自信をつけるためには、まずどうすればいいのでしょうか。
まず「自信」という字を見てみましょう。
「自信」という字は「自分を信じる」と書きます。
自信をつけるために大切なことは「頭」ではなく「体」で覚えることです。
頭で覚えたことは、忘れやすく動きに時間がかかるという特徴があります。
それに対して「体」で覚えたことは、とっさのときに無意識に動いてしまい、なおかつ動きが速い特徴があります。
私が留学時代、ある友人と留学生活の「慣れ」について、ふと話し合ったことがあります。
そのとき、私はすでに留学3年目になった時期であり、海外での生活にはもう慣れていました。
むしろマンネリ状態であったくらいです。
自信をつけるためには、まず最悪から経験することが大切です。
一度地獄を経験すると、ほかが天国に見えてきます。
昔の地獄と比べれば、今の状態は大したことがないと思えてくるのです。
自信のある人といえば、どんな人を想像しますか。
やはり、何でもできるスーパーマンのような人物を、想像するのではないでしょうか。
何の弱点のない人や様子を思い浮かべることでしょう。
私は、19歳のころからずっと日記をつけ続けています。
最初のきっかけは、ちょうど留学前でしたから、留学の間の成長を記そうという意気込みを持って始めました。
当初の予定どおり、留学を始める前から終わるまで、1日たりとも欠かさず日記をつけ続けました。
初めて踏む地というのは、不安なものです。
どこに何があるのかわからず、今、自分がどこにいるのかさえわからず、自信が持てません。
私が留学でロサンゼルスに行ったときも、最初はどこに何があるのかわからずとても不安でした。
自信のある人は、1人では何もできないことを知っています。
空から見上げれば、人間なんてただの「点」です。
その点が、一生でできることには限界があります。
自信のある人は、決まって語尾まではっきり言い切ります。
「自分はしたいのか、したくないのか」
「できるのか、できないのか」
自信のある人は「自信がある」とは言いません。
「自信がある」という言葉は、自信のない人が強がっているときに口にする言葉です。
本当に自信がある人は、笑顔で表現します。
留学生には、外国に住み始めて何年か経つと面白い現象が起こります。
「自信」がつくのです。
よく聞かれることなのですが、私は滑らかな英語なんて話せません。
自信をつけるには、とにかくできるだけのことをしてしまいましょう。
自分にとって必要なことをすべてやりきったときは、必要以上に心配しなくてもいいのです。
後は堂々としていいのです。
人生とは不思議なことに、うまくいくときにはどんどんうまくいきます。
幸運が幸運を呼び、将棋倒しのようにどんどんうまくいき始めます。
どんどんうまく人生を送る人たちに共通することは「得意なこと」があることです。
人は、自分の許容量を超えるものを目にしたとき、自信をなくしてしまいます。
今の自分がいかに小さいかがわかってしまい、自信をなくして、落ち込んでしまうのです。
これはチャンスです。
自信は、少しずつ身についてくるものです。
小さな自信なら、すぐ身につけることができます。
日頃からの練習をこつこつ積み重ねることです。
自信はつけるだけだと思っている人がいます。
たしかに自信はつけるものですが、つけるだけではありません。
頂くものでもあります。
自信をつけるための簡単な方法があります。
慣れることです。
料理、勉強、仕事、車の運転など、自信をつけるためには、慣れるだけで簡単に自信をつけることができます。
自信の正体とは「慣れ」です。
どれだけ慣れてしまうかで、身につく自信の大きさも変わってきます。
慣れるためのコツがあります。
「自分は変わっている。変だ」と思っている人ほど、自信を持ってかまいません。
自分本人でさえ「私はおかしい。変だ」と思えるくらいのキャラクターなら、貴重です。
数少ないという「希少価値」があります。
大切なことは、物より経験です。
物はもつのに限りがあります。
たくさんあっては重たくなり、行動力も鈍くなります。
私が運転免許を取得するため、教習所に通っていたときのことです。
教習所のベテラン講師から、ためになるアドバイスをされたことがあります。
「車の運転中、前の車をぼうっと見ない。上手に運転する車が前を走っていれば観察して運転の仕方を学びなさい」という言葉です。
自信は手に入れるだけではありません。
取り戻すものです。
最初は自信があったのに、だんだんなくなってきたのは「秘密」や「悩み」が増えていったからです。
自信をつけるには、力を入れるのではありません。
むしろ逆です。
力を抜くことです。
最初、それぞれの自信は、単体です。
小さい自信で、まだ胸を張ることができません。
しかし、自信は組み合わせて見ると、もっと大きな自信になります。
「貴博君は、むかつくことないの?」と、友人からよく聞かれます。
たしかにむかつくことは少ないかもしれませんが、むかつくときはむかつきます。
私も人間です。
自信がないことは、いけないことではありません。
むしろ「自信がない」という人は、自分のことをよく考えることができている人です。
自分ができるのか、できないのかをしっかり把握し、自信がないとわかればしっかり落ち込み反省できる人です。
