いつの時代でもそうですが、健全な精神を保つことは、最も重要な課題です。
落ち着いた性格で、穏やかな人格になり、知性・品性を兼ね備えた人物のことです。
健全な精神になれば、トラブルがあっても落ち着いて対処でき、人間関係の悩みも解決できます。
健全な精神を保つとは、車で安全運転を心がけることと、まったく同じです。
適度なスピードで進み、カーブを曲がるときには、きちんと左右を確認してから曲がります。
運転が上手な人は、操縦が安定し、めったに事故を起こしません。
私たちがいらいらするのは、目の前ばかり見ているからです。
目の前のこと、今のこと、現在のことしか考えていないからです。
もちろん今に集中することは大切です。
自分のためだけに行動すると、他人を無視した勝手な行動のため、すぐトラブルへ発展します。
世界は自分中心で回っているという独りよがりの行動や判断は、トラブルを招き・けんか・争い・いがみ合いへと発展します。
当たり前の話です。
灯台が、遠くを照らしていると、足元が暗くなります。
逆に、足元ばかりを照らしていると、今度は遠くが暗くなります。
自分も他人も明るくなるための理想は「発光体」です。
コーヒーをこぼして服に汚れがついてしまうと、ショックを受けます。
特に買ったばかりの大切な服ほど、汚れたときの心の痛みは大きいです。
しかし、考えて見てみましょう。
あなたが誰かとけんかやトラブルでぶつかったとき、お互いが言い合います。
「あなたが悪い!」
「違う。そっちが悪い」
人とぶつからない人間になるためには、2通りの方法があります。
(1)自分の精神レベルを上げる
(2)自分の精神レベルを下げる
心の安定のために、いいアイデアがあります。
所有している物を減らすことです。
部屋の中にある、いらない物を捨てます。
より良い未来をつくるためには、自分のことを振り返る時間が必要です。
自分の反省点やこれからの進路についてなどです。
大切な時間です。
浄土真宗の開祖・親鸞の語録『歎異抄』に「善人より悪人のほうが救いやすい」という言葉があります。
普通に考えると、善人のほうがいい人ですから、救いやすいというのも善人ではないかと思うところではないでしょうか。
しかし、実際は悪人のほうが救いやすいです。
私の職場に、ある日、新人が入ってきました。
彼は、いつも仕事を真面目にこなしていて、仕事の文句も言いません。
言われた仕事を淡々とこなします。
「誰も私に話しかけてくれない」
「誰も私を誘ってくれない」
周りの人の冷たい態度に、不安を感じるときがあります。
大地震は、予想が難しい大きな天災です。
大雨なら、天気予報で予想がつきますが、地震はまさに「突然」です。
いつ、どこで、どれくらいの大きさでやってくるのか、まったくわかりません。
私は、人の話の中でも、とりわけ「体験談」が大好きです。
実際に体験した話は何であろうと、興味を持って聞いてしまいます。
もちろん本から学べる体験談もいいですが、やはり体験した本人から聞く話のほうが、魅力があります。
若々しい人生を送りたいなら、次の2つのセリフに注意してください。
・「あの頃は良かった」
・「あの頃は楽しかった」
人間は、人から少しでもよく見られたい欲求があります。
人の行動の多くは、実は人目を意識した行動です。
人から「いいね」といわれてうらやましがられると、気持ちいいものです。
心のごみは、どう処理していますか。
ためたままにすると、心身ともに良くありません。
だからとはいえ、本人に向かって直接愚痴をぶつけては、人間関係に響くのは言うまでもありません。
健全な精神を保つ心の習慣のために、まずプラスの言葉を使いましょう。
単なる言葉とはいえ軽視できません。
言葉には、力があります。
あなたは、どのような基準でテレビ番組を選んでいますか。
なんとなくテレビをつけて、面白いかどうか、楽しいかどうかという理由だけで番組を選んでいないでしょうか。
バラエティー番組やお笑い番組は、面白くて笑いがあり、一度見始めると止められません。
「水口さんはよくそんなにたくさんのネタが出てきますね」と言われます。
たくさんのことを考えていると誤解されていますが、考えていることはシンプルです。
たとえば、私が考えていることを、いくつか紹介します。
あなたは、自分の目のまつげが見えますか。
まつげは、あまりに距離が近すぎて見えません。
しかし、人にはなくてはならない存在です。
世間の注目を集めるのは「最年少」です。
最年少受賞者。
最年少金メダリスト。
自分探しをする人がいます。
自分には何が合っているのだろう。
自分に適した職業は何なのだろうか。
呼吸と心とは、連動します。
呼吸が穏やかになれば心も穏やかになり、呼吸が荒くなれば心も荒くなります。
健全な精神のためには、まず呼吸を整えることです。
褒め言葉と言っても、なかなか難しいです。
言い方1つで、称賛にもなり、嫌みにもなります。
場合によっては、相手の年齢や立場をわきまえて、口にしなければならず、気を使います。
夜が明け、太陽が顔を出しました。
さあ、1日の始まりです。
朝起きれば、すぐ人間関係が始まります。
この世には「ブーメランの法則」があります。
自分が行動したこと、口にしたことは、すべて自分に跳ね返ってくる法則です。
その形がブーメランに似ているため、こうした名前がつきました。
夜ぐっすり寝るためには、日中は一生懸命仕事をすることです。
「やるだけのことはやった!」
自分のベストは尽くしたと思うことが重要です。
人間が安定して立っていられるのは「骨」があるからです。
骨が軸になっているから、立って、歩いたり、走ったりできます。
たとえ倒れても、起き上がることができるのは、骨のおかげです。
いつの時代でもそうですが、健全な精神を保つことは、最も重要な課題です。
落ち着いた性格で、穏やかな人格になり、知性・品性を兼ね備えた人物のことです。
健全な精神になれば、トラブルがあっても落ち着いて対処でき、人間関係の悩みも解決できます。
人間関係とは心の問題であり、心の問題は精神面のコントロールにかかっています。
精神のコントロールとは、車の運転と同じです。
運転を知らない人間が公道を走れば、交通ルール・ハンドルの握り方・カーブの曲がり方を知らないため、すぐ事故を起こします。
精神も同じように、この世のルール、コントロール方法を知らないと、すぐ事故を起こします。
いらいらしたり、人とけんかをしたりして、すぐぶつかります。
車の運転と同じように、まずルールやコントロールを学び、うまく運転できるように、何度も練習する必要があります。
それが、健全な精神を保つ心の習慣です。
