私は田舎出身で自由奔放な環境だったこともあり、ペットはさまざまな種類を飼ってきました。
実は、そのペットの多くは、ペットショップで購入した動物ではありません。
なんと、拾ってきた動物たちです。
運命の出会いとは、人との出会いだけの話ではありません。
ペットとの出会いも、運命があります。
地球上には、何十億もの人間がいます。
ペットを飼うとき、親に大反対された経験はありませんか。
私はあります。
それも数え切れないほどあります。
私は、今回犬についての執筆をしようとしたとき、どのカテゴリーにしようかと思いました。
HAPPY LIFESTYLEでは、大きなカテゴリーを設けて、作品の内容ごとに適切なカテゴリーに入れています。
『「ペット」については、どのカテゴリーにしようかなあ』
ペットと暮らし始めて変わったのは、生活スタイルです。
飼い主が親とすれば、ペットは子どもと同じ扱いです。
養う対象が増えることで、何かと気になることが増えます。
ペットを飼うのは、大きなインパクトがあります。
人生へのインパクトです。
ペットの種類は問いません。
ペットを飼い始めると、自分が飼い主になるということですね。
命を預かり、養う対象ができます。
ほうってはおけない存在ができる。
人間の場合、ある程度、自分の運命は自分で決められます。
何を食べるのか。
どこに住むのか。
ペットとの心の距離感は、表現を変えると自然と近づけます。
「表現」は重要です。
軽々しい言い方を使っていると、軽々しいペットに思えますが、人間と変わらない表現を使えば、人間のような感覚が出てきます。
あらためて考えると、神秘的なことがあります。
これまで犬・猫・モルモット・インコなど、さまざまな動物を飼ってきましたが、どのペットにも共通していることがあります。
動物園に行き、さまざまな動物たちを見るとき、多くの動物たちにも共通していることがあります。
犬が、猫と出会うと、目を見ます。
猫がカメと出会うと、同じように目を見ます。
人間も、あらゆる動物を見るとき、まず目を見ます。
ペットを飼い始めるやいなや、真っ先に犯してしまいがちな間違いがあります。
それは「人間の都合で餌を与えてしまう」ということです。
自分はチョコレートが大好物だから、ペットもおいしく感じるに違いないと思って、同じものを与えてしまう。
ペットを飼い始めてまず勉強するのは「餌について」です。
「大好物の餌」と「与えてはいけない餌」については、ペットの健康や体調に直接つながることです。
ペットの種類によって、食は全然違います。
ペットを飼い始めたら、まず勉強です。
適当に育てて、うまく育つのはまれです。
たいてい育て方に失敗して、逆に苦しめてしまいます。
ペットについて勉強すると、親近感がさらにわくようになります。
人間とは違った生活習慣や生活サイクルがあります。
それをきちんと知って理解するためには、ペットの本を買って勉強することが必要です。
私は人と一緒にいると、気を使ってしまうほうです。
気の合わない人と一緒にいると疲れるのは当然ですが、気の合う人とでも「気分を害さないように」と多少気を使ってしまいます。
人と一緒にいると、つい顔色をうかがってしまい、そんな自分に疲れてしまいます。
私は休日、1人で動物園に行くことがあります。
1人で動物園に行くのも珍しいと思います。
特に、東京の上野動物園にはよく行きます。
部屋の中で犬や猫を飼っていると、一般的に部屋が散らかりやすくなります。
無造作に部屋のものをめちゃくちゃにして、しかも一切、片付けをしてくれません。
散らかして、ほったらかしにしている様子を見ていると「飼い主を困らせているのではないか」と思うこともあるでしょう。
ペットを飼い始めると、自分の時間が少なくなります。
恋人がいない人がペットを飼うと、人付き合いに割ける時間が少なくなるので、余計に恋人ができにくくなるような気がします。
あなたの知り合いにペットを飼っている人はいませんか。
「どうしたの? 何かいいことあった?」
ペットを飼うと、そんなことを友人から言われるようになります。
人が変わったかのようになります。
ペットが部屋を走り回って散らかしたり、いたずらをしたりすることがあります。
おしっこをもらしたり、部屋のかどを噛んだりなどです。
ペットがいたずらをするのは、飼い主へのメッセージです。
ペットが大好きな人は、熱心に世話をしたり、面倒を見たりすることでしょう。
最低限、餌を与えたり掃除をしたりすれば、ペットは育ちます。
しかし、問題なく育っているけれど、何か物足りなさを感じていませんか。
「この子といると癒やされそうだ。よし、家で飼うことにしよう」
よくありがちなペットを飼い始めるきっかけですが、あまりいい動機とは言えません。
いきなり最初から「見返り」を求めているからです。
「ペットを癒やしてあげよう」という気持ちで接すると、自然と自分が癒やされます。
実家で飼っている犬のクッピーの頭をなでてあげると、喜びます。
犬なのに、目を半開きにしながら「癒やされるよ」という表情をします。
ペットは、所有しているものに執着しません。
過去を振り返ったり、未来を案じたりしません。
誰かと比べることもありません。
総じて、飼い主にはしっかりした人が多いと思います。
よくペットを飼っている人たちに出会うことがありますが、皆さんしっかりしています。
犬を飼っている人は、毎日欠かさず定期的に散歩をしています。
私がペットを飼っているときの楽しみの1つに「ペットの理解できない行動」があります。
どんな動物にも、理解できない行動があります。
人とペットとでは生物的に大きく異なるため、人間からすると、理解ができないだけです。
ふとした拍子に、ペットのしっぽを踏んでしまうことがあります。
うっかり餌をやり忘れることがあります。
ぼうっとして、踏んづけてしまうことがあります。
生まれたばかりの赤ちゃんは、言うことを聞いてくれません。
まだ、親の言っていることが理解できないからです。
言っていることが理解できませんから、言うとおりにしてくれなくて当然です。
ペットを育てるマニュアルには、基本的なペットの育て方が記されています。
まだペットの育て方というものをよくわかっていないときには、穴が開くほど読んで、ペットを学ぶことが大切です。
私もペットを飼う際に、マニュアル本には大変お世話になりました。
私は田舎出身で自由奔放な環境だったこともあり、ペットはさまざまな種類を飼ってきました。
実は、そのペットの多くは、ペットショップで購入した動物ではありません。
なんと、拾ってきた動物たちです。
「田舎は何もない」とよく言われます。
そういうとき、私はいつもこう言い返します。
「都会にはない自然と野生動物たちがいる」と。
たしかに田舎であるほど何もない。
その代わり、色鮮やかな自然があふれ、野生的な動物たちがたくさんいます。
自然がそのまま残る田舎であるゆえに、道端を歩いているだけで、いろいろな動物と出会えます。
学校の帰り道、野良犬や野良猫がいたりするのは日常茶飯事です。
大きな野良犬なら怖くて逃げたりしますが、生後間もない子犬だったりすることもあります。
子猫が道端にいることもあります。
おなかをすかせて今にも死にそうな子犬や子猫がいると、ついほうっておけなくなり、持ち帰ってしまいます。
応急処置のつもりでしたが、だいたいそれがきっかけで飼い始めてしまいます。