自信をつけるには、言い訳するのをやめましょう。
言い訳をしないだけで、自信がつきます。
言い訳をしてしまうと、自分に逃げ道をつくってしまうことになります。
私はお化け屋敷が大好きです。
普段味わえないような高揚感を味わえます。
私はお化けたちから、どきどきという刺激を受けます。
私が今、ウェブページで文章を載せているのには、理由があります。
ウェブサイトへ訪れた人に、幸せになってもらうためです。
それが、このサイトの目的です。
自信をつけるためには、まずどうすればいいのでしょうか。
まず「自信」という字を見てみましょう。
「自信」という字は「自分を信じる」と書きます。
自信をつけるということは、どれだけ自分を信じることができるかということです。
自分を信じることができればできるほど、自信がついてくるということです。
自分を信じるための方法はたくさんあります。
たとえば「結果」です。
テストや試合で、実際の結果を出していくと、本人の自信につながります。
「自分はここまでできるんだ」と結果を出したことで、実力に自信を持つことができるようになります。
たとえうまくいかなくても、うまくいったところまで考えましょう。
できなかったところより、できたところまで見ます。
自分のできる実力が見えてきます。
少しずつであり、時間のかかることです。
これが本人の自信につながっていくのです。
まず、自分を信じることができるようになりましょう。
自信をつけるための「最初の1歩」です。
自信をつけるために大切なことは「頭」ではなく「体」で覚えることです。
頭で覚えたことは、忘れやすく動きに時間がかかるという特徴があります。
それに対して「体」で覚えたことは、とっさのときに無意識に動いてしまい、なおかつ動きが速い特徴があります。
たとえば、お手玉です。
私は最初、お手玉3個を頭で考えながらやっていました。
「ここにボールが飛んできたら手をこのように動かして……」と考えながらのプレーでしたから、ぎこちなく動きも遅かったのです。
それが「量」をこなすと、いつの間にか「体」が勝手に動き始めました。
私の場合、何かを特別にやったわけではありません。
ただ、ひたすら「量」をこなしていただけです。
そうすることで、体が動きを覚えてしまっていたのです。
今では、話しながら、歩きながら、それも速いスピードでお手玉ができるようになりました。
体が勝手に動きますから、いつでもどこでもやれる自信があります。
友人に「頭でどう考えてやっているの?」と聞かれたことが何度もあります。
私はいつも「何も考えていないよ」と答えています。
本当に何も考えていないのです。
体が勝手に動くのです。
これは人が歩くのと同じ感覚です。
人が歩くとき、何も考えずに歩けます。
たくさん歩いて、体が覚えてしまっているのです。
自信をつけるときには、とにかくまず「量」をこなしましょう。
「量」をこなすことで、動きが「体」に染み付いてきます。
自信をつけるためには、ただたくさん「量」をこなしていけば良かっただけです。
私が留学時代、ある友人と留学生活の「慣れ」について、ふと話し合ったことがあります。
そのとき、私はすでに留学3年目になった時期であり、海外での生活にはもう慣れていました。
むしろマンネリ状態であったくらいです。
相手の友人も、すでに留学は3年ほど経験しています。
「最初は英語も不自由で、あんなに大変な毎日だったのに、慣れてしまったのはなぜなのか」と話し合ったことがありました。
最初は、英語に慣れてきたからだと思っていました。
しかし、あらためて考えると、さらに大切なことに気づきました。
英語に慣れたより、ただ同じ留学生の友人が増えるにつれて強くなっていっただけです。
「自分と同じ境遇の人がたくさんいるんだ」と、友人が増えていくにつれて、安心できるのです。
これが、私の心の安定に大きく影響しました。
大変な目に遭っているのは自分だけではないと知った瞬間から自信がついてきます。
「もう少し頑張ろう」
そう思うのです。
人生はなんと楽しいのでしょう。
あれほどつらかった留学生活も、友人が増えただけで楽になったのです。
仲間がいるかいないかで、天と地の差です。
失敗や大変な経験があっても、ほかのみんなも同じだと、自分の行いに自信がついてきます。
スポーツにしろ、受験にしろ、仕事にしろ、自信をつけるために大切なことは「仲間を見つけること」です。
苦しんでいるのは1人ではないと思うだけで「もう少し頑張ろう」と、力がみなぎってくるのです。
自信は、自分の実力が身についてくるのに比例して、大きくなります。
実力は自分の本当の力です。
地位や肩書、お金が、その人本人の実力ではなく、今、手ぶらの状態でどれだけできるかが実際の力です。
たとえば、組織に入っている人がよく陥りやすいパターンです。
大企業に勤めていると、名刺を差し出しただけで、時代劇「水戸黄門」のように、みんなが態度を変えます。
もし黄門様に印籠がなければ、彼は単なるおじいさんになります。
本当に強いのは、助さん、格さんです。
1つも武器を持っていない状態から、相手の武器を奪い取り、うまく相手を懲らしめていきます。
黄門様は印籠に頼っています。
印籠は彼の実力ではありません。