私たちは「車の運転免許」も必要ですが「精神の運転免許」のほうがはるかに重要であり、必要な免許証です。
一度でうまくいかせようと思わないことです。
車の運転の練習をせずに、最初から車の運転ができる人などいないように、精神も最初からうまくコントロールできる人はいません。
私たちは、誰でも初めは精神のコントロールがうまくありません。
子どもは、すぐ泣いたり、怒ったり、けんかをしたりします。
それは精神のコントロールを知らないからです。
人生を通してルールを学び、何度も精神のコントロールの練習をすることで、次第に穏やかな性格になります。
大人として、落ち着いた性格や人格になるのです。
まず、ルールを知り、コントロールの練習から始めましょう。
健全な精神を保つとは、車で安全運転を心がけることと、まったく同じです。
適度なスピードで進み、カーブを曲がるときには、きちんと左右を確認してから曲がります。
運転が上手な人は、操縦が安定し、めったに事故を起こしません。
もちろん100%事故を起こさないわけではありませんが、運転手の心がけにより、その確率は低く抑えることが可能です。
そんな車の運転で考えてみましょう。
あなたが、車に乗って、前に進むときです。
前に進んでから、左右を確認しますか。
それとも、まず左右の確認をしてから、前に進みますか。
すぐわかりますね。
左右を確認してから、前に進みます。
同じように健全な精神を保つためにも、まず前に進むのではありません。
左右を確認してから、前に進みます。
人にぶつからないか、人の迷惑にならないかを確認してから、行動します。
「それくらい当たり前じゃないか」と思います。
そうです、当たり前のことです。
しかし、現実では、他人の迷惑を気にせずに、独りよがりで行動しようとする人が多い。
ぶつかります。
当然です。
左右を確認せずに道路に飛び出せば、遅かれ早かれ、ぶつかるのは当たり前です。
あなたに必要なことは、まず左右の確認をしてから、前に出る習慣です。
他人の迷惑にならないかと、十分に確かめてから進みます。
人とぶつかることが大幅に減少するのです。
私たちがいらいらするのは、目の前ばかり見ているからです。
目の前のこと、今のこと、現在のことしか考えていないからです。
もちろん今に集中することは大切です。
「今を見てはいけない」と言っているのではなく「今だけしか見ていないのは問題です」と言いたい。
未来も視野に入れてほしいです。
今のことしか考えていないと、むかっとしやすくなり、人とすぐぶつかります。
しかし「今のためだけ」ではなく「未来のために」と考えると、意識が変わります。
しつけが厳しい親のもとで育った人がいます。
毎日、親からの厳しいしつけのため、親が大嫌いになってしまいました。
厳しい言葉だけでなく、時には拳が飛んできます。
親から叱られている瞬間は、親が憎くてたまらないことでしょう。
今しか見ていないと、たしかにそう思うのも無理はありません。
子どもはあまり先のことを考えていませんから、親の厳しさの意味を理解するのは難しい。
しかし、10年後という未来からさかのぼって、考えてみましょう。
あなたに対する親の厳しいしつけは、10年後という未来には、必ず役立っていることでしょう。
一時的な厳しいしつけは、長期で見ると、意味がわかります。
親があなたを叱っているのは「今のため」ではなく「未来のため」に叱ってくれています。
親は大人ですから、あなたの成長を長期で考えています。
今だけしか見ていないと、親への憎しみしか生まれません。
しかし「未来のために」と考えると、親への感謝が生まれます。
まったく正反対の感情になります。
親が憎いと言っているうちは、まだ子どもです。
子どもであるあなたは、まだ視野が狭いので、それに気づきません。
ゆえに、親と子の間で、誤解が生まれて、すれ違ってしまいます。
手前ばかりを見ていると、いらいらします。
しかし、遠くを見ると、穏やかになります。
感謝、感激、感動に変わります。
自分のためだけに行動すると、他人を無視した勝手な行動のため、すぐトラブルへ発展します。
世界は自分中心で回っているという独りよがりの行動や判断は、トラブルを招き・けんか・争い・いがみ合いへと発展します。
当たり前の話です。
では「自分のため」ではなく「人のため」に行動すればいいのでしょうか。
人のためなら問題ないと思いますが、これも少し違います。
他人のことばかり考えていると、今度は自分の足元が暗くなります。
「灯台下暗し」です。
人のためにと思い、家族や友人関係を無視している人は、いくら人のためといっても幸せにはなれません。
「人の為」と書いて「偽(いつわり)」と書くように、他人の幸せばかりを考えるのも、幸せの偽りであり、人生の歯車が狂います。
医者・先生・政治家・警察官など聖職といわれる人たちは、世間から尊敬されても、家族関係は崩壊寸前という話はよくあります。
では、自分のためでもなく、人のためでもなく、どうすればいいのでしょうか。
お互いのためになる行動を考えればいい。
自分のためになることが人のためになる、一石二鳥となる行動や考え方を目指します。
「WIN&WIN」の関係です。
自分も他人も一緒にハッピーになれることをすればいい。
自分のためになっているから充実感が得られ、また他人のためにもなっていますから、人から感謝されます。
そのためには、まずあなたが「発光体」になることです。
電球のように発光体になれば、自分も他人も、同時に明るく照らせます。
それが最も理想的な人物像であり、生き方なのです。
灯台が、遠くを照らしていると、足元が暗くなります。
逆に、足元ばかりを照らしていると、今度は遠くが暗くなります。
自分も他人も明るくなるための理想は「発光体」です。
闇を照らす灯台が、もし太陽のような発光体になれば、自分も明るくなり、360度を明るく照らします。
まさに理想的な存在です。
では、発光体になるためにはどうすればいいのでしょうか。
あなたが最も喜びを感じる「好きなこと」をすればいい。
もちろん好きなこととはいえ、他人の迷惑になることではありません。
自分が喜びを感じ、かつ、他人が喜んだり、社会の役に立ったりするようなことです。
人と話すのが好きという人は、その才能を徹底的に磨くことです。
話すのが好きなら、人との会話で自分が楽しみ、相手を喜ばせ、見ている人まで楽しませることができます。
プロのアナウンサーや司会者は、みな話すのが好きな人です。
自分が楽しむことで、人を楽しませることになっています。
音楽が大好きという人は、まず自分が音楽に没頭します。