近くにある池で遊んでいたら、カメが泳いでいたので、拾ってきて家で飼ったこともあります。
どこから逃げてきたのか、ニワトリが道端を歩いていたこともあります。
田舎は、不思議な世界です。
何でもありです。
そんなまか不思議な田舎環境だったせいで、動物には親しんでいるほうだと思います。
特に小学校6年間は、いつも家で何かを飼っていました。
同時に複数のペットを飼ったこともあります。
これまで飼ってきたペットといえば、本当に多種多様にわたります。
犬・猫・ウサギ・ニワトリ・カメ・モルモット・インコ・スズメ・魚など、かなり多くのペットを飼ってきました。
こうしたさまざまな動物と触れる機会を与えてくれる田舎は「素晴らしい」と思います。
「田舎出身で良かったな」
私は今、田舎という素晴らしい環境出身であることを誇らしく思えます。
そうした動物たちから学んだことや感じたことをまとめてみようと思ったのが、今回、筆を執り始めたきっかけでした。
運命の出会いとは、人との出会いだけの話ではありません。
ペットとの出会いも、運命があります。
地球上には、何十億もの人間がいます。
もちろんすごい量の人がいますから、すべてと出会えるわけではありません。
あなたがこれまで数十年間に出会った人は、かなりの人数になるでしょう。
しかし、かなりの人数とはいえ、地球の総人口から見れば、ごく一部です。
たまたまあなたの目の前にその人が現れ、話すきっかけが生まれ、自然な流れから友人関係になる。
異性なら、交際に発展することもあるでしょう。
たいていの場合は、こうした流れのはずです。
いつ、どこで、誰と、何がきっかけで出会えるか、誰もわかりません。
1つ言えるのは、出会った人はすべて奇跡的だということです。
あなたと誰かが出会えるのは、低い確率。
だから出会いは素晴らしい。
ペットもそうです。
ペットも地球上にたくさんいて、すべてと出会えるわけではありません。
生きている間に出会える動物たちはたくさんいることでしょうが、地球上にいるすべての動物たちから見れば、本当にごく一部です。
たまたまあなたの目の前に、その動物が現れただけでもすごいことです。
デパートで何気なく立ち寄ったペットショップで、電気のような衝撃が走って出会うことがあります。
いつもなら「かわいいな」で終わるところを、妙に親しみのある視線を感じて、ほうっておけなくなることもあるでしょう。
ペットとの出会いは、出会おうと思って出会えるものではありません。
たいていの場合、ある日、突然です。
たまたま寄り道をした道で、たまたま捨て猫を見つけてほうっておけなくなることもあります。
拾ってきた子猫でもいい。
あなたの目の前に現れたということは、もしや神様が出会わせてくれたのかもしれません。
それは神様が「助けてあげましょう」と出会わせてくれたのかもしれない。
それもまた、運命です。
すべての出会いは、素晴らしいことです。
出会えたことに感謝。
その出会いを、大きく広げ、深く掘り下げ、ペットとの新しい未来が始まるのです。
ペットを飼うとき、親に大反対された経験はありませんか。
私はあります。
それも数え切れないほどあります。
小学生のころは実家で家族と一緒に暮らしていたので、ペットを飼い始める前には家族の許可が必要でした。
学校の帰りに、たまたまかわいい捨て猫がいて、かわいそうだから家に連れて帰ると、母に大反対されました。
「元の場所に戻してきなさい!」
飼ってもいいという返事が返ってくることは、まずあり得ませんでした。
猛烈に大反対されます。
ペットを飼うというのは、そもそも反対されます。
面倒もお金も時間もかかります。
親が許可してくれるかどうかが問題ではありません。
そういうとき、あなたの情熱が試されている瞬間です。
しかし、ここからが勝負です。
私はいつも何時間も親を説得に入ります。
一生懸命に世話をすることを約束したり、飼いたい熱い気持ちを訴えたりしました。
それが何時間にも及ぶこともありました。
親がなぜ怖い顔をして「ダメ」というのか考えたことがありますか。
親はダメと言いながらも「本気で飼うつもりはあるのか?」と厳しいチェックをしています。
「ダメ」と言われて「はい」とあっさり引き下がるようでは、ペットへの愛情もその程度ということです。
「どうしても飼いたい!」
「一生懸命に面倒を見るから許して!」
「どうしてもほうっておけない!」
涙を見せ、何度もしつこくお願いをすれば、そのうち親は理解を示してくれるはずです。
理解をしてもらえるくらいに、情熱を見せてください。
必死の説得はあって当たり前です。
ペットを飼い始める前にある、最初の登竜門なのです。
私は、今回犬についての執筆をしようとしたとき、どのカテゴリーにしようかと思いました。
HAPPY LIFESTYLEでは、大きなカテゴリーを設けて、作品の内容ごとに適切なカテゴリーに入れています。
『「ペット」については、どのカテゴリーにしようかなあ』
本屋でペット関連の書籍を探すと、たいてい「生活関連」のカテゴリーに本が置いてあります。
それにならってHAPPY LIFESTYLEでも「生活関連」のところに配置しようかと思いましたが、やめました。
何かそれはペットに対して失礼である気がしました。
では、どこにしたのかというと、やはり「家族」のカテゴリーです。
ペットといえば、家族という印象が強い。
家族といえば「人」というイメージが強いですが、人だけとは限りません。
人と一緒に暮らし始めたら、もはや家族も同然です。
1つ屋根の下に、新しい命が加わります。
命に種類は関係ありません。
ペットのような言葉のわからない小動物でも、十分家族といえるのではないでしょうか。
適当に餌をやるのではなく、ペットの体調や性格によって、量を調整したりする必要も出てきます。
親が子どもを養うように、飼い主もペットを責任もって養う必要があります。
ペットとして一緒に思い出をつくることもあるでしょう。
あらゆるペットは、飼い始めれば、家族の一員なのです。
ペットと暮らし始めて変わったのは、生活スタイルです。
飼い主が親とすれば、ペットは子どもと同じ扱いです。
養う対象が増えることで、何かと気になることが増えます。
ペットを飼うことで、いちばん気になるのは「餌」のことです。
決められた時間に、決められた量の餌を欠かさず与えないと、ペットはすぐ死んでしまいます。
かなり気を使うようになります。
小学生のころ、ペットを飼い始めてから、授業中でもペットの餌のことを考えてしまうことがありました。
そんなときに限って「水口君、答えてください」と先生に当てられて、あたふたします。
忘れてはならないのは、ペットの体調です。
いつもとは違い体調が悪そうだと、飼い主としても気が気ではなりません。
食べ残しがあったり、まったく口につけなかったりすると「どうしたんだろう。体調が悪いかな」と心配になります。
そうした大変さもありますが、もちろん明るいこともあります。
飼い主のしぐさや声に反応してくれたりします。
まったくもって無邪気な行動を見て、癒やされます。
適度な遊び相手になり、ストレスが発散されます。
ペットのほとんどは、人よりはるかに早く成長します。
動物の種類によって異なります。
犬の場合なら、人のおよそ4倍のスピードで成長すると言われます。
猫の場合なら、人のおよそ5倍のスピードで成長すると言われます。
1カ月単位で、明らかに体が大きくなっているのは、飼い主としてはこの上ない喜びです。