ただの肩書です。
印籠がないと、悪党を成敗できないのは、本人の実力とは違うのです。
時代劇『水戸黄門』では、最後には黄門様、助さん、格さんが笑って一件落着になります。
実際の実力で笑っているのは、助さん、格さんです。
2人は、本当の実力に自信を持って、笑っています。
それに対し、黄門様は印籠という肩書に笑っています。
印籠を差し出すだけで、みなの態度が急変することに笑っているのです。
自信のある人とは、自分の本当の実力を持った人です。
そのためにも、今持っている名刺や肩書、お金を見直しましょう。
あなたの友人は、あなたではなく、あなたの地位や肩書やお金に集まっているだけかもしれません。
自信に満ちている人は、自分の本当の実力を身につけている人のことなのです。
自信をつけるためには、まず最悪から経験することが大切です。
一度地獄を経験すると、ほかが天国に見えてきます。
昔の地獄と比べれば、今の状態は大したことがないと思えてくるのです。
私の留学時代、最初の地獄は、ホストファミリーとの関係でした。
初めてのアメリカ生活は、まずアメリカの家族と始めると、いろいろ助けてくれるだろうから楽だろうと思っていました。
そもそもこれが甘かったのです。
言葉もアメリカの文化もレディーファーストもわからない状態の中、アメリカの家族の中に飛び込むのは、大きなストレスでした。
毎日どう接していいのか、どう話せばいいのか、どうやればいいのかわからないことが多いだけに、学ぶことが多かったのです。
しかし、そのおかげで、最初のホストファミリーとの1カ月で、私は大きな自信をつけることができました。
その後、友人との同居や、一人暮らしなども経験しましたが、そのときの苦しさに比べれば大したことはありません。
最初にひどい目に遭うことで、一気に免疫がつきます。
そうすることで、その後につらいことがあっても耐えられるだけの精神的な強さが身につくのです。
それが「自信」です。
自信をつけるには、まず最悪から始めると大変ですが、その代わり強くなれるのです。
自信のある人といえば、どんな人を想像しますか。
やはり、何でもできるスーパーマンのような人物を、想像するのではないでしょうか。
何の弱点のない人や様子を思い浮かべることでしょう。
もちろん克服できる弱点なら、早く克服したほうがいいでしょう。
しかし、それは、あくまで理想です。
弱点のない人はいません。
また、克服できない弱点は、誰にでもあるものです。
克服できない弱点があるのは、悪いことではありません。
弱点があると、周りの人に笑われたり、冷やかされたりするかもしれませんが、気にしなくてもいいです。
自信のある人にも、もちろん克服できない致命的な弱点があります。
では、何か違うのかというと、自分の弱点がよくわかっている点です。
大切なことは、弱点の把握です。
弱点がわかっているからこそ、前もって対策を立てることができます。
あらかじめ避けたり、代替手段を選べたりできるのです。
たとえば、自分にとって苦手な勉強の科目がわかっていれば、受験でその科目が出題されない学校を選べます。
食べられない食事があるなら、そういう食事を避ければいいのです。
苦手な仕事の分野があれば、その分野の仕事を避けながら世渡りします。
付き合いにくい友人の種類がわかっていれば、トラブルを未然に防ぐことができるでしょう。
そうした予防策が、かえって大きな自信を持つことにつながるのです。
慌てず困らない道を、確実に進むことができるのです。
私は、19歳のころからずっと日記をつけ続けています。
最初のきっかけは、ちょうど留学前でしたから、留学の間の成長を記そうという意気込みを持って始めました。
当初の予定どおり、留学を始める前から終わるまで、1日たりとも欠かさず日記をつけ続けました。
これには自分でも驚いています。
「自分はやればできるんだ」という、自信がつきます。
日記では、留学中のすべての経験を包み隠さず書き出しています。
あとから自分を振り返ると、夏休みのような一瞬に感じられますが、日記を見ると、そこには毎日が書き残されています。
私にとって、この日記のおかげで、大きな自信がついているのです。
日記は他人には単なる本ですが、私にとって、これは「お守り」になっています。
成長記録という「お守り」です。
だからいつも大切に持っています。
もう日記をつけ始めて5年目ですが、最初はただの本が、今では私に自信をつけさせてくれる「お守り」になっているのです。
初めて踏む地というのは、不安なものです。
どこに何があるのかわからず、今、自分がどこにいるのかさえわからず、自信が持てません。
私が留学でロサンゼルスに行ったときも、最初はどこに何があるのかわからずとても不安でした。
24時間、迷子のようなものです。
ホストファミリーの家にたどり着くのがやっとです。
自分が今、全体地図の中の、どの辺りにいるのかわからなかったのです。
周りから見れば、私はなんとびくびくしながら歩いていたことでしょう。
わずかな自信もありません。
これを解決する方法は、まず全体図を頭に入れることです。
頭の中にまずロサンゼルスの全体図を叩き込んだのを覚えています。
ホストファミリーの家で、私がいちばん熱心に見た本は「地図帳」です。
