子どもを自立させるときには、花を育てるときと同じです。
家庭環境は、花を育てることと同じなのです。
花を育てるには、土が必要です。
子どもには、家庭環境は大切なところです。
自分にとって、最も安心できる場所であり、最も「基本的な感情」を学べるところでもあります。
家庭からは、人生でかけがえのないことを学びます。
今、なかなか自立できない子どもが増えています。
特にやりたい夢もなく、いつまでも親の援助に頼っている人です。
ニュースや報道番組では、自立できていない人本人が悪いかのように伝えます。
お父さん、お母さんに朗報です。
子どもを自立させる魔法の言葉があります。
「簡単」という一言です。
まず子どもたちが生まれて初めて学ぶ先生は、お父さんお母さんです。
お父さんお母さんを見て、真似をして、子どもは学んでいきます。
子どもの勉強は、真似をすることなのです。
いまだに過保護の家庭というのが存在します。
というより、昔より過保護の家庭が増えています。
過保護が増える理由は、現代社会が今、少子化に向かっていることが原因の1つです。
笑いのある家庭は、明るい家庭だとよく耳にします。
まったくそのとおりです。
明るいから笑うというより、笑うから明るくなれます。
一般的に、長男より次男のほうが楽観的に育つといわれています。
長男は初めての子ですから、親にかわいがられます。
しかし、2人目からは、親も子育てにはある程度慣れてしまっているため、大ざっぱな世話の仕方になってしまいがちです。
子どもを自立させようとする親は、子どもに塾や習い事ばかりさせようとします。
友人との付き合いも、悪い友人とはあまり付き合わないように押し付けます。
親は、心配で落ち着かずたまらないのでしょう。
私が自分の人生の中で、特に親に理解されたことは「学校の中退」です。
私は高校を卒業した後、19歳から23歳まで、アメリカに3年半留学していました。
にもかかわらず、私の勝手なわがままで、中退してしまいました。
子どもとくっつきすぎている親を「過保護」と呼びます。
子どもと離れすぎている親を「放任」と言います。
子どもを自立させる親は、くっつきすぎず離れすぎず、うまい具合に子どもとの距離を保っています。
子育てには、子どもに言ってはいけない禁句があります。
「ダメな子」です。
子どもが失敗をしたときに「何てことをするの! ダメな子ね」とひどく叱る親がいます。
子どもを自立させる親には、口癖があります。
小さいころから何度も聞かされてきた口癖は、きっと誰の親にもあることでしょう。
親の口癖は「うるさいだけ」と思われがちですが、大切なことに気づきましょう。
私は子どものころ、父の仕事現場を見たことがあります。
見せてもらったときは、仕事が終わった後だったので誰もいませんでしたが、実際に父が仕事をしている机を生で見たのです。
父にはいつも自分が仕事をしている部屋と机を見せただけなのでしょうが、私にとってこれは大切な出来事でした。
私が生まれて初めて自分の部屋を持ったのは、小学校の高学年になったときでした。
それまでは、ずっと妹と同じ部屋で勉強をしていました。
寝るときも、両親と妹と私とで寝る形でした。
今、子離れできていない親が増えています。
「親離れ」という言葉があります。
子どもが親元を離れ、自立して生きていこうとすることです。
子どもが将来大人になるために、できるだけ小さいころから、お金について勉強することが大切です。
「子どもが使うと無駄遣いをして、すぐ使い果たすだろう」と思う親がいます。
そんなことはありません。
私の妹は、母の料理姿の影響で小さいころから料理に手をつけていました。
子どものころの影響は、まず親から受けます。
今では妹はとても料理が上手になり、母より上手になってしまっているくらいです。
大人になるために必要なことは「教えてください」と聞く力です。
大人になるにつれて、自分が強くなっていくことも大切です。
ですが、それだけでなく、どれだけ周りの人たちに聞けるようになるかが、社会に出て生きていくためには必要不可欠なことです。
中学2年生のときに、私はマラソン大会に出場しました。
マラソン大会に出場するのは、代表者でもなく、成績優秀者でもなく、希望者でした。
私は自分から進んで希望し、マラソン大会に出たことがあります。
今は亡き、ケネディー大統領は、歴史に残る人物の1人です。
伝記によると、ケネディー大統領の幼少期は、親のしつけが厳しかったといいます。
特に、厳しかったのは、勝負に対してだったそうです。
子育てをしているお父さんお母さんに、良いお知らせです。
子どもの可能性を広げる、魔法の言葉があります。
「大丈夫」という一言です。
自立できる人間になるためには、他人に教えられるだけでなく、自分で自分のことを考えられるようになることが重要です。
世の中には、いろいろなジャンルの先生がいます。
数学の先生は、数学を教えてくれます。
私の母は「学生の仕事は勉強だ」と、昔からよく言っていました。
はがきを出すときや自分の個人情報を書くときに、よく「職業」と書かれている欄があります。
私が子どものころは、もちろん何も仕事をしていませんから、この項目はいつもなんて書けばいいのかを悩んでいました。
宿題や仕事には「これで終わり」という区切りがあります。
「ここまでやれば、終わり」「これができたら終わり」という区切りです。
しかし、子どもの勉強には「これで終わり」はありません。
子どものころには、ウルトラマンになりたいとか、アンパンマンになりたいという希望があります。
私の、子どものころの夢は、アニメ『キテレツ大百科』のキテレツになることでした。
昔から機械が大好きだったこともあり、キテレツの発明に強い憧れがあったのです。
今は、核家族化が進み、おじいちゃんおばあちゃんも含めた家族一同での「家族旅行」が少なくなっています。
そのうえ、ストレスに満ちた社会になってきてしまい、家族一同が顔を合わせる機会は、なかなか持ちにくくなっています。
しかし、いくら家族が忙しいからとはいえ、私は家族旅行には大賛成です。
世紀の大発明家、トーマス・エジソンは、小学校を3カ月でやめてしまいました。
にもかかわらず、エジソンは、世界の大発明家といわれるほどに、活躍してきた人物です。
エジソンが生涯に取った発明の特許は、1,000以上にも及びます。
私たち人間は、生まれてすぐ親に面倒を見てもらいます。
生まれたばかりの赤ちゃんは、本当に何もできないからです。
食べること、寝ること、着替えなど、赤ちゃんは何もできませんから、すべて親がやります。
つらいことがあって耐え切れなくなったとき、そのストレスは涙として、体外へ排出されます。
涙は、ストレスの塊です。
子どもにつらいことがあったときには、思いきり泣かせてあげましょう。
子どもを自立させるときには、花を育てるときと同じです。
家庭環境は、花を育てることと同じなのです。
花を育てるには、土が必要です。
水が必要です。
日光が必要です。
タネが必要です。
これを家庭環境に置き換えてみましょう。
土は「家庭環境」。
水が「愛情」。
日光が「周りからの影響」。
タネが「子ども」です。
子どもを自立させたいと思うなら、まず花を育てるにはどうすればいいのかを考えればいいのです。
花を育てるときに、芽が出たら、無理やり引っ張って大きくさせるのではありません。
土と水と日光さえ与えていれば、自然と自分から成長します。
今の親は、自立させようと、子どもにあれこれ押し付けています。
「塾に行きなさい、ピアノを習いなさい、名門校に通いなさい、勉強しなさい」といった感じで、子どもたちに強要させています。
