人との出会いとは何か。
その答えは私が口にしなくても、実はすべての人の心にすでに存在しています。
普段は、人との出会いの大切さに気づくことはできません。
私は小学生と中学生のころ「ミナタカ」というニックネームで呼ばれていました。
当時、同じ学年に、もう1人「タカヒロ」という名前の人がいました。
「タカヒロ君」という呼び名がぶつかって、どちらのタカヒロを指しているのかわかりませんでした。
そもそも、すべての人に好かれようとするのは無理があります。
「人から嫌われたくない」
「できるだけ多くの人に好かれたい」
「面白いことだけ笑ってやろう」
これは、友人ができない人の考え方です。
「笑ってしまえば自分が軽く見られる。そんなつまらないジョークに笑うほど、自分はレベルが低くない」
「あの人の話にはついていけない」
「あの人はいつも難しい話ばかりしている」
「自分とは合わない」
普段私たちは、話しかける理由を難しく考えすぎです。
「理由がないと話しかけてはいけない」と無意識のうちに思っています。
人目を意識する10代や20代は、特にそうです。
「初めまして。水口と申します」
出会いの始まりといえば、自己紹介です。
自己紹介では、自分の名前や趣味などから紹介するのはいいでしょう。
「道がわからない。誰か知っている人に道を聞こう」
行きたい場所への道がわからなくて、困っているときです。
あなたは誰かに道を聞こうとしたとき、どんな人に話しかけていますか。
私は旅行のとき、飛行機によく乗ります。
先に私が席について、しばらくすると、空いていた隣の席に人がやってきました。
特に挨拶もなく、無言で隣に座りました。
「あの人には興味がない」
興味がなくて話しかけない人がいます。
そういう人は、友人のできない人です。
都会で暮らしをしていると、地方出身の人によく出会います。
いえ、地方出身者のほうが多いくらいです。
田舎にいるときはいいですが、都会に出たときには、地元の方言やなまりが強く感じられます。
出会いには、夜より朝です。
同じ出会いといっても「朝に出会った人」と「夜に出会った人」とでは全然違います。
まったく質が異なると思ってください。
「絶対に相手に失礼のないように会話をしたい」
「自分の発言に対して、相手はどう思っているのだろうか」
「相手の気持ちを知りたい」
友人・知人と一緒に食事をしたとき、お会計はどうしていますか。
「割り勘にするか。おごりにするか」
まずここで悩みます。
出会いを大切にする人には、行動の早さがうかがえます。
その代表例は「電話」と「メール」です。
初対面の人と少し会話をして盛り上がった後、電話番号やメールアドレスを教えてもらうことがあります。
仕事に関係する人だけ大切にするのは、当たり前です。
当たり前のことをしているだけでは、仕事では差がつきません。
仕事で差をつけるためには、仕事に関係する以外の人と仲良くなっておくことです。
あなたに質問があります。
以下のAさんとBさんとの会話を聞いて、直感的にどちらが悪いと感じますか。
Aさん「おい。お前、何をやってんだ」
今日、あなたは嬉しい出来事があって、機嫌がいい状態だったとします。
理由は何でもかまいません。
とにかくすごく嬉しいことがあって、妙に機嫌がいい状態です。
ある日、レストランに食事に行ったときです。
希望するメニューが決まって、ウエイトレスを呼びます。
「ご注文はお決まりですか」
「肌が黒いですね」
「肌が荒れていますね」
「髪の毛がもつれていますよ」
炭は、火がつくまでにとても長い時間がかかります。
昔、私は炭に火をつけようとして、何度も挫折したことがありました。
実家のお風呂は、まきを入れて火をつけるタイプのお風呂でした。
「頑固な人だな」
そういう見方をすれば、そういう人に見えてきます。
しかし、見方を変えましょう。
「嫌な人と出会った」
日常生活の中では、人に迷惑をかけるような嫌な人と出会うことがあります。
しかし、本当にそうでしょうか。
すべての出会いに無駄はありません。
すれ違う見知らぬ人とでさえ、あなたのためになります。
ただ、やみくもに人とすれ違うのではなく「学び取ってやろう」という気持ちですれ違ってください。
「次、いつ会えますか」
人付き合いの中では、おなじみの「次に会う約束」です。
あなたは次に会う約束のときに、どのような表現を使っていますか。
友人と貸し借りをするときがあります。
もちろんお金の貸し借りは厳禁です。
しかし、そうは言ってもどうしても困っている相手を目の前に、貸し借りをせざるを得ないときがあります。
人といっても千差万別です。
すぐ打ち解ける人なら、あっという間に仲良くなれることでしょう。
しかし、人によってはなかなか心のうちを明かしてくれない人もいます。
クライアントに用事があって、相手の会社に訪問するときがあります。
当然用事があるのは、クライアントに対してです。
相手の会社を訪問するときには、たくさんの人と出会います。
・考え方の違い
・性格の違い
・態度の違い
あなたは自分にとって良い出会いとは何を基準にして決めていますか。
「お金持ちかどうか」で判断するのでしょうか。
「学歴がどうか」で判断するのでしょうか。
人との出会いとは何か。
その答えは私が口にしなくても、実はすべての人の心にすでに存在しています。
普段は、人との出会いの大切さに気づくことはできません。
人と出会ったときに、損得勘定を含めて考えてしまうからです。
「この人は、自分にとって得になる。損になる」
そういうプラスマイナスを持ち込んでいるから、大人になるほど人間関係の本質を見失ってしまいます。
では、人との出会いの大切さを気づく方法とは何でしょうか。
