お互いが思い合って結ばれた結婚。
結婚後もすべてがうまくいくはず。
そう思っていたはずが、いつの間にか思わぬ方向へ脱線することがあります。
夫婦になり、どの家庭でも必ず行き当たる問題があります。
「所有の区別」です。
あなたは冷蔵庫にあるマヨネーズを、夫婦共同で使いますか。
夫婦が円満になるとは「家の中のものはできるだけ共用する」という考えを持つことです。
共用できるものは、多ければ多いほどいい。
経済的だからです。
妻が料理をつくって当たり前。
夫が仕事をして当たり前。
人間は慣れるのが早い生き物です。
「熟年離婚」という言葉を聞いたことがありますか。
長年連れ添った夫婦が、熟年期になり、突然離婚する現象のことを言います。
夫、あるいは妻から、急に離婚の話を持ち出します。
夫婦生活が長くなるにつれて、だんだん「してくれて当たり前」と感じられてきます。
「してくれて当然」と思うようになり始めると、悪い方向に傾いていきます。
夫婦仲が危なくなるのは「ありがとう」と言わなくなってからです。
ある日の仕事中、光にまつわる不思議な出来事に、2つ、遭遇しました。
まず1つ目の光にまつわる不思議な出来事は、職場で仕事中の事でした。
職場の同僚と、一緒に仕事をしていたときのことです。
けんかのない夫婦生活では、明るい部屋がポイントです。
部屋が明るくなることで、パートナーの表情が魅力的に見えるようになります。
妻のつくる食事も、よりおいしく感じられるようになります。
夫婦仲が自然と悪くなる原因の1つに「言葉遣い」があります。
一度亀裂が入った夫婦仲を取り戻すためには、言葉遣いを見直すことは必須です。
どこか相手の気分を害するような態度や発言を、本人が気づかないうちにしている場合が多いものです。
夫婦仲を悪くさせるのは、一言の批判です。
とげのある言葉は「口にしないように気をつけよう」と思いますが、ささいな批判言葉は「これくらいいいだろう」と軽く考えます。
こういう一言は、なかなか自分で気づけないのもたしかです。
口げんかをしている2人がいれば、ぜひチェックしていただきたいことがあります。
必ず「早口」になっているという特徴があるはずです。
これまであなたが経験してきた口げんかを、思い出してみましょう。
夫婦に亀裂が入っているとき、まず考えるのが「夫婦で過ごす時間を増やすこと」です。
事実、離婚の危機に立っている夫婦ほど、一緒にいる時間が大変短いです。
一緒にいる時間を増やせば会話も増え、仲直りのきっかけになるだろうと思います。
大型デパートに行くと、よく見かける光景があります。
夫は、妻の買い物に付き合わされる。
逆のケースもあります。
ソファーがあると、夫婦関係が改善しやすくなります。
なぜソファーなのか。
夫婦が一緒になってソファーに座ると、話をする位置が「正面向き」ではなく「横向き」になるからです。
スキンシップとは、温かさを伝え合う行為です。
温めたり温められたりして、夫婦愛を確かめ合います。
スキンシップが少なくなると、必然的に夫婦仲も冷めやすくなります。
あなたは夫婦間の嘘を、どう考えていますか。
夫婦の仲になると、だんだん慣れてくると問題になるのは「嘘」についてです。
夫婦生活が長くなると、お互いに慣れてしまい、なれなれしくなります。
どんなに仲が悪い夫婦でも、赤の他人と接するときは、機嫌が良くなります。
声のトーンまで変わります。
夫婦で会話をしているときに、電話が鳴って、電話に出たとき、声のトーンは急に変わります。
もやもやしたものを体にため込んでおくのは良くありません。
離婚をするのは、大きな不満をたまりにためて、爆発させるときです。
風船が膨らみ続けるなら、いつか爆発します。
どんな夫婦も、結婚してから、必ず思うことがあります。
「離婚したほうがいいのか」という迷いです。
最高だと思って結婚したはずのカップルが夫婦になり、一緒に暮らし始めると、あとから変わることがあります。
仲がいいときは、気兼ねなく話しかけやすい。
パートナーから話しかけられても、別に何も思わないものです。
コミュニケーションの量も自然と増え、どんどん仲は深まっていくという好循環です。
古くから、子どもは夫婦間のかすがいになると言われます。
かすがいとは、木と木をつなぎとめる両端の曲がった大きな釘のことです。
子どもが生まれると、夫も妻も子どもの面倒を見る必要が出てきますね。
「もう私たち終わりだ。離婚したいのか!」
「こんな状態が続いていると離婚になる」
「さもなければ離婚するぞ」
円満な夫婦にするために、いつも一緒にいる時間を増やそうとします。
たしかに夫婦ですから一緒に行動して、会話を交わすことは大切です。
そういうのを好む人なら問題ないですが、必ずしもそういう人ばかりではありません。
「初心忘るべからず」
これは、室町初期の能役者である世阿弥の格言です。
「学び始めた当時の意気込みや謙虚さを忘れず、常に高い志を持って物事に当たらねばならない」という意味です。
私の祖父と祖母は、生前、同じ部屋で暮らしていました。
8畳程度の部屋でした。
昔はその部屋に家族全員が集まって、食事をしていました。
初心を忘れてしまうと、ある程度は夫婦関係が緩んでしまいます。
ある程度の緩みは大きな問題にはなりません。
むしろ、緩みがいい味を出します。
緩みすぎてからなんとかしようと思うのではなく、緩みかけたら、すぐ行動です。
適度な緊張を演出するイベントを、夫婦でつくってみましょう。
代表的な3パターンがあります。
「私たちは夫婦なのだから」
そう思うと、何か型にはめられているような気がして、ストレスになります。
そうではなくて、心の中で一度パートナーと離婚をしてみましょう。
「もう嫌だ。別れたい!」
そういうときに、いきなり離婚に踏み切るのは良くありません。
夫婦生活なら、すれ違いはあります。
世の中には、仕方ない事情から夫婦が最悪のケースに至ることがあります。
夫婦生活の最悪のケースとは、やはり「離婚」です。
「この人とならうまくやっていけるだろう」と思い結婚したものの、一緒に暮らし始めてみると、想像と違っていることがあります。
お互いが思い合って結ばれた結婚。
結婚後もすべてがうまくいくはず。
そう思っていたはずが、いつの間にか思わぬ方向へ脱線することがあります。
それは結婚して、しばらく経ってからです。
夢を壊すようですが、結婚後、何の困難もなくうまくいくという夫婦はほとんどありません。
1つ屋根の下で一緒に暮らしていると、パートナーの癖が気になり始めてしまいます。
寝息が荒い。
頭をかく癖が気になる。
指を鳴らす癖がある。
そのほか、態度・しぐさ・言葉遣い・癖など、1つや2つ目につくこともあるでしょう。
別に人間ですから、癖の1つや2つは不思議ではありません。
しかし、不思議なことはこれからです。
1つを見つけると、なぜか2つ目が見つかります。
2つ目が見つかると、3つ目も見つけてしまう。
4つ、5つと増えて、次々と気になるところが出てき始めます。
相手が急変したかのように思えることでしょう。
パートナーに「変わった」と言っても「別に今までと変わっていないよ」と言います。
変わり始めているのは、相手ではありません。
実は自分です。
結婚をして慣れてしまい、相手を大切に思う気持ちや思いやりが小さくなりつつあります。
恋は盲目と言いますが、相手が好きで夢中になっているときには、少々のことが気にならなくなります。
しかし、結婚をして燃えるような熱い気持ちが一段落してからが問題です。
落ち着いてくると、今まで気にならなかったことが気になり始めます。
あら探しが始まると、悪いところしか見えなくなります。
1つ見つかると、次々と見つかってしまいます。
批判するのは相手ではなく、むしろ自分です。
相手を批判するのではなく、いま一度、自分の変化をチェックしてみましょう。
相手が変わったというより、実は自分が変わっているのではないでしょうか。
だんだん相手を思いやる気持ちが薄れていき、自分の好みやセンスを相手に押し付けようとしている可能性があります。
自分の思いどおりになる気持ちが強くなっています。
明らかに暴力を振るい始めたり、言葉遣いが乱暴になったりする場合は、相手に改善を求める必要があります。
ですが、ささいな癖くらいなら許容範囲です。
