「説明するのが苦手」
「説明がわかりにくいと言われた」
「どうすればわかりやすく説明ができるか」
「あなたはどんな人ですか」と聞かれると、たくさんの言葉が思い浮かびます。
「行動は、勢いを大切にする性格」
「小さいことを気にしすぎる」
話がわかりにくい人の書く字は、特徴があります。
鉛筆で「薄い字を書く」ということです。
文字を書くときに、間違えたときに消しゴムで消しやすいように、力をあまり入れないで文字を書きます。
学校に入学したばかりの小学生は、先生からこう言われます。
「発表するときには小さな声ではいけません。大きな声で発表しましょう」
手を挙げて、みんなの前で発言するときに言われる決まり文句です。
わかりやすい説明ができるようになるためには、物事のポイントを押さえる練習をする必要があります。
こればかりは魔法の方法はなく「普段からの練習」がどうしても必要です。
ポイントを押さえる練習としておすすめしたいのが、読書の際の「線引き」です。
読書をしているときには、どの言葉も大切そうに聞こえます。
たくさんの文字が目に飛び込んで、目まいがします。
しかし、作家が言いたいことは「一言」だけです。
「箇条書き」は、書き言葉でも話し言葉でも、わかりやすく説明するためのポイントです。
箇条書きを使って説明すると、わかりやすくなります。
箇条書きそのものが、要点になっているからです。
どうしても、長い話にならざるを得ないときがあります。
それでいて、わかりやすく説明しなければならないときがあります。
たとえば、事件の状況説明や経緯の説明などでは、一部始終を詳しく説明しなければいけませんから、話が長くなります。
あなたが普段使っている話し言葉をチェックしましょう。
説明がわかりにくい人には、ある癖があります。
次のような言葉遣いになっていないでしょうか。
今はもう書かなくなりましたが、私は学生時代、日記をつけていました。
19歳から24歳までの5年間、1日も欠かさず書いていました。
この日記を書く作業は、わかりやすく説明をするための基礎づくりに、大いに役立った実感があります。
私は19歳から24歳までの5年間、毎日日記を書いていました。
「書いていました」という表現のとおり、過去形です。
今は書いていません。
説明が下手な人は、結論を後回しに話す癖があります。
私も、その気持ちがわかります。
大切なことを最初に言うのがもったいないと思い、じらして、最後に言いたくなります。
説明が下手な人は、くどくどした話し方になっています。
くどくどは、次のことをいいます。
「じらした話し方」
1つの説明をするときに、2種類のアプローチがあります。
(1)肯定した説明
(2)否定した説明
街を歩いていると、次のような言葉を目にします。
私は言葉を扱う人間として、残念だなと思う表現です。
さて、どこがよくないのか、おわかりでしょうか。
本を読むときには、私たちは「要点を探す」という作業を無意識にしています。
「何が言いたいのか、何を伝えたいのか」を探す作業です。
この作業は、無意識ながらも、面倒で疲れてしまいます。
先日、読者から「なぜいつも30構成なんですか」と聞かれました。
「もう少し多くてもいいのではないか」という気持ちで、質問してきたようです。
実は、私としても「30」というのは、少ないと思っています。
説明書がつまらないのは、順番がきれいすぎるからです。
1.はじめに~から引き出します。
2.次に~をします。
物事を強調するときに、次の言葉を、よく口にします。
「とても」
「かなり」
ある日、レストランへ入ったときのことです。
レストランは、満席でした。
忙しそうにしているウエイターから「しばらくお待ちください」と言われました。
説明が下手な人は、話を接続助詞でつなぎます。
接続詞を使って、文と文をつなげ、長くしてしまいがちです。
接続助詞で言葉をつなぐことが癖になっている人は、特に要注意です。
会社で、Aさんに電話があったときのことです。
Aさんは不在で、電話があったというメモを残しました。
あなたは、次のようなわかりにくいメモを、残していないでしょうか。
「要は」というのは「要点は」の略です。
文章のまとめを伝える際に使う表現です。
本の中だけでなく、私たちの日常会話でも、頻繁に登場する表現です。
説明上手な人は、聞き手が求める「どこが大切なのか」という探す作業を、少なくさせる話し方をしています。
強弱のない平坦な説明は、わかりにくいものです。
話の一部始終を聞かないと意味がわからない言葉は、聞き手を疲れさせます。
私はこれまでたくさんの本を読んできましたが、記憶の残りやすい本と、記憶に残りにくい本がありました。
3年前に読んだ本を覚えていることもあれば、1週間前に読んだ本の内容を忘れていたりします。
覚えているかどうかは、時間は関係ないようです。
外国から入ってきた言葉を、日本語では一般的に「カタカナ」で表記します。
物語を意味する「ストーリー」という単語は、英語の「story」からきています。
携帯を意味する「モバイル」という単語も、英語の「mobile」からきています。
情緒的な文学作品に多いのが「情緒的な表現」です。
「情緒的な表現」は、イメージが湧きにくい表現が多いものです。
「瞳に映った月の影」
これまでにない新しい技術、商品、サービスの説明では、専門的な用語が登場しがちです。
説明が下手な人は、自分の立場になり、いつも使っている専門的な用語を使って話してしまいがちです。
自分が開発した商品は、自分がいちばんよく知っているので、専門的な用語も当たり前に話してしまいます。
天皇が発言をされるとき、いつもゆっくりした話し方です。
落ち着いた話し方ではありますが、言葉の一つひとつが、心にしみる話し方ですね。
発言のミスを防ぎ、思っている気持ちを、言葉を厳選しながら話しているからです。
私が説明する際に気をつけているのは「大げさな表現を使わない」というルールです。
作家として、最低限のマナーだと思っています。
大げさな表現をすると、表現効果が強いように思えます。
「説明するのが苦手」
「説明がわかりにくいと言われた」
「どうすればわかりやすく説明ができるか」
おや、わかりやすい説明の仕方にお悩みですか。
話がわかりにくい人のパターンは、たいてい同じです。
話が長いのです。
話が長いために焦点がぼやけ、何が言いたいのかわからなくなっています。