あなたが100歳の大往生で、あと3時間でこの世を去るところを想像しましょう。
幸せな人生を十分に生きて、自分の死が目前に迫っているところを想像します。
できるだけはっきり細かく想像しましょう。
死んでしまえば、もう一生、人と出会うことはできません。
この世を去れば、今付き合っているすべての人たちとは、永遠のお別れです。
すべての人に対して「損得」について考えることはないはずです。
同時に100歳まで生きてこられたのは、多くの人たちとの出会いのおかげだと自覚できるはずです。
そのとき初めて、人との出会いの貴重さや貴さに気づけます。
あなたの内側からこみ上げてくる、感謝の気持ちがあることでしょう。
今この瞬間から、人との出会いの貴重さが、湧き上がってくるはずです。
死ぬ瞬間に気づくのではなく、生きている今この瞬間に気づきましょう。
すべての人は、自分の味方であり、素晴らしい存在なのです。
私は小学生と中学生のころ「ミナタカ」というニックネームで呼ばれていました。
当時、同じ学年に、もう1人「タカヒロ」という名前の人がいました。
「タカヒロ君」という呼び名がぶつかって、どちらのタカヒロを指しているのかわかりませんでした。
そのため、クラスの誰が言い始めたのか「ミナクチ・タカヒロ」を省略して「ミナタカ」と呼び始める人が現れました。
たしかにミナタカという呼び名なら、名字にしても名前にしても珍しいので誰ともかぶることはありません。
「ミナタカ」という響きのせいか、この呼び方はあっという間にクラス内に広がりました。
気づけば、クラスどころか学年全体で、私のことを「ミナタカ」と呼ぶようになっていました。
変なニックネームで、私は気に入っていませんでした。
しかし、この呼び方になってから、不思議な出来事が起こるようになりました。
急に人が親しく近づいてくるようになりました。
あまり話したことのない人から「ミナタカ君」と話しかけられると、なぜか昔からの友人のように思えます。
新任の先生が、私のニックネームを「ミナタカ」であることを知ると、さっそく使っていました。
「ミナタカ君、この問題、解けるかな」と話しかけられると、なぜか先生まで友人のように思えます。
ニックネームには、不思議な効果があります。
呼ぶ側も呼ばれる側も、ニックネームで通すことで、堅苦しさが取り払われて仲良くなりやすくなります。
「水口さん」や「貴博さん」という名字や名前での呼び方も悪くはないですが、どこか形式張ったところがあります。
形式を無視したニックネームは、逆に親密な印象を与えるのです。
そもそも、すべての人に好かれようとするのは無理があります。
「人から嫌われたくない」
「できるだけ多くの人に好かれたい」
前向きな気持ちはわかります。
人間誰しも、そうありたいと願います。
しかし、世の中、人それぞれが千差万別であるように、好みも人それぞれです。
無限とも思えるような、さまざまな人に対応できる人間関係は、そもそも難しい。
すべての人に好かれたければ、自分を変化させるしかありません。
ところが困ったことに、それぞれの相手に合わせようとすると、逆に本当の友人ができにくくなります。
「あの人は何を考えているのかわからない」
「ころころ態度も性格も変わって変な人」
「無理をして他人に合わせているのがわかって、逆に気を使う」
このように思われ、友人を失ってしまいます。
すべての人に好かれようと意識することで、個性を失ってしまい、仲のいい友人は1人もできなくなってしまいます。
アメーバには実体がないように、よくわからない存在になります。
すべての人に好かれようとする希望は、あえて捨ててください。
そうすることで、逆に好かれるようになります。
個性があるからこそ、本来の個性を発揮できるようになるのです。
「面白いことだけ笑ってやろう」
これは、友人ができない人の考え方です。
「笑ってしまえば自分が軽く見られる。そんなつまらないジョークに笑うほど、自分はレベルが低くない」
そういう横柄さが漂っています。
面白いジョークしか笑えない人は、面白い人としか付き合えません。
面白ければ笑う。
面白くなければ笑わない。
そんな考え方を持っていませんか。
「好かれるためには面白いことを言わなければいけない」というプレッシャーさえ、相手に与えてしまいかねません。
そこで人間関係の差が出てしまいます。
人間関係を1つも無駄にしないためには、面白いジョークだけでなく、面白くないジョークにも笑うことです。
面白くないけど、笑ってしまえば面白くなります。
相手との距離が近づき、すべての人と仲良くできます。
「ジョークが面白い、面白くない」という判断基準は、そもそも捨ててしまうことです。
子どもは「うんこ」だけでも、10分は笑います。
大人から見れば「うんこ」という言葉は、別に面白いことではありません。
しかし、そんなささいなことでも面白がっている子どもだからこそ、友人をたくさんつくれます。
面白くないジョークにも笑えるから、友人の輪が広がるのです。
「あの人の話にはついていけない」
「あの人はいつも難しい話ばかりしている」
「自分とは合わない」
理解できる話なら近づきますが、理解できない話をする人とは合わないと感じてしまい、距離を置いてしまいます。
そう考えた瞬間、人付き合いの運を逃しています。
話の合う人とだけ付き合うのは、実は難しいことです。
そもそもあなたの趣味に合った人のほうが、全体から見るとはるかに少ないです。
ごく一握りです。
そういう人と一生に一度も出会うことすらないかもしれません。
あなたが珍しい趣味や個性を持っていた場合、出会う確率はそれだけ低くなります。
話が合う人とだけ友人になろうとするのでは、そういう人としか友人になれません。