夫婦なら、相手の多少の癖くらいは、大きな器で受け入れるようにしましょう。
「憎たらしい癖」と思うのではなく「かわいいしぐさ」と思えばいい。
「我慢、我慢、我慢」と絶え続けるのは、今後の生活において気が重くなります。
多少の癖は相手の特徴だと思い、かわいいと感じるくらいでいい。
相手の気になる癖ともうまく付き合いながら、関係を保っていくことが重要なのです。
夫婦になり、どの家庭でも必ず行き当たる問題があります。
「所有の区別」です。
あなたは冷蔵庫にあるマヨネーズを、夫婦共同で使いますか。
それとも、冷蔵庫のマヨネーズを、夫用と妻用とで分けますか。
小さなことと思いますが、所有に関わることなので、揉めるケースが多いです。
夫婦別々にするか。
それとも夫婦共用にするか。
自分のものは自分で持ちたい人もいれば、一緒にいいだろうと考える人もいます。
人によっては意見や価値観もさまざまでしょう。
さて、ここであらためて整理をして考えてみましょう。
夫婦の所有には、大きく分けて次の3つのパターンがあります。
家庭ではこの3パターンが基本になるでしょう。
では、このパターンにのっとって、所有を考えてみると次のようになります。
単純に、これを基準に考えればいい。
この考え方でいけば、おおむね家の中にある大半の物品は、基本的に夫婦のものになるはずです。
椅子・テーブル・時計などは夫婦で共用するので、夫婦のものです。
もちろん冷蔵庫のマヨネーズも、料理の際に使用して、夫婦で共用するものですね。
夫婦のものですから、所有者は夫婦です。
両方が同時に所有し、一緒に使っているということです。
しかし、特別なケースもあります。
「共用したくない」、あるいは「共用するのが難しい」という物品もあるでしょう。
まず「共用したくないケース」からお話ししましょう。
たとえば、夫に絵を描く趣味があり、思い入れがあるとします。
趣味で使う、一味違った絵の具を、夫が自分の小遣いから買ったとします。
これは夫が自分の趣味のために、自分だけが使うものですから、夫の所有物です。
妻は、むやみに触らないほうがいい。
何気ない絵の具の置き方や置き場所にも、夫のこだわりがある可能性があります。
一方、妻がおしゃれには思い入れがあり、自分のお小遣いから、これだという服を買いました。
これは妻が自分のファッションのために、自分だけが着るものですから、妻の所有物です。
夫は、むやみに触らないほうがいい。
妻は不快感を示す可能性があります。
次は「共用するのが難しいケース」です。
たとえば、歯ブラシはその代表です。
夫と妻とで同じ歯ブラシを使うわけにもいきませんね。
夫は硬い毛の歯ブラシがいいかもしれませんし、妻は柔らかい毛の歯ブラシがいいかもしれません。
体質や歯茎の状態など異なりますから、使用する物品も夫婦で異なるはずです。
こうした場合は分ける必要がありますね。
歯ブラシは夫用と妻用とで別々にして、それぞれが夫の所有物、妻の所有物になります。
「基本的に夫婦のものは夫婦のものではあるが、一部の例外もある」
このように、夫婦には「3つの所有形態」があるということがおわかりいただけたでしょうか。
さて、ここまで堅苦しいことを言ってきました。
もちろんこれは基本的な考え方です。
仕方ない事情や本人の強いこだわりから、例外をいくつか設けてもいいでしょう。
マヨネーズを夫婦別々にしたいケースがあれば、夫用と妻用とでマヨネーズを買うこともOKです。
夫と妻とで一緒の歯ブラシを使いたければ、そうすればいい。
例外もありますから、その辺りは夫婦で話し合いながら決めていきましょう。
大切なことは、夫と妻とで話し合ったうえで合意するということです。
揉めることのないように、円満に所有のルールを設けておきましょう。
夫婦が円満になるとは「家の中のものはできるだけ共用する」という考えを持つことです。
共用できるものは、多ければ多いほどいい。
経済的だからです。
すべてのものを、夫用と妻用とで別々に分けたとします。
単純に考えると、費用が2倍かかりますね。
夫婦であるにもかかわらず、境界線を引っ張っている印象が強くなります。
何かお互いが反発し合っている。
夫婦なら、家の中のものはできるかぎり共用していくことをおすすめします。
これは夫婦円満のポイントの1つです。
夫婦で共用しようとする意識が薄いと、別居に至り、最終的に離婚につながりかねないからです。
大げさな展開と思うかもしれませんが、一因として考えられます。
これはなぜでしょうか。
段階的に流れを追って、考えてみましょう。
たとえば、冷蔵庫の中にあるものは、夫用と妻用とで別々にするとします。
夫婦であるにもかかわらず、夫も妻も頑固になり、自分のものだという意地を張ります。
すると、1つの冷蔵庫には夫用と妻用とで、同じものが2つずつ入ることになりますね。
現実的に考えれば、どうでしょうか。
すべての食材を夫婦で別々にすると、2人分を1つの冷蔵庫に入れることになりますから、冷蔵庫はすぐいっぱいになるでしょう。
その結果、冷蔵庫を2つ買うことになります。
冷蔵庫が2つになると、場所が2倍必要です。
その結果、部屋が狭くなります。
部屋が狭くなれば、今度は部屋も、2人分で別々にする。
極端に言えば、住んでいる部屋でもそうです。
1つの家では狭いので、家を別々にして別々に住むようになる。
すると、ほら「別居状態」の出来上がりです。
夫と妻とで家を分けるなら、結婚する意味はありませんし、独身で十分です。
「別居状態のほうがいい。別居状態のほうが楽だ」と言うなら「離婚しましょう」ということになりますね。
こういうことです。
仲が悪くなり始めた発端はどこでしょうか。
そうです、夫婦のものを別々に分け始めたところですね。
「夫婦で共用」という意識や覚悟が薄いからです。
結婚しているにもかかわらず、夫のものと妻のものとで分けるのは、不経済であり、場所も2倍取られ、夫婦らしくありません。
1つのアパートをルームメイトとシェアしている状態と、さほど変わりません。
形式上では、結婚しているが、心の中はまだ独身気分。
別々に分けることは離婚の原因になります。
もちろん例外として、歯ブラシや趣味のものなど、夫用と妻用とで分ける必要があります。
しかし、ほんの一部です。
基本的に家の中にあるほとんどの物は夫婦共用にしたほうが、夫婦生活はうまくいきます。
その覚悟、その認識、その理解を、夫婦ともにわかち合うことです。
結婚式で誓い合ったはずです。
「これからはお互いに協力し合って生きていく」と。
役所に婚姻届を提出したはずです。
これからは、夫婦が同じ所在地で、一緒に生活していくと。
それはどういう意味なのかというと「夫婦共用」ということなのです。
妻が料理をつくって当たり前。
夫が仕事をして当たり前。
人間は慣れるのが早い生き物です。
愛し合った2人が結婚し、一緒に暮らすようになると、慣れるのもあっという間です。
夫婦の間で慣れてくると、さまざまなメリットがあります。
ざっくばらんな話ができ、悩みを共有しやすくなります。
熟年夫婦ともなれば、言葉がなくても意思の疎通ができるようにさえなるから驚きです。
しかし、慣れてしまった結果、残念な点もあります。
「してくれて当たり前」と思い始めてしまうことです。
新婚時代は、妻の食事に感動していたのに、つくってくれて当たり前と思ってしまうようになる。
おいしいはずの妻の食事でさえ、おいしくて当たり前と思ってしまうようになる。
夫が生活費を稼いでくれるのが当たり前だと思ってしまうようになる。
こうなり始めたら、要注意です。
夫婦生活における、あらゆる感動が薄れてしまいます。
自分の心の中で「してくれて当たり前」という気持ちはありませんか。
それは良くありません。
してくれて当たり前と思い始めると、お礼を言うことがなくなります。
「いつもしてくれることに対して、今さらどんな感謝を言えばいいんだ」
難しく考える必要はありません。
「いつもありがとう」と言えばいいだけです。
いつもしてくれていますから、ストレートに「いつもありがとう」という表現が適切です。
お礼とは「嬉しいことがあったから」という基準でするのは良くありません。
その場合だと、慣れてくればくるほど、嬉しいことへの感動が鈍感になり、お礼を言うことが減ってしまいます。