私が地図に釘付けになっている姿は、ホストには不気味に映ったことでしょう。
この地図のおかげで、まず全体がつかめてきました。
私が迷子だった場所が、しっかり地図に載っていることで安心しました。
自分の足で行くことで、しっかり頭の中に入ったときには、自信を持ってロサンゼルスを歩くことができていました。
全体を知ると、自分の現在地がわかるため、自信が持てるのです。
自信のある人は、1人では何もできないことを知っています。
空から見上げれば、人間なんてただの「点」です。
その点が、一生でできることには限界があります。
頭のいい点は、点を集めます。
たった1つの点が小さいなら、点を集めればいいのです。
どんどん、点が大きな円になります。
点を集める力を「助けてもらえる力」と呼びます。
自信をつけるためには、まず「助けてもらえる力」を身につけましょう。
助けてもらうには、シンプルな一言が言えるようになるだけでいいのです。
「助けてください」です。
自信のある人ほど、逆に偉そうにしていません。
自分一人では、弱いことを知っています。
自分は何でもできると思うのではなく、自分は弱いことを知っていて「助けてください」と言える人が最後には強くなります。
自信のある人は、決まって語尾まではっきり言い切ります。
「自分はしたいのか、したくないのか」
「できるのか、できないのか」
意志をはっきり言い切れる人です。
心の中で、はっきりした答えが出ていますから、大きな声ではきはき言えるのです。
たとえ、できないことでも、できないことに自信のある人は「できません」とはっきり言えます。
アメリカ人は、できないときは「できない」とはっきり言います。
留学時代に出席していたクラスにも、たくさんのアメリカ人がいました。
「イエス」と「ノー」がはっきりしているため、話が進みやすかったです。
授業でもわからないところがあれば、堂々と「わからない」と言ってきます。
時には「もう帰りたい」と言って、堂々と授業を抜け出す人もいました。
これくらいはっきり言ってくれると、本人の考えもはっきり見えてきます。
アメリカ人を見て思ったことは、自信のある人ほど言い切るということです。
語尾までしっかり発音します。
自信のある人は、語尾まではっきり言い切れる人なのです。
自信のある人は「自信がある」とは言いません。
「自信がある」という言葉は、自信のない人が強がっているときに口にする言葉です。
本当に自信がある人は、笑顔で表現します。
顔がほころび「笑顔になるくらい余裕」という証しです。
完全にマスターできている人は、大きな自信が笑顔としてこぼれてしまうのです。
現役を引退した長嶋監督は、よく笑っています。
自分の一生を通じて、野球を貫き通したという自信がみなぎっています。
初めてプレーする人にも笑顔で優しく接するところに、長嶋監督の野球人生が表れています。
自分の野球に対する自信が、笑顔で出てきてしまうのです。
テレビで現役を引退した人が、よく出演されていますが、みんなよく笑っているのは、そんな自信が顔に出ているからです。
本当に自信がある人は「自信があります」と言わず、笑顔で笑っている人なのです。
留学生には、外国に住み始めて何年か経つと面白い現象が起こります。
「自信」がつくのです。
よく聞かれることなのですが、私は滑らかな英語なんて話せません。
英語は大の苦手です。
しかし、住み始めて何年か経つと、あれほど英語でのやりとりにびくびくしていた自分が、嘘のように落ち着いてきます。
理由は簡単です。
「なんとかなる」ということがわかってきたからです。
実はアメリカで生活するために、英語が必要かというと、そういうわけでもないのです。
身ぶり手ぶりなど英語を話せなくても、なんとか生活ができます。
もちろん英語が話せないと、トラブルだらけになるでしょう。
私もトラブルだらけでした。
毎日、あんなトラブル、こんなトラブルと、何かの問題が襲いかかってきました。
それでも私は生きている。
それを一言で言い表すと「なんとかなる」になるのです。
私と同じ留学生でも、英語を話せない人がアメリカに4年も5年も住んでいます。
それでも本人は、平然としています。
「なんとかなるさ」ということで、自信がついているのです。
留学生がほかの人より、堂々としているのは英語が話せるからではありません。
「トラブルが起こっても死ぬことはない。なんとかなる」と知っているからです。
私の留学中でも、留学生同士の会話でよく「なんとかなるでしょう」という言葉をよく耳にしました。
これが私の口癖にもなってしまいました。
自信をつけるには、とにかくできるだけのことをしてしまいましょう。
自分にとって必要なことをすべてやりきったときは、必要以上に心配しなくてもいいのです。
後は堂々としていいのです。
やり残したことがあると、気になり、落ち着きません。
私が高校生のころ、全国一斉試験がありました。
毎回、高スコアを取るために一生懸命に勉強していました。
高校の勉強は底なしであるかのように、どこまでやっても次が出てきます。
試験範囲だけをやればいいのですが、細かい問題を突き詰めれば、終わりがないのです。
それでも、私はやるだけのことをやって、いつも試験に臨みました。