たくさん話をしてしまうことで、数多くの言葉が登場することになります。
聞いている人は、どれが大切なメッセージなのかわからず、困惑してしまいます。
話す人は、たくさん話せば、聞いている人にたくさんのメッセージを伝えることができ、わかりやすくなるだろうと思っています。
そもそも、勘違いです。
聞き手には、話が長いより、短いほうがわかりやすくなります。
わかりやすい説明の鉄則は「短い言葉」です。
「わかりやすさ」だけでなく「理解のしやすさ」「記憶のしやすさ」もすべて「短い言葉」が基本です。
わかりやすく説明するために必要なことが見えてきましたか。
とにかく、言葉を短くすることです。
言葉を短くしようと心がけると、どんなに説明が下手な人でも話をまとめられるようになります。
短い言葉で表現しようとすると、話を要約せざるを得ません。
大切な言葉しか言えなくなります。
一言しか言えないとなると、いらない言葉を削らなければいけません。
そう心がけることは大切です。
いらない言葉を削る習慣を身につけるだけでいい。
そのためにも、一言で表現する練習をしましょう。
普段の話し言葉も、一言でまとめるように意識的に心がけるといいでしょう。
わかりにくい説明だと非難されている人は、特に気をつけましょう。
たくさん話したいことがあっても、一言で言い表せないかと、言葉を試行錯誤します。
いらない言葉を削ることができるようになれば、話がわかりやすくなります。
数少ない言葉に、いちばん伝えたい言葉だけを凝縮するのです。
「あなたはどんな人ですか」と聞かれると、たくさんの言葉が思い浮かびます。
「行動は、勢いを大切にする性格」
「小さいことを気にしすぎる」
「ストレスに弱い」
「勉強は一生懸命だから、成績は比較的いい」
「将来に不安があって、いつも落ち着かない」
説明するために、話をたくさんしてしまうのではないでしょうか。
細かく説明しようとすると、たくさんの言葉を使って説明したくなります。
しかし、言葉がたくさんあるほど、焦点がぼやけてしまい、よくわからなくなります。
「だから、何?」
そう思ってしまいますよね。
しかし「一言で言って」と言われると、いちばん大切な言葉しか言えなくなります。
「一度しかない人生を、真剣に生きています」
それがいちばん大切な言葉です。
その一言に、すべてが集約されています。
もし、その言葉だけでは足りないと言われれば、そのとき、続きを話せばいいのです。
まず大切なことから、ストレートに話し始めます。
もし、足りなければ、あとから付け加えるだけでかまいません。
「結論→補足説明」という順番です。
「一度しかない人生を、真剣に生きる」とポイントを押さえてから「家族を養うため」「夢を叶えるため」と補足するのです。
聞き手がもっと聞きたければ「それから」「なぜ」と身を乗り出して、尋ねてくるはずです。
聞き手に易しい話し手になれるのです。
必ず、話がわかりやすくなります。
話がわかりにくい人の書く字は、特徴があります。
鉛筆で「薄い字を書く」ということです。
文字を書くときに、間違えたときに消しゴムで消しやすいように、力をあまり入れないで文字を書きます。
いわば「逃げやすくするための準備」です。
頭のどこかで「間違えたらすぐ消して、なかったことにしよう」という考えがあります。
自分の言葉や発言に自信がないので、その心理状態が文字に反映されています。
自分のメッセージに自信がないくらいですから、説明もわかりにくいものです。
間違えたら消せばいいと思っているので、適当な発言をしがちです。
話がわかりにくくなります。
間違えたら、消しゴムで消してなかったことにしようと思っていては、責任のあるメッセージを発言することはできません。
こういう人が自分のメッセージに自信を持つためには、どうすればいいのでしょうか。
鉛筆をやめて、ボールペンを使えばいいのです。
ボールペンを使えば、消しゴムで消すことはできません。
それでいて、力を入れなくても、濃い字を書けます。
自分から発せられるメッセージの一つひとつに責任を持つということです。
消せない文字を書くようになると、書く前に、言葉を考えるようになります。
「この言葉で間違っていないか」
「ほかの表現はないか」
「もっとわかりやすい言葉はないか」
消せない文字を書こうとすると、人間誰しも、責任を感じるようになります。
たわいない一言でさえも、消せない文字となると、頭を回転させて真剣に考えます。
言葉に間違いがないか、慎重になります。
こういう練習をしていると、話のポイントを押さえることができるようになります。
消しゴムで消すことができる鉛筆の字は、尻込みしがちです。
どこかで「逃げ」があります。
逃げられないようにするために、ボールペンで文字を書き、消すことができないようにするのです。
まず、自分の書く文字に責任を持つ練習をしましょう。
鉛筆はやめて、ボールペンで文字を書けばいいのです。
学校に入学したばかりの小学生は、先生からこう言われます。
「発表するときには小さな声ではいけません。大きな声で発表しましょう」
手を挙げて、みんなの前で発言するときに言われる決まり文句です。
私も小学生のころ、先生からだけでなく、親からも言われました。
幼いころは「教室の奥に座っている人まで声が届くようにするため」という単純な理由だと思っていました。
しかし、自分が社会人となったとき、大きな声で発言する「もう1つの真意」を知ります。
むしろ、この意味のほうが、より重要であることに気づきます。
「自分の発言に責任を持ちなさい」という意味です。
自信がない発言は、小さな声で言葉をごまかせます。
聞こえにくい言葉でとりあえず発言しているふりをして、その場を取り繕います。
しかし、大きな声だと、そうはいきません。
大きな声で発言しようとすると、相手に聞こえやすくなるため、逃げられなくなります。
聞き間違い、いい間違い、言い逃れができなくなります。
逃げない姿勢をつくるために「大きな声で発言しなさい」と教えられているのです。
小学生に「逃げてはいけません」と言われても、抽象的で曖昧な説明です。
しかし「大きな声で発言しなさい」と言われると、具体的です。
自分の発言に責任を持つ大切さを、小学生にも実践しやすくわかりやすいように、先生は教えてくれていたのです。
自信のある発言だけでなく、自信がない発言のときにも、大きな声で発言しましょう。
自信がなくても、大きな声で発言することは大切です。
