしてもできません。
横柄で偉そうな人には、譲り合いはとてもできず、それどころか「独り占め」をしてしまいます。

許すことで軽くなる。
「まあ、いいか」と考えよう。

どんどん許していきましょう。
出来事でもトラブルでも失敗でもどんどん許していくと、心が軽くなります。
性格が丸くなります。

「頼り、頼られる」というやりとりから、仲良くなるきっかけが生まれる。

あなたは頼ってしまう人ですか。
それとも頼られる人ですか。
人生を大いに楽しむためには、どちらか一方ではなく、両方を楽しむようになりましょう。

嘘をつくほど、心が汚くなる。
正直になるほど、心がきれいになる。

基本的に嘘はつかないことです。
嘘はつかないほうが、確実に良い人生を送れます。
「嘘も方便」ということわざがありますが、よほど相手のためになることでないかぎり、嘘はつかないように心がけましょう。

悩みを見つけたら、あなたはラッキー。

悩みを見つけたら、あなたはラッキーです。
悩みを解決すれば、さらに素晴らしいあなたになることができるからです。
自分はどうすれば向上できるのかと悩みますが、悩みができればそれが自分を向上させるポイントになります。

謝ることなしに、人とのやりとりはうまくやっていけない。

人とうまくやっていくポイントは、話し上手、聞き上手であるといいます。
たしかに話し上手で聞き上手なら、人とうまくやっていくことができるでしょう。
しかし、いちばん大切な基本的なことができていなければ、いくら話し上手で聞き上手でも、すべてが台無しになります。

本当に自己中心的を極めると、周りについても考えるようになる。

自分を第一に考える人のことを「自己中心的な人」と言います。
自己中心的な人は、周りから嫌われる傾向があります。
自分さえよければいいと考えているため、周りの人に迷惑をかける行為も平気でしてしまいます。

自分の負けを認められる人は、心が柔らかくきれいな人。

人間なら、誰しも「いいところ」と「悪いところ」の2つがあります。
いいところだけの人はいません。
悪いところだけの人もいません。

全文

プロローグ
1

人生とは、心を磨くための一人旅。

人生とは、心を磨くための一人旅。 | 心をきれいにする30の習慣

人生とは、心をきれいにするための一人旅です。

私たちは、まずたった1人でこの世に誕生してきました。

何が目的でこの世に誕生したかというと、人という存在として心をきれいに磨くために、生まれてきたのです。

優しさや愛、情熱や感動に気づくために、あらためてこの世に命を授かったのです。

この世は、そのものが心をきれいにするための大きな磨き石になっているようなものです。

大変でつらいことばかりの人生です。

何もしなければ食べてはいけず、死んでしまいます。

この世で生きていくために、汗を流して働いて仕事をします。

1人で生きるには寂しいから、友人をつくります。

愛する人がいないと愛が感じられないから、愛する人と結婚します。

こうして私たちは、生きるためにせっせと「動く」のです。

しかし、動けば動くほど、つらいことも出てきます。

友人と仲良くなるばかりではなく、時にはけんかもしてしまいます。

結婚すればしたで、一緒に生活するために2人で協力(あるいは家族ぐるみで協力)しなければなりません。

子どもが生まれれば、今度は子育てです。

ハードルを乗り越えれば、次のハードルがあり、そのハードルを越えればさらにまたハードルが待ち構えています。

いつまで経ってもハードルが次から次へと出てきて、この世で楽になれることなんてないようです。

この世こそ、地獄ではないかと思えるほどです。

しかし、考え方を変えましょう。

つらいことがあるのは、あなたの心をきれいに磨くために存在するのです。

仕事でつらいことがあったりするのは、仕事を通して自分を磨くためです。

人間関係でめてしまうのは、人を通して、人とのやりとりを勉強するためです。

恋人とけんかをしてしまうのは、愛について考えるためです。

子育てで苦労することがあっても、子どもを通して愛を学ぶためです。

何かトラブルがあるのは、その大切さに気づいてもらうために存在しているのです。

心をきれいにする習慣(1)
  • 心を磨くために、生きる。
2

天国のような人生を歩む人。地獄のような人生を歩む人。

天国のような人生を歩む人。地獄のような人生を歩む人。 | 心をきれいにする30の習慣

私はまだあの世へは行ったことがありません。

正直なところ、あの世のことについては「わからない」としか答えられません。

ですが「この世」に関しては、私が実際に生きて経験している世界ですから、よくわかります。

この世という世界は、なぜつらく大変なことばかりなのでしょうか。

それは、この世は私たちにとって心を磨くために存在している修行の場だからです。

何もしなければ、うまく生きていけないような世界として出来上がっています。

「一生懸命に生きる人」がこの世では、愛を感じ、報われ、幸せに生きることができるようになっています。

一生懸命に人を愛したり、一生懸命に働いたりする人が、少しずつ愛に気づき、生きることの喜びを知るようになります。

生きることはたしかに大変なことですが、ささいな幸せに気づきさえすれば、この世は一転してとても幸せな世界にもなります。

そういうゆえんがあり、この世において心をきれいに磨こうとしない人は、うまく生きていけません。

あなたが心をきれいに磨こうとする人か、そうでない人かで人生が天国と地獄であるかのように、2通りにわかれてしまうのです。

天国のような人生を歩む人

  • 人のために一生懸命に生きる人
  • 今を一生懸命に生きる人
  • つらい出来事も自分のためだと考えるプラス思考を持っている人
  • 素直な人
  • 正直な人
  • 進んで学ぼうとする人

こうした人が、この世ではうまく幸せを感じながら生きていけるようになっています。

それに対して、この世を地獄であるかのようなつらい人生ばかりを送ってしまう人は次のような人です。

地獄のような人生を歩む人

  • 一生懸命に生きない人
  • 自分のことしか考えない人
  • 人の迷惑になるようなことをする人
  • 悪口を言う人
  • この世の流れを乱そうとする人
  • 嘘をつく人
  • 勉強をしない人