子どもが自分から進んで行っているなら、いいのです。
問題は「無理やりさせている」ということです。
それはまだ小さな花の芽を手で引っ張って、無理やり伸ばそうとしているかのようです。
花を育てるときに、やっと出てきた芽を大きくさせようと芽を引っ張っては、芽がちぎれます。
花を育てるときには、土と水と日光だけでいいのです。
それだけで、後は植物が自分から大きくなります。
与えるべきことさえ与えられていれば、後は自分の力で、タネは芽を出し、茎を伸ばして、ぐんぐん成長します。
子どもが自立するために親がすべきことは、家庭環境(土)と愛情(水)と、周りの環境(日光)を与えるだけでいいのです。
この3つが、健全に与えられてさえいれば、子どもは自分から自立します。
自分から勉強に興味を持ち、自分から勉強しにいきます。
親がわざわざ強要させることはないのです。
与えることさえ与えられていれば、子どもは自分から自立していくのです。
子どもには、家庭環境は大切なところです。
自分にとって、最も安心できる場所であり、最も「基本的な感情」を学べるところでもあります。
家庭からは、人生でかけがえのないことを学びます。
「感情」です。
ここで、面白い質問をさせてください。
あなたは勉強をどこで習いましたか。
勉強は、もちろん学校で習ったことでしょう。
では、次が大切です。
あなたは「感情」をどこで習いましたか。
こうした質問は、なかなかされません。
耳にしない質問です。
しかし、言われてみれば、たしかに考えてしまう質問です。
勉強は学校で習うことに対し、感情は主に家庭から学んでいるのです。
私たちはある程度大きくなって、立って歩けるようになり、話すことができるようになると、人としての感情を学びます。
実際の世の中で、どんなことで嬉しくなるのか、感謝をするのか、怒るのか、それぞれの場面によっての振る舞い方を学ぶのです。
その手本を学ぶのが、家庭からです。
子どもは、親を見て学びます。
お母さんが優しくしてくれるところから「優しさ」を学びます。
困った人を助けているところを見て「思いやり」を学びます。
お父さんが、仕事を一生懸命にこなしているところを見て「責任感」を学びます。
悪いことをしてしまい、お父さんから叱られることで「威厳」を感じます。
そんな人としての大切な感情は、家庭環境から学ぶのです。
家庭環境では「喜怒哀楽」をどんどん盛り込んでしまいましょう。
あるときは泣き、あるときには怒り、あるときには悲しみ、あるときには楽しくなる。
そんな「喜怒哀楽」のある家庭環境は、理想的な家庭環境なのです。
今、なかなか自立できない子どもが増えています。
特にやりたい夢もなく、いつまでも親の援助に頼っている人です。
ニュースや報道番組では、自立できていない人本人が悪いかのように伝えます。
しかし、実は、悪いのは自立できていない子どもではありません。
自立できるだけの免疫力をつけさせなかった親が悪いのです。
自立できない子どもは、親が子どもを「甘やかして」育てた結果です。
子どもをいつまでも甘やかして育てていたため、子どもは世間の波に対する免疫をつけることができずに育ってしまったのです。
社会に出たときに免疫力がなくて、挫折してしまうのです。
子どもには、社会でも1人でやっていけるだけの免疫力をつけてもらう必要があります。
なのに、親が子どもを甘やかしては、いつまで経っても免疫力をつけることができないのです。
こんなとき、親は子どもをほうっておけばいいのです。
子どもは、好奇心旺盛です。
外が寒くても飛び出して遊びに行きますし、少々危ないところでも危険を気にせず飛び込んでいきます。
もちろんけがをすることもあるでしょう。
泣くこともあるでしょう。
そんなときには、子どもは親に「甘えても」いいのです。
「甘える」と「甘やかす」は、意味が全然違うのです。
子どもが親に甘えるのはいいのですが、甘やかしてはいけません。
たとえば「外に遊びに行きたい!」と言っている子どもに「危ないからやめなさい」というのは、甘やかしているだけです。
危険なことを勉強する前に、危険なことにさえ触れさせてももらえないのでは、子どもは成長できません。
危険からの「隔離状態」です。
隔離されては、免疫がつかないのです。
子どもはある程度のけがをして「痛みを知る」ことが必要なのです。
まずは子どもに経験をさせることが、子どもの成長になるのです。
お父さん、お母さんに朗報です。
子どもを自立させる魔法の言葉があります。
「簡単」という一言です。
この一言で、子どもはぐんぐん自立します。
簡単という言葉は、子どもたちの心の不安を取り除く魔法の言葉です。
子どもが何か新しいことを始めたいときには、親に相談します。
「宇宙飛行士になるって難しいの?」と聞いてきたときには、親は「簡単だよ」と答えてしまいましょう。
宇宙飛行士になるのは、本当は難しいです。
しかし、難しくても「簡単」と答えていいのです。
もし「難しいぞ。大変だぞ」なんて答えてしまった日には、子どもは尻込みしてしまいます。
尻込みして行動しなくなります。
とにかく行動させるように育てるのが、親の仕事です。
私はコンピューター関係の仕事をしているために、友人から「パソコンは難しいか」と聞かれます。
そんなときには、私は必ず「簡単だよ」と答えることにしています。
実際に難しかろうが、実はそんなことはどうでもいいのです。
「簡単だよ」と答えることで、相手は「じゃあ、私もやってみようかな」と、やる気になってくれます。
大切なことは、とにかく行動してもらうことです。
行動しないことには、何も始まりません。
自立させる親は、子どもが行動しやすくなるように、アドバイスや励ましをする親のことです。
往々にして、マイナス思考の親は「あれも難しい、これも難しい、全部難しい、そんなに世間は甘くない」と、子どもを脅します。
どんなに子どもを脅したところで、子どもには不快感が残るだけです。
何も良い影響なんてありません。
怯えて、余計に行動しなくなってしまうだけです。
子どもは苦しい経験をしながら、大切な人生の勉強を学びます。
そのためには、行動しかないのです。
子どもに行動を促す言葉「簡単」という一言なのです。
「簡単」の一言で、子どもたちはやる気になり、どんどん行動していくのです。
まず子どもたちが生まれて初めて学ぶ先生は、お父さんお母さんです。
お父さんお母さんを見て、真似をして、子どもは学んでいきます。
子どもの勉強は、真似をすることなのです。
お父さんお母さんは、真似をされてもいいようなお父さんお母さんになる必要があるのです。
何も知らない子どもは、まず親の背中を見て、真似をして、学びます。
食事の食べ方、挨拶の仕方、横断歩道の渡り方など、日常生活の基本的なことを学ぶのは、家庭環境からです。
「カエルの子はカエル」ということわざがあるように、子どもは親にそっくりになります。
親の行動、考え方、マナー、哲学など、毎日の家庭環境は、大きい影響を与えるところなのです。
子どもを自立させるために、まず親が自立の手本を見せればいいのです。
自立できた親から、子どもは「自立」を学びます。
真似をするのが上手な子どもは「自立」さえも真似をしてしまいます。
将来大人になって壁にぶち当たったときでも、自立した親の姿を思い出すと、頑張れるのです。
いまだに過保護の家庭というのが存在します。
というより、昔より過保護の家庭が増えています。
過保護が増える理由は、現代社会が今、少子化に向かっていることが原因の1つです。
今は、1つの家庭に子どもが2人か1人が普通です。