親が子を育てて、きちんと育ってくれているという嬉しさがあります。
ペットがいると、家族との会話が自然に増えます。
家族全体でペットのことを気にかけるようになるからです。
「餌やった?」
「散歩にいった?」
「具合はどう?」
ペットを気遣う会話が増え、家族間のコミュニケーション量も増えます。
ペットに生活を明るくしてもらっているような感じです。
大変といえば大変です。
しかし、その大変さを超える、ぱっとなる明るさがあるのです。
ペットを飼うのは、大きなインパクトがあります。
人生へのインパクトです。
ペットの種類は問いません。
犬でも、猫でも、インコでも、カメでも、魚でもいい。
ペットを1匹飼うだけで、成長できます。
家族に新たな命が加わり、世話をしなければならなくなるからです。
これは勉強になります。
どのくらい勉強になるかというと、自己啓発書を100冊読むより、はるかに成長ができるほどです。
人間は、自分のこととなると、どこかだらしなくて中途半端な気持ちになります。
自分の部屋の掃除をサボっても、困るのは自分だけです。
食べるものに手を抜いても、健康を崩すのは自分だけ。
しかし、ペットを飼うとなると、そうはいきません。
自分のだらしなさが原因で、ペットが死んでしまうかもしれないからです。
命をそのまま背負うのと同じです。
生き物を飼うと、自然と意識が変わるはずです。
人が子どもを産んで育てるのが大変であるように、飼い主がペットを育てるのは大変です。
「頼る・頼られる」の関係ができます。
誰かを育てたり、世話をしたりするプロセスで、命について考える機会も出てきます。
往々にして「世話」や「しつけ」というのは「される側」より「する側」のほうが学ぶことが多い。
生徒の立場より、先生の立場のほうが、気づきや学びが多いのと同じ理屈です。
面倒を見るというのは頭を使いますし、気も使います。
たとえば、定期的に食事を与えなければいけませんから、時間管理がうまくなります。
ペットの家の掃除も、こまめにしてやらなければなりません。
ペットの生活サイクルを観察し、自分の生活と比べて違いが見えてきたり、ペット特有の習性など、学ぶ点が多かったりします。
本を読んだだけでは、ペットの習性はなかなかわかりません。
実際にペットを飼うと、そうした特有のしぐさを目の当たりにするので、いい勉強になります。
誰かを養おうとすることで、自分がしっかりしてきます。
世話をしてペットも成長しますが、いちばん成長しているのは、実は飼い主です。
だからこそ、自己啓発書100冊読むより、ペット1匹飼うほうがはるかに成長できます。
もちろん本も大切ですが、実際に命と触れる機会をつくってみましょう。
本だけでは味わえない生々しい経験ができ、大きな成長が得られるに違いありません。
ペットを飼い始めると、自分が飼い主になるということですね。
命を預かり、養う対象ができます。
ほうってはおけない存在ができる。
目を離せない存在です。
食事を与えなければいけない存在です。
また、犬を飼い始めるなら、しつけも必要です。
これは教育と同じです。
飼い主と一緒に生活をしていくために、生きていくために最低限必要な社会ルールも教えてあげなければなりません。
これは、あらためて考えるとすごいことです。
たとえば、小学生が子犬を飼い始めたとします。
これは、未成年者が子どもを育てているのと同じです。
子どもが1人できたと考えてもいい。
もちろん未成年者ですから、男子も女子もまだ子どもを産めるだけの体は出来上がっていない。
しかし、ペットを飼うことで、未成年である小学生ながらにして、子を持つ親の気持ちを体感できます。
もちろん人の子どもではないので、若干の違いはありますが「養う」という肝心のポイントは同じです。
私が初めて子犬を飼い始めたのは、幼稚園児のときでした。
これもたしか拾ってきた犬ですが、クッピーと名付けました。
その日、その瞬間から、小学生にもかかわらず親心みたいなものを感じたことを覚えています。
「育てる」という独特の責任感です。
これが早くに経験できたのは、今になってはいい財産になりました。
手間がかかるといえばかかります。
大変といえば大変です。
しかし、生活に活気があふれます。
人間の場合、ある程度、自分の運命は自分で決められます。
何を食べるのか。
どこに住むのか。
どんな職で仕事をするのか。
生き方や環境を自分の意思で選べるので、かなり自由がききます。
またその分、何か失敗やつらいことがあっても、自分の責任です。
しかし、ペットは違います。
ペットを飼い始めると、飼い主の管理に従って暮らすことになります。
食べるもの、住む環境も、散歩の時間も距離も、ペットでは決められません。
すべて飼い主を頼りにしています。
ペットにいい一生を送ってもらいたければ、飼い主しだいです。
ペットを育てる前に、ペットに満足してもらえるような飼い主になることです。
最初に育たなければいけないのは、ペットより、飼い主のほうです。
ペットの運命は飼い主が握っているからこそ、きちんとした飼い主の責任はそれだけ大きいのです。
ペットとの心の距離感は、表現を変えると自然と近づけます。
「表現」は重要です。
軽々しい言い方を使っていると、軽々しいペットに思えますが、人間と変わらない表現を使えば、人間のような感覚が出てきます。
たとえば「餌」という表現です。
「餌を与える」間違った言い方ではありませんが、少し何か見下した言い方ですね。
「餌」という部分が、ペットと飼い主との間に「見えない壁」をつくっているような気がします。
では、どうするのか。
「餌」を「ご飯」という表現に変えてみましょう。
「ご飯を与える」
一気に距離感が縮まりますね。
さらに「与える」という表現もやめて、普通に「食べる」という表現を使ってみましょう。
「ご飯を食べましょうね」
ほら、これだけで、ペットとの心の距離感がずいぶん近くなりますね。
変えるべき言い方は「餌」だけではありません。
「犬小屋」ではなく「おうち」と呼んでみましょう。
「おうちに戻りましょうね」としつけます。
犬小屋でも間違っていませんが、できるだけ人と同じような表現に近づけてみましょう。
表現を変えるだけで、ずいぶん印象が変わり、人間味を帯びてきます。
本書では、説明する都合のため「ペット」や「餌」という表現を使っていますが、ご家庭ではぜひ言い方を変えてみましょう。
本来、ペットへの思いやりがあれば、自然と表現は変わりますが、もし変わっていないなら今からでも変えてみましょう。
ペットとの心の距離感が、ぐっと近づくはずです。
あらためて考えると、神秘的なことがあります。
これまで犬・猫・モルモット・インコなど、さまざまな動物を飼ってきましたが、どのペットにも共通していることがあります。
動物園に行き、さまざまな動物たちを見るとき、多くの動物たちにも共通していることがあります。
私を見るやいなや、きちんと目を見ます。
「目を見る」
よく考えてみましょう。
当たり前すぎて今まで気づきませんが、これは神秘的でまか不思議なことです。
「なぜ彼らは、人間の目の場所を知っているのか」ということです。
出会うやいなや、目を見つめる。
きちんと目の場所を知っています。
どこで、目の場所を勉強したのでしょうか。
私たち人間の場合もそうですが、学校で先生から「目はここにありますよ」と教わったわけではありません。
にもかかわらず、さまざまな動物たちは、私の目を見つめます。