こうした人は、天罰とは言いすぎですが、それ相応のつらい人生を送ることになります。

いつまでも自分のことしか考えていない人は、当然仲のいい友人もできず、愛を知ることもなく寂しく生きることになります。

勉強をしない人は賢く世渡りができず、何かあるたびにつまずいてしまいます。

友人ともけんかしたり、結婚してもうまくいかなかったりと、なかなか思うようにいかない人生となります。

誰かが自分の人生の邪魔をしているかのような、うまくいかない人生を歩むことになるのです。

誰かが邪魔をしているのではありません。

自分からこの世の流れに反した生き方をしているため、すべてがうまくいかないだけです。

この世でうまく生きていくためには、この世のルール、つまり流れに乗って生きることがいちばん重要です。

川の流れとは逆に向かっても、いつまでも川の流れが強くなかなか前に進みません。

しかし、川の流れに乗っていけば、ほとんど力を加えることなくぐんぐん前に進むのです。

人生も同じです。

あなたが人生でうまく流れに乗って生きていくためには、素直に「この世の流れに沿った生き方」をすることです。

そのために、まずこの世とは「自分を磨くために存在する修行の場」ということに気づくことが必要なのです。

心をきれいにする習慣(2)
  • この世は「自分を磨く修行の場」と考える。
3

うまくいかない人生は、まず自分を振り返ってみることが大切。

うまくいかない人生は、まず自分を振り返ってみることが大切。 | 心をきれいにする30の習慣

うまくいかない人生を、ほかの誰かのせいにするのではなく、自分に原因があると考えることです。

考えることができなければ、ここで読むのをやめましょう。

努力をしない人を、私は助けることはできません。

自分の中に原因を探し出す努力をしない人は、幸せになれないという世の中に出来上がっています。

自分に原因があるから、結果として人生がつらくあなたに当たってくるのです。

この世の流れに反することは、川の流れに逆らっていることと同じであり、うまく前に進むわけがありません。

向かってくる川の流れが強く当たってきたり、川の上流から石ころが転がってきたりと、何かと障害が多くやってきます。

「この世のルール」という流れに反している人は、つらい人生を送ってしまうことになるのです。

まず自分の行いを振り返ってみましょう。

嫌な思い出であるほど、よく当てはまることがあります。

嫌な思い出は、たいてい自分に原因があるのではないですか。

人に迷惑をかけたり、嫌な気持ちにさせたりするようなことをしてしまったから、つらい出来事になってしまったのではないですか。

あるいは、単にあなたが勉強不足だけだったのかもしれません。

いずれにせよ、自分に原因があると考え直すことができるはずです。

私も過去を振り返れば、嫌な思い出はたくさん出てきます。

友人と大げんかをしたり、恋人に振られたり、仕事がうまくいかなかったりと、泣きたくなるようなことはたくさんありました。

しかし、そうしたことは、たまたまそうなったのではなく、当時の私に原因があったわけです。

相手の気持ちを考えずに自分勝手な発言や行動をしてしまったため、トラブルへとつながっていったのです。

そのときの私は、大変落ち込み、いらいらしていました。

しかし、時間がしばらく経つにつれて、冷静になって過去を振り返ることができるようになりました。

すると、ほとんどのトラブルの原因が、自分であることに気づいたのです。

私は、恥ずかしくなってしまいました。

なんと身勝手な行動や発言をしてしまっていたのかと恥じれば恥じるほど、二度とないようにしようという気持ちも働きます。

こういうことを繰り返しながら、人間は少しずつ心を磨くのです。

うまくいかない原因は自分の中にあり、その原因を克服できたときが、成長できる瞬間です。

心をきれいにする習慣(3)
  • うまくいかない人生は、自分から原因を探し出す。
4

見かけはきれいな人でも、心が汚い人もいる。

見かけはきれいな人でも、心が汚い人もいる。 | 心をきれいにする30の習慣

心のきれいさは、見かけだけではわかりません。

見かけはきれいな人でも、心が汚い人はたくさんいます。

私は先日、きれいな格好をした女性を見かけました。

見かけが整いきれいですから、お上品な方かと思っていると、突然タバコを取り出しました。

タバコを吸いながら道の真ん中を歩き、吸い殻をポイ捨てしたところを見て「こういう人なんだ」とがっかりしました。

いくら見かけがきれいな人だからとはいえ、心がきれいだとは限りません。

人の内側にある精神的な部分であるだけに、目には見えないわけです。

しかし、一瞬ですが、内側が外側に表れることがあります。

態度、行動、発言の瞬間です。

態度、行動、発言を見れば、その人の心の中が垣間見えてきます。

外側の身なりや髪型は、心が汚くてもきれいに変えることが簡単にできてしまいます。

しかし、きれいな発言、態度、行動は、きれいな心からでなければ出てこないものです。

その人となりを知るためには、見かけより、態度、行動、発言を見ることがポイントなのです。

心をきれいに磨くためのポイントはここにあります。

心を磨くためには、髪型やブランドもので身を固めるのではなく、発言や態度、行動を磨くように心がけることなのです。

鏡に向かって一生懸命にお化粧する努力より、言葉遣いが人を不快な気分にさせていないかと気をつけるほうが重要なのです。

心をきれいにする習慣(4)
  • 見かけのきれいさに、騙されないようにする。
5

心がきれいになるポイントは、3つ。態度、行動、発言。

心がきれいになるポイントは、3つ。態度、行動、発言。 | 心をきれいにする30の習慣

心がきれいな人はどんな人なのでしょうか。

それは、3つのポイントがあります。

「態度」「行動」「発言」です。

心がきれいな人は、必ず、この3つがきれいです。

3つのうち、1つだけでは不十分。

3つともそろっていることが条件です。

  • 心のきれいな人は、相手を思いやる「態度」があります
  • 今を一生懸命に生きる「行動」があります
  • 人に「ありがとうございます」と感謝をする「発言」があります
  • お礼のはがきを書くという「行動」をしています
  • 人が喜ぶような「発言」をします
  • いつも謙虚で腰の低い「態度」でいます