好きな音楽を磨けば、自分も喜び、聞いている人の心に活気を与え、自他ともにハッピーになれることでしょう。
まず、好きなことを徹底的に磨いてください。
お金のために好きなことをするのではありません。
親から、友人からすごいと尊敬されるためにするのでもありません。
かっこ悪くてもいいから、自分と他人が同時にハッピーになれる好きなことを徹底的に磨けばいいのです。
コーヒーをこぼして服に汚れがついてしまうと、ショックを受けます。
特に買ったばかりの大切な服ほど、汚れたときの心の痛みは大きいです。
しかし、考えて見てみましょう。
別に、腕や足が切断されて、なくなったわけではありません。
腕や足は世界に1つしかないので、取り返しもつかず、大きなショックを受けます。
取り返しがつかないことは、ショックを受けて当然です。
しかし、服が汚れたからとはいえ、二度と取り返しがつかないわけではありません。
着替えればいいだけです。
新しい物を買えばいいだけです。
腕や足が切断されてなくなることに比べれば、大したことはありません。
服やものに執着せず「ダメになったら取り換えればいい。新しい物を買えばいい」と、楽観的に考えるくらいでいい。
自分の腕や足は、世界に1つしかありませんが、服はほかにもたくさん種類があります。
いくらでも、何度でも、取り換えが可能です。
新しい物を買ってもいいでしょう。
服が汚れたくらいで、大騒ぎをしないのです。
あなたが誰かとけんかやトラブルでぶつかったとき、お互いが言い合います。
「あなたが悪い!」
「違う。そっちが悪い」
お互いが自分のほうが正しいと思い込み、一歩も譲りません。
自分のほうが偉い、賢い、正しいと思っているから「自分は間違っていない。相手が間違っている」と言い張ります。
しかし、実際、ぶつかった相手とあなたは、同じ精神レベルということです。
同じレベルだから、高さがちょうど合い、ぶつかったのです。
もし、お互いのレベルが違うなら、ぶつかることはありません。
異なる高さで飛んでいる飛行機どうしは、ぶつかることはありません。
同じ高さで飛んでいる飛行機同士が、ぶつかります。
あなたが誰かとぶつかったら、自分と相手は同じ精神レベルであると気づくことです。
「ぶつかったから相手はレベルが低い」と思うのは誤解です。
レベルが同じだから、ぶつかります。
相手は自分の鏡だと思うことです。
ぶつかった相手は、あなたの精神レベルを映し出している鏡なのです。
人とぶつからない人間になるためには、2通りの方法があります。
解決するためには、あなたの精神レベルを上げることです。
なぜ、レベルを下げる方法ではなく、上げる方法で解決するのがいいのかというと、高いレベルほど人が少ないからです。
レベルが上がれば上がるほど、人が少なくなるので、ぶつかる確率が低くなります。
現実の世界では、低いところほどたくさんの障害物があります。
人・自動車・ビル・山など、障害物がたくさんあります。
しかし、高いところほど、障害物が少なくなります。
究極は、宇宙に突き抜けるほど高いレベルまで高く上ることです。
宇宙のような高いレベルまで上がると、無重力状態のようになり、力を入れなくても前に進む世界になります。
あなたの精神レベルも同じです。
精神レベルが低いほど誰かとぶつかりやすくなり、高いほどぶつかりにくくなります。
低いままだといつまで経ってもぶつかりやすい人生になりますが、レベルが高くなればぶつかりにくい人生になります。
精神レベルが高くなると、心が広くなり、相手を許すことができるようになります。
いらいらがなくなります。
ぶつかることがありません。
ぶつかることがないうえに、どんどん自分の人生が切り開けていきます。
では、精神レベルを上げるためには、どうすればいいのでしょうか。
「人間のすべての活動は、愛の活動である」という事実に気づけばいい。
すべての行動は、愛の表れです。
喜怒哀楽は、すべて愛の表現です。
自分を認めてほしいから、相手に言いがかりをつけたり、怒ったり、泣いたりします。
相手が怒っている理由も、愛を表現しているから、一生懸命に怒っているだけです。
自分の意見を押し通そうとするのも、自分のことをわかってほしいという愛の表現。
相手に自分のことをわかってもらえれば、嬉しくなり、喜んだり、笑みがこぼれたりします。
すべての人の活動が、愛の表現であることに気づけば「相手も自分と同じなんだ」と思い、許すことができるようになります。
私たちに、愛のない人はいません。
たとえ、監獄に入れられている悪人でも、悲しければ涙を流します。
彼らにも、愛があるからです。
愛を表現する生活の中で、その仕組みを理解せず、勘違いがあったゆえに、悪事を働いてしまっただけです。
すべての人に愛は内在し、愛し、愛を求める行動をしています。
その活動の中で、時にはぶつかってしまうことがあるということです。
この「愛の仕組み」に気づくことです。
早い時期に気づけば、若くして精神レベルを上げることができます。
しかし、ずっと気づかないままだと、いつまで経っても精神レベルは低いままです。
いつ気づくか、どこで気づくか、です。
なら、今、気づきましょう。
「自分はもっと素晴らしい人生を歩みたい。自分のことを相手にわかってもらいたい」
この本を読んでいることは、心のどこかで、こうした願いがあるからだと思います。
そう思うのは、やはりあなたの中にも愛がある証拠です。
愛したい、愛されたい気持ちがあるからです。
私が今ここで愛のお話をしているのも、私にも愛がある証拠です。
自分のことをわかってもらいたいし、あなたにも素晴らしい人生を送ってもらいたいという愛がお互いにあります。
今ここで共有、共感ができています。
これに気づくと、すべての人が「いい人」に見えてきます。
いえ、実際のところ、すべての人がいい人です。
今まで障害だったと思っていたことは、勘違いだったということに気づきます。
心の安定のために、いいアイデアがあります。
所有している物を減らすことです。
部屋の中にある、いらない物を捨てます。
自分が持っている余分な物を減らします。
すると、必ずいらいらが減ります。
あなたがいらいらするのは、何かを失ったからです。
物に執着しているから、なくなったとき、傷ついたとき、汚れたときに、ショックを受けます。
さて、このようにお話しすると、あなたはこう思うでしょう。
「どれも大切なものだ。どれも捨てられない!」
捨てられない理由は、明確です。
物に対して執着しているから、捨てられません。
執着心が強いから、ものを手放すことができません。
物より、初めに手放さなければいけないのは、その執着心です。