人間の目がどこにあるのか、きちんと理解しています。
不思議だと思いませんか。
これこそが「本能」と呼ばれるものです。
本能というのは、動物に生まれつき備わっている能力や習性のことを言います。
あらゆる動物は、産まれて、最後は死にます。
その生きている間に学習した最重要課題は、子どもができるだけ早く環境に適応させるためDNAレベルに組み込ませます。
うまく次の世代へと引き継がせます。
その結果「知らないのに知っている」という不思議な現象が起きます。
勉強してもいないのに、知っているというのはすごいことだと思いませんか。
はるか昔のご先祖様からのDNAが、きちんと引き継がれているという紛れもない証拠です。
このように動物と接していると、あまりに当たり前すぎることを哲学してしまう自分がいます。
人間も含めた生き物としての神秘に、鳥肌が立つのです。
犬が、猫と出会うと、目を見ます。
猫がカメと出会うと、同じように目を見ます。
人間も、あらゆる動物を見るとき、まず目を見ます。
よりによって、なぜ最初に目を見るのでしょうか。
別に、最初に足を見ても、頭を見ても、手を見てもいいはずです。
しかし、あらゆる動物は、他者と出会ったとき、反射的に目を見ます。
必ず真っ先に目です。
目には不思議な力があります。
相手のことを瞬時に知ることができるポイントです。
今、あなたの近くに誰か人はいますか。
初対面の人で結構です。
いえ、初対面の人のほうがいい。
その人の「目」を見てみましょう。
目を見ただけで、初対面でまだ会話を交わしていないにもかかわらず、なぜか相手の気持ちの状態や性格などが伝わってきませんか。
目を見ただけで、直感的に言葉では表現できない印象が次々と伝わってくることでしょう。
もちろん具体的にまではわからないにしても、大まかな印象が伝わってくるはずです。
この現象も、よくよく考えるとまか不思議です。
テレパシーの一種と言ってもいいのではないでしょうか。
人間に限らず、動物たちもそうなのでしょう。
私たちは当たり前のように話すことができていますが、人類が言葉を使い始めたのは、まだほんの最近のことです。
それ以前はどう会話をしたのかというと、目で会話をしていた。
目を見て、出会った動物の抱いている気持ちや性格や行動など、瞬時に読み取っていました。
その原始的な本能や名残が、人間にも残っています。
当然、人以外のさまざまな動物たちにも残っています。
だから、あらゆる動物たちは、最初に目を見ます。
動物たちは言葉がありませんが、あなたの目を見て、抱いている感情や性格など、直感的に感じ取っているのでしょう。
コミュニケーションは、まず言葉より目なのです。
ペットを飼い始めるやいなや、真っ先に犯してしまいがちな間違いがあります。
それは「人間の都合で餌を与えてしまう」ということです。
自分はチョコレートが大好物だから、ペットもおいしく感じるに違いないと思って、同じものを与えてしまう。
コーラがおいしいから、水の代わりにコーラを与える。
自分たちがおいしく感じ、当たり前に口にしているものだから、ペットも同じように喜ぶに違いないと勘違いしてしまいます。
特に飼い主が若くて知識が浅いと、そうした勘違いをしてしまいやすい。
私も同じ過ちを犯してしまい、これまで飼ってきたペットには迷惑をかけてしまったことがあります。
体つきも違いますから、食べるものも違います。
何を好んで食べるのか。
どんなものを嫌うのか。
ペットを飼い始めれば、まず餌について勉強しましょう。
まず必ず押さえておきたいことが、2つあります。
ペットの種類によって、食べられるものにかなり違いがあります。
肉食動物と草食動物では「肉」と「草」とで、口にするものに大きな差がありますね。
犬には犬の好き嫌いがあり、猫にも猫の好き嫌いがあります。
カメにも、ウサギにも、インコにも、それぞれが口にするものが違います。
食べられるものを与え、与えてはいけないものを知る必要があります。
それから、試しにいろいろ与えてみるというのも良くありません。
たまたま食べられる物ならいいですが、食べた後に調子が悪くなったり、虫歯の原因になったりすることがあります。
だからこそ、ペットを飼い始めたら、まず餌について真っ先に調査です。
育て方も重要ですが、食べるものがまず最優先なのです。
ペットを飼い始めてまず勉強するのは「餌について」です。
「大好物の餌」と「与えてはいけない餌」については、ペットの健康や体調に直接つながることです。
ペットの種類によって、食は全然違います。
押さえておかなければいけない最重要事項ですね。
では、餌について勉強ができれば、次は「育て方について」です。
ペットの種類によって、生活習慣や生活サイクルに違いがありますから、これも勉強が必要です。
餌の場合と同じように、人間が育ててしまうと、つい人間の都合で育ててしまいがちです。
自分たちがそういうものだから、ペットたちもそういうものだろうと思い込んでしまいます。
ペットの種類によって、全然育て方は違います。
ぜひ、専門的な本を買って勉強しましょう。
家族の一員としてペットを迎えるなら、そのくらいのことはしてほしいと思います。
ペットの種類によって、生活習慣は異なると思っていいでしょう。
ペットによって、独特の生活習慣があります。
小学生のころ、犬と猫を同時に飼っていたことがあります。
犬は散歩が大好きで喜びますから、同じ調子で猫にも散歩をさせようとしていました。
もちろんNGです。
犬は活発に活動する一方、猫はまったりです。
なぜかといえば、そういうものだからです。
カメはなぜ歩くのが遅く、ウサギはなぜ走るのが速いのかというのと同じ理屈です。
そういう動物ですから、そういうものだと飼い主が受け入れることです。
一般的に、犬は比較的すぐ飼い主になつきますが、猫は時間がかかります。
「飼い主が悪いのか。それとも相性の問題なのか……」
不安になりますが、調べてみると、そうではないとわかります。
そもそも犬は、大昔から人との付き合いがあるので、人に慣れています。
一方、猫は人との付き合いが歴史的にまだ浅いので、人そのものに慣れていません。
その歴史の違いを知ることで、なつく早さの違いも理解できるようになります。
ニワトリにはニワトリの生活習慣があり、カメにはカメの生活習慣があります。
私は実家で、犬・猫・ニワトリ・モルモット・カメなど、数多くのペットを飼ってきました。
ペットを飼い始めると、本屋で勉強しますが、書いてあることがまったくといっていいほど異なります。
書いてあることがまったく異なるということは、育て方もまったく異なるということです。
ここでは具体的に述べませんが、本屋に行って専門書を一冊買って勉強することをおすすめします。
人間が、人間以外の動物の生活習慣を知るのは、勉強が必要です。
適当に餌をやったり、なんとなく育てたりしていると「いつの間にかペットをいじめていた」なんてこともあります。
難しい理屈は後回しにして、ペットの生活習慣を飼い主が理解し、サポートをしてあげます。
ペットの気持ちを少しでもわかってあげるために、飼い主ならペットの育て方について勉強しましょう。
ペットを飼い始めたら、まず勉強です。
適当に育てて、うまく育つのはまれです。
たいてい育て方に失敗して、逆に苦しめてしまいます。
私の場合、これまでさまざまなペットを飼ってきた経験から「勉強は必要だ」と断言します。
これは2つの意味があります。