しかし、昔は4人も5人もいる家庭が、ザラにありました。
子どもが4人も5人もいると、一人ひとりに注意を向けられなくなります。
実際は、十分に面倒を見てやれなくて「自分でなんとかしなさい」という育て方になります。
中途半端な教育に感じられますが、実際には「自分でなんとかする」育て方のほうが、よほど子どもは強くなります。
今は、子どもが1人か2人ですから、親の目が十分に行き届いてしまいます。
必要以上に、子どもの面倒を見てしまいます。
そのうえ、今は人間関係が薄れてしまっている時代ですから、余計に親は子どもと接触したがります。
子どもがかわいくて、つい甘やかしてしまうのです。
甘やかしたくなる気持ちは、親としては当たり前です。
しかし、過保護にしては、子どもは免疫力をつけることができません。
子どもに免疫力をつけてもらうためには、外の危険に触れることが必要です。
外部の危険に触れることはたしかに危険ではありますが、それだけの価値はあります。
子どもは、危険に直面してけがをしたときに、痛みを実感しながら学びます。
この痛みは、本や話を見聞きするだけではわかりません。
実際に経験しないと、本当に理解できないのです。
私の実家は、田舎にあります。
それもとても田舎です。
外に出れば、山はあるし、川はあるし、海はあるし、畑もあります。
私が小さいころは、外で遊んでばかりいました。
もちろんけがもたくさんしました。
蜂の巣を突っついて追いかけられて刺されるという、漫画でしか見たことのないようなことも、実際に経験があります。
今思えば、けがをするのをわかっているにもかかわらず、それでもなお外に遊びに行かせてくれた親は、さすがだなと思います。
けがをして、血を流すのをわかっていても、それでも外へ遊びに行くことを許可してくれます。
痛くて血を流しても、親はさほど驚きません。
「大丈夫。大丈夫。それくらいで、死んだりせん」と言って、笑ってしまいます。
痛みを子どものころから経験することで、失敗やけが、痛みなどに対して、免疫をつけていきました。
もし、私を過保護に育て、危険に触れることを許してもらえなかったら、今の私はないでしょう。
今、つらいことがあっても元気でいられるのは、子どものころに痛いことを数え切れないほど経験しているため、慣れているのです。
悲観的なことに対して、免疫ができてしまったのです。
子どもには、どんどん失敗をさせてあげましょう。
けがをしに行く気持ちになるくらいでいいのです。
子どもがけがをすることで、人生に対して、少しずつ免疫をつけることができるのです。
笑いのある家庭は、明るい家庭だとよく耳にします。
まったくそのとおりです。
明るいから笑うというより、笑うから明るくなれます。
笑うから明るい家庭になるわけですが、実はもう1つ、笑いには面白い力があります。
「不安を吹き飛ばしてくれる力」があるのです。
私が高校時代、体操部で練習をしていたあるとき、鉄棒からの着地で失敗して、胸の骨にひびが入ったことがありました。
私は「これは大変なことになった!」と焦り、家に帰って母親に見せて報告しました。
「ははは。あんた、とろくさいね。何しよったん」と、笑われてしまいました。
最初はちょっとむっとしましたが、だんだん不安が消えていきました。
笑われると、思ったより大したことがないように思えてくるのです。
落ち込んでいるときに「それくらいで落ち込まないの。ははは」と笑われると、元気になります。
案外、いちばん大げさに考えているのは、本人であったりします。
大げさな親は、子どもに何かあるたびに騒ぎます。
医者だの、病院だの、薬だの、時には「何てことをするの!」と、子どもにお説教までして、怒鳴ります。
こんなに騒がれると、子どもは余計に不安にならざるを得ないのです。
「そんなに大変なことになってしまったのかな? どうしよう。死んじゃうのかな」と不安になります。
少々のことでは、人は死にません。
子どもが不安になっているときには、親が笑ってあげることで、不安が吹き飛んでしまうのです。
できるだけ子どもから不安を取り払ってあげることが、親の務めです。
子どもの不安を取り払うのは、難しくはありません。
「ははは。大丈夫、大丈夫」と、笑い飛ばしてしまうだけで、子どもの不安も飛んでいってしまうのです。
一般的に、長男より次男のほうが楽観的に育つといわれています。
長男は初めての子ですから、親にかわいがられます。
しかし、2人目からは、親も子育てにはある程度慣れてしまっているため、大ざっぱな世話の仕方になってしまいがちです。
大ざっぱとは良い響きではありませんが、案外子どもには、それでちょうど良かったりします。
いつも世話ばかりされると、うっとうしくなります。
私は小さかったころ、厳格な父に対し、母にはとても過保護にされて育てられてきました。
私が長男ですから、私のことをとても保護しようとします。
おやつを買いにいくのも母が行き、クレヨンに名前を書くのも母が書き、何をするにも母が代わりにやっていました。
保護されるのはたしかに嬉しいけれど、でもなんだか悲しかったことを覚えています。
自分のことを他人にされるというのは、がっかりしてしまいます。
「自分のことは自分でする」という環境であるほうが「自立心」が育ちます。
チャレンジ精神も出てきます。
自分のことは自分ですることの楽しさを学ぶだけで、子どもは自立していくのです。
自立という字は「自分」で「立つ」と書きます。
しかし、過保護のように「他人」に「立たされて」は「他立」になります。
「他立」になってしまっては、子どもは自分で立てなくなります。
私の場合、あるときから母からの手を、わざと振り切るようになりました。
自分のことを自分でしたくなったのです。
今まで他人にされていたことを自分でやってみると、面白かったのを覚えています。
自分で自分のことをするほうが、よほど身につきます。
たしかに失敗することも多いですが、だから余計に身につくのです。
自立した子どもを育てようとするときに「自分のことは自分でする」を大切にしましょう。
子どもの自立のためには「自分のことは自分でする」を心がければいいだけです。
自分のことを自分でできるようになるだけで、子どもはどんどん自立していくのです。
子どもを自立させようとする親は、子どもに塾や習い事ばかりさせようとします。
友人との付き合いも、悪い友人とはあまり付き合わないように押し付けます。
親は、心配で落ち着かずたまらないのでしょう。
しかし、本当に子どもの成長の幅を広げてあげたいと思うなら、友人との付き合いは限定しないほうがいいでしょう。
もし限定してしまうと、子どもの受ける刺激も限られるからです。
相手がどんな人であろうと、影響をどう感じるかは、子どもしだいです。
特に子どものころこそ、いろいろな刺激に触れさせてあげることが大切です。
私は中学2年生のときに、楽器のドラムに夢中になっていた時期がありました。
中学生で思春期ということもあり、音楽が大好きな時期です。
私は耳が痛くなるような音楽を、大音量で聞いていました。
そんなとき、私のいちばん仲が良かった友人が、たまたまバンドマンでした。
「ちょっとやってみないか」と誘われ、大好きな音楽を断る理由もなく、もちろんOKしました。
私の担当は、ドラムでした。
それからというもの、私は毎日バンドマンの友人の家に遊びに行くようになりました。
その友人の家には、ギター、ベース、ドラムなどの演奏に必要な一式がそろっています。
なんと、演奏するための専用スタジオまであります。
音楽に夢中になる私に、親も少しずつ気づいてきたようでした。