お礼とは、むしろ「してくれて当たり前」と思っていることに対して述べることです。
相手は何の愚痴もこぼさず、今日もあなたのために、してくれました。
たとえば、今日の今から「してくれて当たり前」と思っていることに対して、パートナーに感謝の言葉を伝えましょう。
絶対に夫婦生活はうまくいきます。
お礼を伝えるチャンスは、常にあふれていることに気づくことでしょう。
確実に、お互いを尊重し合える関係を維持できるのです。
「熟年離婚」という言葉を聞いたことがありますか。
長年連れ添った夫婦が、熟年期になり、突然離婚する現象のことを言います。
夫、あるいは妻から、急に離婚の話を持ち出します。
何十年も長く連れ添っているなら、もう絶対離婚なんてあり得ないほど仲がいいだろうと思います。
しかし、そう思うのは早合点です。
熟年離婚で最も多いケースは、実は「けんかをしたことがない」というパターンです。
何十年も一緒に暮らしてきて問題なく過ごしている。
にもかかわらず、人生の区切りがついたときに、片方が「離婚します」と離別を申し出ます。
なぜこうなってしまうのでしょうか。
不満がなかったのではありません。
「不満はあったが、言えない環境が続いていたから」です。
離婚に至るケースはさまざまですが、これが最も多いケースです。
たとえば、一般的には「夫は働き、妻は家で家事や子育て」というケースが多いです。
ただし「一般的」であって「絶対」ではありません。
法律で決められているわけでも、義務でもありません。
夫婦がしっかり話し合ったうえで得られた理解や同意なら、問題ありません。
問題なのは「夫は働くものだ」「妻は家事や子育てをするものだ」という固定観念を、一方的に押し付けたりする場合です。
夫は「妻とは家事や育児をするものだ」と押し付ける。
妻は「夫は、会社で働き、稼ぐものだ」と押し付ける。
夫、あるいは妻が「そうするものだ」と固定をして考えてしまい、型にはめた考えや生き方を強要してしまうことがあります。
そういうことを押し付けてしまうと、関係がぎくしゃくします。
「常識」「一般的」「風習」とは怖いものです。
そうした風習の仲に「男尊女卑」のような差別が含まれているから、なお厄介です。
一昔前では「妻は夫に従うものである」という男尊女卑のケースさえありました。
社会的に広く認知されているので言いやすいし、逆らいにくい。
「そういうものだ」という考えは、実に卑屈です。
男性の中には、家で主夫をしたり子育てをしたりという人もいるでしょう。
妻の中にも、積極的に社会に出て、思いきり働きたい人もいるでしょう。
問答無用でそうした考えを押し付け、言われたほうが言い返せず、ただ従うだけ。
たとえ言い返したくても、子どもがいて、世間体などもあり、言い返したくても我慢をしている。
しかも結婚生活が長くなるほど言いたいことが言えない、といった雰囲気が出てきます。
長年のため込んだストレスが、人生の区切りに爆発してしまいます。
「熟年離婚なんて、自分たちには当てはまらない」
人ごとだと思わずに、自分たち夫婦にも当てはまるふしがあるのではないか、振り返ってみましょう。
夫婦生活が長くなるにつれて、だんだん「してくれて当たり前」と感じられてきます。
「してくれて当然」と思うようになり始めると、悪い方向に傾いていきます。
夫婦仲が危なくなるのは「ありがとう」と言わなくなってからです。
「別に、『ありがとう』というほどのことでもない。それくらい夫婦なら当たり前だろう」
そう思うのは良くありません。
何か1つでもお世話になっていることがあれば、きちんと伝えることです。
「慣れた」
「陳腐だ」
「珍しいことではない」
そうかもしれませんが、感謝はきちんと伝えるようにしましょう。
「伝え続ける」という習慣を維持することです。
「いつもありがとう」と言い続けているうちは、絶対に悪くなりません。
少なくとも、夫婦仲が悪くなる方向に傾くことは絶対にありませんしあり得ません。
相手の存在を肯定しているということであり、認めているということです。
それらを思っているだけでなく、きちんと言葉にしているからいい。
声に出せば覇気が出ます。
声には力があり、相手の心を揺れ動かす感動の力があります。
「いつもありがとう」という言葉は、夫にも妻にも使える言葉です。
夫に対して「一家を支えてくれてありがとう」と言えるはずです。
妻に対して「食事をつくってくれて、いつもありがとう」と言えるはずです。
「夫婦だから、いつもしてくれて当たり前」と思うことがあれば、チャンスです。
そう思うたびに「いつもありがとう」という言葉が言えるはずですね。
面倒と思わずに、言い続ける夫婦が円満を維持できるのです。
ある日の仕事中、光にまつわる不思議な出来事に、2つ、遭遇しました。
まず1つ目の光にまつわる不思議な出来事は、職場で仕事中の事でした。
職場の同僚と、一緒に仕事をしていたときのことです。
同僚は、何かいつもより不機嫌そうな表情をしているように見えました。
私は「何かあったの」と尋ねると、同僚は「いつもと変わらないよ」と答えます。
では、なぜ同僚は不機嫌そうな表情に見えたのか。
理由は単純でした。
部屋が薄暗かった。
部屋が薄暗いと、顔に影ができやすくなります。
その顔にできた影のせいで、不機嫌そうな表情に見えているだけでした。
いつもと変わりない表情でも、薄暗いところの場合、不機嫌そうな表情に見えてしまいます。
「なんだ、暗いから怒っているように見えただけか」
意外な光の効果に、驚きました。
2つ目の光にまつわる不思議な出来事は、昼間に職場で起こりました。
ある日「これからはエコの時代だ」ということで「エコ活動」を始めるようになりました。
その活動の一環として、昼間は電気を消すことになりました。
昼間は仕事もないし、部屋の電気を暗くすれば電気代を節約できます。
一眠りしたい人のためにもちょうどいいということで、すぐ導入されました。
私が電気を消す当番になり、お昼になれば部屋の電気はすべて消すようにしました。
昼間なので外からの光は入ってきますが、お化け屋敷のように薄暗い職場になります。
そのエコ活動を始めてから、不思議な変化を感じるようになりました。
昼食が、いつもより味気なく感じられるようになりました。
昼食はいつもと変わらないメニューですが、部屋の電気を消して暗い中で食べると、不思議と昼食の味がぼんやりしてきます。
言い方は悪いですが、腐っているように見えてしまい、食への感覚に影響を与えていました。
暗いと、せっかくの新鮮な食材も台無しです。
さて、この2つの不思議な現象は、実は職場ではなく、家庭内でも起こっています。
あなたの家の部屋をチェックしましょう。
ずばり、部屋の電気が暗くなっていないでしょうか。
けんかしやすい夫婦の部屋は「部屋が暗くて、雰囲気が悪い」という特徴があります。
暗い部屋の中なら、夫のいつもと変わりないはずの顔が、なぜか怒っているように見えます。
妻が一生懸命に作った料理も、暗い部屋の中で見ると、新鮮さに欠けて、味気なく感じます。
どんなににこにこしていても、どんなにおいしい食事も、薄暗い部屋では台無しです。
部屋の電気が暗いというだけで、マイナスの印象を受けてしまいます。
どうでしょうか。
明るさとはいえ、侮れませんね。
そこで大切なのは「部屋の明るさ」です。
部屋の明るさを、もう少し明るくしてみましょう。
部屋が明るくなれば、住んでいる人の心も自然と明るくなり、夫婦の会話が和らぐ効果があります。
明るい雰囲気の仲では、けんかがしづらくなります。
夫婦仲を改善させるためには、明るい部屋の雰囲気づくりをしていきましょう。
電球を、もう一段階明るいものに取り換えるだけです。
部屋の電気が明るいと、夫婦仲も明るくなるのです。
けんかのない夫婦生活では、明るい部屋がポイントです。
部屋が明るくなることで、パートナーの表情が魅力的に見えるようになります。
妻のつくる食事も、よりおいしく感じられるようになります。
そんな部屋の雰囲気を本格的に変えようと思えば、部屋の中のさまざまな家具などを取り換える必要があります。
部屋のものをすべて取り換えるのは、さすがに大げさです。
数多くある部屋の家具をすべて取り換えるのは、経済的にも厳しいですね。
そんなとき、3つの点だけ押さえてさえいれば、部屋の雰囲気は劇的に変わります。