間違っていれば、すぐ反応が返ってくるからです。
「それは違うと思うよ。こうすればいいよ」
間違った発言は反応が返ってくるものですから、自分のためになります。
人のために、自分のためにも、発言するときは大きな声のほうが得をします。
悪いところ、間違っているところをわざわざ指摘してくれるのですから、大きな声で発言したほうが自分の成長のためになるのです。
わかりやすい説明ができるようになるためには、物事のポイントを押さえる練習をする必要があります。
こればかりは魔法の方法はなく「普段からの練習」がどうしても必要です。
ポイントを押さえる練習としておすすめしたいのが、読書の際の「線引き」です。
読書をするときに、本をきれいに扱いながら読むのは、本当の読書ではありません。
読み終わった後、古本屋に売ることを前提にして本を読む人がいますが、そういう人の吸収力は弱くなっています。
本を買ったら、売れなくなるくらいに、手を動かして線引きをします。
どんどん本に書き込んで、自分色に染めてしまうのです。
消せないボールペンを使って、大胆に線を引いてかまいません。
まず、自分が大切だと思ったところからでいいので、積極的に線を引くようにしましょう。
これだけで、たくさんの文章から重要部分を選び出す練習になります。
ポイントを押さえる練習とは、こういうことです。
慣れてくれば線を引くときには、3種類の色を用意するといいでしょう。
私も今、読書をするときには、次の3種類のペンを活用して読書をしています。
文具店に行けば、3色が1本にまとまったボールペンがあります。
3色ボールペンを購入して、読書のときに活用するのです。
3種類の色を使って、文章の中でポイントはこれだと思われる部分に、積極的に線を引いていきます。
すると、今まで1種類だけの読書の線引きから、3つのカテゴリーに分けた線引きに変わります。
文章の中にも、重要さに強弱があります。
慣れてくれば、3色ボールペンを使って「客観的最重要」「客観的重要」「主観的重要」に分けて、練習をしましょう。
大切なところを押さえる練習になります。
この習慣を続けていれば、日常で話をするときには、知らず知らずに効果が現れます。
普段の読書で、大切な部分を見抜く練習をしているので、日常会話でも大切なポイントがつかめるようになるのです。
あなたが聞き手のときには、話し手のポイントを押さえやすくなります。
あなたが話し手のときには、話のポイントを押さえて発言しやすくなります。
それは、読書のときの線引きが基礎になっているのです。
読書をしているときには、どの言葉も大切そうに聞こえます。
たくさんの文字が目に飛び込んで、目まいがします。
しかし、作家が言いたいことは「一言」だけです。
その一言を伝えるために、たくさんの補足説明をしているにすぎないのです。
すべての本は、そういうつくりになっています。
話の99%は、補足言葉の塊です。
一言を表現するために、99%の補足で装飾しています。
さまざまな角度から話をしたり、いろいろな例で説得をしたりしています。
そういう気楽な構えで読書をしていいのです。
読書をするときには「これが大切だ」と思える部分が1つでも見つかれば、それで元は取れています。
作家は、人生を変える大切な言葉を伝える仕事をしています。
「箇条書き」は、書き言葉でも話し言葉でも、わかりやすく説明するためのポイントです。
箇条書きを使って説明すると、わかりやすくなります。
箇条書きそのものが、要点になっているからです。
説明を受ける側がしなければならない「ポイント探し」を省けます。
箇条書きそのものが、大切なポイントになっています。
箇条書きさえ見れば、説明したい内容がわかります。
また説明をする側にとっても、箇条書きを中心に話を進めていくことができるので、説明がしやすくなります。
1つの箇条書きを、補足するように説明していくと、箇条書きの理解がさらに促進されます。
あなたがみんなの前で説明をするときに、箇条書きを使って説明をすればいいのです。
黒板に大切なポイントを3つにまとめて、箇条書きにします。
1つ目の箇条書きから、詳しく説明をしていくようにしましょう。
どうしても、長い話にならざるを得ないときがあります。
それでいて、わかりやすく説明しなければならないときがあります。
たとえば、事件の状況説明や経緯の説明などでは、一部始終を詳しく説明しなければいけませんから、話が長くなります。
だからとはいえ、説明不足だと、誤解を招きかねません。
長い話をわかりやすく説明する必要があります。
プロの弁護士は、説明の前に、いつも次のような決まり文句を言います。
「ポイントは、3つあります」
長い話を始める前に「ポイントは3つあります」と、数を宣言するのです。
こうすることで、聞き手は「大切なことは3つあるのだな。これから3つの説明が始まるのだな」と理解できます。
今、1つ目の話をしているのか、2つ目の話をしているのかということも、区切りをつけやすくなります。
順を追って説明するので、説明もしやすくなり、聞き手も理解しやすくなるという効果があります。
たくさんの話を、淡々と続けていないでしょうか。
まず内容を、3つから5つに区切ってから説明をしましょう。
区切ると、考えの整理に役立ち、わかりやすくなります。
あなたが普段使っている話し言葉をチェックしましょう。
説明がわかりにくい人には、ある癖があります。
次のような言葉遣いになっていないでしょうか。
「ポイントはまとめたほうがいいかもしれない」
「大変だと思う」
「右だったり左だったりみたいな」
どこがいけないのか、わかりますか。
「かもしれない」「だと思う」「みたいな」という表現です。
発言しながら、どこか逃げ腰になっている表現です。
「一応発言するけど、責任は持てないよ」という気持ちが、裏に隠れています。
発言に責任を持っていないどころか、逃げる姿勢になっています。
「かもしれない」「だと思う」「みたいな」という言葉には、注意が必要です。
どこかで、曖昧さが残っている状態です。
話し言葉から改善しましょう。
わかりやすく説明するためには「曖昧口調」から「ですます口調」に変えればいいのです。
ですます口調は、言い切った表現なので、言葉にとげがあります。
しかし、大切な発言ほど、とげを相手に刺すことが必要です。
リスクを背負って発言しないと、いつまでも「かもしれない」というもやもやした表現から抜け出せません。