執着する心が、たくさんのものを引き寄せ、手放せなくさせています。
「これは自分のものだ」という気持ちが強いです。
しかし、事実から言ってしまえば、そもそも自分のものなんて、1つもありません。
「え? 自分のものは、自分のものじゃないの?」
そのとおりです。
自分のものは、自分のものではありません。
あなたが手にしているパソコンも、あなたが作ったわけではありません。
お金でパソコンを買ったとしても、そのお金も、あなたが作ったものではありません。
そんなあなたも、自分で自分を作ったわけではないはずです。
すべてのものは、原子や分子から成り立っていますが、原子や分子も、もとは人が作ったものではありません。
この世において、人が1からつくり出したものなど1つもありません。
これは考え方ではなく、事実であり真実です。
そう思い込まなくても、そういう現実があります。
みんな「これは私のもの」という勘違いをしているから、不要な執着心を持ちます。
不要な執着心のために、いらいらしています。
まず、この世に存在するすべては、自分のものではない事実に気づくことです。
自分が思い込んでいる勘違いに気づけば、執着がなくなります。
さあ、執着する心さえ幻だと気づけば、さっさと部屋の物を捨てましょう。
本当に生活に必要な物だけを残せば、驚くほど部屋はシンプルになるはずです。
とにかく所有している物を減らすことです。
汚れたり、傷ついたり、なくなったときのいらいらがなくなります。
心が安定するのです。
より良い未来をつくるためには、自分のことを振り返る時間が必要です。
自分の反省点やこれからの進路についてなどです。
大切な時間です。
行き当たりばったりで歩むのは、少し危険です。
ときどき人生を振り返ることで、生き方の再確認や軌道修正がしやすくなります。
希望どおりの人生を歩むことができるでしょう。
しかし、自分を振り返ることは、いつでもどこでもできるわけではありません。
友人と一緒にいる状態では、自分と本当に向き合えません。
もちろん友人との会話に影響を受けるかもしれませんが、目の前に人がいると、冷静な判断がしにくいです。
友人の意見や感情が入ってしまうと、かえって自分の本当の気持ちがわかりづらくなることがあります。
自分のことを振り返るためには、何が必要でしょうか。
それは、1人になる時間です。
自分のことを振り返るためには、1人になる時間が必要です。
誰にも邪魔されない、自分だけの時間です。
こうした時間があって、初めて、自分のことを振り返られます。
きちんと自分の思い描いた道を歩めているかどうか。
これから何がしたいのか。
1日の行いを振り返ったり、自分の悪いところを反省したりなどです。
1人になってじっくり考えることで、自分の考えを、落ち着いて整理できます。
素直に、反省できたり感じたり気づいたりできます。
このときです。
素直に、自分が考えたり感じたりしたことだからこそ「よし。間違いない」という確信も得られます。
自分が納得できる判断ができれば、また明日から頑張る元気も出てくるのです。
浄土真宗の開祖・親鸞の語録『歎異抄』に「善人より悪人のほうが救いやすい」という言葉があります。
普通に考えると、善人のほうがいい人ですから、救いやすいというのも善人ではないかと思うところではないでしょうか。
しかし、実際は悪人のほうが救いやすいです。
「自分は間違っている」という自覚があるからです。
自分は間違っていると反省して、行動を改めようという意識が強いので、救いやすいということです。
一方で善人は「自分は正しい、間違っていない」と思っています。
直すべき癖や習慣があっても「自分は正しい、間違っていない」と思い込んでいるので、なかなか直そうとしません。
だから救いにくい。
善人であるほど、頭が固くなるということです。
成長するのは「自分は間違っているかもしれない」と思う人です。
常に反省する心、行動をよりよく改める姿勢があれば、人間はいつでも成長できます。
世間をにぎわすニュースを見てみましょう。
警察官・教育者・政治家など、最も善人であるはずの人間が事件を起こす例をよく見かけます。
自分は善人だと思い始めたときがいちばん危ないです。
正しい行いはしてもいいですが「自分は間違っているかもしれない」という気持ちはいつまでも忘れないことです。
私の職場に、ある日、新人が入ってきました。
彼は、いつも仕事を真面目にこなしていて、仕事の文句も言いません。
言われた仕事を淡々とこなします。
真面目な人が入社したと、私もみんなも喜んでいました。
するとある日、思わぬ不満が出始めました。
「真面目すぎる」という不満です。
一緒に仕事をしている人は、あまりに真面目な彼の仕事ぶりに悩んでいる様子でした。
「真面目すぎて、どう接していいかわからない」と悩んでいます。
冗談、雑談、歓談が一切なく、笑いません。
別に悪いことをしているわけではないので、無理に笑えとも言いづらい。
言いづらいと、またストレスがたまります。
真面目なことは結構ですが、真面目すぎるのも、また問題です。
冗談の1つでも言えば、人間関係も柔らかくなります。
8割真面目で、2割のユーモアです。
冗談を言えば、自分が軽く見られるのではないかと思いますが、実は逆です。
適度なユーモアを取り入れたほうが雰囲気は柔らかくなり、むしろ人気を集めます。
元内閣総理大臣である小泉純一郎氏の街頭演説を、私は一度、直接聞きに行ったことがあります。
目の前5メートルの間近で「総理の話はどんなものか」と興味津々で見聞きしました。
演説を聴いていて最も印象的だったのは、真面目な話の途中で面白いジョークが出てくるところです。
「コーヒーを飲みながら聞いてください」
「直射日光が当たって、政治家なのに、皆さんより真っ黒です」
本気か冗談かはさておき、そういう面白おかしいユーモアで会場が笑い、雰囲気が明るくなります。
とりわけ、政治の話は難しくて固い内容ばかりですが、そんな中、ジョークの1つでも出てくると、雰囲気が和みます。
私は、彼の人気は、このユーモアにあると思いました。
それが、多くの票を集める、支持を得ることになったのだと思います。
ユーモアの力は、それほど強いものなのです。
「誰も私に話しかけてくれない」
「誰も私を誘ってくれない」
周りの人の冷たい態度に、不安を感じるときがあります。
このように聞くと、悪いのは相手であるように思えますが、実は意外な落とし穴があります。
相手が冷たい態度なのではなく、あなたが冷たい態度なのです。
相手が冷たい態度を取るのは、あなたが先に冷たい態度を取っているからではないでしょうか。
正直に、自分の態度をチェックしましょう。