まずは、部屋の明るさからチェックしてみましょう。
部屋の明るさを左右するのは、照明ですね。
電球や蛍光灯などです。
夫婦が共に過ごすリビングをチェックしてみましょう。
暗い部屋になっていないでしょうか。
暗い部屋にいると、気分まで暗くなります。
リビングが暗いと、相手の表情が不機嫌そうに見え、食卓に並ぶ食事も新鮮さが欠けているように見えます。
そこでワット数の高い電球や蛍光灯などに変えて、明るい部屋を演出してみましょう。
また光の種類も重要です。
光の種類を大きく分けると「白色系」と「暖色系」があります。
おすすめなのは「暖色系」です。
暖色系の部屋にいると、リラックス効果が強くなります。
今度、コーヒーショップやレストランに行く機会があれば、ぜひチェックしてみましょう。
必ず暖色系の電球が使われています。
リラックスしやすい雰囲気は、暖色系の照明がポイントです。
柔らかい色合いが、気持ちをリラックスさせ、話が弾みやすくなります。
続いて、第2と第3のポイントは「カーテン」と「じゅうたん」です。
なぜこの2つなのかというと、部屋の面積を大きく占めるからです。
大きく占めているゆえに、色が暗いとその影響も大きいです。
暗い色のカーテンや冷たい色のじゅうたんになっていませんか。
もちろん個人の趣味として、そうした色もいいですが、夫婦仲の改善にテーマを絞るなら、明るい雰囲気がおすすめです。
もう少し明るい色に変えてみてはいかがでしょうか。
原色のカーテンは少しきついので「パステルカラー」がおすすめです。
パステルピンクのカーテンやパステルオレンジのカーテンを想像してみましょう。
見ているだけで、ぱっと明るくなりますね。
灰色のじゅうたんより、ベージュ色のじゅうたんのほうが、部屋の雰囲気が明るくなります。
この3つを押さえることで、経済的に部屋を劇的に明るく変えることが可能です。
夫婦仲を改善するために「照明・カーテン・じゅうたん」からアプローチしていきましょう。
夫婦仲が自然と悪くなる原因の1つに「言葉遣い」があります。
一度亀裂が入った夫婦仲を取り戻すためには、言葉遣いを見直すことは必須です。
どこか相手の気分を害するような態度や発言を、本人が気づかないうちにしている場合が多いものです。
言葉が悪いと、知らぬ間に相手に不快な印象を与えます。
もし、あからさまに相手を非難する言葉なら、まだ救いがあります。
「少し言いすぎたな」と気づきやすいため、反省しやすいからです。
「その言葉遣いを直してほしい」というパートナーからの主張も、素直に受け入れてくれることでしょう。
コミュニケーションでは、大きな言葉に重点を置いてしまいがちです。
しかし、本当に注意が必要なのは、実は「たった一言」です。
たった一言の批判で、会話全体が台無しになってしまうことがあります。
「それくらいできるだろう」
「かっこ悪い」
「ばか」
こうした「余分な批判言葉」が入っていませんか。
ほんの一言です。
そういう言葉が、たった一言でも混じると、急に元気がなくなります。
一言でも批判言葉が混じると、会話をするのが嫌になり、会話が少なくなります。
会話が少なくなると、相手の考えていることがわからなくなり、すれ違いが生じやすくなる。
これが、夫婦仲が悪くなる原因です。
これは、口にしている側は気づきにくいです。
たった一言ですから、ダメージも小さく、相手はすぐ忘れるだろうと軽く考えます。
しかし、そういう一言こそ、相手はいつまでも気にしてしまいます。
自然の会話の中でさらっと出た一言だからこそ、相手の本音が見えてしまい、心に突き刺さる。
一言ほど、長く引きずってしまいます。
事の発端は「余分な一言」です。
いま一度、自分の言葉遣いをチェックしてみましょう。
差別用語・見下す言葉・偏見を生む言葉など、使っていませんか。
差別や偏見を生む言葉は、一切使わないように注意しましょう。
注意を向けるべきは、ほんの短い言葉だったのです。
夫婦仲を悪くさせるのは、一言の批判です。
とげのある言葉は「口にしないように気をつけよう」と思いますが、ささいな批判言葉は「これくらいいいだろう」と軽く考えます。
こういう一言は、なかなか自分で気づけないのもたしかです。
小さな言葉は流してしまいがちであり、大きなこととはわかりにくい。
「この一言は相手を傷つけてしまうだろうか」
もし言葉の判断が難しい場合は、簡単にチェックする方法があります。
「自分が言われて不快を感じるかどうか」です。
口にする前に、自分が口にしようとしている発言を、自分に向けて発してみましょう。
そのときの自分の心情を感じ取りましょう。
「自分が言われたらどう感じるか」
相手が傷つくなら、言うのは控えるようにしましょう。
一方、相手が喜ぶなら、どんどん言ってあげましょう。
自分が言われたらどう感じるのかは、自分のことですから難しくはありませんね。
思ったことをすぐ口にするのは、夫婦仲を悪くさせてしまいます。
大切なことは「ワンクッション」です。
口にする前に、自分が言われたらどう感じるだろうかと考え、言葉を選びながら発言します。
当然ですが、会話はゆっくりになりますが、ゆっくりだからこそいい。
ゆっくりした会話だからこそ、相手の気持ちを考える余裕ができたり、嬉しい言葉の感動に浸る余裕が生まれたりするのです。
口げんかをしている2人がいれば、ぜひチェックしていただきたいことがあります。
必ず「早口」になっているという特徴があるはずです。
これまであなたが経験してきた口げんかを、思い出してみましょう。
必ず早口になっていることでしょう。
ゆっくりした言葉でけんかをしている場合は、けんかではありません。
それは、きちんとした話し合いになっています。
ここに大切なキーポイントが含まれていることに気づきませんか。
けんかをしているから、早口になっているのではありません。
普通は、けんかで感情的になるから早口になるものだと思います。
たしかに腹が立てば自然と早口になりますが、本当の理由は別です。
実は、早口だからけんかになってしまいます。
思ったことをすぐ口にしてしまう習慣だからです。
自分が今から発言しようとする言葉は、相手を傷つける内容だろうかと考える手間を省略してしまう。
とっさに口にした言葉で、不意に相手を傷つけて怒らせたりしてしまい、本格的なけんかへと発展してしまいます。
もちろん夫婦だからこそ、何でも話し合える仲でありたい気持ちはあることでしょう。
しかし「何でも話し合える関係」とは「配慮せずに話し合える関係」とは、違います。
配慮せずに話し合える関係は、相手のことを考えていません。
何でも話し合える関係になりたければ、相手のことを考える時間が必要です。
まず自分が今から口にしようとしている言葉によって、相手はどう感じるだろうかと考えます。
死ぬまで、一生付き合い続けるパートナーです。
夫婦関係は、ぜひ気持ちよくありたいものですね。
親しき仲だからこそ、言葉を重んじる必要があります。
早口でまくし立てる会話より、ゆっくりした会話を心がけるようにしましょう。
円満な夫婦の会話は、必ずゆっくりした会話になっています。
ゆっくりした会話だから、円満になっています。
自分が今から口にしようとしている言葉は、相手が傷つく言葉だろうか。
自分が今から口にしようとしている言葉は、相手が喜ぶ言葉だろうか。
ワンクッションを置いてから発言しましょう。
さあ、夫婦関係を改善させるために、今日からゆっくりした会話を心がけましょう。
難しくはないはずです。
夫婦の会話をゆっくりにするだけで、夫婦の仲は安定しやすくなります。
夫婦に亀裂が入っているとき、まず考えるのが「夫婦で過ごす時間を増やすこと」です。
事実、離婚の危機に立っている夫婦ほど、一緒にいる時間が大変短いです。
一緒にいる時間を増やせば会話も増え、仲直りのきっかけになるだろうと思います。
たしかに一緒にいる時間を増やせば、コミュニケーションが自然と増え、お互いの理解を促す効果があります。
夫婦が仲良くて、いつも一緒にいたければいいでしょう。
一緒に旅行に出かけたり、共通の趣味を楽しんだりするのは素晴らしいことです。
「自然」にそうなるならいいですが「無理」にそうさせようとするのは、逆効果です。
「そうしなければならない」という義務として考えてしまうと、夫婦生活はぎくしゃくし始めます。