そのとき、親は一言「危ない人と付き合うのは気をつけてね」と言いました。
私には、危なくもなんともなく、ただの仲のいい友人です。
私の親は、口では「気をつけて」と言いますが、強制ではなく、忠告だけでした。
これが、私の親の素晴らしい点です。
忠告はしても、強制はしなかったのです。
どんな影響があっても、最後は本人に決めさせてくれました。
私が自分の人生の中で、特に親に理解されたことは「学校の中退」です。
私は高校を卒業した後、19歳から23歳まで、アメリカに3年半留学していました。
にもかかわらず、私の勝手なわがままで、中退してしまいました。
それも卒業間近で、中退してしまいました。
3年半もの間、親の援助に頼った末、学校を辞めることは、私にとって最高の恥です。
私が中退を決心したとき、両親は叱りませんでした。
それより私のことを「理解」してくれようとしました。
「どうしたんだ? 何があったんだ?」と話を聞いてくれました。
こういうふうに聞いてくれるだけでも、私としては本当に助かります。
私は今まで、親の「子どもを理解する」に助けられて、ここまでやってこられたようなものです。
親との家族会議があり、いろいろ理由を説明し、話し合った「思い出」があります。
おそらく普通の親なら中退と言った瞬間、話も聞かずにかなり怒っているところでしょう。
私の友人の中には、縁を切られてしまった人さえいます。
私は自分の親の「子を理解する」というところを、尊敬しています。
子どもは理解されると、親を大変慕います。
愛される親は「子どもを理解する親」のことです。
子どもがいけないことをすると、子どもの話を聞かずにすぐ怒鳴りつける親がいます。
しかし、本当に子どもにとって嬉しい親は「理解してくれる親」です。
子どもは自分のことを理解してほしい欲求があります。
親に子どもを理解しようとする気持ちがあれば、子どもも親を理解しようとします。
往々にして、子どもに押し付けてばかりの親がいます。
人生経験の長い親の考え方のほうが正しいのでしょうが、だからとはいえ押し付けるのは賢い育て方ではありません。
教育では、親と子のお互いが「理解し合うこと」が必要なのです。
「理解」を大切にするだけで、親と子の関係がうまくいくのです。
子どもとくっつきすぎている親を「過保護」と呼びます。
子どもと離れすぎている親を「放任」と言います。
子どもを自立させる親は、くっつきすぎず離れすぎず、うまい具合に子どもとの距離を保っています。
「つかず離れず」の距離です。
べったりくっつきすぎても居心地が悪いし、だからとはいえ離れすぎていても悲しくなります。
お互いが最も心地よい距離を確保できることが、お互いにとっていちばん理想的です。
これを心理学では「ヤマアラシ・ジレンマ」と言います。
ヤマアラシは、寒い冬の中、体温を逃がさないために体同士を寄せ合います。
しかし、体を寄せ合うと、お互いのとげが刺さって、傷つけ合うことになります。
とげが刺さらず、なおかつ体温を逃がさないためのちょうど良い距離が、いちばん理想的な「つかず離れず」の距離です。
このつかず離れずの距離を、子育てにもうまく活用してみましょう。
子どもと親との距離は、難しい定義と思われがちですが、簡単に見つける方法があります。
さっきのヤマアラシと同じように、まず近づきすぎてみましょう。
思春期の子どもなら、すぐ嫌な顔をします。
そうしたら、少し離れて見るのです。
実際の人と人同士の距離ではありません。
「心と心の距離」です。
離れすぎていると感じれば、心が冷たく感じます。
そのときに、再び少し近づいてみるのです。
そうすることで、だんだんお互いの理想的な距離がつかめてきます。
特に子どもを自立させるためには、この距離がキーポイントです。
今は亡き、長谷川町子の有名な漫画『サザエさん』では、1つ屋根の下で、お互いの距離をうまく取っています。
『サザエさん』の家族は、お互い同士がちょうど良い距離を取っているのです。
いつもカツオはテストで悪い点を取って、サザエさんに叱られます。
それでも、サザエさんの目を盗んで、野球をするためにこっそり家を抜け出そうとします。
そんなときに「待ちなさい」とサザエさんにいつも見つかる、という話の流れがあります。
カツオがなんとか野球をするために家を抜け出そうとする姿は、自立しようとする姿です。
カツオはなんだかんだ叱られても、それでもやりたいこと(野球)のために一生懸命抜け出そうとします。
しかし、しっかりカツオは家に帰ってきます。
テストで悪い点を取って、ワカメちゃんには笑われ、お父さんにも叱られます。
カツオは叱られることがわかっていても、しっかり帰ってくるのは、やはり家族の輪の中がいちばん居心地いいからです。
「つかず離れず」の距離でお互いが温め合い、1つの輪を構成しているのが「家族」です。
漫画『サザエさん』では、そんな理想的な家族を描いている手本だったのです。
子育てには、子どもに言ってはいけない禁句があります。
「ダメな子」です。
子どもが失敗をしたときに「何てことをするの! ダメな子ね」とひどく叱る親がいます。
ダメな子という言い方をされると、子どもは自分の人格を否定された気分になります。
最初は誰でもわからないことだらけです。
失敗しない子どもなんて、聞いたことがありません。
子どもは、失敗のプロです。
親は子どもの失敗に対して、寛容になる姿勢が求められます。
子どもには「ダメな子」とだけは、言わないようにしましょう。
「ダメな子」では、子どもの人格を否定してしまうことになります。
代わりに「それでいいんだよ」と言えばいいのです。
「それでいいんだよ」という言葉は、肯定する言葉です。
失敗しても「それでいいんだよ」と一言言われるだけで、許された気持ちになれるのです。
私は、車の免許を取るときに、最後の卒業検定の実技で落ちてしまいました。
それまでは、ずっとストレートで車の試験に合格していたのに、最後の最後で落ちてしまいました。
一生懸命に勉強し、それも真面目にやっていただけに、大きなショックを受けて落ち込んでいました。
私が落ち込んだ様子で、実技で落ちてしまったことを母に話すと「そうそう、それでいいんだよ」と言われました。
母は優しい顔で、こう続けて言いました。
「ストレートで合格したら、調子に乗って車を運転してしまう。何回も失敗を味わいながら、練習するほうがいい」と言いました。
私ははっとしました。
この一言に、私は一気に救われました。
母は、車を運転するのが苦手な人です。
母も私と同じように、免許を取るときに苦労した分、私の気持ちがわかるのでしょう。
母は私のことを理解しているだけでなく、私の失敗をも受け入れてくれます。
そんな母を、私はさらに尊敬してしまいます。
私の母の哲学は「失敗をしなさい」ということです。
私は小さいころから、たくさん失敗をしましたが、いつも母の失敗を受け入れる優しさに何度も救われてきました。
失敗して、叱られてやる気はなくなっても、許されてやる気がなくなることはありません。
「それでいい」という母の前向きな失敗を受け入れる姿勢が、いつの間にか私にも移ってしまったようです。
その後、私は無事に、実技にも合格し、今は運転免許を持っています。
車の免許を取るときの失敗は、今となっては母の優しさを知った思い出の1つになっています。
子どもを自立させる親には、口癖があります。
小さいころから何度も聞かされてきた口癖は、きっと誰の親にもあることでしょう。
親の口癖は「うるさいだけ」と思われがちですが、大切なことに気づきましょう。