たとえ成績が悪くても、私はやるだけのことはやったので堂々とできます。
それでいつも試験を受けるときは、堂々としていたものです。
自信をつけるためには、やるだけのことをやればいいだけです。
人生とは不思議なことに、うまくいくときにはどんどんうまくいきます。
幸運が幸運を呼び、将棋倒しのようにどんどんうまくいき始めます。
どんどんうまく人生を送る人たちに共通することは「得意なこと」があることです。
自信を持った得意なことが1つあるだけで、その人の人生が大きく変わります。
これは何でもかまいません。
たった1つ、これだけは誰にも負けないという得意科目を持ちましょう。
得意なことを持つ人は、どんどん強くなります。
私の友人で、システムエンジニアの人がいます。
私はあるとき、その人に聞いてみました。
「なぜ、システムエンジニアになろうと思ったんですか」
シンプルな答えが返ってきました。
「自分には、これしか長所がないから」
詳しく話を聞いてみると、小さいころからコンピューターが好きで、ずっとパソコン漬けの生活を送っていたと言います。
おかげで、コンピューターだけは自信を持っているのです。
「この業界だったら、任せて!」
胸を張っている姿は、自信に満ちあふれていました。
彼はコンピューターだけが得意だったのですが、長所を生かしてお金を稼ぎ可能性を広げていく姿は、幸運の将棋倒しのようです。
あれもこれも、得意をたくさん持つ必要はありません。
たった1つでいいのです。
1つでも自信のある得意なことがあるだけで、もっと大きな自信が湧いてくるようになるのです。
人は、自分の許容量を超えるものを目にしたとき、自信をなくしてしまいます。
今の自分がいかに小さいかがわかってしまい、自信をなくして、落ち込んでしまうのです。
これはチャンスです。
本当の自信をつけるチャンスです。
それだけすごいものを目にして、自信をなくしたということは、自分の器が一回り大きく広がったということです。
世間知らずから、抜け出せたということです。
いかに自分の考えが小さいかわかるようになり、より広く高く大きな視点から世界を見ることができるようになったということです。
実は、ここからがようやくスタートなのです。
自分は自信があると思っていたけれど、思ったより自分が小さいことがわかり、自信がなくなる。
ここが、本当のスタートなのです。
一度落ち込んでしまえば、後は上に上がる一方です。
自分の世界観が広がったということは、これからはより先を見据えて対策を練ることができるということです。
自信がなくなってしまったときこそ、本当の自信をつけるチャンスなのです。
落ち込み続けず、這い上がってきた人間の自信というのは、今度こそ本当の自信なのです。
自信は、少しずつ身についてくるものです。
小さな自信なら、すぐ身につけることができます。
日頃からの練習をこつこつ積み重ねることです。
練習をしてできるようになったこと、勉強して問題が解けるようになったことなどです。
小さな自信の積み重ねが、大きな自信に変わります。
大きな自信には、時間がかかるものです。
時間をかけるからいいのです。
じっくり時間をかけた分、忘れにくくなります。
じっくり腰をすえて苦労して学んだ分、体の一部になるのです。
たとえば、語学の習得です。
早く覚えたいと思うと、かえって焦りが大きくなり、うまくいきません。
語学に近道はありません。
まず単語を覚えたり、熟語を覚えたりすることが必要です。
1つ単語を覚えることで、1つ自信がつきます。
1つ熟語を覚えることで、また1つ、自信がつきます。
その繰り返しです。
何百、何千、何万も小さな自信を積み重ねていきながら、少しずつ自信を大きくさせていきます。
読むだけではありません。
書いたり、話したり、聞けたりする必要があります。
語学の習得には、長い時間がかかりますが、身につければ、忘れにくくなります。
身につけるには時間がかかりますから、じっくり腰をすえて学ぶことで、よく身につくようになります。
「ゆっくり時間をかけよう」と思うことで、本当の実力が身につけられます。
英語が一度手に入れた大きな自信は、そう簡単には忘れません。
長期間、海外留学をしていても、母国語を忘れないのと同じです。
苦労した勉強ほど、思い出のエピソードとともに記憶され、定着します。
「時間をかけた分だけ、忘れにくくなるのだ」と考えましょう。
自信はつけるだけだと思っている人がいます。
たしかに自信はつけるものですが、つけるだけではありません。
頂くものでもあります。
自分の自信は、自分で手に入れた自信ではなく、実はほかの人からの頂き物であることに気づきましょう。
私が今、このようにパソコンや英語や、いろいろな経験をさせてもらっているのは、私だけの力だけではありません。
むしろ、私の周りにいる人たちの力のおかげです。
たとえば、両親や友人、先生たちです。
両親からのサポートのおかげ、友人からの応援のおかげ、先生からの教えのおかげ。
そんなたくさんの人たちからのおかげで、今の自分の自信があることに気づくことが大切です。
自信をつけるのが難しくなってきたら、誰かに自信を頂きましょう。
友人の応援一声で、自信が頂けるものなのです。
自信をつけるための簡単な方法があります。
慣れることです。