ペットの育て方を勉強するのは、健全に成長してもらいたい気持ちがあってのことです。
毎日、世話をしたり、面倒を見たりするには、何をどうすればいいのかがわからないと話になりませんね。
しかし、もっと大切なのは、2つ目の「飼い主としての愛情表現」です。
何しろ家族です。
あなたが子どもを産めば、わが子への愛情表現の1つとして、育て方を一生懸命に勉強しようとするはずです。
大切なわが子ですから、育て方を学んで、元気にすくすく成長してもらいたいと願うのが親心です。
親が子どもをしつけたり叱ったりするのは、子どもが嫌いだからではなく、愛情があるからこそですね。
大切なわが子だから一生懸命に育てようとするはずです。
ペットの場合も同じです。
ペットへの愛情があれば、成長のために自然と勉強するはずです。
したくなるはずです。
「愛情」がポイントです。
愛情が起点になり「行動しよう」という気持ちが湧いてきます。
面倒だなと思う散歩、餌の世話、掃除など、これらはすべて言い換えれば愛情表現です。
愛情があふれているからこそ、一生懸命に勉強したり、しっかり面倒を見たり、世話をしたりなど、自然と行動できます。
自然と体が動きます。
もし、ペットへの愛情はなく、単に癒やしだけを求めるなら、むしろ飼わないほうがいい。
それはペットを道具としか見ていません。
ペットがかわいそうです。
ペットとしても、やはり愛情たっぷりの飼い主に育てられたいと思うはずです。
ペットについて勉強すると、親近感がさらにわくようになります。
人間とは違った生活習慣や生活サイクルがあります。
それをきちんと知って理解するためには、ペットの本を買って勉強することが必要です。
ペットの育て方について書かれた専門書を買って、きちんと勉強すると、どう接していいのかわかるようになります。
育て方がわからないと途方に暮れますが、どう育てればいいのかがわかるだけで、大いに勇気づけられます。
いいことは、育て方がわかるだけではありません。
自然と親密さが湧くようになることです。
専門書には、ペット独特の生活習慣や生活スタイル、育て方など数多く紹介しています。
それぞれのペットには、不可解な動きや習慣などがあります。
前もって知っておくと、飼い主として慌てることもなくなります。
「へえ、そうだったのか」
「人とは違う生活習慣なんだな」
私もそうでしたが、本を読み始める前と後とでは、見方も感じ方も異なっていることでしょう。
読み終わった後は、なぜかペットの気持ちが理解でき、深い仲になれたような気がします。
本を読むことで、ペットの気持ちが理解できる気にさせてくれるだけでも、大きな意味があると感じます。
理解を深めるきっかけとして、ペットの本を読むのは大変おすすめです。
人間関係でもそうですが、相手のことがわかるから、すれ違うことも少なくなります。
飼い主とペットとが足並みをそろえやすくなります。
飼い主がペットをわかってあげようとする努力は必ず報われます。
一生懸命に勉強した結果、ペットとの良好な関係が結べるようになるのです。
私は人と一緒にいると、気を使ってしまうほうです。
気の合わない人と一緒にいると疲れるのは当然ですが、気の合う人とでも「気分を害さないように」と多少気を使ってしまいます。
人と一緒にいると、つい顔色をうかがってしまい、そんな自分に疲れてしまいます。
人と接することで楽しいこともたくさんあり元気になりますが、一方で、人間関係に疲れを感じるときもあります。
HAPPY LIFESTYLEでは、人付き合いの話もたくさんしています。
昔から人付き合いを上手にしようと心がけている反動です。
「上手にしなければならない」という気持ちがあるおかげでうまく付き合っていけます。
その反面「うまく付き合わなければならない」という気持ちがあるから疲れてしまう。
一長一短です。
まだ、私の場合はいいほうです。
人間関係が、本当に大の苦手という人もいます。
人との距離感がつかみにくく、気の利いた言葉や態度がとっさにできない人がいるのもたしかです。
人間関係が煩わしいし、疲れるという人もいるはずです。
そういう人は、きっと私以上に人間関係の疲れをため込んでいることでしょう。
そんなとき救ってくれるのは、ペットです。
人間関係で疲れを感じることがあっても、動物との関係で疲れることはありません。
餌をあげたりお世話をしたりなど「肉体的な疲れ」はありますが、気を使ってしまうような「精神的な疲れ」はありません。
ペットは無邪気です。
人間関係のしがらみや習慣など、全然わかっていません。
だからこそいい。
わかっていないペットのほうが、気が楽です。
気が楽だからこそ、いつも一緒にいたくなり、次第に関係も深くなります。
ペットとなら、一緒にいても全然疲れません。
どんなに人間関係が苦手で、人との付き合いが希薄でも、1匹のペットがいれば大丈夫です。
動物との関係が濃厚なら、心の空虚感は満たされます。
どんなに寂しい都会生活も、ペットのおかげで救われるのです。
私は休日、1人で動物園に行くことがあります。
1人で動物園に行くのも珍しいと思います。
特に、東京の上野動物園にはよく行きます。
大きな動物園なので歩くのは疲れますが、動物たちと見たり触れ合ったりしているうちに疲れが取れます。
不思議な感覚です。
動物園は、心を浄化してくれます。
ただ動物たちを見て「かわいいなあ」と思う以外に、何か感じるものがあります。
動物たちと見たり触れたりすることで、特別引き寄せられるものがあります。
人としてルーツを発見したり原点に返ったりできる気がします。
動物園には、野生から連れてきた数多くの動物たちが集結しています。
本当のことを言えば、もともとは人間も野生から誕生した生き物です。
はるか昔、まだ人類が猿だったころは、野生の森の中で暮らしていた時期がありました。
動物園は、そういう「人として」ではなく「動物として」考えさせられる場所です。
人間は喜んだり怒ったりしますが、動物たちも同じようなしぐさを見せます。
「野性的」というのは「素である」ということです。
動物園の中で、動物としての素の姿を数多く見ているうちに、人間としてのあり方をいろいろ考えさせられます。
大きなカバが、ぐっすり眠っていました。
とっさに「いいなあ」と思ってしまう。
次の瞬間「なぜ今、自分は『いいなあ』と思ったのか」と思います。
気ままに寝ているカバを見て、潜在的に「自分も人間関係のしがらみから抜け出し、野性的になりたい」と自分を発見します。
動物園で、多くの動物たちを見ているうちに、動物としての野性的本能が目覚めてきます。
こんなふうに動物たちを見ているのも、私くらいだと思います。
たくさんの動物を見られたり触れられたりできる場所ですが、哲学ができる場所だと思うのです。
部屋の中で犬や猫を飼っていると、一般的に部屋が散らかりやすくなります。
無造作に部屋のものをめちゃくちゃにして、しかも一切、片付けをしてくれません。
散らかして、ほったらかしにしている様子を見ていると「飼い主を困らせているのではないか」と思うこともあるでしょう。
もちろんペットに悪気はありません。
ただ、普通にしていれば、いろいろなものに触れてしまい、倒したり壊したりしてしまいます。
しかし、経験上、散らかりやすくなりますが、掃除しやすくもなると感じます。
要は「掃除をする動機があるかどうか」です。
ペットが暴れて部屋をめちゃくちゃにすれば「こら、ダメでしょ」と思い、部屋を掃除するようになります。