自分から付き合いの幅を制限している状態です。
自分と合う人とだけ仲良くしようとする心がけは、今すぐやめるようにしましょう。
何の役にも立ちません。
自分と同じような人とばかり付き合うことでは、自分の殻を破ることはできません。
自分の殻を破る人とは、理解できない話をする人のことです。
そもそも話の合わない人は1人もいないことを前提で、相手の話を理解しようとする姿勢を持てばいい。
相手から学ばせてもらう姿勢です。
「意外な考えを持っているな」
「そういう話は知らなかった」
多くのことを学べ、あなたは成長できます。
そういう姿勢があれば、人付き合いは抜群にうまくなります。
自分の可能性を広げるだけでなく、すべての人と仲良くなれます。
話の合う人と話ができるだけでなく、話の合わない人とも仲良くなれます。
理解できない話をする人こそ、あなたに必要な人だったのです。
普段私たちは、話しかける理由を難しく考えすぎです。
「理由がないと話しかけてはいけない」と無意識のうちに思っています。
人目を意識する10代や20代は、特にそうです。
いきなり知らない人に話しかけるなんて、変な人かと思われるに違いないという不安があります。
その点、お年寄りの人は、人に話しかける理由を難しく考えていません。
考えすぎていないから、人と接するのが上手です。
私は、よく銭湯に行っています。
話しかけられるのは、十中八九、お年寄りからです。
「湯が熱くては入れないね。ここの銭湯は熱くて有名なんだよ」と、たわいないことで話しかけられます。
「実家はどこなの」とプライベートにまで入り込んだ話もされます。
「もう80歳だけど、水風呂に入ると気持ちいいよ。ほんとはいけないんだけどね」
そういうことがきっかけで知り合いになってしまいます。
何でもない話を、ためらいもなく話しかけるところはさすがです。
そういう難しいことを考えず、話しかけるところは見習う必要があります。
難しく考えすぎず、思ったことを伝えるために話しかければ、人とのつながりができるのです。
「初めまして。水口と申します」
出会いの始まりといえば、自己紹介です。
自己紹介では、自分の名前や趣味などから紹介するのはいいでしょう。
私も社会人になってさまざまな人と紹介を交わし合いましたが、紹介が下手な人がいます。
自己紹介で失敗をする人がいます。
「肩書から紹介してしまう人」です。
もちろん肩書が事実であるのはわかります。
隠せと言っているのではありません。
大切なのは、自分からずけずけ話さないということです。
「課長をしています」
「部長をしています」
「リーダーをしています」
肩書から紹介が始まると、第一印象が堅くなります。
事実であるのはわかりますが、印象の問題です。
自分から積極的に肩書を紹介してしまうと「私はこんなに偉い人なんです」というニュアンスに受け取られ、嫌な感じがします。
初対面で嫌われるのは、こうしたタイプです。
悪気があってしたつもりではない自己紹介が、いつの間にか「あなたとは違うんです」という変なアピールになっています。
地位や身分を最初に話してしまうことで、相手と自分との間に距離ができてしまいます。
ましてや肩書を知ってしまうと、相手はそれを意識し始めます。
いきなり地位から話し始めることで、言葉遣いや態度を気にしなければならなくなり、打ち解けて話がしにくくなってしまいます。
肩書は、聞かれたときに話せばいい。
聞かれてもいないのに、ずけずけ話をするのは、不要な距離感と壁をつくってしまう原因になるのです。
「道がわからない。誰か知っている人に道を聞こう」
行きたい場所への道がわからなくて、困っているときです。
あなたは誰かに道を聞こうとしたとき、どんな人に話しかけていますか。
おそらく無意識のうちに「優しそうな人」に話しかけているはずです。
怖い顔をしている人には、自然と避けてしまうはずです。
「怖い人には話しかけにくい」
そう思って当然です。
怖い顔や派手な身なりでは、近寄りにくい雰囲気があります。
しかし、逆に言えば、その人は寂しがっているはずです。
鬼のように見える人は、そういう見かけをしているがゆえに、話しかけられにくい生活を送っています。
だからこそ、怖い顔をしている人ほど、実は話しかけてもらいたがっています。
怖い顔の人に話しかけてみましょう。
すんなり答えてくれ、道を教えてくれるでしょう。
そういうものです。
見かけや先入観だけで人を判断していると、出会いのきっかけを損ねてしまうのです。
私は旅行のとき、飛行機によく乗ります。
先に私が席について、しばらくすると、空いていた隣の席に人がやってきました。
特に挨拶もなく、無言で隣に座りました。
「そういう人なのだろう。疲れているのかな」
お互いに知らないもの同士なので、特に話をすることもなく時間が過ぎていきます。
第一印象は重要です。
挨拶もなく無言の人は、そういう人なのだという印象から始まります。
そんな無言から始まった出会いの人が、しばらく経って急に話しかけてくると、気持ち悪く感じます。
出会いがしらに挨拶もしない人が、いきなり話しかけられるほど驚くことはありません。
少し身構えてしまいます。
時間がたってから、いきなり話しかけるのはタイミングが悪いです。
この経験から、話しかけるベストのタイミングがわかります。
つまり、出会ってすぐです。
会話という会話をする必要もありません。
ちょっと挨拶をするだけでいい。
出会ってすぐは挨拶から始まれば、雰囲気が柔らかくなります。
出会いがしらにさえ話を交わしておけば、その後に話をいきなりしても、自然なのです。
「あの人には興味がない」
興味がなくて話しかけない人がいます。