私は説明をわかりやすくするために、すべての文章において「ですます口調」で整えています。
それだけ自分の発言に責任を持っています。
また「言い切るスタイル」こそ、メッセージ性が高くなり、わかりやすくするための工夫になると信じています。
読者の方から「偉そうなことを言いすぎだ」と言われることもあります。
そう言われるくらい言い切らないと、本当に悩み解決を求めている読者へのメッセージになりません。
メッセージは、言い切ってこそ、相手の心に突き刺さります。
とげのない柔らかい言葉では、いつまでも、相手の心を動かすことができないのです。
心に突き刺さるメッセージのために、言葉は短く「ですます口調」で言い切るスタイルにしています。
今はもう書かなくなりましたが、私は学生時代、日記をつけていました。
19歳から24歳までの5年間、1日も欠かさず書いていました。
この日記を書く作業は、わかりやすく説明をするための基礎づくりに、大いに役立った実感があります。
当時使用していた日記は、5年間が1冊になった日記でした。
選んだ理由は、単純に「長く続けたいから」でした。
書く分量の多い日記だと、挫折してしまいそうだったので、短めで長く続けられる日記帳を選びました。
5年間が1冊になっているので、1日分は、たったの5行しかありません。
書き始めた当初は、5行では足りなくて、まとめるのに苦労しました。
1日にあった出来事を、たった5行でまとめる作業は、苦痛でした。
大切だと思っていたところを削らなければならず、本当に大切な行動や感じたことだけをまとめます。
5行しかないので、わかりやすい表現や簡潔な言葉で書かなければなりません。
そのくらい大胆に自分の行動や考えを簡潔にまとめる作業を5年間欠かさず続けたことで、頭の整理がしやすくなりました。
5年後には、5行では多すぎるくらいになっていました。
1日の行動の中で、大切な部分だけを抜き出す練習は、続ければうまくなるものです。
自分の人生に変化をもたらした体験や会話だけを、上手にピックアップできるようになったのです。
日記は、短いほうが、説明もうまくなるのです。
私は19歳から24歳までの5年間、毎日日記を書いていました。
「書いていました」という表現のとおり、過去形です。
今は書いていません。
5年も続けた日記をやめた理由は「忙しくなったから」です。
学生時代は、勉強に忙しい自分は多忙だと思っていました。
しかし、実際に社会人になると、さらに忙しくなります。
仕事で忙しすぎて、5行の日記をつける暇すらなくなります。
学生時代の「忙しさ」は、社会人からは、かわいらしく思えます。
自分の話を簡潔にまとめる練習のために、日記をつけるのは有効ですが、できるのは学生時代だけです。
社会人になると、自分を振り返る時間がなくなります。
学生時代に、自分の身に降りかかった出来事を5行でかまいません。
今あなたが学生なら、今のうちに書きつづる練習をすることです。
たった5行で簡潔にまとめる練習を5年間も続ければ、文章がうまくなっています。
社会人になってからでは忙しくなり、書く暇がなくなります。
学生時代こそ、日記を書くチャンスです。
説明が下手な人は、結論を後回しに話す癖があります。
私も、その気持ちがわかります。
大切なことを最初に言うのがもったいないと思い、じらして、最後に言いたくなります。
あとに持ってくればくるほど、重要であるようなアピールができるからです。
結論を最後に持ってくる話し方は、聞いている人が飽き飽きしてしまいます。
結論を待ちくたびれて、あくびをしているときに、小さな声で結論を言うのです。
説明の最後に結論を持ってきてしまうと、聞いている人は疲れ、集中力がなくなっているので、聞き逃してしまいます。
話の途中で、聞くのをやめてしまうかもしれません。
テレビなら「この番組つまらない」と思い、チャンネルを変えてしまっていることでしょう。
あなたは、結論を、話のはじめに言っていますか。
それとも話の最後に言っていますか。
わかりやすい説明をするためには、まず結論から話し始めることが大切です。
最初に結論を話すことで「どんな話が始まるのか」とイメージがしやすくなるため、後に続く説明がわかりやすくなります。
結論を聞いて「つまらなそうだな」と思えば、聞いている人は次の行動に移ることでしょう。
初めに口にした結論で興味がないと思えば、立ち去ってもいい機会をつくってあげることも、説明する人の仕事です。
相手の時間を大切にするためにも、まず結論から話し始める癖をつけるようにしましょう。
私の文章も、常に、結論は文章のはじめに持ってきています。
この文章の結論は、最初にあります「結論から話をすると、説明がわかりやすくなる」という一言です。
結局これが、まとめの一言であり、結論です。
その後に続く言葉は、すべて結論を補足する説明です。
表題を見て「興味ない」と思えば、次の文章に移れます。
しかし「おや、どんな話だろう。興味があるな」と思えば、そのまま文章を読み続けていけます。
読む人、聞く人のことを考えた結果、こうした文章構成にしています。
聞いている人を釘付けにするためにも、まず結論から話すようにすればいいのです。
説明が下手な人は、くどくどした話し方になっています。
くどくどは、次のことをいいます。
「じらした話し方」
「回りくどい話し方」
大切な言葉は、往々にして「一言」です。
しかし、一言で終わらせると、かっこ悪いので、わざとじらしたり、回りくどい話し方をしたりします。
下手な会議ほど、そうなっています。
重要な会議であると思われるために「じらした話し方」「回りくどい話し方」で、何時間も続けてしまいます。
ストレートに伝えてしまうと、話がすぐ終わってしまい、軽い内容であると思われるのが嫌なだけです。
一言で終わる話を、5行にも10行にも膨らませてしまうのです。
あなたの会話を振り返ってみましょう。
じらした表現を使っていないでしょうか。
回りくどい話し方をしていないでしょうか。
本来、短い言葉ほど、逆に私たちは記憶しやすく、理解しやすくなります。
ことわざは、どれも「一言」です。
「サルも木から落ちる」
「能あるタカは、爪を隠す」
「捕らぬタヌキの皮算用」
「笑う門には福来たる」
「女心と秋の空」
一言だから、わかりやすく、ストレートに私たちの心に入ってきます。
ストレートな表現ほど、理解しやすく、わかりやすく、世代を超えて伝わりやすくなります。
わかりやすい説明というテーマには、ストレートしかありません。