心がきれいな人は、こうした態度、行動、発言がきれいでいるわけです。

心を磨くための方法も、ここにあります。

愛されたければ、思いやる態度になることです。

ありがとうございますというはがきを書いたり、会いに行くために行動したりします。

ことあるごとに「ありがとうございます」と発言を意識してみましょう。

例を挙げれば切りがありませんが、基本的に「思いやる気持ち」が込められていれば何でもかまいません。

心がきれいな人は意識しなくてもできていますが、そうでなければまず形から入ってもかまいません。

最初は抵抗があっても、形だけでも心がけていけば、だんだん気持ちに変化が現れます。

発言、行動、態度には、あなたの内側にある、思いやる心を変える力があるのです。

心をきれいにする習慣(5)
  • 態度、行動、発言を、きれいにする。
6

恥ずかしい経験によって、心の改善がなされる。

恥ずかしい経験によって、心の改善がなされる。 | 心をきれいにする30の習慣

私は学生時代、友人と一緒に同居していた時期がありました。

恥ずかしい話ですが、その友人とは、最後にはけんか別れをしてしまいました。

私が、トイレ掃除や食べ終えた食器をきちんと洗わなかったことが原因でした。

自分としては、食器をきれいに洗いました。

もちろんトイレもきれいに掃除しました。

しかし、一緒に同居している友人からすれば、全然できていない状態だったそうです。

昔から食器の洗い方やトイレ掃除をいつも母任せにしていたので、自分がしている掃除が甘かったようです。

私はそのとき「自分は悪くない」と思っていました。

めた結果、私が部屋を出ていき、それからは一人暮らしをしています。

しばらく時が経ちました。

今になってその一件を思い出すと「たしかに自分の掃除の仕方に問題があった」と思えるようになりました。

あのときの私がした掃除は、たしかに全然できていないなと、今になって気づきます。

「友人が怒るのも無理はない」と恥ずかしくなりました。

それに気づいてからは、掃除はきちんとするようになりました。

過ちを償うような気持ちです。

いらいらしたりむかついたりした経験の意味は、そのときはわかりません。

そのときは腹が立っているため、落ち着いて考える余裕がありません。

後になって気づきます。

時間がたてば、落ち着いて振り返ることができるようになります。

たとえば、学生時代、先生からひどく叱られて腹が立った経験を思い出してみましょう。

本当に相手だけが悪かったのかと振り返ると、必ずしもそうとは言い切れない部分が出てくるのではないでしょうか。

思い出したくもない、むかついた経験は、反省材料になります。

自分の「恥ずかしさ」に気づいて、自分の行いを改善するのです。

心をきれいにする習慣(6)
  • 過去の思い出したくもない記憶を思い出し、自分の恥ずかしさに気づく。
7

当たり前の感謝に気づく人は、心がきれいな人。

当たり前の感謝に気づく人は、心がきれいな人。 | 心をきれいにする30の習慣

あなたの心をきれいにするためには、まず「ありがとう」を1つでも多く見つけていくことです。

本当は、感謝していくことがいちばん大切ですが、まず感謝するべきポイントにあなたが気づかなければお礼のしようがありません。

自分にとって「ありがとう」と言えることなんてないとは、言わせません。

「ありがとう」と言えることがなければ、あなたはもう死んでいます。

誰かのお世話にならずして、この世で生きていくことはできません。

自分の1日を振り返ると「ありがとう」と言える場面が必ず存在します。

それもあなたが思っている以上に、数え切れないほどたくさん存在しています。

あなたはただ、感謝するべきポイントに気づいていないだけです。

本当は毎時間でも「ありがとう」と言えるはずなのですが、お世話になることが当たり前になりすぎて感謝にすら気づけないのです。

物を売ってくれるおじさんやおばさん。

会社の同僚からのアドバイス。

上司からのお説教。

友人がいてくれるということ。

友人から電話がかかってくるということ。

五体満足であるということ。

自分が今、生きているということ。

こうしたことは、当たり前すぎて「ありがとう」に気づけない場合が多いのです。

しかし、知らず知らずのうちに自分はたくさんの人に支えられていると言うことに気づかないといけません。

気づいて、一言でも多く「ありがとう」と言えるようになることが心をきれいにするポイントです。

「ありがとう」と言う感謝が、あなたの心をきれいにし、周りにいる人たちの心も一緒にきれいにします。

心をきれいにする習慣(7)
  • 当たり前の感謝に、気づく。
8

挨拶は、知らない人にも進んですること。

挨拶は、知らない人にも進んですること。 | 心をきれいにする30の習慣

挨拶は、小学生のころはよくできていたのに、大人になるにつれてだんだん下手になっていく人がいます。

恥ずかしさという意識や「たかが挨拶くらい」と侮辱する人です。

こういう人は、毎日人と会ったときに挨拶をする習慣がないため、それだけで人と触れる機会が減ってしまいます。

見知らぬ人とのコミュニケーションは、挨拶をしないことには始まらず、挨拶なしの初対面はとても印象が悪くなります。

ファーストインプレッション(第一印象)は、明るく元気であるほど好感を持ってもらえます。

挨拶が習慣になっていないと、第一印象が悪くなり、大きく損をしてしまうことになるのです。

私の仕事上の同僚に、宇賀神さんという挨拶が上手な女性がいます。

もともと彼女とは同期で同じ職場に配属されたのですが、初めて会ったときから挨拶はよくしていました。

私と宇賀神さんが、職場の廊下を歩いているときのことです。

自分がお世話になっている人はもちろんのこと、知らない人とすれ違っても、誰かまわず挨拶をします。

おかげで彼女の顔は売れ、職場でも良いムードメーカーになっています。

彼女は早朝から「おはようございます」と、知っている人はもちろんのこと、知らない人にまで笑顔で挨拶をしています。

私はそれを横で見ていて「いつもよく挨拶するね」と褒めると「挨拶しないと雰囲気が悪くなるから」と言っていました。

たしかに知らない人と廊下ですれ違うたびに、ささいな緊張が走ります。

相手のことがわからないため、警戒をしてしまうわけです。

しかし、相手から何か挨拶をしてもらえると、悪い人ではないんだなとわかり、ほっと安心します。

はじめの印象がよければ、後になるほど差がついてきます。

のちに宇賀神さんは、顔を覚えてもらえるようになり、仕事上でわからないところがあると誰かに助けてもらえるようになりました。

自分に関係している人だけではなく、知らない人とも挨拶をしているため、周りとの雰囲気もよくなります。

いざというときに助けてもらいやすくなるのです。

自分をアピールするために、何も特別なことをする必要はなく、ただ日頃の挨拶を欠かさずすればいいだけです。

知っている人だけでなく、知らない人にも挨拶をすることがポイントなのです。

心をきれいにする習慣(8)
  • 知っている人にも、知らない人にも、挨拶をする。
9

お返しを習慣にすると、感謝が目に見える形になる。

お返しを習慣にすると、感謝が目に見える形になる。 | 心をきれいにする30の習慣

心をきれいにするためには、お返しすることを習慣にしましょう。

一方的にあなただけがお世話になるのではなく、あなたも相手に対して「お返し」として何かをお世話するのです。

プレゼントをもらえば、プレゼントのお返しをします。

電話をかけてきてくれれば、今度はあなたから電話をかけます。

病気のときに看病してもらったならば、相手が病気で寝込んだときには今度はあなたが看病をしてあげる番です。

手紙を受け取れば、お返事を書きます。

こうした気持ちを通したやりとりを毎日積み重ねることで、どんどん心がきれいになります。

自分だけで生きているのではなく、お互いに支えあって生きていることを実感できるようになるからです。

独りよがりで生きている人は、こうした「お返し」をまったくしません。

自分を中心に世界が回っていると思っていますから、お世話をされて当たり前であり、お返しの必要もないと思っているのです。

常に私たちは、お互いに影響を与え合って生きています。

それらを当たり前と思うのではなく、目に見える形で「お返し」をすることで「実感」できるようになるのです。

心をきれいにする習慣(9)
  • お世話をされたら「お返し」する。
10

きれいな心は、きれいな姿勢に表れる。

きれいな心は、きれいな姿勢に表れる。 | 心をきれいにする30の習慣

背筋の伸びた人を見ると、しっかりした人に見えます。

いえ、しっかりした人に見えるというより、ほとんどの場合、本当にしっかりしている人です。

心を引き締めたければ、背中をぴんと伸ばしてみましょう。

背筋をぴんと伸ばせば、心もぴんと伸びて引き締まります。

背中を見れば、その人の心の中が見えてきます。

だらだらした気分で背筋が伸びているということはありません。

心がぴんとしっかりしているので、背中もぴんと伸びていきます。

だらだら歩いている人は、決まって背中も丸まっています。

背中も丸くして、だらりとした歩き方です。

それでいて、大手を振って偉そうに歩いています。

心も気持ちも、引き締まっていないからなのでしょう。

心と気持ちが引き締まっている人は、背筋がぴんと伸びています。

背筋を意識的にぴんと伸ばすことで、意識を引き締めることができます。