料理、勉強、仕事、車の運転など、自信をつけるためには、慣れるだけで簡単に自信をつけることができます。
「自信」の正体とは「慣れ」です。
どれだけたくさん経験して、どれだけ慣れてしまうかが大切です。
みんな自信をつけたいと言いますが、堅苦しい表現でかまえてしまいがちです。
難しく考える必要はありません。
ただ、慣れるだけでいいのです。
「まず慣れることから始めよう」と考えると、一気に肩の力が抜けて、気楽に行動できます。
慣れるだけなら「じゃあ、私にもできるかも。とりあえずやってみよう!」と、明るく始めることができます。
実際、慣れるだけで自信がつくものなのです。
自信をつけるためには、まず慣れることから始めましょう。
自信の正体とは「慣れ」です。
どれだけ慣れてしまうかで、身につく自信の大きさも変わってきます。
慣れるためのコツがあります。
「早く」に「速く」です。
「早く」と「速く」とでは、意味が違います。
「早く」というのは時期が早いということです。
40代から始めるより、30代で始めるほうがいいです。
30代より20代で始めるほうがいいです。
人生は無限ではありません。
だから生きている時間内で、できるだけ「早い」時期から始めた人のほうが、早く慣れることができます。
もう1つの「速く」とは、スピードのことです。
1つの作業を終わらせるのに、60分より50分でできるほうがいいです。
50分より40分で終わらせるほうがいいです。
速くすればするほど、質が落ちそうですが、実はそうでもないのです。
速くすると「集中力」がついてきます。
速くすればするほど、人間は集中力が出るような仕組みになっています。
早い時期に、速くこなすことで集中しながら量を経験する。
これが理想的な大きな慣れをつくるコツです。
大きな慣れさえできてしまえば、いつの間にかあなたは大きな自信を手に入れています。
「自分は変わっている。変だ」と思っている人ほど、自信を持ってかまいません。
自分本人でさえ「私はおかしい。変だ」と思えるくらいのキャラクターなら、貴重です。
数少ないという「希少価値」があります。
みんなと同じでは「競争」になってしまいますが、あなた1人だけの個性なら「1人勝ち」ができます。
まさに独走状態。
これが、大きな自信をもたらしてくれます。
たとえば高校の受験勉強では、みんなが同じ答えを出すことができるように教育させられます。
これは競争です。
「抜いてやる!」
「抜かれてなるものか!」
競争によってストレスに苦しみます。
みんなと同じカテゴリーに入ることで、そのカテゴリー内での順位付けになってしまうのです。
自信をつけるためには、自分だけの個性を持つことが大切です。
私の実家の近くには「みかさ」という麺類を扱ったお店があります。
このお店の味は、独特です。
たとえば焼きそばは、今まで味わったことのない変わった味の焼きそばなのです。
特別な香辛料を使っているようです。
癖があり、好き嫌いがはっきりわかれることでしょう。
その味に夢中になれば常連客になります。
私の家族は、全員、夢中になってしまいました。
このお店の常連客になっています。
焼きそばは、どのお店でも定番のメニューですが、それに独自の個性を付け加えることで、ほかとの差別化を図っているのです。
自分は変わっていると思うなら、ほかとの差別化を図るチャンスです。
みんな、同じの日本では、1人勝ちできる可能性を秘めています。
自分がほかの人と違うと感じれば、自信を持っていいのです。
大切なことは、物より経験です。
物はもつのに限りがあります。
たくさんあっては重たくなり、行動力も鈍くなります。
物はなくなってしまうこともあります。
私は、物より経験を大切にするようにしています。
物はなくなっても、経験はなくなりません。
一度経験してしまったら、もう消すことはできない知的財産として私の頭の中で一生輝き続けます。
これはお守りです。
私が自分に自信があるのは、お守りを持っているからです。
物というお守りではなく、経験というお守りなのです。
お守りのおかげで、あるときは行動力を与え、あるときは悲しみから救い、あるときは頑張り続けるやる気を出させてくれます。
話したり動いたりしないお守りですが、このおかげで、今この瞬間でさえ、私に本を書くという力を与えてくれています。
私の自信は、そんな経験というお守りによって湧き出ているのです。
私が運転免許を取得するため、教習所に通っていたときのことです。
教習所のベテラン講師から、ためになるアドバイスをされたことがあります。
「車の運転中、前の車をぼうっと見ない。上手に運転する車が前を走っていれば観察して運転の仕方を学びなさい」という言葉です。
運転がうまくなるには、前で走るより後ろで走るほうが、勉強ができるといわれています。
先頭を走る車は、前の景色しか見えません。
先頭の車がバックミラーで後ろの車をのぞくだけでは、動きの観察に限界があります。
それに対して、後ろの車からは、前の車が丸見えです。
後ろから前の車を観察すれば、前の車のいろいろな癖やパターンが見えてきます。
相手と同じ実力を持ちたければ、後ろから前の動きをコピーするだけで、容易に同じ技術を習得できるのです。
自信をつけるためには、まず後ろから前を追いかけましょう。