夫は夫婦としての体裁のために、やりたいことを制限し、夫婦で行動しようとします。
妻も夫婦としての体裁のために、やりたいことを制限し、夫婦で行動しようとします。
無理をして「夫婦」という形にとらわれると、いつも同行が義務になります。
「夫婦だから一緒にいなければならない」という義務で行動すると、窮屈さを感じ、ストレスになります。
夫婦らしい形を追い求めた結果、夫婦関係が悪くなる矛盾。
なかなか難しい問題です。
こういうときはどうすればいいか。
お互い、自分の趣味に熱くなればいい。
「週末だから夫婦で共に行動して過ごさなければいけない」という義務から解放されることです。
一切忘れてかまいません。
夫は釣りが好きなら、週末は釣りに出かけます。
妻も週末は、好きな習い事や教室に通って、自己研さんをするのもいいでしょう。
別々の行動でいい。
自分の時間が充実するからこそ、パートナーのことを考える余裕が生まれます。
お互いが趣味に没頭することで、自由が手に入り、心が充実し、夫婦間の適度な距離感を保てます。
そのとき、自然と一緒に行動したくなります。
大切なのは「夫婦らしい行動」ではありません。
「夫婦らしい心」です。
心が1つになっていれば、行動は別々でもいい。
「夫婦だから常に一緒に行動しよう」ではなく「夫婦という気持ちを持ちながら、お互いに充実しよう」ということです。
お互いが好きな趣味に打ち込みながらも、夫婦としては1つの心になっていれば、円満な夫婦関係を保てます。
大型デパートに行くと、よく見かける光景があります。
夫は、妻の買い物に付き合わされる。
逆のケースもあります。
妻は夫の行動に振り回され、見たいものが見られない。
夫婦だから一緒に行動したいところですが、それでは不便です。
一緒に行動するのは仲がよさそうですが、無駄な時間もストレスも増えます。
こうした不満を解消するいい方法があります。
「集合する時間と場所を決め、別々に行動すること」です。
ツアー会社の集合時間と場所を決めるかのように、夫婦でも集合する時間と場所を決めて、後は自由な行動をすればいい。
ゴルフが気になっている夫は、ゴルフ関連の売り場へ向かいます。
自分がみたいコーナーを好きなだけ堪能できます。
新しい靴を買いたい妻は、靴売り場へ行きます。
欲しい靴を、気が済むまで見比べたり、品定めしたりする時間ができます。
もし子どもがいる家庭なら、子どもに時計を持たせ、集合する時間までは、自由に行動ができることでしょう。
約束の時間までは、どのお店にどのくらいいてもいいですから、気が楽ですね。
約束の時間に集まったところで、昼食、あるいは夕食です。
こうして家族で食事をする時間も確保できます。
家族がデパートで過ごす時間も、個人が自由に行動できる時間もあります。
中心は「夫婦」が主体で行動としながらも、末端の行動は別々にすればいいのです。
ソファーがあると、夫婦関係が改善しやすくなります。
なぜソファーなのか。
夫婦が一緒になってソファーに座ると、話をする位置が「正面向き」ではなく「横向き」になるからです。
心理学では、真っ正面になって語り合うのは「対立」という意味があります。
四角いテーブルに座って話をするのもいいですが、何か堅苦しさがあります。
「これから話します。受け止めてください」という家族なのに仕事のような雰囲気があり、何か身構えます。
また、真っ正面から相手を見るのは、何かにらまれているようで抵抗もあります。
なぜ運転免許証の顔の写真写りが悪いのかというと、真っ正面からの顔だからです。
どことなく間抜けな表情になります。
一方、ソファーに座ると、話をする姿勢が横向きになります。
横向きの姿勢は、心理学では「仲間」や「親しさ」を意味します。
ソファーに2人が座って、お互いが横を向きながら話をしてみましょう。
なぜか柔らかい雰囲気に包まれ、話がやんわり進みやすくなるはずです。
ソファーに座ったままでは、口げんかがしにくくなります。
リビングにあるソファーに夫婦2人が座って、一緒にテレビを見ているところを想像してみましょう。
いい雰囲気が出ます。
もちろん子どもがいれば、さらに家族関係が良くなるに違いありません。
意外や意外、ソファー1つが、夫婦関係を改善させるきっかけになるのです。
スキンシップとは、温かさを伝え合う行為です。
温めたり温められたりして、夫婦愛を確かめ合います。
スキンシップが少なくなると、必然的に夫婦仲も冷めやすくなります。
冷えつつある夫婦仲を取り戻すためには、いま一度、スキンシップの回数を取り戻すことが大切です。
「増やす」というより「取り戻す」というイメージです。
新婚のころは、毎日夫婦の触れ合いが頻繁にあったはずです。
しかし、お互いの忙しさや慣れのため、だんだんスキンシップの回数が減ってきてしまいます。
では、どうスキンシップの回数を増やせばいいのでしょうか。
いきなりスキンシップの回数を増やそうと思っても、不自然になるでしょう。
「いきなりどうしたの」と言って、相手を脅かせてしまいます。
冷めかけた夫婦が温かさを取り戻すためには「さりげなく」がポイントです。
さりげなく相手に触れる回数を増やすうまい口実があります。
「マッサージ」です。
疲れている様子があれば、ぜひマッサージをしてあげましょう。
「疲れているでしょう。少しマッサージしてあげる」
「肩を揉んであげる」
夫婦なら、疲れているときパートナーの肩を揉んだりマッサージをしたりするのは自然ですね。
相手を癒やしてあげられるだけでなく、さりげなくスキンシップにもなります。
夫が妻をマッサージしてもいいです。
逆に妻が夫をマッサージしてもいいでしょう。
マッサージをしてスキンシップを増やすことで、冷めかけていた関係が改善に向かい始めるはずです。
相手に触れる回数が多くなるに連れて、また新婚のような温かさを取り戻すことができることでしょう。
あなたは夫婦間の嘘を、どう考えていますか。
夫婦の仲になると、だんだん慣れてくると問題になるのは「嘘」についてです。
夫婦生活が長くなると、お互いに慣れてしまい、なれなれしくなります。
相手を軽く考えてしまうようになり「少しくらい嘘をついてもいいだろう」と気が緩むケースがあります。
「夫婦の仲なら少しくらいの嘘はいいだろう」
家族ですから、そう思います。
ここがポイントです。
逆です。
夫婦だからこそ、嘘をつかないことです。
当たり前のことと思うでしょうが、再認識しておきたいことです。
夫婦の嘘は、ばれていないうちはいいですが、ばれると大変です。
夫婦関係は、信用で成り立っています。
嘘というのは、1つでも見つかると、ほかのすべてが信用できなくなります。
夫婦だからこそ、嘘の罪は大きい。
1つでも嘘が発覚すると、相手のすべてが信用できなくなり、一気に夫婦に亀裂が入ってしまいます。
夫が「今日、残業があるから」と言っても「本当かな。ほかの女と浮気をしているのでは」と疑ってしまいます。
妻が「今日は忙しくて」と言っても、大げさに言っているだけだろうと思ってしまいます。
相手の言っていることを本当に信用できなくなれば、心の距離も離れます。
「夫婦だから、少しくらいの嘘はいいだろう」と考えるのではなく「夫婦だからこそ、嘘は厳禁」と考えることです。
都合の悪いことでも、正直に告白したほうが、夫婦の関係は安定するのです。
どんなに仲が悪い夫婦でも、赤の他人と接するときは、機嫌が良くなります。
声のトーンまで変わります。
夫婦で会話をしているときに、電話が鳴って、電話に出たとき、声のトーンは急に変わります。
なぜか他人とのほうが適度な距離感が保てます。
夫婦でいるときには、パートナーのささいなことまで気になっていらいらしてしまいますが、他人には、なぜか心が広くなるでしょう。
「夫婦」という2文字にとらわれすぎていませんか。
夫婦は、手をつながなければいけない。
夫婦は、一緒に行動しなければならない。
夫婦は、常に会話をしなければならない。
「夫婦はこうあるべきだ」という考え方にとらわれすぎていると、お互いが窮屈に感じます。
自分にとってストレスを感じるだけでなく、なにより相手もストレスになってしまいます。
他人と接するときに楽になるのは「こうあるべきだ」という考えがないからです。