話しかけてくれない、誘ってくれないと悩むあなたこそ、誰にも話しかけず、誘わないという態度のはずです。
あなたがそういう態度を取っているから、そういう人なのだと誤解され、誰も話しかけてくれなくなったのです。
冷たい態度の本当の原因は、相手ではなく、自分にあります。
相手の態度は、自分の態度の鏡です。
相手は、あなたがどういう態度であるかを見て、それに合わせた態度をしてきます。
受け身の姿勢ではいけません。
相手にしてほしい態度は、まず自分から先にすることです。
どんどん話しかけるほど、明るい人生になります。
積極的に自分から話しかけたり誘ったりすることで、あなたの積極的な態度が相手に伝わり、相手も積極的になってくれます。
相手にしてもらいたい態度を、まず自分が先にするだけでいいのです。
大地震は、予想が難しい大きな天災です。
大雨なら、天気予報で予想がつきますが、地震はまさに「突然」です。
いつ、どこで、どれくらいの大きさでやってくるのか、まったくわかりません。
この地震をどう考えるか。
「そもそも地震はあるものだ」という前提で考えることです。
この地震ですが、見方を変えれば「家の耐震性をチェックするテスト」と考えることもできます。
大地震がやってきたときに、本物と偽物の区別ができるテストです。
本当に耐震性のある家は、大地震があっても壊れません。
大地震がきても耐えられるよう、しっかりしたつくり・構成・土台が出来上がっているので、壊れることはありません。
大地震がやってきたときに壊れるのは、次の2種類の家です。
1つ目の「そもそも地震対策をしていない家」が壊れる理由は話すまでもありませんね。
対策を何も講じていなければ、大地震がやってきたとき、むしろ壊れないほうが不思議です。
さて、問題なのは2つ目の耐震偽装をした家です。
外面は立派で丈夫そうに見えても、家の内側はどうでしょうか。
家の土台やつくりなど、不安定なら、大地震がやってきたとき化けの皮が剥がれ、すぐ壊れます。
現実でも同じです。
トラブルは、あなたの耐震性をチェックするテストです。
「そもそもトラブルはあるものだ」という前提で考えることです。
いつかやってくるトラブルのために、日頃から土台を固めている人が生き残ります。
基礎をこつこつ積み上げ、しっかりした土台があれば、トラブルがあっても乗り越えられるはずです。
偽の強さや力は、普段、わかりません。
トラブルがあったときに初めてわかります。
トラブルを避ける対策も重要ですが、さらに重要なのはしっかりした土台を築き上げることです。
いま一度、お金の使い道をあらためて考えてみましょう。
偽装のためにお金を使っていませんか。
それとも、本当に強い土台を築くためにお金を使いますか。
お金の使い方は、あなたの自由です。
よりトラブルに強い人生を送りたければ、見栄を取り繕う偽装にお金をかけるより、内側の磨きにお金をかけるほうが懸命です。
本をたくさん読んだり、いろいろなところへ旅行に出かけたり、積極的に仕事に向かうなどして「土台固め」をしましょう。
そういう人こそ、人生のトラブルがあっても、うまく乗り越えられる人なのです。
私は、人の話の中でも、とりわけ「体験談」が大好きです。
実際に体験した話は何であろうと、興味を持って聞いてしまいます。
もちろん本から学べる体験談もいいですが、やはり体験した本人から聞く話のほうが、魅力があります。
成功談だけでなく、失敗談でも同じです。
本来、自分が体験して初めてわかることを、他人が体験してリポートしてくれますから、これほど有益なことはありません。
また体験談の内容によっては、今の自分では絶対に体験できない内容もあります。
たとえば、第2次世界大戦を体験した人の話です。
私は第2次世界大戦より後の人間ですから、自分が体験することは絶対にできません。
戦争の本当の苦しさや悲しさは、体験した人しかわかりません。
実際に体験した人から話を聞くと、自分がその時代にタイムスリップをしているかのように感じることができます。
話だけとはいえ、侮ってはいけません。
体験した人には、それとわかる表情があります。
第2次世界大戦を体験し、戦争の悲劇・苦しみ・悲しさを知っている人は「言葉」だけでなく、必ず「表情」にも表れます。
その事情を知っている人、体験した人にしかできない表情です。
言葉だけでなく、語る表情を見れば、その感情がひしひし伝わってきます。
私のおじいちゃんは、第2次世界大戦を経験した人です。
愛媛県に住んでいましたが、広島の原子爆弾投下のキノコ雲を実際に見たと言います。
戦時中は、主に傷を負った兵士の治療を担当していました。
そのときの状況を語るおじいちゃんには、独特の表情がありました。
それは、戦争を体験して、苦しさや悲しさを知っている人にしかできない表情です。
おじいちゃんの言葉が伝わったのは、その体験談より、表情でした。
そういう話は貴重です。
本だけではわからないことです。
自分の時間やお金には制限があります。
しかし、人の体験談を聞くことで、未体験の情報を、具体的に、しかもただで入手できます。
本よりはるかに貴重で、役立ちます。
体験談は、どんな話であろうと、ありがたく聞かせてもらいましょう。
若々しい人生を送りたいなら、次の2つのセリフに注意してください。
この2つのセリフに心当たりがあるなら、今すぐ禁句にしましょう。
心の老化を促す魔の言葉だからです。
旧友と昔話に花を咲かせたとき、ふと言ってしまうことがあるかもしれません。
昔を思い出して懐かしんだ瞬間、ふと心で思うこともあるかもしれません。
しかし「あの頃は良かった」「あの頃は楽しかった」と言った瞬間、あなたは脱力感に襲われるでしょう。
悪いことがあったわけでもないのに、なぜか暗い気持ちになり、ネガティブの感情に包まれるはずです。
突然悲しい気持ちになって、わけもわからず涙が出てくることもあるかもしれません。
「あの頃は良かった」ということは「今は悪い」ということです。
「あの頃は楽しかった」ということは「今はつまらない」ということです。
つまり、今の自分を否定していることになります。
だから暗い気持ちになってしまうのです。
今を否定して、どうやって美しく輝き、今を楽しく生きることができるのでしょう。
過去への執着がエスカレートするだけです。
このセリフを言うたびに昔を思い出してしまい、過去への執着心が生まれ、今に集中できなくなります。
心の老化が進んでいき、心から活力が奪われてしまいます。
「あの頃は良かった」「あの頃は楽しかった」という口癖があるなら、今すぐ禁句にすることをおすすめします。
言えば言うほど、今の自分を否定することになるため、元気がなくなってしまいます。