ことわざのように、大切なことをストレートに話すことです。
回りくどくじらしたところで、余計にわかりにくくさせるだけです。
1つの説明をするときに、2種類のアプローチがあります。
たとえば「AとBのうち、Aを選択する」という話をしたいときに、次のような言い方ができます。
「Aを選択しよう(肯定)」
「Bは選択しないようにしよう(否定)」
どちらの表現を使っても、Aを選択することになります。
あなたが読んで、わかりやすいと思ったのはどちらでしょうか。
もちろん肯定である「Aを選択しよう」という言い方ですね。
ストレートな表現ですから、すっと理解できます。
しかし、否定した言い方は、ワンステップ、回りくどくなっています。
「Bを選択してはいけない。だからAを選択するしかない」
頭の中で考えるステップが、1つ多くなります。
それだけ聞いている人には、わかりにくく、理解するために考える負荷をかけてしまいます。
わかりやすい説明をするためには、このように肯定した言葉を使うことです。
肯定した言葉のほうが、言葉も短くなり、わかりやすくなるのです。
街を歩いていると、次のような言葉を目にします。
私は言葉を扱う人間として、残念だなと思う表現です。
さて、どこがよくないのか、おわかりでしょうか。
「タバコを吸ってはいけない」
「ポイ捨てをしてはいけない」
「お酒の飲みすぎはいけない」
「食事の食べすぎはいけない」
「仕事のしすぎはいけない」
どれも間違ってはいません。
内容としては、どれも正解です。
しかし、読んでいて、元気がなくなりませんか。
「あれもダメ。これもダメ」と言われると「どうすればいいんだ。何もできないじゃないか」と思います。
否定した言葉、禁止された言葉を聞き続けると、私たちは元気がなくなり、行動する気持ちがうせてしまいます。
否定する言葉は、元気を奪います。
間違っていない言葉ですから「悪い」とは指摘しにくいものです。
しかも「するな」と言われると、したくなるのが人間です。
こういう否定した言葉により、人々の元気を奪っているだけでなく、むしろ事件を増やしているのではないかと懸念してしまいます。
このちょっとした表現の違いにおける心の変化に、気づきました。
私が文章の説明をする際には「否定」で説明するのではなく「肯定」で説明するようにしています。
読者の元気を奪いたくないし、読んで元気になるような文章を書きたいからです。
上に挙げた言葉を、肯定した言葉に変えると、次のようになります。
「タバコより、空気を吸おう」
「タバコの吸い殻は吸い殻入れに入れよう」
「お酒より、水を飲もう」
「食事は、腹八分目で抑えよう」
「切りのいいところで、仕事を区切ろう」
いかがでしょうか。
明るく前向きな表現に変わりましたね。
読んでいてなんだか、元気が出てきませんか。
「こうすればいいんだ」と、明るい未来がぱっと開ける気がします。
肯定する言葉は、人に元気を与えます。
説明をするときには、常に、肯定した言葉を使いましょう。
話を聞いた後に、聞いた人が元気にならないと、うまく説明できたとは言えないのです。
本を読むときには、私たちは「要点を探す」という作業を無意識にしています。
「何が言いたいのか、何を伝えたいのか」を探す作業です。
この作業は、無意識ながらも、面倒で疲れてしまいます。
読むのをやめてしまうのは、探している途中で疲れてしまうからです。
説明上手な人は、文章を書くときに「太字」を使います。
良書は、著者が最も主張したいポイントであろう部分を、太字にしています。
下線や赤字を使ったり、行間を空けたりして、大切なところが目立つように工夫を凝らしています。
本来、読者が探さなければいけない、要点を著者が代わりに強調してくれているのです。
要点が一目でわかりますから、読者が要点を探す手間がなくなります。
その分、読者は読むスピードが速くなり、理解もしやすくなります。
読み手は、大切な言葉を吸収することに専念できるわけです。
本だけの話ではありません。
会社で配る資料、学校で配布するパンフレットでも、大切なところはあらかじめ強調しておくといいでしょう。
読みやすくなります。
説明上手な人は、そこまで考えています。
読者が理解しやすくなるように、面倒でも、太字を使って、要点が目立つように工夫をしているのです。
先日、読者から「なぜいつも30構成なんですか」と聞かれました。
「もう少し多くてもいいのではないか」という気持ちで、質問してきたようです。
実は、私としても「30」というのは、少ないと思っています。
本当はバーゲンセールができるくらい、ネタはたくさんあります。
すべて紹介したい気持ちを抑えて、厳選したものを「たった30項目」で構成しています。
1つの文章は、読むのが速い人なら、1分もかからず読めてしまうでしょう。
その気になれば、1冊15分くらいで、一気に読めてしまいます。
そうした「一口サイズ」の工夫は、読者を飽きさせないために、著者がわざとしています。
無駄な文章は削り、大切なことだけを伝えるというストレートな説明を心がけ、文章をスリムにさせます。
あまりくどくど、無駄なことは話したくないのです。
なにより「物足りないな」という気持ちにさせる文章を心がけています。
あっという間に読み終えてしまい「もっと読みたい」という気持ちを継続させるため、短いくらいでちょうどいいのです。
たくさんありすぎて「もう十分」と思われると、そこで読むのをやめてしまいます。
長すぎる説明で嫌われるくらいなら、短すぎて「もっと読みたい」と思われるほうがいいのです。
「もっと読みたい」という気持ちがあれば、次の著書へ手をつけてくれます。
そうした工夫から、30構成は、ちょうど良い分量だと思っています。
「ちょっと足りない」と思うくらいの分量で、気持ちを継続させるほうが、長続きするのです。
説明書がつまらないのは、順番がきれいすぎるからです。
1.はじめに~から引き出します。
2.次に~をします。
3.最後に、~を取り込みます。
1、2、3という説明が、きれいに順番どおりに整っています。
間違ってはいませんが、順番が整いすぎて、気持ち悪いのです。
ロボットのようで、人間が書いた説明書なのに、人間らしくないからです。
説明書が面白くないのは、そうした「きれいに整いすぎているところ」です。
説明書のいいところでもありますが、悪いところでもあります。