「さまざまな人がいるのだから、まあいいだろう」と思っている。
他人に対しては、人は寛大になります。
その器の大きさを、ぜひ夫婦にも適用しましょう。
型にはめすぎた考え方が行きすぎると、自分の理想と違うことばかりで、ささいなことでも腹が立ってきます。
夫婦として接するときはうまくいかないのに、他人と接するときはうまくいくなら、夫婦も他人と同じように接すればいい。
「夫婦だから」という考え方を捨ててください。
特に、すでに亀裂が入った夫婦が修復関係に向かうためには、そういう思いきった改革が必要です。
夫婦でありながら、どこか他人だと思うくらいでいい。
「夫婦らしからぬ行動」と思うくらいでいい。
そうすると、ほら、肩の力が抜けませんか。
ぴりぴりしていた関係が、少し和らいできます。
うまい距離感が保てるようになります。
他人だと思うと、話しかけやすくなったり謝りやすくなったりするはずです。
そこを突破口にして、近づくきっかけに変えるのです。
もやもやしたものを体にため込んでおくのは良くありません。
離婚をするのは、大きな不満をたまりにためて、爆発させるときです。
風船が膨らみ続けるなら、いつか爆発します。
自制心を失って、コントロールが利かなくなる。
不満をため込んでしまうと、爆発したときに「離婚」ということしか思い浮かばなくなります。
我慢をするくらいなら、きちんと言ったほうがいい。
もちろん多少の不満は、黙認することもあるでしょう。
ある程度の不満には大きな心を持って受け入れることは必要です。
しかし、我慢できないことまで無理に耐え続けるのは、大きなストレスになります。
それはきちんと相手に伝えることです。
普段から小さなけんかをしている夫婦は、別れることはありません。
不満と思ったタイミングで、その場で話し合い、その場で解決するからです。
少々口うるさいかもしれませんが、問題は早い解決がいちばん。
このスピード感です。
小さな不満があっても、すぐ改善できます。
そういう小さなステップを何度も繰り返しているので、小さな痛みはあっても、大きな痛みはありません。
けんかをすることはあっても、けんかのたびに、なぜか以前より仲良くなっているはずです。
小さなけんかの後は、曖昧な気持ちが解消されるため、お互いが近づきやすくなるのです。
どんな夫婦も、結婚してから、必ず思うことがあります。
「離婚したほうがいいのか」という迷いです。
最高だと思って結婚したはずのカップルが夫婦になり、一緒に暮らし始めると、あとから変わることがあります。
態度が変わったり、言葉遣いが変化したり、新しい癖や習慣ができたりなどです。
夫婦前は仲良かったのに、夫婦になってしばらく経つと、なぜか対立や衝突が増えてしまいます。
なぜでしょうか。
成長をすれば、人は必ず変わるからです。
昨日のあなたと今日のあなたは、わずかに違うはずです。
去年と今年とで比較すれば、差はもっと大きくなるでしょう。
それは相手も同じです。
「こんな人より、もっといい人が世の中にいるに違いない」
そういうことを考え始めていると、切りがありません。
理想だと思って結婚した当初は、たしかに趣味も考え方も一緒であった。
そのときは、たしかにそうだったのでしょう。
しかし、結婚後、成長するにつれて次第に違いが生まれてきます。
これは、誰と結婚しても同じです。
成長によって、あなたも変わるし、パートナーも変わります。
すれ違いはあって当然。
時間がたち、経験を積めば、わずかな違いは増えます。
昔とは変わったから、腹を立てるばかりでは仕方ありません。
結婚後に大切なのは、そうしたお互いの成長による違いを楽しむことです。
「変わったことしているね。面白いね」
「なんだか変だよ。珍しいね」
「おかしいよ。でもいいかもしれない」
そういう受け入れる心があれば、逆に夫婦の仲はよくなります。
夫婦とは、一緒に受け入れる器を広げていくことです。
成長して、違いが生まれ、それを楽しむ姿勢があれば、寛大になって受け入れられるようになります。
それが円満な夫婦生活になるのです。
仲がいいときは、気兼ねなく話しかけやすい。
パートナーから話しかけられても、別に何も思わないものです。
コミュニケーションの量も自然と増え、どんどん仲は深まっていくという好循環です。
しかし、一転して仲が悪くなれば、話しかけるのもおっくうになります。
パートナーから話しかけられるのも緊張感が漂います。
亀裂の入った夫婦関係は、本来、夫婦の間で解決すればいい話です。
しかし、反り合っている関係だからこそ、そうしたくてもなかなか難しいことがあります。
コミュニケーションの量が減ると、さらに夫婦は冷めていくという悪循環。
いいときにはどんどんよくなるが、悪いときにはどんどん悪くなる。
これが人間関係の特徴です。
夫婦間でも同様に、いいときにはどんどんよくなるが、悪いときにはどんどん悪くなります。
この悪循環を断ち切るために、意外な救世主がいます。
あなたのお子さんです。
お子さんがいる家庭に限った話ですが、もしお子さんがいるなら、悪化している夫婦の仲が、早く解決する可能性があります。
子どもを利用するわけではありませんが、子どもを通して、関係改善の活路を見いだします。
たとえば、わが子を話題にして、話しかけてみましょう。
「最近、わが子はどんな様子なのか」
「学校で何か変わったことはあったか」
昼間、夫は会社にいるので、日中のわが子の様子がわかりません。
学校でわが子がうまくやっているのかどうかという話には、積極的に耳を傾けるはずです。
逆に妻も夫にわが子について報告をするという口実で、話しかけてみましょう。
「今日、かけっこで一等賞を取ったのよ」
「最近友人が増えたみたいよ」
子どもの成長を聞いたり報告したりすることで、夫婦間の改善に向かいます。
話をするきっかけをうまくつくりやすくなります。
かわいい子どもの様子が気になるのは、夫も妻も同じです。
また子どもに要望を代弁してもらうのも、1つの手です。
子どもに言ってもらったほうが、話がスムーズに進むことは、よくあります。
苦手なパートナーが「たまには家族旅行に行って思い出をつくりたい」と言うと「面倒だな」と思います。
愛するわが子から「たまには家族旅行に行って思い出をつくりたい」と言われると「たしかにそうだな」と思います。
愛するわが子からのお願いには反論できません。
子どもは夫婦をつなげる役目を持ちます。
子どもの純粋で無邪気さが、夫婦間の緊張を緩め、夫婦関係の改善に向かうのです。
古くから、子どもは夫婦間のかすがいになると言われます。
かすがいとは、木と木をつなぎとめる両端の曲がった大きな釘のことです。
子どもが生まれると、夫も妻も子どもの面倒を見る必要が出てきますね。
子どもが父親と母親の間に入ることで、木をつなぎとめるかすがいのように、会話にも夫婦間の良好な関係を保てます。
さて、そんな「かすがい役」とはいえ、子どもがいない家庭ではどうすればいいのでしょうか。
実は、もう1つ、かすがい役になる存在があります。
ペットです。
ペットも子どもと同じように、夫婦間の良好な関係を保つかすがいになります。
たとえば、犬を飼えば毎日朝、散歩に行くタイミングが増えます。
散歩をすることで夫婦一緒に出かける機会が増えます。
もちろん運動する機会が強制的に増えるので、夫婦ともに健康的です。
面倒のかかるペットがいることで、夫婦が協力的にならざるを得ない状況をつくり出します。
しかも癒やし効果もあります。
「アニマルセラピー」という言葉をご存じですか。
動物との触れ合いによって、病気を治したり、心を軽くさせたりする効果があるという療法です。
無邪気な子犬を見れば、夫婦の疲れも吹き飛び、癒やされることでしょう。
もし夫婦げんかをしたときも、ペットならお構いなしです。
いつもどおりに無邪気に接してくるペットだからこそ、緊張が緩み、けんかの修復も早くなります。
夫にとっても妻にとっても、無邪気なペットがうってつけです。
しかし、このペットにもいいことばかりではありません。
いくつか問題もあります。
まず、ペットの世話を手間だと思う人には向かないことです。
ペットが好きでないと、世話は大変ですね。
ペット好きなら癒やされますが、そもそも苦手な人は疲れを増やしてしまいかねません。