自分だけが住んでいる部屋の場合は「片付けは後でいいか」と思ってしまう。
結局いつまで経っても掃除をしなくなります。
部屋は散らかったままで片付きません。
もし、ペットを飼っていると、そういうことにはなりません。
ペットのために掃除をしなければなりません。
散らからなくても、定期的にペットの家を掃除することになるでしょう。
犬なら犬小屋を掃除します。
猫なら、猫の家を掃除です。
インコなら鳥籠の掃除です。
掃除していると、掃除の勢いがつきます。
そのまま部屋全体まで、掃除の手を広げてしまう自分に気づくはずです。
掃除は、始めるまでが大変ですが、一度始めてしまえば楽です。
ペットを飼ったほうが、実は掃除の習慣がつきやすくなります。
部屋を散らかすペットの存在がいるおかげで、逆に部屋を掃除する習慣がつきやすくなるのです。
ペットを飼い始めると、自分の時間が少なくなります。
恋人がいない人がペットを飼うと、人付き合いに割ける時間が少なくなるので、余計に恋人ができにくくなるような気がします。
あなたの知り合いにペットを飼っている人はいませんか。
おそらくそのペットを飼っている人には、恋人がいるのではないでしょうか。
もちろん独り身の方もいるかもしれませんが、恋人がいる確率は高いはずです。
ペットを飼い始めたほうが、恋人はできやすくなります。
精神的に癒やしてくれるようになり、自分に自信がつくからです。
心に余裕がないと、自分に自信がなくて、異性と目を合わせにくくなります。
口説くときには、勇気が必要です。
ペットを飼い始めると、ペットから精神的な支えが得られ、別人になったかのように変われます。
すでに心のよりどころがあるので、人と目を合わせやすくなり、口説く勇気も自然と出るようになります。
心の余裕だけではありません。
口実もつくりやすくなります。
相手に、いきなり「部屋に来ない?」と誘うと、不審に思われます。
そこでペットを口実にします。
「うちでかわいい子猫を飼い始めたよ。見に来ない?」という言い方にすれば、自然な誘い方ができるでしょう。
「見たい! 遊びに行く」と乗り気になるはずです。
部屋でペットと一緒にじゃれているうちに、2人の関係も深まるのです。
「どうしたの? 何かいいことあった?」
ペットを飼うと、そんなことを友人から言われるようになります。
人が変わったかのようになります。
ペットを飼うと、心が満たされます。
満たされた心があるおかげで、表情は明るくなり、笑顔が増え、性格が変わったかのように映ります。
頼られたときの満足感が、そうさせます。
学生時代、友人から「数学の問題でわからないことがあるから教えて」と頼られることがあります。
解き方がわかる問題であり「こうすればいいよ」と答えると「なるほど。ありがとう!」と喜ばれたことでしょう。
そのとき、自分までぱっと明るくなれたはずです。
頼られて、期待に応えた結果、元気になれます。
頼られるというのは嬉しいことです。
面倒と言えば面倒ですが、それ以上に、自分が誰かの役に立った実感が嬉しいです。
それだけの価値が自分にはある、と感じられるからです。
ペットを飼うと、自然とそういう関係が生まれます。
餌を欲しいと頼られて、餌をあげて喜ばれる。
遊び相手になってとしがみつき、じゃれる相手をしてやって喜ばれる。
小さなことではありますが、着実に「頼られて、期待に応える」という関係を感じることができます。
頼られる機会を飼い主が解決していくうちに自分に自信をつけていき、その結果、自然と明るくなれます。
「こんな自分でも役立つことができるんだ」
面白いですね。
性格を変えようと自分で努力したり、自己啓発書をたくさん読んだりしてもなかなか変われません。
それないのに、ペットを1匹飼うだけで、すぐ変われるのです。
ペットが部屋を走り回って散らかしたり、いたずらをしたりすることがあります。
おしっこをもらしたり、部屋のかどを噛んだりなどです。
ペットがいたずらをするのは、飼い主へのメッセージです。
「かまってほしい」
「寂しいよ」
「ほったらかしにしないで」
飼い主を振り向かせるためにわざとする行動です。
ペットも人間と同じです。
振り向いてかまってもらいたいから、逆にいたずらへの行動に出ます。
動物は「かまってほしい」という言葉を話すことができないので、かまってもらうための行動に出ています。
いたずらをするペットを見たとき、ペットを叱るのではありません。
かまってあげます。
「寂しかったんだね。ごめんね」と言って、抱っこしてあげたり、頭をなでてあげたりします。
すると、自然とおとなしくなるはずです。
「飼い主として、きちんとペットの相手をしてあげられているかどうか」です。
いま一度、自分を振り返ってみましょう。
最近、ペットとのスキンシップが少なくなっていませんか。
うっかり餌をやり忘れることが多くなっていませんか。
顔を合わせる回数が少なくなっていませんか。
寂しい気持ちを感じるのは、どんな動物でも同じなのです。
ペットが大好きな人は、熱心に世話をしたり、面倒を見たりすることでしょう。
最低限、餌を与えたり掃除をしたりすれば、ペットは育ちます。
しかし、問題なく育っているけれど、何か物足りなさを感じていませんか。
「すくすく育っているけれど、何か物足りない」
いい傾向です。
そう感じるようになれば、あなたはますます素晴らしい飼い主へと成長している証拠です。
「ペットのために、もっとできることはないだろうか」と考えている証拠だからです。
ただ飼うだけではなく、もっとペットに楽しんでもらったり喜んでもらったりしてほしいと願っている結果、悩んでいます。
プラスアルファを考えているだけでも素晴らしい。
そんなとき、ぜひしてあげたいことがあります。
「遊び道具を与えてあげること」です。
遊び道具は、なくても生きていけますが、あったほうがより刺激的になります。
ペットの単調な生活に、ぜひ「遊び」を含ませてあげましょう。
たとえば、小さなテニスボールを与えるだけでも、ずいぶんペットの生活は変わるはずです。
ペットの種類にもよりますが、テニスボールに興味を示し、蹴ったり、噛んだり、転がしたり、押し付けたりなど遊ぶでしょう。
テニスボールが、いい遊び相手になります。
遊びを通じて、ペットの反射神経や筋力が鍛えられます。
もちろん体を動かすので、ストレス発散にもなります。
飼い主が忙しくてペットの相手を十分してやれなくても、遊び道具があれば、ストレスの軽減や暇つぶしにもなるはずです。
さらに高度な遊び道具になれば、ペットショップに行けばたくさん置いてあるはずです。
もちろんペットが飲み込んで、喉に詰まらせたりしないように配慮しながら、遊び道具を選んであげましょう。
さまざまな遊び道具をプレゼントして、ペットをもっと楽しませてあげましょう。
遊びによって、ペットの生活が華やかになるに違いありません。
「この子といると癒やされそうだ。よし、家で飼うことにしよう」
よくありがちなペットを飼い始めるきっかけですが、あまりいい動機とは言えません。
いきなり最初から「見返り」を求めているからです。
「癒やされるかどうか」という見返りを基準に、ペットを飼おうかどうかを考えています。
ペットを飼い始めるのに、損得を考えることは良くありません。
単純に損か得かといえば、損です。
終わることのない世話に手間がかかり、体力的にも時間的にも負担になります。
餌のために経済的負担もかかります。