親の口癖とは、教訓なのです。
何度も口にする言葉は、親には今まで生きてきた人生の中で学んだ大切な教訓です。
その教訓を子どもにも伝えたい気持ちがあるから、何度も繰り返し、口にしてしまいます。
私の祖父には「一生懸命、勉強しなさい」という口癖がありました。
すでに亡くなりましたが、生前はこの口癖を繰り返し言われたものです。
幼いころに「一生懸命に勉強しなさい」とよく言われたため「大人になれば勉強はもうできないのか」と思っていました。
私は今、社会人として働いています。
今、ようやく実感できたことですが、本当に勉強する時間がありません。
もし、これを読む読者の中に社会人がいれば、ほとんどの人がわかってくれるはずです。
社会に出てからでは、朝から晩まで会社に縛られ、なかなか勉強する時間を確保しづらい。
もちろん努力によって勉強時間をやりくりすることもできますが、学生時代ほど十分ではないのです。
勉強の価値は、失ってから初めてわかります。
私は社会に出てから「祖父が言っていたことは、こういうことだったのか」と、わかりました。
祖父は、勉強は学生時代にたくさんやると、社会に出てから楽になることを知っていました。
祖父の世代は、第2次世界大戦がありました。
自由に勉強ができる環境ではなかったそうです。
だからこそ、私にもっと勉強してほしかったのでしょう。
祖父の口癖から、若いころに苦労した情景が思い浮かびます。
祖父の人生が、口癖として表現されているのです。
あなたの親の口癖は、何ですか。
その口癖が、あなたの親の教訓です。
私は子どものころ、父の仕事現場を見たことがあります。
見せてもらったときは、仕事が終わった後だったので誰もいませんでしたが、実際に父が仕事をしている机を生で見たのです。
父にはいつも自分が仕事をしている部屋と机を見せただけなのでしょうが、私にとってこれは大切な出来事でした。
私の父は、いつも仕事で忙しく、あまり家にいません。
そのため、父の仕事現場は見たことがなかったのです。
父が仕事をしている部屋と机を見たときに、今まで私の中でもやもやしたイメージがはっきりしたのです。
「いつもここで仕事をしているのか。この机に座って仕事をしているのか」と、頭の中で父の働く姿が想像できるのです。
親が子どもに働いている姿を見せるのは、子どもにとってとても大きなことなのです。
子どもは、将来必ず大人になります。
そのとき、どう仕事をすればいいのか、どういう大人になればいいのか、いちばんの手本になるのは、自分の親の働く姿なのです。
ベストなのは、親と一緒に現場で働いてみると、理想的です。
想像できるだけでなく、体験できます。
大人になるための下準備は、できるだけ早くに知ってもらい経験してみることが大切です。
なかなか親は、自分の仕事を見られることを恥ずかしがるようです。
しかし、将来の子どもの自立を考えれば、役立つ経験です。
親が働く姿を見せることは、勉強や塾、習い事より、よほど子どもの成長に結びつくことなのです。
仕事中に自分の肉親が叱られている姿でもいいのです。
叱られている姿も、子どもには決して学校では教えてくれない貴重なことなのです。
私が生まれて初めて自分の部屋を持ったのは、小学校の高学年になったときでした。
それまでは、ずっと妹と同じ部屋で勉強をしていました。
寝るときも、両親と妹と私とで寝る形でした。
1人だけの空間は、まだありませんでした。
子どもはまだ幼いころは親と一緒にいたがりますが、思春期あたりから1人の時間を持ちたがります。
これを世間では「プライベート」と呼びます。
今まで親と一緒にいたがっていた子どもが、思春期を迎えたくらいから手のひらを返したかのように1人になりたがります。
私の場合、小学校の高学年ごろから「プライベート」を持ちたくなりました。
親と相談した結果、親は自分の部屋を持つことを許してくれました。
妹は1階にある1室を与えられ、私は2階にある1室を与えられました。
今まで妹と一緒に使っていた2段ベッドを上下切り離して、上側は妹に与えられ、下側は私に与えられました。
私1人だけの部屋を持つようになってから、部屋の管理はすべて自分でさせられるようになりました。
私にとって、今の自己管理能力が備わってきた原点は、ここにあります。
何を、どこに、どう置くか。
自分にとって快適な空間をつくり上げるために、私は知恵を振り絞ります。
最初は、部屋がめちゃめちゃに散らかっていました。
今まで、ずっと親がやってきた部屋の管理を、これから自分一人で任せられると、最初はなかなかうまくいかないのです。
自立するために子どもにしてもらいたい経験は、この「知恵を絞り出す経験」です。
最初はうまくいかなくても、子ども本人にやらせてみることで、子どもは自分の部屋のために、知恵を絞り出そうとします。
「どうすればいいのかな」と、自問自答するのです。
自己管理能力は、才能ではありません。
自分で養うものなのです。
子どものころに与えられた部屋が、子どもの自己管理能力を鍛え上げるのです。
今、子離れできていない親が増えています。
「親離れ」という言葉があります。
子どもが親元を離れ、自立して生きていこうとすることです。
しかし、大切なことを見落としているほうが多いです。
子離れです。
親と子の関係で、まず離れようとするのは、ほとんどが子どもからの場合です。
子どもは思春期のころから、自分のプライベートを持ちたがり、自分の個性を確立させていきます。
自分から進んで興味を示し、進んで行動します。
ある人は都会に出たいと恋い焦がれるし、ある人は自分の部屋を持ちたい、一人暮らしをしたい、と思います。
その結果、若いときに親元を離れ、自分で自立しようとします。
私が高校時代にやっていた体操部には、女の子のマネージャーが1人いました。
彼女は、田舎からやってきた子でした。
高校は愛媛の中心街に近い場所にありましたが、彼女の実家は、愛媛の山奥にあります。
市や町ではなく、村なのです。
高校に入るときに、愛媛の都会の方に1人で出てきて、一人暮らしをしていました。
私は学校の帰りに、部屋を見せてもらったことがありました。
小さな部屋でしたが、きれいな部屋で整理整頓されていました。
私は「すごい」と思いました。
高校1年の女の子が、1人で生活するのは、なかなかできることではありません。
私が高校1年のときは、まだ甘えて親と一緒に暮らしていたため、1人で生活している彼女が大人びて見えました。
次に驚いたのが、彼女の親です。
高校1年の女の子の一人暮らしを許してくれる親は、なかなかいません。
彼女の勇気も素晴らしいですが、親の勇気も素晴らしいと感動しました。
普通の親なら、心配で反対しているところです。
しかし、それを許してくれる親は、子どもの自立のため、子離れできている親なのです。
往々に親は「子どもは、いつまでもそばにいてほしい」と願います。
そのため最近は、子離れできていない親が増えています。
過保護の家庭が増え「マザコン」「ファザコン」という現象が起きています。
子どもの自立を本当に願うなら、親は、子離れが必要です。
子離れしなければ、いつまでも子どもは自分で立てるようになれないのです。
子どもが将来大人になるために、できるだけ小さいころから、お金について勉強することが大切です。
「子どもが使うと無駄遣いをして、すぐ使い果たすだろう」と思う親がいます。
そんなことはありません。
むしろ子どもにお金の失敗を経験をさせることで、お金の勉強ができるのです。
お金で苦しい経験をしておかないと、大人になってから苦労します。