あまり言いすぎると、無気力状態になりかねないため注意してください。
過去は終わったことであり、未来はまだやってきていません。
過去も未来も、考えすぎるのは毒です。
貴重なリソースが奪われてしまい、無駄に疲れてしまいます。
言ってはいけないだけでなく、思ってもいけません。
思うだけでも心が曇ってしまい、活力が奪われてしまいます。
私たちが生きているのは常に「今」です。
人生を明るく生きたいなら、今に集中しましょう。
脇目も振らず、誘惑にも負けず、目の前の仕事に集中するのみです。
ひたすら今に集中して、しっかり今を生きてください。
あなたは今、未来の原因をつくっている最中です。
未来に咲くであろう花のタネをまいています。
今を一生懸命生きることが、素晴らしい未来をつくることになります。
人間は、人から少しでもよく見られたい欲求があります。
人の行動の多くは、実は人目を意識した行動です。
人から「いいね」といわれてうらやましがられると、気持ちいいものです。
しかし、です。
その気持ちが、実は邪魔になることもあるのです。
たとえば、流行を追いかける人がいるとします。
目新しいものを持つと、注目が集まります。
「いいもの持っているね」「最新だね」「もう買ったの。すごいね」など言われることでしょう。
なかなか気持ちのいい響きですね。
やんわり褒められているような気もします。
そうした言葉が気持ちよくて、流行を追いかける気持ちに拍車がかかります。
次から次へと流行を追いかけてしまいます。
そうなるほど、かえって人目が気になります。
褒められる期待が大きくなると、自然と見せびらかす態度になります。
最新を追いかけると、それだけお金もかかるでしょう。
自分がどう見られているのか、いつも気になります。
その結果、経済的にも精神的にも、落ち着かない人になってしまうわけです。
いちばん心配なのは、個性についてです。
流行を追いかけている自分に、疑問が浮かぶことがあります。
「人が喜んでくれるから手にしているのか。それとも、自分が本当に好きだから手にしているのか」
自分でもわからなくなります。
自分のことが、自分でも見えなくなってしまうのです。
人が喜んでくれるから手にしていて、自分の好きなことだと勘違いしているケースが考えられます。
そういう状況は、人生ではあり得ます。
自分こそ、今そういう状況になっていないか、振り返ってみることが大切です。
打ち込んでいることは、ときどき正直な気持ちか再確認してみましょう。
「人が喜んでくれるから手にしているのか。自分が本当に好きだから手にしているのか」
1人になり、自分に問いかけてみましょう。
大切な時間です。
この時間がある人は、自分を見失うことはありません。
個性を振り返る大切な習慣なのです。
心のごみは、どう処理していますか。
ためたままにすると、心身ともに良くありません。
だからとはいえ、本人に向かって直接愚痴をぶつけては、人間関係に響くのは言うまでもありません。
もちろん気軽に言える相手なら、直接言って改善するのも1つの手ですが、なかなかそれが難しい状況もあります。
では、どうすればいいのでしょうか。
心のごみは、紙に書いて吐き出せばいい。
ストレスは、あるから出てきます。
出せば消えます。
出せば消えるのですから、紙に書いて、どんどん出せばいい。
自分が思っている不満や愚痴は、紙いっぱいに書いてしまいましょう。
きれいすっきり書いて、吐き出してしまえば、シュレッダーにかけて誰にもわからないように処分するのがいちばんいいでしょう。
誰にも見られませんから、思いきった内容でかまいません。
手軽な方法で、お金もかかりません。
健全な精神を保つ心の習慣の1つに、ぜひ取り入れましょう。
健全な精神を保つ心の習慣のために、まずプラスの言葉を使いましょう。
単なる言葉とはいえ軽視できません。
言葉には、力があります。
声に出すと、覇気が出ます。
「言霊」という言葉があるように、言葉には魂が込められています。
たとえ口にしているだけでも、プラスの言葉はあなたの生活を明るくさせてくれます。
「本当にいつもありがとう」
「いつもお世話になっています」
「感謝しています」
明るい言葉を使っていると、性格まで明るくなり、人間関係が良くなります。
明るい言葉だけでなく、前向きな言葉を使っていると、態度まで前向きになります。
「もう少し頑張ってみます」
「大丈夫です」
「ベストを尽くします」
プラスの言葉を口にすると同時に、マイナスの言葉とはお別れをしましょう。
暗い人は、いつも暗い言葉を使っています。
なぜ暗い性格になってしまったのかというと、暗い言葉を使っているから、本当にそうなったのです。
逆に、明るい人は、いつも明るい言葉を使っています。
明るい言葉を使っているから、明るい性格になることができたのです。
あなたの発する言葉のとおりの性格になり、人生が形成されます。
プラスの言葉を使って、明るい人生を送りましょう。
あなたは、どのような基準でテレビ番組を選んでいますか。
なんとなくテレビをつけて、面白いかどうか、楽しいかどうかという理由だけで番組を選んでいないでしょうか。
バラエティー番組やお笑い番組は、面白くて笑いがあり、一度見始めると止められません。
しかし、その笑いの内容が、他人の中傷をネタにした笑いなら、今すぐテレビのスイッチを消しましょう。
笑いはあっても、悲しい笑いです。
笑う本人は楽しいかもしれませんが、笑われた人には屈辱です。
気持ちのいいことではありません。
あなたが自分のことをネタに笑われると気分が悪いように、そういう言葉は耳にしないほうがいいし、目にしないほうがいい。
悪口を中心とした内容では、心が乱れ、健全な精神状態とはいえなくなります。
楽しむなら、バラエティーやお笑いではなく、ドキュメンタリー番組のほうがはるかに有益です。
「何を聞くか、何を目にするか」に気を配りましょう。
たとえば、一流の寿司職人のドキュメンタリーには、笑いはありませんが、真剣さがあります。
寿司職人という仕事が自分に関係していなくても、人生に対する真面目な姿勢は、どの職業でも共通です。
職の違いこそあれ、懸命になっている人たちの姿を見ると「自分もこうしてはいられない!」という前向きな気分になります。
その真剣な仕事への姿勢を見て学ぶことで、あなたの明日からの姿勢にも影響が出ます。
ためになる番組とは、こういう内容のものです。
そのほか、多種多様なドキュメンタリー番組がありますが、真面目な内容ほど真剣さが伝わり、面白くてためになります。
楽しむなら、そういう番組を見て楽しむことです。