しかし、そうしてでもいいから「育てたい」という気持ちがあるかどうかです。
それこそ「ギブ&ギブ」の精神です。
その気持ちがあれば、きっと素晴らしい飼い主になれるに違いありません。
最初から何か見返りを求めてはいけません。
飼い主になれば、もはや親です。
親としては、子どもに成長してもらうために、見返りを必要としないはずです。
ただ子どもが大きく成長していくことに喜びを感じることでしょう。
最初は、ギブ&ギブが動機です。
「この子の成長のために、私は何ができるだろうか」とだけ考えることです。
しかし、不思議なことに、まったく見返りを求めずギブ&ギブを心がけていると、自然と返ってくる恩恵があります。
ギブ&ギブの気持ちを持って、きちんと育てている努力が報われ、ペットがすくすく育つことでしょう。
本当にペットを思う飼い主としては、ペットが大きく成長してくれることほど、嬉しいことはありません。
それが、本当の飼い主への見返りです。
ギブ&ギブを心がけるからこそ、テイクも自然と発生するのです。
「ペットを癒やしてあげよう」という気持ちで接すると、自然と自分が癒やされます。
実家で飼っている犬のクッピーの頭をなでてあげると、喜びます。
犬なのに、目を半開きにしながら「癒やされるよ」という表情をします。
その表情を見ていると、私まで癒やされます。
なでるといつも気持ちよさそうにするので、会うたびに頭をなでてあげるのが習慣になります。
喜んでもらえるから、また次もしてあげようと思います。
かわいい子猫をなでていると、子猫は気持ちよさそうな表情をします。
気持ちよさそうにしている子猫の表情や手触りによって、自分が癒やされます。
動物園には、動物との触れ合いコーナーがあります。
初めて動物に触れる人は、慣れない動物を「触っている」という状態です。
それはまだ不自然です。
「触る」のではなく「なでてあげる」のです。
動物園の動物との触れ合いコーナーにいる動物は、人間に触られるのに疲れています。
癒やしてあげようとする。
なでなでしてあげる。
すると、動物と初対面にもかかわらず、すぐ仲良くなれます。
癒やしの本質とは「癒やされる」が先にあるのではありません。
「癒やしてあげる」が先にあります。
癒やしてあげようという気持ちがあれば、自然と癒やされるようになります。
気持ちよさそうにしている相手を見て癒やされます。
神様はうまいこと、この世を作ったなと思います。
相手から何かを奪おうとする人は助けてくれません。
しかし、相手に何かを与えてあげようとすると、助けてもらえます。
ペットに癒やされるのではなく、ペットを癒やしてあげるのです。
ペットは、所有しているものに執着しません。
過去を振り返ったり、未来を案じたりしません。
誰かと比べることもありません。
まったくもって、マイペース。
いつも自分の生き方を崩さず、のんびり生きています。
人間は、余裕がないとき、だんだん自分らしくない生き方になります。
自分が客観的に見られなくなっています。
すると、本来の個性、人間らしさから、脱線します。
そんなとき、ペットとじゃれましょう。
一緒に散歩をしたり、遊び道具でじゃれたりするだけでかまいません。
ペットのマイペースな生き方からは、何か学ぶことがあるはずです。
友人関係で誰かと比べるような姿勢があり、人間関係にぴりぴりしているとき、ペットとじゃれ合ってみましょう。
落ち着きを取り戻す瞬間があるはずです。
「他人と比べても仕方ないよ。自分らしく生きようよ」というメッセージをペットから受け取ります。
プライベートで落ち込むことがあって、なかなか元気が出ないときがあります。
こういうときもペットとじゃれましょう。
無邪気でマイペースに生きるペットと触れ合っているうちに、ふと気づきます。
「嫌なことを引きずっても仕方ないよ。終わったことだから、今すぐ忘れよう」
嫌なことを忘れるペットを見ているうちに、そんな声が聞こえてくるはずです。
将来のことが不安で、未来を案じているとき、ペットを見ていると、感じるものがあります。
先のことは考えず、今を精いっぱい生きようとするペットを見て「自分もこんな生き方をしないといけないな」と反省できます。
余裕がないとき、忘れかけていた何かに気づかされます。
何に気づかされるのかは、あなたが今どのような悩みや不安を抱えているかによって変わります。
不思議なことに、ペットとじゃれ合っているうちに、気づきがあるのです。
総じて、飼い主にはしっかりした人が多いと思います。
よくペットを飼っている人たちに出会うことがありますが、皆さんしっかりしています。
犬を飼っている人は、毎日欠かさず定期的に散歩をしています。
雨の日も風の日も散歩です。
猫を飼っている人は、猫の家をこまめに掃除しています。
子犬なら、かなりやんちゃなので、飼い主は手こずるに違いありません。
犬小屋もまめに掃除をする必要が出てきます。
それだけしっかりできますから、仕事もできたり勉強もできたりします。
「自分のことだけでも精いっぱいなのに、ほかのことまで面倒を見るなんてすごいなあ。自分にはあそこまでできない」
そう思います。
これが不思議です。
私も最初そう思っていました。
自分はそこまでまめな性格ではないから、飼えないだろうと思っていた。
しかし、ペットを飼うようになると、何か気持ちに変化が現れます。
ペットから、頼られます。
実家で飼っているクッピーは、散歩に行きたいとき「わんわん」と吠えたり、足をばたばたしたりします。
飼い主がペットから呼ばれています。
明らかに自分が求められているのがわかる。
呼ばれているのがわかると、ほうっておけません。
「よし! じゃあ、歩きに行くぞ!」となります。
またあるときは、クッピーからじゃれてきます。
「遊び相手になってよ」というサインです。
飼い主がペットから遊び相手として頼られているのが、ひしひし伝わってきます。
ペットを飼っていると、頼られることばかりです。
人は頼られると、その期待に応えたくなります。
頼られて期待に応えていくうちに、飼い主は飼い主らしくなります。
初めからしっかりした人はいません。
ペットを一度も飼ったことがない人が、飼い主らしい行動を取れるわけでもありません。
飼い主は初めからなるものではなく、そう育っていくものです。
もちろんペットを飼えば、事実上は「飼い主」ではありますが「気持ち」が重要です。
飼い主らしくさせてくれるのは、実はペットのおかげでした。
飼い主はペットを育てますが、実は飼い主だってペットから育てられているのです。
私がペットを飼っているときの楽しみの1つに「ペットの理解できない行動」があります。
どんな動物にも、理解できない行動があります。
人とペットとでは生物的に大きく異なるため、人間からすると、理解ができないだけです。
必ず何か理由があります。
飼い主が意味を知らないだけです。
たとえば、犬には「穴を掘る」という不可解な行動があります。
犬を飼ったことがある人なら、一度は目にしたことがあるでしょう。
よくよく考えてみると、理解できない行動です。
別に、土の下に宝物が隠されているわけではありません。
土を掘って何かあるのかと思ってみてみると、特に何もありません。
意味がわからない。
「なぜだろう」と思います。
そんなとき、本で調べたりインターネットで調べたりします。
すると「鎖につながれていると動けないので、単なる暇つぶしで穴を掘る」と書かれていました。