私の家庭では、誕生日にもらったお金やお年玉、お小遣いなどは、すべて自分だけで管理を任されました。
まだお金のことをよく知らない子どもにとって、大金を任されるというのは大きなことです。
まず私は、通信販売にまんまとのめり込みました。
「字がきれいになるペン字講座」や「痩せるための薬」など、かなり試しました。
親はそれを見ながら「あんた、また無駄遣いして。そんなの効くわけがないでしょ」と言います。
小さい子どもである私は、書いてあることは何でも信じてしまっていました。
どのくらいお金を使ったのでしょう。
数十万のお金が飛んでいきました。
しかし、その数十万に見合うだけの効果は、得られませんでした。
ただし、数十万に見合うだけの「金銭的な痛み」は味わいました。
母の言った「そんなの効くわけがないでしょ」が、そのときになって初めてわかります。
私にとって、小さな子ども時代に数十万のお金の痛みを味わえたことは、貴重な経験でした。
金銭感覚は、本をたくさん読んでも身につきません。
金銭感覚は、金銭を使って磨くしかないのです。
私の親は、実際に子どもにお金を持たせることで、あえてお金で失敗させて、金銭感覚を磨いてほしいと思っていたのです。
子どもからお金を取り上げずに、わざとお金を持たせて痛い経験をさせていたのです。
私の妹は、母の料理姿の影響で小さいころから料理に手をつけていました。
子どものころの影響は、まず親から受けます。
今では妹はとても料理が上手になり、母より上手になってしまっているくらいです。
妹は小さいころ、まずお菓子づくりから始めていました。
子どもにとって、大好きなお菓子を自分でつくるのは、つくるだけでなく食べる楽しみもあり、余計に行動力を促します。
クッキーやケーキが、朝の食卓に並んだこともありました。
私の親は、喜んで妹の作ったお菓子を朝食の代わりにして、妹を褒めていました。
朝から、甘いものを食べる親もすごい。
せっかくつくってくれた娘のお菓子を残したくない、と思っていたのです。
親は、褒めることで妹を教育していました。
私は「褒めること」には大きな力があるなと実感しました。
褒められると、今までやった苦労が一気に吹き飛んでしまう力があります。
どんなにつらくても、やったことを誰かに喜んでもらえると、やりがいを感じることができるのです。
最近の子育てでは、押し付ける親が多いことに驚きます。
「あれをやりなさい。これをやりなさい」と、押し付けます。
できなければ叱る。
これでは、子どもは喜びを感じることができません。
やりがいも感じることができません。
ちょっと方法を変えて、子どもを「叱る教育」から「褒める教育」に変えればいいのです。
子どもがやったことを「何てことをするの!」から「すごいね。よくできたね」と褒めるだけで、子どもは喜んでまた行動します。
行動が成長につながっていくのです。
子育ては、難しそうですが、実は褒めるだけで良かったのです。
大人になるために必要なことは「教えてください」と聞く力です。
大人になるにつれて、自分が強くなっていくことも大切です。
ですが、それだけでなく、どれだけ周りの人たちに聞けるようになるかが、社会に出て生きていくためには必要不可欠なことです。
私はコンピューターの仕事をしているため、わからないことにしょっちゅう出くわします。
そうしたとき、1人でずっと何日間も悩んでいたことが、同僚に一言聞いて一瞬で解決してしまうことがあります。
「今まで悩んでいた時間はなんだったんだ。最初から聞けば良かった」と思います。
私の心のどこかで「人に聞くと自分が弱くなる。プライドが許さない」という思い込みがあったのです。
人に聞くことは、弱いことではありません。
むしろ人に聞くことができない人のほうが、弱い人なのです。
日本のことわざに「聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥」という言葉があります。
知ったかぶりより「知りません。教えてください」と聞ける人のほうが、長期で見て成長します。
自意識過剰になりすぎず、いろいろな人からの意見を素直に受け止めることが、成長につながっていくのです。
中学2年生のときに、私はマラソン大会に出場しました。
マラソン大会に出場するのは、代表者でもなく、成績優秀者でもなく、希望者でした。
私は自分から進んで希望し、マラソン大会に出たことがあります。
私は、マラソンは速くはありませんが、挑戦してみたい気持ちがあり、自分から希望して出場しました。
今考えると、よくもまあ自分から希望したなと思います。
実際に走り始めたとき、そのマラソン大会での出場者は県レベルの強豪ぞろいであることに気づきました。
私はそんなことも知らず、のこのこマラソン大会に出てしまっていたのです。
結果はもちろん、最悪でした。
最下位はもちろんのこと、それも圧倒的な最下位でした。
母はそのときに応援しに来ていました。
最下位の結果しか出せなかった私は、母にどんな顔をしていいのか、わかりませんでした。
最下位の結果でぼろぼろだったのに、母は私に何も言いませんでした。
帰りの車の中でも沈黙でしたが、私の頭の中はたくさんのことを考えていました。
「なぜあれほど遅れたのか。最初にペースを上げすぎたせいかな。出場すべきではなかったかな。母はどう思っているだろうか」
ずっと考えていました。
最下位という惨めな結果だったため、余計に考えていました。
それでも母は、私に何も話しかけませんでした。
というより、母はわざと話しかけないでいてくれたのです。
母は、私が考え、反省し、学び取る時間をあえて邪魔しないでいてくれたのです。
普通だったら「何をやっているの。かっこ悪い。もっと速く走れるようになりなさい」と、言われてしまうところです。
しかし、母は何も言いませんでした。
逆に、そのおかげで私は「自分で自分のことを考える」が、できていたのです。
この自分で自分のことを考える時間は、貴重な時間です。
「自立」という字が「自分」で「立つ」と書くように、自分で自分のことを考えるようにならなければ、自立にはつながりません。
本当の先生は、お父さんお母さん、学校の先生ではありません。
自分なのです。
母は何も言わず、自分で自分のことを考える余裕を与えてくれていたのでした。
今、あの沈黙は母の優しさだったのだなと、気づいているのでした。
今は亡き、ケネディー大統領は、歴史に残る人物の1人です。
伝記によると、ケネディー大統領の幼少期は、親のしつけが厳しかったといいます。
特に、厳しかったのは、勝負に対してだったそうです。
ケネディー家では、親からのしつけは「勝ったか負けたか」ではなく「全力を出し切ったかどうか」を大切にしていました。
けんかで負けて帰ってきたときも、全力を出し切って負けたなら、親は逆に褒めてくれたそうです。
子どもに対するしつけ方には、たくさんのしつけ方があります。
いろいろなしつけ方があり、どれが本当に良いしつけ方なのか迷ってしまいます。
たくさんのしつけ方があるように思えます。
しかし、実は、1つしかないのです。
子どもが全力を出し切るように、育てるだけでいいのです。
「ああしなさい、こうしなさい」と言っても、子どもですから一度にたくさんのことは覚えられません。
それより「全力を出し切りなさい」というほうが、子どもにとって受け入れやすい教育です。
全力を出し切ることさえ頭に入っていれば、子どもがいろいろな工夫をし始めます。
抽象的な指示のようですが、実は子どもにはわかりやすく、取り組みやすいアドバイスなのです。
勝ち負けにこだわるのはやめましょう。
勝ち負けより、全力を出し切ることを心がければ、自然と結果がついてきます。