逆にプロのスピーカーは、話す前にあらすじを考えていても、必ずしもそのとおりには話しません。
話をしている途中で、別のことを思い出したり、感じたりしたことで、話を脱線させていきます。
気持ちの流れに沿って話をすると、聞く側も聞きやすくなります。
では、先に挙げた説明を、今後は「気持ちの流れ」に沿って説明してみましょう。
「はじめに~から引き出します。
私は以前、ここで指を挟んだことがあったので、注意しましょう。
次に~をします。
小学生でもできました。簡単ですよ。
最後に、~を取り込みます。
まさに有終の美を飾るところです」。
気持ちに添った説明のほうが、面白おかしく、具体的に説明できます。
「以前、ここで指を挟んだことがある」という体験談を持ち出すと、具体的になります。
お互いに人間なのですから「順番の流れ」より「気持ちの流れ」のほうが、すっと頭に入ってきます。
ロボットにはデジタルのほうがわかりやすいでしょうが、私たち人間は、アナログのほうがわかりやすいのです。
物事を強調するときに、次の言葉を、よく口にします。
「とても」
「かなり」
「すごく」
「大変に」
「絶対に」
説明が下手な人は、一生懸命に説明しようとするあまり、こうした強調言葉を何度も繰り返し使ってしまいます。
話が下手になります。
何度もこういう強調言葉を使われると、広告のチラシのような過剰な宣伝に聞こえ、信頼性が疑われます。
話し手が繰り返し使っていても、意味があまり伝わっていない現実に気づくことです。
使えば使うほど、話が軽くなってしまうという逆効果につながります。
また感じ方の違いもあります。
「大切」と言われても、人によって、感じ方が違います。
「とても」という言葉は、人によって「ちょっとだけ大切」と考える人もいれば「重要」と感じる人もいます。
誤解を招く言葉ですね。
なら、言わないほうがまだいいです。
「大切です」とシンプルにまとめたほうが、説明はすっきりします。
上手に説明したいと思うなら、強調言葉は必要以上に使わないことです。
何度も使いすぎると、話が軽く聞こえます。
強調しても、その意味が相手に伝わりにくくなります。
シンプルに説明をすることを、日頃から心がけるようにしましょう。
ある日、レストランへ入ったときのことです。
レストランは、満席でした。
忙しそうにしているウエイターから「しばらくお待ちください」と言われました。
「しばらくお待ちください」と言われて、困りました。
人によって「しばらく」を、1分と考える人もいれば、10分と考える人もいます。
10分も待たされるなら、ほかのレストランへ行ってしまいます。
こうしたときには「しばらく」という言葉を使わず「5分ほどお待ちください」と具体的に言ったほうが誤解が減ります。
5分という時間は、人によって変わることはありません。
具体的な数字ですから、すっと理解できます。
もし具体的な時間がわからなければ「ただ今、お待ちのお客さまが3名です」という表現でもいいでしょう。
待っている人の数で、どのくらい待たされるのかという状況が読めてきます。
説明が上手な人は、抽象的な言葉は使いません。
具体的な言葉を使って説明します。
大きさを表現する場合は、どうでしょうか。
「とても大きいです」という抽象的表現は使っていませんか。
皆さんがよく口にする言葉ですが、抽象的です。
「とても大きい」というのは、人によってイメージが異なりますね。
「東京ドーム3つ分の大きさです」と言えば、想像しやすくなります。
「とても小さいです」という抽象的表現も使っていませんか。
「小指の爪くらいです」と言ったほうが、理解しやすくなります。
自分が口にしている説明言葉に、具体的な表現を混ぜてみましょう。
説明が上手になるためには、具体的な表現を使えばいいのです。
説明が下手な人は、話を接続助詞でつなぎます。
接続詞を使って、文と文をつなげ、長くしてしまいがちです。
接続助詞で言葉をつなぐことが癖になっている人は、特に要注意です。
説明と説明を接続助詞でつなぐと、だらだらした内容になり、わかりにくくなります。
接続助詞でつないだ悪い例として、以下の説明を聞いて、どう感じるでしょうか。
「これが今いちばん人気の商品ですが、私どもの会社では社員全員が重宝しておりまして、毎日活用しておりますが、やはり気になるのは、お値段はいかほどになるのかというところでしょうが、そういうお客さまの不安を考慮しまして考えましたのが、こちらの……」
「落ち着いてしゃべれ!」と、ツッコミたくなります。
接続助詞は説明と説明をつなげるために、口にしやすい言葉です。
しかし、使えば使うほど説明が長くなり、わかりにくくなります。
素人ほど、たくさんの接続助詞を使って、話を延々と続けます。
上手に説明するためには接続助詞は必要ないといっても過言ではありません。
接続詞は、極力、使うのはやめましょう。
使いそうになったら「。(句点)」で区切って話すほうが、すっきりします。
「これが、今いちばん人気の商品です。
私どもの会社では社員全員が重宝しておりまして、毎日活用しております。
やはり気になるのは、お値段はいかほどになるのかというところでしょう。
そういうお客さまの不安を考慮しまして考えましたこちらの……」。
接続助詞をなくして「。(句点)」で区切ることで、わかりやすい説明になりましたね。
あなたの話し言葉でも、十分活用できるポイントです。
説明上手になるためには接続助詞を使わず「。(句点)」を使えばいいのです。
会社で、Aさんに電話があったときのことです。
Aさんは不在で、電話があったというメモを残しました。
あなたは、次のようなわかりにくいメモを、残していないでしょうか。
「伊藤さんから電話がありました」
問題なさそうに見えるメモですが、これが問題ありなのです。
どの伊藤さんか、わからないからです。
同じ名字の人が何人かいる場合、どの人を差しているのかわかりません。
友人の伊藤さんか、取引先の伊藤さんか、上司の伊藤さんか、わかりません。
突然、人の名前を出していませんか。
次のように言い換えればいいのです。
「○○商事の伊藤さんから電話がありました」
「○○商事の伊藤さん」という限定的な言い方をすれば、誤解がなくなります。
固有名詞を使う際には、名前の前に、一言でかまいませんから説明を加えることです。
誤解をなくすためだけではありません。
固有名詞に対して知識のない人でも、わかるような説明を加えます。
たとえば、次のような例もありますので、ぜひ参考にしましょう。