それがわかると「なるほど」と思います。
例えて言うなら、人間がストレスをためたときにする貧乏ゆすりのようなものです。
暇であったり、ストレスをためていたりします。
そういう理由がわかると、もう少し散歩のタイミングを早めたり、歩く距離を増やしたりしてあげようと思います。
もちろん犬が穴を掘る理由はほかにもいくつか存在しますが、いずれにせよ何か意味があります。
そのペットたちの理解できない行動を、少しでも理解してあげようとするのが飼い主の仕事です。
もう1つ例を挙げましょう。
犬と言えば、おしっこの仕方に特徴があります。
これも私が「理解できない!」と思ったことの1つです。
人間の場合は、おしっこをするとき、一度にすべて出し切るような形を取ります。
しかし、犬の場合は、なぜか一度にすべて出し切らない。
何度も回数を重ねて、こまめに出そうとします。
散歩に行くと、電柱があるたびに立ち止まっておしっこを少しだけします。
また次の電柱で立ち止まっておしっこを少しだけする。
「なぜそんなわけのわからないことを?」
人間からは理解できません。
そういうときも、やはり調べてみます。
すると「自分のにおいを増やして、縄張りをつくるため」という理由がわかります。
犬同士にも縄張り争いがあり、自分のテリトリーを少しでも増やしたい欲求があるのだそうです。
人間が「少しでも自分の土地を増やしたい。部屋を広くしたい」という感覚に似ています。
「なるほど。そういう意味があったのか」と、合点します。
それがわかると、ペットへの見方が変わります。
穴を掘ったり、おしっこをしたりする姿を見て、飼い主としてはにやりとしてしまいます。
ペットの理解できない行動がなくなるまで、飼い主はペットの気持ちをわかってあげようとします。
ペットショップの店員に聞いてもいいです。
本やインターネットで調べるのもいいでしょう。
同じペットを飼っている先輩に聞くのもよしです。
何か答えが見つかるはずです。
だんだんペットの気持ちに近づいていけるようになります。
自分は人間であるにもかかわらず、自分が犬になったかのように、犬の気持ちがわかるようになります。
猫にも、モルモットにも、インコにも、カメにも、何か理解できない行動があるはずです。
ペットの気持ちをわかってあげようとする行動が大切なのです。
ふとした拍子に、ペットのしっぽを踏んでしまうことがあります。
うっかり餌をやり忘れることがあります。
ぼうっとして、踏んづけてしまうことがあります。
そのとき、きちんとペットに謝ることができていますか。
ほとんどのペットは、あなたよりずっと小さいはずです。
身長も、体重も、体力も、頭脳も、地位も、すべて、自分よりはるかに下です。
「どうせペットなんだから謝らなくていい」
「謝っても、どうせ理解できないだろう」
「謝ることのほどではない」
いえ、そういう問題ではありません。
自分よりずっと下だからとはいえ、横柄にならないことです。
そこで謝れない人は、成長もそこで止まります。
謝るというのは「自分の過ちを認めて、反省する」ということです。
相手への謝罪と同時に「自戒の念」が含まれています。
相手が誰であろうと、自分に間違いがあれば、自戒を促すために謝ること。
過ちを認めて、改善することで、次からうまくいく。
そのとき精神的な向上があり、成長があります。
これは、相手が人間でもペットでも変わりません。
ペットにもきちんと頭を下げて謝れる人は、人間社会でもうまく人との関係が結べるようになります。
自己反省がきちんとできる、という証拠です。
そのくらい謙虚で物腰が丸ければ、人間社会でもきちんとやっていけるのです。
生まれたばかりの赤ちゃんは、言うことを聞いてくれません。
まだ、親の言っていることが理解できないからです。
言っていることが理解できませんから、言うとおりにしてくれなくて当然です。
それでも成長して言葉がわかるようになれば、言うとおりにしてくれるようになります。
ペットの場合も同じです。
しつけるときは、なかなか飼い主の言うことを聞いてくれません。
「言うことを聞いてくれなくて当然」と思うくらいでちょうどいい。
そもそも人の言葉がわかりませんから、言ってわかるほうがおかしいです。
特によくないしつけ方は、暴力でわからせようとすることです。
ペットが悪いことをしたとき、平手で叩いたり蹴ったりします。
ときどき見かけますが、大変残念に思います。
叩くことで、いいことと悪いことをわからせようとするのは、逆効果です。
叩かれたペットの身になってみましょう。
叩かれることで、余計に飼い主のことが嫌いになるだけです。
飼い主のことが嫌いになるから、余計に言うことを聞いてくれなくなる悪循環です。
しつけは、長期で考えることです。
すぐできなくて当然であり、何度も繰り返しながら次第に身につけていくものです。
ペットは人の言葉が理解できませんが、それでも付き合いが長くなると、次第に言っていることがわかるようになります。
飼い主の言葉ではなく、態度や雰囲気から理解してくれます。
飼い主は、ペットの行動を喜んだり悲しんだりする反応を、大げさに表現するだけでいい。
飼い主の反応を見ながら「これはいいことなのだな。これは悪いことなのだな」というのを、直感的に理解していきます。
言葉はなくても、そういうコミュニケーション手段があるのです。
ペットを育てるマニュアルには、基本的なペットの育て方が記されています。
まだペットの育て方というものをよくわかっていないときには、穴が開くほど読んで、ペットを学ぶことが大切です。
私もペットを飼う際に、マニュアル本には大変お世話になりました。
しつけ方から育て方はもちろん、歴史や想定外のトラブルの対処など深くまで掘り下げられて書かれているものもあります。
「マニュアル本は、ペットのことが何でも書かれている」
最初は、そう思っていました。
しかし、ペットとの付き合いが長くなるにつれて、大事なことが抜け落ちていることに気づきました。
いえ、そもそもマニュアル本にもうまく書けないことなので、書かれていません。
それは「ペットの個性に合わせた育て方」です。
人間にも生まれつきの性格や素質があるように、ペットにも生まれつきの性格や素質があります。
千差万別です。
人が10人いれば10人とも性格も素質など個性があるように、ペットも10匹いれば10匹とも性格も素質など個性が違います。
のんびりした犬もいれば、せっかちな猫もいます。
歩くのが大好きなカメもいますし、歩くのが苦手なウサギもいます。
おとなしいニワトリもいれば、落ち着きのないモルモットもいます。
素質や特徴など、さまざまです。
最後は個性です。
マニュアル本には、生き物としての基本的な生き方や育て方は記されています。
しかし、細かい個性面への対応までは詳しく記していません。
そもそも記せません。
無限にある個性は、1冊の本に収めきれる量ではありません。
では、どうペットの細かな個性と向き合っていくのか。
それは飼い主とペットとが、日頃からのスキンシップとコミュニケーションを増やして、発見するしかありません。
本当の正しい育て方は「書かれているもの」ではなく「見つけるもの」です。
ペットと触れ合いながら、性格、素質などを発見し、それにあった生活スタイルを考えます。
飼い主がペットだけの個性を見つけて、正しい育て方を発見して、つくっていきます。
これができるようになったとき、ペットから尊敬される飼い主になれるのです。