そういう人は、友人のできない人です。
たしかに興味がない人に話しかけるというのはなかなかありません。
興味があれば、自分から積極的に話しかけますが、興味のない人は無視です。
しかし、ちょっと待ってください。
人が初めて出会うとき、初めはお互い他人です。
相手のことをまったく知りません。
お互いがお互いのことを知りもしないのに、初めから興味があるというのは変ではありませんか。
まったくの見ず知らずの人に対して、初めから興味を抱くのはとても珍しいことです。
「興味があれば話しかける。なければ話しかけない」という基準では、友人がつくりにくくなります。
興味がないからこそ、興味を出すために積極的に話しかけます。
友人をつくるのが上手な人は、興味がなくても話しかけます。
私の友人に、友人をつくるのが上手な男性がいます。
その人は、一緒にお酒を飲んでいると、隣に座っている見知らぬ人にまで話しかけます。
いきなりです。
突然のことですから、もちろん人によっては驚いて返事をしない人もいます。
しかし、なかには気前よく乗ってくれる人がいます。
いきなり話しかけ、ささいな雑談から始まり、次第にお互いの壁が消えていきました。
いつの間にか私たちの飲みに参加していたと言うことがありました。
それがきっかけで出会いがあります。
「興味がないからこそ、話しかける」
これが友人づくりの鉄則です。
往々にして私たちは「興味がないから話しかけない」で、数多くの出会いを逃している。
新しい人に出会ったときには、ダイヤモンドの原石だと思うことです。
輝く部分は、内側に隠れている。
そういうことは知り合いになり、一緒に深く話し合ったり食事に出かけたりしてわかります。
だんだん内側にある輝く何かが見えてくるようになります。
話しかけてから相手がどういう人なのかがわかり、興味はあとから湧いて出てくるということなのです。
都会で暮らしをしていると、地方出身の人によく出会います。
いえ、地方出身者のほうが多いくらいです。
田舎にいるときはいいですが、都会に出たときには、地元の方言やなまりが強く感じられます。
人によっては、なまりを気にして、標準語に直している人もいます。
なまっていることが悪いと思って直そうとするなら、しないほうがいい。
なまりとはいえ、言葉です。
生まれ故郷のご先祖様が、長い時間をかけてつくり上げたなまりを壊すのは、むしろ失礼です。
生まれ故郷の文化の結晶と考えていいでしょう。
なまりの長い時間と歴史を感じてください。
堂々となまって話す人は、地元を大切にしている姿勢がうかがえます。
なまりで話をする人は、はじめこそ驚きますが、なぜか心の温かみを感じます。
都会にいながらにして、地元の文化も大切にしているということが、ひしひし伝わってくるからです。
都会に出ても標準語に矯正せず、あくまでも地元の言葉を貫こうとする人は、熱いハートが感じられるのは私だけではないはずです。
出会いには、夜より朝です。
同じ出会いといっても「朝に出会った人」と「夜に出会った人」とでは全然違います。
まったく質が異なると思ってください。
いけないのは「人」ではなく「状況」です。
夜の出会いは、その場で終わりやすくなります。
夜はすべてが「もやもや」しているからです。
夜は「闇の時間」「ごまかしの時間」「中途半端な時間」です。
周りが暗いので、相手がはっきり見えません。
暗い中で「かっこいい、美しい」と思って口説いた相手は、朝になると「え? こんな顔だったの」と驚いて引いてしまいます。
夜にする会話は、日中の疲れもあって、悪い内容に偏りがちです。
愚痴・不満・悪口に偏りがちです。
普段はそういうことを話さない人でも、日中の疲れがたまっていると、うっかりそういう会話に偏ってしまいます。
さらに、お酒が入っていれば、もやもやはさらに加速します。
酔った勢いで話が盛り上がった分、あらゆる会話はすべてが軽くなります。
お酒が入った状態の会話は、お互いが自制心を失っているので、往々にして冗談なのか、本気なのかわかりません。
「君のことが好きなんだ」という言葉は、本気のようにも聞こえ、冗談のようにも聞こえます。
夜にした約束も、本気か冗談かわかりません。
朝になると「あのときの約束は冗談」となってしまい「嘘つき」と言って、揉めます。
夜の勢いでした話は、朝になって「何であんなこと言ったんだろう」と自分が恥ずかしくなります。
夜の盛り上がりは、まやかしです。
しかし、朝は違います。
朝の出会いに、ぼやけた様子はありません。
邪気が取り払われ、正常な頭の回転です。
正しい判断ができ、きちんと理解ができます。
そこでの出会いこそ、本来の出会いです。
朝に出会った人とは、もやもやした部分がないので、きちんとしたお付き合いができます。
しらふに出会った人とうまくいく人は、たとえ昼でも夜でもうまくいきます。
朝に見た顔こそ、本当の顔です。
朝にした会話こそ、本当の会話です。
朝にした約束こそ、きちんとした約束です。
夜に出会った人とはその場で終わりますが、朝に出会った人とは一生つながるのです。
「絶対に相手に失礼のないように会話をしたい」
「自分の発言に対して、相手はどう思っているのだろうか」
「相手の気持ちを知りたい」
相手に一切の失礼がないように、会話を心がけるのは立派です。
100点満点のコミュニケーションを目指すのは素晴らしいことです。
しかし、できたら天才です。
超能力でも使わないかぎり、相手の本当の気持ちはわかりません。
相手のことを100%考え、100点の会話を目指そうと思っても、そもそも無理な話です。
私があなたの気持ちになろうと思っても、体裁ではできても、本質的には不可能です。
本人の気持ちや感じ方は、本人しかわかりません。