「アインシュタインは」
↓
「相対性理論を打ち出したアインシュタインは」
「愛媛県では」
↓
「ミカンで有名な愛媛県では」
「夏目漱石は」
↓
「『我が輩は猫である』『こころ』などの文学作品で知られる夏目漱石は」
いかがでしょうか。
アインシュタインが相対性理論で有名なことは、社会人は知っていても、小学生は知らないかもしれません。
私は愛媛県出身ですから、ミカンで有名なことを知っていますが、ほかの県の人たちは知らないかもしれません。
文学に興味のある人は夏目漱石について知っていても、興味のない人は知らないかもしれません。
固有名詞の前に説明を加えることで、知らない名前が出てきても、話についていけるようになります。
わかりやすく説明をしたいときには、ぜひ、取り入れたいテクニックです。
「要は」というのは「要点は」の略です。
文章のまとめを伝える際に使う表現です。
本の中だけでなく、私たちの日常会話でも、頻繁に登場する表現です。
使うべきポイントを押さえておくことで、説明の中で特に大切な要点を強調できます。
本来、1つの説明に、1回しか出てきてはいけない表現です。
ときどき説明をしている人の中で「要は」を何度も繰り返し使う人がいます。
自分の主張の中で「ここが特に大切なところなんだ」という軽い意味合いで使っているようです。
「使えるのは1回だけ」です。
2回目の『要は』が出てきた時点で、説明がわかりにくくなります。
「さっきの『要は』は、なんだったんだ」「大切なところはどっちなんだ」と思います。
「要するに」「つまり」という表現も同じです。
説明の中で、何度も使っていないでしょうか。
話をまとめる表現は、1回しか使ってはいけないというルールを守るようにしましょう。
説明上手な人は、聞き手が求める「どこが大切なのか」という探す作業を、少なくさせる話し方をしています。
強弱のない平坦な説明は、わかりにくいものです。
話の一部始終を聞かないと意味がわからない言葉は、聞き手を疲れさせます。
聞き手に一目で「ここが大切だ」とわかるような工夫をすることが必要です。
そのためには「文字」として表現することです。
それに加えて「結論を初めに伝える」というテクニックをあわせて活用します。
では、説明上手な先生は、わかりやすく説明をする際に、どうするのでしょうか。
結論を黒板に書いてから、説明を始めます。
「先に黒板にポイントを書く」という点が大事です。
黒板に書いた言葉は、これから話すであろう話の要約です。
黒板に書くことで、文字として目に見えます。
そのうえ、初めに結論を書くことで、聞いている人は頭の中が整理しやすくなります。
「体の健康のためには、色の濃い野菜を食べる」
「勉強は、夜より、朝にする」
「人間関係のストレスは、他人を気にしすぎることから始まる」
「ダイエットのためには、食べるより動く」
こうした結論を、いきなり黒板に書いてしまいます。
見ている人は驚くかもしれませんが、かまいません。
最初に黒板に書いておくと、見ている人や聞いている人はどきどきします。
「これが言いたい主張なんだな」「これがポイントなんだな」とわかり、話をうなずきながら聞くことができるのです。
結論を先に伝えることで、不思議なことに、聞いている人は話に吸い込まれるのです。
私はこれまでたくさんの本を読んできましたが、記憶の残りやすい本と、記憶に残りにくい本がありました。
3年前に読んだ本を覚えていることもあれば、1週間前に読んだ本の内容を忘れていたりします。
覚えているかどうかは、時間は関係ないようです。
「この違いはなぜだろうか」と考えたとき、気づきました。
「著者の体験を交えて話している内容かどうか」です。
事実、物事、知恵、コツを、淡々と説明している本は、内容はわかっても、記憶に残りません。
説明書のように、正しいけれど、淡々と順番どおりに話を進める本は、あっという間に読めても、あっという間に忘れます。
しかし、体験記のような著者の体験を交えたストーリー仕立ての内容は、面白いうえに、忘れにくくなります。
人間は「点の記憶」は忘れやすいのですが「線の記憶」は忘れにくくなります。
歴史の年号を覚えにくいのは、点の記憶だからです。
「894年、遣唐使廃止」
「1635年、参勤交代」
「1941年、真珠湾攻撃」
淡々とした内容は、忘れやすいのです。
点の記憶は孤立しているので、記憶を保持するネットワークがないからです。
記憶を保持しやすくなるのは、線の記憶になったときです。
流れの中で覚える記憶は、忘れにくくなります。
著者の体験ストーリーは、一続きの流れになっています。
その体験の中で紹介する知恵やポイントは、ストーリーとともに、忘れにくくなります。
前後の話の流れが、記憶を保持するネットワークになります。
いくらわかりやすい説明とはいえ、すぐ忘れられる内容では役立ちません。
理想をいえば、わかりやすく、忘れにくい話をするほうが、相手のためになります。
そのためにいちばん必要なのは、やはり話す本人の経験量です。
経験が豊富であるほど、体験を交えて話ができるからです。
わかりやすいうえに、忘れにくい話ができるようになります。
「説明がうまくなりたい」と願う人がいます。
そういう人は、まず経験量を増やすことです。
説明を裏付けるような具体的な経験を自分がまずしないと、物語を交えた話もできないのです。
外国から入ってきた言葉を、日本語では一般的に「カタカナ」で表記します。
物語を意味する「ストーリー」という単語は、英語の「story」からきています。
携帯を意味する「モバイル」という単語も、英語の「mobile」からきています。
わかりやすい説明を心がけるとき、このカタカナ言葉には要注意です。
使いすぎると、一部の人たちに理解できない場合があるからです。
カタカナ言葉を避ける理由は、以下のとおりです。
たとえば、以下のような説明を聞いて、どのような印象を受けますか。
「今回のトークでは、こうしたシーケンスでストーリーをスローに進めたいと思います」
「このユニークなツールは、タイムマネジメントを必要とするビジネスパーソンにマッチしています」
「モバイルではデフォルト・セッティングのため、ボタン操作の前にはディスプレイもダブルチェックしてください」
外国語に堪能な人なら理解できますが、わからない人は理解できません。
特に外国語が得意な人は、自分の語学力をひけらかそうと、積極的にカタカナ言葉を使いたがります。