子どもへの教育は「全力を出す」、たったそれだけでいいのです。
子育てをしているお父さんお母さんに、良いお知らせです。
子どもの可能性を広げる、魔法の言葉があります。
「大丈夫」という一言です。
「大丈夫」とは、希望を与え、可能性を広げるおまじないです。
「大丈夫」という言葉を子どもに伝えるだけで、子どもは将来に希望を持ち、可能性がどんどん広がります。
「何かをしたい」と子どもが訴えるときには、親は現実的なアドバイスをする必要はありません。
子どものやりたいことには、すべて「大丈夫だよ」と答えるだけで、子どもの目は輝き始めます。
私には小学低学年のころ「機械博士になりたい」という夢がありました。
機械が大好きでたまらなく、ロボットをつくるような仕事がしたいなと思っていました。
ある日、親に「将来は、ロボットをつくりたい」と言うと「大丈夫。きっとできる」と言ってくれたことが、今でも忘れられません。
「大丈夫」というたった一言で、私は希望が持てたのです。
子育てが苦手な人は、子どもの話に否定的な答えをしてしまっています。
子どものやりたいことに「できるわけがないでしょ」と否定的なことを言ってしまうと、それだけで子どもはしょげてしまいます。
何もわからない子どもだからこそ、親の言葉を本気で受けてしまうのです。
親は子どもの夢に「大丈夫だよ」と答えることにしましょう。
その一言で、子どもの可能性が広がります。
自立できる人間になるためには、他人に教えられるだけでなく、自分で自分のことを考えられるようになることが重要です。
世の中には、いろいろなジャンルの先生がいます。
数学の先生は、数学を教えてくれます。
理科の先生は、理科を教えてくれます。
会社の先輩は、仕事について教えてくれます。
しかし、あなたのことについては、誰も教えてくれません。
あなたのことは、あなただけにしかわからないことだからです。
あなたのことは、あなたが考えることです。
自分で自分のことを考えることができる人が、大きくなります。
人を教育するとき、与えられた指示を的確に処理できる人が、優秀な人だといわれています。
しかし、さらに大切なことは、自分のことを考えることができている人です。
他人の判断ばかりを頼りにするのではなく、時には自分で決めて、自主的な行動をしてみることで、考える力が身につくのです。
私の母は「学生の仕事は勉強だ」と、昔からよく言っていました。
はがきを出すときや自分の個人情報を書くときに、よく「職業」と書かれている欄があります。
私が子どものころは、もちろん何も仕事をしていませんから、この項目はいつもなんて書けばいいのかを悩んでいました。
そこで母に「仕事の欄はどう書けばいいか」と聞くと「勉強と書きなさい」と言っていました。
学生時代の仕事は、勉強をすることです。
学生時代に、無理をして仕事をする必要はありません。
仕事は社会に出れば、朝から晩まで嫌というほどさせてくれます。
勉強は、学生時代にしかできない、学生の特権なのです。
子どもには、学生時代は好きなだけ勉強をさせてあげましょう。
学校だけの勉強に限らず、本人がやりたいと言っている習い事でもかまいません。
どんどん頭の中に知識を詰め込むことは、将来につながります。
朝から晩まで勉強することは、子ども時代にだけは許されています。
いったん社会に出れば、びっくりするくらい勉強する時間がありません。
勉強したくても、勉強する時間がもうないのです。
宿題や仕事には「これで終わり」という区切りがあります。
「ここまでやれば、終わり」「これができたら終わり」という区切りです。
しかし、子どもの勉強には「これで終わり」はありません。
「これで終わり」なんて表現を子どもに使ってしまうと、どんどん子どもの行動が小さくなります。
「これで終わり」という表現は、そもそも「やらされていること」に対して、使います。
学校の宿題では「10ページから20ページまで予習しなさい」といわれます。
仕事では「この仕事を、来週までに仕上げなさい」と、上司からの命令があります。
これらはすべて、やらされていることに対してです。
子どもの可能性をどんどん広げる育て方には「これで終わり」をしてはいけないのです。
子どもは、自分が好きなことは容赦なくどんどん自分から飛びついていきます。
飛びつくくらい好きな勉強は、底なしです。
すればするほど、好きになってしまい「これで終わり」がないのです。
唯一「これで終わり」と子どもが使うのは、学校の宿題くらいです。
やらされていることに対しては、すべて「これで終わり」という、消極的な答えになるのです。
「これで終わり」の教育を止めるだけで、子どもは積極的になります。
「これで終わり」という口癖をやめましょう。
「これで終わり」の代わりに「好きなだけやりなさい」にすればいいのです。
私の家庭では、いつも「好きなだけやりなさい」という教育を受けてきました。
私は昔から機械が大好きでしたから、父が仕事場からもってかえる部品を使って、いろいろやってみました。
回路をつくろうとしたり、分解してみたり、回路同士をつなげて電気を流してみたり、いろいろなことをやっていました。
しかし、母は「もうやめなさい」と言いませんでした。
代わりに母は「好きなだけやりなさい」と言ってくれました。
好きなだけやりなさいといわれると、心置きなく本当に好きなだけやってしまいます。
しかし、そのおかげで私は早くから機械系には慣れ親しむことができていました。
今、私はシステムエンジニアという、仕事に就いています。
子どものころにやってきた機械の延長をしている仕事です。
子どものころ、好きなだけやったおかげで得意になり、今ではそれで食べていくことができています。
「これで終わり」というのは、限定であるのに対し「好きなだけやりなさい」は無制限です。
特に自分の好きなことに「これで終わり」があると、悲しいものです。
好きなことに、終わりを設けてはいけません。
好きなことだからこそ、どんどん突き詰めるのです。
人には、長所と短所があります。
初めから、得意な長所があるのではありません。
人一倍、どんどん突き詰めていった結果、得意になって長所になるのです。
子どもの長所をどんどん伸ばしてあげるには「好きなだけやりなさい」と言えばいいのです。
子どものころには、ウルトラマンになりたいとか、アンパンマンになりたいという希望があります。
私の、子どものころの夢は、アニメ『キテレツ大百科』のキテレツになることでした。
昔から機械が大好きだったこともあり、キテレツの発明に強い憧れがあったのです。
私がキテレツになりたいといっている反面、私の両親は決して「何になりたいのか」という聞き方はしませんでした。
代わりに「何がしたいのか」と、聞いてきます。
「キテレツになりたい」と答えると「キテレツになり、何がしたいのか」とさらに深く聞いてきます。
たしかにキテレツになりたいという夢だとすれば、キテレツになった時点で夢は終わりです。
夢が終わりになっては、生きがいも終わりになります。
両親は、私が幼いころから、やりたいことをいちばんに考えてくれている両親でした。
やりたいことをやるから、やる気が出るし、集中力もつきます。
困難にぶち当たっても、本当にやりたいことなら、根気でなんとか切り抜けようとします。
両親は「何になりたいか」より「何がしたいのか」に重点を置いていたのです。
今は、核家族化が進み、おじいちゃんおばあちゃんも含めた家族一同での「家族旅行」が少なくなっています。