その世話を、愛情を持ってできるか、それとも義務的にやるのかは、ペットが好きかどうかで決まります。
もう1つの注意ポイントは「アレルギー」です。
ペットのにおいや毛などにアレルギーがある場合は、控えたほうがいいでしょう。
もちろん忘れてはならないのは、きちんと夫婦で相談をしてからペットを飼い始めることです。
夫婦にとってペットは、金銭的にも時間的にも負担になります。
こうした点を含めて、ペットを検討してみましょう。
ペットを飼うのは家族が1人増えるのと同じです。
いいことと悪いことを確認しながら、検討すればいいでしょう。
そのうえで、夫婦ともに根っからのペット好きなら、きっと癒やされるに違いありません。
夫婦仲を深める仲介役になるでしょう。
「もう私たち終わりだ。離婚したいのか!」
「こんな状態が続いていると離婚になる」
「さもなければ離婚するぞ」
夫婦の仲を取り戻そうと、脅しのつもりで口にする夫婦がいます。
離婚というキーワードは強烈なので、この言葉を会話に出せば、相手は少し頭を冷やして、態度を改めるのではないかと思います。
口にしている側は、もちろん本気で離婚を考えているわけではなく、冗談を交えながら言っています。
しかし、これは良くありません。
たとえ冗談でもです。
思うまではOKですが、口にするのはNGです。
軽々しく口にするには、マイナス要因が強すぎるキーワードです。
たとえ冗談でも口にしてしまうと、意識し始めてしまうようになります。
逆効果です。
軽々しく口にしたつもりでも、自分が口にして、自分の耳で聞くと、強く意識してしまうことになります。
冗談でも、言われた側は聞いてしまうと、意識をしてしまうようになります。
意識をしてしまうと、余計に考えるようになります。
冗談のつもりが、次第に本気で離婚を考えてしまうようになります。
夫婦でけんかをするのはいいですが、とっさに「離婚」という言葉を口にするのは良くありません。
言いたくなっても、ぐっとこらえるようにしましょう。
「離婚」という言葉は、夫婦間では禁句中の禁句なのです。
円満な夫婦にするために、いつも一緒にいる時間を増やそうとします。
たしかに夫婦ですから一緒に行動して、会話を交わすことは大切です。
そういうのを好む人なら問題ないですが、必ずしもそういう人ばかりではありません。
ほとんどの人の場合、一緒にいる時間が長すぎると、プライベートがなくなり自由がなくなります。
いつも一緒にいすぎるため、夫婦が縛られ、ぎくしゃくすることもあります。
そこで夫婦が円満になるために必要なのは「いつも一緒にいる時間を増やす」より「1人になる時間を増やす」ことです。
結婚をして夫婦になっても、ある程度は「1人になる時間」が欲しいです。
1人になる時間が増えると、趣味に没頭したり、のんびりしたりする時間も増えることでしょう。
友人と飲みに行ったり、食事で外出したりすることもできます。
プライベートが充実するから、夫婦一緒にいる時間も充実します。
円満になるために、とにかくいつも一緒にいる必要はありません。
あえて、1人の時間をつくっておきましょう。
個人の自由を確保するから、夫婦の仲も保てるのです。
「初心忘るべからず」
これは、室町初期の能役者である世阿弥の格言です。
「学び始めた当時の意気込みや謙虚さを忘れず、常に高い志を持って物事に当たらねばならない」という意味です。
いつまでも初心を忘れないことで、気持ちの緩みを防ぎ、自己研さんを積み上げることができます。
ここまでは、おそらく皆さんもご存じでしょう。
さて、この格言には、実は裏の意味があります。
世阿弥が口にしたということは「世阿弥でさえ、初心を忘れて苦労をした」ということです。
つまりこの言葉の裏には「いかなる人間でも必ず初心を忘れてしまう」という人間心理をついた意味があります。
心を大切にする芸の世界でさえ、初心を忘れてしまい、たびたび苦労をしたくらいです。
私たちには、毎日のように忘れることでしょう。
これはもはや、人間の性分と言ってもいいでしょう。
夫婦生活も同じです。
「初心を忘れずに」と頭でわかっていても、慣れてしまえば必ず忘れてしまいます。
「忘れるだろう」ではなく「必ず忘れる」と思ってください。
初心を忘れてしまうと、夫婦関係がだれてしまい、言葉遣いや態度が悪くなってしまいます。
もちろんある程度の緩みは、いい味を出しますが、緩みすぎると良くありません。
結婚したばかりの気持ちを忘れなければ、夫婦生活はどんなに楽になるでしょう。
夫婦としての原点は、結婚当初です。
夫婦としての仲を取り戻すポイントは、そんな「初心」です。
必ず忘れる初心を、季節の変わり目に思い出しましょう。
パートナーからもらった手紙を読み返したり、結婚式の写真を見返してみたりなどです。
それだけでも、ふっと気持ちがよみがえってくることでしょう。
初心に返ることが、長い夫婦生活を安定させるポイントなのです。
私の祖父と祖母は、生前、同じ部屋で暮らしていました。
8畳程度の部屋でした。
昔はその部屋に家族全員が集まって、食事をしていました。
それほど大きくはない部屋に、家族全員が集まるので、多少無理がある印象もありましたが、それでいい雰囲気でした。
その部屋の壁には、興味深い写真がありました。
生まれたばかりの私を抱いた家族全員の写真です。
私はまだ赤ちゃんで、自分でも自分だとわからないほどです。
また、新婚当初の写真なので、父も母も肌はつやつやです。
祖父も祖母も若々しいのがわかります。
写真を見るたびに「みんな若いなあ」と思っていました。
昔は、その部屋に家族全員が集まり、食事をしていました。
なぜ、家族全員が食事をする場所に、家族の写真が飾られていたのか、今ではよく理由がわかります。
おそらく祖父と祖母は「いつまでも初心を忘れないでほしい」と願っていたからなのでしょう。
食事をする場所に飾ってあるため、食事をするたびに、視界に入ります。
家族全員が集まる場所に、家族全員が写った写真があると、家族全員が目にすることになります。
そうすることで、家族全員が「初心の大切さ」を思い出す効果があります。
夫婦関係が悪い方向に傾きすぎないように抑制をしていました。
特に大切なのが「家族全員が目にする場所に、家族全員が写った写真がある」ということです。
夫婦に亀裂が入り、改善しようと努力しても、片方のパートナーだけが思っているだけではいけません。
夫婦が共に、改善しようと心がけるからこそ、改善に向かいます。
いつまでも結婚した当時の気持ちを維持できれば、どれだけ夫婦はうまくいくことでしょう。
あなたの部屋にも、ぜひ夫婦が写った新婚当初の写真を飾ってみましょう。
かなり効果があります。
ときどき写真を見ると、結婚当初の記憶がよみがえり、初心に返ることができるのです。
初心を忘れてしまうと、ある程度は夫婦関係が緩んでしまいます。
ある程度の緩みは大きな問題にはなりません。
むしろ、緩みがいい味を出します。
リラックスできるということです。
なぜリラックスできるのかというと、完全に相手を信用しきっているからです。
お互いが強い信頼関係で結ばれている証拠です。
夫婦関係が長く続くことで、言葉は少なくても、緩むことで、お互いが気兼ねなく話ができるようになるでしょう。
しかし、緩むのはいいですが、緩みすぎるのは良くありません。
難しいのは、その境界です。
「緩む」と「緩みすぎる」は、言葉の響きがそっくりですが、意味は全然違います。
緩むは信頼、安心、癒やしなどがありますが、緩みすぎているというのは、完全に初心を忘れているということです。
これが夫婦の難しさです。
今あなたは「緩んでいる状態」ですか。
それとも「緩みすぎている状態」ですか。
自分を客観視できる目を持ってください。
緩みすぎているなら今すぐ対策を……と言いたいところですが、さてここからが本題です。
緩みすぎているなとわかれば、自分で自分にむちを打てばいいと思います。
しかし、そう単純にはいきません。
できないのです。
緩みすぎているからです。
単に緩んでいるだけなら、まだ救いはありますが、緩みすぎてしまうと、もはや自分にむちを打つ気力すら残っていません。
だれる気持ちが強すぎて「面倒だ。どうでもいい」と思ってしまいます。
もちろん気持ちを奮い立たせればできることもありますが、特に大変です。
さあ、こうなれば大変です。