同じ会話でも、時と場合によっては、感じ方も変わります。
機嫌がいいときにはすべてが明るく聞こえますが、機嫌が悪いときにはどんな会話もいらいらします。
相手の気持ちをある程度予想できても、完全に把握するのは不可能です。
それがわかれば、気が楽になりませんか。
無理だとわかっていれば、80点くらいを目安にしてコミュニケーションを交わせばいい。
そもそも100点が無理ですから、いい具合に気が抜けることでしょう。
そうするしかありません。
そのくらい肩の力を抜いたほうがストレスも小さくなり、自然な会話ができるのです。
友人・知人と一緒に食事をしたとき、お会計はどうしていますか。
「割り勘にするか。おごりにするか」
まずここで悩みます。
もちろん状況や相手の地位、性別などにもよるでしょう。
しかし、本当に人付き合いがうまい人は、初めから結論は出ています。
割り勘はせず、積極的におごろうとします。
たしかに割り勘は楽です。
自分で食べた食事の料金を自分で払うというのは、当然です。
「自分の分は自分で払いました。文句はないよね。後腐れはないね」ということになります。
きれいに割り切ってしまうことで、食事の後には後腐れがありません。
後腐れがないため、逆に薄い人間関係になります。
心の詰まりもないので、別れやすくもなります。
人間関係は、後腐れがあったほうがいい。
そのためには、おごってください。
あなたが思いきっておごることで、素晴らしい印象になります。
「優しい」
「太っ腹だ」
「器の大きな人だ」
あなたに対して良い印象を持つこと間違いなしです。
それだけではなく、心理的な借りもできます。
「おごってもらって申し訳ないな。どこかでお返ししなければ」という気持ちが残ります。
後腐れができます。
食べたものはすぐなくなりますが、おごられた記憶は、長く残り続けます。
誰でも泥棒にはなりたくないので、おごってもらったまま別れをしてしまえば、食い逃げのように思います。
自分を正当化させるためにも、借りたものはきちんと返そうという気持ちがあります。
「おごってもらったら、どこかでお返しをする。それまでは離れられない」ということになります。
そういう心理があなたと相手とを別れにくくさせ、人との結びつきを強くさせます。
特に大切な人こそ、ぜひおごりましょう。
おごりを軽く見ないでください。
これは、人間関係の素晴らしい知恵です。
好印象と人間関係とを長続きさせる賢い方法なのです。
出会いを大切にする人には、行動の早さがうかがえます。
その代表例は「電話」と「メール」です。
初対面の人と少し会話をして盛り上がった後、電話番号やメールアドレスを教えてもらうことがあります。
たまたまだろうと軽く考えないでください。
ここで相手の気持ちを読み取りましょう。
電話番号もメールアドレスも、プライベートなものです。
もうこれ以上話をしたくない人に、電話番号やメールアドレスを教えるはずもありません。
気の合わない人とは「今日はこの辺で」と言って、話をうまく交わしてすっと消えてしまうでしょう。
しかし、今度も連絡できる手段を残してくれたと言うことは、あなたとつながりを持ちたい証拠です。
なぜあなたに連絡先を教えたのかというと、あなたともっと仲良くなりたい気持ちがあるからです。
せっかくプライベートな物をもらったら、今度はあなたの番です。
その日、別れた後すぐ電話をするか、メールを送ります。
もらって、別れた直後に連絡をするくらいでかまいません。
それは失礼ではなく、マナーです。
そういう行動のスピードは熱になり、相手との距離を一気に縮めます。
出会いを無駄にしない習慣なのです。
仕事に関係する人だけ大切にするのは、当たり前です。
当たり前のことをしているだけでは、仕事では差がつきません。
仕事で差をつけるためには、仕事に関係する以外の人と仲良くなっておくことです。
職場で仕事に関係しない人脈などあるのでしょうか。
あります。
トイレ掃除のおじさんと、ごみ掃除のおばさんです。
仕事には直接関係しません。
しかし、毎日の仕事ではたびたび顔を合わせます。
仕事には直接関係ないし、ましてや汚い仕事をしている人を知り合いになっても仕方ないと思っていませんか。
そこで貴重な出会いのチャンスを失っています。
こういう人こそ、仲良くなっておきましょう。
仕事以外で差がつくのは、仕事には関係しない人脈です。
トイレ掃除のおじさんから意外な情報を聞けたり、ごみ掃除のおばさんから思わぬところで助けられたりします。
仕事には直接関わっていませんが、現場にはいつもいる人です。
客観的に現場を見ている人だからこそ、何気ない日常的な会話から、仕事のヒントを得ることもあるでしょう。
トイレを見ているからこそ、会社を客観的に見ることができたり感じ取ることができたりします。
「社員のトイレの使い方が悪い」という情報をうかがえば、社員教育に力を入れるヒントになります。
自分が毎日行くトイレを清潔にしてくれるからこそ、仕事に支障なく進めることができます。
来客があったときにもトイレが汚かったり、ごみが散らかっていたりすると、印象が台無しです。
会社の印象が悪くなっては、契約や取引にも影響を与えることもあります。
そういうときにトイレ掃除のおじさん、ごみ掃除のおばさんに「お願いします」と言える仲なら、苦労はしません。
仕事に関係しないようであって、実は仕事に関係しているのです。
あなたに質問があります。
以下のAさんとBさんとの会話を聞いて、直感的にどちらが悪いと感じますか。
Aさん「おい。お前、何をやってんだ」
Bさん「失礼ですが、どういうことでしょうか」
Aさん「さっきお前がやったことは、人をばかにしているだろう」