そのうえ、ストレスに満ちた社会になってきてしまい、家族一同が顔を合わせる機会は、なかなか持ちにくくなっています。
しかし、いくら家族が忙しいからとはいえ、私は家族旅行には大賛成です。
家族旅行では、日常ではお目にかかれない親の意外な一面を見ることができ、子どもにはとても良い勉強になります。
私の家庭では、よく家族旅行を子どものころからしていました。
計画を立てて旅行するときもあれば、泊まる宿は現地で探すというぶっつけ本番のような旅行もあったりしました。
新しい土地というのは、いくらガイドを読んでも、実際に行くと思ったより大きな刺激です。
どう行けばいいのかわからないときには、どうするのでしょうか。
どのような所なのか知りたいときには、どうするのでしょうか。
そんなとき、私はいつも親の行動を思い出します。
子どもである私は、人一倍新しい土地には弱気になっています。
そんなときの対処法は、戦場です。
必要な物は、自分で手に入れ、知恵を絞って、できないことをできるようにします。
そんなことは、誰にも教えてもらいませんでした。
ただ、親の姿を見て「なるほど、こうすればいいのか」と知恵を学んでいきます。
すでに自立できている親の姿こそ、最高の手本です。
子どもに自立してもらいたいと思うとき、まず親が自立できていないといけません。
自立できていない親からは、自立した子どもは難しいです。
家族旅行は、親の自立した姿を表現できる絶好の機会なのです。
世紀の大発明家、トーマス・エジソンは、小学校を3カ月でやめてしまいました。
にもかかわらず、エジソンは、世界の大発明家といわれるほどに、活躍してきた人物です。
エジソンが生涯に取った発明の特許は、1,000以上にも及びます。
普通は、1つ特許を取るだけでも大変なことなのに、1,000以上の特許を取得しているエジソンは、まさに天才です。
エジソンが大発明を実現できた理由は、エジソンが「自問自答」できる人間だったからです。
「できなかったのは、なぜなのか。できなければ、ほかの方法を考える」と、自分に問いを投げかけ、自分で解決します。
エジソンの素晴らしい点は、自分に対して問題をつくり出してしまうところです。
彼は、学校へ行かなかったため、基礎的な勉強は、母から学ぶことになりました。
エジソンの母の育て方は、母自身がエジソンに教えるのではなく、自分で考えさせる教育だったそうです。
エジソンが、自問自答の力を身につけていった理由は「考えさせる教育」にあります。
学校の数学の問題も、問題の解き方がわからないときには、2通りの人間にわかれます。
一般に受験勉強に有効なのは、わからない問題はすぐ答えを見て、解き方を覚えるほうが、受験には強いです。
受験勉強の問題には、試験範囲がありますから、問題の解き方も限りがあります。
解き方さえ覚えてしまえば、受験勉強では効率よく対処できるようになるのです。
しかし、本当に考える力をつけたいときには、一生懸命、わかるまで考えるほうがいい。
数学には公式がありますが、その公式がどうやってできたのかなんて普通は考えません。
しかし、公式の意味まで考える人が、本当の考える力をつけることができます。
自分で問題を出し、自分で考える人は、エジソンのように考えることができる人になれるのです。
私たち人間は、生まれてすぐ親に面倒を見てもらいます。
生まれたばかりの赤ちゃんは、本当に何もできないからです。
食べること、寝ること、着替えなど、赤ちゃんは何もできませんから、すべて親がやります。
食べさせ、寝させ、着替えさせます。
まだはっきり目も見えない、言葉も話せない、立つこともできない赤ちゃんには、面倒を見てもらう必要があります。
誰でも最初は、完全に親に面倒を見てもらう状態です。
しかし、ここでひとつ、気をつけたいことがあります。
ある程度、赤ちゃんから子どもへと大きくなると、親は2通りにわかれます。
将来子どもが自立できるようになるためには「外の世界に揉まれて免疫力をつけようとする親」になる必要があります。
自分の子どもがかわいいからとはいえ、いつまでも温室の中で育てていては、強く育ちません。
温室育ちだからこそ、つらい外の世界に出てもらって免疫力をつけていくことが大切なのです。
私にとって初めての外の世界は、留学先のアメリカでした。
私は高校を卒業してから、少し浪人を経験した後、思いきって留学することを決意しました。
決意したとき、もちろん親に相談しました。
突然の留学を志す話に、もちろん家族会議が始まりました。
父は優しく許可してくれました。
当たり前に考えると、子どもを1人で海外にやるというのは、心配なことです。
留学先では、お金も言葉も文化もまったく異なります。
すべて初めての経験ばかりになってしまうため、自分からトラブルの中へ飛び込んでいくようなものです。
それでも、私の親は許可してくれました。
親の話によると「大変な世界ほど強くなれる」と言ってくれました。
許可してくれたのは、私の成長を思ってのことです。
このときの親の決断には、本当に感謝しています。
日本のことわざに「かわいい子には、旅をさせよ」という言葉があります。
かわいい子だからこそ、あえてつらい経験をさせてあげる意味です。
大事な子とはいえ、いつまでも温室の中で生活していては、社会で生きるための免疫力をつけることができません。
かわいい子だからこそ、思いきって旅をさせて、強くなってもらうことが大切なのです。
つらいことがあって耐え切れなくなったとき、そのストレスは涙として、体外へ排出されます。
涙は、ストレスの塊です。
子どもにつらいことがあったときには、思いきり泣かせてあげましょう。
涙を流すと、自然とすっきりした気分になります。
涙を流すとすっきりした気分になるのは、涙を流すことでうまくストレスを吐き出すことができているからです。
子どもに泣くことを許してあげると、うまくストレスを吐き出せるようになります。
ときどき子どもが泣くことを許さない親がいます。
もちろん泣かない我慢も、時には大切です。
しかし、泣くときにはしっかり泣かせてあげることで、子どもは健全に成長します。
私が留学中に出会った女の子で、強い女の子がいました。
1人で行動して、1人で考え、1人でなんとかする、強い女の子です。
たまたまその子と同じクラスでした。
私はその子に、授業でたびたび助けてもらっていました。
同世代ということもあり、仲が良くなって、親しくなるにつれて、あることに気づくようになりました。
彼女は普段、強いのですが、実は泣くことを我慢していただけです。
仲良くなって彼女の日常の話を聞くと、本当は結構泣き虫であることに気づきます。
あるとき、電話中に泣かれたこともあります。
部屋で一緒に話をしているときに、泣かれてしまったこともありました。
しかし、彼女は普段はとても強いのです。
彼女は泣くことで、日頃のストレスを発散し、また元気になるというサイクルを繰り返していました。
そのサイクルを繰り返すことで、余計に彼女は強くなっていったのです。
自分に大きな負荷をかけ、ストレスは涙で吐き出すというサイクルを確立できていました。
どんどん困難に立ち向かい、強くなり、涙も流すサイクルなのです。
私は「涙を流すのは悲しいときだけではないのだな」と思いました。
彼女は、涙という形でストレスがうまく吐き出せたら、またいつものように元気になります。
以前より免疫力を持った状態で、さらに強くなるのです。
強くなるときには、まず失敗にぶつかっていきましょう。
失敗して、倒れてしまっても悪いことではありません。
しっかり起き上がることができればいいのです。
起き上がるときには、倒れる前より強くなるのです。