そういう人に限って、わかりにくい説明になっている場合があるのです。
わかりやすい説明を心がけるなら、カタカナをできるだけ使わず、ひらがなを使った説明を心がけることです。
「スロー」と言いたくても「ゆっくり」という表現を使います。
「ストーリー」と言わず「物語」という単語を使います。
「シーケンス」は使わず「流れ」という言葉を使います。
「トーク」という言葉も一般的ですが「話」というほうがすっと頭に入ってきます。
もちろん外国の言葉がいけないと言っているわけではありません。
ただ、外国語を知らない人もいるということです。
そういう人のために、使いすぎには気をつけることです。
「わかりやすい説明」をする人は、カタカナ言葉を使いすぎないように気をつけましょう。
情緒的な文学作品に多いのが「情緒的な表現」です。
「情緒的な表現」は、イメージが湧きにくい表現が多いものです。
「瞳に映った月の影」
「優しい風が吹いている」
「青い太陽のように」
聞いていて、鳥肌が立ってきます。
それでいて、意味もよくわかりません。
そもそも「瞳に映った月の影」は、小さすぎて、見えるわけがありません。
「優しい風」とは、意味がよくわかりません。
「青い太陽」は、通常、あり得ない話です。
情緒的な文学に酔いしれる人は、こうした表現を使うことがかっこいいと思い込み、日常会話にも積極的に使いたがろうとします。
こういう情緒的な表現は、真似をしたくても、してはいけません。
わかりやすい説明の中には、一切不要です。
非常識な表現を多く使うと、説明内容が疑われます。
わかりやすい説明とは、当たり前の言葉を当たり前に使うことです。
人を驚かすような言葉を使うことではありません。
珍しい言葉や、着飾った表現、情緒的な言葉を使うことでもありません。
誰にでも通じる常識のある言葉を、使うことなのです。
これまでにない新しい技術、商品、サービスの説明では、専門的な用語が登場しがちです。
説明が下手な人は、自分の立場になり、いつも使っている専門的な用語を使って話してしまいがちです。
自分が開発した商品は、自分がいちばんよく知っているので、専門的な用語も当たり前に話してしまいます。
説明をする側は知っているけれど、説明を受ける側は初めて聞く言葉なので、困惑します。
ここで、温度差ができるのです。
初めて聞く言葉が1つでも登場すると、説明を受ける側は負荷がかかります。
「どういう意味なのか」を理解するために考え、言葉と意味とを結びつける作業が、素早く必要になるからです。
聞きやすい話、わかりやすい説明では、専門的な用語を使って話をするのは気をつけましょう。
プロのつくる広告では、難しい言葉を使わない工夫をしています。
広告は、若い人からお年寄りまで多くの人が目にします。
日本語が片言しか話せない、外国人が見ていることもあるでしょう。
プロがつくる広告では、誰が見てもわかるような表現を徹底しています。
JR東海のキャンペーンポスター『そうだ、京都、いこう』という一言は、まさに全国民に通じる言葉です。
言葉を短くし、もちろん難しい言葉や専門用語は使いません。
漢字で書けるところを、ひらがなで書くのは、読みやすくするためです。
読みやすく、すっと心に入ってくる言葉は、ひらがなです。
わかりやすく説明するためには、誰もが理解できる言葉を使って説明をすることです。
誰もが知っている言葉を組み合わせて、奥の深い話ができることが、本当の知性なのです。
天皇が発言をされるとき、いつもゆっくりした話し方です。
落ち着いた話し方ではありますが、言葉の一つひとつが、心にしみる話し方ですね。
発言のミスを防ぎ、思っている気持ちを、言葉を厳選しながら話しているからです。
最も素晴らしい点は、前を向いて話をされているところです。
紙に書いている言葉を棒読みしているのではなく、そのときに思った言葉を、自分の言葉で発言されています。
天皇の言葉は、ゆっくりでありながらも自信があり、重みのある言葉に聞こえます。
ゆっくりですから、誰が聞いても理解できます。
早口で話していると、お年寄りは話の速さについていけません。
わかりやすい説明をする人も、本当はスピードより、スローが大切です。
説明が下手な人は、往々にして、早口です。
早口だから自信があるわけではなく、自信がないから早口なのです。
質問されると答えられないため、質問できないように早口で話し、内容をごまかそうとしています。
早口でしゃべり、熟知しているような演技をして、知識不足を補っている姿です。
それは、見る人が見ればよくわかります。
本当に説明する知識が十分な人は、ゆっくりした話し方になります。
ゆっくりさは、自信の表れです。
いつ、誰が質問してきても答えられますから、落ち着いて話ができるのです。
私が説明する際に気をつけているのは「大げさな表現を使わない」というルールです。
作家として、最低限のマナーだと思っています。
大げさな表現をすると、表現効果が強いように思えます。
しかし、実際は、説明の信用度が一気に下がってしまいます。
話が軽くなり、本当の話も、信じてもらえなくなります。
大げさな表現による衝動的な行動は、後悔される場合が多いからです。
事実、大げさな表現は「一時的な興奮作用」があります。
興奮すると気持ちが高ぶり、自制心を失い、判断が狂います。
私も、次のような大げさな言葉に乗せられ、何度も判断ミスをしたことがあります。
「世界で初!」
「今しかない!」
「残り5つだけ!」
「最初で最後のチャンス!」
「今まで見たこともない!」
「お見逃しなく!」
デパートのバーゲン、テレビショッピングで聞く言葉ですね。
こういう大げさな言葉を聞けば、興奮して、つい衝動的に行動してしまいます。
衝動買いを誘うショッピングは、まだかわいいのですが、大切な人生の道のりを、衝動的に判断してほしくありません。
私が大げさな表現を使いたくないのは、人生を衝動的に行動してほしくないからです。
大げさな表現で、衝動的になった行動や判断が、一生を台無しにする可能性もあります。
伝えたい熱い気持ちがあり、大げさに表現したい気持ちがあっても、それを抑えます。
落ち着いた心が、いちばん重要です。
「大げさな表現を使わない」というのは、わかりやすい説明をすると同時に、必要なマナーです。
大げさな表現を使わないほうが、信用されます。
落ち着いた言葉は、飾り気こそないですが、長く愛される言葉になります。