笑いがあればいいのではありません。
自分の精神面に、どのくらいプラスの影響を与えるかで選ぶのです。
「水口さんはよくそんなにたくさんのネタが出てきますね」と言われます。
たくさんのことを考えていると誤解されていますが、考えていることはシンプルです。
たとえば、私が考えていることを、いくつか紹介します。
「行動」
「スピード」
「愛」
「情熱」
「夢」
「徹底」
「集中」
「適度」
こうしたことしか考えていません。
「キーセンテンス」ではなく、もはや「キーワード」です。
哲学を突き詰めると、最終的には一言のキーワードになります。
後は、組み合わせるだけです。
組み合わせることでセンテンスが出来上がり、1つの記事ができます。
考え方をシンプルにすることで、多くの組み合わせができるようになり、たくさんのネタが出てきます。
私も覚える量が減り、心もシンプルになります。
考えるときも、頭の負荷が小さくなります。
基本ほど、シンプルにすることです。
おいしい料理ほど食材はシンプルですが、だからこそたくさんの料理パターンをつくり出せます。
複雑に考えていると、上手に組み合わせができなくなり、むしろ多様化ができなくなります。
難しいことを考えすぎなくてもいい。
自分の考えていることは、シンプルにすることです。
シンプルだからこそ、たくさんのネタが出てきます。
あなたは、自分の目のまつげが見えますか。
まつげは、あまりに距離が近すぎて見えません。
しかし、人にはなくてはならない存在です。
近すぎると、逆に見えなくなるのは、人間関係でも同じです。
人に感謝するときには、職場の人間関係、学校の人間関係でお世話になった人から感謝をしようと思います。
それもいいですが、本当はもっと近くに感謝すべき人がいます。
あなたのお父さん、お母さんです。
身近すぎる存在は、近すぎて見えなくなります。
しかし、身近な人間関係ほど、あなたの土台になっているのでいちばん感謝すべきです。
身近な人ほど、近すぎるがゆえに見えなくなり、感謝を忘れてしまいがちです。
感謝をする人がいないのは、嘘です。
見えていないだけです。
あなたのお父さんとお母さんに、生んでもらったこと、育ててもらったことをいくら感謝してもしすぎることはありません。
世間の注目を集めるのは「最年少」です。
最年少受賞者。
最年少金メダリスト。
最年少達成者。
いかに若くして達成できたかは、たしかに素晴らしいことです。
称賛に値します。
その風潮に流されてか、私たちは「最年少」を目指そうとしてしまいます。
年老いた人は「もう自分はそんな年ではないから」と、若い日に追いかけていた夢を、早々に諦めてしまいます。
しかし、あらためて考えてみましょう。
「最年少達成」と「最高齢達成」を比べた場合、圧倒的に実現が難しいのは「最高齢」のほうです。
若い人は、誰でも体力も記憶力もあり、体も健康ですから、夢も達成しやすいです。
しかし、年を重ねるにつれて、体力や記憶力が衰え、夢の達成が難しくなります。
最高齢で達成した人は、体力の維持、記憶力の鍛錬、知識と知恵の積み重ね、やる気の継続に成功した人です。
はるかに、難しいことです。
そこで、本当の差ができます。
「最年少」になろうとするのではなく「最高齢」で注目を浴びるようにします。
早く成功しようと考えるのではなく、大器晩成しようと考えます。
若い人は、最年少を目指そうとしますが、最高齢で達成したほうが、人々に感動を与えます。
「いかに長く続けるか」を考えるようにしましょう。
自分が80歳になっても続けることができるかと、考えましょう。
それほどの情熱が自分にはあるのかと、問います。
事実、最高齢で夢を達成する人が「太さ」や「強さ」があります。
長年、夢を忘れることなく、いちずになって追いかけていくのは、本当に好きではないとできないことです。
その夢をいかに最高齢で達成するかです。
「こんな年で、まだこういうことをやっている」
「こんな年でこういうことを考えているのは、自分しかいない」
そういうことをしましょう。
若さがゆえの力もあります。
しかし、老いるからこそ、得られる力もあります。
最年少だけが素晴らしいのではなく、最高齢での達成は、それ以上に素晴らしいのです。
最年少の自慢より、最高齢の自慢をしましょう。
自分探しをする人がいます。
自分には何が合っているのだろう。
自分に適した職業は何なのだろうか。
自分の天命・宿命は何なのだろうか。
自分を見つけるためには、考えているばかりではいけません。
まず、何かに挑戦することです。
何かにぶつかることで、手応えが得られ、何かがわかります。
うまくできたり、下手だったりと、自分の向き・不向きがわかります。
「やはり自分には、この仕事が向いていないのではないか。ほかの仕事をやってみようか」
自分探しで転職をする前に、まず、自分の今いる場所から探すことです。
今の仕事を一生懸命にします。
全身全霊を込めて、トライして、それでもダメだと思ったら、次の職を考えてもいいでしょう。
そのときこそ「自分には向いていない」ということが、わかったからです。
しかし、ほとんどの場合、今の自分のいる場所で、何かが見つかります。
「話が得意だ」と思えば、今の職場で、話ができる部署へ異動させてもらい、仕事を任せてもらいます。
「資料作成が得意だ」と思えば、上司に資料作成の仕事をもらい、自分の才能を発揮すればいいでしょう。
「自分は仕事が速い」という個性が見つかれば、早くできる仕事を多めにもらってもいいでしょう。
才能のかけらが、1つは見つかるはずです。
見つかれば、後は深めます。
そのためには、まず、今の場所で、とことん一生懸命になるしかないのです。
自分探しのために、遠くに出かけるのではなく、今の場所で見つけるのです。
呼吸と心とは、連動します。
呼吸が穏やかになれば心も穏やかになり、呼吸が荒くなれば心も荒くなります。
健全な精神のためには、まず呼吸を整えることです。
普段は意識していないからこそ、意識して整えれば、差ができます。
深く息を吸い込めば、たくさんの酸素が脳に行き渡り、脳の活動が生き生きします。
深く息を吐けば、不要な二酸化炭素を体外へ吐き出せ、脳は喜びます。
さあ、今すぐやってみましょう。
深く息を吸ってください。
次に、ゆっくり吐いてください。
そうすると、明らかに心が落ち着いてくることがわかるはずです。
いつも無意識にしている呼吸は、それほど深く精神に影響を与えています。
深い呼吸を癖にすれば、いつも落ち着いた人になれます。
いらいらしたときには、まず応急処置として、深呼吸をすることです。
かっとなって、手をあげる前に、深呼吸をしましょう。