前の車にきちんと注意を向けることで、交通事故を防ぐ意味もあります。
また、運転技術の低下を防ぐ意味もあるとのことです。
アクセルやブレーキのタイミングや加減を、真似するのです。
手本はないかと探す習慣が大切です。
車を走っているとき、ぼうっと前の車を見ないのです。
目の前を走っている車が、参考になるかもしれません。
1人素晴らしい手本を見つけてしまえば、真似をするだけでいいのです。
上級者の動きを参考にすれば、技術の習得も早くなるのです。
自信は手に入れるだけではありません。
取り戻すものです。
最初は自信があったのに、だんだんなくなってきたのは「秘密」や「悩み」が増えていったからです。
その「秘密」「悩み」をまず、吐き出してしまうと、最初にあった自信を取り戻せます。
私が留学生だったころ、中国語のクラスを取っていました。
中国語のクラスの先生は、教えるのが上手でした。
生徒みんなに中国語で話しかけ、わからないところがあっても、うまく助け舟を出してくれます。
このクラスの特徴は、中国語でプライベートを話さなければいけないことです。
先生は生徒が嫌がっているのに、全然気づいていません。
もちろん私にも、中国語でどんどんプライベートの探りが始まりました。
個人的なこともすべて中国語で答えなければなりません。
これが恥ずかしいのです。
恥ずかしいのは「中国語で話すこと」ではなく「プライベートなことを話すこと」です。
ほかの生徒たちの前で、中国語でプライベートを話すというのは、秘密を打ち明けてしまう瞬間です。
もう中国語のクラスではありません。
私が話すときは、クラス中が静まり返り、私のプライベート話に耳を傾けます。
この恥ずかしさは、つらかった。
私の専攻は中国語です。
だから専攻科目を終えるまでの計2年間を通して、私のプライベートを中国語で話していくと、あるところにたどり着きます。
もう隠していることがなくなってしまうのです。
秘密を全部吐き出してしまったときの私は、すでに自信に満ちていました。
いつどこからどんな質問が飛んでこようが、一度口に出してしまったものは、もう秘密でも何でもありません。
ただの笑い話です。
このおかげで、私は自信を取り戻すことができました。
自信がない人は、何か隠し事や悩みをため込んでいる人です。
自信はつけるだけではありません。
取り戻すものでもあるのです。
今、ため込んでいる秘密や悩みをすべて吐き出してしまえば、それだけで自信を取り戻せます。
もともと自信があったのに、だんだん秘密や悩みが多くなってしまったがために、精神的に重くなってしまっただけです。
吐き出してしまいましょう。
話してしまえば、人生が終わるというようなことも、実はほかの人から見れば大したことではないのです。
吐き出してしまえば、必ず体が軽くなっているはずです。
自信をつけるには、力を入れるのではありません。
むしろ逆です。
力を抜くことです。
私が高校時代、体操部だったころに、体操が上手な人がいました。
同じ同級生なのですが、私のような初心者とは違い、幼少のころからずっと体操をしていたと言います。
あとから知ったことなのですが、実は彼のお父さんは、オリンピックの金メダリストだったのです。
やけにうまいなと思うのも、納得です。
彼にうまくなる秘策を教えてもらうと、こんな答えが返ってきました。
「力を抜く」
体操選手と言えば、体格のいい人を想像します。
実際、彼もいい体格をしていました。
なのに、力を抜くと言う彼の言葉は、矛盾しているように思えました。
それが彼の演技を見ているとわかってきました。
いつも彼の演技は、水が流れるような動きをしているのです。
もちろん力を入れていないわけではなく、遠心力で得た反動を遊んでいるかのように、動かしていくのが、うまいのです。
私はそのときに気づいたのです。
うまくなるとは、力むことではなく、むしろどれだけ力を抜くことができるかということだったのです。
力を抜くことに成功したときには、水のような自然な動きになっています。
最初、それぞれの自信は、単体です。
小さい自信で、まだ胸を張ることができません。
しかし、自信は組み合わせて見ると、もっと大きな自信になります。
たとえば服です。
自信のある服に、自信のあるズボンを組み合わせて着ると、もっと自信を持ったファッションが出来上がります。
さらに今度は自信のあるバックを持つと、さらに大きい自信を持てます。
たとえそれぞれが小さな自信でも、少しずつプラスしていくことで、自信がどんどん大きくなります。
小さな自信でも、組み合わせていくと、大きな自信になるのです。
「貴博君は、むかつくことないの?」と、友人からよく聞かれます。
たしかにむかつくことは少ないかもしれませんが、むかつくときはむかつきます。
私も人間です。
むかついてしまい、いらいらしてしまうことも、もちろんあります。
そんなとき、私はそのむかつきをバーベルだと思うことにしています。
バーベルは重い。
人間が筋肉を鍛えるときに、軽いバーベルでは筋肉を鍛えることはできません。
バーベルで筋肉を少しずつ鍛えながら、バーベルの重さも少しずつ重たくしていくのが、正しい筋肉の鍛え方です。
自信を鍛える方法は、むかつくことを経験することです。