Bさん「何かの誤解ではありませんか。そういうつもりではありません」
日常生活では、ときどきけんかをして言い合っている2人を見かけることがあります。
何があったのか、詳しいことはわかりません。
しかし、不思議なことに、Aさんが悪い人で、Bさんが良い人に思えませんか。
Aさんの発言のほうが、衝動的で、考えが間違っているように思えます。
なぜ、そう感じたのでしょうか。
最大のポイントは、言葉遣いです。
何があったのかわからなくても、言葉遣いの悪い人のほうが、なぜか悪い人のように思えます。
そばで客観的に見ていると、言葉が悪い人のほうが悪そうな感じがします。
言葉遣いの悪さを感じると、礼儀のなさ、教育レベルの低さ、マナーの悪さなどがうかがえます。
悪い印象ばかりです。
こうした知的レベルの低さから「おそらく悪いのは、言葉遣いの悪いAさんだろう」と直感します。
不思議なことに、この直感は当たります。
知性の状態は、言葉遣いに反映されます。
しっかりした教育を受け、礼儀作法が身についている人は、言葉遣いもきれいです。
こういう状況を見ると、言葉遣いがいかに大切であるか、実感できるはずです。
どんなことがあっても、言葉遣いには気をつけましょう。
正しいことを発言しても、言葉遣いが悪いと、疑わしく聞こえます。
場合によっては、悪くないのに、悪者扱いされることさえあるのです。
今日、あなたは嬉しい出来事があって、機嫌がいい状態だったとします。
理由は何でもかまいません。
とにかくすごく嬉しいことがあって、妙に機嫌がいい状態です。
機嫌がいいので、友人にいつもより明るく話しかけます。
話題も明るくなり、盛り上がります。
そういう元気は必ず伝わり、相手も元気になります。
元気になった相手は、次に職場に向かい、充電した元気で一生懸命に仕事をします。
すると仕事がうまくいくばかりではなく、上司の機嫌もよくなります。
頑張っている部下を見れば、嬉しくなって当然です。
機嫌が良くなった上司は、家に帰って妻に優しくします。
優しくされて嬉しくなった妻も機嫌が良くなり、かわいい子どもに優しくなります。
私たちは、実は影響を与え合っています。
つながりを持っています。
あなた1人が元気になるというのは、実はみんなを元気にさせるということです。
気づかないうちに、そういう影響を与えています。
そう考えると、自分のためだけでなく、みんなのために元気になろうと思うはずです。
あなたの元気は、みんなの元気です。
他人まで関わっていますから、あなたの気の持ちようは大切です。
元気は、人を通して地球全体を循環しているのです。
ある日、レストランに食事に行ったときです。
希望するメニューが決まって、ウエイトレスを呼びます。
「ご注文はお決まりですか」
注文を聞きに来たときに、メニューを指さし「これ」と言って、注文していませんか。
これは人付き合いの下手な人です。
ロボットを相手にしているようなぶっきらぼうな態度です。
第一、ウエイトレスの顔を見ていません。
相手が人間だと思っていません。
相手を人と思わない態度は、必ず相手に伝わります。
そういう態度は相手も感じ取って、冷たい態度で返してきます。
人付き合いが上手な人は、ウエイトレスの顔をきちんと見て注文します。
恥ずかしいと思っても、それだけは必要です。
自分は人を相手にしているんだという意識があれば、温かい態度で接しようと思います。
あなたは注文をするときに、きちんとウエイトレスの顔を見て注文していますか。
それが、相手を尊重する人間関係のマナーです。
「肌が黒いですね」
「肌が荒れていますね」
「髪の毛がもつれていますよ」
「足の毛が濃いですね」
初めて会ったときに、そういう印象があったとします。
たとえ、その印象が事実でも、ありのまま言うのは良くありません。
いきなり失礼な発言をしてしまえば、誰でもむかっとします。
特に初めてあった人にいきなりこんなことを言われるほど、悪い第一印象はありません。
人間関係で大切なことは「何を言うか」より「何を言わないか」です。
気になっても、あえて言わないことです。
もちろん発言する言葉も大切です。
しかし、それ以上に大切なことは「言わない言葉」です。
「何を言わないか」が第一であり「何を言うか」が第二です。
相手の気分を害するような発言を避けることを、最優先させます。
その優先順位をわきまえている人は、いきなり相手の気分を害するようなことを口にして、関係を台無しにさせることはありません。
少なくとも相手の気分さえ悪くさせなければ、印象が悪くなることもなく、人付き合いは長続きします。
楽しませようと意気込むより、気分を害さないように「避けるべき発言」に注意することが、人間関係のマナーなのです。
炭は、火がつくまでにとても長い時間がかかります。
昔、私は炭に火をつけようとして、何度も挫折したことがありました。
実家のお風呂は、まきを入れて火をつけるタイプのお風呂でした。
そのくらいなかなか火がつかないし、時間がかかります。
しかし、一度火がつけば、なかなか消えないのが炭の特徴です。
時間がかかった分だけ、炭の熱は安定し、消えるのにも時間がかかります。
お世辞にも、炭の火は強火とは言えません。
だからいい。
弱火なので燃え尽きにくく、火が長続きします。
人間関係も、時間がかかって当然です。
本当の人間関係をつくろうと思うほど、時間がかかり、挫折しそうになります。
しかし、温かい人間関係ができれば、なかなか消えない温かさになります。
時間がかかった分だけ、思い出ができるからです。
大切な人と仲を深める時間を楽しむことです。
ゆっくり、じっくりでいい。
早急に関係を深めようと急ぐと、熱くなりすぎてしまい、お互いが疲れます。