いらいらしたときには、脳が酸素不足の状態です。
深く息を吸って酸素を取り込めば、余裕のなかった脳に余裕ができるのです。
褒め言葉と言っても、なかなか難しいです。
言い方1つで、称賛にもなり、嫌みにもなります。
場合によっては、相手の年齢や立場をわきまえて、口にしなければならず、気を使います。
気の利かない褒め言葉が浮かばないときには、まず拍手をしてみませんか。
拍手には、嫌みがありません。
究極の褒め言葉は「拍手」です。
拍手を受けると、嬉しくなります。
本当に感動したら、拍手をすることです。
感動は拍手で伝えるのです。
夜が明け、太陽が顔を出しました。
さあ、1日の始まりです。
朝起きれば、すぐ人間関係が始まります。
食卓では父と母と顔を合わせ、学校では友人や先生と会います。
社会人なら、会社の同僚や上司との人間関係が始まります。
帰りには友人と寄り道をしたり、友人の家に遊びに行ったりします。
最近では携帯電話があるため、いつでもどこでも友人と連絡を取り合える時代になりました。
このように人生のほとんどは「人と関わる時間」が大半です。
しかし、人生で自分の生き方を左右するのは「1人になっている時間」です。
1人になっているときには、話し合う相手が自分しかいないので、自分と話をします。
自問自答です。
そうするときに、ふと「これでいいのか……」と立ち止まります。
いつの間にか、友人に流されていないか。
気づけば、行きたくもない飲み会に出席していないか。
自分が本当にやりたいことは何なのか。
本当に、人生、これでいいのか。
人と一緒にいるときには、他人の言葉に合わせたり、話に流されたりして、自分を見失いがちです。
自問自答の時間は、貴重な時間です。
自分を見つめる作業は、1人でなければできません。
健全な精神を保つ心の習慣として「1人の時間」をつくってください。
ほんの30分でもかまいません。
自制心を取り戻し、人生の軌道修正です。
1人になる時間が、自分らしい生き方を濃くさせます。
1人になる時間が少なくなっている時代です。
しかし、どんなに便利になっても、1人になる時間は必ず確保しましょう。
人間関係を否定しているのではありません。
濃い人間関係をつくるために、1人の時間が土台として必要です。
どんな人間関係でも、まず初めの人間関係は、自分です。
初めに語りかけるのも、自分です。
次に、両親であったり、友人であったり、先生であったりします。
自分と語り合う時間が土台としてあるからこそ、人の話を聞け、判断できる人になれるのです。
この世には「ブーメランの法則」があります。
自分が行動したこと、口にしたことは、すべて自分に跳ね返ってくる法則です。
その形がブーメランに似ているため、こうした名前がつきました。
他人のためにしたことも、自分に跳ね返ってきます。
人に優しい言葉をかけると、相手は嬉しくなり、あなたにも優しい言葉をかけてくれるようになります。
逆に、相手をののしると、気分を悪くして、あなたのことも悪く言うでしょう。
褒める人は褒められ、悪口を言う人は悪口を言われます。
称賛であろうと、侮辱であろうと、すべて自分に跳ね返ります。
また行動も、同じです。
人を助けると助けられ、人を傷つける人は、自分が傷つきます。
自分が他人にしたことは、自分に返ってきますから、今のうちにできるだけ「素晴らしいタネ」をまいておくことです。
自分がしてほしいと思うことほど、まず自分から他人にしてあげればいい。
すると、ブーメランのように自分に跳ね返ってきます。
これは、宇宙の法則です。
誰が作った法則でもなく、そもそもこれが宇宙の仕組みです。
あなたがしてもらいたいことは、まず他人にしましょう。
夜ぐっすり寝るためには、日中は一生懸命仕事をすることです。
「やるだけのことはやった!」
自分のベストは尽くしたと思うことが重要です。
「果報は寝て待て」という言葉のとおりです。
一生懸命に仕事をすれば、充実感が得られ、安心して寝られます。
これ以上ないベストの自分を出し切ったとき、人間はこれほどない充実感に満たされます。
私は日中、一生懸命に仕事をしています。
ベストを尽くせば、仕事は最大限にこなせ、仕事で評価されます。
日中の一生懸命のおかげで、夜は充実感に満たされます。
健全な精神を保つためには、ただゆったりのんびり過ごすことではありません。
もちろん夜は瞑想をして自分を見つめたり、散歩をしてゆっくりしたりする時間はあってもいいでしょう。
しかし、せめて日中は一生懸命に全力を尽くすことです。
全力を尽くすからこそ、夜は充実感で満たされ「果報は寝て待て」のごとく、安心して寝られます。
人生では「緩急」が必要です。
どちらが重要なのではなく、どちらも重要です。
「緩」というゆっくりした時間には「急」が必要です。
「急」という忙しい時間には「緩」の時間が必要です。
両方のバランスが取れ、昼も夜も安定した人生になります。
人間が安定して立っていられるのは「骨」があるからです。
骨が軸になっているから、立って、歩いたり、走ったりできます。
たとえ倒れても、起き上がることができるのは、骨のおかげです。
逆にいえば、骨がなければ、立ってさえいられません。
クラゲのようになよなよになり、潮に流されます。
心も同じです。
心も安定のためには、骨が必要です。
心に骨がなければ、なよなよになり、世間の風に流されます。
では、心の軸とは何でしょうか。
心の軸とは「哲学」のことです。
心の哲学には、次の3つがあります。
この3本の軸があって、1本の「哲学」という太い軸になります。
この軸がしっかりしていれば、少々トラブルがあっても、倒れることはありません。
生き方が「人生の歩み方」のことです。
歩み方がしっかり確立されていれば、想定外のトラブルがあっても、それた道を軌道修正できます。
信念とは「信じる念」と書くように「自分が信じていること」を言います。
自分が信じていることがあるからこそ、自信を持って発言・行動ができます。
迷いを断ち切り、自分に合った判断が下せるようになります。
夢とは、目的地のことです。
目的地がわかるから、進むべき方向がわかります。
この3つの軸は、心の安定に必要な心の骨です。
心の骨がしっかりしていれば、他人から悪口を言われたり、想定外のトラブルがあったりしても、立っていられます。
たとえ倒れても、また立ち上がることができるでしょう。
道に迷うことなく、正しい方向に向かって、一歩一歩前進できます。
あなたに、この3つの軸がありますか。
なければ、持つようにしましょう。
「生き方」「信念」「夢」です。
健全なる精神と、心の安定を保つための強力な骨になります。