姿勢によって、気持ちまで変化させることができるのです。

心をきれいにする習慣(10)
  • 背筋をぴんと伸ばして、歩く。
11

意識は目に見えない。書いてみないと、見えてこない。

意識は目に見えない。書いてみないと、見えてこない。 | 心をきれいにする30の習慣

私は「執筆業で良かった」と思うことがあります。

書くことでもやもやした本当の自分が見えてくるからです。

決してそういう理由で書き始めたわけではないのですが、結果としてはどんどん自分を発見する行為になっています。

日頃から考えていることや思っていることでも、それらの意識は目に見えるものではありません。

しかし、いつも習慣として書いていることで、それらのもやもやした意識がはっきり目に見える形で表れてくるようになります。

実はHAPPY LIFESTYLEの中で私が書いていることのほとんどは、書いている私でさえも驚く内容がほとんどです。

自分が読んでいても「なぜこんなことを知っているんだ」と思うようなことばかりです。

書いている途中で、自分で「なるほど」とうなずいていることがしょっちゅうあります。

自分でも驚く内容ですが、実際に私が書いていることには変わりありません。

どうやら私は、知らないようで知っているようです。

人間にはもやもやした意識で、ほとんどが占められています。

しかし、それが「書く」という行為によって、目に見える形として外に吐き出されます。

たとえそれが元はもやもやした気持ちや感情、考え、意見でも、吐き出してしまうと大胆な表現になっています。

その吐き出されたものが、本来自分の中にため込まれていた部分(あるいは隠れていた部分)に当たるのです。

無意識にもやもやした状態でも、書くことで吐き出してしまえば「これが私の中に隠れていたものか」と初めてわかります。

自分の中にはたくさんの宝物が存在し、それらをただ発掘していないだけです。

思いきって書くという行為によって目に見える形にすると、自分でもびっくりするようなものが吐き出されてきます。

それが、本当のあなたに当たります。

自分でも気づかなかった「もう1人の自分」が見えてきます。

無意識のために意識はしませんが、生活の中である一瞬に感じたり思ったりしていることは、頭のどこかで蓄積されているのです。

それが積もりに積もった状態になり、実はもうあなたの頭の中は宝の山でいっぱいのはずなのです。

吐き出すという行為をしてみましょう。

私がそうであるように、できないと思ってやってみても、できます。

意識は目に見えないものであり、書いてみないことには見えてきません。

日記でもパソコンでも手紙でも何でもかまいませんから、自分を吐き出すフィールドを持つと、本当の自分が見えてくるのです。

心をきれいにする習慣(11)
  • 自分の中に眠っている宝物を、書くことで、吐き出してみる。
12

手紙を書くと、心がきれいになる。

手紙を書くと、心がきれいになる。 | 心をきれいにする30の習慣

今後どんなにコンピューター技術が進歩しても、手紙はなくならないでしょう。

手紙は、人が心を磨くためになくてはならないものだからです。

手紙を書くと、心がきれいになります。

手紙を書くことで、自分の気持ちが整理されるからです。

手紙を書けば、相手に喜んでもらえるだけでなく、感じていることを文章として書き表すことができ、気持ちの整理になります。

心をきれいにしてから手紙を書こうと思っている人は、いつまで経っても書きませんし、書けません。

心はきれいでなくてもいいから、まずとにかく書くことです。

書いているうちに心が整理され、きれいになります。

字は下手でもいいし、文章が上手でなくてもかまいません。

あなたが実際に送った手紙を読んでくれた相手は喜び、人間関係の改善、向上につながります。

人間にとって、手紙はなくてはならないのです。

心をきれいにする習慣(12)
  • お世話になっている人に手紙を書く。
13

身の回りの物がきれいな人は、心もきれいな人。

身の回りの物がきれいな人は、心もきれいな人。 | 心をきれいにする30の習慣

心のきれいさは、身の回りにも表れます。

身の回りがきれいに整理整頓され、丁寧に手入れがされているのは、心がきれいな証拠です。

いつも物に対して感謝の気持ちがあるため、定期的に手入れをして整理整頓しているのです。

物に対しても人と同じように愛する気持ちがあり、優しく丁寧に扱っているわけです。

ただ勘違いをしないでほしいのは、きれいに整理整頓がされているということであり、きれいな物が置かれているとは限りません。

きれいなものは、初めからきれいです。

物そのもののきれいさのことを言っているのではなく、その人が物をどれだけ丁寧に扱っているかということです。

身の回りのきれいさ、整理整頓ということです。

たとえば、心がきれいな人は、布団がきれいにたたまれています。

布団そのものがきれいで高級なものなのかという話ではなく、きれいに扱われているかどうかにポイントを置いてみましょう。

いつも寝る布団は、毎日お世話になっています。

生きているわけではありませんが、布団があるおかげで毎日快適に寝ることができているのです。

布団に対しても、もちろん「ありがとう」という感謝の気持ちをもたなければなりません。

それが結果として「きれいにたたむ」という行為として表れていくのです。

きれいにたたまないと、申し訳なく思います。

そんな優しくてきれいな心は、布団1つにもはっきり表れてしまうのです。

布団だけではありません。

財布、携帯、机、車、自転車、毎日着る洋服。

そうした身の回りの物すべてに当てはまります。

面白いことに、布団をきれいにたたんでいる人は、決まって机の上も財布もきれいで、洋服もきれいにたたんでいます。

1つだけが極端にきれいなことはなく、きれいにする人は身の回りの物すべてがきれいにされています。

その一方、布団をたたむことがない人は、決まって机の上も物が散らかって、本棚も整理整頓されず、財布も汚い。

もちろん自分の着ている服もきれいにたたまず、適当にたたんでしまいます。

このように身の回りの状態は「全部がきれい」と「全部が汚い」といった両極端にわかれてしまうのです。

これも答えを明かせば、本人の心のきれいさがキーポイントになっています。

心がきれいな人は、人だけでなく物に対しても感謝の気持ちがあるので身の回りにあるものはすべてきれいにします。

しかし、心が汚い人は人にも感謝をせず、物に対しても適当に扱うため、すべてが整理整頓されず、散らかってしまうのです。

あなたの心のきれいさは、身の回りの物に表れます。

財布を見てみましょう。

きちんと手入れがされていますか。

いつも寝る布団を見てみましょう。

きれいにたたまれていますか。

自分の着る服や机の上など身の回りを見て、どれだけきれいに整理整頓されているかが、あなたの心のきれいさでもあるのです。

物に対する優しい感謝の気持ちがどれだけ表れているかが、目に見えてしまうのです。

心をきれいにする習慣(13)
  • 身の回りの物を、きれいにする。
14

プレゼントをするとは、物を通して気持ちを伝えるということ。

プレゼントをするとは、物を通して気持ちを伝えるということ。 | 心をきれいにする30の習慣

プレゼントの本来の意味としては、感謝の気持ちやお祝いの気持ちを物として表現するということにあります。

お誕生日のプレゼントは、心を表現する物だと思ってください。

相手への誕生を記念した嬉しい気持ちや節目のお祝いの気持ちを、物を通して相手に上手に伝える手段が、プレゼントなのです。

プレゼントをもらって嬉しいのは、そこに感謝の気持ちが感じられるからです。

単に頂いたということではなく、思いやる気持ちがあってわざわざ贈ってくれたことが感じられるからです。

ですが、このプレゼントを間違ってやりとりしている人がいます。

ただ高価な物さえあげれば、相手を喜ばせることができると思っている人です。

高価な物、つまり金額の高い物なら、何でも相手を感動させられ、喜んでくれると思っているのです。

驚いたことに、こんなプレゼントに喜ぶ人も本当にいます。

お金そのものにすべての価値を置き、高価ならすべて良しと思っている者同士ですから、うまくやりとりがつながるのです。

決して高価な物がいけないと言っているわけではありません。

ほかの意味で物のやりとりを行っているがゆえに、本当のプレゼントとは言えないのです。

こういう人は「金額の高いものを贈ってくれたから、金額の高いものを贈り返そう」と思っています。

決して相手に対する感謝やお礼を込めているのではなく、金額を込めているというところに要チェックです。

もし、たまたまお礼や感謝の気持ちを込めたものが高価な物であるのはかまいません。

ただ目的が「高価な物のやりとり」ということが、危険であるということなのです。

これでは本来のプレゼントのきれいなやりとりとは言えません。

心のきれいな人は、高価な物で相手を喜ばせようといったお金さえあれば簡単に誰でもできることはしないのです。

プレゼントは高価な物を贈って相手を驚かすことが目的ではなく、あくまでも感謝の表現を、物を通して伝えることなのです。

心をきれいにする習慣(14)
  • プレゼントをすることで、感謝の気持ちをプレゼントする。
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心は磨かないと、輝いてこない。つらい経験は、優しい気持ちへと変わる。