ときどき会う関係だから、お互いの負担が小さく、長続きするのです。
「頑固な人だな」
そういう見方をすれば、そういう人に見えてきます。
しかし、見方を変えましょう。
頑固だと思う人を「信念が強い人」という見方をすればいい。
最初は抵抗があるかもしれませんが、良い面を強調する見方をしましょう。
そう思えば、プラスに解釈できます。
「わがままな人だな」
そういう見方をすれば、そういう人に見えてきます。
しかし「自分の意見を大切にする人」と思えば、プラスに解釈もできるようになります。
「口うるさい人だな」と言う人は、そう思うから、そういうふうに映ります。
しかし「小さなことまで気づける人だ」というふうに見方を変えると、プラスに解釈できます。
「のろい人だ」という解釈は「丁寧にする人だ」という解釈に変えられます。
「せっかちだ」という解釈は「スピードのある人だ」という解釈に変えられます。
「泣き虫だ」という解釈は「感情表現が豊かな人だ」という解釈に変えられます。
すべて、見方を変えるだけでいい。
あなたが悪い人だと思っているのは、そういう見方をしているからです。
悪い面ばかりを見るような角度だから、悪いように映ります。
見る角度を変えましょう。
プラスの面を見るようにすればいい。
すべての人は、いい人に見えてくるのです。
「嫌な人と出会った」
日常生活の中では、人に迷惑をかけるような嫌な人と出会うことがあります。
しかし、本当にそうでしょうか。
私たちは、相手に対して先入観や固定観念を抱いて見てしまいがちです。
少し見方を変えましょう。
嫌な人がいるのではありません。
「嫌な人だと思うあなたがいる」だけです。
相手の表面ばかりを見るのではなく、奥まで見るようにしましょう。
相手の少しプライベートまで踏み込んだ見方をします。
人に迷惑ばかりをかけるような人は、なぜそういうことをするに至ったのかと思い浮かべてみましょう。
相手の育ちや環境などを含めて考えます。
誰でも、好かれたいと思います。
好き好んで人に迷惑をかけようとは思いません。
人から嫌われるようなことをする人は、そうでもしなければならない事情があったということです。
すると、したくてそうしているわけではなく、何かフラストレーションがたまってそうしているのだとわかります。
日常の中でたまったフラストレーションがあったのだとわかれば、相手への怒りや不満が和らいできます。
すべての出会いに無駄はありません。
すれ違う見知らぬ人とでさえ、あなたのためになります。
ただ、やみくもに人とすれ違うのではなく「学び取ってやろう」という気持ちですれ違ってください。
すると、日常の景色が変わって見えてきます。
たとえば、すれ違う人のファッションです。
すれ違う人は、ファッションショーで歩いているモデルだと思います。
身に着けている洋服のコーディネートなどを観察します。
「なるほど。こういう着こなしがあったのか」
「珍しいファッションだ」
「個性的な組み合わせだ」
自分にとって生かせるセンスを学べることでしょう。
私は、電車の中でほかのビジネスマンのスーツを見ることがあります。
なぜか落ち着いている人の服装や持ち物を遠くからチェックすれば、勉強にもなります。
洋服店に洋服が陳列されているだけでは抽象的ですが、実際に人が身につけている服装ほど、具体的なコーディネートはありません。
そういう意味で世の中は、あなたも含め、すべての人がモデルです。
現実の世界は、ファッションショーそのものです。
すれ違うすべての人からファッションセンスを学ぼうという意識があれば、すべての人との出会いを生かせます。
雑誌を買わなくても、日常生活の中で十分ファッションの勉強はできるのです。
「次、いつ会えますか」
人付き合いの中では、おなじみの「次に会う約束」です。
あなたは次に会う約束のときに、どのような表現を使っていますか。
仮に、時間にとても余裕があって、いつでもいいということにしましょう。
こんなとき口にしてしまう決まり文句があります。
「いつでもいいですよ」
こう答える人がいます。
もちろんいつでもいいという言い方でもいいですが、ぶっきらぼうです。
もうひとひねり、欲しいところです。
別の言い方をおすすめします。
「あなたに合わせます」と言い換えればいい。
どちらも時間には余裕があることを意図しています。
しかし「あなたに合わせます」という言い方のほうが、ベターです。
相手の都合のことを真剣に考えている心の温かさが感じられます。
「気にかけてもらっている」
「優しい人だ」
「余裕のある人だ」
「あなたのことを大切に思っています」という印象が伝わります。
人付き合いが上手な人は、相手のことを考えた表現を使うのです。
友人と貸し借りをするときがあります。
もちろんお金の貸し借りは厳禁です。
しかし、そうは言ってもどうしても困っている相手を目の前に、貸し借りをせざるを得ないときがあります。
通常貸し借りと言えば「借りた物を返す」というのが基本です。
友人から本を借りたら、本を返します。
親から1,000円借りたら、1,000円返します。
これは、一見すれば当たり前のやりとりです。
借りたものは返すというのは、普通です。
しかし、普通だからこそ、感動もありません。
そこで人付き合いの上手な人は、ここで普通の人とは違ったことをします。
借りた量より多く返します。
たとえば本を借りたら、本を返して、さらにお礼でジュースをプレゼントします。
親から1,000円借りたら、利子をつけて1,100円で返します。
借りられただけでもありがたいことです。
その感謝の印として、プラスアルファを付け加えて返します。
その意外な返事に、相手は驚くことでしょう。