夫婦関係は、こうならないように注意しなければいけません。
緩みすぎてからむちを打つのではなく、緩みの適度さを見ながら調整することが大切です。
「緩みすぎてからなんとかすればいいだろう」と思いますが、実際そのときになると手をつけることさえ難しいのです。
緩みすぎてからなんとかしようと思うのではなく、緩みかけたら、すぐ行動です。
適度な緊張を演出するイベントを、夫婦でつくってみましょう。
代表的な3パターンがあります。
まず「2人で旅行をすること」です。
慣れない土地に2人で旅行に行き、一緒にみたこともない景色を見て感動すれば、いい刺激になるはずです。
どきどきする緊張感が、出会ったころの緊張感と重なり、お互いの関係を見つめ直す機会になるでしょう。
第2のポイントは「2人で夜景を見に行くこと」です。
雰囲気のある夜景を見ることで、男女関係を再度意識するチャンスになるでしょう。
帰りにホテルに寄るのも悪くありません。
第3のポイントは「2人で雰囲気のある高級レストランへ食事に行くこと」です。
高級なレストランの堅苦しい雰囲気が、夫婦に新鮮な刺激をもたらします。
もちろんほかにも2人で一緒に緊張できることなら何でもかまいません。
大切なことは「一緒に緊張すること」です。
共に緊張することで、助け合う雰囲気が出来上がります。
緊張しているどきどきは「新婚時のどきどき」と似ています。
結婚して間もないころは、これから何があるかわからない将来を、一緒に案じていたはずです。
協力し合いながら立ち向かおうという強い意志や緊張感があったはずです。
結婚式には、多くの人たちから祝福され、気持ちが引き締まっていたはずです。
こうした緊張感のあるイベントをつくると、当時の気持ちがフラッシュバックされます。
当時の場面、気持ちなどが次々と脳裏に浮かんで、初々しい気持ちに戻ることができる。
「忘れかけていた何か」を、呼び戻せます。
もちろん少々お金はかかることでしょうが「薬代」と思えばいい。
緩んでいる夫婦関係を引き締めるいい薬になり、初心に返るきっかけになるでしょう。
亀裂の入りかけた夫婦の関係が、改善に向かうのです。
「私たちは夫婦なのだから」
そう思うと、何か型にはめられているような気がして、ストレスになります。
そうではなくて、心の中で一度パートナーと離婚をしてみましょう。
いきなり離婚届にハンコを押すわけではありません。
思うだけですから、大したことではありません。
心の中で、大胆にそう思いきってしまいます。
頭の中だけで、パートナーを捨ててしまいます。
未練を断ち切ってしまいます。
心の中で、離婚をしてしまいます。
言い方が悪くなりますが、他人だと思うくらいでいい。
今まで至近距離すぎていた2人に、区切りを入れてみます。
心理的に遠く離れたような気になるとどうでしょうか。
今までむかむかしていた気持ちが休まるはずです。
大胆にも、心の中で突き放してしまうことで、いちいち相手にいらいらさせられることはなくなります。
ささいな言葉でも「もう他人だから」と思えば、平然と受け入れられるようになります。
相手の行動や態度に腹が立っていたことも、冷静になれることでしょう。
それが、捨てることの意味です。
捨てるとは、執着を捨て、願いを捨て、欲を捨てるということです。
そのとき、相手ではなく、自分が「素」に戻れます。
本当に離婚の危機から脱したければ、心の中で一度パートナーを捨ててしまいます。
頭が冷めたおかげで、急に相手を正しく客観視できるようになります。
「もう嫌だ。別れたい!」
そういうときに、いきなり離婚に踏み切るのは良くありません。
夫婦生活なら、すれ違いはあります。
パートナーの身勝手な行動に、腹が立つことがあります。
そういうとき、気の早い人は、いきなり離婚と考えます。
いつもそばにいるほど、相手の価値がなかなかわかりにくいです。
毎日一緒にいる夫婦生活では、一緒にいる時間が長いがゆえにお互いの価値観を見失ってしまいがちです。
すべてが当たり前と感じてしまう。
相手のしていることが目障りに感じてしまい始めると、少し休憩も必要です。
その休憩こそ「別居」です。
少し大胆な方法ではありますが、仕方ないときには有効な手段の1つです。
別居とは、いわば、疑似的な離婚です。
別居を、悪いことだと考えないでください。
まだ離婚届を提出しているわけではありません。
お互いの価値を見直すための「人生の休憩」と考えます。
お互いに少し距離を離してみましょう。
別居をすると、1人で静かに考える時間ができます。
パートナーがいなくなったときに、さまざまな不足を感じることでしょう。
1人で生活をすべてやりくりしようとするときの不便さが出てきます。
離婚するということは、生活のすべてを1人で全部やりくりしなければならないということです。
仕事でお金を稼いで、食事・掃除・洗濯・子どもがいれば子育てです。
そういうとき、自分の力不足を感じると同時に、今まで支えてくれていたパートナーの存在の大きさに気づくことでしょう。
寂しい気持ちになり、大きな心の支えになっていたことも気づくきっかけになります。
客観的になれ、お互いの価値観を見直す機会になります。
別居は、離婚してしまったかのような疑似的な状況をつくり出せます。
お互いの存在価値を再認識する機会になり、夫婦関係が好転する突破口になる可能性が大きいのです。
世の中には、仕方ない事情から夫婦が最悪のケースに至ることがあります。
夫婦生活の最悪のケースとは、やはり「離婚」です。
「この人とならうまくやっていけるだろう」と思い結婚したものの、一緒に暮らし始めてみると、想像と違っていることがあります。
1つ屋根の下で暮らしていると、相手の悪い癖が見えてきたりします。
考え方に変化が生まれてきて、すれ違いが多くなります。
修復が不可能になった結果「離婚」という最後の決断に至ります。
しかし、そういう常識をひっくり返す出来事に遭遇したことがあります。
知るきっかけになったのは、私が19歳のときに付き合っていた彼女でした。
ある日、彼女が「実は……」と言って、話を持ち掛けてきました。
聞くところによると、彼女のご両親は一度離婚を経験しているといいます。
「バツイチ同士の2人が出会って結婚をしたのか。よくある話だよ」
最初はそう思っていました。
すると彼女は「違う」と言います。
「違うってどういうこと?」
なんと衝撃の事実を知ります。
一度離婚をして、また同じ2人が再婚しています。
再婚というくらいですから、普通に考えれば、別の人と再婚するものだろうと思います。
しかし、離婚をした同じ2人が、また再婚している。
彼女も「最初から離婚しなければ良かったのに」と笑っていました。
たしかに普通ならそう思います。
考え方が異なっていたり、価値観が合わなかったりなどして、切り札として離婚に至ります。
「え? 何があったの?」
驚いた勢いから、気になり、続けて質問しました。
さすがに直接、ご両親には聞きづらかったので、長女である彼女に理由を伺ったところ、印象的な話が返ってきました。
「一度離婚して、お互いの価値を再認識できたのだと思う。頭を冷やして、失ったことの大きさに気づいたのだと思う」
彼女からの言葉は的を射ていました。
離れた後、またくっつくという両親の不思議な行動の一部始終を、客観的に見てるからひしひし感じられたのでしょう。
「なるほど」と思いました。
失ってから気づく価値。
夫婦は身近すぎるため、存在するのが当たり前で、普段は価値が感じにくいものです。
いるときは、なかなか価値の大きさに気づけませんね。
失ってから、価値の大きさに気づくということです。
いがみ合った結果、別れると決断したはずなのに、離婚届を役所に提出してから妙に恋しくなります。
失ってから初めて相手の大きな価値に気づきます。
「そういうこともあるのか!」
握り寿司屋で見た、仲がよさそうなご両親の笑顔は、一度失った経験があるゆえに出てくる笑顔でした。
離婚といえば悪い印象ばかりが先行しますが、必ずしもそうとは限りません。
大変なことやつらいこともあったが、そういう部分も含めて、人生であり夫婦であると気づけたのでしょう。
離婚することで得られることがあり、また同じ2人が再婚ということがあります。
世の中には「良い離婚」もあるのかと、新たな価値観に気づかされる一件でした。