心は磨かないと、輝いてこない。つらい経験は、優しい気持ちへと変わる。 | 心をきれいにする30の習慣

人の心は、磨けば磨くほど輝くようになっています。

初めは輝きが小さくても、磨けば磨くほど輝きが増していきます。

「輝いている心ほどきれいな心」ということです。

人の優しさや気持ちがわかるようになります。

そんな心を磨くために必要なことが「つらい経験」です。

つらい経験は、あなたの心により磨きをかけます。

たくさんのつらい経験をした人ほど、人の悲しみやつらさを理解できるようになり、優しく接することができるようになるのです。

私の祖父は、今はもう亡くなってこの世にはいませんが、生前は戦争に関することはよく知っている人でした。

それもそのはずで、祖父は第2次世界大戦の真っただ中で生きていた人です。

戦争が始まり、戦い、終戦を迎えるという一部始終を見ています。

戦争で大けがを負って傷ついているところや、戦争中の貧しい暮らしについては痛いほどよく経験してきました。

ちょうど戦時中を生き抜いてきた人だけあって、テレビで第2次世界大戦の映像や写真が出ると釘付けになっていたものです。

そんな祖父は、戦争の話になると熱く語り始めますが、その一方で不思議と優しくなります。

私の実家には、戦時中に祖父が使っていたはさみがあります。

そのはさみはもうさびついて古くなってしまったものだと言うのに、大切にして決して捨てようとしなかったことを覚えています。

とても古くて、はさみ全体がさびていましたが、それでも使っていました。

そのはさみは、祖父が戦時中、人のけがの手当に使っていたものとのことです。

戦争中の助け合い協力した思い出、国のために戦い命を落としていった人を思うと、はさみをどうしても捨てられないのでしょう。

しかし、思い返してみると、つらい経験をしているぶんだけ優しくなることができていたのだとわかります。

つらい経験を通して優しくなり、1つのはさみでも大切に使っているのです。

はさみだけではありません。

石鹸せっけんやタオルも「捨てるのはもったいない」と言って、大事に押し入れにしまっていました。

物がなかった貧しい時代から生きていた祖父と祖母の部屋には、捨てられない物であふれていました。

ほとんどが使わないものでしたが、物を大事にする祖父と祖母の心が表れた部屋でもありました。

物があふれている今の時代にはない、優しい気持ちに満ちた部屋だったのです。

心をきれいにする習慣(15)
  • 心を磨くために、つらい経験をする。
16

父の日、母の日、敬老の日に、プレゼントを贈ってはいけない。

父の日、母の日、敬老の日に、プレゼントを贈ってはいけない。 | 心をきれいにする30の習慣

ほとんどすべての人が世の中にある風潮に流されています。

1年の中にある父の日、母の日、敬老の日といった国が決めた特別な日に贈り物をする習慣です。

それぞれの記念日は年に一度しかなく、その日にだけ日頃の感謝を込めてプレゼントをします。

「テレビで父の日の宣伝をやっていたから」

「雑誌で母の日には花を贈ろうと書いていたから」

「友人が敬老の日にプレゼントをしているから、なんとなく自分も……」

「そういうことをしなければならない日だから」

こうした周りに流された状態でなんとなく、父の日、母の日、敬老の日に日頃の感謝と言い、プレゼントを贈ります。

しかし、ちょっと待ってください。

これは、おかしいことに気づきませんか。

本当に感謝をしていれば、父の日や母の日、敬老の日だけに限ってプレゼントはしません。

そういう日以外にもプレゼントをしますし、日頃からプレゼントをしています。

本当に親に対する感謝の気持ちがあれば、日にちなどまったく関係ないはずなのです。

こういう記念日にしかプレゼントを贈らないのは、世の中の風潮に流されているということです。

「感謝の気持ちを表現したい」というわけでなく「周りの雰囲気から、自分もしなければ」という感覚が動機になっているのです。

感謝の気持ちがあり日頃からもプレゼントしているけれど、父の日や母の日にもプレゼントをしたければかまいません。

問題なのは、そうした記念日に限ってだけプレゼントをする人です。

そういう人に限って、父の日、母の日、敬老の日が終われば、もう一切プレゼントをすることはないのです。

父の日、母の日、敬老の日にだけプレゼントを贈ってはいけません。

そんな日に限ってプレゼントをするのは「感謝の気持ちがあるから」ではなく「そういう日だから」という理由でしかないのです。

むしろ相手に失礼とも映ります。

父の日、母の日、敬老の日に、プレゼントを贈ってはいけないのです。

記念日に贈るのではなく、その日以外に贈ることが本当の感謝を表すポイントです。

心をきれいにする習慣(16)
  • 父の日、母の日、敬老の日に限ってではなく、日頃からプレゼントを贈る。
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汚いものばかり見ていると心まで汚くなる。きれいなものを見ていると心もきれいになる。

汚いものばかり見ていると心まで汚くなる。きれいなものを見ていると心もきれいになる。 | 心をきれいにする30の習慣

人間の心の状態は、目から入る情報からも大きく影響を受けます。

汚いものばかり見ていると、嫌な気持ちになり不快になります。

あなたも汚い公衆便所に入ると、見た目の悪さと激臭でとても不快な気分になってしまったことはありませんか。

駅の公衆便所などは、衛生状態があまり良い状態とは言えません。

なかにはまったく掃除をしていないのではないかと思うくらい汚れているところもあります。

掃除ができていない汚いものを見てしまうと、心まで汚くなってしまいそうです。

気分も悪くなり、残念な気持ちになります。

しかし、逆も言えます。

きれいなものを見ると、澄み切った心地よい気持ちになります。

たとえばきれいな青空を見ると、ふわりと心が安らいできます。

私は天気がいい日にはいつも青空を眺め、元気をもらっています。

雲1つない大きな青空を眺めていると、心まで大きく澄み切った状態になり、ストレスが軽くなります。

だんだん気分が上向きになり、やる気や元気が出てくるのです。

自分の部屋をきれいにするというのも、この目から入る情報を少しでもきれいにするためでもあります。

自分の部屋は、毎日自分の目で見るものですから、少しでもきれいにすることです。

決して駅の公衆便所のような状態にしてはいけません。

いつも青空のような何もないすっきりした状態が、住む人の心の状態まですっきりさせていきます。

すっきりした部屋が視界に入り、すっきりした情報を脳に送ってくれます。

部屋の中の状態がきれいだと、毎日がすがすがしくなります。

きれいなものを見ると心まできれいになってしまうというのは本当の話で、人の心に大きく影響を与えてしまうのです。

心をきれいにする習慣(17)
  • きれいなものを見て、心をきれいにする。
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相手を傷つけない発言にも、気を使おう。