最初はいろいろなことにむかつくかもしれませんが、いろいろなことを経験していくと、自分の器が大きくなります。
物事を大きな目で見ることができるようになるのです。
また次に何かむかつくことがあって乗り越える。
それはバーベルで筋肉を鍛えるかのように、少しずつ自分の大人としての器をどんどん大きくしていくのと同じです。
気づけば、いつの間にか何事にも動じないおとなしさを身につけている。
それが「大人らしくなること」です。
そこまでいくと、少々つらいことがあっても耐えることができるようになっています。
私も最初は鋭い指摘に落ち込んでばかりでしたが、最近はもう慣れてしまいました。
だんだん自分の心の筋肉が鍛えられているため、耐えることができるようになったのです。
自信がないことは、いけないことではありません。
むしろ「自信がない」という人は、自分のことをよく考えることができている人です。
自分ができるのか、できないのかをしっかり把握し、自信がないとわかればしっかり落ち込み反省できる人です。
落ち込み、反省する人は、いずれ伸びます。
伸びる人は、独りよがりにならず、自分と周りの人の目で評価でき、しっかり自己を把握できている人なのです。
本当に実力のない人は「自信があるのかないのかわからない」と答えます。
自分のことを考え、把握できていないため「わからない」と答えてしまうのです。
自信がないときには、自信を持って「自信がない」と言っていいのです。
自信がないことを、自信を持って言えるだけで、立派です。
大切なことは、自信がないということは、悪いことではないということです。
自信をつけるには、言い訳するのをやめましょう。
言い訳をしないだけで、自信がつきます。
言い訳をしてしまうと、自分に逃げ道をつくってしまうことになります。
もちろん時には逃げることも必要ですが、逃げるばかりでは成長しません。
自分の弱点を知り、改善できるチャンスを逃しているからです。
自分が悪いことをしてしまったなら、その非は潔く受け止めるようにしましょう。
自分に正直になっていくと、堂々とした態度になります。
その結果、堂々とできるのです。
私はお化け屋敷が大好きです。
普段味わえないような高揚感を味わえます。
私はお化けたちから、どきどきという刺激を受けます。
私が怯えているのに、お化けたちはとても堂々としています。
お化け屋敷で怯えているお化けなんて、見たことがありません。
お化けが自信を持って役を演じているのは、彼らが刺激を与える側だからです。
自信をつけるためには、自分の役を振り返ってみましょう。
受け身の生活を送っていませんか。
自信を持って生活するには、刺激を受ける受け身より刺激を与える積極的な人のほうが、堂々と生きていくことができるのです。
私が今、ウェブページで文章を載せているのには、理由があります。
ウェブサイトへ訪れた人に、幸せになってもらうためです。
それが、このサイトの目的です。
私は普段から、考えることが大好きです。
本を読むのも好きです。
映画や友人と話すのも好きです。
好きなことがたくさんあります。
しかし、そんな好きなことばかりをやっていて、あるとき気づいたことがあります。
人は、必ずいつか死んでしまうことです。
いくら好きなことをやって人生を楽しんでも、人はいつか死にします。
めいいっぱい楽しんだところで、死んだら何も残らないことに、気づいたのです。
得た知識や知恵は、ゼロになります。
真実に気づいて、むなしくなりました。
何をするにも先が見えて、意味がないように感じてしまい、力が入りません。
まったくやる気が起きず、ぼうっとしていた時期があります。
数日間悩んでいたある日のこと、ふと、ひらめきました。
自分の好きなことを、社会の役に立てようと思ったのです。
「自分の好きなことを誰かの何かの役に立つように表現すればいい」と考えるようになりました。
誰かを幸せにした結果は、自分が死んだ後も、残り続けることです。
それが、このサイトの存在です。
それからというもの、ただ自分だけが楽しむのは、やめにしました。
私は、いろいろなジャンルを執筆しているように思えます。
生き方、食事マナー、ペット、仕事のこと多種多様です。
しかし、ジャンルの違いはあれ、書く目的は、1つだけです。
誰かの幸せの役に立つためです。
実は、1つのことしか、していません。
好きなことしかしていません。
自分の好きなことで考え、執筆します。
得意なコンピューターを学んで、サーバー構築やウェブサイト作成などに生かします。
旅行をしたり、映画を楽しんだり、人付き合いを学びます。
自分の夢を叶えるために、たくさんの目標を乗り越えてきました。
たまたまそうしているのではありません。
目的があって、そうしています。
「何のためにやるのか」という目的意識を定めることで、夢そのものが生きがいになっているのです。
そう考えるようになってからは「生きたい」という人生に対する思いが、より強くなりました。
生きる自信が湧き出てくるのです。
自分が今、していることの意味を、考え直してみることです。
「何のために、それをやっているのか」です。
死ぬことを前提にして考えると、本当の生きる目的が見えてくるのです。
見えると同時に、生きる自信が湧いてくるのです。