プラスアルファがあると、本当に感謝の気持ちを伝えたい気持ちがあることが感じられます。
人といっても千差万別です。
すぐ打ち解ける人なら、あっという間に仲良くなれることでしょう。
しかし、人によってはなかなか心のうちを明かしてくれない人もいます。
真面目な人や口数の少ない人など、堅苦しい雰囲気が漂っている人は、仲良くなるためのきっかけがなかなかつかめません。
そういう堅苦しい雰囲気を和らげて、打ち解けて話ができるようにするための方法はないのでしょうか。
いい方法があります。
仲良くなりたい人を食事に誘えばいい。
どうしても打ち解けられなくて困ったときには、食事が最適です。
食事には、人と仲良くなれる不思議な力があります。
おいしい食事を一緒に食べている最中は、相手への警戒心が解けて、緊張感が緩みます。
さすがに堅苦しい人も、食事中だけはチャンスです。
おいしい食事で機嫌が良くなり、気持ちに緩みが出ている食事中は、普段以上に会話が盛り上がりやすくなります。
できれば、相手の大好物をおごりましょう。
おいしい食事であるほど、その効果も大きくなります。
堅苦しい人と何の話から始めていいのかわからないときこそ、おいしい食事をネタにしましょう。
食事そのものが話のネタになり、会話の糸口がつかめるはずです。
それだけでなく、一度食事を共にした人とは仲間意識を強く持つようになります。
家族が一緒に食事をして結束を深めるように、友人との関係も一緒に食事をすることで深めます。
食べることを通して、人間は心の距離を近づけます。
さあ、積極的に食事に誘い出しましょう。
クライアントに用事があって、相手の会社に訪問するときがあります。
当然用事があるのは、クライアントに対してです。
相手の会社を訪問するときには、たくさんの人と出会います。
受付の人、掃除の人、クライアントの部下などです。
ほかにもたくさんいることでしょう。
会社に訪問した際、用事がない人に冷たくしていませんか。
無視していませんか。
用事がないとはいえ、お辞儀くらいはできるはずです。
用事がないからとはいえ、完全に無視するのは良くありません。
そういう人たちにも、きちんとお辞儀くらいはできるはずです。
人付き合いが上手な人は、どんな人も無視しません。
用事がある人だけにお辞儀をするのではなく、用事がない人にもお辞儀をすることです。
「感じのいい人だな」と思われるだけでも、プラスになります。
目立たない人にこそお辞儀をすることで、印象が良くなるのです。
人の数だけたくさんの違いがあり、摩擦があります。
人との摩擦を完全に避けようとしてはいけません。
そもそも、不可能です。
世界中にいろいろな人がいる中で、摩擦のない人間関係はありません。
どんなに仲のいい人とでさえ、多少の摩擦はあるはずです。
避けようとするのではなく、その摩擦の熱を楽しむくらいがちょうどいい。
「世の中にはこういう人もいるのか」
人との違いによる摩擦熱を楽しむ気持ちがあれば、話しかけやすくなり、対人への恐怖が和らぎます。
私たちは人間の中でしか生きられません。
なぜ人の中でしか生きられないのかというと、人と熱があるからです。
その人の熱というのは「摩擦熱」です。
多くの人と接することで、たくさんの人たちの種々雑多な違いを経験し、摩擦熱で温まります。
人との摩擦を、異常に怖がる必要はありません。
多かれ少なかれありますから、楽しんでしまいましょう。
むしろ摩擦熱があるからこそ、私たちのハートは温かくなります。
人と接すれば接するほど、お互いに摩擦熱で温かくなるのです。
あなたは自分にとって良い出会いとは何を基準にして決めていますか。
「お金持ちかどうか」で判断するのでしょうか。
「学歴がどうか」で判断するのでしょうか。
「自分に得があるかどうか」で判断するのでしょうか。
いいえ、それらは一切気にする必要はありません。
実際のところ、出会ってみないとわかりません。
いい出会いかどうかは、出会う前にはわかりません。
わかるのは「出会う前」ではなく「出会った後」です。
出会った後に、お互いがどのくらい濃い時間を過ごし、思い出をたくさん作ったかです。
出会った後の過ごし方しだいで、すべての人間関係がプラスになります。
子どものころを思い出しましょう。
幼いころは、お互いに何もありませんでした。
しかし、お金や学歴がなくても友人はでき、心から仲良くできました。
そういう友人からの影響もたくさん受けて、育ったことでしょう。
時間をかけた友人ほど、親友になっているはずです。
お金や学歴など、真の人間関係には一切不要です。
むしろ、そういうことを判断基準にして人を選んだから、うまくいかなかった人は大勢います。
色メガネをかけて人を評価し、自分にどのくらい得があるか、利益があるかを計算しながら付き合おうとします。
自分に得だという人だけを選んで付き合っているから目つきがいやらしくなり、人から嫌われ、逃げられます。
また、そういう基準で判断する危険性は、もう1つあります。
相手の経済力が豊かなうちはいいですが、何かの拍子で相手の経済力が傾けば、すぐ縁が切れてしまうことです。
金の切れ目が縁の切れ目です。
損得で評価していると、評価が悪くなったとき、人間関係も終わりになります。
そんな評価で人を判断してしまうから、いい出会いも、ダメになります。
人を評価すると、いい人と出会えなくなります。
しかし、実際のところ、自分でいい出会いをダメにしているだけです。
人生、山あり谷ありです。
すべての人がいいときもあれば、悪いときもあります。
あなたにとって、すべての人に対して同じように接しましょう。
人を評価しなくなったとき、あなたは人間関係の達人になれるのです。