相手を傷つけない発言にも、気を使おう。 | 心をきれいにする30の習慣

心がきれいになるポイントの1つである「発言」には、きれいな言葉遣いのほか、相手を傷つけない言葉遣いにも気をつけましょう。

きれいな発言だけが良いのではなく、相手をいかに傷つけずに発言できるかも十分にケアをしておかないといけません。

日本には、相手を傷つけずにノーという言葉遣いがいくつかあります。

心の中ではノーだと決まっていても、はっきり相手に伝えると傷つけてしまう恐れがあるために、柔らかい言い回しにします。

「考えさせてください」

「検討させてください」

「悪くはないと思うのですが……」

このようにわざわざ言い回しを柔らかくするのは、相手の気持ちを配慮する日本の文化が生み出した日本特有の言い回しです。

ですが一方で、イエスとノーをはっきりいうアメリカ人には、嫌われる言い方でもあります。

「わざわざ遠回しに言われると何が本当の答えなのかがわからない」「何を考えているのかわからない」と言います。

ビジネスの世界では、はっきりさせた答え方をすることです。

お金という金銭が絡んでいるだけに、やりとりもはっきりシビアになる必要があります。

はっきり言わなければ、仕事がうまく回らず誤解を生んでしまいます。

わかりにくく遠回しな表現はビジネスではご法度ですが、そのほかの日常では必ずしも悪い表現ではないのです。

日本人の遠回しの表現はわかりにくいとされていますが、これらは日本人の優しい心が生み出した表現だと誇りましょう。

日本人は、世界の中でも相手を傷つけないようにケアができる優しい人種です。

遠回しな表現は、したくてしているわけではなく、相手を傷つけたくないという優しい日本の文化が反映された表現なのです。

心をきれいにする習慣(18)
  • 相手を傷つけないように、ノーと言えるようになる。
19

「すてきだね」と言うたびに、心がきれいになっていく。

「すてきだね」と言うたびに、心がきれいになっていく。 | 心をきれいにする30の習慣

きれいな言葉の1つに「すてきだね」というフレーズがあります。

すてきだねという言葉は、短くて言いやすく、嬉しい褒め言葉です。

相手をさりげなく喜ばせる言葉で、日常のいろいろな場面で使える効果的な言葉です。

「すてきな人」

「すてきな部屋ですね」

「このアクセサリー、すてきですね」

「すてきなお洋服ですね」

「すてきな方法」

このように人だけでなく、物を褒めるときなど、特に制限もなく使いやすい言葉です。

すてきという言葉の良いところはこれだけではありません。

それを言った瞬間を、本当にすてきな時間に変えてしまうという効果もあります。

心がきれいな人は、何でもすてきだねと言ってしまい、その時間をすてきな時間に変えます。

褒めたり、驚きを積極的に誰かにも伝えたりしていくことで、一緒にその空間や時間をより良い物へと変えていくのが上手なのです。

心がきれいな人は、魔法使いです。

身の回りの物や人をどんどんすてきに変えます。

自分から積極的に前向きできれいな言葉を発することで、周りを癒やし、すてきに変えていく力を持っています。

言葉遣い1つとはいえ、大きな影響力があることを知っているのです。

心をきれいにする習慣(19)
  • 1日に「すてきだね」を、何度も言う。
20

自分を無理やり変えようとしても、すぐは変えられない。

自分を無理やり変えようとしても、すぐは変えられない。 | 心をきれいにする30の習慣

性格を直そうとしても、そう簡単には変えられるものではありません。

誰しも一度は、自分の性格を変えようと考えたことがあるはずです。

「もっと明るい自分になりたい」「もっと精神的に強くなりたい」と自分の性格を改善しようとします。

しかし、自分の心の問題が大きく関係しているため、今日決意して今すぐ変われるというものではありません。

性格は今までの生まれや育ちが大きく関係しているため、変えることもなかなかすぐにはいかないのです。

心をきれいに変えることも、まったく同じことが言えます。

というのも、性格を変えることと、心をきれいにすることは、自分の内側を変えるというまったく同じ行為なのです。

表現は違っていますが「自分の内面を変えること」だという点では同じことにあたります。

基本的に時間がかかるものだと思ってください。

外側だけを変えるなら、時間とお金さえあれば、すぐできます。

きれいな洋服を身にまとい、美容院でパーマをかければ、外見はすぐぴかぴかに輝きます。

しかし、内側の心は、時間とお金ですぐというわけにはいきません。

自分の性格というのは、いわば「今までの過去の蓄積」です。

今までの行いでどれだけ人の温かみに触れているかという経験の蓄積が、その人の性格であり、心のきれいさにしっかり表れます。

心がきれいな人は、人のために一生懸命になってきた人であり、人との関わり合いという温かさを人一倍よく知っているのです。

性格がいいのです。

人のために「態度、行動、発言」に気を使い、人の温かみがあるために、温かい性格になることができているのです。

私の実家がある愛媛には、田舎というせいもありお年寄りがたくさんいます。

もちろんなかには若い人もいるのですが、若い人は仕事で都会に出ていき、少なくなります。

都会より田舎のほうが肌に合うというお年寄りは田舎のほうを好み、生活をします。

私が休暇で田舎に久しぶりに帰ると、お年寄りの優しくてきれいな心にあらためて驚きます。

自分の畑で取れた作物を分けてくれたり、道ですれ違うときには必ず挨拶をしてくれたりします。

困ったときには助けてくれたり、親切にしてくれたりします。

長く生き、人と人との温かみのある触れ合いの中で生活しているため、みんなとても性格がよくて、心がきれいな人ばかりなのです。

きれいな「態度、行動、発言」にあふれていて、お年寄りと一緒にいると私までほっとした気分になるのです。

心をきれいにする習慣(20)
  • 心がきれいになるには、時間がかかるものだと思っておく。
21

当たり前を大切にすればするほど、心がきれいになる。

当たり前を大切にすればするほど、心がきれいになる。 | 心をきれいにする30の習慣

当たり前とは、いわば土台です。

当たり前という土台があるから、次の一歩を確実に歩めます。

当たり前のことを軽く考えている人は、基本をおろそかにしているということです。

いくら大きな家でも、土台となる土が軟らかかったり、柱がぐらぐらしたりすれば、すぐ傾いてしまいます。

しかし、土台の土が硬く、柱もしっかり立っていれば、大きな台風がやってきても大丈夫です。

当たり前を軽く考えていると、表面的な家の外見を気にして、土台となる土や柱のことを「どうでもいい」と思っているのです。

これでは初めはよくても、いつかは倒れます。

きちんとした人ほど、必ず常に基本を忘れず、当たり前のことをきちんと実行しています。

何がいちばん大切であるかを、本当に理解して実行できています。

日本のプロ野球界で有名な監督の1人である長嶋ながしま監督がいます。

長嶋監督が現役時代、最も練習に時間を費やしたのは「素振り」だと言っています。

毎日欠かさず、必ず素振りを行い、基本を固めます。

夜中でもふと自分のフォームが気になり始めると、飛び起きて練習場へ向かい、自分のフォームをチェックしたと言います。

そうしなければ自分のフォームが気になって余計に寝られないからと言うのですから、さすが本物です。

基本がしっかりしているからこそ、次への応用が初めてできるのです。

応用とは「基本の組み合わせ」です。

どんな応用もそうですが、基本がしっかりしていないと応用は必ずうまくいかないのです。

基本さえしっかりしていれば、知らずに応用もできるようになるのです。

心をきれいにする習慣(21)
  • 基本的で当たり前のことほど、大切にする。
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きれいな人は、性別にかかわらず、心まできれいに見える。

きれいな人は、性別にかかわらず、心まできれいに見える。 | 心をきれいにする30の習慣

「きれい好きは心もきれい」という法則があります。

潔癖症の人のことを指しているわけではありません。

毎日の整理整頓をしっかりし、きれいに片付けられている人ということです。

心がきれいな人は必ず物に対して感謝の気持ちがあります。

特に自分が毎日使っている道具や持ち物には「ありがとう」という感謝の気持ちを持っています。

感謝の気持ちがあるため、丁寧に扱い、片付けもきれいにできているということです。

また身の回りの物がきれいに整えられていることもあり、他人に不快感を与えることもなくなります。

物を大切に扱っている様子は、その人の身の回りですぐわかります。

  • 髪がきれいに整えられている
  • 爪がきちんと短く切られている
  • 日頃から清潔感のある服装をしている
  • いつも机の上が清潔に保たれている
  • 持ち物は、内側も外側も手入れが行き届いている

こうしたきれいな様子があると、周りに与える印象も変わってきます。

身の回りのものがきれいに扱われているために、優しい心の持ち主ということが伝わり、好印象となるのです。

きれいな人は、性別にかかわらず、きれいな心の持ち主に見えてしまうのです。

心をきれいにする習慣(22)
  • きれいな人になって、良い印象を持ってもらう。
23

「独り占め」をすると、楽しさが半減する。「わかち合い」をすると、楽しさが倍増する。

「独り占め」をすると、楽しさが半減する。「わかち合い」をすると、楽しさが倍増する。 | 心をきれいにする30の習慣

「わかち合い」をする人は、心がきれいであるという証しです。

心がきれいな人でないと、わかち合うという行為はどうしてもできません。

横柄で偉そうな人には、譲り合いはとてもできず、それどころか「独り占め」をしてしまいます。

自分さえよければいいと思っていますから、誰かに分けてあげるということができないのです。

心が広くきれいな人は、自分一人が「独り占め」をするより、みんなで「わかち合い」を楽しむことを優先します。

誰かほかの人と一緒に楽しむほうが、もっと楽しめることを知っているからです。

遊園地を自分だけが借り切って、独り占めしていても楽しくありません。

大きな遊園地に自分だけがいて、すべてのアトラクションを独り占めできたとしても、面白くありません。

自分だけが自由に遊び回れても、一緒に楽しみを共有できる人がいないと楽しくないのです。

共有すると楽しさが倍増します。

遊園地は友人と一緒に行くから面白いのであって、1人で行っても面白くありません。

ましてや園内に自分だけで、お客さんが誰もいないなんて、苦痛になります。

独り占めは楽しさを半減させ、共有は楽しさを倍増させる効果があります。

アミューズメントパークへは、1人だけではなく、友人と一緒にいくほうがより楽しめます。

ディズニーランドへ行って楽しく感じられるのは、園内に楽しみを共有できる人がたくさんいるからです。

絶叫マシンは、大勢で乗って、悲鳴を上げるから楽しいのです。

1人で絶叫マシンに乗っても、1人きりではスリルを共有できる人がいないのでつまらなくなってしまうのです。

心をきれいにする習慣(23)
  • 「わかち合い」をして、楽しさを倍増させる。
24

許すことで軽くなる。「まあ、いいか」と考えよう。

許すことで軽くなる。「まあ、いいか」と考えよう。 | 心をきれいにする30の習慣

どんどん許していきましょう。

出来事でもトラブルでも失敗でもどんどん許していくと、心が軽くなります。

性格が丸くなります。

自分の身に降りかかる災難を「許さないぞ」と意地を張るのではなく「まあ、いいか」と許しましょう。

許すことができないと、憎悪や憎しみが生まれ、心の中で増えます。

心の中が「憎悪」や「憎しみ」でいっぱいになるほど、性格は悪くなります。

性格の悪い人は、許せない人です。

許せないことが習慣になっている人は、自然と性格が悪くなってしまうので気をつけましょう。

許せない人は気に入らないことがあると、すぐいらいらします。

許せないからそのままにしておけず、自分がいらいらして、どこかにぶつけようとします。

「許さない。どうしてくれるんだ」と、ささいなことで、すぐけんかになります。

わざわざ自分でトラブルを大きくしています。

トラブルを自分で大きくし、さらに不快な気持ちになり、いらいらも一緒に大きくしています。

そういう人は「周りが間違っている。俺が正しい」と、自分中心で世界が回っていると思っています。

「正しい、間違っている」を口に出し始めたら、性格が悪くなる前兆です。

自分の気に入らないことがあると、許せないのでいらいらします。

「あなたは間違っている」

「この考えは間違っている」

自分のいらいらを発散させるために、どこかにぶつけていきます。

人から嫌われ、結果として性格がどんどんと悪くなっていくという悪循環になります。

もし、この人がいらいらの途中で許すことができれば、性格はよくなります。

「こんなことがあったけど、まあいいか」

いらいらするであろうことを、無視します。

自分のエネルギーをつまらないところで消費しないようにするために「まあ、いいか」と許してしまう。

そうすると日常生活では驚くほど、いざこざが減ってしまいます。

自分から積極的に許していけば、心は軽くなり、トラブルも減っていきます。

心をきれいにする習慣(24)
  • 気に入らないことがあっても「まあ、いいか」と許してしまう。
25

「頼り、頼られる」というやりとりから、仲良くなるきっかけが生まれる。

「頼り、頼られる」というやりとりから、仲良くなるきっかけが生まれる。 | 心をきれいにする30の習慣

あなたは頼ってしまう人ですか。

それとも頼られる人ですか。

人生を大いに楽しむためには、どちらか一方ではなく、両方を楽しむようになりましょう。

人間関係というのは「やりとり」からどんどん仲良くなります。

頼り、頼られるという相互のやりとりを続けていくにつれて、さらに仲良くなっていくことができるのです。

自分のできないことは「うん」とうなってばかりではなく、思いきって誰かに頼ってしまえばいいのです。

そうすることでコミュニケーションというやりとりが生まれ、相手と仲良くなるきっかけが生まれます。

その一方で、今度あなたが頼られたときには、快く協力してあげましょう。

知っていることを出し惜しみせず、相手のために一生懸命になることでもコミュニケーションが生まれて仲良くなります。

人間関係で仲良くなるためのキーワードは「頼り、頼られる」ことです。一方だけではなく両方があって初めて満足できるのです。

人との関わりを持つことができ、お互いに一緒に心をきれいにできるのです。

心をきれいにする習慣(25)
  • 頼ったり、頼られたりする。
26

嘘をつくほど、心が汚くなる。正直になるほど、心がきれいになる。

嘘をつくほど、心が汚くなる。正直になるほど、心がきれいになる。 | 心をきれいにする30の習慣

基本的に嘘はつかないことです。

嘘はつかないほうが、確実に良い人生を送れます。

「嘘も方便」ということわざがありますが、よほど相手のためになることでないかぎり、嘘はつかないように心がけましょう。

嘘は相手を不快にさせて、嫌な気持ちにさせてしまいます。

そのうえ、あなたも嫌われることになり、人間関係上の信用も失うことになります。

みんなから好かれる人は、いつも正直で言うことに嘘はありません。

いつも正直者ですから、言っていることを疑われることもなく、安心してコミュニケーションができるのです。

嘘をつけばいざこざなどうまくごまかすことができ、もつれが少なくなるような気がしますが、実際は逆です。

一度でも嘘をつけば、その嘘の取り繕いでまた嘘をつかなければならないことになります。

嘘が嘘を呼び、さらにまた嘘へと延々と続くことになります。

嘘を言っている本人も、自分が何を言っているのかわからなくなってしまうほどです。

正直にまっすぐな心の人のほうが、付き合い上のもつれは少なくなり、トラブルも少なくてすみます。

心をきれいに磨くためには、嘘をつかないように心がけましょう。

嘘はつけばつくほど、その人の心を汚してしまいます。

また正直になるほど、心の中の不純物が減っていき、心が澄み切ってきれいになります。

心をきれいにする習慣(26)
  • 正直者になる。
27

悩みを見つけたら、あなたはラッキー。

悩みを見つけたら、あなたはラッキー。 | 心をきれいにする30の習慣

悩みを見つけたら、あなたはラッキーです。

悩みを解決すれば、さらに素晴らしいあなたになることができるからです。

自分はどうすれば向上できるのかと悩みますが、悩みができればそれが自分を向上させるポイントになります。

たくさんの悩みがあれば、たくさん自分がアップしていく喜びがあるということです。

心がきれいな人は、人生の中でやりたいことがたくさんあります。

もっとみんなの役に立つにはどうすればいいのかと考えると、あれもしたいな、これもしたいなと思い浮かびます。

それを実現させるにはどうすればいいのかと悩みます。

中には大きな努力が必要な悩みもありますが、一つひとつ悩みが解決し実現するたびに「やった!」と嬉しくなります。

悩みを見つけると、つい嬉しくなります。

これが解決すると、さらに素晴らしくなれると思えるからです。

あなたの今ある悩みをまず簡単なものからでかまいませんから、1つ解決してみましょう。

努力して解決できれば、素直に「よし!」と喜びましょう。

その喜びが、悩みを解決する楽しさとなり、悩みが見つかるたびに喜びのタネができるのです。

世の中には成功してしまった人がたくさんいます。

お金もあり、事業にも成功し、人生に満足できている人です。

悪いと言うわけではないのですが、すでに「上がり」の状態になってしまっているのです。

これ以上ない幸せの頂点にいるため、悩みを解決する喜びがありません。

成功したお金持ちの中島薫さんは「夢の途中であるあなたたちがうらやましい」と言っています。

お金持ちがお金のない人をうらやましがると言うのはおかしな話ですが、これから成長の盛りの状態が輝いて見えるそうです。

悩みがあるだけ、あなたはまだラッキーなのです。

心をきれいにする習慣(27)
  • 悩みがあるだけ、ラッキーだと感じる。
28

謝ることなしに、人とのやりとりはうまくやっていけない。

謝ることなしに、人とのやりとりはうまくやっていけない。 | 心をきれいにする30の習慣

人とうまくやっていくポイントは、話し上手、聞き上手であるといいます。

たしかに話し上手で聞き上手なら、人とうまくやっていくことができるでしょう。

しかし、いちばん大切な基本的なことができていなければ、いくら話し上手で聞き上手でも、すべてが台無しになります。

それは「ごめんなさい」と謝るということです。

ごめんなさいが言えないと、ささいなトラブルですぐこじれます。

人間はそれぞれが違う種類の人ばかりですから、本当にささいなことでよく意見や考えがぶつかります。

しかし、言い合うと、もつれが余計にもつれます。

そこで自分が一歩引いて謙虚になることができるかどうかで、その後の友人との関係が決まってしまうのです。

謙虚になり、相手の意見を聞き入れて、時には謝ることもしなければ、人との関係はうまくやっていけないのです。

糸がもつれたとき、切ってしまうことは簡単ですが、もう元には戻りません。

縁を切ってしまうのは簡単ですが、それでは友人を失ってしまうことになるのです。

うまくほどくことができれば、元の状態に戻ることができます。

謝って、うまくもつれた糸をほどくことができれば、また同じ仲のいい状態になれるのです。

謝ることなしに、人とのやりとりはうまくやっていけないと考えましょう。

心をきれいにする習慣(28)
  • 謝ることを、忘れないようにする。
29

本当に自己中心的を極めると、周りについても考えるようになる。

本当に自己中心的を極めると、周りについても考えるようになる。 | 心をきれいにする30の習慣

自分を第一に考える人のことを「自己中心的な人」と言います。

自己中心的な人は、周りから嫌われる傾向があります。

自分さえよければいいと考えているため、周りの人に迷惑をかける行為も平気でしてしまいます。

なにより自分が大切ですから、横柄で偉そうな態度にもなりがちです。

しかし、ちょっと待ってください。

本当に自己中心的を極めていくと、少し変わった様子になります。

自分を大切にするなら、自分の身が置かれている状況や環境も整えていかなければならないことに気づきます。

自分は「周り」という環境の中に置かれている身であることに気づく。

自分がよりよく生きると考えるなら、自分と周りの環境が整えられて初めてよりよく生きることができるようになります。

周りに迷惑をかける程度の自己中心的な人は「中途半端な自己中心」です。

本当に自己中心を極めると、必ず周りについても考えなければいけない境地へ行き着きます。

周りをよくしないと、自分もよくならないからです。

自分と環境は別の存在に思えますが、実は1つであると考えることです。

心がきれいな人は、周りの環境をきれいにすることで、自分も一緒にきれいになろうとします。

周りをきれいにするからこそ、自分も初めてきれいになれます。

道端でするごみの投げ捨ても、自分のことを本当に考えている人はできません。

ポイ捨てによって汚れた町の中に自分が生きることになるからです。

自分の行いは、自分に返ってくることを知りましょう。

タバコの吸い殻1つでさえ道端に捨ててしまうと、それだけ町が汚れ、自分で汚くした町に自分が生きることになります。

自分をきれいにしようと思うなら、周りもきれいにしていきましょう。

実はあなたと周りは、1つのセット。

環境の中に、あなたがいます。

自分をきれいにしていくために、周りをきれいにしていくことが大切です。

心をきれいにする習慣(29)
  • 自分をきれいにするために、周りをきれいにする。
エピローグ
30

自分の負けを認められる人は、心が柔らかくきれいな人。

自分の負けを認められる人は、心が柔らかくきれいな人。 | 心をきれいにする30の習慣

人間なら、誰しも「いいところ」と「悪いところ」の2つがあります。

いいところだけの人はいません。

悪いところだけの人もいません。

どんな人にも、いいところと悪いところの両方が、あるものです。

人によって、いいところより悪いところを先に探す習慣の人がいます。

俗にいう、あら探しをする人です。

人を見るときに、いいところより悪いところを探して、指摘する人です。

そんな人は決して心がきれいな人とは言えません。

人が嫌がるような悪いところばかりを探し出して指摘する人は、前提として人に対して悪い考えを持っているのです。

自分の評価を高めたいからと、周りの人の評価を下げることが習慣になっていて、人に対しても、物に対しても当たります。

「あの人、かっこいいね」と言っても「女遊びしていて、性格悪いらしいよ」とけなします。

「あの人、頭よくてすごいね」と言っても「頭がいいだけで、社交的じゃないでしょ」と見下します。

認めると自分の評価が下がり負けてしまうと思っているがゆえに、素直に喜べず、逆に欠点を探そうとするのです。

どうしても他人の幸せが素直に喜べないのは、自分がそれだけ不幸だからです。

幸せな人は、他人の幸せも、素直に喜べます。

自分がすでに幸せですから、他人の幸せも一緒になって喜べるのです。

問題なのは、不幸な人です。

不幸というコンプレックスを背負っているため、他人の幸せを素直に喜ぶと、自分が負けるというつまらない意地を張っています。

性格が悪くなると、さらに人から嫌われ、性格が悪くなってしまう悪循環になります。

いっそのこと、自分の負けを認めてしまえばいいのです。

認めることができない頑固な心を持っている人は、まだ心が堅い人です。

「勝てば良い、負ければ悪い」というわけではないのに、人間が勝手にそういうものだと思っているだけです。

負けてもいいと考えることができるようになれば、素直に「すごいね」と喜べるようになります。

「自分より幸せな人がいてもいい」「自分のほうが劣ってもいい」と認めてしまえば、不思議と心が柔らかくきれいになります。

自分ではとてもかなわないことには素直に負けと認め、喜ぶようにすればいいのです。

心をきれいにする習慣(30)
  • いっそのこと負けてもいいと、自分を許す。

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